1週間以上と言っていましたが、2週間空けてしまいました(汗)
冬の時期といえども、砂漠の日差しはそんなことも感じさせなく明るく照らし、どこまで広がる青々とした空であった。
その陽射しの下では、人々が行き交い、市場などが並び賑わいを見せていた。
街の名はバナディーヤ。
タッシルより東にある「砂漠の虎」の駐屯地であった。
「おい、なにボケっとしてんだ!一応、護衛なんだろ。」
その活気ある様子をぼうっと見ていたキラはカガリに声をかけられ振り返る。
この街に来たのには、目的があった。
先日の一件で、多くの難民をかかえ、戦闘で消耗した物資の補給のために来ていた。
その補給は2つに分け、日用品を揃えるためにこの街に土地勘のあるカガリと手伝いとしてルキナ、そして護衛にキラとヒロがつき、サイーブやキサカ、ナタルなどの面々は表では買えないものを調達することとなった。
「けど…、本当にここが「虎」の本拠地なの?ずいぶんと賑やかなんけど…。」
ルキナはカガリにささやく。
キラもちょうど同じことを思っていた。
「虎」の本拠地であるということは、ここは支配下にあるということだ。しかし、表立っての抑圧は見受けられない。
「…ついてこい。」
カガリに言われ、雑踏を掻き分け角を曲がると、さきほどまでの賑やかな街並みと変わって、地面がえぐられたような大きな爆撃の跡があった。
そして、その先にこの街並みに似つかわしくない巨大な艦が鎮座していた。
「平和そうに見えたって、そんなものは見せかけだ。これが現実だ。…あれが、この街の本当の支配者だ。逆らう者は容赦なく消される。だから、私たちは戦う。」
ならば、逆らわなければいいのではないか?そうでなかったら、あんなふうに命を落とすことなどなかったのに。
キラはこの光景をみて、カガリの言葉を聞き、そう思った。
「ところで…、ちょっと気になることが…。」
「ん?どうしたんだ?」
ルキナが何か困ったような顔をしていた。キラとカガリは振り返り、カガリが聞いた。
「ヒロがいないんだけど…。」
その言葉に2人はハッとし、あたりを見回す。
たしかにヒロの姿がそこにはなかった。
にぎやかな市場のなか、ヒロはポツンとしていた。
どこを見渡しても、周りに見慣れた姿はなく、困り果てていた。
手に持っていたジーニアスもビープ音を鳴らしながら、やれやれといった感じであった。
「…迷子になった。」
ヒロはがっくりと肩を落とした。
「さきほどの報告ではクラーセン大尉がこちらに戻ってまいります。あと数日後ぐらいでしょう。」
「うむ。」
フェルナンがチェスの盤を見つつ、対局者のアウグストに話す。
アウグストは一手を打ちながら、答える。
アンヴァルは自分たちが駐屯している基地からある程度の物資を輸送し補給する手段にでた。
が、それにはいくつか問題がある。地中海はある潜水艦に頼めばいいが、ここまでの陸路である。また、基地にはない物資もある。それをどこで得るかである。
そこでアウグストはタチアナに基地に戻らせるのと同時に途中この北アフリカのある地域にいる人物に会うように指示を出した。
「しかし、ラミアス艦長も思い切ったことをしますね。…我々も人のことを言えたわけではありませんが。」
フェルナンがチェスの次の一手を考えながら、別の話題に変えた。
知りたいこともあるが、無用な詮索は控えようと思ったからである。
「思い切ったも何も、彼が艦を離れても他にも艦を守るパイロットはいる。…それだけだ。」
アウグストはフェルナンの一手を待ちながら、ブランデーを口に含む。
「第一、セルヴィウス少尉の外出も軍医のスアレム先生からも了解をとっているのだろう?」
「え、ええ。」
フェルナンは答え、チェスの駒を動かす。
「…ヘリオポリスの件も、だろう?」
アウグストの言葉にフェルナンは一瞬ドキッとしたが、さっきルキナをわざわざ階級で呼んだことからもあり、彼はあくまで部隊の最高司令官と部隊の一員として聞いているのがわかる。
「…はい。」
フェルナンは短く答え、あの時のことを想起した。
アンヴァルは、ヘファイストス社とともにMS開発に乗り出していた。
それは、ユーラシアの上層部に進言しても却下されるであろうということ(実際、再三進言したモーガンが厄介払いされている)とアンヴァル創設の真の目的を鑑みれば、あまり大っぴらにできるものでもなかった。
が、大西洋連邦やオーブのように開発は見事に行き詰った。
そんな折、その2国が(正確にはオーブは一部の者たちが)協力してMS開発および運用母艦の開発をしていて、もうすぐロールアウトされるという話が舞い込んだ。
しかも機体性能はザフトのMSよりもはるかに凌駕しているというものだった。
なんとか、データを手に入れることができないと考え、紆余曲折あってルキナとギースがヘファイストス社の社員という形で潜入するという方法になった。
結果として、MSはザフトに奪取されてしまい、データをそこで得る機会も失ったが、プラントに潜入させている情報員から奪取したMSのデータを得ることができたので、結果としては成功とはいえよう。
「…まったく、まだ若いのに戦争に浮かれやがって。ロクな人生送れんぞ…。」
低くつぶやいたアウグストの言葉は、苛立ちを含みながらも寂しげだった。
フェルナンはちらりと彼を見た後、視線を盤に移した。
岩山の上をカスタマイズされたジンが歩いている。
続いてスラスターを吹かせ、前かがみになり滑るように進む。
地球に降下後の戦闘で調子を悪くしたジンの修理が終わったのだ。
一連の動作を終え、フォルテはコクピットより出てきた。
「問題はない?」
下でフィオが尋ねる。
「ああ、問題ない。ようやっと仕事ができるぜ。」
「よしっ、こっちはこれで片付いたわ。後は…。」
1つ荷が下りてフィオはホッとした。
「そっちの方も終わりそうなのか?」
フォルテはクリーガーの方を見上げながら、フィオに聞いた。
ずっと、狭い谷底やアークエンジェルの格納庫での作業では息が詰まると、こうして出して広い場所で調整を行っている。
しかし…、とフォルテは見回した。
ここにいることをいいことに他の用事のない面々が来ているような気がする。
近くでは、オーティスがコーヒー器具を持ち出して飲んでいるし、ルドルフはなぜかクリーガーのコクピットで昼寝している。
少しはザフトの偵察を警戒してほしいものだが…。
「ええ、後は試験できればいいんだけど…。というか、ルドルフさん!そこ、昼寝する場所じゃないんだから、別の場所で昼寝してください!」
フィオは大声で昼寝をしているルドルフに叫んだ。
「んなぁ?…わかった、わかった。今、降りるから。」
ルドルフはやれやれと起き上がり、ケーブルから降りてきた。
「まったく、MSのコクピットは昼寝する場所じゃないですよ。というか、ルドルフさん、興味あるんですか?」
「まあ、ルドルフのおっさんも乗れそうだな…、MS。」
フィオの言葉にフォルテは苦笑いした。
ほとんどの人間がMSはコーディネイターしか乗れないと思っている。
フォルテは、最初のMSの開発に関わった彼だからこそ、それは正しい認識ではないと思っている。
高い運動性や機動性等を求められてできたMSはその複雑さがゆえ、操縦者の卓抜した反射神経を要求される。それがコーディネイターの能力ならなんとかなろうと生産・実戦投入された。つまり、コーディネイターでもそれらの能力に満たさなければいけない。逆を言えば、ナチュラルでも操縦可能である。
とはいえ、生み出されたのがコーディネイター社会の中であるため、そんなのは冗談と受け止められてきたし、フォルテ自身もあまり思っていなかったが、実際、シグルドに会って動かされた時は驚かされた。
そのためか、別にMSにナチュラルが乗れても何の不思議にも感じない。
「嫌だよ、俺は。こんな面倒なのは。MAや戦闘機に乗る方がいいわい。」
ルドルフはイヤイヤな顔をし、その場を後にした。
ちょうどその時ミレーユがやって来た。
「あら、どこかお出かけですか?」
「ちょっくら、バナディーヤに行ってくる。」
「それでしたら、アバンも連れて行ったらどうです?ものすごく行きたがっていましたよ。」
「嫌だね。あいつ連れて行ったら、俺の財布、破たんさせられる。そうだな…、ドネル・ケバブのうまい店に行ってくるから、なんかあったら連絡くれ。」
そう言い、ルドルフはそそくさと行ってしまった。
そのアバンはというと…。
「はぁ~、なんで俺は留守番なんだ。」
アバンは盛大なる溜息をついていた。
「わかるぜ。俺もできることならパアってしたかったぜ。ずっと外に出てないからなぁ。」
それに合わせるようにトールも溜息をつく。
「もう、トールまで…、キラたちは任務で行っているのよ。遊びに行ったんじゃないんだから。」
そんな2人にミリアリアが呆れながら窘めた。
ここ数日でアバンはヘリオポリスの学生の面々とすぐに打ち解け、こうしてよく共にいる。
「けどよ~。護衛の任務って、あいつらってそんなにケンカ強かったか?それに、アレのこともあるじゃないか。ヒロ、恥ずかしがって結局行かないんじゃないかと…。」
「ああ、アレね。」
トールもその言葉に昨日の出来事を思い出した。
「というわけで、教えてください。」
「…そんなこと言われても…。」
いきなりアバンに尋ねられ、トールとミリアリアは困った顔をした。
内容も内容だが、これは尋ねる人間が違うような…。
そもそもなんで自分たちに聞くのか。
隣ではヒロが本当に聞くのかという顔をしている。
「ねえ、アバン恥ずかしいから、もう…。」
「そんなこと言っていたらいつまでたっても一歩踏み出せないだろ?なっ、教えてくれよ?2人が一番の手本なんだから~。」
アバンはヒロがルキナにほのかな好意を寄せているが、一歩も前進ができないのを知り、もどかしく思ったアバンが勝手に押し進めたのである。
「そういわれると照れるなあ~。じゃあ、ここはいっちょぉ一肌脱ぎますか。」
「もうっ、すぐに調子に乗るんだから…。でも、どうしたらいいのかしらね?手料理とか?」
「いいねえ、手料理!ヒロ、作れるだろう?」
「まあ…。」
「じゃあ、試しということでわたしも…。」
「あああ!手料理だとインパクトないから別の方がいいじゃないか?」
ミリアリアの言葉にトールがあわてて別の案がないか提案した。
そんなふうにいろいろと思案していると、なにか人の気配がいたので振り返った。
そこに、面白そうな顔をして聞いているユリシーズがいた。
一同驚きびっくりした。
「なっ、なんでこんなところにいるんですか!?」
「いいじゃないか、そんなこと。それより聞いていると、なんか面白そうじゃないか。俺も手伝うよ。」
「え、でも…。」
「まあ、任せなさいって。ルキナの兄貴、マリウスとは昔からの友人だったんだから、その分知ってるのさ。そうだな…これはどうだ。誕生日プレゼントってのは?」
「え?」
「まあ、まだ1ヶ月先だけど、アラスカまでのルートを考えると2か月以上かかりそうだろ。その間にあいつの誕生日を迎えそうだからな。明日、パナディーヤ行くんだろう?今のうちに買っといて、誕生日が来たら渡すっていうのはどうかな?」
「それ、いいかも~。それなら、不自然でないし…。」
ユリシーズの提案にミリアリアが賛成する。
「よしっ、決まりだ。じゃあ、ガンバレよ、ヒロ。」
とまあ、なったのだが…。
その肝心のヒロはというと…。
「えーと…。ここは…。」
現在、迷子になってしまったヒロはあたりを見回した。
多くの店が並び賑やかなのだがどこも同じような感じで、本当に戻っているのかもわからない。
『せっかくだから昨日の要件をこの場で済ませれば?』
ジーニアスが面白半分に言う。
「まったく、他人事だと思って…。」
ヒロは呆れながら言った。
そもそも、一体どうして昨日あんなことになったのか。
そう思いながらとある店の前を横切ったその時、
「おおい!誰か、そこの泥棒捕まえてくれ!」
そこの店から大きな老人の声がした。
「はあ~。」
キラは疲れた顔でカフェの椅子にへたり込んだ。
向かいにはカガリ、右隣にルキナが座る。
「これでだいたい揃ったが、このフレイってヤツの注文は無茶だぞ。エリザリオの乳液だの化粧水だの、こんなところにあるもんか。」
「いくらここが一番大きい街でもないわよね…。」
反対にカガリとルキナは平気な顔であった。
2人の話に全然ついていけない…。
なんでもいいから早く終わってほしいと、キラは心の中で溜息をついた。
今回、任務だから仕方ないものの、女の買い物には付き合うべきではないと痛感した。自分たちでも持てそうなものでもすべてキラ1人に預けていく。
だが、少しは持ってほしいということも言えない。
こんな時にヒロがいないのを恨めしく思った。
ヒロといえば…。
「ねえ…、ヒロを探しに行かなくていいの?」
「そんなことやっていたら、買う時間がなくなるだろ?一応、買い物しながら店の人に聞いてみたんだが…あいつ、どこほっつき歩いてるんだ?」
カガリはムスッと答える。
「一応、待ち合わせの時間も場所も知っているけど…。」
ルキナも溜息をつく。
確かにこれだけの買い物、ヒロを探す時間に割いていたらもっと大変だっただろう。
なんか2人ともそっけない感じなのだが…、本当に心配しているのだろうか。
そうこう考えているうち、彼らの前にお茶と料理が並ばれていった。目の前の料理は、うすいパンにトマトやレタスなどの野菜、そしてこんがりと焼けた肉が挟まっていた。
「これは…?」
キラは珍しそうにその料理を見る。
ルキナの方は知っているのか、テーブルに置かれたソースをかけ、食べ始めた。
カガリがキラの疑問に答えた。
「ドネル・ケバブさ。見たことないか?垂直の串に肉を刺してあぶり焼きしていって外側から薄くそぎ落とすのさ。ここはこうしてパンに挟んで食べるのさ。」
「へ~。」
「パンと肉と野菜の絶妙さがいいのよ。ユーラシアでも結構食べられていて、独自の組み合わせで売られているのもあるわよ。」
ルキナも説明する。
だから彼女は知っているのか。
「まあ、こんな風に食べるスタイルはいわゆるファストフード感覚かな?」
そこへいきなり聞き馴れてはいるが、この場にはいないであろう声が聞こえ、一同驚きそちらへ見やる。
なんと、道路側の椅子にルドルフが座っていた。
彼もまたドネル・ケバブを食べていた。
「ル、ルドルフ!なんでこんなところに!?」
カガリが驚いた声を上げる。
「仕方ないだろ…。追い出されたんだから。買い物はすましたか?ヒロがいないようだが…。」
「ヒロはどこかではぐれたんだよ。」
「そうか。まあ、どこかで見つけられるだろう。で、ドネル・ケバブの説明中ではなかったのか。」
ルドルフは意に介さず、ケバブを食べている。
「そ、そうだ。それでこのチリソースをかけてだな…。」
気を取り直して、カガリがキラに説明を再開する。
しかし、ふたたびここで介入者が出てきた。
「あいや待った!」
その声にふたたび目を向ける。
「ケバブにチリソースなんて何を言ってるんだ、キミは!ここはヨーグルトソースをかけるのが常識だろうが!」
この場に似つかわしくないアロハシャツにカンカン帽、そしてサングラをかけたその男はいきなり力説を始めた。
カガリが思わず「はあ?」と聞き返すが、その男は構わず続ける。
「いや常識というよりも、もっとこう…、そう!ヨーグルトソースをかけないなんて、この料理に対する冒涜に等しい!」
「…なんなんだ、おまえは。」
カガリは呆れながらチリソースをドネル・ケバブにかける。
それを見た男は悲痛な「ああっ!」と悲痛な声を上げる。
「見ず知らずの男に、私の食べ方をとやかく言われる筋合いはない!」
そして見せつけるようにドネル・ケバブを頬張った。
「あーっ、うっまーい!」
「ああ、なんという…。」
男は打ちひしがれていた。
しかし、お互い大人げない低次元の論争であった。
ルドルフもルキナも自分は関係ないとばかりに食べていた。
まあ、そうである。
もう彼らは食べているからどちらからもソースについて言われないだろう。
が、問題はキラ自身だ。
2人とも図ったようなタイミングでキラを見た。
「ほら、お前も。」
「ああ、待ちたまえ!彼まで邪道に堕とす気か!?」
「なにを言う!ケバブにはチリソースだ。」
「いいや、ヨーグルトだ。ヨーグルト以外、考えられない!」
互いがキラの皿の上で容器を握り引こうとしない。そして、そのまま、二種類のソースがケバブの上にぶちまかれた。
「ああっ…。」
「………。」
ばつが悪そうにカガリと男はキラを見た。
「いや…悪かったね。」
男は別のテーブルから椅子を持ってきて、その場に座った。
「なんで、ここに座るんだよ!」
「いいじゃないか。」
「狭いだろう、もう少しどけようか。」
「ルドルフ!」
カガリとその男のやり取りを聞きながら、キラはケバブを頬張る。
「いや…ミックスもなかなか…。」
とはいえ、ソースの味しかしない。
結局、先ほどルキナが言っていた絶妙さが分からずじまいになってしまった。
「しかし、すごい買い物だねえ、パーティでもするの?」
男が買い物袋をのぞき込む。
ふたたびカガリが噛みついた。
「うるさいな~!よけいなお世話だ!だいたいおまえ、さっきからなんなんだ?誰もおまえなんか招待してないぞ!」
「まあまあ…。」
男はカガリをなだめたが、ふと外に目を向けた。
同時にキラも身構え、ルドルフもケバブを口に含みながらゆらりと立ち上がる。
彼らの様子にルキナは訝しむが、その場に漂う緊張感を感じ取り、身構え始めた。
「それなのに勝手に座り込んで…。」
カガリはなおも文句を言い続け、その状況に気付いてなかった。
「伏せろ!」
アロハシャツの男が大声で叫び、立ち上がってテーブルを蹴り上げた。
ルドルフは椅子から離れ前かがみに向かい、ルキナはその場にかがむ。
カガリはいきなりテーブルをひっくり返され驚き、テーブルに載っていたケバブやお茶が彼女に降りかかる。
キラは彼女を押さえるように伏せさせる。
すべては一瞬であった。
撃ちこまれたロケット弾がさく裂した。
襲って来る爆風や破片をテーブルに身をかがめてやりすごす。
「無事か!?」
爆風で帽子を吹き飛ばされてしまった男が拳銃を取りながら大声で尋ねる。
が、この男の声が聞こえにくい。
さっきの爆発音と今、行われている銃撃戦のせいだろう。店の外からマシンガンを連射しながら男たちが突入してくる。
「死ね、コーディネイター!
「青き清浄なる世界のために!」
襲撃者たちの怒号を聞き、カガリが「ブルーコスモスか!?」と目を見開く。
「まったく、ここで銃を撃つなら砂漠の緑化の方を考えてろよ。」
ケバブを口で頬張り愚痴を言いながら、ルドルフも拳銃を取り出す。
が、彼が撃つことはなかった。
さきほど店にいた客が彼らに応戦しているのだ。
「かまわん、すべて排除しろ!」
アロハシャツの男が彼らに命じる。
男たちは次々と襲撃者たちを倒していく。
その時、店の端にアロハシャツの男を狙っている男をキラの視界が捉えた。
思わず、キラはテーブルの陰から飛び出し、先ほど自分の足元に転がってきていた拳銃を掴んで、投げた。
その拳銃が襲撃者に当たり、狙っていた銃はあらぬ方向へ撃ってしまった。
その隙をついて、今度はルドルフが後ろからやってきてキラの肩をつかみ、わざと別の方向に向かせた。キラも一瞬だったことと、彼からの殺気にひるみ、別の方向へ向いてしまった。その間に、ルドルフは襲撃者に持っていた銃を撃った。
周りも銃声がやんでいて、あたりは硝煙の臭いが立ち込めている。
先ほどの男の方を見やると、すでに銃で撃たれ胴部を血まみれにし息絶えていた。
キラは一瞬、暗い顔になった。
「ふー、終わった…か。」
ルドルフは先ほどとは打って変わって腰をトントンしながらこちらに戻って来る。
「ん?おまえも普段やっていることだぞ?」
キラが暗い顔をしているのを気付き、彼に言葉を放つ。
「おい!ルキナ、大丈夫か!?」
カガリの声が聞こえてきた。
2人はそちらの方へ向けた。
見ると、頭からケバブソースを被ってしまったカガリだが、そんなことなど気にもせず、ルキナの方を心配している。ルキナは左上腕部を押さえている。
「だ、大丈夫。かすっただけ…。」
「どっかで手当てしなければいけないな…。」
ルドルフがなんとかこの場から立ち去ろうとあたりを見回し算段し始める。
その時、
「あらっ、アンディ。ずいぶん災難だったわね、大丈夫?」
柔らかい声がした。
見ると、金のメッシュが一房ずつ施された美しい黒髪をした女性がこちらにやってきた。
が、彼らはその女性の隣にいる別の人物の方に目がいった。
「「「ヒロ!」」」
ヒロも驚き、キラたちの方へ行く。
「みんな!…というか、なんでここにいるの?」
「それはこっちのセリフだ!一体、今までどこほっつき歩いていたんだ。聞いても手掛かりないし…。それにあの人は誰だ?こっちは大変だったんだぞ!」
カガリはヒロに大声で怒鳴る。
「いや、いろいろあって…。ってカガリ…。」
ヒロは笑い出しそうになった。
怒りつつもカガリは心配してくれてはいたのだろう。だが、ソースとお茶を頭から被り悲惨な格好になっている姿になっていて、そっちの方に目が行く。
「なに、笑っているんだ。」
カガリがムッとした。
一方、アンディと呼ばれたその男は女性の方にやって来る。
「アイシャ、君もやってくるとはな。ボクは無事さ。ただ彼らを巻き込ませてしまったようだ。」
その男はキラたちに目を向ける。
「隊長―!」
遅れて赤い髪の兵士がその男にやって来る。
隊長って、まさか…?
「アンドリュー・バルトフェルド…。」
カガリは小声でその名を口にした。
キラたちはその場から動けなかった。
「キラ君たちが戻らない!?」
マリューの声がブリッジに響き、当直のクルーたちが顔を上げた。サイも同様であった。
(ああ…、時間を過ぎても現れない。サイーブたちはそちらへ戻ったか?)
モニターではキサカが映っている。
「いいえ、まだよ。」
(市街では、ブルーコスモスのテロもあったようだ。)
キサカの報告に皆が驚愕した。
そこへミレーユがブリッジに入って来た。
「そのテロがあったところなのですが、ルドルフが行っています。…彼から連絡は?」
キサカに説明し尋ねる。
(いや、今のところない。が、もし彼らがルドルフさんと会っていれば、少しは安心できるのだが…。)
不安がうかがえる。
マリューは振り向いた。
「パル伍長!バジルール中尉を呼び出して。」
探したくても、人手が足りない。
ブリッジに緊張が走る中サイだけが別の感情も抱えていた。
そして、彼はそっと誰にも気づかれずにブリッジから抜け出した。
その知らせはアンヴァルに伝わった。
「…まずいな。」
「ああ、危ないかもしれないな。」
ユリシーズの言葉にパーシバルもまた同じ懸念を持っていた。
キラたちがブルーコスモスの標的にされたとは考えにくい。
あの街で彼らが狙うのは、おそらく『砂漠の虎』だろう。
もし、彼らがテロに巻き込まれ、偶然『砂漠の虎』に会っていたら…。
むしろ、そっちの方が問題であった。
しかし…、とユリシーズは思った。
さっきアレウスからルキナを行かせてもよかったのか、と言われたのだが…。
そもそも決めたのは司令だし自分に言われてもと思ったが、まあ、大丈夫だろうといってしまった。
このことを知ったらあとでアレウスが自分に心配と怒りをぶつけてくるかもと思い、なんとか言葉を探さなければと、ユリシーズは思った。
「あ、あの…ほんとうにいいですから。」
車に乗って豪勢なホテルに着いたキラは、遠慮しているように見せながら謝辞する。
ここは彼らにとって、敵地である。
なんとか、この場から離れようと模索し続ける。
「だめだめ!お茶を台無しにしてしまったのに、命まで助けてもらったんだよ?しかも、君の友達はアイシャの恩人なんだよ?このまま帰すわけにはいかないでしょ?」
バルトフェルドは彼らの様子に気付かぬ様子で、車から降りた。
続いて、アイシャも降りる。
どうやら、ヒロは迷子になって彷徨っているとき、偶然店から装飾品等を奪って逃げようとしていた強盗を撃退した。
その店はアイシャがよく通うお店だったらしい。
「いえ…僕も、大丈夫です。」
ヒロも焦りながら答える。
「いやいや、彼女も服もぐちゃぐちゃになっちゃったじゃないの。それに、この子もちゃんとした手当てが必要だからね。」
バルトフェルドはルキナの方へ見やる。
確かに、あの場で応急手当てしたとはいえ、戻るまで数時間かかる。
キラたちも黙ってしまった。
ここは腹をくくるしかなかった。
なんとか適当にやり過ごして立ち去ろうとみな目を合わせた。
「…私は大丈夫です。戻って手当てしてもらいますから。」
が、ルキナだけは頑として聞かない。
車から降りたと思ったら、ホテルとは反対方向へ行った。
「ルキナ!」
ヒロが彼女を止めようとしたが、その手を振り払われた。
「いいって、言っているでしょう!」
語気に押され、思わずヒロはたじろいだ。
しかし、その目には嫌悪ではなくどこかおびえている感じがした。
ヒロの様子に気づいたのかルキナもハッとし、静かに話した。
「本当に、たいしたことじゃないから…。」
「とは言っても、たいしたことない怪我もちゃんとしないと大事になる。…そうじゃないかい?」
そこへバルトフェルドがやって来た。
彼の指摘は当たっている。
ルキナは何も言わず、彼らとともにホテルへと向かった。
「ではアイシャ、よろしくな。」
「ええ。では、行きましょうか。」
ホテルに入り、しばらく進んだ後、バルトフェルドはアイシャに言うと、彼女はカガリとルキナの手を引いて別の部屋へと歩き出した。
キラとヒロは慌てて追いかけようとしたが、アイシャに制された。
「だめよ。すぐすむからアンディと待ってて。男の子は男の子同士、女の子は女の子同士。」
彼女は甘くしかる調子で言い、楽しそうに連れて行った。
「おーい、キミたちはこっちだ。」
バルトフェルドの呼ぶ声がした。
彼はすでに別の一室に入りかけていた。ルドルフもである。
2人は顔を合わせ、後ろ髪が引かれる思いでその部屋に入った。
「いや~、ボクはコーヒーにいささか自信があってね。まあ、かけたまえ。ゆっくりくつろいでくれよ。」
と言いながら、バルトフェルドはサイフォンをいじっている。
とはいっても部屋は、とても豪勢なものでとてもくつろげるような気分でなかった。
2人が気おくれしているにも関わらず、ルドルフはソファに座りくつろいでいる。
その時、この部屋に1人の若い男が入って来た。
「バルトフェルド隊長、狙われたと聞きましたよ。ダコスタ副官が嘆いていました。」
「オデル君か。いや~、ダコスタ君も困ったものだね。もうちょっと人生の楽しみ方を知った方がいいと思うのだが…。けど、この子たちに助けてもらったのさ。このとおりピンピンしているよ。」
「…そうですか。」
オデルは2人の方へ目を向けた。
ヒロは彼を見て驚いた。
一度、バイザー越しであったが、この人とは会ったことがある。
自分の正体がバレてしまう可能性が高かった。
「君も飲むかね、コーヒー?」
「…いただきます。」
「では、そこにソファにかけて待っててくれ。しかし、せっかくコーヒーの味のわかる人と出会えたのに君はもうすぐ本国へ戻ってしまうなんて、寂しいよ。」
「仕方ないことです。本国からの命令であれば。」
オデルは微笑みながらソファに座る。
その様子を見ていたヒロはばれてないと思い、内心ホッとした。
「ほら、君たちも座っていいよ。」
バルトフェルドがキラたちにも促す。
ヒロは座ろうとキラの方を見たとき、キラが暖炉のマントルピースの上に置かれたものを見つめているのを気付き、そちらに向かった。
それは見たことがあるもので、おそらくそれはレプリカだろう。
「
背後からバルトフェルドの声がかかった。
手にはカップを2つ持っていた。
すでにコーヒーが淹れられていてソファではオデルとルドルフがコーヒーをすすっている。
「いいえ。」
キラは首を振った。
「…1度だけ。」
ヒロは初めて見たときのことを思い出しながら答えた。
「…そうか。ところで、どうだい、コーヒーの味は?」
バルトフェルドに言われキラはコーヒーに口をつけた。
ヒロも思いとどまったあと、腹をくくり飲んだ。
2人ともあまりいい表情をしなかった。
ヒロはルドルフとオデルの方へ視線を向ける。彼らは平然と飲んでいた。
「ふむ、君たちにはまだわからないようだったな、オトナの味は。」
バルトフェルドは自分のカップを取りに行き、ソファに座り淹れたコーヒーをすすり、悦に入った。
「さあて、どれにしようかしら…。ねえ、あなたならどれがいいと思うかしら?」
アイシャは広げたいくつかのドレスを思案しながら、すでに手当てを受け、椅子に座っているルキナに尋ねる。
ケバブで汚れてしまったカガリの服の代わりを選んでいる最中だった。
「え、ええ…。」
ルキナは困りながら、答えを探すが、頭では別の事を考えていた。
結局、言葉に甘えここで手当てを受けてしまった。
しかし、彼女は本当に大丈夫か不安だった。
もし、彼らに自分のことが知れるようだったら…。
そう考えているうち、ふと目の前に気配を感じそちらに向けると、目の前にアイシャがいた。
ルキナは驚いてしまったが、アイシャはなにか意味を含むようなにっこりとした笑顔を向けた。
「まあ、楽しくもやっかいな存在だよねぇ、これも。」
「やっかい…ですか?」
コーヒーをすすりながら放ったバルトフェルドの言葉にキラが尋ねる。
「そりゃあそうでしょ。こんなもの見つけちゃったから、希望っていうか、可能性を信じるようになっちゃたわけだし…。『人は、まだ…先に行ける』とね。…この戦争の、いちばんの根っこにあるものさ。」
ジョージ・グレンの告白、そして01の発見によって世界は衝撃を受けた。それと宇宙ビジネスが活発になっていったのを契機にコーディネイターを寛容する風潮へとなっていった。これが第1次コーディネイターブームである。しかし、その空気もその中でコーディネイター達が成長すると一変する。彼らもまたジョージ・グレンと同様、様々な分野で活躍を見せていき、遺伝子を最適化されていない人々、ナチュラルとの差は歴然となった。それを受けて、次第にコーディネイターへの批判が強まり、迫害・排斥へとなっていった。
その先を照らす存在が、その証明が「己」と「そうでない者」という対立を生みだしたという皮肉な結果となってしまった。
その時、コンコンと控えめなノックが聞こえ、彼らはそちらの方へ振り向いた。
ドアが開き、アイシャが入ってくる。アイシャの後ろにカガリがいるようなのだが、隠れていてよく姿が見えない。
「ああ、ほら。」
アイシャは隠れているカガリを前に押し出した。
その姿にキラやヒロはポカンと口を開け、バルトフェルドたちは「ほーう。」と感嘆していた。
先ほどの私服とは違い、カガリは髪を結い、ドレスに身を包んでいる。
「おんな…の子…。」
その姿に思わずキラは呟くと、カガリはかっとなった。
「てっめえ!」
キラはあわてて弁解する。
「いやっ…!『だったんだよね』って言おうとしただけで…。」
「同じだろうが、それじゃ!」
キラはしゅんとなった。
「あらあら、こっちはなに隠れてるの?」
「いえ…、そんな。」
アイシャが気付き、ドアの外へ向かう。
ルキナの声が聞こえるのだが、なかなか彼女が姿をあらわそうとしない。
「恥ずかしがることないじゃないの。」
アイシャは笑いながら彼女を引っ張り、部屋へと入れる。
その姿に思わずヒロは見とれてしまった。
鮮やかな青色のドレスに身を包み、肩は怪我を隠すため薄手のストールをはおっている。
「こ、これ、ね。あのアイシャさんがせっかくならって、私も着ることになって…。私には似合わないからって断ったんだけど…。」
「あらっ、そんなことないわ。とってもお似合いよ。ね、そう思うでしょ?」
いきなり振られ、ヒロは戸惑った。
なにか言おうと頭の中で必死に巡らしていた。
「えっ…と、あ、…うん…いいと思うよ。」
『何でぎこちない言い方なんだ。』
必死に頭の中で言葉を巡らし、かつキラとカガリのやり取りを繰り返さないよう言葉を探し、言ったのであるが、そんなぎこちない様子にジーニアスはやれやれと言った感じだった。
当の言われた本人は頬を赤らめて俯く。
そんな彼らの様子にバルトフェルドとアイシャは可笑しそうに笑い、オデルも少し笑みを浮かべていた。
ルドルフはお若いことでといった風に見ながら別の方に視線を変えた。
カガリとルキナもソファに座り、バルトフェルドからコーヒーを渡される。アイシャはすでに部屋を出ていったようだ。
4人も掛け狭くなりすぎたのか、ルドルフはソファから離れお茶うけに出されたお菓子をいくつか持ち、頬張りながら、さきほどのEvidence01のレプリカをはじめ、調度品を見ながらウロウロしている。
そして向かいに座っていたオデルも今は後ろ向きになり窓から外を眺めている。
あえて話に立ち入らないためだろうか。
「なかなかドレスも似合うね。特に金髪の彼女は、そういう姿も板についているというカンジだ。」
バルトフェルドはさらりと2人を褒める。カガリは不機嫌そうに返す。
「勝手に言ってろ。」
「しゃべらなきゃカンペキ。」
「余計なお世話だ!」
カガリがコーヒーに口をつけた後、鋭い目でバルトフェルドに尋ねた。
「なんだ人にこんな扮装をさせたりする?おまえ、本当に『砂漠の虎』か?それとも、これも毎度のお遊びの一つなのか?それと、隣のヤツは何者だ?」
バルトフェルドはいつも調子で答える。
「そんないっぺんに聞かれてもね。まず、彼は…。」
と、ちらりとオデルの方を見やる。
「…アスナール隊MS部隊隊長オデル・エーアストだ。バルトフェルド隊長には、先日の戦闘で大気圏に落ちたところ助けてもらい世話になっている。」
オデルは静かに淡々と振り返らず答える。
「…というわけさ。それと、ドレスを選んだのはアイシャだ。そして、毎度のお遊びとは?」
バルトフェルドはオデルの答えるのに続き、カガリに話す。
「変装してお忍びで街へ出かけてみたり、住民を逃がしては街だけを焼いてみたり、ってことだよ。」
カガリの言葉にキラたちはひやりとした。
が、バルトフェルドは彼女の言葉に意を介さず彼女を見つめた。
「実にいい目だ。」
口元が曲がり不敵な笑みを浮かべる。
「ふざけるなっ!」
対して、いつまであしらわれているような態度にカガリはその言葉に爆発した。
「カガリ…。」
隣に座っていたキラは彼女を押さえようとした。
「キミも『死んだ方がマシ』なクチかね?」
バルトフェルドはふたたび言葉を発した。
が、さきほどの調子とは変わり、その目には鋭く冷たかった。
その威圧に思わず立ちすくむ。
ふいにバルトフェルドはカガリからキラたちのほうへ視線を向ける。
「キミたちは、どう思う?」
「「「え?」」」
突然、振られた3人は声を出した。
「どうしたらこの戦争は終わると思う?…モビルスーツのパイロットとしては?」
「おまえ、どうしてそれを!?」
バルトフェルドの言葉にカガリは思わず叫んだ。
「おいおい…あんまりまっすぐすぎるのも考えものだぞ。」
バルトフェルドは噴き出し、笑いながら答え、そして立ち上がる。
どうやらはったりであったようだ。それにカガリは乗っかってしまった。
「戦争には制限時間も得点もない。スポーツやゲームみたいにね。そうだろう?」
「なら、どうやって勝ち負けを決める?どこで終わりにすればいい?」
バルトフェルドは話しながらソファを離れ、机の方に向かう。
キラたちは身を構えながら、なんとかここを脱出しようと考え始める。
周りをみると、オデルはまだ窓の外の方に視線を向けている。
が、いつ振り返るかわからない。
ルドルフも構えている様子は見受けられなかった。
「敵である者をすべて滅ぼして…かね?」
ふたたび発したバルトフェルドの言葉。
そちらの方に目を向けると、彼は銃を構えていた。
「キミたちはパイロットであるが、それぞれ傭兵、共に手を組みながらも裏では反目しているユーラシア連邦所属、そしてコーディネイター、立場が違うキミたちそれぞれ考え方も違うであろう?」
バルトフェルドの言葉に3人はさらに驚愕した。
一体、そんな詳しい情報をどこから…。
カガリもその言葉に驚いていたが、別のところに驚いているようだった。
「えっ、おまえ!」
カガリはキラがコーディネイターであると初めて知ったようであった。この状況をどうにかしないといけない事態なのに、彼女はなぜ教えなかったのかと問い詰めるような目でキラを見た。しかし、その目には少しも毛嫌いするような感じはなかった。
ヒロはそのことに構っている暇もなくどうして彼がわかったのか頭を巡らす。
バルトフェルドが話し始める。
「ストライクのパイロット、キミの戦闘2回見させてもらったよ。あれでナチュラルだと言われても素直には信じられないよ。」
「次に傭兵の君。ヴァイスウルフが地球軍の最新機体の護衛をしているという情報はこちらにも入って来る。」
そうか…。
今までザフトに追撃されてきたのだ。彼のもとにも、ある程度は情報は入って来るだろう。そして、今までの戦闘を見て彼なりに推察したのだろう。
しかし…、どうやってルキナはわかっただろうか。
彼女は先日の戦闘にしか出ていない。それで特定するのは難しいのではないか。
「そして、彼女…。先日の戦闘の戦い方を見て、一時期ザフト内で広まった話を思い出してね。あれは、カサブランカ沖海戦のことだ。」
バルトフェルドの言葉にヒロ、キラ、カガリは驚き、ルキナの方を見た。
ルキナはただ何も言わず俯いていた。
カサブランカ沖海戦。ザフトがカーペンタリアに基地を完成させ、さらなる地上での軍事拠点確保のため、地中海へ侵攻。カサブランカ沖にて、ユーラシアを主力とした地中海艦隊と衝突。ザフトはこの時水中用MSグーンを実戦投入し、勝利を収めた。これにより、ザフトはイベリア半島の最南端ジブラルタル海峡を望む地に基地を建設。ヨーロッパおよびアフリカへの侵攻の橋頭堡となる拠点を得た。
「その戦いで敗れ壊走する艦隊をザフトが追撃しようとしたんだがね…。地球軍側の鹵獲されたジンに阻まれ、ついに艦隊を追えなかった。その戦い方がね…先日と似ているのだよ。しかし…面白いものだね。その戦いぶりを見た者が、まるで戦女神だとか、軍神アテナのようだ、とか言うんだよね。乗っているパイロットが男か女かなんて分かるわけもないのに。あれだけの操縦技術…いくら探してもなかなかいるものではないよ。」
敵将より語られるルキナの戦歴。しかし、彼女はその話をされるのが嫌なのか顔をしかめていた。
「とは言っても、それぞれがどう事情があれ、僕にとっては君たちがパイロットである以上敵となる。…そうだろう? 」
銃を向けながら、必死に逃走経路を確保しようと考える。そして、それと同時に彼の言葉にどうしても考えてしまう。
敵だからと銃を撃つ。
本当にそれしかないのか。いや知っているはずだ、自分は。
しかし、それをはっきりと言えるのか、銃を撃ち、人の命を失わせた自分が。
「やっぱり、どちらかが滅びなくてはならないのかねえ…?」
バルトフェルドが放ったその言葉は先ほどから放っている冷たさは違い、どこか寂しげだった。
「…それは悲しいことだと思います。」
ヒロはその言葉に対して静かに口を開いた。
「ほう…悲しい、とね。」
バルトフェルドがヒロに聞く。
「…誰かの命を奪うなんて、それは本来だれかとともに…こうしてコーヒーを飲むこともできるのをしないということじゃないですか。それが不可能じゃないのに…。でも、僕がこのことをあなたにいう資格は…ありません。」
それは、かつてセシルが自分に向けて言ってくれた言葉に似ていた。
あの時も思い浮かんだその言葉の意味が今度は別の意味をもってヒロに迫る。しかし、自分は人の命を奪ってしまった。この言葉を言う資格があるのか。
「…ジョルジュのことか。」
ふいにそれまでずっと窓の方に向けていたオデルがこちらに振り返った。
「おまえがあの時、墜としたパイロットだ。」
その言葉にヒロは目を見開き、俯く。
MSを撃つために引いたトリガーから手には、人を殺したという、その感触は伝わってこない。しかし、今パイロットの名を言われ、自分が人を殺したのだという実感が湧き上って来る。
「…バルトフェルド隊長の言葉通り、パイロットである以上、戦場では敵同士だ。戦場とはそういうところだ。誰も自らすすんで死にたいと思うヤツはいない。生き残るために相手を、敵を撃つ。相手が誰かを知らず。銃を持つということは相手の命を奪う、ということだ。」
オデルの言葉にヒロは何も言えなかった。
「それが…銃の重みだ。」
オデルは真っ直ぐヒロを見据え、言葉を放った。
しばらく、この部屋に沈黙が流れた。
「まあ、今日のキミたちは命の恩人だし、ここは戦場ではない。」
それまでの空気を断ち切るようにバルトフェルドは言葉を発し、銃をしまった。
「それに、ここで撃ったら、そこのご老人が怖そうですしね…。」
いつもの軽い口調でルドルフの方を見やる。
「俺とて、超人じゃないさ。まあ、そこのガキ4人を脱出させるぐらいはとりあえず頑張るかな。」
その言葉にバルトフェルドふと笑い、背を向けた。そして机の呼び出しボタンを押した。
ドアが開き、アイシャが立っていた。
「帰りたまえ。話せて楽しかったよ。…よかったかはわからんがね。」
彼らは目を交わらせ、ドアに向かった。彼らが近くまで行くのを確認し、ルドルフも動く。
そして、彼らはその場を後にした。
彼らが帰ったあとも、しばらくオデルは窓辺に佇んでいた。
「よかったのかね?」
ふたたび自作のコーヒーを淹れて持ってきたバルトフェルドは彼に尋ねた。
「いいも悪いも、彼らを帰らせたのはバルトフェルド隊長でしょう?」
オデルはバルトフェルドからコーヒーを受け取り、口に含む。
「いや、そうではなくて。ボクには、君はもっと彼らと話したかったように見えたのだがな…。」
「…『敵』である彼らに、一体に何をこれ以上話すのです?」
オデルは静かな口調で切り返した。
その答えにバルトフェルドは「そうか。」とだけ言い、これ以上何も言わず、コーヒーを飲んだ。
あまり文字数を多くはしたくはないのですが、(誤字・脱字確認が大変なので…)どうしてもなってしまう(泣)
もしかしたら、改訂するかもしれません。
追記(5/18)
感想にてご指摘いただいたことに関してもありまして、少しこの場を借りて少し説明いたします。
いきなり改訂して「マリウス」というワードが出ましたが。ルキナには「兄」がいます。それがマリウスです。
ユリシーズ、パーシバル、アレウス、オリガの4人はとルキナの兄は士官学校の同期です。さらにユリシーズはそれ以前からの友人関係です。そのためにルキナの事も知っているのです。もちろん、ユリシーズほどの長さではないけど、他3人もルキナが軍に入る前から知っています。
そのことやその他もろもろの事情もあり、ルキナと4人は、あまり階級を呼ばずに接しています。
マリウスの詳しいことについても含め、後々キャラクター紹介や後の話で説明いたします。
てなわけで、まだ出てないけど名前だけ登場しましたルキナの「兄」マリウス・セルヴィウスでした~。