マイウス市にある工廠の奥の区画で、サントスはそこに置かれているモビルスーツの前に1人佇んでいた。
彼の目の前にあるモビルスーツの名は[ザフト]。C.E.65年に完成した史上初のモビルスーツ試作第1号である。
MSの起源は、『ツォルコフスキー』に搭載されていた外骨格補助動力装備の宇宙服であった。現在、我々コーディネイターはこのようにプラントを建造し、に住んでいるが、やはり
あれから、6年。
まだそれほど経ってないにも関わらず、今も新たに誕生するモビルスーツを見ていると、随分と昔の事のように思ってしまう。
「ここにいらっしゃったのでか、サントス技師。」
この倉庫に反射する足音ともに若い男の声が聞こえた。
「おお、コートニー君か。」
「準備ができましたので呼びに来ました。」
「おお、そうか。わざわざすまないね。」
「いえ。コレも見ておきたいという思いもありましたからね。自分もいつかこんな風に『夢』を持った美しいモビルスーツを開発したいです。」
「…そうか。」
コートニーが目を輝かせながら、モビルスーツの話をしているのに対し、いつもなら同じぐらい話題に飛びついて語り始めるサントスが少し顔を曇らせながら、うなずいた。
「どうしました?」
それに訝しんだコートニーが尋ねた。
「いや、なんでもないよ…。そうそう準備ができたのだよね。では、行くとするか。」
「ええ。」
サントスはもう1度、[ザフト]に目を向けた後、コートニーと共に工廠を後にした。
砂時計上のコロニー、プラントに人工の陽の光が輝き始め、朝を迎えていた。各家庭では、みな起き、朝食を食べ、仕事に出かける。
市内にあるマンションの1室もまた同じで、朝食の準備が進められていた。
フライパンの上でベーコンがジューッと音を立てながら、焼かれていた。ちょうどいい焼き入れになりかけた頃に、上から卵を落し、白身が固まって、黄身がまだ半熟な頃に、フライパンから皿に移せば、ベーコンエッグの完成だ。それと同時に、ポップアップ型のトースターから食パンがきつね色になって跳ね上がった。
朝食の準備が終わったころ、寝室のドアが開き、あくびをしながらオデルが出てきた。
「はぁ~…。まったく、なんでこんな朝早くから呼び出されるのか…。まだ、国防本部も人いないだろう…。」
気の乗らない顔をし、テーブルには行かず、リビングに置かれたソファに持っていた赤い制服の上着を放り投げ、身をダイブするように再び横になった。
「具合悪いとか言って…行くの、やめてもいいよなぁ。」
そんなオデルの様子に、朝食をテーブルに置いていたエレンは呆れながら、答えた。
「行かなくてもいいけど、国防委員長の呼び出しに仮病を使ったって、後でローデン艦長、やドゥリオ、アビーとかが笑いに来るわよ。それでもいいなら、どうぞ。」
「たしかに…。それはまずいな。」
そう言いながらも、オデルは起き上がるのも億劫そうにしていた。
「とにかく…。もう行かなくちゃ、まずい時間じゃないの?」
エレンに指摘され、オデルは時計を見ると、ハッとし飛び上がった。
「…なっ!?ホントだ!」
急いでテーブルへ向かい、ベーコンエッグを食パンの上にのせ、それを手に持った。
「じゃあ、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
「…見送りは、なし?」
と、オデルは少し寂しい顔をした。
「私は、これから朝ごはんよ。」
「せめて、玄関までっ!って、それいつもか…。というか、最近なんか機嫌悪くないか?何か、あったか?」
「…シャトルに遅れるわよ。」
「やべっ。」
オデルは食パンを口に放りこみながら、家を出た。慌てて出ていったのか、ドアの開閉の音がリビングにまで聞こえていた。
エレンは食事の手を止め、ベランダのある窓まで行いった。そこからちょうど慌てて走っていくオデルの後ろ姿が見えた。その姿をエレンは見送りながら、深いため息をついた。
ゼーベックの格納庫には、ペイント弾まみれのバルドと、肩部、前腕部、脚部、背部に追加装甲され、武装に大型の斧を持ったジンが帰還していた。その姿にアビーはしかめ面で迎えていた。
「いや~、やっぱモビルスーツは戦闘で動かすことが一番だな。」
「そうっすね、バーツさん。」
ジンとバルドのコクピットからバーツと、半月前からゼーベックに転属したザップ・ドゥイリオが満足気に出てきた。
「あんたたちねぇ~。」
今まで黙って見ていたアビーがやって来た。
「毎回毎回、ヒマさえあれば模擬戦やって…、やり過ぎよ!モビルスーツも消耗品なのよ!少しはパーツの負担考えなさいよ!整備する身になりなさい!」
「そう言われてもな~。俺たちはオペレーション・スピットブレイクじゃぁ居残り組だし、近頃宇宙は大きな戦いなさそうだし…。なまってしょうがねぇぜ。」
「ほんと、ほんと。」
バーツの退屈そうな物言いにドゥリオも頷く。
「だからって、他にやることないのかしら…この人たちは。」
アビーはうんざりとした。
「なんだぁ?朝っぱらから…。なーに盛り上がってるんだぁ?」
そこへ格納庫に豪快な声が響き渡った。アビーたちもその声の主の方へ視線を向けた。そこにはローデンが手に酒を持ってきてやって来た。
「…何しに来たんですか?」
「何しにって、来ちゃダメか?」
ローデンの当たり前のような顔にアビーはガックシした。
「しょうがないだろう…。向こうの連中、頭硬くてなぁ。艦に酒を持ちこませてくれないんだ。」
「それ、言い訳になってませんから。」
「艦長っ、いい酒ですね。」
「おう、ちゃんとつまみも持ってきたぞ。」
「お相伴にあずかります。」
バーツとドゥリオはノリノリであった。もうここで酒盛りを始めるのか、とアビーは何を言ってももうダメだろうと諦めた。
その時、ブリッジから通信が入った。
国防委員長室執務室で辞令を受けたオデルはまだ頭が混乱していた。
「えっと…。それはどういう意味で…?」
「言った通りの意味だ、エーアスト。おまえには最新鋭機の受領とともに本来の特務隊の任務に就いてもらう。」
「それは…拒否することはできないのですか?自分はゼーベックのMS隊長の配属の条件でフェイスになったのです。ゼーベックからの外れるのであれば、フェイスの任命も取り下げてもらいたいのですが…。」
その言葉にパトリックは溜息をつきながら続けた。
「フェイスとは本来、職務は国防委員会直属の指揮下で動いてもらうものだ。その
条件となった一戦艦のMS隊長の任命は、
パトリックは厳しい表情と視線を向けた。それは、暗に抗弁はするなと言う意味をもっていた。
「…わかりました。」
「では、以上の物品がそろい次第、艦の方に連絡いたします。」
窓口でガチガチンに緊張していたシャンルーは事務員の言葉を聞いて、一気に肩の荷がおり、大きく息を吐いた。その横で、見守っていたハルヴァンは笑みをこぼした。
「お疲れさま。どうだ、そこまで緊張することなかっただろう?」
「いえ…、何か書類に不備があったら艦長や副長に迷惑かかると思ったら、心配で…。」
シャンルーは脱力しながら、答える。
「だが、やってみるのもいいだろう?」
「まあ…。でもなんで自分が?」
ハルヴァンとシャンルーは次の任務までに必要な弾薬などの物資の申請手続きをするために国防事務局に来ていた。
「ああ、艦長は別の用件で呼ばれていないし、オデルも国防委員会に呼ばれていないからな。どうだ?次は報告レポートをやるといのは。」
「ええ~!?」
「おやおや、ラーシェ副長ではないかね?」
そこへハルヴァンやシャンルーとは親子に近い年の差のある艦長級の男がやって来た。
「お久しぶりです、艦長。どのようなご用件で?」
「なに…地球降下組の護衛の件もあってね…。君こそ若い隊員を連れてきてどうしたのかね?」
「若い兵を見守ることも副長の役目と心得ていますので…。」
「ふむぅ、なるほど。あっ、そうそう…。」
ハルヴァンが事務的な応対で答えると、艦長は思い出したように言葉を続けた。
「今後、ゼーベックはいろいろと大変だとか…。いやぁ、君も苦労するだろう。」
なには含むような言い方にハルヴァンは顔をしかめ、事情の知らないシャンルーは頭の中で疑問符が乱舞した。
「艦長、少々言い方を慎んでもよろしいのでは?」
「なに…、アスナール艦長のお手並み拝見ということさ。では…。」
ハルヴァンと年配の艦長のやりとりにいまだ理解していないシャンルーは艦長の後ろ姿を見送りながら小声でハルヴァンに尋ねた。
「なんなんですか?一体…。」
「あの世代のコーディネイターはこのプラントは自分たちの手で作り上げたもの、と自負している者が多いんだ。」
ハルヴァンは、先ほどのやりとりにうんざりとした様子で答える。
「そういう人間にとって、エレンのように外から来た人間が自分たちと同じように隊をまとめる艦長のポストにいるのは、あまりいい気がしないのだろう。」
「…そんなこと言ったら、他にもいるじゃないですか?」
「まあ、いろいろあるのさ…。」
しかし…と、ハルヴァンは思った。こういう話はすぐに嗅ぎ付けてくるというか…。
どうやら、すでにオデルの転属の話が軍内に広まっているようだ。先ほどのは、今までの活躍は、オデルのおかげだと揶揄しているのだろう。
「ああっ~。疲れた…。」
オデルは公園にベンチに座り、溜息をついた。朝食を一気に食べたせいか、あまり食べた気がしなく、近くのパン屋でサンドウィッチを買い、頬張った。
思えば、怪我の休養明けからここ最近、ゆっくり休める時間がなかった。イェンを通して、多くの評議員との会食が多く、堅苦しいのは好きではないオデルにとっては疲労がたまる数日であった。
食べながら、ふとオデルは周りを見渡した。公園はいつもと変わらない人々の憩いの場としてなっている。しかし、議長選が近いためか、街頭モニターには国民に訴える演説が流れ、それがここまで聞こえてくる。
ここ最近のプラントの空気は変わったと感じとれた。
「…どうするか。」
オデルは首にかけていた指輪を取り出し、それを見つめた。もう片方の指輪を渡した時、決めたはずなのに、今はその時の決意が揺らいでいる。
「まったく呑気なものだな。だいぶ弛んでいるのではないか?俺に気付かないとは。」
すると突然先ほどまでいなかったベンチの隣から声がした。
オデルは警戒し、相手の出方を伺おうとしていた。彼はその声の主が何者かわかっていたのだ。
「…何でここにいる?まさか…、俺ってわけないだろ?」
オデルは相手を探るように尋ねた。
「ああ、そうだな。
「どこで何してもいいってさっき言っただろ?」
「まあ、そうだ。しかも
「…何が言いたい?」
オデルは顔をしかめた。
「別に…。ただ、どんなに取り繕ってもおまえは未だにこちら側の人間なのだ、と思うのさ。」
そうして男はベンチから立ち上がり去って行った。
「あっ、待て!なんで、ここに…?」
オデルは立ち上がり、男に疑問を投げようとしたが、立ち上がると男が去っていた方に目を向けたがすでにいなかった。よく周りを見渡しても、その男らしき人物はついに見つけられなかった。
自分があの男に対しての印象は、無表情で感情など出さない人間で、その特徴はフェイクの時もあり、はっきりできない。ここに来たのなら、一般人として、ごくありふれた装いをするであろう。結局、このプラントにいる理由を聞くことはできなかったが、そもそもあの男がそんなことは話さない。
思案しながら突っ立ていると、リストウォッチから呼び出し音が鳴った。
オデルは呼び出しを受け、ゼーベックに向かうと格納庫では多くの技師たちがいて、搬入作業をしていた。今、1機MSがちょうど運ばれてくるところだった。
「すまないね、急に呼び出すようなことをしてしまって…。」
オデルが着いたことに気付いたサントスがやって来た。
「サントス技師。あの機体なんですけど…。」
オデルがサントスに尋ねたのは、緑褐色が基調とし、太腿部、足の甲部、二の腕部分が緑色で、ウイングバインダーがジンより小型、頭部は従来のザフトのMSだが、どこかGAT-Xシリーズに似ているところがあり、盾とライフルを持った機体、ZGMF-600 ゲイツであった。
半月ほど前にロールアウトされたばかりで、実戦データ収集を兼ねて指揮官やエースパイロットに優先的に配備され始めている機体である。
「俺は…。」
「ああ、君の転属話は聞いているよ。私も君が受領することになっている最新鋭機に少しは関わっているのでね。」
まだゼーベックには伝わっていないであろうと、サントスは気を利かせ小声で彼の疑問に答えた。
「あれは、これから君にテストパイロットを務めてもらう機体のアグレッサー機になってもらうために運んで来たのさ。おお、ちょうど来たね。」
そこへ、ザフトのエースパイロットスーツで、カラーリングが従来と異なり白に黄色に身を包んだ青年がこちらにやって来た。
「紹介するよ、オデル君。彼の名はコートニー・ヒエロニムス。もともとはヴェルヌ設計局のテストパイロットで、統合された後は、さまざまな機体に搭乗してもらっている。」
「はじめまして。」
「こちらこそ。」
「腕前はなかなかだ。フォルテ君にも引けをとらない。おかげでこちらも助かっているよ。」
「まあ、フォルテの場合は、ジンに拘り過ぎて他の乗らないんじゃないか?」
「ははは。それは言えているな。」
ちょうど、その時、もう1機が搬入されようとしていた。
「あれが、君に乗ってもらいたい機体だよ。」
それはジンと似ている機体だった。ノーマルのジンと変わらないようにみえるが、脚部には高機動型とは違うスラスターがあり、ウイングバインダーも少し異なっていた。また、これまでの重突撃機銃や重斬刀とは異なるライフルや剣もマウントされ、左腕には盾があった。
「試製ジンハイマニューバ2型。ジンハイマニューバ…M型の改良を試みて開発されたプロトタイプさ。」
「そもそもの起こりは、20年近く前になる。」
3人はモビルスーツを見下ろせるパイロットロッカー指導し、サントスはジンのこれまでの開発経緯を語り始めた。
「C.E.50年、プラント内の自治権等の獲得を目的として政治団体『黄道同盟』が結成されたのだが、プラント出資国いわば理事国に活動を圧殺され、地下活動をしていた。その頃より、軍備のことも考えられ、MSに目をつけられた。その時は、あくまで
サントスはそれまでの激動の流れに思いを馳せていた。
「『黄道同盟』の支援の下、MSの研究が行われ、ついにC.E.65年、MS試作第1号『ザフト』が完成した。ヒトと同じように自在に動く関節、様々な作業を行えるための繊細な手、さまざまな場所に降り立つことができる2本の脚。」
MSの試作機を完成させた以後は、実用的に改良がなされ、その2年後のC.E.67年、その試験機になるYMF-01B プロトジン(またはジン・トレーナー)、そして本格的な生産が行われた時に、ZGMF-1017となった。
「C.E.69年に初めて実戦投入されたZGMF-1017は大きな戦果をもたらした。以降開戦してより主力機として担って来たが、一方、優れた腕前を持ったパイロットたちが扱うには性能の限界があった。」
サントスは格納庫に目を移した。
「そこでいくつかのプランが練られた。1つ目は火力、防御力、推力の強化を追加装備による性能拡張。これは、新型機の投入へとシフトし、生産数は少ないが、アサルトシュラウド以外の追加装備もある。ほら、あのジンもそうさ。」
そう言い、バーツが現在、愛機としているジンに目を移す。
バーツやヘリオポリスで戦死したミゲル・アイマンのように緑服でありながらエースとしての力量を持っていたりベテランのである者もいる。新型が回りにくい彼らには、より優れたパーツでノーマルジンよりも性能をアップしたモノに乗ったり、追加装甲をするものもある。
バーツの場合は、彼の戦い方に合わせ、汎用型のジンを接近戦に特化したさせている。また、他にも狙撃用などもある。
「そして2つ目、それは新型後継機 ZGMF-515シグーの開発であった。しかし、それを開発するまでには時間を要する。そこで、その繋ぎとして、ジンを改修したのがM型だ。」
サントスは現在、オデルが現在、乗機にしているジンハイマニューバへ目を向けた。
「M型は新しいエンジンをメインスラスターとして搭載し、さらに各部にスラスター増設、高機動に耐えられる装甲、関節部の強化を図り、性能をアップした。エンディミオン・クレーターでの戦いで投入されたその機体は、シグーが開発された後も高い実績を残してきた。なにより、ノーマルジンと共用パーツが多いこと、そして操作性が変わらないことが、前線の整備士たちやパイロットから評価を得ていた。」
「それは、ゲイツが配備され始めても変わらなかった。ゲイツは、鹵獲した連合のGAT-Xシリーズの技術が盛り込まれて開発した機体のため、これまでのMSの性能を大幅に上回っている。が、ビーム兵器の搭載に拘ったためにパイロットからは不評を買っていている部分もあり、それが、ジン目の機体、特にM型の後継機を望む声となっていった。」
「そこで、M型にも連合の機体の技術を取り入れたブラッシュアップをした機体の開発の声がかかった。それが、この試製M2型だ。」
「あの~、熱弁をふるっているところいいでしょうか?」
サントスが熱く語っていてひと段落したところで、入り口にいたドゥリオが辟易とした顔をしながら、声を出した。
「おや、いつの間にいたのかね?」
「いや…いたのですが、な~んか入っていい空気でなかったので…。」
オデルはその言葉を聞いて、もう少し早く切り出してほしかったという顔をドゥリオに向けた。対するドゥリオも仕方ないだろぅ、とアイコンタクトを送った。
「MSの調整をしてほしいと、ウチの整備士が…。」
「おおっ!では、行くとするか。」
サントスは先ほどまでの熱気のまま、格納庫へと一足先に向かった。
「しかし、よかったです。」
コートニーはサントスの後ろ姿を見ながら、微笑んだ。
「あの長い話が、か?俺からすると、熱意が伝わってくるのはいいけど、苦行としか…。やはり、技術師の人間はアレが普通なのか?」
「いえ、そっちではなく…。実はサントス技師、ここのところ元気があまりなかったので…。あんなに生き生きと語るのを見るのは久しぶりです。」
「…そうなんだ。」
オデルは、先ほどの話を聞いていて、本当に元気がなかったのかと思うぐらいサントスの熱弁のため実感が湧かなかった。
オデルは試作ジンハイマニューバ2型に乗り込み、システムの立ち上げを行った。スイッチを押すと、計器類やモニターが光り、ブゥンと駆動音が鳴り始めた。一通り見まわしたが、ジンとさほど変わらないようであった。
その時、コクピット外からローデンが身を乗り出してきた。
「よう、元気か?聞いたぞ、お前の転属の話。」
「ちょっ…、それをどこで!?」
「結構、軍内じゃぁ広まってる話でな…。」
「それ、簡単に漏れていい話なのか?」
「あえてパトリックが広めさせたんだろう。政治の話さ。もちろん、このままクライン派も引き下がらないだろう。…で、おまえはどうなんだ?」
「…興味がない。」
「こりゃぁ、バッサリと…。だが、今回の件のように周りはそうはいかんのさ。」
「それを言ったら、ローデン艦長だってそうじゃないですか?」
「俺か?俺は昔っからオレ流よ。シーゲルやパトリックが何を言おうと、関係ない。」
それを受けて、オデルはローデン艦長らしいと思いながら笑みを浮かべた。
「って、俺の事はどうでもいいんだ。おまえのことを言っているんだよっ。」
ローデンはつい、調子に乗せられたと気付き、話題を戻した。
「そうですね…。じゃあ、エレンが決めた方にしますよ。アイツが決めたなら、俺は文句を言わず、そっちに着きます。」
「はははっ。まあ、それを聞けば、このノロケやがってって言うだろうがな…。俺は妙に納得するな。」
「俺がお前に初めて会ったとき、トゲトゲしかった生意気なクソガキだったが、いつの間にか少しは丸くなりやがって…。考えれば、そうなったのはエレンに初めて会ったときからか?」
「…さあ?」
「まあ、ガンバリや。なにか相談があったら酒の相手ぐらいにはなってやれるさ。ついでに、このテストも見ていくからな。」
ローデンは笑みを浮かべながらその場を去った。
「『初めて』、か…。」
オデルはローデンが先ほど言った言葉を口にし、複雑な気持ちになった。確かにオデル・エーアストとして彼女に会ったのは、ローデン艦長の言っていた時が初めてだが、本当の出会いはもっと前であった。だが、それを知る者はここにはいない。いや、いてはいけなかった。
ゼーベックからコートニーのゲイツが、そしてオデルの乗った試製ジンハイマニューバ2型が発進し、
(では、テスト開始と行こうか。)
サントスの合図とともに、互いに瞬時にビームライフルを構え、発射した。それを互いに盾で防ぎ、牽制しあう。
「こっちのビームライフルは威力が弱い…。」
オデルは見た感じの感想をもらした。ビーム兵器の運用可能なジェネレーターを搭載しているが、ゲイツ以前のため、まだ出力が弱かった。
「従来のより遅いが…。」
オデルはフットペダルを踏み、試製ジンハイマニューバ2型を加速させる。新型スラスターを搭載したM型に対して、既存のスラスター強化とバーニア追加の試製M2型は加速性能が遅かった。
そこへゲイツが現れ、腰部に装備されているリールからアンカーを発射した。こちらを捕らえようとした1基のアンカーを避けるため後方に下がったのを、横から現れた別のアンカーの先端クロー内部からビーム砲が発射された。それを脚部のバーニアを吹かせ咄嗟に避けた。アンカーのリールが下がっていくのを見ながら、オデルは冷や汗をかいた。
「…いきなり、
(それの特性を把握するにはうってつけだろう?)
ゲイツの腰部アンカー、エクステンションナル・アレスターはその名「延長する、捕縛」を関する通りのもので、相手の意表をつく隠し武器として備わっている。いきなり使うものではないが、これは機体をするテストでもあるため、コートニーは使用したのだ。
だが、彼の指摘通りであることは間違いなかった。
加速性能と航行距離ではM型より劣るが、これを避けるための運動性は勝っていた。
「なら…。」
オデルは試製M2型の腰部から重斬刀を抜き、片方からレーザー刃を発生させた。この重斬刀は、ビーム砲の試作実験機のモビルスーツに備わっているものを使っており、剣先は実体剣で刃はレーザー刃の複合型となっている。
それをゲイツに斬りかかろうと振り下ろした。
コートニーはゲイツの盾でレーザー刃を防ぎ、試製M2型を弾き飛ばす。
その間に、ゲイツの盾の先端から2本のビーム刃を出し、試製2型を突こうと前進する。
試製2型は左腕にある盾でそのビーム刃を防いだ。
2機は互いに牽制をするために、一度距離を取った。どちらから仕掛けてくるか、様子見となるであろう。
「これじゃあ、埒が明かないな。どうやって行くか…。」
オデルは先ほど得た武装の感覚を再確認した。
まずビームライフルは当てにはできない。威力はジンの装備、パルルス改よりはよくなっているが、射程距離が足りない。こちらの機動力を活かしてうまく近距離で撃てればいいが、コートニーの腕を考えると、この銃身《バレル》の長さでは強行突破は難しいだろう。
むしろ、同じ強行なら…。
その時、警告音が鳴った。
こちらが思案していて注意が少し行き届かないところを察したのか、ゲイツが距離を詰めてきた。
ゲイツがライフルをこちらに向け、撃ってくる。
「こうなったら…。」
オデルは試製M2型を加速させ、ビームライフルを盾で防ぎ、ゲイツに迫る。
「突っ込んでくるつもりかっ!」
コートニーは驚きの声を上げつつも、内心やはりという思いがあった。
なら…、こっちはっ!
ゲイツは間合いをとるため、後ろに下がり始めた。
その動きを見たオデルは、フットペダルを踏み込んで、さらに加速をかけた。盾を前に構えながら、腰部のレーザー重斬刀に手をかける。
「間に合わないか…。」
コートニーは詰められそうになった瞬間、エクステンションナル・アレスターを射出、同時に動きを封じ込めた後に突くために盾のビームクローを展開した。
「それを…待っていた。」
オデルは一瞬、笑みを浮かべた。
そして、踏んでいたフットペダルを一拍ほど戻し、レバーを動かし、また踏み込んだ。
試製M2型は急に動きを止め、左右から来たエクステンションナル・アレスターを切断、その後加速し、ゲイツのビームクローを下に避け、その勢いで斬りかかり、コクピット手前寸前で止めた。ゲイツも懐に入りこまれる寸前にビームライフルを構えており、銃口はコクピットに向けられていた。
両者とも、それきり動かないで止まっているが、そこでテスト終了となった。
アププリウス市内の住宅街のクライン邸では、シーゲル・クラインがある男と内密に階段をしていた。
シーゲルと向き合っている男は、さきほどこの邸宅に来るまでの雰囲気が一変し、どこか近づきがたいものであった。さらに、その男から何か探ろうとしても、徒労に終わる。男は無表情で腹の底が読めないのであった。
本来であれば、この男はプラントのトップであるシーゲル・クラインに会うことはもとより、このプラントにとって招き入れざる男である。が、現にここにいる。それは、この男の偽装工作と今会っているシーゲル・クラインの協力もあったからだ。
「早速ですが、あなたをお呼びしましたのは
シーゲルはディスクを取り出し、コンピューターに読み込ませ、それを男に見せた。
モニター画面には、V字型の4本アンテナのツインアイとザフトのMSには見受けられない特徴的なMSが映し出された。YMF-X000A
男はスペックに目を通していくうち、ある単語が目に入った。
「Nジャマーキャンセラー、か…。」
男は無表情で、抑揚を欠いた口調でその言葉を声に出した。
「…あまり驚かないのだね?」
「元々、Nジャマーはザフトが開発したものだ。それに、いくらMAに対して優位性を誇るMSでもバッテリー切れをおこせば、ただの鉄のカタマリ。ザフトもそれはわかっているだろう。それに、半永久的エネルギーの核という存在は、物量の劣る側にとっては魅力的なはずだ。それを無効化することは考えてはいたであろう。だが、その研究はユニウスセブンの件で、しばらく鳴りを潜めていた。」
男は問いに淡々と答え、己の推察を述べた。シーゲルもそれに頷き、ふたたび口を開く。
「そして、ザフトは核をモビルスーツの動力にするために、このNジャマーキャンセラーを搭載することになりました。」
シーゲルの表情にはどこかやるせない面持ちがあったが、一瞬瞑目した後、決意を込めた目で、続けた。
「私は、これを…Nジャマーキャンセラーをマルキオ導師の下へ送ります。」
「地球上のエネルギー解決のためか?」
「もちろん、ただ渡すだけではないです。」
確かに、これがあればエネルギー不足解消の一端になるであろうだが、それはもろ刃の剣であった。それが、地球軍の手に渡った場合、ふたたび核を撃ってくることは目に見えている。
「そのためにあなたをお呼びいたしました。」
オーディオから流れる音楽が心地よい眠気を誘う。いつの間にか、外は茜色に染まっていたオデルは早々に帰宅して、テスト終了後、試製M2型についての評価をサントスに説明する等で工廠にいったが、早々に切り上げ、自宅のソファに横たわっていた。
「あら?もう帰ってきていたの?」
そこへエレンが帰宅した。
「機体テストの報告、しなくてよかったの?」
「もう今日は疲れた。サントス技師には、後日レポートで提出する旨は伝えているさ。どうせ、しばらく本国からしばらく離れるような任務もなさそうだしな…。」
と、起き上がりながらオデルはしまったという顔をした。
「とっ…とにかく、今日は朝っぱらから疲れたんだ。まったく、人使いが荒くてしょうがない…。」
「今までもこんな感じだったわよ。休養期間が長くて、体が鈍ったからじゃない?」
「…悪かったな。」
オデルはあわてて話題を変えようとしたが、逆に無理があった。オデルはもう何も言えないと、ふてくされながら、ふたたび横になった。ちらりと夕飯の準備を始めるエレンの姿を見ながら、午前中に偶然出くわしたあの男の言葉がよぎった。
「…なあ、エレン。もうこの話はしないと言ったけどさぁ…。」
オデルはソファに寝転がった状態で、できるだけエレンの顔を見ず、神妙な顔つきで話し始める。
「なら、しないで…。」
エレンも夕飯の準備に取り掛かりながら、オデルが何を言いたいのか理解し、きっぱりと断った。
「だが、あの時と今では情勢が違う。今からでも遅くはない。」
オデルは立ち上がり、エレンの方へ向いた。エレンは夕飯の準備の手を止め、オデルの方へ行く。
「エレン…。お前の手は誰かの心に安らぎを与える音楽を奏でる手だ。人を殺める手ではない。俺は、もう何人もの命を奪った血まみれの手だ。お前まで…そうなってほしくないんだ。」
オデルの目には、懇願するようなもどかしい思いにあふれていた。
「地獄に落ちるのは、俺だけでいい…。それだけの業を背負っている。」
「人は…生きているなら何かしら背負うものよ。」
「そういう言葉で、済まされるものではないんだ。なんせ、俺は…。」
「ねえ、オデル。」
エレンは沈痛な面持ちのオデルに優しく微笑んだ。
「前にこの話をした時に私が言ったこと、覚えている?」
「ああ、覚えている。だが…、俺はおまえにだって償いきれないことをしたのだぞ?」
「
エレンはオデルの胸に身を預ける。
「私も業を背負っている。それが辛いときもあるわ。けど、あなたがいるから歩いていけるのよ。だから…この先、あなたが言うように過酷かもしれない。でも道連れがいれば、軽くなるでしょ?だから…あなたばかり重荷を背負うようなことはしないで、シュウ。」
その言葉を聞いてオデルは嬉しいような悲しいような複雑な気持ちで溢れた。エレンにどれだけ自分が救われてきたか、このまま共にいたい。だが、それゆえにエレンの身に危険が及んでほしくない。
だが、今は…。
オデルはエレンをそのまま抱き寄せた。
今回、あとがきは箇条書きっぽく…
今話、オデルの話なのか、モビルスーツの話なのか、プラント内政争の話なのか…(汗)。初期案はメインがMSなのでこのタイトルになりました。(笑)
サントス技師の語りは作者も一番難しいところでした。漫画のように絵があればわかりやすいのだが…(ボソッ)
なるだけ作中の戦闘シーンは同じのを繰り返さないようにしているのですが…最近、そろそろネタ切れになりそうでヒヤヒヤしています。
ちなみに、書いている途中、プラント内「政争」の漢字変換が間違ってプラント内「清掃」となってしまった。
時期が時期なだけに、プラント全市民参加のプラント大掃除が目に浮かんでしまった。けど、コロニーの衛生管理はやはり重要だから、そういうのたまにあるのかな?
今年中にあと1話は投稿できるようにしたいなぁと思っています。それが一番区切りいいし…。でも、去年は失敗したんだよな~(涙)