機動戦士ガンダムSEED Gladius   作:プワプー

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いやはや…ずいぶんと更新が遅れてしまいました。
今回の話はアバンがメインの話です。
ちなみに作者としてはアバンのキャラはわかりやすいためか書きやすいキャラの上位3位に入っています。



PHASE-37 カリフォルニア・デイズ

 

―C.E.71年 3月上旬―

 

 

 基地の一角にある建物に到着すると、入り口の前ではアスベル・ウォーデンが待っていた。彼は停止したエレカまで歩み寄って来た。運転していた兵士が先に、続いてオーティス、最後にアバンが車から降りた。

 「お久しぶりです。ミスター・サヴィニー。」

 「月基地でお会いした以来ですな、ウォーデン中佐。」

 2人は握手し、互いに挨拶をした。

 「彼が、そうですね。」

 次にアスベルはオーティスの後ろにいたアバンに目を移した。

 「ええ、アバン・ウェドリィです。彼が適任と思い、こちらで人選しました。」

 2人はアスベルに伴われ、建物内を移動していた。途中、アバンが身を乗り出し、アスベルに尋ねた。

 「なあなあ、中佐。さっき外で見かけたんだけど、アレMSだよな?俺も乗れるのか?」

 「ああっ、こら、中佐に失礼なっ。」

 付き添っていた若い兵士がアバンを窘めるが、アスベルは気にもしてる様子もなく、アバンの質問に答える。

 「そうだね。君のも乗ってもらうよ。だが、その前に…。」

 ある部屋につき、アスベルがその扉を開いた。

 「だけど、実機に乗ってもらう前に君にコレ(・・)をしてもらってもいいかな。」

 そこにはずらりと大型の、まるでモビルスーツの胸部のような箱型の機械が横一列に並ばれていた。

 「おおっ、すげぇ。」

 「これらはナチュラル用に改良されている。君が今まで使っていたシミュレーターはザフトが使っているシミュレーター、つまりコーディネイター用のだと聞いている。それに比べれば断然と動かすことができる。まずはその手ごたえを感じてほしくてね。」

 アスベルの説明を聞きながらもアバンはさっそくシミュレーターにおさまり、開始した。確かに今までのは、動いてもノロノロとしか動かなかったが、コレは自分が普段目にしているMSの動きと同じであった。

 アバンが何度も何度シミュレーターをやり没頭しているところに部屋に1人の金髪の女性が入って来た。彼女は不思議そうに眺めながらアスベルに尋ねた。

 「あれ?使用中だったのですか?」

 「ああ、ヒューストン少尉。」

 ジェーン・ヒューストン。地球連合軍海軍の所属で、現在、連合の水中MSの試験パイロットを務めている。

 「さっきほど傭兵に来てもらって、いまシミュレーターをしてもらってるんだよ、そろそろ終わるかな?」

 アスベルが彼女に事情を話していると、ちょうどシミュレーション終了の表示が外部のモニターに出て、中からアバンが出てきた。

 「もう、これで何回目ですか?ゲームじゃないんですよ。」

 「ええ~、いいじゃん。もう1回、いいか?」

 「まったく…。」

 若い兵士の言葉にもアバンは気にせず、一度外に出て、自分のミッションレコードを見た後、もう1度やりたそうな顔をした。

 その様子を見ていたジェーンは顔をしかめ、アスベルに問いただした。

 「中佐、本当にコイツが傭兵なんですか?どうみても、ただのガキじゃないですか?」

 「ヒューストン少尉、これはだな…。ってアバン君?」

 アスベルが説明しようとするまえに、アバンがズンズンとジェーンの下へと向かった。そして、ジェーンに向かい挑発するように反論した。

 「何も見ないで勝手に決めないでくれないか?それにガキじゃない、アバン、アバン・ウェドリィだ、オバさん(・・・・)。」

 「オバさん…。誰がオ バ さ ん ですっってー!?」

 アバンの発した言葉にジェーンはかっとなり、大人げもなく声を上げた。

 「いったいどの生意気な口が言ってるんだいっ!シミュレーターをゲーム感覚でやっているからガキって言ったんだ。それに、オバさんだって!えっ!?このガキ!」

 「だからガキじゃない、アバンだっ!おれは17歳だ!それをガキっていうんだからオバさんだろうっ!」

 「17なんてまだガキのガキじゃないかっ。それに、私はまだ24歳だっ!」

 いつ果てるとも知れない応酬が始まった。傍から見れば、子どもの喧嘩としか言いようのない口論であった。

 

 

 

 「ちぇ、結局俺だけ居残りでシミュレーターかよ。」

 シミュレーター室に3人の男、先ほど実機訓練をしていたエド、エンリキ、そして指導教官のモーガンが入って来た。

 「当たる前だ。お前はもっとまじめに訓練に打ち込め。」

 エドの愚痴を窘めたのは、モーガンであった。

 モーガン・シュバリエ。

 彼はユーラシア連邦の陸軍戦車部隊を指揮し、夜間作戦が得意であり、先を読んだ戦い方が一見無茶ぶりに見えたことから「月下の狂犬」という異名を持っている。ユーラシアからは厄介払いという形で、訓練交換士官として大西洋連邦に配属されてきた。

 「ん?喧嘩か?」

 3人はアバンとジェーンの口論に気付き、アスベルたちの方へ向かった。

 「これは…どうなっているんですか、中佐?」

 エンリキがアスベルに尋ねた。

 「なんというか…まあ、気にしないでくれたまえ。大尉たちはシミュレーターをしに来たのだろう?構わずにやってくれたまえ。」

 聞かれたアスベルは苦笑いした。

 「構わず…と言われてもな~。」

 3人は目を向けた。確かに、内容を聞いているとあまりにもバカバカしい喧嘩なのだが、下手に近づけば、そのバカげた喧嘩に巻き込まれない。ましてや止めようにも止めれそうなものではなさそうだ。現に、アスベルとオーティスはこの喧嘩をよそに、依頼内容の確認とか、今後の話を進めていた。

 「あれが、今日来た傭兵か?」

 気をとりなおし、モーガンはジェーンの喧嘩の相手の赤髪の少年に視線を移す。

 「ええ、アバン・ウェドリィという少年です。」

 モーガンとアスベルのやりとりを聞きながら、エドとエンリキもまた、アバンと言われた赤髪の少年に目を向ける。

 「へ~、あいつが…。」

 まず初めに抱いた印象は意外、というものだった。

 どうみてもまだ10代にしか見えない少年で、ジェーンの言い分通り、傭兵とは思えない。だが、その目にはたしかな信念を宿っていた。

 「なあ、エンリキ大尉?彼の話している言葉なんですけど…。」

 「ん?」

 アバンと言われた少年の話している言葉に、ふとあることに気付いたエドはエンリキに聞いてみた。

 だが、エドの疑問はそこでいったん打ち切られた。

 このシミュレーターの入り口から黒髪の長い髪をたらし、頬から首筋にかけて花弁のような火傷痕がある女性が入って来て、ツカツカといつまでも口論を続けている2人に向かって行った。

 「いったい、何をしているの!?」

 その女性の叱る声が、部屋に響き渡る。

 ジェーンとアバンはその女性士官に圧倒され、静かになった。

 「レっ、レナ教官…。」

 その姿を見たジェーンはやや後ろに下がるようにしながら、身を縮こませる。

 レナ・イメリア。

 北米カリフォルニア士官学校の教官である。階級章をみると中尉であることがわかる。彼女は、コーディネイター並の反射神経を持ち、ナチュラル用OSのサポートがなくてもMSを自在に乗れることができるナチュラルの数少ないパイロットである。連合のモビルスーツパイロットの教官を務め、ヘリオポリスで戦死したGAT-Xシリーズの本来のパイロットたちの教官でもあった。

 「いったい何をしているの、ジェーン?」

 「えっ…と、このガキが…。というか、本当に傭兵なんですか?」

 ジェーンはたじろぎながらレナに返す。

 「またガキって言ったっ!ガキって言うやつはガキなんだぞ!」

 「なにをー!」

 「いい加減にしなさいっ!」

 再燃したジェーンとアバンの口論にレナは割って入る。ふたたび2人は黙る。

 「いいのか、中佐?」

 「こういうことはイメリア中尉の方が慣れていますよ。それにシュバリエ大尉、これ以上私の負担を増やさないでください。」

 これらの様子を眺めているだけでいたアスベルの本心が垣間見れた言葉であった。

 一方、レナは溜息をつきながら、ジェーンに向く。

 「ジェーン…、この子は紛れもなく依頼した傭兵よ。あなたがなんと言おうと、私たちは彼に依頼を頼むわ。」

 「でも…。」

 「先方は、それを見越して彼を寄越したのよ。人は見掛けでは判断できない。…そうでしょ?」

 「…はい、レナ教官。」

 ジェーンはなおも釈然としない顔であったが、己の教官にこうまで言われれば何も言うことは出来ない。

 そしてレナは、今度はアバンの方をむいた。

 「あなたもよっ。アバン・ウェドリィ。」

 「えっ!?」

 自分も叱られると思ってなかったアバンはたじろいだ。

 「いや、俺は…別に。ここの人間じゃないし…。」

 小さい声でもぞもぞと言い訳をした。

 「では、あなたは何しにここに来たの?」

 「あなたは私たちからの依頼を受けてここに来たのでしょ?それは、あなたが それを、まったく関係のない事で、その信頼を崩すことになるのよ。」

 ただ叱るのではなく、諭させる言い方にアバンもおとなしくうなずくしかなかった。

 「あと…オバさん(・・・・)と言うのも考えた方がいいわよっ。わかった?」

 「はっ、はい!」

 なぜ『オバさん』という単語だけ語気が強かったのか、アバンにはわからなかったが、彼女の気迫に押され、ただ頷くことしか出来なかった。

 「そりゃ…、ジェーンがそう言われたらレナ教官も…。」

 「エドワード・ハレルソン少尉。言いたいことがあるのであれば、どうぞ面と向かって、はっきりと言えばよろしいのでは?」

 「いっ!?」

 まさかエドも自分がこっそりと口に出した言葉がレナに聞こえていたとは思っていなかったので、これをどう切り抜ければいいか左右を見渡した。

 しかし、モーガンは呆れ返っている様子だし、エンリキは頭を抱えている。誰かに助け舟を出してもらえそうになく、逃げ切れるような雰囲気でもなく、エドはうろたえるばかりであった。

 

 

 

 

 

 「まったく…、なんでこんなことになるんだか…。」

 ジェーンは溜息とついた。手にはバケツとブラシを持っている。

 「それは、俺のセリフだ~。俺、軍人じゃないのに…。」

 ホースと同じくブラシを持っているアバンも不満気な顔だった。

 「え~、2人さん…。それは、俺も納得できないんですけど…。なんか、俺だけ置いてけぼり?」

 その後ろからエドワードも掃除道具を持ってついてくるが、どこか小さくなっていた。ジェーンとアバンは同時にエドワードの方へ向いた。

 「だいたい、誰のせいでこうなったと?ハレルソン少尉があんなふうに言うからこうなったんでしょう?」

 「ほんとだ。せっかくあれで収まっていたのに…。」

 彼ら3人はあの後、レナから居残り掃除を命じられてしまった。それもこれもエドのあの余計な一言(・・・・・・・)が原因だ。

 しかし、今さら文句を言っても仕方なく、3人は掃除に取り掛かり始めた。

 「まったく…本当だったら今頃モビルスーツに乗っていたのに…。というか、俺がここに来た意味…。」

 今回の任務で、モビルスーツが乗れると聞いて喜んで来たのに、その肝心のモビルスーツに乗れてない。しかも居残り掃除だ。

 「なあ、もしかして南米出身か?」

 すると、エドに声をかけられた。

 「え?そうだけど…。」

 「やっぱり…。言葉がそっちの方ぽかったからなっ。かくいう俺も南米なんだぜ。」

 「マジか!ええっと…。」

 「エドワード・ハレルソンだ、エドでいい。よろしくなっ。」

 「俺は、アバンだ。」

 こんなところで同郷出身の人間に会うとは思いもしらなかった。と言っても、南アメリカも地球連合なんだからいるといればいるだろうが…。

 アバンは思わず心が弾んだ。

 「あと、そっちの少尉さんもエドでいいぜ。あんまり堅苦しい呼び方だと肩凝っちまうしな…。」

 「けど…。」

 ジェーンは少々戸惑った。いくら本人がいいと言っても、向こうの方が階級は上だ。しかも、ここは軍隊。規則はしっかりとしなければいけない。

 「気にするなって。これから同じパイロットなんだ。階級も所属も関係ない。…そうだろう?」

 エドの理屈にもならない言い分にジェーンは思わず吹き出しかけた。それを隠すように、ジェーンはわざっとぽく言い返した。

 「まあ…少尉がいいのであれば、今後そう呼びますけど…もしかして、それって口説いてるのかしら?」

 「ジェーンが口説かれるってありえね~。」

 アバンがジェーンの言葉にからかった。それを聞いたジェーンはアバンの方に向き、ブラシを両手に上げ、向かって行った。

 「言ったわねー!」

 「うぉーっ!?」

 「はははっ!」

 驚いたアバンはそれから逃げるように駆けまわり、ジェーンも追いかける。それを見ていたエドはこの2人はこんなことをし続けて、よく飽きないものだと半ば感心しながら大声で笑った。

 

 

 

 

 

 夜になり、基地も当直の者以外は休みに入っているため、静かであった。アバンはこっそり部屋を抜け出していた。

 「明日まで待てねえって。」

 明日から本格的にモビルスーツに乗れるとオーティスから言われたが、アバンはすでに待ちきれなかった。実機には乗れなくとも、せめてシミュレーターで乗る気分ぐらいは味わえるだろうと、忍びこもうとしていた。

 「あれ?」

 いざ、シミュレーター室までやってきたはいいが、部屋に灯りがついていた。

 こんな時間にだれがいるんだ?

 アバンは不思議に思いこっそり覗き込んだ。そこに1人の若い士官が部屋にいた。制帽の下から見える黄土色の髪の毛、ここからでは横からしか見えないが、おそらく今日あったエドたち、その中で最年少のジェーンよりも若そうな顔つきであった。どうやら、彼もシミュレーターにいそしんでいるようだった。

 「ん?」

 若い士官はアバンに気付いたのか、ドアの方に視線を移した。アバンはとっさに隠れたが、遅かった。

 「君も…これをしに来たのかい?」

 若い士官に声をかけられ、観念したアバンは部屋に入って来た。

 「ええ、そうっす。」

 「そうか。でも、見かけない顔だし…軍服着てないし…。もしかして、今日来るって言っていた傭兵かな?」

 「はい…。アバン・ウェドリィッス。」

 「そうか…。僕はセドリック、よろしくね。」

 セドリックと名乗った士官の態度にアバンは意外の念に打たれた。セドリックはそんなアバンの様子に気付いたのか、首をかしげた。

 「…どうしたんだい?」

 「いや…、さっき会った人たちは俺の事、ガキだとか馬鹿にするけど、なんか兄ちゃんにはないんだなって…。」

 アバンの言葉に思わずセドリックは笑った。

 「はははっ。僕も、ここじゃまだひよっこだからね…。自分より年下が来たからって急に偉くなれるわけじゃないさ。」

 「へえ~。」

 アバンはこの若い士官に好感を持った。軍人というのは、なんか堅苦しくて、偉そうにしているようなイメージがあったが、エドといいセドリックといい、気さくな人もいるのだなと、印象を改めた。

 「それよりも…どうしてここに来たんだい?ここは本来許可ないと…。」

 セドリックは思い出したように尋ねるが、アバンはギョッした。

 「あっ…いや…。あっ、明日からの実機乗るの、待てないし…。ここでちゃんとできれば、ガツンと他の大人たちに見せつけれるかなって…。」

 よい言い訳も思いつかず、この人であれば本当のことを言ってもいいかなと思ったアバンは、言葉に詰まりながらも返答する。

 「本当は、いけないけど…。1回だけだよ。」

 それを見ていたセドリックは苦笑いしつつも、彼にシミュレーターをすすめた。怒られるかもしれないと覚悟していたアバンは思わず顔を破顔させる。

 「えっ、いいのか!?」

 「ああ。」

 アバンは嬉しそうにシミュレーターに収まった。

 

 

 

 「いやぁ、やったやったっ。」

 アバンは満足そうにシミュレーターから出てきた。たった1回であったにしろ、とても大きなものに感じた。

 「本当にアリガトな、セドリック少尉。」

 アバンは改めてセドリックに礼を述べた。

 「いや、気にしなくていいよ。」

 「けど、なんでこんな時間にわざわざシミュレーターをしているんだ?昼間でもしているんじゃないのか?」

 ふとアバンは思い出したように尋ねた。

 「まあ…、そうだけどね。上達したいのなら、強くなりたいなら人よりももっとやらないと、って…。『努力は裏切らない』ってある人の言葉でね…。」

 「へ~。セドリックはその人のこと尊敬してるんだな。」

 「ああ…。僕が軍に入ったのも…いろいろ理由あるけど、その人の背中を追いかけたかったっていうのが一番の理由かな。」

 「その人、すげえ人だったのか?」

 「ああ。とても偉大で、反抗したくても反抗するのがむなしく感じてしまうぐらい…かな?」

 「そうなんだ…。」

 するとどこからかの時計の音が鳴った。それに気付いたアバンは慌て始めた。

 「やべっ、もう戻らないとバレたらマズイ…。セドリックっ、ありがとう。」

 アバンは大慌てで、部屋に戻っていった。

 まるで一陣の風だな…。

 セドリックは思わず彼の印象を風に例えてしまった。

 「強くなりたい、か…。」

 セドリック先ほどの言葉を反芻した。

 ‐自分も、連れて行ってくださいっ。自分はMAの訓練プログラムも受けています。‐

 あの時のことがよみがえる。

 だが、それはあっさりと断られてしまった。

 ‐貴官にはこのG計画を軌道に乗せるための重要な任務を課せられているのをわかっていはずだ。それを途中で放り投げるのが貴官の信条かっ。‐

 最後に見た背中姿が今もよみがえる。

 ‐しかしっ…‐

 必死に反論しようにも、言葉が出ずにつまる。思えば、この人は、常にそうであった。自分が軍に入った時から、公私をわけ隔てていた。家に帰れば、父親として接してくれるその人は互いに軍服を身に纏えば、准将と少尉の関係となる。今も、これは上官として自分に言っているのだ。

 だからこそ、歯がゆい。

 ‐…自分のやるべきことを、やるのだ。そうすれば、いつか道は開ける。‐

 その人は静かに言う。

 それが、自分が最後に見た父親の背中姿だった。

 ときにここで過ごす時間がとても虚しく感じてしまうときがある。自分の知る者が多く死んでいった。なのに、自分は何もしていないのではないのか、と。無意味に過ごしているんではないのか、と。

 1人残ったシミュレーター室でセドリックは佇んだ。

 

 

 

 

 

 

―C.E.71年 3月中旬―

 

 

 2機のストライクダガーが演習用のサーベルと盾を持ち、相対していた。

 「いつでもいいぜっ。」

 アバンは意気揚々と告げる。

 (自信ありげだな。ここは先輩として見せつけてやるか)

 対するエドも不敵に返した。

 そして、演習スタートの合図に両社は互いにサーベルを振り下ろした。

 「ったく、エドのやつ…。相変わらず格闘戦が好きだな。あいつの射撃の成績ってどうなんだ?」

 アバンとエドの模擬戦を見ながらモーガンが呆れながらにレナに尋ねた。

 「中の下、といった感じですね。」

 「射撃で牽制、あるいは撃墜する。格闘戦に持ち込むのは最終手段っていっているのになぁ…。」

 「現在、格闘戦に特化した機体もあるから、その内彼にテストパイロットにさせるのはどうか?」

 アスベルが苦笑しながら、レナとモーガンに言った。

 「まあ、それは彼の成績次第ですな。」

 

 

 

 「だはーっ。結局、今日もエドに有効打を与えることができなかったー。」

 演習を終えたアバンは、ゴロンとそのまま地面に寝っころがった。

 「そりゃ、俺だってちゃんと訓練しているんだ。簡単に負けたくはないさ。」

 エドは笑いながらドリンクを飲む。

 「けど、途中途中俺がしたい動きができなかったけど…、あれ、なんでだ?」

 「それはだな~、えっと…。」

 「それは、OSのパターンに入ってないからだろう。」

 エドが答えに窮していると、別の所から答えがきた。

 「エンリキ大尉。」

 声をした方を振り返ったエドは笑みを浮かべた。

 「OSのパターン…ってなんだそりゃ?」

 アバンはエンリキの答えに意味がわかってなかった。エンリキがそれをくわしく説明を始めた。

 「量産機に載せているOSは、ヘリオポリスで開発したMSの戦闘データを基にしているんだ。もともとMSは複雑でそれを兵器として操縦するのは、一般的なナチュラルでは難しくてね…。そこで、各種戦闘状況下でモビルスーツがどう対応するか…、それをある程度パターン化してモビルスーツ自身に対応させるようにしたのさ。それが、今君たちが乗っているストライクダガーのOSさ。」

 「へ~、知らなかった。」

 アバンが感心しながら頷く。

 「というか、そのOSをさらに発展させるために傭兵に依頼したのに…君は聞かされていなかったのか?」

 「えっ、そうなの!?俺は、『モビルスーツに乗れるぞ』って言われたから、よっしゃーと思って来たんだが…。というか、なんで俺がモビルスーツに乗ることとOSの発展が関係するんだ?」

 アバンに質問され、エンリキは答えるべきか悩んだ。答えることによって、これ以降アバンが意識して動かせば、せっかく依頼したことが達成できなくなりそうであったからだ。

 たしかに、状況をある程度パターン化して、対応することによってナチュラルでも兵器として流動的にMSを動かせることができるようになった。

 しかし、戦場はおよそ人が読めない不測の事態が起こる場所。マニュアルに沿った行動では対応でないことなど何度も遭遇する。また、このようなOSを搭載できたのも量産性と操作性を重点に置いた性能をおさえたストライクダガーだからこそできたものだ。敵も次々と新型を、より性能のいい機体を投入してくるのに対処するにはこちらも性能のよい機体でなければいけない。そのためにも、OSのさらなる改良が見込まれているのだ。実際、ダガーより上位機種および単一コンセプトに特化した1ランク上の機体と渡り合えるモビルスーツを開発の計画が為されている。そこで考えられたのが、『軍という組織の外部』で、戦いのスタイルの『型にはまっていない』人間にMSを動かしてもらおうと考えた。

 それが、アバンの受けた依頼の内容であった。ただ、本人自身は知らなかったようだが…。

 「まあ、そんなこといいじゃないか?これで、地球軍のモビルスーツの発展に寄与したって、一躍有名になるんだぜ?」

 「おー、そうすれば仕事もこのあとがっぽり入るか~!」

 エドの言葉にアバンはすっかりその気になり、さきほどの疑念などすでにどこかに飛び去っていた。

 と、そこへアバンとエドのお腹が同時に鳴った。それを聞いたエンリキは思わず吹き出した。

 「じゃあ、昼でも食べるか?」

 「「よっしゃーっ!」」

 エンリキの言葉にエドとアバンははしゃいだ。

 

 

 

 食堂では、パイロット用の食事が用意されていた。調理師からポンと乗っけられた料理に、さきほどの歓喜はどこへやら、エドとアバンはげんなりといった表情だった。

 「なんか…、飯を食べるっていうのはいいけど…、もっとパアっとしたものを食べたいぜ。」

 アバンは溜息をもらしながら、トレーをテーブルに置く。

 「それは、俺も思おう、毎度、毎度。ハンバーガとかないのか?後で買ってくるか。」

 「一応、バランスを考えれた食事なんだから、ちゃんと食べるんだ。」

 「ちぇ…。」

 エンリキに窘められたエドは渋々といった表情で、食事に手を付ける。

 すると別の場所から揶揄するような声が聞こえてきた。

 「おうおう、いいね~。モビルスーツ(・・・・・・)パイロット達は…。そんなにも良い食事が摂れて…。」

 見ると、ここの基地に所属している大西洋連邦の兵士たちであった。

 「なんだぁ?あいつら…。」

 「ほっとけ…いつものヤツさ。」

 アバンは向こうの兵士がまるでこちらを揶揄するような言い方に不機嫌になりかけるがエンリキに制される。

 「いつもって?」

 「いいから食べろ。さびしいめしの前でする話じゃない。」

 エドも顔をしかめ食べ始める。アバンはなんで2人がそんな風にしているのかわからなかった。その間にも向こうの兵士たちからエンリキたちをバカにするような話をこちらにわざと聞こえるように大声で話していた。

 「士官だったら、たとえ南アメリカの軍人でも食べれるなんてまぁ…。」

 「ホントだぜ。実戦で役に立つのかも分からないやつらに。」

 「まったくだぜ、あの時(・・・)とんだ腑抜けっぷりを思い出すと笑っちまうぜ。」

 「なんなんだよ、さっきから…。別に、お前たちの話なんか聞きたくないってェの。」

 「アバン…。」

 「いいから黙っとけ。こっちから言えば、向こうの思うつぼだ。」

 「さっきからエドもエンリキ大尉も何なんだよ。あんなにバカにされて腹立つじゃないか?」

 「なんだ~。そこのガキんちょ、南米の人間なのに知らないのか?」

 兵士の1人が話し始めた。

 「教えてやるぜ。バカな南アフリカの首脳たちはは開戦直後、宇宙人の味方しようとしたんだぜ。んで、俺たちがそれから解放(・・)するために行ったら、なんと一戦も交えることなく終わっちまったんだぜ。俺たちの兵力みて、ビビって逃げちまったんだよ。はははっ。」

 「はははっ、ケッサクだぜ~!」

 彼の取り巻きも笑い出す。

 「まあ、こんだけ言われても何もしないんじゃぁ、まさしくってか?」

 「ホント南アメリカの兵の質の程度がわかるぜ。」

 大西洋連邦の兵士たちはなおもバカにした言い方をしながら食事に手を付け始める。すると、先頭切って2人をバカにしていた兵士の向かいに座っている男がなにか視界に入ったのか、驚いた声をあげた。

 「おいっ。」

 「ん?…!?」

 向かいの男の様子がおかしく尋ねようとしたが、その前に、視界に何か頭上に叩きつけられ、視界にはいろいろな食べ物が自分の頭から垂れ下がっているのが映った。

 「どうよっ。パイロット用のメシは?口に合ったか?」

 後ろでは、アバンがしてやったりの顔で立っていた。彼らの話に堪忍袋の緒が切れ、自分の食事のトレーを持ってきて、兵士の1人の頭に思いっきり落としたのであった。

 「なっ…。このガキが!?」

 もちろん相手も黙ってはいない。彼らはアバンに殴りかかって来た。対するアバンも彼らに殴り返す。

 「おいっ、アバンっ!」

 エンリキは止めようと声を上げるが、無駄だった。すると、エドもまた立ち上がり、アバンの方へ向かう。しかし、彼は仲裁に入ったわけでなく、アバンに殴りかかろうとした兵士を逆に殴ったのであった。

 「おい、エドまで!?」

 「大尉!さすがに俺も我慢の限界だっ!」

 そうしてエドも喧嘩に加わってしまった。

 「おまえたち…いい加減にしろっ。」

 エンリキが彼らを止めようと割って入ったが、大西洋連邦の兵士の拳が顔面に食らった。エンリキはそちらの方をみると、兵士はかかってこいとばかりに挑発していた。

 エンリキもまた今までずっと我慢していたのが限界だったのか、思いっきり兵士の顔に右ストレートを浴びせた。

 「ちょっと、なにやっての!?」

 ジェーンが食堂に入って来て、乱闘騒ぎに驚いた声を上げたが、どうすることもできなかった。

 

 

 

 「ったく、また居残り掃除かよ…。」

 「なんか、無限ループになって来た。」

 アバンとエドは腫れた顔を渋らせていた。

 「ちょっと、今回私は関係ないのよっ。なのに、監督やれって…。エンリキ大尉も…。」

 それに対し、一番反発したのはジェーンだった。たまたま、乱闘騒ぎの場に食堂にやって来て、たまたまそのことの報告を行った結果、彼らの居残り掃除の監督(主にさぼらないように監視だが)をやるハメになってしまった。

 「すまないな、ヒューストン少尉。」

 エンリキも申し訳ない顔をしていた。

 「だいたい…なんでアバンが喧嘩ふっかけるのよ。エドや大尉ならともかく…。」

 ジェーンは呆れ顔でアバンを見る。

 「だってよ~。あんなにバカにされて腹が立つじゃねえか…。エドとエンリキ大尉、一生懸命やっているのに…。」

 アバンはふてくされた顔をする。

 「はぁ…。まあ、とっとと終わらせますか?」

 「ああ、そうだな。」

 3人はさっそく掃除に取り掛かった。

 途中、アバンは何かを思い出したのか、掃除の手を止め、エンリキに向き直った。

 「そうだ、エンリキ大尉。これ…たぶん大尉のじゃないか?」

 アバンはポケットから取り出し、エンリキに差し出す。

 「さっきの乱闘中に落ちてきたから…。」

 それは写真であった。3人の人物、エンリキと女性の人、そして小さな男の子が写っていた。

 「ああ、そうだ…。よかった、どっかに落としてしまったと思っていたんだ。とても大事なモノでな…、ありがとう。」

 エンリキはアバンから写真を受け取った。

 「うぉっ、美人さん…しかも小さな男の子もいる。」

 エドが顔を覗かせ写真を見る。

 「ご家族ですか?」

 同じく覗いたジェーンが尋ねた。

 「ああ、そうだ。…妻と息子だ。」

 そのことに一番驚いた顔をしたのはエドであった。

 「えーっ!?エンリキ大尉、結婚していたんです!?しかも、子どもまで…。」

 「エド、初めて知ったのか?」

 「まあ、あんまり聞かれなかったからな…。」

 少々、照れながらエンリキは話す。

 「でも…ご家族は南米の方に居るのでしょう?なかなか大変じゃないですか?」

 「まあ…な。遠くに、いるからな。」

 ジェーンの問いにエンリキはどこか寂しげな、そして曇らせた表情で話した。

 

 

 

 

 

―その次の日―

 

 

 「エンリキ大尉、ハレルソン少尉、ここにいましたか。」

 いつものようにMSの訓練をし、休憩中のところにアスベルがやってきた。

 「デトロイドから発注した品が来たので、2人にさっそくみてもらいたいのですが…。」

 「おっ、来ましたか。」

 エンリキは笑みをこぼした。

 「何が来たんだ?」

 事情を知らないアバンはエドに尋ねた。

 「戦闘機に変形できるMSが開発されてね。そのテストパイロットを元戦闘機乗りの俺たちが任されたのさ。」

 「へ~。」

 「まあ俺としたら、『可変モビルスーツ』なんて名称より、翼とエンジン、コクピットがついていたら戦闘機だと思っているがな。」

 4人は早速、格納庫へ向かった。

 

 

 

 「なっ、なっ、なっ…なんじゃ、こりゃー!」

それを見て、エドは驚きの声を上げた。それはアーロンもアスベルも同じ思いだった。みんな開いた口が塞がらず、呆然とするしかなかった。

 「おー!確かにエドの言う通り、どう見ても戦闘機だな…。これ、どうやってモビルスーツになるんだ?」

 アバンは不思議そうにそれ(・・)を眺めた。

 それ(・・)は戦闘機であった。砂漠で見たスカイグラスパーやGコンドルに似ているが、それより一回り大きい。そして、主翼が2枚ある複葉機。そして上の翼の下部に機関砲、ミサイルが装備できそうになっている。さらに特徴的なのは、Gコンドルではロングライフルがホールドされていたが、こっちは機体上部に2門ビーム砲が備わっている。

 「いや…、違う。これは戦闘機だ。やはり、俺の…。」

 「待てっ!落ち着け、エド。これは俺たちが設計図のデータで見たものと明らか様に違っているぞっ。おまえのその仮説はまだ証明されてない。」

 そんなやりとりをしている間に、この機体の機付整備士らしき技術者を見つけたアスベルはけしかけ整備士の襟首をつかんだ。

 「これは、一体どういうことかっ!?」

 その鬼気迫る表情に整備士は思わず尻込みした。

 「こっちはMSを要求したのだが…?なぜ戦闘機なんだ?」

 「きゅ…急を要する事情があって、こうなったのです?」

 整備士はたじろぎながら戦闘機の方に目をむけ、説明を始める。

 「これは、FX-650 スカイコンカラー。FX-550 スカイグラスパーはGAT-105 ストライクの戦術支援用として開発された戦闘機だということはご存じのはずです。ゆえに、その火力はストライカーパックの兵装に依存することになります。しかし、ストライカーパックはストライクの換装に使われてしまいますので、そうなれば火力は落ちます。そこで、戦闘機事態にMSなみの火力を持たせたのが、この戦闘機です。」

 「機体の説明はわかった。なぜ、これがここに送られてきたのだ?急な事情なんて聞いていないぞ?」

 「私どもには、詳しく伝えられてこなかったです。…ただ、うわさだと軍需産業の要請があって、GAT-333をベースとした先行製造機を開発するとか…。」

 「軍需産業…。」

 アスベルはそこで、いったい誰が噛んでいるのか、察した。

 「とっ…とにかく、我々は上からの命令に従っただけです。我々がすることは機体の搬送・整備です。それ以上のことを言われても何もできません。」

 整備士は自分たちに非はないことを主張し続けた。

 「とりあえず、GAT-333に採用予定の機能は出来る範囲で搭載されています。例えば、1号機の方に、無線コントロールでサブフライトシステムとしての運用もできます。あとは…。」

 整備士は送られてきた機体が違うことについてはこれで打ち切りとばかりに機体の特徴の説明を始めた。アスベルはその話を聞いているのか聞いていないのかわからないが、しばし考え込んだ後、溜息をつき、エンリキたちに向き直った。

 「エンリキ大尉、ハレルソン少尉…すまないが、コレのテストパイロットを引き受けてもらえないだろうか?今進めているOSの改良と合わせれば、きっとGAT-333の方も設計データよりよいものができるであろう。」

 「異存ありません。」

 「乗れれば何でもいいっスよ。」

 そもそも本来テストする予定だった機体ができていないのだし、とりあえずあるものでやっていくしかなかった。

 

 

 

 

 

―C.E.71年 3月下旬―

 

 

 「ダメだ…。調子が悪い…。」

 アバンはかれこれ小1時間、音楽プレイヤーと面と向かっていた。エドから「いい曲がある」と教えてもらったはいいが、いかんせん手持ちのプライヤーは年季がはいっており、こうやって再生するも途中途中おかしくなっていた。

 「ええい、動けっ。」

 廊下を歩きながら、一生懸命機械を叩き、直そうとしていると、ちょうど通路の角を曲がったところで人とぶつかってしまった。

 「いててっ…。」

 「すまない…。どうやら、私も不注意だったようだ。」

 その落ち着いた声に、ここで会ったことの人ではなく、アバンは驚いた。一方の男性もそうだった。

 「君は…軍の人間ではなさそうだね?」

 「まあ、そうですけど…あっー!」

 アバンは思い出したようにあたりの床を見まわし、近くに落っこっている音楽プレイヤーに駆け寄る、一生懸命ボタンを押すが、落としたショックのためか動かなくなってしまった。

 

 

 

 「そうか…。君が傭兵だったのか。」

 「ああ。おっさんも軍人なのか?なんかそうはみえない雰囲気だが…。えっと…。」

 「まだ名乗ってなかったね、ジャン・キャリーだ。」

 「俺は、アバン。アバン・ウェドリィ。でも、パイロット候補生が集まっていたとき、見かけなかったけど…。」

 彼らは収容されているモビルスーツを除ける休憩所に移動し、ぶつかって壊れたお詫びとしてジャンに動かなくなった音楽プレイヤーを直してもらっていた。

 「ああ。私は、ここの配属の者ではないのでね。ここには、機体を受領しに来たのさ。」

 そこに視線を移すと、ストライクダガーや105ダガーに似ているようで違う形状のモビルスーツがいた。

 「GAT-01D ロングダガー。GAT-01の上位機種にあたる機体さ。」

 「俺も乗って見てー。まだ行かないなら試しに乗ってもいいか?」

 アバンは目を輝かせせがむが。ジャンは苦笑した。

 「うーん、難しいだろうな。ストライクダガーは生産性とパイロットに合わせてナチュラル用のOSも低く抑えられているんだ。それに対し、この機体は量産機の機体性能を活かすことを主目的としていて、かつ今後ナチュラルでもそのぐらいの性能を扱えるように試験的な意味も含めて開発されたものでね…。」

 「へー、ということはジャンはコーディネイターなんだ。」

 アバンが普通にコーディネイターと口にしたことに、ジャンは修理の手を動かしながら苦笑した。

 「まあ、そういうことだね。…ナチュラルの地球連合にコーディネイターがいるのは、変わっているかい?」

 「うーん…たまたま居合わせて友だちを守りたいからっていう理由で、地球軍に入っているコーディネイターもいるし…。いてもいいじゃないのか。ジャンもそれなりに理由があっているんだろう?」

 アバンのあっけらかんとした答えにジャンは笑みをこぼした。

 「…君は、面白い子だね。」

 「そうか?」

 「君ぐらいの年頃は、互いが互いに見たこともないからね。人から聞いた話のイメージで印象を持つ者が多いんだよ。つまり…なんというか、コーディネイターは自然に逆らった存在とか…、彼らは地球を穢そうとしているとか…。バケモノみたい、とか?」

 「ふ~ん、そうなんだ…。」

 アバンとしてはむしろそっちの方がイメージしにくかった。一応、コーディネイターとは何なのかとかは話には聞いていたが、実際初めてヒロに会ったとき、ヒロがコーディネイターだって知った時、どう思ったっけ?

 ふと、考えてみると、『コーディネイター』っていう言葉がなんとなくカッコよく思えって、すっげーとかしか思わなかったような…。

 というか、あんな風にボケっとしていてフラフラと危なっかしくて、大人しくて、しかもあんな大自然の範囲で本人の遊び場と見ていると、嘘だろうと思ってしまう。

 「いや…あまり深く考えなくてもいいんだよ?」

 ずっと悶々と考え込んでいるアバンにジャンは心配の声をかけるが、アバンの顔は悩みすぎるというより、ずっと疑問符が浮かんでいるようであった。

 

 「キャリー少尉、まだカリフォルニアにいらしたのですか?」

 すると、廊下よりレナがいた。その言葉の口調から、まるでジャンがここにいることが不愉快な風に思えた。

 「これは…イメリア中尉。」

 それに対し、ジャンはどこかアタフタした様子だった。

 「まだパナマの部隊にお戻りにならないのですか?」

 レナは入って来て、ジャンを咎める。

 「ああ…、そうですが…しかし…。」

 ジャンはそれまでのが嘘のようにしどろもどろになっていた。

 「いつザフトが攻めてくるか、わからないのですよ?」

 「そっ…そうですな。では、すぐに戻ります。」

 ジャンは彼女に対し、何も言い訳をせず、急いでこの場から去ろうとした。この状況に驚いたのはアバンであった。

 「待ってくれよ、レナ教官っ!」

 アバンがレナの前にやってきた。

 「まだジャンのおっさんがいてくれなきゃ困るんだ。おっさんがいてくれないと、コレが直んねえんだよ…。」

 アバンの切実な訴えに、レナは詰まり、しばらくして息をはいた。

 「…わかりました。キャリー少尉、ソレを直すまでもよろしいです。」

 そう言い、レナはその場を去った。彼女を去ったのを見届けたジャンは、それまで張りつめていたものを吐き出すように大きく息をついた。

 「はぁ~、なんか君に何度も助けられてるな?」

 「いや、俺が困るし…。それよりレナ教官どうしたんだ?なんというか…。」

 なにか今まで見たことがない目でジャンを見ていた。まるで憎んでいるような…。

 「彼女は…コーディネイターを憎んでいるのさ。」

 

 

 

 レナは戻る途中、通路で立ち止まり大きく息を吐いた。

 「わざわざ一触即発の事態にしなくてもよかったのに…。」

 後ろからアスベルに声をかけられ、振り返った。

 「ウォーデン中佐…。」

 「すまないね、彼が来ることを前もって言っておけばよかったな。」

 「…そこまで気を使わなくてもよろしいのに…。」

 「アクの強い部下たちを持つと、自然と身についてしまうのだよ。」

 アスベルはその者たちを思い浮かべながら、笑いながら言う。レナも一体どの人たちをいっているのかわかり、つられて微笑む。

 「ついこの前、ヒューストン少尉が嘆いていてね…。『レナ教官はアバンに対して、何か甘い気がする』って。」

 「そう…見えますか?」

 レナとしては彼もここで訓練プログラミングを受けている以上、傭兵であっても教教え子だ。誰かを特別扱いにするつもりはない。

 「ふむ…私としては初め傭兵に依頼することに中尉はあまりいい顔をしていなかったと思うが…。」

 「それは…、嫌いな傭兵がいますので…。」

 そうだ…。そのためあまり傭兵は好きではない。にもかかわらず、アバンが傭兵だ問うことを時々忘れてしまう。やはりどこかで彼を重ねているのかもしれない。

 「…()のことかね?」

 アスベルはたった今、彼女が思っていた重ねた人のことを言い当てた。

 

 

 

 「レナ教官が…コーディネイターを、憎んでいる?」

 アバンは戸惑いの表情を見せた。するとおもむろにジャンは口を開いた。

 「過去にプラントから来たコーディネイターが起こしたテロによって弟さんを失ってね…。頬から首筋に見える火傷痕はその時の傷だとのことだ。」

 思いがけずに知ったレナの過去にアバンは呆然と聞いていた。

 「ここにはそういう思いも持った者たちが多くいる。ジェーン・ヒューストン少尉…、彼女もザフトによって自分の所属していた艦隊は彼女1人を残し、全滅した。彼女はその艦隊を打ち破ったザフトの指揮官、マルコ・モラシムに復讐を誓っている。そのマルコ・モラシムはユニウスセブンで家族を失い、ナチュラルを憎んでいる。」

 ジャンは静かに続けた。

 「…戦争とはそういうもの(・・・・・・)なのだ。思想に関わらず、撃つということは誰かを死なせ、誰かを憎しみに駆り立て、その者に銃をとらせる。そして、また誰かを撃つ。…私は、そんな戦争による憎しみ合いの連鎖を止めるために連合軍に加わったのだ。しかし、軍の上官からは同胞だからわざと殺さないでいる、同胞からは裏切り者と罵られる…。我ながら、『ジョーカー』…道化師みたいな存在だよ。」

 ジャンは少々、自嘲めいた口調で話を終わらせた。

 「でも…、」

 そこへふとアバンが口を開く。

 「ジャンは真剣に、自分で考えてその連鎖を止めたいって思ったんだろう?俺はいいと思うな。それを笑うヤツがいたら、言ってくれ。俺がなぐってやる。」

 「はははっ。…本当に面白い子だ、君は。」

 アバンの真っ直ぐな姿勢にジャンは笑みを浮かべた。

 その後、ジャンは音楽プレイヤーを修理した後、カリフォルニア基地からパナマへと戻っていった。

 

 

 

 

 

―C.E.71年 4月1日―

 

 

 「へ~、これは意外だったな…。」

 数日が経ち。ジェーンが冷やかし半分でアバンの様子を見に来ていた。

 ちょうど、レナとの演習訓練を行っている最中だった。

 「レナ教官がいくら手加減しているとはいえ…正直あそこまで乗れるとは思わなかったな…。」

 「これまで、ずっと俺たちの訓練プログラムに必死に食らいついてきたからな…。」

 エドはしみじみと見ていた。

 「でも…こういうこともいうのもなんだけど…あいつには無茶を死んでほしくはないな。」

 ジェーンが不思議そうな顔をしているのに気付いたエドは付け足すように言った。

 「俺は、何度も死にかけたことがあるからな…。だから、死を見るのはそれが自分でも他人でも嫌なのさ。」

 その言葉を聞き、ジェーンは少し黙ったが、ややあって笑みをこぼした。

 「少尉のことも少しは印象が変わったかも…。もう少し軽薄なヤツだとは思っていたわ。」

「そうか?そう見えるものか?」

 「というより、戦闘機のパイロットってみんなそんな感じがするわ。」

 エドは声を上げて笑った。

 「まあ、俺がこう気楽でいられるのも、自由にできるのも大尉のおかげだからな…。戦闘機時代から俺のことを評価してくれたのは、大尉だけだ。」

 エドはその時の出来事に思いを馳せた。

 「俺は、戦闘機での上官からの評価は、まったくもって最悪…。別に俺の技量が、ではない。むしろ、俺は誰よりも操縦が一番だと思っている。だが、集団戦闘っていうのは、みんなが力を合わせ、平均的に力量を合わせなきゃいけない…。」

 「自分が一番ね~。自信たっぷりに言うね…。」

 「もちろんだ。だが、大尉はその時、俺にこう言ってくれたんだ。『エド、飛行機乗りって言うのは空の上では自分こそ王様だと思わなくてはいけない。だからこそ先駆者たちはだからこそ遠くにそして高く飛行機を飛ばそうと夢見た。鷲もどうだ?彼らは空の王者ゆえに、雄々しく美しくのではないか。』ってな。俺も、そうだと思っている。」

 エドは空を見上げた。どこまでも青く、そしてとてつもなく広い空。

 「戦闘機に乗って空を飛ぶ感覚…、本当に、あれは最高なんだぜっ。戦闘機を通して体に風を感じるような…、重力のしがらみに逆らって飛ぶのは、なんか地上にあるしがらみとかいろいろなものが取り払われて、自由になるというか…そんな風に感じるんだ。」

 エドが『空を飛ぶ』という魅力を、目を輝かせながら、まるで子供のように話す姿にジェーンは微笑みながら聞いていた。

 「ねえ…ついでに、もう一個…質問してもいいかな?」

 ジェーンは彼にどうしても聞いてみたかったことを、口に出すかどうかずっと迷っていた思いを言葉に乗せた。

 

 

 

 

 

―その日の夜、未明―

 

 

 

 軍の施設も当直で起きている人以外は寝ていて静かだった。

 そんな中、エンリキは1人、ある場所に向かっていた。そこにはスカイコンカラーとストライクダガーが置かれている格納庫であった。当直の整備士が作業をしていた。

 「あれ…お疲れ様です。」

 彼はエンリキが来たことに驚きながらも挨拶をする。

 「こんな夜遅くまでご苦労さま。」

 エンリキは整備士の近くまでやって来た。

 「いえ…こここそが自分たちにとっての戦場だと思っているので…。」

 そう言いながらスカイコンカラーを見上げる。

 「だいぶ、テストも順調だとか…。GAT-333の開発に必要なデータは十分とれたと聞きました。」

 「そうか…。」

 エンリキは静かに頷いた。

 「では、コレがなくても…大丈夫だな。」

 「え…、え?」

 整備士はエンリキの言葉に理解が追いつかなかった。

 「これから俺は…GAT‐01に乗り、スカイコンカラーを使わせてもらう。」

 「そんなっ…。これの許可は出ていませんし…第一コレがなくても大丈夫って…、これからの地球軍にとって大切な機体なんですよ。それをおいそれと失うようなことがあっては…。」

 エンリキは溜息をついた。

 「君が少し不真面目な整備士であればよかったのだが…。」

 「え?」

 整備士はエンリキの言葉を最後まで聞けなかった。途中で、なにか自分の近くで銃声が聞こえた後、彼という意識はなかった。

整備士が頭より血しぶきを上げながら、倒れ込む。彼の後ろにいつの間にかいた数人の兵士のうちの1人が撃ったのだ。だが、エンリキはそれに驚いた様子も見せず、そして撃った兵士を咎めもせず、淡々としていた。

 兵士たちは自分の役割を全うした顔で彼に敬礼する。エンリキはその兵士たちに静かに告げる。

 「これから俺はコレに乗り、輸送機に合流する。お前たちは急いで指定されたポイントに待機していてくれ。」

 そして兵士たちと別れを告げ、エンリキはストライクダガーに乗り込んだ。

 

 

 

 いきなり警報がけたたましくなり、高いびきをかいていた、アバンはビックリしてベッドから転げ落ちた。

 「いてててっ。いったい何なんだよ…。」

 アバンは部屋から出てみると兵士たちは慌ただしく様子だった。

 「ザフトが攻めてきたのか?」

 アバンは近くを走っていた兵士に尋ねたが、その答えは予想外のものであった。

 「違うっ…。エンリキ大尉が…無断でモビルスーツを発進させたんだっ。」

 「え!?」

 「しかも、その整備作業にあたっていた整備兵を射殺したとかで…とにかく、こっちは急いでいるんだっ。」

 兵士はそのまま走り去っていた。

 「エンリキ大尉が…いったいなんで?」

 アバンにはいったいなにが起こったのか、まだ理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

 




あとがき

MSVのキャラがどんな感じかと、外伝『ASTRAY』やMSV戦記を読んでみているのですが…。時々キャラが…、キャラ違くねっ!と驚くことが…(汗)
例えば、ジェーン。というか、特に思ったのがジェーン。私は『ASTRAY』から先に読み、MSVを後で読んだ形となったのですが…。その順番で読むと、まあ…思わず「どうしてこうなった。」と叫びそうになった(汗)(特にMSV戦記「珊瑚海海戦」の初めの段落)
詳細は…お読みいただければわかります。



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