機動戦士ガンダムSEED Gladius   作:プワプー

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PHASE-26 砂塵の決戦

 

 谷底にアークエンジェルのエンジン音が鳴り響き、周りも慌ただしくなり始めた。レジスタンスの男たちは各々家族と別れを告げバギーに乗り込む。家族も無事を祈りながら見送る。その一角でカガリはアフメドの母親に呼び止められていた。

 アークエンジェルも発進準備に入り始めていた。

 「おそらく向こうも持てる戦力で来るだろう。厳しい戦いになると思うが、お互いよろしく頼みますぞ、ラミアス艦長。」

 アウグストは前回同様、ブリッジの艦長席の横につけられたシートに座った。

 「ええ、よろしくお願いします。」

 「行くぞー!」

 サイーブの号令と共にレジスタンスのバギーが走り出た。バギーの集団の中には数台アンヴァルの部隊もいる。そして、アークエンジェルもまた動き出した。

 バギーが走る中、カガリは手に持っている緑の石を見ていた。

 「…それは?」

 バギーが走る中、キサカが手に持って緑の石を見ているカガリに尋ねた。

 「アフメドが…いずれ加工して私にくれようとしたものだと…。さっきおふくろさんから…。」

 「…きれいな石だな。」

 キサカは低く呟き、そしてふたたび黙り込んだ。

 本当に…。

 カガリはその石を大事にしながらポケットにしまった。

 

 

 アークエンジェルたちの動きはレセップスからも確認された。

 「動き出しちゃったって?」

 「はっ!北北西へ進攻中です。」

 ブリッジに入って来たバルトフェルドの問いに、オペレーターが答える。

 彼らはモニターに近づく。そこには白亜の戦艦の姿が映っていた。

 これが、地球軍の新型艦…。

 マシューはその姿に思わず圧倒された。

 「タルパティア工場区跡地に向かっているか…。ま、ここを突破しようと思えば、ボクが向こうの指揮官でもそう動くだろうな。」

 「では、予定通りと…?」

 ブライスが先ほどブリーフィングルームで話された作戦の確認の意味も含め尋ねる。

 「うーん…、もうちょっと待ってほしかったが、仕方ない。」

 「出撃ですか!?」

 バルトフェルドの言葉にイザークは声を弾ませる。

 「ああ。レセップス、発進する!コード02!ピートリーとヘンリー・カーターに打電しろ!」

 バルトフェルドは頷き、クルーたちに命じた。

 

 

 食堂で食事をとっているヒロたちだが、キラは料理をつつくばかりで食べてない。

 「キラ、食欲ないの?」

 「なに、キラ食べないのか?なら、俺がもらっていいか?」

 向かいに座っているヒロは訝しんで聞く。それを聞いたアバンがキラのトレイにも手を出そうとしていた。

 「いや…そんなんじゃないけど。」

 しかし、それはそうと2人の食事を見ていると…。

 「なんだぁ、まだ食ってないのか?ヒロとアバンを見習えよ。ほら、これも。」

 「小食なのか?」

 そこへムウとディアスもやって来た。ムウは隣に座り料理をぽいと置いた。

 見習えと言われても…。

 そう思いながら、ヒロとアバンのトレイを見る。盛られている量は確実にキラの倍以上ある。あんな量、出撃前はもちろん普段でも食べられない量だ。料理をカウンターでとっている時、そんなに食べるのかと聞いたら2人ともこれが普通だと答えたが…。

 「そう言えば、まだ礼を言ってなかったな。ありがとうな、ルキナの事。」

 ややあってディアスはヒロの方をみて口を開いた。

 「いえ、僕は何も…。」

 結局戻ると決めたのはルキナ本人だし、自分はなに1つしていない。ヒロは戸惑いながら答えた。

 「いや、大将もなんだかんだと喜んでいるよ。」

 ディアスは笑みを浮かべた。しかしこうは言ったもののセルヴィウス大将の胸中を考えると複雑な気分であった。

 「まあ、あんまりこの話題はもう大将の前でしない方がいいかもな。あの人、俺たちが見ていないところでは結構気が気でないようだったからな。何かそこだけおかしなオーラが漂っていると隠れてい見たヤツの話だと、大将が大量の花持ちこんで、花占いしてたって言ってたからな。『帰ってくる。帰ってこない。大丈夫だ。大丈夫じゃない』ってな。しばらくしてようやく立ち上がったあと、『よし、これを機にイチャイチャした展開になってなれば許そう』て言ってなにか踏ん切りつけていたからな。」

 ディアスはその時のことを思い出し笑いしそうになって必死にこらえていた。

 「そういや~ヒロ、あの時…。」

 「わー。待って、アバン!」

 ディアスの言葉を聞いたアバンがからかい始めたのを、ヒロは必死で止めに入った。

 その時、地響きのような轟音が食堂に響いた。

 

 

 アークエンジェルの居住区まで届いた爆音以外に、外ではバギーの一団が向かう先の地平線に黒煙が立ち上っている。

 「スヴォロヴ中尉、何が起きたか説明して。」

 バギーも通信機から先行しているユリシーズたちから状況の報告を聞こうとした。

 (レジスタンスが用意した地雷を全部『虎』がブワッてして…。もうコレは使い物にならねえな。)

 「中尉、報告はちゃんと第三者にもわかるように…。つまり、地雷原が除去されたのね?」

 (…ああ、そうッス。)

 タチアナはユリシーズの独特な表現に辟易しながらも周りに分かるように確認した。

 「うろたるな!攻撃を受けたわけではない。」

 それを目にして動揺しているレジスタンスたちにサイーブは怒鳴る。たしかにこちらは損害はないが、あれだけの地雷を一瞬で除去出来てしまう相手の技術力と自分たちの作戦を敵に見透かされていると恐怖という心理的ダメージが大きい。

 「大尉…。」

 アンヴァルの兵士がタチアナを見た。おそらくみな同じ気持ちであろう。だが、ここで自分たちが動揺するわけにはいかない。動揺は伝播し、戦闘にも影響出かねない。

 「動揺を隠せない気持ちはわかるけど、今は隠しなさい。私たちが動揺すればもっと不安は広がるわ。」

 「『虎』もいよいよ、本気で牙をむいたようだな…。」

 サイーブの言葉が沈黙の中、響く。その言葉を聞きながら、カガリはアフメドの最期が、そして敵将の姿が思い浮かび、歯を食いしばった。

 あんなふざけたヤツに、アフメドは…!

 だが、今日は絶対にあいつを本気に追い込んでやる。

 カガリもサイーブと同様の気持ちを抱いた。

 

 

 

 

 「そうだよ!1号機にランチャー、2号機にソードだ!…『何で?』って、換装するより俺が乗り換えた方が早いからさ!」

 ムウは艦内通信機でスカイグラスパ―の装備について指示を出し、通信を切った。

 「こちらの準備はもう大丈夫だな。」

 ムウが通信を切ったのを確認したあと、ディアスは他のパイロットに念を押すように見回しながら聞く。

 それに対し、残りのキラ、ヒロ、ルキナ、シグルドが頷く。

 「よし。じゃあ、最終確認だ。俺の[プロクス]はのろまなもんだからな。甲板で対空、対艦にあたる。足のはやいヤツでバクゥを迎え撃つ。以上、上官の少佐を差し置いてここの指揮を任せられた俺からの言葉だ。」

 ディアスの言葉の最後の部分に思わず全員ずりおちそうになった。

 「なんで、俺なのかのね?ここからは少佐が執ります?」

 ディアスは周りの反応も気にせず。ムウにふった。

 「いや~、俺もそんな柄じゃないし…。ここはいっそリーダーに…。」

 ムウとディアスはシグルドの方に目を向けた。

 「一介の傭兵が部隊を指揮するなんて聞いたことがないんだが…。」

 シグルドもさすがに困り顔になってしまった。

 その時、艦内スピーカーからミリアリアの声が流れた。

 (パイロットはそれぞれ搭乗機にて待機してください。)

 それを聞いた、ディアスは先ほどの態度と打って変わって真剣な顔つきになった。

 「…いよいよだ。」

 それに全員が頷いた。

 

 

 「レ、レーダーにっ…!」

 「レーダーに敵機とおぼしき影!攪乱ひどく、数は捕捉不能!1時半の方向です!」

 レーダーにいくつかの交点が浮かび、それを報告しようとおもわず舌がもつれたカズィに代わりトノムラが叫。続いて、チャンドラも声を上げる。

 「その後方に大型の熱量2!敵空母、および駆逐艦と思われます!」

 バルトフェルドの母艦、レセップスともう1隻はピートリー級の戦艦だ。艦橋からはまだ戦艦の姿は見えないが、戦闘ヘリコプターのアジャイルが見え始めた。

 「対空、対艦、対モビルスーツ戦闘、迎撃開始!」

 「モビルスーツ、スカイグラスパー発進準備!」

 それを見たマリューは戦闘開始の指示を出し、次いでナタルがMSおよびスカイグラスパ―に発進を命じた。

 

 

 バックパックを装備したクリーガーがカタパルトから射出され上空を飛ぶ。すでにストライクとスカイグラスパーは出撃し前方に向かっている。[プロクス]はアークエンジェルの甲板上で対空迎撃をとっている。

 彼方より大きな黒い影とそれより小さめの影を捉える。陸上母艦レセップスともう1隻である。甲板の上にはザウートらしき影が見え、周囲にいた戦闘ヘリアジャイル、戦闘機インフェストゥスがこちらに近づいてきている。そして、レセップスも近づくにつれ、ハッチが開きバクゥが出てくる。

 レジスタンスとアンヴァルの地上部隊もミサイルやランチャーを撃ち始め、応戦を始めた。

 「バクゥは全部で…7機!」

 数日前の戦闘の時の見慣れぬMS2機はいない。

 あれは、別の部隊だったのか?

 そう考えながらも、今いるバクゥを対処することに専念することに思考を向けた。

 

 

 そのころ、レセップスの格納庫ではオレンジ色の「虎」をイメージしたようなパイロットスーツに身を包んだバルトフェルドが準備を進めていた。隣にはピンクのパイロットスーツに身を包んだアイシャもいる。総力戦となる今回の戦闘では彼も出撃するからだ。では、なぜアイシャもかというと…、それは彼らの目の前にあるMS、ラゴゥに理由があった。背中に装備されたビーム兵器を有効に使用するため、前席にガンナー、後席にパイロットと複座式をとっているからである。

 ラゴゥは先日の姿から少し変わっていた。ジンハイマニューバ―のスラスターを用いて機動力を上げ、背中の他に翼の部分に砲を2門備え、ビームサーベルもまるで牙のように2つ増え、尾部にアンカーランチャーが追加されている。少なくなった戦力をカバーするために改修したのだ。ラゴゥジンハイマニューバである。

 彼らは今、コクピットに乗り込み発進体勢に入った。

 

 

 

 「あー、ちくしょ!戦車と勝手が違う!」

 ディクタスの機関銃を撃ちながら、エドガーは毒づいた。

 「…少尉、右!」

 テムルが声を上げ、エドガーに促す。エドガーも気付き、すぐさまディクタスを左へと思いっきり寄せた。エドガーが走っていた線上にミサイルが着弾する。

 レジスタンスたちが放ったランチャーがアジャイルに命中し、アジャイルは機体をバラバラと落ちていく。それに歓喜の声が上がった瞬間、バギーにバクゥのミサイルが着弾する

 「ハールファー!ウセル!」

 カガリが声を上げるが、乗っているバギーも横に急に転換する。近くにミサイルが飛んできたからだ。何とかかわしたバギーにバクゥが近づいてくる。このままでは間に合わない。その時、ユリシーズの乗ったホバーバイクがバクゥの目の前に横切り、その間にメインカメラに発光弾を放つ。一時、視界を失ったバクゥは立ち止まり、その間に上空で滞空していたディンが突撃機銃を撃ちこみ、バクゥは爆散した。そして、ディンはレセップスの僚艦に狙いを定めた。

 上空に高く上がり、まるで鷹が獲物を狙うがごとき急降下していく。そして両手に構えた突撃機銃と散弾銃で甲板上のザウートを撃墜し、砲門を潰し、そこからふたたび上昇していく。

 そして、そのタイミングを狙ってムウのスカイグラスパーのアグニを放ち機関部に命中した。ピートリーはそのまま速度を落としていった。

 ピートリーをなんとか行動不能にし、周りにいた戦闘ヘリと次々と墜とし、バクゥもあと3機となりこちらが優位に立ち始めたと思われたその時、アークエンジェルの環境に激しい衝動が背後から襲った。

 「6時の方向に艦影っ!?敵艦が!」

 「なんですって!?」

 マリューは思わず驚きの声を上げる。ナタルも歯噛みする。

 「もう1隻、伏せていたのか…。」

 後方の岩陰からもう1隻の駆逐艦ヘンリー・カーターが姿を現した。周りにはアジャイルがいる。そしてヘンリー・カーターとレセップスからの艦砲の一斉射撃がアークエンジェルを襲う。

 「艦砲直撃コース!」

 トノムラがわめきマリューとナタルが同時に叫ぶ。

 「かわせ!」

 「撃ち落とせ!」

 だが、いきなりの事なのでどちらもかなわずアークエンジェルにミサイルが直撃する。船体が大きく傾き、工場跡地に突っ込んでしまい、そこで身動きが取れなくなった。

 

 

 動きが取れなくなったのを見計らってヘンリー・カーターからMSが発艦されていった。

 まず、バルドとギブリが出てきて、次にバクゥ2機とジンオーカーが出撃する。

 「よし、行くぞ!」

 マシューが他の機体に号令をかけ、ギブリは先頭に立つ。

 「しまったっ…。」

 比較的後方にいたヒロはアークエンジェルの異変にいち早く気付いた。

 ディアスが援護しているが、このままでは危なかった。

 スカイグラスパーも気付き、向かおうとしていて、周辺のアジャイルを撃墜し、進んでいる。しかし、[トゥルビオン]とディンは他の残っているバクゥを相手にしていて、ストライクは隊長機と思しき機体と交戦を始めている。

 その機体はバクゥより一回り大きく、背中と翼の部分に2門ずつ計4門のビーム砲、口には縦横と伸びるビームサーベルがついていた。そしてバクゥよりかなり速い。ストライクは機体相手に苦戦していた。おそらく、『砂漠の虎』が乗っているのだろう。先日の敵将の姿がよぎる。しかし、そちらも何とかしたい思いであったが、今は砲撃にさらされているアークエンジェルを助ける方が先だ。アークエンジェルの援護に向かった。

 

 

 クリーガーが近づいてくるのを見たブライスはしばし何かを考えたあと、マシューに通信を開いた。

 「マシュー、こちらに1機来る。」

 (え?)

 マシューは驚き、モニターをそちらの方へ向ける。

 (これは、この間の…。)

 「マシュー、あれは俺が相手にする。おまえは『足つけ』へ。」

 (ふぇ!?)

 ブライスの言葉に思わず素っ頓狂な声を出す。いつもならマシューが意気込んで相手にしようとするのをブライスが止める役になるからだ。

 (ちょっ、待てよ、ブライス…。俺たちの狙いは…。)

 「わかっているさ。だが、アレだけはなんとしても相手にしなければならないんだ。」

 そう言い残し、ブライスはスラスターを吹かせ、バルドをクリーガーに向かわした。

 「おい、ブライス…。」

 マシューは彼が言っている意味がわからなかった。

 (隊長代理…。)

 他のパイロットから声をかけられ、我に返り『足つけ』へ向かった。

 マシューたちが『足つき』へ向かうのを見たブライスは視線をクリーガーに戻す。

 すまないな、マシュー。どうしても確かめなければならなかった。あのクリーガーのパイロット。あの声は…、そう、間違いない。あの時(・・・)いた少年だ。

 そして同時に疑念が生じた。あの時戦いを止めようとした少年が今、戦いに身を置いているのかを。

 バルドの肩に担いでいるタウルス360㎜バズーカ砲を構え、狙いを定めた。

 伏せていた駆逐艦から出撃した数機のMSから1機こちらに向かって来るのがヒロからも捉えることができた。と同時に弾頭がこちらに向かって来る。

 「くぅっ!」

 弾速が無反動砲より速い。何とかかわすが、後ろで砲がさく裂した衝撃を受ける。どうやら威力も無反動より大きいようだ。なんとか立て直し、カービンを構える。

 向こうは装備しているバズーカ砲ならすぐには突撃機銃には切り替えられない。

 ならっ!

 クリーガーのスラスターを全開にした。バックパックユニットのおかげで機動性は飛躍的に向上した。バズーカの砲撃をかいくぐりバルドへと接近する。

 「接近戦に持ち込むつもりか。」

 ブライスは吐き捨て、バズーカを左手に持ちかえ、右手に腰部の重斬刀に伸ばした。こちらにビーム兵器に対しての防御はない。だが、向こうもビームの減衰率を気にかけているはずだ。カービンの銃身下部に取り付けられた対艦刀が迫る。バルドはそれを重斬刀で受けた。

 剣と剣が鍔迫り合いをし、どちらも引かず押さずの状況だった。

 ヒロはレバーを必死で前に出すが、なかなか前に押し出せない。バズーカは砲身が長いため、撃つことはできない。

 その時、バルドより通信が入った。

 (ヴァイスウルフの者だな。そして、君はあの時の少年だな?)

 「あの時って…。」

 いきなりの通信と何のことを言っているかヒロはわからなかった。

 (ウェイン・ギュンターの…、あの場で戦いを止めさせようとした少年だな。)

 その名前にヒロはハッとした。

 なぜ、ウェインのことを?そして、このパイロットがあの場にいたザフトの1人と思い至った。

 その表情をみたブライスはやはりと思い、そして眉をひそめた。

 

 

 一方、ストライクもラゴゥと五分の戦いを繰り広げていた。ラゴゥのビームをシールドで防ぎ、機体が跳びかかって来るのを、避け、滑り込むような状態でラゴゥにライフルで応射する。ラゴゥもその機動力を生かしてよけ、砂丘の陰に隠れる。姿を一瞬見失ったキラはあたりを見回しながら、その機体に乗っているのはバルトフェルドではないかと思案した。その時、後ろから回り込み放ったビームをシールドで再び防ぐ。

 「なるほど、いい腕ね。」

 「だろう?今日は冷静に戦っているようだが、この間は凄かったぞ。まあ、今日までお預けだったがね。」

 スコープを覗きながら話したアイシャにバルトフェルドが答える。どこか声を弾ませたような口調だった。

 「なんで嬉しそうなの?」

 アイシャはその様子を感じ取ったのか、くすりと笑った。

 「辛いわね、アンディ。ああいう子、好きでしょうに。」

 アイシャのつぶやきに、バルトフェルドはわずかながら動揺した。あの少年によって多くのパイロットを失った。なのに自分は敵である彼を称賛している。

 「…投降、すると思うか?」

 「いいえ。」

 バルトフェルドは思わず口にした疑問をアイシャは即答した。

 そうだな…。先日、あの少年たちに向かって自分は言ったではないか。自分とあの少年は敵同士なのだ。たとえ、どんなに自分があの少年を気に入っても…。

 バルトフェルドはラゴゥを駆った。

 

 

 動けなくなったアークエンジェルに、敵の砲撃が集中する。

 「これは…!レセップス甲板上にデュエルとバスターを確認!」

 トノムラのことばにクルーが驚愕した。しかし、今はそれよりもこの艦をどうにかしなければいけなかった。

 「スラスター全開、上昇!これではゴッドフリートの射線が取れない!」

 マリューがノイマンに叫ぶ。

 「やってます!しかし船体がなにかに引っかかって…!」

 対するノイマンも焦りを感じているようだ。しかし、工場跡地に突っ込んだ時、建物の残骸に翼が引っかかり、身動きが取れなくなった。ふたたびアークエンジェルに砲撃がくらい、艦が激しく揺れる。

 その時、クルーたちに恐ろしい予感がした。このままアークエンジェルは撃沈してしまうのではないか、という。

 みな、背中に冷たいもの感じ青ざめた。…1人を除いて。アウグストだけは、興奮の入り混じった笑みを見せていた。それを見たクルーはなぜ笑っていられるのかという驚愕の思いを向けた。

 「さすがは、『砂漠の虎』だな…。」

 アウグストは意に介せず、ぼそりと独り言ちた。

 

 「くそっ!」

 アバンは艦内通路で揺れにしがみつきながら歯噛みした。この状況で自分が何もできないのが悔しかった。ゆれる艦を必死に走り出し、ある場所へと向かった。

 

 

 「アークエンジェルが…。」

 (くっ、一気に流れが変わったか…。)

 アークエンジェルとレセップスの中間の位置にいるディンや[トゥルビオン]もアークエンジェルの援護に行こうとしたが、隊長機が出てきて、ふたたびザフトの方も勢いを取り戻した感じだ。2機に向かってバクゥのミサイル、レールガンが放たれる。さらに彼らの回避行動を予測し、アジャイルがミサイルを放ってくる。これらを何とかかわすがこれではキリがない。

 アークエンジェルは未だにそこから動けずに砲撃にさらされていた。このままでは、撃沈されるのも時間の問題だった

 その時、ルキナの中で不思議な感覚が襲った。先日の戦闘の時のように、視界がクリアになり、機体が、ミサイルの動きが精密に感じることができ、アークエンジェルまでの道筋がはっきりと捉えられた。

 「…シグルドさん、突破します。」

 (…何?)

 シグルドが聞き返す時には、ルキナはレバーを押してフットペダルを踏み、アークエンジェルへとスラスターを全開にし、加速をかけた。

 「わざわざ墜とされにきたか!?」

 これ幸いとばかりにバクゥとアジャイル、インフェストゥスは[トゥルビオン]に一斉に集中攻撃をかけた。攻撃の第1波が当たるかと思われた瞬間、[トゥルビオン]は下に屈むようにそしてその姿勢で進むようにかわした。さらに第2波、第3波も次々とかわす。

 「…むしろ好都合か。」

 シグルドはその突拍子もないように見える行動を咎めるつもりはなく、相手が[トゥルビオン]に注意が行っている間に、彼らの後ろに回り込んでいった。そして突撃機銃で撃ち落とす。

 (1つだけ、借りていくぞ。)

 [トゥルビオン]のすれ違いざまにディンは腰部にマウントされていたコンバットナイフを抜き取っていった。格闘戦の兵器がないディンにとっては必要なものだった。

 「お願いします。」

 ルキナはそう言い残し、急いでアークエンジェルへと目指した。戻りながらも、アークエンジェルを渦巻く火線、MS、そして艦の位置をみながら、まず対処すべきは後ろの戦艦からと判断し、[トゥルビオン]をアークエンジェルの後方へと向かった。そこから方向転換し、ヘンリー・カーターで向かおうとした瞬間、アークエンジェルのカタパルトが開き、白い機体が飛び出してくるのを知覚した。

 あれは…。

 そこから飛び出し、自分と同じようにヘンリー・カーターに向かって行く機体はスカイグラスパーであった。

 

 

 カタパルトから打ち出される瞬間のGにアバンは歯を食いしばりながら、操縦桿を強く握り、そして引き、上昇させた。Gコンドルとは違い、ソードストライカーの重みがあるが、動かすことができた。

 (おい!2号機、誰が乗っている!?)

 ブリッジとムウはいきなり発進した2号機に驚いていた。

 「俺だ!アバンだ!」

 アバンは通信機に向かって叫ぶや、ピートリー級ヘンリー・カーターへと降下し始める。

 スカイグラスパー1号機、そして[トゥルビオン]も合流してきた。3機は対空戦闘態勢の駆逐艦の砲撃を掻い潜っていく。

 まず、[トゥルビオン]が前方の砲塔を撃ち、続いて左側面に反転し、甲板上にいるザウートと砲塔を撃つ。

 それを見たアバンはスカイグラスパーを右側面へと向かわせた。

 目の前に無数の砲弾が迫って来る。これが1発あたり、運が悪かった終わりだ。けど…。

 できる、できないじゃない。やるか、やらないかだ!

 アバンは心の中で叫び、思いっきり操縦桿を動かした。

 ヘンリー・カーターの艦隊にパイツァーアイゼンを打ちこみ、それを支点にして遠心力でシュベルトゲーベルで切り裂く。そして1号機のアグニが火を噴き、艦上のザウートごと艦を貫く。

 「よっしゃぁー!」

 アバンが歓喜の声を上げたのもつかの間、駆逐艦の対空ミサイルが機体をかすめた。

 「くそっ!」

 エンジンに損害を与えられてしまい、アバンはスカイグラスパーを砂地に軟着陸させた。

 

 

 後方の駆逐艦をなんとか撃退できたが、アークエンジェルは依然として動けず、レセップスからの砲撃にさらされていた。

 「ホークウッド大尉、船体に引っかかっている残骸を!」

 (待て、バクゥがこっちに!)

 バクゥの放ったミサイルを撃ち落としそのバクゥを突撃機銃を撃つ。

 ディアスもバクゥや砲を迎撃するのに手いっぱいだった。

 ブリッジではもう打つ手がなかった。

 このまま負ける…?

 誰もがそう思ったとき、ふいにアウグストは立ち上がった。

 ブリッジの窓の向こうより小さく光るもの。それを見逃さなかった。思わず破顔した。

 「…どうやら我々の方に()があったようだぞ、ラミアス艦長。」

 その言葉を聞いたマリューはアウグストへ目を向けた。が、彼が一体何を言っているのか、その言葉の意味は分からなかった。一方、アウグストは息をつくとふたたびシートに座りこんだ。

 「ったく、久々だぞ。こんなにハラハラしたのは…。」

 

 

 

 「司令、準備が整いました。」

 ネイミーがフェルナンに報告する。

 フェルナンも別の岩場から光が見えるのを確認できた。そして、こちらからも合図としてアークエンジェル、正確にはアウグストへと光を送っている。

 Nジャマー下でレーダーが使えなくなったうえに電波障害も起き通信は使えないものとなった。ゆえに、別働隊の合図も工夫しなければいけない。この地下の有線の通信を使うのは相手に傍受される危険があり、また光を使ったレーダー通信は遮断物がほぼない砂漠にはうってつけだが、そんな大層な装備を相手に気付かれずに持ち運ぶことはできない。そこで、用いられることにしたのは手鏡である。10cmぐらいの大きさのカード上のコンパクトミラーだが、太陽光を反射させると意外と遠くまで光は届く。相手は戦闘に気にしているし、万が一光っても気付きにくいだろう。

 彼らがなぜここにいるのか。

 サルマーンが戻るのを利用し、あらかじめ別働隊として移動させていた。もちろん、アークエンジェルにも「明けの砂漠」にも別働隊のことは伝えていない。

 「しかし…。」とフェルナンは呟いた。アンドリュー・バルトフェルドもかなりの指揮官だ。だからこそ、この作戦が通用したんだろう。まあ、あとで艦長やサイーブには怒られそうだが…。

 「では…。」

 フェルナンは手をあげ、それを降ろした。それを合図にまず兵士がレバーを引いた。

 

 

 レセップスがアークエンジェルへと砲を撃ちながら接近し始めようとすると、突然砂地より爆発と衝撃が襲った。

 「地雷がまだあったのか!?」

 ダコスタは驚きの声を上げる。地雷原は先ほど自分たちが除去した場所だし、たしかにすべて除いたはずだ。しかし…。

 そう思っているとオペレーターが声をあげる。

 「9時の方向より砲撃が…!」

 言い終える前に再び衝撃がきて、今度は白い煙がレセップスを覆った。

 レセップスの異変とヘンリー・カーターが破壊されたことに気をとられた間をついて、[トゥルビオン]は突撃機銃を、[プロクス]が2連キャノン砲を放ち、依然として動きのとれないアークエンジェルに引っかかっている建物の残骸を壊した。

 「外れた!」

 ノイマンは喜びの声を上げ、操縦桿を引いた。建物の残骸を振り落しながらアークエンジェルは浮き上がる。

 「面舵60度!…ナタル!」

 「ゴットフリート、照準っ!」

 「中尉、俺が説明したとおりだ!タイミングを頼むぞ!」

 すかさずマリューは指示し、ナタルもまた叫んだ。それにアウグストも続く。レセップスに起きたこと、別働隊の件は先ほど伝えた。狙いは白い煙に覆われたレセップスであった。

 

 

 「いっ、いったいこれは…。」

 ダコスタの戸惑いの思いは、艦上のMSのパイロットたちも同様だった。

 「なんだ、これはっ!」

 「これじゃあ、撃てないでしょ!」

 イザークとバスターは見えない状況に苛立っていた。

 「くそっ、この状況でこんなことに構っていられるかっ!」

 目の前には、あのストライクがいるのに自分たちはこの甲板の上で見ているしかない。そんなことできるかっ!

 煙で混乱している今がチャンスだった。デュエルは甲板より砂地に飛び降りた。近くにいたバスターもデュエルの影が飛び降りるのを目にし、続いた。そして彼らは、煙の中から抜けてストライクの方へ向かった。彼らはストライクばかりに目を向けていたため、白い煙が飛んできた岩山に2つの巨大な影があるのに気付かなかった。もし、気付いていればこのあとの戦況は変わっていただろう。

 まもなく煙が晴れはじめる。

 「じゃあ、行きますか。」

 「ええ。」

 ふと岩の上にはトレーラーやバギーの他に2機のMSの影があった。それはフォルテのジンと[ロッシェ]であった。どちらもヒンメルストライダーのバーを手に持っている。フォルテもまた、アンヴァルから極秘に依頼を受けられ、フィオがファブローニ社に戻るのを利用し、彼らと共に行動していた。ちなみに、フィオはサルマーンの一団とともに家路に着いている。

 煙が晴れはじめるのと同時に、ジンと[ロッシェ]はヒンメルストライダーに乗り滑り込むようにレセップスに急降下した。

 まず、ジンがヒンメルストライダーのバーから手をはなし、落ちながら背中の無反動砲2丁をもち、周りのザウートを撃ちぬく。そして[ロッシェ]が脚部に取りつけたパルデュス誘導弾を放ち、砲塔2門を切り裂く。

 「てぇぇ!」

 そしてそれを待っていたかのように、アークエンジェルの主砲ゴットフリートが火を噴いた。その射線は後部を貫き、機関部を損傷した。レセップスは黒い煙をあげ、座礁するように止まる。フォルテのジンは[ロッシェ]はふたたびヒンメルストライダーを駆り、離脱した。

 

 

 後ろからの駆逐艦、レセップスを行動不能になったのが見てとれたが、まだバルドとクリーガー、ストライクとラゴゥの戦闘は続いていた。

 ヒロはバルドの砲撃を避けながらさきほどの通信、バルドのパイロットの言葉が気になっていた。

 「ウェインを、知ってるんですか、あなたはあの場にいたのですか!?」

 (ああ、知ってるさ。)

 「なら、なぜ…!?」

 あの戦いを止めなかったのですか。

 そう口にしようと瞬間、重斬刀で押しきられそのまま倒れ込まされた。

 (それが戦争だ!たとえ戦争を止めたいと、憎しみを広めたくないという思いであろうと戦いに出ている以上、敵対している以上撃つしかない!撃つし撃たれるものになるのだ!)

 その言葉にヒロはハッとした。この人はさらにウェインがなぜ地球軍に行ったことを知っていたのであった。

 「撃ったことを否定できん。それを否定すれば撃った者はどうなる!それに、おまえも兵器(それ)に乗っている以上、そうであろうがっ!」

 ブライスは言葉を荒げた。自分でも驚きだった。なぜここまでただあの場に居合わせた少年に言うのか。いや、ウェインを知っているからこそ、ここまで言うのではないのか…。どこかで怒っているのかもしれない。ウェインの思いを知っていながら、あの時戦いを止めようとした者が戦いに身を置いているのに。

 (…それでも、僕は!)

 ヒロはバーニアを吹かし、クリーガーを浮かせはじめる。

 「僕は、敵だからと簡単に撃つような、殺すような戦いはしたくない!」

 バルドが体勢を直したクリーガーにバズーカ砲を構える。とっさに腰部のサーベルを抜き、バズーカ砲の砲身を切り裂く。そして、バルドを蹴り飛ばした。隙をつかれたバルドはその勢いで倒れた。

 

 

 一方、ストライクは周りに繰り広げられる戦闘に気を取られる余裕もなく、ラゴゥと激しい戦闘を続けていた。一方、ラゴゥではアイシャがレセップスの様子に気付いた。

 「まずいわよ、アンディ。」

 「『足つけ』め!あれだけの攻撃で、まだ!?」

 バルトフェルドも周囲の様子を見て舌打ちした。包囲網を完成させ、アークエンジェルを追い詰めたが、いつ伏せていたか分からない別働隊によって最終的に自分たちの母艦が奇襲を受け大破している。動けるMSはデュエル、バスター、ギブリだが、デュエルとバスターは砂地にとられており、ギブリの装備では戦艦を墜とすことはできない。

 いつの間にか形成は逆転していた。

 

 

 アークエンジェルからも大勢が決したことを伺うことができた。

 「ラミアス艦長、通信機借りますね。」

 アウグストは立ち上がり、全周波の通信を開いた。

 「ザフト軍地上部隊バルトフェルト隊に告ぐ!」

 それはすべてのMS、戦艦に流れた。

 (現在、貴隊の戦艦、駆逐艦は行動不能になり、MSも航空機もすべて戦える状態ではない。)

 「なにをっ!」

 その放送を聞き、イザークは歯噛みしデュエルを進めようとするがふたたび足をとられズルズルと滑っていった。

 (当艦もこれ以上の戦闘は望まない。よって降伏をすすめる。)

 「なっ、セルヴィウス将軍!?」

 思わずナタルは叫んだ。

 

 

 「アンディ…。」

 アイシャはその通信を聞き、バルトフェルドの方を見た。通信の内容なだけにストライクもいまは牽制をしている。バルトフェルドはアイシャに答えず、通信を開いた。

 「…条件は?こちらの身は保障するのかね?」

 たとえ降伏しても、その後銃殺刑では降伏の意味がない。もっとも、そのことをしたのははじめはザフトであるが…。ビクトリアには多くのユーラシア将兵がいたはすだ。それなのに許すはずないだろう。たとえ、セルヴィウスが、でも。

 ‐どこで終わりにすればいい?敵である者を、すべて滅ぼしてかね?‐

 あの時少年たちに言った言葉がよぎる。

 それに対し、アウグストは口を開いた。

 (まず、ザフトが支配している鉱区をレジスタンス「明けの砂漠」に返し、今後彼らの鉱区の支配権を奪わないこと。第2に、今後アンヴァルの作戦行動に協力すること。そして第3に、北アフリカの統治を地元民の意向をもって統治すること。その3件を飲めば、部下の命も、彼らが投降を拒否して退却することも保障する。あっ、あとアークエンジェルがアフリカ抜けるまでは攻撃しないこともつけさせてももらう。)

 「おいおい…。」

 なんという条件だ。

 「将軍、我々の目標はレセップスを突破することです!それは『砂漠の虎』を倒さなければ叶わないことです!なのに、なぜ…!?」

 ナタルはシートを蹴って上階へ行き、アウグストの近くまで行き、詰め寄った。が、アウグストはそのまま続ける。

 「…以上の条件を飲めば、そちらの身を保障する。」

 「将軍っ!」

 「…ディアス、フェルナン。そして他のヤツにも伝えろ。返事があるまで攻撃はするな、いいな。」

 アウグストは全周波放送を切った後、すぐさま、他の部隊に通信を開き、指示を出した。

 

 

 アウグストの言葉はレジスタンスにも聞こえた。

 「セルヴィウスめ、勝手に何を言ってるんだ!」

 鉱区を取り戻したいと言った。支配されない、そして支配しないとも言った。この内容はまさしく自分たちの望みだ。だが、その条件を『砂漠の虎』に突き付けるのだ。仮にできたとしても他の者たちの感情が許すはずがない。

 サイーブは眉をひそめた。

 「いや~、また大将の悪い癖だ。すぐ仲間に引き入れたがる。」

 アウグストの言葉を聞いていたフェルナンは思わず笑みがこぼれた。思いっきりバルトフェルドを仲間に引き入れようとしているのがわかる。とは言っても彼の狙いはそれだけではないだろう。

 「こんなことして大丈夫なのでしょう?」

 なんとなくアウグストの意図を理解しつつ思案しているフェルナンにネイミーはおそるおそる尋ねた。もちろんこんなこと地球軍司令部はもちろんユーラシア司令部も許さないだろう。

 「あの人がそれで止められるとでも?それにゲリラ上がりや結構身の危ない奴のいるこの部隊に降伏兵が入っても問題なかろう。まあ、彼がアンヴァルに所属してくれれば私が指揮を執るのも楽になるからいいのだけどね。」

 少々、他人事なフェルナンにネイミーは本当に大丈夫か、少し不安になった。

 

 

 (…隊長!)

 ダコスタが心配になりバルトフェルドへ通信を入れた。彼もまた先ほどの通信を聞いていたのだろう。不安と同時にこの危機的状況をひっくり返してくれるような期待の目をしていた。バルトフェルドはしばらく沈黙したのち、彼に告げた。

 「ダコスタくん、対艦命令を出したまえ!」

 ダコスタはその指示に息を呑んだ。

 「勝敗は決した、残存兵をまとめてノヴァーク隊とともにバナディーヤに引き上げ、ジブラルタルと連絡をとれ。」

 (隊ちょ…。)

 一方的に通信を切った。たしかに彼の条件は普通ならいい条件だ。セルヴィウスという名前は聞いていたが、彼がこの戦いに裏にいたとは気付かなかった。しかもその男はこれまで辛酸をなめていた男を自分の陣営に引き入れようとしている。実に面白い。こんなにも計算で割り切れないもの、予測しきれないもの、自分の興味を惹かす者たちに、この数日間で出会うとは…。しかし、部下たちを、彼らをこれ以上巻き込むわけにはいかない。彼らは彼らでやってもらうしかない、たとえ、この後降伏しようとも。彼は前席のアイシャにも促した。

 「きみも脱出しろ、アイシャ。」

 それに対し、アイシャは肩を竦めて笑った。

 「そんなことするくらいなら、死んだ方がマシね。」

 「…では、付き合ってくれ。」

 そして、アウグストへ通信を開いた。

 「残念ですが、その申し出には承諾できないですな。」

 ただ、それだけを告げた。

 (そうか。あいわかった。)

 アウグストもまたそれのみを言葉にし、通信を切った。

 バルトフェルドはふたたびスラスターを全開にし、自分がもっとも興味を惹かせてもらった少年が駆るストライクへと向けた。

 

 

 「…バルトフェルドさんっ。なぜ…?」

 ストライクに向かって行くラゴゥを見ながらヒロはバルトフェルドの言葉が脳裏によぎった。MSたちが撤退を行っている。バルドとギブリも彼らの撤退をさせるために戦闘している。もしかして、バルトフェルドさんは1機残り、どちらかが撃たれるまで戦うのではないだろうか。ヒロはクリーガーを彼らの所へ向けた。

 

 

 ストライクが応戦のためライフルを構えたところを、アイシャは狙いをつけて、ビームを放った。キラはライフルが爆発する、すんでのところで放し、とっさにシールドで2射目、3射目を防ぐ。ラゴゥはストライクがシールドで視界が狭まった隙を狙い、懐に飛び込む。ストライクはエールに備えられているビームサーベルを抜く動きに連動して、ラゴゥに振りかざした。2機がすれ違った瞬間、ラゴゥの背中のビーム砲が切り裂かれ、バルトフェルドはそれをパージする。

 「バルトフェルドさんっ!もう、勝負はつきました。降伏を受け入れてください!今なら、まだ間に合います!」

 キラは通信を開き、バルトフェルドに呼びかけた。

 (言ったはずだろう!…戦争の終わりに明確なルールなどない、と!)

 返ってきたバルトフェルドの言葉に衝撃を受ける。そう、明確なルールがないということは、そのルールは戦争で戦っている個人によって変わる。アウグストは降伏を促しこの戦闘を終わらすこととし、バルトフェルドは戦いどちらかが死ぬまでを終わりとしている。

 ラゴゥの尾部に備えられていたアンカーランチャーがストライクのシールドに絡みつき、引っ張ると同時に、激しい電流が流れシールドを破壊する。ストライクは倒れながらも、切り裂こうとしているラゴゥにサーベルをふるう。

 エールストライカーの翼端が切り落とされ、ストライクは倒れ込む。一方ラゴゥも翼と片方のサーベルを2つ失った。

 その時、ストライクから警告音が鳴り、フェイズシフトが落ちた。ストライクはメタリックグレーの色に戻っていく。

 (戦うしかないだろう!お互いに敵である限り、どちらかが滅びるまでな!)

 満身創痍でビーム砲の損傷によってショートを起こしているラゴゥのコクピット内でバルトフェルドは鬼気迫る顔で叫んだ。

 ラゴゥはストライクに飛びかかるようにジャンプし、残り片方のサーベルをストライクのコクピットへと向けた。

 このままでは…!

 クリーガーは腰部にマウントされたサーベルをラゴゥに投げつけた。それが、ラゴゥの片脚を突き刺し、足は爆散する。それによってラゴゥはバランスを崩した。ストライクがアーマーシュナイダーを取り出し、それを突き出す。

 それはラゴゥの首筋に突き立てられた。ラゴゥの勢いで飛ばされたストライクだが、どこも損傷はない。

 ラゴゥはそのまま身を沈め、激しい火花が散る中、爆散していった。

 ヒロもキラも息を上下に肩を動かし、荒い息をした。もし、どちらも瞬時に動かなかったら、やられていた。しかし…。

 その時、キラの目から涙が溢れた。

 「ぼくはっ…、殺したいわけじゃないのに…。」

 ヒロもまたギュッとレバーを強く握り、下に俯いた。

 

 

 

 

 「『明けの砂漠』に!」

 「じゃあ、まあ、そういうことで。」

 「乾杯っ!」

 サイーブの掲げた杯に、マリューも自分の杯を上げ、応えた。ムウが意味なく締め、最後にアウグストが音頭をとって、ナタル、フェルナンを含め、杯を上げた。

 その夜、「明けの砂漠」の本拠地で祝杯が挙げられた。みな、初めて会ったときのわだかまりも今では消え、共に喜び共に飲んでいた。

 「いや~、マードックのおっさんにこっぴどく怒られちまったよー!」

 しかし、当の怒られたアバンのしゅんとする様子もなく、興奮した口調でスカイグラスパ―に乗った時のことを話す。その話を聞いていたトールは身を乗り出し興奮しながら話を聞いていた。

 「じゃあ、俺もあんな風に乗れるかなっ!」

 「もうっ、トールったら。」

 そんなトールの様子にミリアリアは窘めた。

 「でも、スカイグラスパーがいきなり発進した時はホントに驚いたんだから…。でも、そのおかげで助かったんだもんね~。」

 「いや~。俺もあの砲弾の中をくぐり抜けるの、けっこうビビったんだぜー!」

 褒められたアバンはすっかり誇らしげな顔であった。

 怖いという気持ちはあった。自分が死ぬかもしれない、もし死んだらリィズの事を誰が守っていくのか、そんな思いもあった。けど、二の足を踏んで、何もしないで終わるのはもっと嫌だった。

 「いつか絶対にモビルスーツに乗ってやる。」

 1歩ずつ進んで、シグルドやフォルテ、ヒロに追いついて見せる。アバンは1人意気込んだ。

 「アバンってさ…。」

 ふいにサイが口を開いた。

 「…すごいよね、そんな前向きで。」

 どこか皮肉を言ってしまっているような口にしたサイ自身そう思ってしまった。が、当のアバンはあまり気にしている様子ではなかった。

 「う~ん。なんというか、上を見上げたりしながら前に進みたいから、かもな。」

 その言葉にサイはおもわず「え?」と驚いた顔をした。

 「下見てさ…、そこに別の人がいたら今の自分でも十分だって思ってしまって何もしなくなるし、上だけただ見ているのも、そこに届くかもしれないのにあんなに遠いんだって変に諦めてそこにいる人をひがんじまうかもしれないしな…。だから、上を向きながら前に進みたいんだ。そこに届くようにっ。まあ、要は「自分」が何かしたいってことじゃね?」

 トール、ミリアリア、カズィが先日の件もあって気まずい雰囲気ではないかとそわそわしていたが、アバンはそれに気付かずにんまりと話している。

 サイはその言葉に驚きと感心しながら、その真っ直ぐさにどこか羨ましくも思った。 こんな風に自分もキラに思えたら、と。そうしたら、キラをフレイをとられたからって憎んで、妬んだりすることはなかっただろう。でも実際、サイにはそうすることができなかった。

 

 

 一方、皆が騒いで飲んでいる一角でヒロは1人岩に腰をおろしてまだ量が減ってないかプの方に視線を向けていた。

 「どうしたんだ?」

 シグルドに声をかけられたヒロは、シグルドの方に目を向けた。

 「…結局、あの人を死なせてしまった。」

 ヒロはただポツリと呟いた。あんなふうに決意したのに結局どうすることもできなかった。降伏を拒んだとはいえ、何か方法があったのではないか、そう思ってしまう。

 「人ひとりができることなんて限られている。何でもできるわけではない。俺も目的を果たせず失敗し、そういう悔しい思いは何度もしているさ。」

 シグルドの言葉にヒロは目を丸くし、シグルドの方に顔を向けた。

 「…なんだ?意外だって顔をしてるぞ。」

 「いや、だって…。」

 今のシグルドの実力を見ているヒロにとってあまり想像ができなかった。

 「俺はスーパーマンでもないし、超人でもない。最初っから何でもできる人間なんていないさ。」

 「…そうだね。」

 シグルドの言葉に、おもわずヒロも笑みを浮かべ、応えた。

 「だから、僕は…。」

 ヒロは続ける。

 「それでも…。できないからって、戦争だからって、自分が守りたいものを貫きたい。自分に嘘をつきたくない。」

 そう、言葉を放つヒロはつい先日のような姿ではなかった

 「…そうか。」

 シグルドはただそれだけを言い、持っていた杯に入った酒を口に入れた。

 

 

 

 

 

 




 砂漠編、終了しました。なんか、結構間をあけながら投稿してたのと、いろいろ重要な回があったせいか、結構長くやったな~て感じがしてしまいました。
 とはいえ、物語上まだ半分以下です。
 読者のみなさまには今後ともよろしくお願いします。


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