「では、長老。今度は街が復興したら来ます。」
「ああ、ぜひ来てくれ。ちゃんとした礼ともてなしをしたいのでね。」
サルマーン・ハルドゥーンは数日間の滞在を終え、帰路につこうとしていた。彼は見送りにきたアウグストの姿を目にし、眉をひそめた。
「物資を送るのさえ、ひと手間かかるのに
「まあ、ついでと思ってくれ。そんな迷惑はかけない。」
サルマーンがこれと指したのは、大きなコンテナトレーラーとここに来たアンヴァルの隊員の半数近くの者たちだった。
「本当によろしいのですか?こちらの方は…。」
隣にいたマリューは少し不安になり尋ねる。これから決戦が間近なのに、人員を減らすことに。さらに一時的とはいえ本来戦力と考えていたモビルスーツも1機いなくなるのだ。
「ああ、こっちの作戦に支障をきたさない程度さ。ちょっとジブラルタルの動きが怪しいから、少し戻すだけさ。」
戻る組の準備を整えたのを確認したフェルナンはアウグストのもとに来た。
「では、将軍…。」
「うむ、頼むぞ。」
2人はなにか意味ありげな目をしていた。
一方、もう1人帰る準備を進めていた。
「なんで、俺が行かなかきゃ行けないの?」
「一応よ、一応。アークエンジェルがここから出発するまでには間に合うわ。」
ミレーユが嘆息したフォルテをなだめた。
「ちゃんとお願いしますね、フォルテ♪」
Gコンドルの調整を終え、フィオリーナもファブローニ社のあるイタリア北部へ帰ることになった。サルマーンに送ってもらうことになったが、万が一もかねて途中までフォルテが護衛として同行することになった。しかしフォルテとしては乗り気ではない。
「間に合うとか間に合わないじゃなくてだな…。なんでルドルフのおっさん、先に帰っちまったんだ~。」
「それは本人に言いなさい。」
「それにフォルテ~、ジンの改修とこないだの修理の代金まだなんだけど…。遅延分も追加で請求する?」
「うぐ…。」
こう言われてはぐうの音も出ない。結局、フォルテは途中まで行くことになった。
サルマーン一行が去った後も準備に大忙しだった。
「本当に、いいのだな?保障はできないぞ。」
ジャンがユリシーズに念を押すように聞いた。
「だが、バギーとランチャーだけっていうのも心許ないだろ?ありがとう、曹長。急ピッチで仕上げてくれて。」
そういいながらユリシーズは機体を眺めた。前後にプロペラがあり、中央部は作業トラクターのように座席とアクセル、そしてレバーがついている。FVS700 ディクタス。もともとホバーバイクとしてつかわれていたのを軍用に改造した物である。そのため、上部には機関銃やランチャー等をマウントできるようにしている。
小回りも利き、機動力もあるためレジスタンスたちのバギーを援護するために用意された。
「だが、なぜ俺までこっちに駆り出されなければならない。」
パーシバルとしては少し不満げだった。
「だってスピアヘッドぶっ壊しちまったんだからしょうがないだろう?操縦は見させてもらったし、けっこういけるだろう?」
「ぐっ…。というか、あの時無理やり手伝わされたのはそう意味があったのか。」
「ははは、そういうことさ。」
「じゃあ、俺もこっちなのはなんでですか?」
エドガーも不満な顔で訴える。
「そりゃぁのろまな戦車を持っていくのは得策じゃないだろう。てか、おまえらそんなに乗りたくないか!?少しはテムルを見倣えよ。文句も言わずにやってるぞ。」
ユリシーズが黙々と自分に合わせ調整しているテムルを指さした。
その近くでは、一番の難題に取り掛かっていた。それは[トゥルビオン]であった。先日の戦闘で中破した[トゥルビオン]は修理だけというわけにはいかないものだった。主武装の27㎜突撃機銃を失ってしまったのである。そこで武装の見直しもされることになった。さらに、あるものでしなければいけないので、その分工夫しなければならない。フィオリーナ・カーウィルにも途中まで手伝ってもわらったこともありなんとか間に合いそうだった。
27㎜突撃機銃からシグーやディンが使用している76㎜突撃機銃となり、近接武器は腕に(アークエンジェルおよびクリーガーの予備から使わせてもらった)試製9.1㎜対艦刀がマウントしている。普段は折りたたまれているが、使用の際は旋回させる。そして腰部には今まで通りコンバットナイフがあった。
その新しい[トゥルビオン]の姿を見上げ、ススムはホッと息をついた。
「よかったな、間に合って。」
ラドリーもやってきてそれを見上げた。
「ええ、あとはルキナ少尉に説明をするだけです。できるならギリギリは避けたいんですが…まだ、謹慎解かれてないですよね?」
先日の一件は、ルキナは無断で出撃したとして謹慎処分となった。
「ああ、さっき解かれたって言っていたぞ。こっちにはシャワー浴びてから行くって。シャワールームに行く途中であったぞ。」
「シャ、シャワー…。」
その単語を聞いたススムが思わず顔を赤面しながら何かを考え始めた。
「な~に、考えてんだ~、ススム・ウェナム~?」
そんなススムの背後から両肩をがっしと掴み、にやついた顔つきでユリシーズがちょっかいを出し始めた。
「えっ、いや不謹慎なことは考えていませんよ!」
「な~んだ。これから覗き見行こうぜって誘おうとしたのにな~。」
「え~っ!?」
「その話乗った!タチアナ大尉やオリガ少尉も行っているっていうのをちょうど聞いてきたところだ。」
別の整備士がどこから仕入れてきたか分からない情報をユリシーズに告げた。どうやらマリューが気を利かせ、シャワーを使わせてもらっているとのことだ。
「ちょっ、オリガはともかくすげ~チャンスじゃないっスか!?待てよ…もしかしたらラミアス艦長やバジルール中尉が来る可能性も…。」
「おい、中尉さんよ~。それはそれは聞き捨てならないじゃねぇか~。」
「俺たちも混ぜてくださいよ~。」
ユリシーズの妄想を聞いていた周りにいた男たちも興味津々に集まり始めた。
「よぉし、じゃあ集まれ~!これから作戦内容を話す。」
そう言いながらユリシーズはどこから持ってきたかわからないアークエンジェルの図面を取り出した。周りも完全に乗り気になった時、ふと誰かが疑問を口にした。
「あれ…?もしかしてモニカさんもいるのか?」
その言葉に、男たちは急に固まった静まりかえった。
「う~。『虎穴に入らずんば虎児を得ず』という言葉はあるが、その虎児がハズレだった場合、それはそれで…。」
ユリシーズは声を震わせながら決行するか悩み始めた。
「待て、中尉。6分の1の確率だぞ。それでもやめるとは、男気がないのか?」
「6分の1でもそれはそれでデカいんだぞ!」
「なんか、モニカが聞いたらヤバイような話じゃないか?」
結局行くか行かないか談合がなおも続く様子にジャンは溜息をつきながらラドリーに聞いた。
「なら、巻き込まれないうちに俺たちは退散しますか、曹長?」
「それがいいな、大尉。」
「俺も一緒にいいですか?」
このままでは自分も巻込まれ、身に危険が及ぶかもしれないと感じたパーシバルもラドリーとジャンの元へやってきた。
「くしゅんっ…。あら~、どこかでカッコいい男性たちが私のことを噂しているのかしら。まあ、どうしましょ~。やっぱ若い子がいいかしら…。イケメンで…。あ~、でも私ももうこの年齢だからな~。どうせなら、同じ年でも紳士な方がいいかしら…?」
洗面台にて顔にパックをしながらモニカが嬉しそうにその男の人の人物像をイメージし始めた。
「えー、いいな~。私も噂されたい~。というか、イイ男いないかしらー。ねえ、姉さんはどうなの?」
オリガは羨ましそうしながらシャワー室から顔を出したタチアナの方に目を向けた。タチアナは聞いていないのか、シャワーを気持ちよく浴びていた。
「姉さん、聞いてる?」
「ん?いったい何が?」
オリガは少し大きめに声を出しだ。そこでようやくタチアナも気付き、蛇口を閉めた。
「だから、イイ男いないかしらって話よっ。まあ、姉さんのことだからすぐに相手は見つかるでしょうね~。」
「そんなことないわよ。」
「やっぱり隊長のこと、気にしてるの?」
「こらっ、オリガ。あなたはすぐにそっちに…。」
「あらあら、あなたたちはまだ若いんだからいくらでもチャンスはあるわよ。…というか現在進行形の人もいるけどね~。」
にこやかに話すモニカはチラッと視線をルキナに移した。シャワーから出て着替え終わったルキナは視線に気づき「え…私ですか?」と不思議そうな顔を浮かべた。
「違うの?そのペンダント大事そうにしているから…。」
ルキナの意外な反応にオリガは少々驚いた顔を向けた。その言葉を聞いたルキナは「ああ…。」と手に持っているペンダントに目を向けた。
「家族以外からプレゼント貰うの、初めてで…。それに、こんなにきれいだし…。」
「いやいや、私が言いたいのは…。」
「あっ私、これらから機体の最終確認に行きますのでこれで。」
ルキナはペンダントを首にかけ、リビアングラスを見えないように制服の下に入れ、シャワールームを出て行った。
「行っちゃった…。ヒロ君が好意を寄せていること、気づいていないのかな?それともわざと気のないふりをしているとか?」
「…さあ、どうでしょうかね。」
オリガは聞き出せなかったことに残念な思いと疑問も残った思いだった。対して、タチアナは何か知っているような様子だった。
「姉さん、何か知ってるの?」
それを見たオリガはタチアナから聞き出そうと試みた。
「残念だけど、それは教えることはできないわ。」
「そうよ。あなたもあるでしょ、人にあまり知られたくないこと?」
タチアナはやんわりとオリガの質問をかわした。そして、モニカも続いた。
「え~。もしかしてモニカさんも知ってるんですかー!?」
2人の様子を見ながら、オリガはガッカリした。
「だ~か~ら、なんでおまえが乗らなきゃ行けないんだ!?それだったら、あたしが乗る!」
「何でさ!カガリはレジスタンスたちと行動するんだろ?必要ないじゃないか!?」
「おまえたちな…、いい加減にしろ!」
アバンとカガリの口論の声、そしてマードックの怒鳴り声が格納庫全体に響いた。
「どうしたの?」
機体のメンテナンスを終え、キャットウォークを降りてきたヒロは彼らのやりとりを呆れながら見ているシグルドに聞いた。
「ああ、どっちがスカイグラスパーを乗るかって話になったんだが…。2人とも正規のクルーでもないからマードック曹長に怒られてるんだ。」
機動力確保のたま、Gコンドルのバックパックユニットを装着した状態でクリーガーは出撃することになったので、アバンは手が空いた状態になってしまった。
なら、スカイグラスパーをとしたのだが、それに対し、カガリがシミュレーターでトップが自分なのだからアバンが乗るくらいなら自分が乗ると言いだしたのだ。
「まあ、たしかにマードックさんなら怒りそうだね。」
ヒロは苦笑いした。いくら護衛任務を受けてるとはいえ、許可なく勝手に乗ることはできないし、ましてや民間人が乗ることなんてできない。マードックにとっては、それ以外にも勝手に使われて機体を傷つけられるのはたまったものではないという思いの方が強いだろう。シグルドとしてはどっちでもいいが、とにかくあまり迷惑かけるなというような思いだった。
先日到着した友軍の機体の状態を見に、バルトフェルドとダコスタはレセップスの格納庫に向かった。そこには、マシューとブライスもいた。
「しっかし、キミたちも面白いねぇ。来て早々に修理とは…。」
「いや~、すみません。ホント、何から何まで世話になって…。」
「もう少し反省の色を見せろ、そして謝るところはそこか、マシュー。」
格納庫にてバルドとギブリを見上げながらいつもの調子で発したバルトフェルドの言葉に、マシューも軽いノリの感じで答え、ブライスがそれを窘める。
「損害もこのレセップスで修理できるレベルだし、相手のこちらがまだ知らない手の内も知れたからツーペイゼロだろ?」
「おまえなぁ~。」
バルトフェルドの隣でダコスタは2人のやり取りを見ながら思わずブライスに同情したくなった。副官としての苦労がわかるだろうからか…。
「まあ、それはそれとして問題はこっちの方だ。」
バルトフェルドの言葉にダコスタはふたたびそちらに意識を向けた。バルトフェルドの手には今から来る機体の書類があった。
「ザウートばかりで…。バクゥは品切れなのかね~!?」
ノヴァーク隊が来たといっても、バクゥを失う前の話だ。これでは戦力が足りない。
「その埋め合わせのつもりですかね、クルーゼ隊のあの2人は…。」
ダコスタも同じ気持ちながら輸送機の方へ目を向けた。ヴァルファウからは送られたザウートの他に2機のMSが現れる。デュエルとバスター。ザフトが奪取した地球軍の機体だ。とはいっても、パイロットたちは地上戦の経験がないエリート部隊のパイロット。先日オデル・エーアストが見せたような戦い方がすぐに誰にもできるものではないと、地上戦を経験しているダコスタは思った。
「う~ん、あの2機は、同系統の機体だな…。
一方、バルトフェルドが彼らが乗っている機体に興味を惹かれていた。ストライクと似ているからだろうか。
「やはり厳しいですかね、この戦力では…。」
ブライスは眉をひそめながらバルトフェルドに尋ねる。それに対し、「ん?」とバルトフェルドは驚いた顔を向けた。どうやらすっかり忘れていたような感じだった。
「ああ、そうだね。あとは、コイツの出来次第っかな?」
バルトフェルドはふたたび並ばれている機体たちを見上げ、オレンジ色の獣型の機体に目を向けた。TMF/A-803 ラゴゥ。バクゥより一回り大きく、さらに大型のビーム砲を2門備えられた上位機種である。もともとはこれだけよかったのだが、バクゥが足りない状況の今これをさらに強化することになったのであった。
まもなくの荒涼の大地に決戦の火ぶたが開かれようとしていた。
オマケ
シャワー覗き見隊の作戦名は…、
ユリシーズ「『ドキっ!ワクっ!荒涼とした砂塵の大地に美しき花々の癒しをえよう』だ。どうだ、イイネーミングだろ。」
パーシバル「…ネーミングセンスのなさだけには感服する。」