機動戦士ガンダムSEED Gladius   作:プワプー

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明けましておめでとうございます。…というか、あけてしまった(汗)
12月中にはアップするぞと決めていたのですが…
というわけで(どういうわけさ)、今年もよろしくお願いします。



PHASE-44 苦しみに救いの手を

 オーブ大型飛行艇アルバトロス、医務室。

 その室内に1人のけが人と少女がいたが、互いに無言のまま、時計の針の音だけが聞こえるだけであった。

いったいどれほどのこうしていたのだろうか。

 その静寂を破ったのはノックの音がして、ドアが開いた時であった。

 「迎えが来た。」

 現れた長身の男、キサカが告げると、部屋にいた少女、カガリは立ち上がり、ベッドに座っている若い男に近づく。

 「アスラン。」

 名前を呼ばれたアスランはどこかうつろな目つきで顔を上げた。

 「ほら、迎えだ。ザフトの軍人ではオーブに連れて行くことはできない。」

 当のアスランはカガリの言った言葉が頭に入ってこないのか、ぼんやりとしていた。それを見たカガリは困った顔をする。

 「くそ!おまえ…大丈夫か?」

 彼女はアスランの腕を引っ張り立たせた。

 大丈夫かって…。

 定まらない思考の中でアスランは苦笑した。

 「やっぱ変なやつだな、おまえは。」

 さっきはけが人なのに胸倉をつかんだり激しく揺らしたりと乱暴に扱ったのに、今は本気で自分の事を心配してくれている。

 「ありがとう…というのかな?…今は、よく…わからないが…。」

 今もまだ夢のなかにいるようだ。

 キラを殺して、自分が生きていて、キラを見知った少女に、味方でもない自分を心配してもらって…。

 アスランはふらりと歩き出した。

 「ちょっと待て!」

 部屋から出ようとした時、カガリに呼び止められた。

 彼女はアスランに近づき、首に下げていたチェーンを外すと、それをアスランの首に掛けた。

 「ハウメアの護り石だ。」

 アスランの首元のチェーンの先に赤い石が光る。

 「お前…危なっかしそうだからな。…護ってもらえ。」

 「キラを…殺したのにか?」

 彼女はあんなにも怒っていたのに、悲しんでいたのに…なのに、なぜ、キラを殺した自分にそんなことを言うのだろうか?

 カガリはその自嘲気味な問いかけにまっすぐアスランを見て、答える。

 「もう…誰にも死んでほしくない。」

 その涙に潤んだ、しかし、自分をしっかりと見据えるそのまなざしに、アスランは見入った。

 その後、アスランはボートに乗り、沖合に停泊していたザフトのヘリに運ばれた。

 彼を収容したヘリは離水し、この海域から飛び立っていった。

 島の木々の陰で、ザフトのヘリを見つめる男の姿があった。

 休暇中に島での捜索に駆り出されたダンであった。

 彼はヘリを複雑な気持ちで見ていた。

 それは先日の別の群島での戦闘の件に関わっていた。

 本当にこのままでよかったのだろうか?

 もしかしたら、()を元の居場所に連れてかえらす最後のチャンスだったかもしれない。しかし、いち整備兵がそんなことすれば、自分の素性がバレてしまう危険がある。

 それに…。

 ()この一連の出来事(・・・・・・・・)をどう説明するのかも問題であった。ここに来る前に()から頼まれたが、()の性格上、果たしてどう反応するか…。

 「つか、他人の心配なんてしてもしょうがないんだがな…。」

 ダンは無意識につぶやいた。

 以前の自分であれば、簡単に突き放していただろうが、こんなにも世話を焼くなんて思ってもみなかった。

 長くこちら(・・・)側にいたからだろうか、あちら(・・・)を知る人間としてこちら(・・・)にいる人間があちら(・・・)に行くのを止めたいからか…それとも、今の世界の情勢が、こちら(・・・)あちら(・・・)の境目がなくなっているせいか…。

 その理由はダン自身にもわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 木材の独特のにおいが一面を覆っていた。

 これは夢だと、ヒロは半ば自覚しながらも、ヒロはまだこの家に来たばかりの幼い自分と同化し、この家を一通り見て回った。

 間取りが大ざっぱに区切られていて、家具も必要最低限しかない。

 ふとヒロは上を見上げると、一枚のカードが置物のようにその背を支えながら置かれていた。

 そのカードの絵に描かれているのは1人の男性が片手に杖を持ち、片手に男の子を担いでいる絵であった。

 「その絵が気になるの?」

 後ろからセシルがやって来た。

 ヒロはその絵を指さして「これはなに?」と彼女に尋ねた。

 「これは、聖クリストフォロスがキリストを背負って川を渡ったという話の絵を印刷したカードよ。」

 セシルは丁寧に説明してくれたが、まだ幼い身にはその内容は難しく、頭がこんがらがりそうになった。

 「つまり、旅をする人のお守りかしら?」

 「ふ~ん…。」

 ヒロはセシルの話を結局理解できたのかわからないまま、そのカードを見つめ続けていた。

 

 

 

 「なんでこんな夢を見るんだろ?」

 ヒロはいまだ寝ぼけた思考で起き上がった。

 ゴゥンと潜水艦の機関音が聞こえてくる。

 そうか…とヒロは思い出した。

 この潜水艦に、「聖クリストフォロス」の絵が描かれたカードがあったからだ。

 まだぼやけた思考で答えに辿り着いたヒロはやがてベッドから身を起こし、部屋を出た。

 従来の潜水艦に比べれば大きいもののやはり狭く、空気もこもりやすかった。

 今では運び屋の輸送手段として用いられているケートゥス号であるが、その前身は「軍艦としての潜水艦」であった。いまだ実用化は困難とされた航空機を搭載できる潜水艦、いわゆる潜水空母の構想が再構築戦争後、ユーラシア連邦で持ち上がったが、やはり技術力不足と高コストがために設計段階で中止となり忘れ去れられたそれは、C.E.60年代にプラントの手に渡り、MSの軍事転用研究と共に行われた運用母艦の開発の中で、潜水母艦の試験的検証のために建造された。この潜水艦を元に、ボズゴロフ級が建造された後は、月の一大企業に買い取られ、現在に至る。

 ヒロは呆然としたまま、廊下を歩いていた。

 とくにこの艦内ですることがなかったのだ。

 ヘリオポリスから今までの航海では、とにかくアークエンジェルをアラスカに辿り着かせること、艦を守ることのみで頭がいっぱいであった。

 しかし、このケートゥス号で自分のやることは何もなかった。

 自然と向かった先は格納庫であった。

 ヒロはクリーガーを見上げた。

 左腕を失い、頭部の右半分はシグーのレーザー重斬刀によって焼かれなく、爆発や海への落下の衝撃によって装甲にあちこちダメージがあり、右ひざの部分はフレームがむき出しの状態…

 とても、動かせる状態ではなかった。

 虚脱感が全身に覆う。

 それは、あの時(・・・)と同じ感覚であった。

 すべてを失い、何もなくなり、この先が見えなくなり、そして空っぽになっていく感覚…。そして、すべてがどうでもよくなり、自暴自棄になる感覚…。

 ヒロは頭を振った。

 その感覚(・・・・)はとても怖い。

 たぶん、日長一日ずっとこういう風にしていたら、きっとそうなってしまうであろう。

 何かしなければ…。

 ヒロは考えを巡らした。

 

 

 

 

 

 「なんとっ!手伝いをしたい、と!?」

 船長室にてヒロからの突然の申し出にテオドアは驚きの声を上げた。

 「はい。もちろん、迷惑でなければの話ですが…。」

 ヒロが考えたのは、艦の手伝いであった。

 「まあ、この艦はつねに人手不足だからありがたいといえばありがたいが…。とはいっても、君はお客さんだし…。」

 テオドアはちらりと椅子に座っているネモの方を見る。彼の判断に任せるということだ。

 ネモは考えているのか、瞑目した後、顔をあげ、おもむろに言った。

 「君の手伝いをしたいという申し入れを無下にすることはできない。」

 そして、ヒロの向き合い言った。

 「頼まれて、もらえるかな?」

 「はい。」

 ヒロは断られるのではないかと内心不安に思っていたため、安堵の表情になった。

 「で、今、君の手伝いを必要としているところだが…。」

 ネモはテオドアの方に目を向ける。

 「まあ、今の時間だと…あそこだな。」

 テオドアもネモと同じ場所を思い浮かんだであろうという顔で言った。

 

 

 

 

 「なにっ!?手伝いっ!?」

 料理長のモリスは目を丸くし、再度言った。

 「ああ、そうだ。」

 ネモはうなずく。

 「…迷惑でした?」

 「いやいやいや、そんなことないさ。」

 ヒロの言葉にモリスは首を振る。

 「朝食の時間が終わってすぐに昼食の準備で目の回る忙しさでな…つい大きな声で荒げちまったんだ。手伝いなんて大歓迎さ。」

 モリスはさっそくヒロを調理場に案内する。

 「しばらく海の上だったからな。今日は缶詰類を使った食事になるメニューはトマトベースで野菜と浮上した時につった魚のスープ、フルーツサラダ、そしてパンだ。君はフルーツ缶を開けて、皿に移す作業をしてくれ。」

 「わかりました。」

 ヒロはうなずくと、さっそく手を洗い、調理場に向かった。

 「いやー、これは驚いたな。」

 テオドアは意外そうな顔をした。

 「なんというか…燃え尽き症候群みたいなのになってしまうのではないかと思っていたよ。」

 もちろん、実際にこの目で見ていたわけではが…。

 だが、そんなことなく、ヒロは手伝いを自発的にしている。

 「いや、少し違うな。」

 しかしテオドアの考えにネモは首を振った。

 「実際、そうなりそうだったのだろう。」

 自分に尋ねたときの様子を見ればわかる。彼は真剣にその任務に打ち込んでいた。しかし、結果は彼が思っていたものではなく、さらに過酷なものであった。なんとかその結果を受け止めようとするが、すればするほど疲労感と失意が増していく。

 「…だからこそ今は、とりあえず何かを見つけて気持ちを繋げているのだと思うぞ。」

 ネモは顔を曇らせ言う。

 「…俺も、そうだったからな。」

 かつての自分もそうだった。

 自分がすべてをささげてでも打ちこんできた。その未来を願って…。しかし、それは自分が為す前に消えてなくなった。

 それ以後、未来も見えず、今までの自分さえも自分で否定するように自暴自棄になっていた。

 「…そうか。」

 テオドアは静かにうなずいた。

 「だけど…。」

 ネモとテオドアは調理場を後にした時、ネモはつぶやいた。

 「だけど?」

 それを聞いたテオドアが尋ねる。

 「いや…なんでもない。」

 しかし、ネモはその先を言わず、そのまま廊下を歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 ザフトのカーペンタリア基地ではオペレーション・スピットブレイクの準備が進められていた。

 「いや~、すげえな。あらたまって見ると、壮観だなぁ。」

 一足先についたマシューは敷地内を移動しながら次々と集まって来るMSを感嘆しながら見ていた。

 しかし、彼が話しかけている相手はどこか上の空であった。

 「おい、ブライスっ!」

 「あっ、ああ…、どうした?」

 マシューが再度呼びかけ、ようやくブライスは返事をした。

 「いや、だから、こんな風に集まるとなんかいよいよっていう感じだな。」

 「まあな…。」

 こういうことを言うと、たいていブライスは「あまり浮かれないようにっ」とか「気を引き締めろ」と窘めるが、当の本人がどこか心ここにあらずといった感じだ。

 やり取りしている間も、輸送機が降り立ち、ハッチからモビルスーツが降りてくる。

 「本国での防衛線以外で、こんなにも部隊が集まるってよっぽどというか、今までもなかたよな…。」

 マシューが呟いた言葉にブライスも同感であった。

 たしかにカオシュン、ビクトリアのマスドライバーの攻略作戦においてもここまで部隊を動員はしていない。いくら、大西洋連邦の膝元のパナマといえどもここまでの戦力が必要か…? それとも、この作戦を立案した者はもっと先を見ているのか。

 考えても詮無いことではあるが、だからこそ、いつ迅速の行動できるようにと構えなくてはいけない。と思いつつ、自身が気を引き締めるべきだと思い至った。気取られないようにとしているつもりだが、マシューに気付かれているということはそれなりに面に出ているのであろう。

 ブライスは嘆息しつつも、ふと敷地内に懐かしい人物を目にし、そっちの方向へと急ぎ足で進め追いかけた。

 突然、方向を変えたブライスにマシューは驚きつつ、付いていく。すると、その先に2人組のザフトの兵士の姿が見えた。

 その人物の影が確かなものをなるとブライスは彼に向けて大声で呼びかける。

 「ショーンっ!」

 2人の内、白服の男が立ち止まり、振り返ると、ブライスの姿を見掛け、こちらへとやってきた。

 「ブライスではないか。」

 2人は互いに再会を喜び合った。

 「…では、隊長。」

 すると、ショーンの隣にいた背の高い鋭い目をした男が告げた。

 「ああ。クトラド、先に行っといてくれ。」

 クトラドと呼ばれた一礼し、その場を去った。

 自分もこの場を後にしようかと思ったが、2人はそのまま話し始め、タイミングを失ってしまった。

 「MS教導隊以来か…。」

 ブライスの言葉を聞いたマシューはなるほどと理解した。

 MS教導隊…その部隊はブライスがこの隊に来る前に所属していた部隊であり、士官学校(アカデミー)が表立ってできるまえに、ザフトに入隊したMSパイロットであれば、だれでも世話になる部隊である。

 ザフトが明確に軍事組織化したのは、C.E.68年のマンデンブロー号事件からである。ザフトは当時より「義勇軍」としての意味合いが強く、志願する者たちによって軍は形成されたが、いくら身体能力が高いコーディネイターといえども、すぐに戦いができるわけではなかった。

 彼らの教官となったのは以前より理事国に対してレジスタンスやゲリラに身を置いていた者たちで、MSのテストパイロットを務めた者たちであった。彼らはMS教導隊として、志願してきたパイロットの教育にあたっていった。後に士官学校(アカデミー)が設立されると、教導隊は解散し、そのまま士官学校(アカデミー)の教官に就く者、ブライスのように前線に戦う者など様々な形でこの戦いに身を置いている。

 つまり、この人もブライス同様に、歴戦の戦士なのかとマシューは思いながらふとショーンの右腕に目がいった。

 「ああ…これか。」

 ショーンもその視線に気付いたのか、袖をまくる。

 彼の右腕は他の身体の部位のような肉ではなく、灰色の鋼鉄の腕であった。

 「それは…いったい?」

 ブライスも知らなかったようだ。彼は驚きのまなざしでそれを見つめた。

 「去年のビクトリアの戦いでね…。」

 ショーンが指しているのは、後に第1次ビクトリア攻防戦と言われる戦いであった。

 

 

 

 開戦から1ヶ月も経たない3月8日。

 ザフトは地球上に侵攻を開始した。

 地球軌道上からビクトリア宇宙港に侵攻したが、地上戦力の支援を欠いた結果、ザフト側の敗北となった。

 この結果を受けてプラント評議会は、この制圧失敗を地上戦力の支援がなかったものと判断し、地上における軍事拠点の確保、マスドライバー制圧による地球軍の地上封じ込め、核兵器使用不可のためのNジャマーの地上への散布の3つの柱からなる「オペレーション・ウロボロス」を可決し、4月に決行された。

 しかし、この「第1次ビクトリア攻略戦」において、いくつか不明な点があった。

 宇宙という過酷な環境で生きるプラントにとって、単なる防衛戦ではその脅威を取り除くことはできないという考えにおいて、地上の補給路を断つことによって宇宙に駐留する地球軍の維持を不可能にさせることを目的であること。農業プラントの1基、ユニウスセブンが地球軍の核ミサイルで失ったプラントにとって死活問題に関わる重要な問題である「食料確保」のためと、一見、理に適っているように見えるだろう。

 しかし、この攻略戦が行われた時期は月と地球の橋頭堡であった「世界樹の攻防戦」の最中であり、国力で圧倒的に劣り、優れたる肉体、頭脳を持つと自負するコーディネイターが自らいたずらに戦線を拡大させ、作戦を失敗するというのは、無差別攻撃を受けたという一時の感情に流された結果であるとしても、笑止なことである。

 

 

 

 「地球軍の砲弾がコクピット付近に着弾し、次に意識が戻った時はもう腕がなくなって、俺は脱出用シャトルの医務室の中であった。部下たちはまだ前線で戦っていたのにな…。」

 ショーンが義手に目を向けながら、その時の記憶に想いはせる。

 「俺はそのまま宇宙へと脱出したが、部下たちは誰1人戻ってこなかった。」

 ‐行きはよいよい、帰りは怖い‐

 東の島国わらべ歌にある歌詞の一部と同じであった。

 軌道上から降下したものの、退避手段であるシャトルは少なく、あぶれる者がいるのは自明であった。

 残された者たちはその後どうなったか、それは言うまでもなかった。

 「俺は部下を見殺しにした臆病者だ。プラントに戻った時、どんなそしりも罰も受けるつもりだった。」

 そこでショーンは口をつむぐ。

 「…右腕も失った時、俺の頭に『除隊』の言葉が浮かんだよ。でもな、俺が今後戦場から離れ目を背けていても、同じような悲劇が起こる。…なら、居つづけなければと思って…今は、前線ではないが補給部隊を任されている。」

 「オペレーション・スピットブレイクは?」

 「後方支援部隊の予定だったが、先日ザラ隊の捜索の件でね…。詳細はあまり言えないが、この後ジブラルタル基地へ移送任務を受けた。」

 「そうか。」

 ブライスは静かに言う。

 「…この戦時下でこうして久しぶりに会えただけでも、幸運というべきか。」

 しばらく静寂が流れる中、マシューはなんとなくこの2人に今は入ってはいけない気がした。

 そして、ふと思った。

 ビクトリア攻略戦は1年前、それで今は補給部隊の隊長をしていると言うことは彼は半年ちょっとでこの戦場に戻って来たのだ。それは並大抵の努力では成し得ず、文字通り血のにじむようなリハビリを行っていたのであろう、と想像でき、この人の強靭な意志を垣間見た。

 「ガーランド隊長ですね。」

 不意に発せられた言葉が静寂を破り、全員ギョっとして、その声のする方を振り返った。

 そこには白髪の優男が笑みをこぼし、立っていた。

 なんだ?この男…。

 見るからにやわそうな兵士と思っていたマシューであったが、ブライスとショーンの方を見ると、彼らはまるでこの優男を警戒しているような顔つきで見ていた。

 マシューが2人の様子のおかしさに訝しんでいるとショーンが口を開いた。

 「君は…?」

 ショーンの言葉にこの優男はまるで営業セールスマンのような身振りで自己紹介を始めた。

 「すみません。まだ話がそちらの方にいってなかったようですね…。わたくし、ユースタス隊長の指令である調査(・・・・)を行っているイリヤ・グリと申します。」

 物腰のやわらかそうな口ぶりであったが、なにか言葉に表現できないような薄気味悪さが含んでいた。

 この時になってはじめてマシューはこの男の異様さに気付いた。

 「ユースタス…ヴァルター・ユースタス隊長か。…例の特務隊(・・・・)の。」

 ブライスの言葉はどこか硬かった。

 「例の…と言われると少々聞こえが悪いですね。まあ、その辺はいいでしょう。」

 「そのユースタス隊長の下にいる貴官がいったい何の用で?」

 「実は…私が現在行っている調査(・・)とガーランド隊長がお受けした任務(・・)、少々関係があるようでして…そのことでお話があって伺いました。」

 ブライスは何を言っているのかと顔を訝しむが、ショーンは未だ彼を警戒しているようであった。

 

 

 

 

 

 

 大忙しの昼食の準備の後は、さらに忙しくなる昼食の時間。

 船員(クルー)が交代で食事を取るため、食事の盛り付けと後片付けで、バタバタとし、あっという間に時間が過ぎていった。

 「しっかしまあ、お客さんなのに艦の手伝いをするとは…奇特だなぁ。」

 食べ終えたハックは感心しながらコップの水を飲んだ。

 「そんなお客さんなんて…。それに、吹き飛ばされて海に落ちて沈んでいたのを助けてもらったんです。なにかしないと悪いじゃないですか。」

 テーブルを拭きながらヒロは答える。

 「いやいやいやっ、そこが偉いってわけさ。コイツなんか艦に乗ってからずっと部屋でトイロボットを作っているか、格納庫で機械いじりしているかのしかないぜ。」

 ハックはご飯を食べ終えた後、さっそく持ってきた小型ロボットをいじっているススムに目を向ける。

 話題を振られた当の本人は「え?」と驚きの声を上げた。

 「でも…ボクの取柄は機械いじり(コレ)しかないし…。それに、僕が調理場に入ったら大変なことになるよ。」

 「…まあ、そうだな。」

 それが安易に想像できてしまい、納得してしまった。

 気を取り直し、ハックはヒロに尋ねた。

 「ここでの手伝いの後も、何かあるのか?」

 「はい。ドミニクさんのの手伝いで艦の点検を…さすがに機関室には入れてくれませんが…。」

 「お~い、ヒロっ!残りの片付けやってくれっ!」

 すると厨房からモリスの呼び声が聞こえた。

 「はーいっ!…では、行きますね。」

 ヒロは厨房へと向かって行った。

 「へ~、えらいこった。」

 その積極的に手伝いをする後ろ姿を見ながら、ハックはふたたび感嘆の声をもらした。

 

 

 

 

 ザフトの追撃から逃れ、なんとか大西洋連邦の防空圏に入ることができたアークエンジェルのクルーは、みなザフトの制空圏ギリギリの追撃と先の戦闘の出来事に疲労と安全の実感の乏しさのなかにいた。

 帰ってこない…。

 キラが戦闘から戻って来るのを部屋で待っていたフレイは、いつの間にか眠り込んでしまい、目を覚まして時間を見て驚いた。戦闘が始まったのは早朝だったのに時計は夕刻を指していたのだ。

 それにもかかわらず、キラが戻ってこないのを不審に思ったフレイは士官室を出て、彼を探しに行った。

 どんなに探し回ってもキラの姿はどこにいなかった。

 すると、ちょうど、彼女も見知った顔の、サイと同じ学生仲間であるカズィを見かけ、彼に駆け寄り、尋ねた。

 「カズィ。ねえ、キラはどこ?」

 その言葉を聞いたカズィはまごつき、彼女から視線を逸らして、小声短く言った。

 「…MIA。」

 「え?」

 その言葉をフレイは理解できずにいた。カズィがもう一度言う。

 「…戦闘中行方不明。未確認の戦死だって…軍ではそういう言い方をするんだ。」

 彼の言葉をフレイは未だ飲み込めずにいた。

 カズィはその場から立ち去ろうとするが、フレイはなおも詰め寄る。

 「ちょっと待ってよ!だから、キラはどこ!?」

 「だから、わからないんだよ!生きてんのかどうかさえ!」

 「ちょっと!なによそれは!?」

 フレイはなおもカズィに詰め寄った。

 彼のその言い方…それはまるで…。

 フレイは1つの言葉を思い浮かんだが、それを信じたくなかった。

 しかし、カズィはたった今、フレイが思い浮かんだ言葉を告げる。

 「…たぶん、死んだんだよ。」

 その言葉にフレイは目を見張った。

 「…もういいだろ。」

 さらなる追求を恐れたカズィは、そのまま立ち去った。

 フレイは呆然としていた。

 キラが…死んだ?

 キラが戦って、殺して、そして死ぬこと。

 それが彼女の望みだった。

 しかし、彼女はそれを喜ぶどころか受け入れられなかった。

 キラが帰ってきたら…。

 キラにしたことをすべて謝り、キラに許してもらい、そして、これからすべてをやり直すはずだった。

 なのに、そのキラがもうどこにもいないなんて…。

 これから自分はどうすればいいのか?

 フレイは1人ポツンと立ち尽くした。

 

 

 

 

 

 「ふー、こんなもんでいいだろう。」

 比較的波が穏やかな沖合で、機関長のドミニク・ヴレイクはケートゥス号の外壁の点検を行っていた。気密性が重要な潜水艦にとってスコール等に遭ったときは、浮上しているときにある程度調べておかなければならない。

 「後は港に着いたときに大きな点検作業をするから、もういいぞっ!」

 「わかりましたっ。」

 ドミニクは手伝いをしてもらっているヒロに呼びかけ、その後、潜っている機関士のアンリを引きあげさせる。

 「ヒロって言ったか…。お前さん、飲み込みが早くて助かるよ。よかったなぁ、アンリ。もし、順番が違っていたら、おまえ…きっとここにいないぞ?」

 「そんなぁ~。」

 上がってきて、潜水服を脱いだアンリは心外の声を上げる。

 「でも、彼…手伝いでこの艦にいるんですよ。おやっさんの助手になるかなんてわからないじゃないですか?」

 「いんや、ものは試しじゃないか?どうだ、ヒロ。いっそのことケートゥス号(この潜水艦)で技師の助手やらないか?」

 しかし、ヒロから返事はなく、彼はなにか考えているのか、ずっと北西の方角の水平線を眺めていた。

 「おーい、ヒロっ!」

 「はいっ!」

 大声でドミニクが呼びかけると、ヒロは振り返る。

 「何か、向こうにあるのか?」

 ドミニクもそちらに目を凝らしてみるが、水平線には何もない。

 「あっ、いえ…今頃、アークエンジェルは地球軍のところに着けたのかなぁって…。」

 ヒロは懐かしい白亜の戦艦に思いを馳せ、水平線を見るが、ハッとし、ドミニクに向き直る。

 「すみませんっ。手伝いをしているのにっ。」

 「ああ…まあ、終わった後だからからいいさ。」

 こちらから見ているかぎりでは、点検作業中に眺めている様子はなかった。

 「だが、なかには命にかかわるもんもある。気を付けるんだぞ。」

 「…はい。」

 ヒロは申し訳に気持ちになった。

 「やっぱり…気になるのか?」

 ドミニクはヒロに聞いた。

 彼のこの艦に乗るまでの事情は船長から聞いていた。これから手伝いをしてもらう作業の迷惑云々もそうだが、1人の人間として、心配の部分もあった。

 「いえ…ただ、放り投げて来てしまったような気がして…。」

 やむを得ないとはいえ、自分はこの潜水艦で敵襲の心配などしないで過ごし、一方アークエンジェルは必死に味方の圏内まで航行し、仕事である護衛任務をフォルテに任せてしまっているのではないのか?

 しかし、もしアークエンジェルにいたとして、どうなのだろうか?

 キラもいない。ルキナもいない。トールもいない。MSも大きく損害させておいて、自分だけがおめおめと生き延びている。

 ミリアリアになんと言えばいいか?フレイにどう顔を向けられるか?

 そんな覚悟なんてない。

 2つの相反する思いがヒロの中でせめぎ合っている。

 「…逃げるっていうのも1つの手だぞ?」

 ドミニクはこれまでとは違った声の調子でおもむろに言う。

 「おまえさんは、なんでも向き合わなくちゃって思っているだろうが、あんまりなんでも受け止め続けると、お前さん自身ダメになってしまうぞ。…そういう時は一旦、離れて考えてみるっていうのも手さ。この艦は今までおまえさんがいたところを違って、敵襲もない、何が何でも銃を持つような場所じゃない。そういう違ったところで考えられるんじゃないか?」

 日に焼けた小麦色の顔をニっと笑みを浮かべる。

 「なにっ、ここは逃げたからって後ろ指さす連中はいないさ。安心しろ。」

 そして、ヒロの背中をポンポンと叩く。

 「俺としたら、ここにいて、技師助手になってくれるのがありがたいんだがなっ。はっ、はっ、はっ!」

 「…おやっさん。」

 アンリは最後の言葉にうなだれた。せっかくいいことを言っていたのに、台無しだ。しかし、ヒロはそれを気にしている様子はなく、何か考え込んでいるようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 船長室ではネモとテオドアが次の仕事のことについて話していた。

 「本当にこんなものが赤道連合の一都市にあるのか?」

 テオドアは渡されたタブレットを見ながら半信半疑であった。

 この後、赤道連合の港湾都市で、依頼を受けた荷物を受け取りに行くのだが、ヘファイストス社からその街にあるというモノを見つけ、買い取るという仕事が入って来た。

 だが、そのモノがモノなだけにテオドアが疑うのも無理なかった。

 「だが、根拠もなく来ないだろ?」

 ネモは苦笑いしながら言う。

 「サミュレルのじいさんとこはジャンク屋から買い取った品も取り扱っている。もしかしたらあの人のツテであるかもしれない。」

 「じゃあ、ススムのやつを連れて行くか?」

 「ああ。こういうのは知識のある人間がいたほうがいいだろう。あとは食料品も買い出ししたいからモリスも行くし、ハックも行かせる。」

 陸地に上陸できる機会があれば、基本、そこで買い出しをする。

特に、食料は新鮮な野菜や生鮮食品は長い航海に出ればいくら保存技術が発達したといえども、なかなか口にできない。かつて大航海時代といわれた時代において、多くの船員は栄養失調等で死んでいった。

 それを戒めとし、決して油断せず、ネモは 補給をするようにしていた。

 「そしたら、ヒロも行かせてはどうだ?」

 テオドアが提案した。

 「手伝いをするのを了承してなんだが、見ていてちょっと働きすぎなところもあるし…。」

 「そうだな。」

 ネモもその言葉に頷いた。

 モリスやドミニクの他にも、いろいろと作業の手伝いをしている。

 たしかに繋ぎとめるためとはいえ、根を詰めているようであった。それでは、彼自身の実がもたないであろう。

 一旦、艦から出て街に行けば、きっとよい気分転換にもなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 「この街で荷物を受け取るのですか?」

 ヒロはモニターに映る地図を見ながら尋ねる。

 「そうさ。そして、その荷物を依頼の受けた街まで届けるのさ。」

 ハックが説明する。すると計器に何か反応があった。

 「おっ、赤道連合海軍からだ。」

 ハックはそちらに目を移し、確認する。

 「海軍?」

 ヒロはモニターに目を移すと、それからの通信らしい波形が映し出された。

 ふと、これがどこかで見たことあるような気がするが、どこであったか思い出せない。それ以上に、次のハックの言葉に気を取られた。

 「そう。いくら民間とはいっても俺たちが入港するっていうのは本来、いろいろ面倒だからな。だから、海上警備をしている海軍を通じて、ポート・オーソリティへと繋げてもらっているのさ。」

 「それってどういう…?」

 「まあ、俺たちは運送屋だが…こう…たまに法に触れるようなことをするというか…。だからといって赤道連合としては取り締まりたくないというか…。」

 ハックの言葉の意味が分からなかったヒロにサイラスが付け加える。

 「海運産業が主の赤道連合はザフトの通商破壊のあおりを受けて経済的に大きな打撃を受けたのさ。でも、いくら中立国とだからといっても、オーブのように軍事力があるわけでもないから、手の施しようがない。そこで企業から請け負っているフリーランスの運び屋も入港できるようにしたのさ。民間企業も海運輸送ができなくなったのを、俺たちに委託して輸送させているしな。もちろん、表立ってできないから、いろいろ手続きをしなければならない。」

 「…そう、なのですか?」

 「なんで、お前がしゃしゃり出てくるんだよ。」

 「君の知性ではわかりにくであろう?」

 2人のやりとりを横目にヒロは黙考していた。

 思えば、地球とプラントが戦争しているといっても、衝突しているのは、理事国とプラントであって、よく話題に上ったり、自身もいたからか、オーブは中立だけど、他にもこの戦争に中立の姿勢でいる国は他にもある。

 村にいたころ、戦争という話は聞いても、実感が持てなかったせいか、あまりにも話でないためか忘れがちとなってしまっていた。

 「まあ、赤道連合にはもう1つあるんだけどな…。」

 「え?」

 「あっ、いや…なんでもない。」

 ハックがポツリと呟いたのを、ヒロは考えを一旦区切り、そちらに目を向けると、ハックはあわてて話題を変え、本題に入った。

 「とにかく…この街で荷物を受け取るのもそうだけど、せっかくの上陸の機会だから、日用品とかも買い出しに行くのさ。それにヒロも加わってほしいって船長の頼みさ。」

 「わかりました。」

 ヒロは返事をしながら、これから行く街がどういうところか、楽しみで胸が高まる気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 




あとがき


 もっと早くアップする気でいたのですが、じつは次の話を合体させていたんですよ…。
 そしたら圧倒的に文字数が多くて、話数をとるか文字数をとるか悩んだ結果、分割しました。
 なんてしていたら、いつの間にか、年を越えてしまっていたのですよ(言い訳)。



 今回、この話で書いた「第1次ビクトリア攻略戦」について、ここでさらに追加を…。というか、あくまでも私見ですので…あしからず…。
 「第1次ビクトリア攻略戦」について、いろいろな資料で見ても、「あれっ、これってちょっとおかしくない?」と思うところが出てきて、いろいろと理由を考えてもやはりおかしいなと作者は思いました。そこで、作者が至ったのは「『オペレーション・ウロボロス』を可決させるための材料にすること」ではないかと考えです。
 作戦に失敗した→でも、地球上のマスドライバーをとらないとプラント守れない→地上戦力必要だよね→単なる降下作戦だとMSの有用性はないよね→レーダーを使用不可にするNジャマー投下しようかって言う風になったのでは…。
 そうなれば、当時の議長であるシーゲルも反論できない。
 Nジャマー投下、いわゆる『エイプリルフール・クライシス』に関していろいろ言われるシーゲルだけど、私見ですが「穏健派」っていうのは、多数決議決に置いて、自分の意志に反することでも、その結果を受け止めて実行し、主義主張合っても、反対論と折衷したり、協議したりするのものだと思っていますので、こういう流れであれば、Nジャマー投下の議決決定になるのでは…
 (さらに、強硬派の「地球への核攻撃報復」というカードもあるし…。)
 結果論として、「核攻撃よりも大きな被害出して、地球の反プラント意識を植え付けた」という非難はありますが、これが核兵器だったら、その後の汚染等々考えればどっちがいいのやら…。
 こういう時代の政治家(というかトップ)ってすさまじい判断下すから、非常に大変でしょうね…。(どこかの小説で書いてありましたね…「いい選択をするのではない。より悪くない方を選択するのだ」と…まさしく、これでしょうかね…)








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