機動戦士ガンダムSEED Gladius   作:プワプー

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1ヶ月更新が遅れに遅れ2ヶ月近くたってしまいました…。
今話で話の本筋に戻ります。
なにか久しぶりの主人公がでたなぁ…って感じてしまいました。


PHASE-40 出港前日 

 モルゲンレーテ社の作業員たちが昼夜を問わず、補修作業に取り組んでくれたおかげで大損害を受けていたアークエンジェルは以前と変わらぬ姿に戻っていった。そして、いよいよ出航に向け、艦および搭載機の最終チェックも行われていた。

 格納庫で[トゥルビオン]の最終チェックを終えたルキナは、部屋に戻ろうと歩き出したところ、上方より何か白いものが飛んできているのが目に移った。

 いったい何なのか、と目を凝らすと、それはだんだんと下降し始め、ちょうどルキナの目の前に着地した。

 「紙…飛行機?」

 それを拾い、手に取ったルキナは訝しんだ。大抵の紙飛行機は折り紙だが、この紙飛行機は厚紙で作られていた。

 いったい誰が、そしてなぜ作ったのかと疑問に思っていると、紙飛行機が飛んできた方向からヒロが走ってやって来た。

 「よかった~、ルキナが拾ってくれて…。もし、パワーローダーに踏んずけられてもしたら、どうしようかと…。」

 ヒロは息を整えながら、ホッと胸をなでおろした。

 「これ…ヒロが作ったの?」

 ルキナはヒロに紙飛行機を差し出した。

 「ううん、フォルテが作ったんだ。」

 紙飛行機を受け取った、ヒロは指さし、ルキナを促した。彼の指の先の方向に共に進むと、そこにフォルテとカガリがいた。

 ここのドックに入って半月、あまりにも暇を持て余したフォルテは紙飛行機を作り始め、そして飛ばさなければ意味がないと、この艦で一番広い空間である格納庫で試しに紙飛行機を飛ばしていたのだ。

 「本当なら、ゴム動力飛行機とか作りたかったんだが、いかんせん、誰かさん(・・・・)がまったくもって役に立たずで…。」

 「悪かったなっ。第一、いきなり、ああだこうだと言われても、専門店すらも知らないんだから普通はムリな話だっ。」

 フォルテがわざとらしくため息をつきながら、ちらりとカガリを見る。そのカガリは心外そうに言い返した。

 どうやら、フォルテはクラフト飛行機を製作しようと考えて居たらしいが、艦内に満足な材料はなく、唯一島の街へと行けるカガリに買い物を頼んでも、結局どういったものを買っていいのかわからなかったため、厚紙の紙飛行機になったのである。

 「でも、こんなに飛ぶなんて思わなかったよ。」

 ヒロは目を輝かせて、紙飛行機を眺めた。

 「それは…アレだ。飛行機の機体のバランス云々しかり、飛ばし方やいかに紙飛行機を空気の流れに乗せるか、だな。」

 「流れに乗るか…。実際、[トゥルビオン]で飛行するのも、うまく風に乗ることを考えるから、やっぱり同じことなのね。」

 「へ~、そうなんだ。」

 「って、クリーガーも飛行できるだろっ!?」

 ルキナの言葉にヒロが感心しているのをカガリは思わず突っ込んだ。

 「う~ん…そう言われてもクリーガーを飛行させることでいっぱいいっぱいだから、そんな風に考える余裕なんてないからなぁ…。」

 「まあ、まだまだっていうことだな。」

 「少しは見習えよな。」

 「え~と…。」

 カガリとフォルテの言葉にヒロは何も言い返すことはできなかった。彼らの話を聞きながら、ルキナは紙飛行機に目を移した。小さいころ、よく父親が好きで、飛ばしていたからだろうか。どこか懐かしさが込み上げてくると同時に寂しさもあった。

 「しっかし…いくら飛ぶって言っても、あんな風にだれでも…。」

 と、カガリはゴムを紙飛行機の先端に掛け、パチンコ玉のように打った。紙飛行機は、勢いよく上がっていき、格納庫上部の空調の流れに乗って遠くまで行ってしまった。打ったカガリ自身、まさかそこまで飛ぶとは思わず思わず目を丸くしていた。

 「カ、ガ、リ~!」

 フォルテは勢いよく飛び出し、紙飛行機の行く先を目を凝らした。

 「ほらっ、カガリっ!おまえも行くぞ!誰かに壊されたら、たまらんっ!」

 「なっ、なんで私が…。」

 「お前が考えもなしにやるからだっ。」

 そして、フォルテは無理やりカガリも同伴させ紙飛行機を追いかけて行った。

 「あちゃ~…。」

 完全に置いてけぼりをくった形となったが、今更追いかける気もなかった。ふとヒロは目を落とすと、余った厚紙とはさみが置かれていた。

 「…作って待ってようか?」

 ヒロはそれらを手に持った。万が一、飛んでいった紙飛行機が壊れたときのことを考えれば、妥当かと思った。自分はただフォルテがいくつかの形のを作っているのを見ていただけであったが、そのうちの簡単そうなのは出来る気がした。

 「あっ…、もちろんルキナが良ければだけど…。」

 あまり浮かない表情をしているのに気付いたヒロはルキナに尋ねた。

 やっぱりこういうのは敬遠されるのだろうか…。

 しかし、ルキナからの返答はヒロの心配をいい意味で裏切るものであった。

 「ええ、いいわよ。私…好きよ。そうやって何かに夢中って。」

 「そっ、そう…かな?」

 元々はフォルテが始めたものであったが、なにか横取りした気分になりながらも、ヒロはなにか照れた。

 「だったら…もうちょっと端の方に行こうか?」

 そんな2人の様子をたまたま通りかかったトールはう~むと唸りながら見て、なにかを考えるしぐさをしていた。

 

 

 

 

 旧世紀の中近世の西欧の宮殿を思わせるような大きな白い邸を、そのような豪勢な建物は自分には縁のないものだ、と思いながら、シキは後にした。

 その建物ふさわしい門構えから出ると、クオンが軍用車とともに待っていた。

 「やれやれ…、ここまで大きいとあの(いおり)がしれっと建っていても気付かないだろうな。」

 車の後部座席に乗り込んだシキは己がかつてよく訪れていた庵を引き合いに出した。

 「庵の主は落ちぶれ氏族…対して、こちらの邸の主は最大首長です。」

 「もしどちらかを選ぶとしたら…君は()を選ぶだろう?」

 クオンは何も言わず車のキーを回し、エンジンをかける。だが、バックミラーに写った顔よりかすかに微笑んでいるのを見え、それが答えであると、シキは理解した。

 「…そうだ、外出ついでだ。いいコーヒーを出す喫茶店があるのだが、どうかね?」

 何を言いだすか、と思えば…。この外出を口実として使おうというシキの思惑に気付いたクオンは辟易とし溜息をついた。

 「二佐…、それでしたら、基地に戻ってデスクワークの合間のコーヒーの方が格別です。…書類がたまっています。」

 シキの誘いをクオンは体よくあしらい、車を発進させた。

 

 

 

 軍用車が去って行くのを、ウズミは応接間の窓より覗いていた。

 「ウズミ様…。」

 すると部屋の隅のちょうど陽が入ってこなく影になっている場所に1人人物が音もなく姿を現した。

 それに対し、ウズミは驚くそぶりを見せず、窓に向いたまま声をかける。

 「さきほどの話…頼むぞ。」

 「はい。」

 それだけの会話をすますと、その者は音もなく立ち去った。

 シキを呼びだした一件、独自に進めていたモビルスーツ開発計画を表向きは凍結にし、裏では試作機の開発を続け、今後起こるであろう有事までに、秘匿管理することであった。それを担ってもらうためにウズミは彼を呼び出した。いや、正確には彼ら(・・)もしくはかの組織(・・・・)と言うべきか…。

 みなまで言わずとも、理解し、己らがどうするべきかわかっている。そして、それを着実に実行する。

 恐ろしさを感じてしまうほどの優秀さであり、訓練をされているのであろう。

 そう感嘆しつつ、ふと寂しさも去来した。

 これもまた…オーブの真実。

 コバルトブルーの海、どこまでも続いているかのような錯覚を覚える澄み切った青空…。

 ここから見えるオーブの美しき景色がその思いを一層と増してくる。

 『他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない』

 オーブ建国時より掲げている理念ではあるが、それだけで通すこともできない。そのための()がなければやっていけないのも事実だ。その一つが軍事力、そしてもう一つ…。それが、彼ら、だ。

 彼らは建国時よりオーブを裏の根の部分より守って来た組織である。通常、このオーブのアンダーグラウンドの仕事は代々サハク家が担ってきた。が、かの組織はサハク家を含め、どの氏族にも属さない、という点である。

 だが、本当にそれが正しいことなのであろうか。

 力はただ力。

 むしろ虚勢の張ったものでしかないのではないか。そう思うのは、自身もまた同じであるからであろう。

 ウズミの脳裏にふとあの時の光景が思い出された。

 あの日は雨であった。

 空港にて着陸した飛行機のタラップから棺が数人に抱えられながら降りてくる。

 すべてが一変した。

 これまで威厳に満ちた父親は、覇気を失い、急激に衰えた。

 そして、自分も…。

 雨が降りしきる中、喪失という悲しみと同時に、いやそれ以上に、自分の内側より、雨をも蒸発させるのではないかと思うほど、激しく熱い炎が燃え上がるのを感じた。

 それが、殺した相手への憎しみだと、理解するにはさほど時間がかからなかった。

 できることであれば、その炎の勢いのままに、おそらくすべてを焼き尽くが如く相手に復讐したかった。だが、それはできなかった。

 もしかしたら、父親もそうだったのかもしれない。

 1人の父親として、大事な家族を殺されたことへの復讐を果たしたいという思いと、己が国家元首であり、そうしてしまうことで国を災禍へと導いてしまう未来への懸念というジレンマの中であったのかもしれない。

 そうなること(・・・・・・)をわかった上で、彼女は死の間際に、己の死についてのことを遺したのだろう。

 我々が銃をとらないように…、オーブと言う国を炎に飲み込まれないように、と…。

 

 

 

 

 「ヒロ、このままでは手遅れになるぞっ!」

 「…どうしたのさ、トール。」

 いきなり部屋に入って来て、まるで締め切りまじかで消費者の購入心理を促すような文句を発したトールにヒロは困惑した。

 そもそも何が手遅れになるのか、ヒロには思い当たるふしがなかった。

 それに対し、トールはなにかもどかしげであった。

 「お~い、こっちは作業中なんだ。あんまり騒ぐなよ。」

 あれから紙飛行機を作っているとき、フォルテとカガリは戻って来たが、手元には案の定というべきか紙飛行機はなかった。フォルテ曰く、とてつもない壊れ方をしていて、目にも触れたくないほどであったらしい。(そもそも、紙なのにどういう壊れ方をしたのだろうか。気になるが、すでに現物はないため見ることも構わない。)

 そして、もう作る意欲を失ったフォルテはさっさと道具類を片付けてしまい。その場で解散という形になってしまった。そこでさすがに悪いと思ったのかカガリはあの後、エリカに手伝ってもらい、クラフト飛行機の材料とパーツを買って持ってきたのだ。(ちなみに、エリカからは子どもにと、紙飛行機の製作を頼まれた。)製作の意欲を取り戻したフォルテはエリカの子どものために紙飛行機を、そして、自分のためにクラフト飛行機を作っていた。

 そんなこんなで、フォルテは集中して取り組みたいと思っていたが、トールはそれに構わず話を続けた。彼にとっては、こっちの方が重大であった。

 「いいか、もうすぐアラスカだろう?」

 「うん、まあ…やっと、というか…。」

 「そしたら、お前は仕事を終え、俺たちも除隊だ。」

 「まあ、そうなるだろうね…。」

 トールはここまで言ってもヒロの反応が薄いことにじれったく感じていた。

 「ホントに察しが悪いな。ということは、ルキナにも会えなくなるんだぞ。」

 「…たしかに、ルキナともみんなとも別れるのか。寂しいな。」

 「だぁ~、そこじゃなくてっ!」

 鈍感なのか、わざとはぐらかせているのか、トールとしてはヒロ自身から気付いてほしいため、自らその言葉を口にすることはできないと思っていた。しかし、これではいつまでたっても彼がそこまでたどり着けるようには思えなかった。

 『待て、トール。お前の聞き方や考え方はわかるしかし残念だが、それがヒロには通用しない。』

 そこへビープ音を鳴らしながらジーニアスが割って入った。

 「じゃあ、どうするんだよ?」

 『もうストレートに言うしかないのだよ。まあ、ここは私に任せろ。』

 「あのさ…。いったい何を話しているのさ?それに、なんでジーニアスはわかるの?」

 ヒロは彼らの会話についていけなかった。

 『それだけ、おまえはわかりやすい信号を出している、ということさ。それは、ずばりっ、ヒロっ、おまえがルキナを好きだと言うことだ。しかも『Like』ではなく、『Love』つまり、男としてのヒロは、女としてのルキナを好きだということさ。』

 「あっ、えっ…。」

 ジーニアスの唐突に、そしてストレートな指摘にヒロは固まり、そして顔面が赤くなっていった。ジーニアスはさらに続ける。

 『そして、それに勘付いている我々はいい加減、告白しろっと言いたいのだ。』

 「えええええっ~」

 『告白、とまでいかなくともデートに誘うなりなんなりとしろ、ということだ。しなければもうアラスカへついて以降、会う機会がほとんどない状態で、時が流れ、ヒロの秘めた思いだけ残して、ルキナは別の男と…。』

 「だだだだって…そんなこと僕が一方的に…。そっ…それに、ルキナの気持ちだって…。」

 「だぁー、そんな相手の気持ちうんぬんよりまずはヒロがどうかだなんだよっ。で、どうなんだ、好きなのか?好きと認めちまえー!」

 『それともなにか~。なにか、あるのか?ルキナが別の男を好きではないのかという思い当たるフシが!?』

 「それは…。」

 ヒロは口ごもる。

 「あー、もう面倒だな…。」

 2人と1体(?)のやりとりにうんざりした様子のフォルテはそちらに向き直った。

 「ヒロ、さっきもう会えなくなるのは寂しいって言ったろ?なら、そういう意味で(・・・・・・・)その後も会う約束すればいいじゃねえか?」

 「「えっ?」」

 『なんですと!?』

 唐突な提案に2人(と1台)は素っ頓狂な声を(文字列を)上げた。

 「まあ、つまりだな…。任務の空いた休暇とかを利用して会うってことさ。どこで会うかや行くのかを適当でもいいさ。それなら、トールの目的も半分は果たせるだろう?」

 「たしかに…。」

 トールは考えるしぐさをしながら頷いた。

 「でも、それって結局やっぱり何かなくちゃいけないんじゃないかな?いきなり会おうっていのも…。」

 「だから、それは適当でいいって。どっか見に行こうとか、食べに行こうとか…。」

 「ふーん…って、それってやっぱりデートじゃ…。」

 「ああっ、それいいねっ!」

 フォルテの提案にふとヒロは指摘しようとしたが、トールに遮られた。そして、トールはヒロの方に向き直り、肩をがしっと叩いた。

 「じゃあ、ヒロ、それで決まりだ!何でもいいから誘えっ。」

 「誘えって言われても…なにかあるかな?」

 ヒロは考えてみたもののなかなか案が浮かばず、フォルテの方をみた。どこまで聞く気だとフォルテは思ったが、自分から言った手前最後まで答えるしかなかった。

 「う~ん…ジェラートかな?」

 「ジェラート?」

 「あの長靴の半島じゃ、名物の氷菓だ。有名な映画でもジェラート食べるシーンあるし…、古代からある都市の観光名所の泉の近くや水の都として有名な街の広場にも売られているほどだ。ある意味、街を散策しながらっていう理由づけもできるだろう?」

 「そうか…。」

 「よし、そうと決まれば行くぞっ。」

 いきなりトールは立ち上がった。

 「えっ!?今っ!?」

 「当たり前だ。善は急げって言うだろ?」

 『待て、面白そうだ。私も行くぞっ!』

 トールはジーニアスを抱え、驚くヒロを有無を言わさず、引っ張って部屋を出て行った。

 「やれやれ…。やっと静かになったか。」

 面倒事が終わってホッとしたフォルテはふたたび取り組み始めた。

 

 

 

 

 オーブ近海から少し離れたところでザラ隊を乗せたボズゴロフは浮上していた。隣にはカーペンタリアからの補給艦が並んでいる。アスランは上部甲板にたたずみ海を見つめていた。

 ‐『足つき』はオーブにいる。間違いない。‐

 それのみで根拠を言わないアスランに当然、イザークとディアッカは反論したがそれを譲らず、オーブから出てくる前提で待ち伏せをかけた。もちろん、そのことに不満があるのは彼らだけではなくこの艦の艦長をはじめクルーたちもであった。だが、アスランはその根拠を決して言うことはできなかった。

 そこへクトラドがやってきた彼の横に立った。

 相も変わらずの無表情であるが、おそらく彼も何か言いに来たのであろう。

 しかし、彼の口から出たのは意外な言葉だった。

 「海は…初めてか?」

 「………はい?」

 思わぬ質問にアスランは目を丸くした。さすがのクトラドも言葉が少なかったのかと、改めて質問した。

 「君たちは、宇宙生まれの宇宙育ちだと聞いている…。こうやって本物の海を目にするのは初めてだろう?」

 「…そうですね。」

 プラントにも一応海は存在するが、本物の海はそんな人工的なものとは比較することもできないぐらい広大で、圧倒される。

 「地球生まれ…ですか?」

 「ああ…。ただ、海とはまったく無縁の山岳地帯だったがな…。」

 それ以上会話が続かず、2人の周りの海鳥と波の音しかなかった。ややあってクトラドが口を開いた。

 「…すまない。」

 「えっ!?」

 いきなり謝られたアスランはいったいどうしたのか、と驚いた顔をした。

 「…話下手でな。言わなくてはいけないとわかっていてもなかなか…。」

 そして、クトラドは溜息をついた。

 「まったく…。こういうときに戦歴の長い自分が言わなくてはいけないのにな…。」

 そうまで言われ、アスランはハッとした。

 おそらくクトラドは自分におそらく意見を言いに来たのだろう。

 「すみませんでした。自分が気付くべきだしたのに…。」

 アスランは姿勢を正し、クトラドに向いた。だが、逆にクトラドは戸惑った様子だった。

 「いや…俺は何も、隊長の判断に何か言いに来たわけではなくてだな…。」

 その表情から読み取れないが、おそらく困った顔をしているのであろう。

 「…クルーゼ隊長から、内密に、ということでかのパイロット(・・・・・・・)について、聞いている。」

 アスランはドキッと心臓が跳ね上がるような感覚に襲われた。

 「えっ…!?それでは…。」

 「いや、誰にも話していないし、話す気もない。隊長がどういう思いか、その表情でわかる。けど、言わずとも心配する者もいる。きっと俺以上に、いい言葉をかけてくれるだろう、な。」

 クトラドは視線を後ろに向けると、甲板に上がって来る自分の影があった。

 そして、クトラドはくるりと背を向け去って行った。

 アスランが彼を黙って見送ると、さきほどあがって来たニコルが近くまでやってきた。

 「クトラドさんと話していたのですか?」

 「あっ、ああ…。」

 アスランは何と答えればいいか考えあぐねた。

 「あっ、いや…地球のこと、とか?」

 するとニコルが目を輝かせて話はじめた。

 「そうですか。クトラドさん、結構地球に詳しくて、僕、いろいろと聞いたんです。」

 「あっ、ああ…。」

 地球に降りてからニコルは、よく自分にプラントではみることのできない、地球の変化を子供のように興奮した顔で報告してくれていた。おそらく、地球に住んでいたクトラドにその疑問等を聞いたのであろう。

 すると、仕事を終えた補給艦がボズゴロフから離れて行き、だんだんと海へを潜っていった。

 その姿をしばし、2人で見送った後、ニコルがふたたび口を開いた。

 「これで、僕たちの機体の大気圏内用の装備を使うことができますね。」

 アスランの表情にどこか暗いことに気付いたニコルは心配そうに彼を見た。

 「何か…あったのですか?」

 「え?」

 「いえ…ずっと思い悩んでいるというか…。今回の決断のことですか?」

 「いや…その…。」

 ニコルが自分を心配してくれることは嬉しいが、だからと言って本当のことを話すことはできなかった。どう答えればいいのか思い悩んでいると、ニコルから意外な言葉がやってきた。

 「でも、僕はアスランを、じゃない隊長を信じています。」

 一瞬、目を丸くしたアスランだったが、純粋に自分を慕ってくれるニコルに思わず笑みがこぼれた。

 「…そうか。そうだな、ニコル。」

 そうだ。自分は、今、この隊の隊長なのだ。

 キラのことで悩むことはある。が、ニコルのように自分を信じてくれる者のために戦わなければいけないし、しっかりしなければいけない。

 アスランは改めて思った。

 

 

 

 

 「なあ、頼むよ~。」

 「そんなこと言われても…。」

 マードックはキラにむかって両手を拍ち、頭を下げた。当のキラはというと、困惑していた。

 「一回だけっ。なんならほんの数秒動かすだけでもいいんだ。坊主…いや、『少尉』殿っ。」

 マードックはこの時とばかりにキラを普段の『坊主』呼びではなく、『少尉』と敬称をつけるが、だからといって、キラにもゆずれないものはあった。

 「どうしたんだ、いったい?」

 ムウが冷やかし半分にやってきた。

 「マードック曹長があのストライカーパックを使ってほしいって言っているんです。」

 キラは視線をそのストライカーパックに目をうつした。エールストライカーとソードストライカー、ランチャーストライカーをそのまま3つ合わせたストライカーであった。

 「たしか…、スカイグラスパーと一緒に搬入されたっていう、なにかストライカーパックを全部乗せたような…。」

 「マルチプルアサルトストライカーっすよ。」

 ムウの上をかぶせるようにマードックが答える。

 「僕は、あまりにも多機能すぎて使い勝手が悪いのと、あまりにも重すぎてストライクの機動力が低下するからって使いたくなかったんです。」

 キラはもうこのやりとりが何度目か、辟易としていた。

 「そうだ。なんなら少佐のスカイグラスパーでもいいからお願いしますぜぇ…。」

 「いや~、まずこんな重いの乗せては飛べないだろ。」

 「そこは少佐の腕でカバーを…。」

 「おだててもムリなものはムリだし…。」

 キラはマードックのお願いがムウに移った隙を見て、格納庫から出ていった。

 確かに、ストライクは試作機だ。いろいろ試すのは当たり前だが、さすがにあの3つのストライカーを合体したものはどうかと思う。それを言えば、マードックからは「ロマンだ」と返されてしまい、果たしてどうすべきか。

 そうこう思案しながら廊下を歩いていると、途中トールがジーニアスを抱え、なにかのぞき込んでいた。不審に思った、キラは近くまでやってきて、彼にたずねた。

 「なにしているの、トール?」

 「しー…キラ、今大事なところなんだ…。」

 『ヒロの人生でいくつかある最大のイベントなんだ。』

 キラは訝しみ、トールが覗いている方に目を向けた。そこではヒロとルキナが何か話しているようだった。キラもまた、彼らの会話に聞き耳を立てた。

 

 

 

 「そういえば…今、フォルテさんまた飛行機の製作始めたって?」

 「うん。あの後、落ち込んでいてずっと寝込んでいたのに、箱を見た瞬間、思いっきり飛びあがったんだよ。けど、ごめんね。せっかく作っているときだったのに中途半端に終わって…。」

 何気ないやりとりだが、どこかヒロのほうはぎこちない感じがする。ルキナは気付いていないのか、気にしていないのか話を続ける。

 「いいのよ、フォルテさんが元気になってよかったじゃない。」

 「まあ、ね…。」

 その会話をトールとジーニアスはじれったく見ていた。

 「今だっ、ヒロ。切り出せっ。」

 『前振りが長い。これでは言うタイミングを逃すぞっ。』

 「いったい2人は何をしてるのさ?」

 事情を知らないキラはむしろ2人が邪魔をしているように思えた。

 「あっ…ところで、さ…。」

 ヒロも感じ取ったのか、どぎまぎとしながら話題を変えた。

 「あのさぁ、ルキナ…ジェラートとか食べたくない?」

 「あーなんという誘い方…。」

 『基本のキもなっていない…。』

 トールとジーニアスはがっくりとうなだれた。

 さすがにルキナもいきなりで困惑していた。

 「えっ…。」

 さすがにまずいと思ったのかヒロは焦った。

 「あっ、いや、その…。さっきおいしいジェラートの店があるって聞いて…それで…、アラスカに着いてこの任務が終わった後、いや、それから少し明けてでもいいから…どうかなぁって…。」

 ヒロがしどろもどろになりながら一生懸命にわけを話していると、ルキナはお腹を抱え、笑いをこらえていた。

 「えっ…なんか僕、おかしかった、かな?」

 この状況は考えていなかったので想定外のことにヒロは呆然としていた。

 「ああ、可笑しい。」

 『まったくだ…。』

 一方、外野ではトールとジーニアスが完全に実況と解説役へとなっていて、キラは呆れた様子を見せていた。

 「いえ、ごめんなさい。…ねえ、ユリシーズになにか吹き込まれた?」

 「えっ!?ユリシーズさん!?」

 いきなりユリシーズの名前が出てきて、ヒロは驚いた。

 ふと思い当たるところがあるが、このジェラートには当たり前だが一切かかわっていない。とは言っても、トールに焚き付けられたからとも言えない。

 「いいや、いいや…。なにもっ。」

 「そう…。」

 ルキナはしばし何か考えているようだった。

 「あーこれはダメだな…。」

 『ヒロの恋はここで潰えるのかぁ~。』

 「2人とも、遊んでいるの真剣なの?」

 2人の会話とこの1人と1台からだいたいの状況はわかってきた。こういうのかこっそりとみるのは悪いと思いキラは去ろうとしたが、トールに無理やりつかまれ、そのままとどまることになってしまった。

 「あの…ルキナ?」

 いまだ返事を言わないルキナにヒロはおそるおそる声をかけた。

 だが、この様子だととてもではないが成功したとは思えない。

 「じゃあ、そしたらさ…。」

 ややあってルキナが静かに口を開いた。

 「途中で終わっちゃった…紙飛行機製作の埋め合わせっていうことで、どうかしら?」

 「埋め合わせ…っていいの!?」

 いい返事を期待していなかったヒロは思わず驚きの声を上げ、思わず確認してしまった。

 「ええ。」

 ルキナのはっきりと頷いた言葉にヒロの心臓は跳ね上がり、有頂天になりそうだった。

 もうこの際どういう理由であろうともいいし、トールたちのことなどもうどうでもいい。ただ、ルキナから返事がもらえたこと…それが嬉しくて、それだけしか考えられなかった。

 

 

 

 

 太陽が地平線より出始める時刻。東の空が徐々に明るくなり始める頃…。島の外れの人気のない所でカガリはムスッとした顔つきでウズミについていっていた。

 今日はアークエンジェルの出航日。

カガリは自室で旅の準備をしていたところ部屋にウズミが入って来た。ウズミが己の荷物を一瞥した後、「あの艦とともに行くつもりか?」と聞かれ、カガリは身構えて「はい」と答えた。

 先日、バエンにああは言われたが、カガリはやはり放っておけなかった。

 互いに対峙した格好となり、カガリはウズミの次に発せられる言葉を待っていたのは、意外な言葉であった。

 今から、おまえに連れて行くところがある、

 と。

 そこで、おまえに見せたいものがある…そう言われ現在にいたる。

 だが、カガリは今更何を見せられても決意を変えるつもりはなかった。

 しかし…と、カガリはあたりを見まわした。

 街から離れた海に面した丘。

 あたりが静かなためにここからでも波の音が聞こえてくる。

 オーブにもこのようなところがあったなんて知らなかった。

 幼いころより、よく邸の外に脱走して、いろんな場所に行った。よくマーナや使用人たちを困らせていたな、と懐かしく思った。

 すると、途中で開けた場所についた。

 規則的に花が植えられ、風で香りがあたりを覆う。その真ん中の奥には小さな石碑が置かれた。

 「…ゲンギ?」

 そこでは庭師のゲンギが掃除をしていた。ゲンギは2人に気付くと少し戸惑った表情を見せた。

 「…ウズミ様。」

 「カガリと2人で話がしたい。」

 ゲンギは心得たのかその場から下がった。

 「お父さま、ここは…?」

 カガリは周囲を見渡しながら尋ねた。

 「ここはおまえの叔母の墓だ。」

 「叔母上の…!?」

 「そうだ…。カガリ、お前の叔母がどうして亡くなったかは聞いているか?」

 「それは…たしか病気で…。」

 思えば、生まれてないのであるからというのもあるが、自分は叔母がどのような人であったのか、知らない。聞きたくても、あまり聞いてはいけないような…わからないが子供心にそう感じた。

 そして、ウズミは静かに重い口を開いた。

 「そうだ…。病にかかり、遠く異国の地で療養むなしく亡くなったと…、そういうことにしてほしいと、彼女は今わの際に言い遺したのだ。」

 「…え?」

 それはいったいどういうことなのだろうか。カガリは意図をはかりかねていると、ウズミの手が震えているのに気付いた。

 それは悲しみではなく、どこか怒りのような…。

 そう思っていると、ウズミは驚くべき事実を口にした。

 「…お前の叔母、私の妹、ミアカ・シラ・アスハは…殺された(・・・・)のだ。」

 ウズミの言葉にカガリは衝撃を受けた。

 「そんなっ…!そんなこと…。」

 なぜ殺されたのか。そもそも国家元首の家族を殺すなどテロ行為ではないのか!?

 父や祖父は報復を考えていなかったのか。

 もし自分だったら許せない。

 「当時の国家元首…つまりお前の祖父であり、私の父も相手への報復を考えていた。たとえ相手が個人であろうともその過失を国に問いたかった。もちろん戦争も辞さない覚悟であった。…私もだ。」

 最後の言葉、今まで見せたことのない父の表情にカガリはビクッとした。

 「だから…であろう。ミアカは…、彼女は自分の死を『病死』にしてほしいと告げたのだ。そうすれば、相手への報復も戦争もない。彼女は最期のさいごまで、この国を戦禍を被ることを憂いていた。」

 そして、ウズミはカガリを見つめた。

 「カガリ…たとえお前が、あの艦を助けたい、戦争を終わらせたいと思っていても、銃を向けられた相手にとっては自己満足な正義なのだっ!」

 カガリは言葉を飲んだ。

 自己満足…?私はただこんな戦争を終わらせたい。でも、このオーブ(平和の国)にいてどうすることもできない。せめて、戦場の中にいる彼らを、彼らに刃を向ける敵から守るために戦いたい…そう思っているのに。

 「しかしっ…。」

 カガリは何もいうことはできなかった。そこにウズミは一喝する。

 「お前が誰かの夫を撃てば、その妻はお前を恨むだろう。お前が誰かの息子を撃てば、その母はおまえを恨むであろう。そして、お前が誰かに撃たれれば、私はそいつを恨むであろう!こんな簡単な連鎖がなぜわからんっ!?」

 何も言い返せなかった。自分の目の前にいるのは大事な家族の命を奪われた側の人間なのだ。

 「銃を取るばかりが戦いではない。…戦争の根を学ぶのだ。」

 ウズミはカガリの肩に両手を置いて揺さぶった。

 ヘリオポリスの1件以降、カガリのウズミに対する尊敬も信頼も一気に落ち、父の言葉など受け入れることはできず反発していた。しかし、今は言葉が真っ直ぐに自分の中に入ってくる。

 銃を取るばかりが戦いではない。

 それはウズミ自身の経験から喪失と悲しみ、そして葛藤から得た答えなのだ。

 「お父さま…。」

 カガリはウズミを見上げる。

 自分も見つけられるのであろうか。叔母や父が辿り着いた答えに…。

 

 

 墓の前で1人佇むカガリを残し、ウズミは出口へと向かって行った。そのそばにはゲンギが控えていた。

 「…すまないな、朝早くに。」

 「いえ…。」

 ウズミの言葉にゲンギは首を振った。

 「しかし…いつもながら手入れが行き届いている。本来であれば…我ら兄弟、もっとミアカに会いに来たいのだが…君たちに任せてっぱなしだな。」

 「ウズミ様も、ホムラ様も、今では国を担う重要な役職にある身…。それに、本来であれば、どのような処罰も受ける覚悟でした私に庭師として居続けさせてくださる先代やウズミ様への恩もございます。」

 「ずっと仕えてくれた者を追い出してはミアカに合わせる顔がない。」

 ウズミは振り返り、再びカガリを見た。

 彼女はいまだにじっとしていて、何かを考えているようだ。

 ウズミはそれを静かに見守った。

大丈夫だ…あの子は、私とは違う。きっと答えに辿り着き、その道を行くであろう。

 そして、ふとウズミはゲンギに向け、口を開いた。

 「…ゲンギだからこそ、話すべきかもしれんな。」

 その言葉に、ゲンギはウズミの言葉をはかりかねた。

 「ずっとミアカに仕え、彼女の遺言を届けに来て、そして()を知る者として…。」

 そして、ウズミは静かに告げた。

 

 

 

 

 

 




あとがき
ヒロ&ルキナのカップリングは書いていて、それはそれで面白いですね。ヒロがとにかく初々しくて…(笑)


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