いよいよ砂漠編です。
いろいろ、番組が終わってしまった時期ですが、この作品はまだまだこれからです。
一人の男が潜水母艦の上甲板部より夜空を見上げている。
空はあたり一面星空であり、いま、多くの星のようなものが降り注いでいる。
現在の時刻は真夜中。
地中海。
C.E.70年5月25日、カサブランカ沖海戦にて圧倒的勝利を収めたザフトは地中海へ侵入。そこより、北アフリカへ侵攻。同年同月の30日スエズ攻防戦にても勝利をおさめ、地中海およびアフリカ北部はザフトの支配権となった。
今、彼が乗船している戦艦はザフトの主力潜水艦ボズゴロフ級潜水母艦である。しかし、彼はザフトではない。ましてや地球軍でもない。
「こんなにも多く流れ星とは…。いえ…戦闘で散った残骸…というべきですか。」
彼の下に若い双眸を閉じたような容姿の男が甲板にやって来た。
「ああ…。」
不思議なものであった。
戦闘で散っていった命、その燃えていった命の跡が、この地上より見ると流星として見える。
ふと、それらとはちがうモノが見えた。
とりだした双眼鏡にて除くと、戦艦が降りてきているのを捉えた。
「あれは…。」
同じようにみていた若い男が呟いた。
「すぐに連絡を…。」
艦長は若い男に促した。
「わかりました、船長。」
若い男は指示を受け、すぐさま戻っていった。
彼が戻っていくのを確認した後、船長と呼ばれた男はふたたび空を仰いだ。
降りていく戦艦の方角。
話に聞いていた本来降下する地点とはほど遠い場所。そして、彼らにとってはとても厄介な場所。
とは言うが、彼らにとっては不幸だが、自分たちにとっては幸いか。
その姿は、この闇夜の中でも光輝くような白さであり、大天使の名にふさわしい威容であった。
男は、あの艦に乗り合わせている己の親しき人物に思いを馳せた。
C.E.71.2.14
プラント、アププリウス市の中心にて、ユニウスセブン追悼式典がまもなく執り行われようとしていた。
「ラクス嬢、まもなく式典が始まります。」
イェンは控室にいるラクス嬢を呼びにいった。
「わかりました。では、行きましょうか。」
彼女は変わらず、おっとりとした口調で答えたが、どこか元気がない。
「…大丈夫でしょうか?いろいろ、お疲れでしょう。人質となられたりもしましたし…。」
先日の件の事もある。イェンは彼女を心配し、尋ねた。
「大丈夫ですわ。あちらの艦で優しくしてくださった方々がいまして。ただ…。」
彼女は一度、そこで遮った。
「…ただ、わたくし、初めて戦争を身近に見ました。話には聞いていましたが、今回のことで想像とは違うもので…。」
彼女の顔は普段のおっとりとしたものから凛とした口調になっていた。
「…難しいものですわね、戦争を終わらすことは。昨日のビクトリアの陥落のことも…そうです。」
「…」
昨日、南アフリカにあるマスドライバー基地、ビクトリアを陥落させることができた。これは、先日の地球軍の新型兵器が開発されたことを受けた「オペレーション・ウロボロス」の見直しの圧力を受け、アフリカ戦線の強化された結果であり、また、その報がユニウスセブン追悼式典に花を添えることになった。
これにより、勢いづきさらに押し進めていくだろう。
が、その裏では、ザフト兵士が、投降した地球軍兵士の捕虜を銃殺するという非道な行為を行った。
しかし、そのことをプラント市民が知る由もなかった。
そのことは、もちろんラクスにも話がいってはいないだろうが、彼女なりに気付いてはいるのだろう。
イェンはその言葉を、ラクスが言いたいことを理解した。
しばらく沈黙が流れた後、ラクスは普段の穏やかな顔に戻った。
「…みなさまを待たさせてはいけませんわね。…では、行きましょうか。」
彼女はイェンに伴われ、会場に向かった。
会場に向かいながら、イェンはそういえばと、もう1つの大規模な戦闘のことを考えた。『足つき』を降下させる前に討ち取るため、クルーゼ隊は攻撃を仕掛けたが、第八艦隊がその総力を持って、降下させ、結局仕留めることはできなかった。
…オデルは無事であろうか。
彼が作戦中、地球の重力に引き込まれ、地球へと落ち現在行方不明であるという報告を聞いた。他の2機も降下したと聞いたが、そちらはPS装甲もあってか、無事であった。
が、ザフトの従来のMSが単体で降下できたという話はこれまでない。
今、前線に出られないイェンにとって、ただオデルが生きていることを願うだけであった。
ユーラシア連邦の都市、フランクフルト。
そこはライン川の支流、マイン川が流れ、経済の中心都市として、大きなビル群が立ち並び、前世紀、かつての栄華を物語る歴史的建造物とともにある。
地上はエイプリールフール・クライシスで受けた地球の打撃は大きい。
現在も、ユーラシア北部では、厳しい冬により、餓死者、凍死者が出ている。
一部の都市では、持ち直させ、限りある中で経済等を回している。
この都市もそうである。
その場所にヘファイストス社の本社が置かれている。
打ち合わせ室のガラス窓を一人の男性が外を眺めていた。
すでに老年に達してはいるが、それを思わせない体つきをしている。
この部屋には彼の他に男たちが5人いる。
みな背広姿であり、長年からの経験故か今の地位にある者の風格を出している。
「…ビクトリアが陥落してしまいましたな。」
「ザフトもこれで強硬派が勢いづくな。こちらもデュエイン・ハルバートンが死んだことで、タカ派、ブルーコスモスの連中の力も強くなる。それに、ユーラシアの上層部もいよいよMS開発に乗り出してきているではないか。こちらの方はいつになったら、完成するのだ?善意だけでこれに参加しているのではないぞ!?」
ただその男は彼らの言葉を黙って聞いていた。
「アウグスト…。我々は貴様の口車に乗ってまでわざわざに参加したのか、わかっているであろう?」
この中で最年長であるグゥイ・ドゥァンムーに問いかけられ、目線を彼らに向けた。
「…わかっています。だが、ここで愚痴りあっても仕方ないことです。問題はこの先だ。そうでしょ?」
アウグストの言葉を受け、出資者の1人の、穏やかな物腰の男性も賛同した。
「そうです。我々の当初の目的、目先のことばかりで本質を忘れてはなりませんぞ。」
「わかっている!ただ、少し当たらせろ!」
「こいつ…先日、連合の軍事産業理事に会ってしまったから。機嫌が悪いんだよ。」
一連のやり取りを終え、この会談の進行役の、ヘファイストス社の会長であるジョバンニ・カートライトが話を進め始めた。
「で、本題に戻しましょう。今回ヘリオポリスの件は今MS開発を行っているわが社にも大きな衝撃でした。が、皆様の言う通りあまり時間をかけてられません。故に開発スケジュールを大きく変更いたします。」
そう言い、男は近くに控えていた秘書に指示し、彼らに資料を渡した。
資料には、開発予定のMSのスペックおよび試算が書かれていた。
「今、アンヴァルが使っているMSはどうなんだ?」
資料に目を通した男がアウグストとジョバンニに尋ねた。
「あれは、鹵獲したザフトのMSを独自に改修したものだ。あんなものを使うなら、遅くてもこっちの方がいい。」
「…まあ、軍事のことはお前が一番知っている。我々が口を出すことでもない。ただ、ある程度は言わせてもらう。」
「のっけから、おまえらが気前よく俺らに協力するなんて考えてないさ。」
「ふん。言ってくれる。」
会談を終え、ヘファイストス社を後にし、別の場所でふたたびアウグストとグゥイは話していた。
「…例の件、調査できたか?」
グゥイがアウグストに向け口を開いた。
「…うむ。今、調べさせてはいますが…。」
アウグストの口調よりグゥイは嘆息した。
「収穫はなしか…。ここまで私やお前を手こずらせるとは…、余程の者だな。」
「…そうですね。」
彼らが話しているのは、ある者の存在であった。軍において、「アンヴァル」は対MS戦闘のために設立された独立部隊としているが、設立の提唱者アウグスト・セルヴィウスには別の思惑があった。
それに気づいた者がアンヴァルに探りをいれているか定かではないが、その者の正体がいまだにつかめてない。
「…引き続き調べさせます。」
その者は大胆にもこちらが調査しているのを知ったうえで、こちらにメッセージを残した。しかし、見事にそこからたどることはできなかった。
‐私は、影だ。この世界がより前に進めば、私は貴様たちのすぐ後ろにいる。貴様たちに私を知ることはできない。なぜなら、貴様ら己と己の先にあるものにしか目を向けられないからだ。しかし、私は常にいる。貴様たちの後ろに…‐
アウグストにとって、その者はただ単にブルーコスモスでもないように思えた。
「いや~、見渡す限り砂、砂、砂…で、アラスカって砂漠にあったっけ?」
フォルテが冗談交じりに口を開いた。
ナタルがキッと睨みつける。
それをうけ、フォルテは冗談を言うのを止めた。
ムウはやれやれとしつつもモニターの一点をさした。
「ここがアラスカ…。で、ずうっと下って、ここが現在地。」
指が止まったのはアフリカ大陸の北部の場所であった。
今、士官たちとフォルテは艦長室でブリーフィング中である。
「仕方ありません。あのまま、ストライクとクリーガーと離れるわけにはいかなかったのですから…。」
「ですが、ここは完全にザフトの勢力圏です。これで我々がアラスカに着けなかったら、本末転倒です。」
ナタルが口を開いた。
「ええ…。それは…、わかってるわ。」
「もう1つお聞きしますが、ザフトのMSの件についてなぜ、振り下ろさなかったのです。」
ナタルが再び問いただす。
「どのみち大気圏降下中に交戦することはできません。下手にこちらが降りるのを失敗する可能性もありますので…。」
「まあ、そのMSも今はもうどっかいっちゃったし…いいんじゃね?」
「しかし…!」
マリューは大気圏突入時のことを思い出した。
大気圏突入を始めたアークエンジェルだが、まだストライクとクリーガーはまだ戻ってなかった。
ミリアリアが彼らに必死に呼びかけていた。
が、モニターにはそのまま降りていく2機の姿があった。
「あのまま…降りる気か?」
ナタルは焦り呟く。
しかし、もう2機を収容することは出来ない。
その時、アークエンジェルの甲板に何かが降りる衝撃がした。
幸い、降下姿勢が崩れることはなかったが、それにブリッジのクルーは全員驚愕した。
青いシグーアサルトがそこにいたのである。
まさか…こんなときに。
「振り落せ!イーゲルシュテルン…。」
「待って!今撃ってはダメ!あのMSは武器は持ってないわ。」
ナタルはそのMSをどかそうと指示をだそうとしたが、マリューに止められた。
見たところ、武装はなく、装甲も焼かれかけていた。
「しかし…艦長!」
敵のMSである。助ける必要もない。
「ここで撃ったら、我々も降下に失敗するかもしれないのよ。」
そして、自分たちの一番の問題がまだ解決していない。
パルが声を上げた。
「本艦と2機、突入角に差異!このままでは降下地点が大きくずれます!」
それを聞いたミリアリアがふたたび2人に必死に呼びかけた。
「キラ!ヒロ!おねがい!艦に戻って!」
「無理だ…。2機の推力ではもう…。」
ブリッジに沈黙が流れた。
マリューが決断した。
「艦を寄せて!アークエンジェルのスラスターなら、まだ使える!」
「しかしそれでは艦も降下地点が…!」
「本艦だけアラスカに降りても意味がないわ!はやく!」
彼女に押されノイマンは操作する。
2機もなんとかこちらの甲板に辿り着けるよう近づいてくる。
まず、クリーガーが甲板についた。
そしてストライクに手を伸ばすがなかなかつけない。
その時、シグーアサルトが手を伸ばし、彼らを助けた。
アークエンジェルはストライク、クリーガーのロストは回避したものの降下した場所は北アフリカ、ザフトの勢力圏であった。
シグーアサルトは大気圏を抜けた後、しばらくしてアークエンジェルを離れていったが、ザフトの勢力圏だ。無事収容されるだろう。
と、考えつつも人の心配をしている余裕はない。
このアークエンジェルのクルーはムウや傭兵のフォルテを除いて、ほどんど、実戦経験のなく、艦長のマリュー自身も指揮を執るのは未経験なのである。
ナタルの指摘通り、アークエンジェルがアラスカに着けなかったら、意味がない。
やはり、自分の判断は甘いのか。
「…ともかく、本艦の目的、および目的地に変更はありません。」
マリューは重い口調で言った。
「あれが…噂の新型艦か…。」
眼鏡をかけた男がスコープでその姿を覗き感嘆した。
「ホント、こうやって大気圏に降りられんですからね…。」
「で…、我々はどうします、隊長?」
隊長と呼ばれた隻眼の、右目に眼帯をした男はあくびをしながら、のんびりしていた。
それをみた1人の兵士が急かせるように促した。
「まだ「虎」もレジスタンスもやってきてないんですよ。今がチャンスですって。」
その言葉に、眼鏡をかけた士官は思わず笑った。
「よっしゃ、俺たち一番乗り。てわけにはいかないだろ?俺たちもまだ準備できてないんだから。」
それに同意するようにもう1人の士官も頷いた。
「本格的に動くのは明日…ということになるな。」
ようやく、隊長格の男が口を開いた。
「まあ、じっくりとしていこう。」
そう言い、ふたたびバギーの席に横になった。
空には今日もまた星空がまたたぐ。