機動戦士ガンダムSEED Gladius   作:プワプー

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難しいですね、文章の長さやらのバランスって。


PHASE‐23 間(はざま)の者

 

 夢を見ていた。

 正確には過去の出来事を夢で追体験しているといってよかった。

 島々がいくつか点在、その中心に巨大なシャフトが上に伸びている。

 従来では見受けられない構造のコロニーは、プラントと総称で呼ばれている。

 その居住地区の1画。

 「プラントから出ていけ、亜人類!」

 同世代の子どもが自分に投げかけた言葉。

 それが侮蔑を意味するものだが、ここに来る以前から言われていたためか、もう慣れてしまった部分があったが、やはりそう言われるのは、辛かった。

 しかし、何も言い返すことはできなかった。

 この世界は、人類は今2つの種類に分かれている。

 ナチュラルとコーディネイター。

 でも自分はそのどちらでもなかった。

 彼らが私に対して差別感情を抱くのは、それがコーディネイターの存在理由を否定するとして、タブー視されていることもあるからだ。だからこそ、そこまで差別的な感情を持っていない人でも、できるだけ避けていた。ここは能力主義の場所だから自分も努力すれば認められる。そんな子供心にある希望もすぐに打ち砕かれた。

 一度、母に聞いたことがあった。

 なんで自分はこんなにも人から邪魔な存在と憎まれなければいけないのか、と。

 母は申し訳ないような顔をしていた。

 「みんな、忘れてしまっているの。ナチュラルもコーディネイターもどっちも人なのに、悲しいと感じたり喜び感じたりして生きているのに…。同じことと違うこと、それがどれかを決めるのは自分自身で他人に押し付けられないのに、それに固執してしまっているの。」

 母はそう言いながら、私を抱きしめた。

 「でも、どうかルキナ…。こんなこと言うの、お母さんの勝手だと思うけど…、コーディネイターもナチュラルも恨まないで。」

 

 

 

 「このっ、大ばか者!」

 景色が変わる。ここは…、そうだ家だ。

 目の前のドアの向こうで祖父の怒鳴り声が聞こえる。

 そっとドアの隙間から部屋を覗くと、祖父の他に父がいた。

 「これがおまえの望みだったのか、こうすることが!?それがどういうことかわかっているだろう!?」

 祖父は父を責め立てていた。

 「…言われなくても、わかっていますよ。」

 父が自嘲気味に答える。

 「なら、なぜ…。」

 祖父の声は先ほど違い、どこかやるせなさが感じられた。だが、父はずっと黙ったままで答えない。沈黙が部屋に流れる。

 ややあって、祖父が力を失ったようにガクッとソファに腰を落とし、うなだれて額に手を当てた。

 「…わかっているだろうな。これは…。」

 「ええ…、わかっています。」

 祖父が力なく尋ねた言葉に父は静かに返した。だが、父も祖父も視線を合わせない。

 「では、もう行きますので。」

 父は椅子にかけられてコートを手に取って、こちらに来た。ドアが開く。

 部屋を出た父は私がいたことに気付き、ハッとした顔し、そして寂しげな表情になった。コートのポケットから何かを取り出しそれを私に渡した。

 それを見た私は「これ…。」と父を見た。

 「…ルキナに返すよ。」

 父は寂しげに微笑んだ。私は「でも…。」と、それを父に渡そうとした。が、父は首を横に振った。

 「いいんだ。お父さんは、これをお守りとしていっぱい守ってもらった。だから…。」

 父は振り返り、そのまま家を出て行った。

 開いたままのドアの方をみると、祖父はまだうなだれていた。その姿はいつも自分に診せるのとは違い、とても不安になった。

 父に会ったのも話をしたのも、それきりだった。

 父は帰ってこなかった。

 

 

 暖かい光景、辛く悲しい光景が一変し、どこまで暗くなった。

 ここは…?

 周りを見渡すが、何もない。誰もいない。

 母さん、父さん、マリウス兄さん、どこ!?

 必死に呼びかけるが誰も返事しない。

 急に不安が広がり、足を進める。しかし、どこへ行っても同じだった。

 おじい様、みんな、誰か!?

 どんなに叫んでもやはり返事は返ってこない。

 ふと、そこに誰もいないのにささやかれたような気がした。

 おまえは、永遠に一人だ。

 ルキナはガクと膝を落とした。

 目から涙が溢れ頬を伝っていく。

 その言葉が事実だからだ。

 そう、私は一人だ。たとえ家族がいてくれても、周りに仲間がいても…。永遠に。

 暗闇の中、ただ一人、涙を流し続けた。

 

 

 

 

 目が覚めると、部屋はうす暗かった。

 ルキナはぼんやりと起き上がる。

 そう言えばと思い出し、時計を見た。

 時刻は6時を指していた。しかも午前である。

 ルキナは溜息を付いた。

 約束をすっぽかした形となってしまった。そもそも食堂にいないことを不審に思い、呼びに来たのかもしれない。考えても仕方ない。一旦食堂に行こう。

 そう思い起き上がると、ふとあるものがないことに気付いた。

 ルキナはハッとし周りを見渡すが、やはりない。

 たしかコクピットからずっと持っていた気がしていたが…。

 とにかく探さなければ、と思い部屋を出た。

 

 

 「ふわぁ~、ようやく終わったー!」

 ユリシーズは背伸びするとともにあくびをした。

 「それはこっちのセリフだ。」

 「そうよ。なんでこんなに時間がかかるのよ。あ~、もうギースの料理も冷めちゃっているわよ。それにルキナも待ちくたびれているわよ。」

 それに対し、パーシバルとオリガは不満を漏らした。

 結局、最後までユリシーズにつき合わさるハメになってしまった。

 「いやぁ~、ホント、みんなには悪いことしたよ。」

 しかし、その言葉とは裏腹にサボリにサボって長くなったことにたいしての悪気がなかった。とはいえ、いくら言っても馬の耳に念仏なのだからとパーシバルともオリガも諦めたような感じだった。

 「どうだ、テムルも食べるか?」

 そんな様子も気にせず、ユリシーズはテムルに聞いた。

 「…自分は、その前に食べましたので…。」

 テムルは短く答える。

 「いいよなぁ。まあ、きっとルキナがが気を利かせてくれてるからいいのはあるだろうな~。」

 「でも、いくら気を聞かせてくれるからと言って10時間以上は待たないと思うわ。」

 ユリシーズの言葉にオリガは釘をさす。

 たしかに、食堂に入り見回すと、案の定がいなかった。

 「…ユリシーズ、後で謝りなよ。」

 「ホント、謝らなければな。」

 「本当にその気持ちあるの?」

 そこへ先ほどカウンターに向かったパーシバルが2人のやり取りを遮り、口を開いた。

 「…ルキナがまだここに来ていない。」

 「…へ?」

 ユリシーズが思わずすっとんきょうな声を出した。

 「来てないって、どういうことよ?」

 オリガが尋ねる。

 「さっき、カウンターにいったら、そう調理師が言っていた。来てないって。」

 テムルも頷く。

 どうやら、2人が皿やトレーをもらおうと、厨房にいた人に声をかけると、ルキナと一緒ではないんだ、と言われたようだ。

 食堂の時計を見ると、時刻は6時半である。あれから14時間近くたっている。

 外の方でとも思ったが、ルキナがアークエンジェルに向かった時間を考えれば、もうそっちの方はないはずだ。

 「ちょっと探しに行って来るか…。」

 「私も行く。パーシバルとテムルはそこで待ってて。もしかしたらルキナ、来るかもしれないし。」

 オリガもユリシーズと共に探しに出かけた。

 

 

 

 フレイはアークエンジェルの通路を歩いていた。この時間帯は、当直以外は寝ているためか、まだ艦内は静かだった。

 結局、キラは部屋に戻ってこなかった。不安がフレイの頭をよぎる。

 このまま、戻ってこないのではないか。そうしたら、復讐を果せない。いや、それ以上に、自分を守ってくれる存在がなくなる。大丈夫だ、きっとキラは戻って来る。昨夜もきっといつものようにコクピットで寝ていたのだろう。きっとそうだ。

 そう思いながら自分の中の不安を振り払おうとした。

 その時、足元に何かが当たった。

 なんだろうと、そこに目を落とす。

 これは…、テディベア…のキーホルダー…?

 そこには、キーリングが着いた手のひらサイズのテディベアが落ちていた。

 

 

 

 ルキナは何度目かの溜息をついた。

 ここまで探したのに見つからないなんて…。

 後部デッキへ足を向けた。

 そこに行ってもあるわけないのだが、とりあえず気分を切り替えたかった。そうすれば、どこに置いてきたのかも思い出すかもしれないともあった。

 ドアを開けると、ちょうど朝日が昇り始めていた。

 一瞬、まぶしくて目を細める。

 その時、デッキにはすでに先客がいたのか、人影があった。

 こちらからでは眩しくてあまりよく見えなかったが、その長い濃い赤の髪の色で誰だがわかった。

 その人物もこちらに気付き、振り向いた。

 「…いったい、何かしら?」

 フレイは少し不機嫌な口調でルキナに尋ねる。

 キラを探しにここまで来たのに見つからないこと、ドアが開いてキラではないかという甘い期待をしたが、違ったことに少々苛立っていた。

 「えっと…。」

 対するルキナも返答に戸惑った。

 ヘリオポリスの件からここまで、フレイとは会ってはいても話す機会はほとんどなかった。それに、プラントのクライン議長の娘、ラクスがここに保護された時の件もある。

 どこか敬遠していた。

 「な、なんでもない!」

 ここから立ち去ろうと思い、ドアに引き返そうとしたが、フレイが手に持っているものに気付き、ハッとした。

 「それ、どこにあったの!?」

 ルキナは驚きの声を上げる。

 フレイも自分が手に持っているテディベアのキーホルダーに目を向け、それを出した。

 「これ…あなたの、なの?」

 「…ええ。」

 ルキナは頷く。

 「へ~。」

 再びフレイはキーホルダーに目を向ける。それ見ながらフレイの中で黒いものが渦巻き始めた。

 フレイはルキナに対していい印象はなかった。サイたちは顔見知りだからいいとして、コーディネイターであるヒロとキラと打ち解けていた。コーディネイター嫌いのフレイにとってそれはあまりいいように思えなかった。ラクス・クラインの件だってそうだ。まるで、彼女を庇うようなことをして。

 なんで!?地球連合軍の、ユーラシア連邦の大将の孫娘なのに!

 そう…、その部分もフレイの気に障った。

 砂漠に降りて、ユーラシア連邦に会ってから、祖父に会ってから、フレイには彼女が周りからちやほやされているように見えた。もう父が死んでしまい、今までいた周りからちやほやされなくなった自分にないものは、彼女にはあった。

 さっきから様子を見ていると、これは大事なものなのだろう。

 「あ、あのさ…それ、返してほしいんだけど…。」

 ルキナは先ほどから返す気がない様子のフレイに言葉を探りながら声をかける。

 「そうね…。けど、何か言うことあるんじゃない?偶然だけど、大切なモノを見つけた私に?」

 お礼の言葉を求める言い方だが、言いようがどこか悪意がこもっていて気に入らないが、見つけてもらったことは確かだ。

 「…拾ってくれて、ありがとう。それは、大切なものなのです。どうか、それを返してください。」

ルキナは頭を下げた。だが、どこか不本意な言葉のような気がした。

 しばらく、フレイの中に優越感があった。

 「ふーん。返してもいいけど、これなかなか可愛いよね。もうちょっと借りてもいいかしら?」

 「ちょっ、ちょっと。」

 「いいじゃない、別に。」

 ルキナはフレイの手からキーホルダーを取り戻そうとするが、彼女は取り返されないように手を引く。

 その時、バランスを崩したフレイが思わず後ろにしゃがむように倒れる。

 その瞬間、キーホルダーが宙を舞った。

 それをルキナは追い、掴もうとしたが、叶わず、キーホルダーはデッキの策を越え、そのまま艦体を転がっていき、下へと落ちていった。

 「あっ…。」

 2人とも声を失う。

 拾うにしてもアークエンジェルと崖の間でどうやっても行けない場所だ。

 フレイは罪悪感を押しのけ、強い態度に出ようとした。

 「な、なによ。ちゃんとしていればって…ちょっと!?」

 なんとか言い訳をしようとした直後、思いがけないのを目にし、慌てた。

 ルキナが柵を乗り越えようとしていたからだ。

 「危ないわよ!」

 フレイはルキナの手を引こうとする。

 「放して!あれは…、あれは…!」

 ルキナは彼女の手を振り払おうとし、なおも乗り越えようとしていた。

 「危ないって!」

 ちょうどその時、偶然ルキナを探しに来ていたオリガとユリシーズが彼女を引き戻す。

 他にも、探すのを手伝っていたミリアリア、トール、カガリもいた。

 「いったい何があったんだ?」

 とりあえずは無事であったものの、どうしてそうなったのかユリシーズはわからず聞くが、2人にはそれが聞こえていなかった。

 「そんなに必要なモノじゃないでしょう!?何なのよ、いったい?」

 フレイは非難の言葉を向ける。

 自分の過ちを認めたくいがゆえの虚勢でもあった。

 「だいたい、オカシイわよ。地球軍なのにコーディネイターを庇ったり、MSに乗れたり…。なに、あなたコーディネイターなの?」

 そして、その虚勢を張るために、つい口に出してしまった。

 その言葉を聞いたオリガとユリシーズは凍り付いた。が、一番動揺を隠せなかったのは言われた本人だった。

 「…なによ。」

 ルキナは声を震わせる。

 「ルキナ、お前も落ち着け。」

 ユリシーズは止めに入ろうとするが、彼女の耳には入らなかった。

 昨日の食堂での会話、そして今放たれた言葉がルキナの感情を一気に押し寄せた。

 「なんで、そんなに決めつけたがるのよ、みんな!ナチュラル、それともコーディネイター?…みんな、自分勝手に!いったい、どっちがいいの?ねえ!?」

 その激しい剣幕にフレイもたじろぐ。そしてルキナが何を言っているのか意味がわからなかった。それはトールやミリアリア、カガリもだった。

 だが、オリガとユリシーズはすぐに理解した。そして、彼女が口にするのを何かとか止めようとした。

 「ルキナ、待て!それを今…。」

 が、時すでに遅かった。

 「私は、どっちでもない…。どっちでもないわよ!だって…、私は…。私は…ナチュラルとコーディネイター、その2つの遺伝子を、どちらも半分しか持っていない…、ハーフだから。」

 その言葉に沈黙が流れた。オリガやユリシーズ以外の周りにいた4人はその言葉と意味が頭の中で追いつかず何も言えず、ただ呆然としていた。

 「ルキナ!」

 ユリシーズの言葉でルキナはやっと我に返った。

 ルキナはユリシーズの方をみると、彼は狼狽と苦い表情をしていた。彼のいるその先にも人の姿を認め、ルキナはハッとした。

今の事を聞いたのを、他にもいたのにようやく気付いた。

 その瞬間、全身の血の気が引いた。

 なんてことをしてしまったのだろうか。

 ずっと言わないでいたこと。違う!言えなかった。

 怖かったからだ。

 そのことを言ったら、もうそこで今までの関係がお終いになってしまうのではないか。

 キラも、ヒロも、みんながどんな目で自分を見るのか…怖かった。

 足が震える。

 いやだ!

 誰の表情も見たくなかった。何も言われたくなかった。

 ルキナは後部ハッチのドアにいた人を押しのけるのを気にも留めず、走っていた。

 とにかく、ここには居たくなかった。

 「ルキナ!」

 オリガが彼女を追いかけるが、ルキナは構わずに行ってしまった。

 甲板に沈黙が流れる中、カガリが口を開く。

 「それって…。」

 カガリはここで何があったのかよくは分からない。が、ルキナの言葉に驚きがあった。とは言っても彼女になにか差別の感情があるわけではなかった。

 「あー、何で、こうなるんだよ!」

 そのカガリに気付かないのか、ユリシーズは頭を抱え、しゃがみ悪態をついた。

 

 息が荒くなる。

 どこかで足を止め、一度息を整えたい。そうは思っても足を止めたくなかった。

 とにかく今は誰にも会いたくもないし、誰にも声をかけられたくなかった。

 しかし、どこに行けばいい?どこに逃げればいいか?

 分からなかった。

 いつの間にか[トゥルビオン]の近くまで来ていた。

 

 

 クリーガーのコクピット内でヒロはあくびをした。ハッチは開いた状態だ。そっちの方が、砂漠の朝の気持ちいい風がコクピット内に入って来るからである。

 朝早くフィオに呼び出され、接続テストを今から始めると言われたが、いっこうに始まらない。なにかトラブルでもあったのか、フィオはGコンドルのハッチを開き、コクピットで何かをしている。

 『こりゃぁ、当分時間かかるな?』

 コクピット内に置いているジーニアスも呆れた様子であった。

 「うん。」

 ヒロも待ちくたびれてしまった。

 「なんじゃい。まだ、終わってないのか?」

 そこへいきなりルドルフが顔を出した。

 コクピットまで上がってきたようだが、いきなりでヒロは驚いた。

 「…何で、来たの?」

 「いやあ、絶対ここなら風も通るし、寝るのにちょうどいいだろうと思ってな。」

 『ルドルフにとってMSはちょうどいい寝場所かい。』

 ジーニアスがツッコむ。

 クリーガーの近くではアンヴァルのMSの最終チェックが行われていた。

 ほとんどの人たちが徹夜での作業であった。

 ススムが眠い目をこすりながら道具を運んで[トゥルビオン]の近くを通ると、そこでのエンジンの駆動音に気付く。

 不審に思い見上げると、目に光が灯っていた。

 いったいだれが?

 と思ったが、動かすのはルキナしかない。

そうこう考えていると[トゥルビオン]が動き始める。

 「えー!?」

 ススムは驚きの声を上げた。

 動かすなんて言っていたっけ!?

 とにかく確認のため大声で叫ぶ。

 「ルキナ少尉―![トゥルビオン]出すのですか!?」

 しかし、返事が来ない。

 その間にも、[トゥルビオン]はゆっくりと一歩ずつ進む。

 ススムの周りの整備士たちも異変に気付き、一帯はざわめき始める。

 「おい、どうしたんだ!?」

 ラドリーがやって来て[トゥルビオン]を止めようとしている整備士たちに聞く。

 「大尉―っ!さっきルキナが乗り込んだらしいんだが…、[トゥルビオン]を動かすって話、聞いていますか?」

 ジャンが大声で返す。

 「いや、聞いてない。…てことは!?」

 ジャンとラドリーは事の重大さに気付いた。

 「おい、なんとしてでも止めろ!」

 ジャンは整備士たちに大声で指示する。

 整備士たちも大慌てで止めようとするが、所詮、人とMS。

 [トゥルビオン]の背部のスラスターが吹かされる。

 周りの者たちもこのままでは巻き込まれると、バラバラと避難する。

 そして、ついにその場から飛び立ってしまった。

 ルキナを追いかけてきたオリガも駆け付けたが、一歩遅かった。

 「誰か!ルキナを止めて!」

 必死に叫ぶが、無意味だった。

 ヒロはハッとし、コクピットハッチを急いで、閉めた。

 それに巻込まれそうになったルドルフが中に入ってしまったが、そんなことを気にしている暇はなかった。

 追いかけなければ…。

 しかし、クリーガーに飛行能力はない。まだGコンドルもまだ調整中である。

 周りを見回すと、近くに置かれていたヒンメルストライダーが目に入った。

 「これ…、借ります。」

 外部スピーカーから声をかけ、ヒンメルストライダーのベースバーに手をかけ、クリーガーを発進させ、[トゥルビオン]を追いかけて行った。

 

 

 

 その騒動は司令室で作戦会議中だったアウグストたちにも報告された。

 ルキナの無断出撃という報告にみな驚きの声を上げる。

 最初に報告にきたオリガを含め、その近くにいた者たちからも詳しく話を聞くこととなった。 その場にいたミレーユは小さな通信機のスイッチをそっと押した。

 その経緯を聞いていたムウは、フレイとルキナの口論がどうしてそこまで飛ぶのかと不思議に思った。と同時に女同士の喧嘩は恐ろしく、自分でも予測しがたいものと感じた。が、それ以上に最後の方が驚いた。たぶん、マリューやナタルもだろう。彼女たちもオリガの報告の最後の言葉、その事実に一番驚愕した。

 ルキナがハーフコーディネイターであること。

 「その…セルヴィウス大将…。少尉がハーフとは…?」

 マリューが恐る恐る尋ねる。

 アウグストは沈痛な面持ちで答える。

 「言葉の通りだ、艦長…。」

 「言葉どおりとおっしゃられても…。」

 確かに、コーディネイターは遺伝子操作されたとはいえヒトであることは変わりない。両者の間に子どもが産まれるは可能だ。とは頭ではわかっていても現在の情勢のせいか、マリューは心のどこかで受け入れきれなかった。

 「あまりこのことは口にしたくなかったのだがな…。」

 それを聞いてムウは、あの時サイーブがルキナの父親を口にしたとき、ピリピリした空気になったのはそのためかと納得した。

 「し、しかしっ!どうして、そのような…。将軍のお子さんも元は…。」

 ナタルは抗議の声を上げる。ヘリオポリスでのキラをストライクの乗せたときからもわかるように彼女にとって、軍人として、コーディネイターは敵であると認識を持っている。アウグスト・セルヴィウスの息子、つまりルキナの父親もユーラシアの軍人だったと聞く。それなのに、という思いがあった。

 「…あまり軍人としての価値観にばかりとらわれると、自分を窮屈にするぞ、中尉?」

 それに対し、アウグストは静かに言う。

 自分も敵であるコーディネイターであるキラに本来機密の最新鋭の機体に乗せているし、彼女もキラをパイロットとして評価しているが、それは軍人として、戦いに勝つための判断だからである。それを否定されたように思ったが、ナタルは反論できなかった。アウグストのその言葉にどこか哀しみがこもっていたからだ。

 「それに…、俺たちの世代はそんな今のようなナチュラルだ、コーディネイターだのはそこまでなかったさ。それが顕著になったのは、極秘裏に生まれたり、コーディネイターブームの世代、息子の世代だろう…。アイツもアイツなりに考えての事だからな…。まあ、それまで俺とヴェンツェルはほとんど絶縁状態だったからな。」

「あれっ、ルキナにお兄さんいましたよね?その人も…?」

 トールはふとした疑問を口にした。

 「マリウスは、遠縁の子でね。両親が亡くなったとき、まだ幼い彼を引き取ったんだ。彼はナチュラルだ。」

 「けど…、他人事みたいな言い方になるが、ナチュラルの社会の中で暮らすなんて酷じゃなかったのか?要は、半分はコーディネイターなんだから。なんというか、ほら…。」

 ムウは珍しく真剣な顔つきでアウグストに尋ねた。

 ナチュラルの社会の中、しかも理事国で暮らすこと、それがどんなに大変なことかコーディネイターが嫌いなナチュラルは彼らをモノとして扱う。それはアルテミスでのキラへの件がいい例だ。

 「確かに他人事だな…。たとえ半分とはいえ『人為的に改良された遺伝子情報』を持っているからな。だから『コーディネイター』と名前はつけられているが…。だが、その逆もある。」

 「えっ…?」

 「コーディネイターはコーディネイターで、『コーディネイターとして理由である、遺伝子改良をされてない』からコーディネイターではないと見ている。そしてコーディネイターの方がハーフに対して蔑視感情が苛烈なんだ。」

 アウグストの言っている意味がよくとれないムウにディアスが補足的意味も含め答える。

 「また…何で?」

 マリューもよくわからず尋ねる。

 「ナチュラルとの間に子どもができれば、コーディネイターの能力は半分しか受け継がれない。その子どもがさらにナチュラルと結ばれれば、さらに半分に…。そうしていくことでやがてコーディネイターの持っている改良された遺伝子がなくなっていき、能力もナチュラルと変わらなくなる。このことを『ナチュラル帰り』と呼んでいて、コーディネイターの存在を否定するものとしてタブー視されている。特に、コーディネイターこそが新たな種と選民思想を持っている者たちにとってはな。…ルキナは、そういう人間にとっては認めることができない存在なんだ。」

 ディアスは怒りを含みながらやるせない面持ちで話す。

 「それ故か、あの子は自分からハーフだと告げることを怖がっていた。悩んで悩んでなんとか言おうと決意しても、その前にどこからか自分の素性を知られてたり、自分から告げたとしても、そこから差別の目を向けられたということもあったから余計に…な。だからこそ、ちゃんとした形でと、俺たちは思っていたんだがな…。」

 アウグストが沈痛な面持ちで話す。

 この場に重い沈黙が流れ続けた。

 

 

 

 

 ヒロとルドルフもクリーガーのコクピット内で一連のやり取りを聞いていた。

 というより、ミレーユが通信機を使いジーニアス経由で繋げてもらって聞かせてもらったという方が正しかった。

 その内容にヒロは驚愕した。

 「なるほど。だからか…。」

 シートの後ろにいるルドルフはどこか納得するような顔をしていた。

 「ルドルフ?」

 「バナディーヤでのこと。怪我した時、『砂漠の虎』の本拠地で治療を頑なに拒んでただろう?遺伝子はその気になれば手に入れられる。彼女はそこから素性を明らかにされるのを怖がってたんだろうな…。」

 その言葉にヒロはハッとした。

 考えてみれば、他にも思い当たることはある。

 『と、いうよりルキナはどこまで行くつもりなんだ!?』

 ジーニアスがビープ音を鳴らす。

 たしかに、そろそろバッテリーも無くなるはずだ。

 ジーニアスからの通信回路も今はノイズだらけになっている。

 このままでは、戻るのが困難になる。

 その時、[トゥルビオン]の高度が下がり始め、そのままずるずると砂漠に着地した。

 ちょうど砂丘と礫平原の境あたりっぽかった。

 そしてそこから動かない。

 どうやらバッテリーが無くなったようである。

 クリーガーの方はヒンメルストライダーのおかげでまだ大丈夫である。

 近くに降り立ち、ルキナに通信回路を開くがやはり返事はない。

 とにかく一度話を、と一旦降り、[トゥルビオン]のハッチを外から開けようとするが開かない。

 『…中で開けられないようにしているな。』

 「ルキナ、聞こえてる?戻らないと…。」

 「…戻らない。」

 ヒロが呼びかける。返事は来たが、予想通りの答えだった。

 「ルキナ…。このままだと、大変なことに…。」

 無断出撃をしたことになってしまう。場合によっては、脱走ともとらえられてしまう。

 一度、降りて下で待っているルドルフの所に戻った。

 「どうだ?」

 ヒロが首を振ると、やはりという顔で溜息をついた。

 「こりゃ、長期戦になるわな…。」

 無理やり連れて帰らすというのは、事が事だけに避けたかった。

 ヒロとルドルフはルキナが出てくるまで待つしかなかった。

 

 

 アークエンジェルの後部デッキに数人の男たちが集まっていた。

 長い1本のロープの後方男たちは持っていて、それがデッキから先まで伸びている。柵の付近でキサカがそしてテムルが柵を越えた艦体の端に命綱として体に巻き、さらに下をなにか吊り下げるように持っている。子どものようだ。

 「頼むぞー!ヤルー、お前だけが頼りだ!」

 ユリシーズが拡声器でヤルーに言う。

 アークエンジェルを動かすということもできず、隙間が子どもが1人で入れるぐらいのため、サイーブの息子のヤルーにこのような形でとりに行ってもらっている。

 「ロープの事は安心しろ。キサカとテムルはとっても力強くたくましいからな!」

 「がんばれー!ヤルー!」

 近くでカガリもヤルーに声援を送る。

 とはいってもこちらからでは様子は見えない。

 その時、テムルが下の動きを捉え、デッキの方に叫ぶ。

 「ロープを引っ張ってくれ!」

 合図を受け、皆がロープを引き上げる。

 テムルも引き上げられながら、ロープの先に集中している。

 そして、ヤルーが隙間から姿をあらわすのと同時に強く上げ、ヤルーを抱える。

 テムルに抱えられデッキに着いた時、ヤルーは土まみれの顔で手に持っているものを見せた。

 「これだよね?」

 ユリシーズが確認すると、それは土ぼこりがついてはいるが、間違いなくいつもルキナが大事にしているテディベアのキーホルダーであった。

 「ああ、これだ!」

 その瞬間、歓声があがった。

 「えらいぞ、ヤルー!」

 褒められたヤルーも嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。

 

 艦内からモニターでその様子をマリューは一安心した。が、やるべきことはまだあった。

 アウグストからは、ルキナは形式上アークエンジェル所属であるので、これは艦内の問題となるとのことで自分に一任された。

 とはいうもののフレイからも聞こうにも彼女は「自分は悪くない」の一点張りである。ルキナも戻ってきていない。

 マリューは振り返り、管制担当のミリアリアに聞く。

 「どう、無線は?」

 「応答がありません。」

 ミリアリアが不安な声で応じた。

 クリーガーもロストしてしまったが、Nジャマーの影響で、通信がかつてのようにできず、レーダーも使えないため、位置を把握することができない。

 「…捜索は出さないのですか?」

 謹慎から解かれたばかりのサイがチャンドラとトノムラに小声で尋ねる。

 ここでいつまでも連絡ができるのを待っているより数機のMSで捜索するのが早いのではないのかという思いがあった。

 それに対し、トノムラとチャンドラは「う~ん」と唸った。

 「戦闘中や作戦行動中に行方不明になったとかならまだしも、無断出撃だからな…。」

 「これって要は脱走みたいなもんだろう?」

 「脱走って…。」

 「本人が戻る意思がなかったら、脱走とほぼ同意義だよ。」

 「脱走は重罪だ。」

 2人の話を聞いていたミリアリアはモニターに目を向けた。

 それを聞いたミリアリアはルキナの言葉を思い出した。

‐ 間違った存在って何よ。…間違いって言ってもこうして目の前にいるの。‐

 昨日のカズィの疑問がその言葉を聞いたときミリアリアにもあった。もしかしたら…、と。しかし、結局そこまでだった。そこからとくに何も考えなかった。

 お願い、ヒロ…。

 ただ、今はヒロがルキナを連れて帰ってくることを祈るだけだった。

 

 キラもまた捜索に行かなくていいのかという思いでいた。

 待機命令は出てないがストライクのコクピットにいたが、依然命令が来ないので、仕方なくその場を後にした。

 けど昨日のこともあって自分の部屋に戻る気にはなれず、艦の外へ出た。そしてどこに行くわけでもなく周りをウロウロした。

 途中でアンヴァルの人たちとすれ違うが、普段通りの様子に少し腹が立った。

 みんな、心配じゃないのか。

 それとも軍とはそういうところなのか。もし、自分もそうなったら誰も探しに来ないのではないのか。今まで、僕だけがMSを動かせるからと、同胞を殺してみんなを守って来たのに…。

 底冷えする思いが湧き上るのを否定するように頭をふった。

 ふと視線の先に、ござを敷いてセロとともに昼寝をしているディアスがいた。キラはそこに向かった。

 「…いいんですか、本当に探しに行かなくて。」

 少しばかりの非難をこめた口調でキラは聞く。

 「聞いているだろう?後々、脱走とみなされてしまうかもしれないから、捜索は出せないって。少尉が自分で戻って来るのを待つしかないだろう。」

 ディアスは目を閉じたままキラに応じる。それを聞いたキラはムッとした顔になった。が、ディアスは構わず続けた。

 「それに、もし捜索に行ったとして連れて帰るのか、本人が嫌がっても?」

 その言葉にキラは息を呑んだ。

 その様子を見ながら、ディアスは起き上がる。それに気づいたのかセロも起き、目いっぱいの体を伸ばし、そして頭をフルフル振らす。

 「まあ、俺たちにできるのはここを守ることだ。」

 その言葉に「え?」と疑問に思っているキラの肩にポンと手を置く。

 「帰る場所がなくったら、帰るに帰れなくなるだろ?」

 その表情に笑みが浮かんでいた。

 

 

 「長いな…。」

 クリーガーのコクピットからアークエンジェルへ通信を開くが駄目だった。おそらく向こうもキャッチできていないはずだ。なんとか、戻る方法を考えなければいけないが、あれから何度か声をかけたが、いっこうに出てくる気配がない。

 「まったく、ヒロも強情だったが、あの子もなかなかの強情だな。」

 ルドルフは溜息をついた。

 「ルドルフ、僕が強情だったてどういうこと?」

 「強情だっただろ?俺を殴るし~。」

 「それは、ルドルフが殴って来たからだろ!?」

 『…なあ、ちょっといいか?』

 そんな時、ジーニアスがピープ音を鳴らす。

 「どうしたの?」

 ヒロは何事か尋ねる。

 『バッテリー切れということは、中の冷房装置って使えないだろう?いくら乾燥地帯とはいえ、狭いコクピットで中は閉めきっているから…。』

 ジーニアスの懸念の言葉にルドルフとヒロは顔を合わせハッとし、あわててヒロは[トゥルビオン]のハッチへ、ルドルフはクリーガーやヒンメルストライダーから水や救急箱を取りに向かった。

 「ルキナ!」

 ヒロはハッチを開け、ルキナを呼びかける。コクピット内からはモワッとした熱気が来た。

 「…大丈夫…。」

 ルキナはヒロの呼びかけには応じるが、ぐったりとしていて顔は蒼白だった。

 ジーニアスの不安が的中した。

 「ルドルフ!」

 「はやく、涼しい日陰へ!」

 ルドルフに言われ、ヒロは急いで岩場の日陰までルキナを担いで運んだ。

 ルドルフがシートを何枚か重ねえ寝させられるようにしていて、冷たい水でタオルを濡らしていた。

 「足を高くして寝かせるんだ。水で濡らしたタオルを首筋や脇にあてるんだ。水分は…飲めるか?」

 ルドルフの指示にしたがってヒロは応急処置を行う。ルドルフが経口補水液を持ってルキナに聞く。ルキナも軽くうなずき、口に含む。

 まだ日差しは自分たちの真上にあり、照らしつけていた。

 

 

 

 

 夕方となり、日も地平線の近くまで降りはじめ、橙色を帯びてきた。

 しかし、アークエンジェルにもアンヴァルの野営地にも連絡は来なかった。

 ユリシーズは谷の入り口近くにあるちょうど椅子にできそうな岩に腰をかけ、[トゥルビオン]とクリーガーが飛び立っていた方角をずっと見ていた。

 「そこで待ち続けていても、帰ってこないぞ。」

 そこへ後ろから声をかけられる。アレウスであった。その表情は険しかった。その理由は明白だった。

 「…あんまり怒るなよ。彼らだって知らなかったんだから。」

 ユリシーズは苦笑いした。

 「その知らないということが問題だ!それが今回の事を招いたのだろう。そして、今の戦争の図式もそうだろう!?」

 だが、アレウスは強い口調で返した。

 「アレウス…。確かに知らないことで悪い結果をもたらすことは多くある。けど、『全知』の人間にはいない。知らないと知って、そこから知ることもできるしその先を学ぶことができる。それに、中途半端な知識はなんたら~ていうのもあるだろう?」

 「中途半端に得た知識など、それは『真に知った』と言うことではない!」

 アレウスはなおも下がらない。

 「とは言っても、ここで怒ってもしゃあないだろう?この件はラミアス艦長に委ねたんだから…。まあ、俺の無知が今知ったのは、『ここで待っていても確かにルキナが帰ってくるわけではない。』、かな。まあ、気休めだ。」

 ユリシーズは立ち上がり、肩を竦め、谷底の奥へと歩いていった。

 その後ろ姿をみながらアレウスはユリシーズがずっと見ていた方角へ目を向けた。

 ただ知らなかったことも、知ろうとしなかったことも…それがどれほどの罪か。そして、知った気になって、実は何も知ることができていないことも、だ。この世界の大半はそんな人間ばかりだ。そして、どこかで完全に消し去らなければならないにも関わらず、歪んだまま繕い続ける。本当に、愚かな者ばかりだ。

 握りしめられたその拳には自然と力が入っていた

 

 

 

 夜になり、空に星が出始める。

 通信は相変わらずで、もう夜になるため、下手に動かない方がいいと判断し、救難信号を出し、ここで夜を明かすことにした。

 ルキナも顔色がよくなってはいたが、油断はできない。熱中症は回復したつもりでも体に影響が残っていれば再発する恐れもあるし、体の抵抗力も弱っている。今も横になって休んでいて寝息を立てている。

ヒロとルドルフはたき火を間に向かい合って腰を下ろしていた。足元には非常用の食糧パックと湯気がたっているカップを置いていた。

 ヒロはカップを持った。スープの温かさが手のひらから体へと感じる。

 「…どうした、ずっと口にしないで手に持っているだけで?」

 「うん、温かくて。でも、不思議だな…、昼間はあんなに気温が高かったのに…。」

 そして、空の星が明るくても、自分たちのたき火の明かり以外あたりは真っ暗だ。

 この中を砂丘のなかを歩いても、自分がどこを歩いているのかも分からなくなってしまって、人がいないこのどこまでも続いて果てなく感じる砂漠から永遠に1人取り残されてしまうのではないだろうか。

 「そうだな。日が出れば暑いが、夜は寒い。人が生きるの必要な水も少ないし、作物も育ちにくい。かといってようやく水が流れる川を見つければ、山脈の雪解けや気候の気まぐれで洪水をおこす。こんな過酷な環境の自然の中にいると、とてもじゃないが『自然に帰れ』とか『自然を保護しよう』なんて上から目線で言えないさ。」

 「…そうだね。」

 ルドルフの言葉にヒロは思わず苦笑した。

 ヒロ自身も砂漠ではないが自然のなかで暮らしていたからこそ、自然は時に自分たちに牙をむくことは身に染みていた。

 「とは言っても、そんな土地でも工夫して暮らしている人間たちはいる。人はそうやって積み重ねて生きてきた。知恵を絞ってな…。」

 そう言いながら、ルドルフは食糧パックの袋を破る。

 そうだ。この砂漠の中でも、人はその脆弱な肉体でも必死に生きてきた。自分のできる限りの力を振り絞って。

 「…コーディネイターって何だろう。」

 ヒロはカップの方に目を向けたままぽつりと呟いた。

 「遺伝子を人為的に操作して産まれた者、と言うけれど…。」

 今まで何度か考えたことはあった。なんでコーディネイターとナチュラルは憎しみ合うのか、一緒に暮らすこともできるのに。遺伝子操作が違法だから?優れた運動能力や優秀や頭脳をもっているから?でも、コーディネイターが持っているのはその素質であって、ちゃんと学んだり練習したりしなければその能力は得られない。こうして生きている。悲しいことも嬉しいことも心から感じる。それとも、その感情もナチュラルと違うのか。今回の事でこのことが大きな重みを増していた。

 「人の夢や希望だったから、それに可能性があったからじゃないの?」

 プラントで聞いたコーディネイターという本当の意味。そしてくじら石の存在によって遠くに行きたいという人々の願い。夢想家と言われてしまうかもしれないが、そう思いたかった。それはどこかで、そうあってほしいという自分の願望もあった。

 ヒロはルドルフに顔を向け、問いかけるように見つめた。ルドルフもまた食べる手を止めヒロの顔を見る。その眼は、ヒロの問いの意味を探っているようであった。ヒロもまた視線を外さない。

 短い沈黙が2人に流れたあと、ルドルフが口を開いた。

 「…夢や希望か。」

 そうつぶやいた後、星空を見上げ、静かな声で話しはじめた。

 「親や祖父の代の人間から聞いた話だが…、俺たちが産まれる以前、C.E.以前の世の中は酷くてな…。地球資源が急速に不足して環境汚染も酷くて、それから守るがためにやれ民族だ、宗教だ。あの民族を殺せ、あの国は悪の国家だ、と戦争やテロがひどくなってな…。さらにS型インフルエンザが世界的に流行して、道を歩けばそこに人の死体が転がっている、しかも、その死を弔う祭儀もなく…な。そんな酷い世の中だった。文字通り世界は地獄を見ていた。ファーストコーディネイター、ジョージ・グレンが生み出されたのもそんな時代の中だ。彼を生み出した科学者っていうのは、それを目の当たりにしたからこそ彼に夢や光を見たかったんじゃないのか?『これが人の世界の終りなのか。我々にはまだ可能性が残っているのではないか。その先に道は果てしなくあるのではないか』ってね。」

 そして、ルドルフはショートブレットの食糧を口にし、スープも口に流し込んだ。

 「けど、夢や希望っていうのは同じでもそれを叶えるための道筋っていうのは人によって違う。ブルーコスモスもそうだ。パトロンの真の意図は知らないが、出発地点はそんな地獄の世界を人の手で汚してしまった地球を平和な美しい星に再生したい。まだ世界は終わりではないのかというな…。」

 その話をするルドルフの顔がどこか寂しげだった。

 「それって、悲しいね。元は同じように夢や希望を見たかったのに…。」

 今の情勢をみてわかるように、ブルーコスモスは夢や希望を託した者をすべて否定し、その存在を排除しようとしているし、夢や希望を託された側もその願いを忘れている。

 では…、自分はどうなのだろうか。

 「ルドルフ…、僕の、本当の両親…知っている?」

 今まで誰にも言えなかったことをルドルフに聞いた。

 「どうして、そんなことを聞くんだ。」

 「どうして、僕をコーディネイターにしたのかなって…。」

 そもそもなぜ両親は自分をなぜコーディネイターにしたのか、ずっと疑問に思っていたことだが、知りたくなかった部分も持っていた。そのことで自分を捨てたんではないか、と思うこともあったからだ。もしかしたら、いつかは…という不安とともに。

 ルドルフはカップを口元へ運ぶ。

 「おまえの…両親の事は知らない。だから、なんでコーディネイターにしたのかは知らない。けど…。」

 「けど?」

 「命の危険にさらされたお前を助けたヤツのことは知っている。」

 「え?」

 いきなりの思いがけない言葉にヒロは驚いた。

 命の危険っていつの話だ?まったく記憶がない。

 「ずっとお前が小さいとき…さ。本当に幼い時だ。それを助けたのが、ユル・アティラス。傭兵だ。白き狼って異名を持っていてね。ヴァイスウルフはそこからとっているんだ。俺にとっては…弟子みたいなものかな。」

 いきなり何を話すのかと思いながらもヒロは耳を傾ける。

 「あいつは自分の境遇のせいか、殺戮とか逸脱した依頼以外は何でも引き受けた。子どもからの小さなものから報酬にならないようなこともな。『何かを守りたい』ていう思いが強くてな。依頼者がもこの世にいなくても、その依頼が完了した後でも、もしその依頼対象に身の危険があったら、助けに行っていた。他の同業者から愚か者と言われることもあったが、あいつはその信念を曲げなかった。そこまで、とは行かなくても、そんな信念を自分の意志をはっきりと持って戦うものたちでいてほしい。そして、自分の心のままでに戦ってほしい。それが不可能だと、仕方ないと言って自分の思いを自分で裏切るようなことはしないでほしい。だから…この傭兵部隊にヴァイスウルフってつけたんだ。」

 ルドルフの口元に笑みが浮かんでいた。なにか自分が尋ねたことから脱線しているようにヒロは感じたが、ルドルフは続ける。

 「そういうヤツにお前は助けられたんだ。お前の両親は、なによりもお前を大切にしていた。だから、あいつは…ユルはお前を守ったんだ。」

 ヒロは「あっ」と合点がいった。

 「だから、どんな理由があろうともそれだけは忘れるな、ヒロ。」

 ルドルフはふたたびスープを口に運んだ。

 ヒロもまた視線をカップに移した。

 思わず笑みがこぼれる。それをごまかすように一気にスープを飲みほした。

 喉から胃へ、胃から全身へ、暖かくなっていくのを感じた。

 

 

 

 サイーブは1人、司令室で地図を広げながらレセップス突破作戦を考えていた。現在話し合うことができなくても、敵はこっちの事情は汲んでくれない。

 「サイーブ、聞きたいことがあるんだが…。」

 そこへカガリが司令室に入って来た。そして、壁の方に向かい電熱器に置かれているポッドを取り、コーヒーをカップに2つ注ぐ。

 「サイーブは知っていたのか?ほら、あの時…。」

 カガリはサイーブにカップを渡しながら聞いた。

 「知っているというか、話には聞いていた、という方が正しいかもな。」

 サイーブはカガリを見やる。おそらくカガリはそのことで何か知りたいのだろう。しかし下手に他人の、しかも人から聞いた話をするのはあまりよくないと思いながらも、彼女の性分から考えると無理だろうと考え、嘆息した。

 「何年もまえになるのだが、俺が大学でまだ教鞭をとっていたときに、その大学の教授に会いにヴェンツェル・セルヴィウスが訪れに来たんだ。アウグスト・セルヴィウスのことを聞いている身として、あの男の息子がどんな奴なのか一目拝んでやろうという気持ちもあって、向かったんだが…。結局すれ違いで会えなかった。その後、教授から何度も彼の話を聞いているうちにちゃんと会いたいとは思うようになってな。また教授に会うときに、取り付けるたんだがな…。」

 「けど?」

 急にサイーブが言葉を濁し始めたので、カガリは訝しんだ。そして、この後続けてくれたサイーブの話にカガリは言葉を失った。

 

 

 

 砂漠の静けさの中、たき火がパチッと音を立てる。

 ヒロは上を仰ぎ星空を見ている。

 ルドルフと交代で見張りをすることになったが、なにかレーダーに引っかかったら、ジーニアスが感知できるように繋いでいるので、さして見張りとしての役目はない。

 「…いいかしら。」

 そこにヒロの横に座る人影があった。ルキナであった。

 「…大丈夫だよ。」

 ヒロはスープ缶を開け、中身をフライパンに注ぎ温める。

 ルキナもまた星空を見上げる。

 「…きれいね。」

 「うん。」

 地上に降り立ってからこうやってゆっくりする時間もなかったせいか、瞬いて見える星が一層きれいに感じる。

 ちょうど温まったスープをカップに移し、ルキナに渡した。そして今度は自分の分を温めはじめる。

 そして、ヒロもふたたび星空を見上げ、北の方向を指さした。

 「大きな柄杓の形をした7つの星が北斗七星。そして先端の2つの星の間隔を口が開いている方向に5つ延長すると北極星。…だから、あの星が北極星かな。そうでしょ?」

 「ええ。」

 ルキナはその質問に戸惑いながら答える。一度天体のことを学べば知っていることだし、ここでなくても星の見える場所に行けば、ちゃんと見ることはできる。それに対し、ヒロは本当に北斗七星を見たことも北極星を見つけたことにも素直に喜んでいるようだった。

 「初めて見たよ、南半球に住んでいたから。」

 「…だから。」

 いきなりの事で驚いたが、すぐに納得した。たしかに南半球では南極に近ければ近いほど北の星は見えない。

 「やっぱり、南半球は違うの?」

 「うん。星の回転が逆だし、南半球では天の南極が探しにくいからね。北極はこんなに明るいのに…。でも、昔の人はこうやって星を見て暗い中でも道が進めたんだね…。すごいよね、本当に。」

 「ええ、そうね…。」

 ヒロの言葉に頷きながらも、ルキナの笑みは硬かった。そして、表情が暗く陰り、顔を俯いた。

 「ルキナ?」

 それに気づいたヒロは声をかける。が、彼女は黙ったままだった。

 「まだ具合、悪いの?少し、横に…。」

 いたわるような顔でヒロは尋ねるが、ルキナはただ首を横に振った。

 「…ごめんね。」

 そして、小さくなんとか絞り出すような声を出した。

 「え?」

 その言葉にヒロは訝しんだ。

 「私のこと、ハーフだってこと。…今まで、黙っていて。それに、私のせいでこんなことに…。」

 自分のことを今まで言えなかった。怖かったからだ。だから逃げ出した。逃げてはいけないのに…。

 本当は、戻りたかった。ヒロの言った通り、このままでは大事になるのも確かだ。もし、それでアンヴァル隊がなくなったら…。それももっと怖かった。また前に配属された所に戻りたくない。もうモノとしてみられ、モノのように扱われるのはイヤだ。そうやって頭ではわかっているのに…。

 「私は、生まれてきてよかったのかな…。」

 ルキナは暗い声で呟いた。彼に聞いてもどうしようもないのに…。ナチュラルでもコーディネイターでもない自分。その度にどちらからも差別を受けた。そのために母も父も苦しめてしまった。そして、今はみんなに迷惑をかけている。なら、いっそのこと…。

 「それは…。」

 しかし、ヒロは言葉が続かなかった。

 俯いていて表情はわからないが、体を震わせていた。

 「…ごめんね。」

 ふたたび、絞り出すような声でルキナは言った。

 それは何を謝っているのだろうか。自分の正体を隠していたことか。嘘偽って周りといたことか。1人勝手に逃げたことか。答えに困るようなことを聞いてしまったからか。…それとも、いまこうして謝ることで自分から他人から逃れることか。

 ルキナ自身もわからなかった。

 何とか堪えようとしていた涙が頬をつたう。それがきっかけとなり、堰を切ったように泣き咽ぶ。

 ヒロは彼女の嗚咽の声を聞きながらも、何も声をかけることができない自分にもどかしく感じた。だが、何を言っても気休めにしかならない。自分ができるのは、ただこうしてそばにいることだけだった。

 

 

 

 空が白み始める頃、バクゥ戦術偵察タイプが砂漠を駆ける。

 ザフトの支配圏になったとはいえ、レーダーがきかない今、この砂漠で何が起こるか分からない。ましてや、地球軍の戦艦がここに降下したとなれば、である。

 「ん?」

 救難信号をキャッチし、パイロットは不審に思った。

 いったい、なんでこんなところで?広い砂漠ゆえに遭難したのがいるのか、もしくは罠か。

 ぎりぎりまで近づき、それを確認する。

 それを見たパイロットは機種を特定する。

 パイロットはハッと驚く。

 これは…。

 パイロットは友軍の輸送機に連絡を入れた。

 

 

 

 地平線の先までも広がっているような感覚になる広大な砂の海に1機の輸送機と数機のMSがいた。

 その中に見慣れぬMSが2機いた。そのうち1機はグレー、ダークグレーに配色され、いままでのMSとはまったく違う形状で重装の感じが見受けられる。そして脚部は今までのとは違い太みがある。

 そしてもう1機。全体的にダークブルーにペイントされていて、頭部はヘルメットを下部たような形状はジンに似ているが、後ろに伸びるとさか状のセンサーアイはジンより少し短く前方に伸びている。肩部はなにかとげとげしくなっている。

 いま1人の兵士が、その前に立っている40過ぎの男と20代の若い男にバクゥ戦術偵察タイプからもたらされた情報を報告しに来た。

 「ブライスさん、ベタンクール隊長代理!偵察から報告が…!」

 兵士の慌ただしい様子に、ブライス、マシューは訝しんだ。

 

 

 




やばい最長になってしまった。(汗)

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