自分もびっくりしました。というか、忘れちゃダメでしょ~。
とりあえず危機を脱したアークエンジェルであったが、事態がよくなったというわけではない。事実、離れてはいるが、ナスカ級の艦はアークエンジェルを追っている。
ヒロは居住区を歩いていた。
結局、先遣隊を助けることも出来なかった。
ふと向こうから悲鳴が聞こえた。
フレイの声であった。
「いやぁぁぁぁっ!パパっ…パパァぁ!」
「フレイ…。」
どうしていいか分からないサイの声も聞こえる。
どうやら医務室のようである。
「うそ…うそよぉ!」
中に入ると、半狂乱のフレイをサイとミリアリアがなだめていた。
ヒロよりちょっと前にキラも来ていたようであった。
そうだ…。
先遣隊の中に、フレイのお父さんもいた。
近くに救命ポッドもなかった。
つまり…。
守れなかった。
自分たちはフレイの大切な父親を死なせてしまったのだ。
キラとヒロに気付いたのか、フレイは2人に目を向けた。
「うそつきっ!」
その目はギッとしていた。
「大丈夫って言ったじゃない!僕たちも行くから大丈夫って!何でパパの船を守ってくれなかったの!?なんであいつらをやっつけてくれなかったのよぉ!」
「フレイ!キラやヒロだって必死に…。」
2人を罵るフレイをミリアリアがなだめようとした。しかし、彼女は聞く耳を持たず、続けた。
「あんたたち…、自分もコーディネイターだからって本気で戦ってないんでしょ!」
その言葉がキラの胸に突き刺さった。いてもたってもいられず、キラは医務室を飛び出すように出て行った。
「キラ!」
ヒロは追いかけたかった。
が、自分が追いかける資格があるのか。
「なによ!傭兵のくせに、ちゃんと戦いなさいよ!」
「パパを返して…返してぇぇぇ!」
なおもフレイは叫ぶ。
その言葉にヒロは何も言えなかった。
ヒロもまたそのまま医務室を出て行った。
足取りが重い…。
今からどこに向かっているのか。
自分でもわからなかった。
ただ、あの場にいることも出来ず、誰にも声をかけられたくなかった。
フラフラと向かった先は展望室だった。
ふと、そこから話し声が聞こえた。
キラと…ラクスの声だった。
「アスランは…とても仲のいい友だちだったんだ。」
耳に入ったキラの言葉にヒロは耳を疑った。
そこからキラがラクスに話している内容。
アスランという人は、キラの幼いころからの親友であること。彼があの赤い機体、イージスのパイロットであること。
本来立ち聞きしていいものではないが、その内容にヒロは驚愕した。
そんなことって。
確かに、戦闘中、あのイージスとは何か様子がおかしかった。
まさか、友達同士だったなんて…。
ヒロは展望室を後にした。
夜、フォルテがあくびをしながら士官室に入っていった。
居住区兵舎の方は避難民たちが使っているし、艦の正規クルーで士官なのは3人だけなので、ヒロとフォルテは士官室の方を使わしてもらっている。
ベッドの上でヒロは寝ずに考え事をしているようだった。
「…寝れるうちに寝とけ。持たないぞ。」
フォルテは溜息を付きながら反対側のベッドに向かった。
「フレイの言ったこと…。」
ヒロは静かに口を開いた。
「事実だろ…。俺たちは何もできなかった。そんなもんさ、傭兵に対して…。できて当たり前と受け止められ、出来なきゃちょっとしたことでも非難する。」
「わかってるよ…。」
しかし、フレイの言葉がずっと残る。
「…電気、消すぞ。」
そう言い、部屋を消灯した。
ベッドに横になりながら、ヒロは考え事をしていた。
フレイのこともあるが、もう1つ。
さきほどの展望室での会話。
ラクスの婚約者がアスランであったこと。
あのハロもアスランが作ってくれたものだということだ…。
2人の会話から伝わるアスランという人の人物像。
ダメだ…。
このまま、ラクスを人質にして何かあったら、キラとアスランはお互いに戦う。そんなことさせたくない。かつて、それを見たから…。
ヒロは起き上がり、そっと部屋を出て行った。
その様子を寝ながらもフォルテは伺っていた。
まあ、いいや…。
フォルテは気にせず、ふたたび眠りについた。
ヒロは寝静まった居住区を静かに駆けた。
そこでキラと出会った。
トールも一緒だった。ラクスを連れていた。
お互いに驚いた。
「…ヒロ。ごめん、見逃して。」
どうやらキラも彼女をこのまま人質にしたくないようだ。
その時、トールに会い、彼も賛同してくれて現在に至る。
「…僕も、行くよ。」
「…え?」
キラはその答えに驚いた。
「ゴメン…。展望室で2人の話を聞いた。」
キラは驚いた。
「ラクスに何かあったら…、あって欲しくない。だから…僕も行くよ。」
その時、誰か近づいてくる音が聞こえた。格納庫のメカニックの人である。
ここでは、隠れる場所がない。
どうする…。
4人に緊張が走ったその時、
「あっ、ここにいたのですか。マードック軍曹が格納庫に来てほしいって呼んでましたよ。」
ルキナの声がした。
「わかりました。」
それを聞いたメカニックは格納庫に向かって行き、難を逃れた。
4人はホッとした。
「行くなら…、今のうちよ。」
どうやらルキナにばれていたようだ。
「ありがとう。でも…。」
「いいから早く。」
彼らはなんとかパイロットロッカーへ辿り着いた。
トールが入り口で見張りをし、キラ、ヒロ、ルキナはラクスを連れ、中に入った。
キラがノーマルスーツを取り出した。
「これ着て。その上からで…。」
と言いかけたが、果たしてその服から着れるかなと思った。
ラクスはキラの視線に気づき、納得した。
そして、突然ロングスカートの部分を脱ぎ始めた。
その行動に思わず3人は驚いた。
「あなたたちは外にいる!」
ルキナはヒロとキラを放り出すように外に出させた。
いきなり出てきたヒロとキラにトールは驚いた。
そんなハプニングもあったが、なんとかラクスが着替え終わり、ヒロとキラもパイロットスーツに着替えた。
格納庫は人がまばらだった。
「えっ!俺は呼んだ覚えはないぞ?」
マードックが先程のメカニックの人と話している。
気づかれぬうちに、ヒロはクリーガーのコクピットに乗り込み、キラはラクスを連れ、ストライクのコクピットに向かった。
コクピットに入り、キラの膝の上に乗っかったラクスが彼らにおっとり話した。
「ありがとうございます。また、お会いしましょうね?」
「それは…どうかな。」
トールは苦笑した。」
「ルキナさんも…ありがとうございます。やさしくしていいただいて。」
ラクスは視線をルキナに移した。
「いいえ…。そうおっしゃってくれるのも、私のこと…知らないからです。」
ルキナはどこか暗い顔をした。
「それでも…あなたのやさしさは知っていますわ。たとえ、あなたが何であったとしても、あなたのやさしさ、心は変わりませんわ。」
ラクスはおっとりとほほ笑んで、返した。
いよいよコクピットを閉じるとき、トールは何を思っていたか、キラに尋ねた。
「キラ…。おまえは、帰ってくるよな?」
その言葉にキラはハッとした。
「おまえはちゃんと帰ってくるよな!?俺たちんとこへ!」
ハッチを閉じる寸前、キラは頷いた。
「きっとだぞ!約束だぞ!」
なおもトールは声を上げた。
ストライク、クリーガーが動き出して、あたりにいた作業員が驚いた。
「おい!何をしている!?」
マードックの声が響いた。
が、すべて無駄だった。
(ハッチを開放します!どいてください!)
ヒロが対外スピーカーで呼びかける。
クリーガーを先導に出ていき、そしてストライクも出て行った。
アークエンジェルから離れ、ヒロは全周波でヴェサリウスに向けた。
「こちら傭兵部隊ヴァイスウルフ、ヒロ・グライナーです。ラクス・クライン嬢を乗せたストライクと同行している。彼女の身柄を貴艦に引き渡す。ただし、ナスカ級は停止、イージスのパイロットが単機で来ることが条件です。ストライクのパイロットからイージスのパイロットに彼女を引き渡します。」
それはヴェサリウスに届いていた。
なおも通信は続く。
(自分はラクス・クライン嬢引き渡しの立会人として行います!ザフトからも立会人としてオデル・エーアストを指名します。もしこれらが破られた場合…彼女の命は保障しません!)
「どういうつもりだ。『足つき』め!」
アデスは眉をひそめた。
(隊長、行かせてください!)
アスランから通信が入った。
アデスは止めようとしたが、
(…向こうは立会人として俺も同行を要求している。…行かせてもらう。)
そう言い、オデルからも通信が入った。
「…わかった。許可する。」
「よろしいのですか?」
「チャンスであることも確かさ。」
ラウはにやりとした。
これを機にあの機体、そして『足つき』を落とすことができる。
「艦を止め、私のシグーを用意しろ、アデス。」
彼もまた格納庫に向かった。
イージスがヴェサリウスより発進し、ストライクの手前で止まった。
後ろには青いシグーアサルトもいる。
クリーガーがイージスとストライクの間ぐらいの位置についた。
(2機のパイロットの確認をする。両方コクピットを開いて。)
ヒロの指示に従いお互い開いた。
(…双方、間違いないないね。)
ヒロは2人に尋ねた。
(…確認した。)
(こちらも確認した。)
あのパイロットはおそらく自分たちの事を知っているのだろう。
そう思いながらアスランはキラに続き、ヒロに通信を入れた。
2人とも確認できた。
(ラクス、話して。)
(え?)
(あなただってこと、彼にわからせない、と。)
(ああ、そういうことですの。)
ラクスは納得し、アスランに向け話した。
(こんにちは、アスラン。お久ぶりですわ。)
(確認した。)
(では、彼女を引き渡す。キラ…ラクスを。)
ヒロに言われた通り、キラはコクピットの外に出し、彼女をイージスの方に優しく押し出した。
真空に漂いこちらに来る彼女をアスランが受け止める。
(ザフト立会人、オデル・エーアスト、確認しましたか。)
ヒロは彼に確認の念を押させるため尋ねた。
(…こちらも確認した。)
これで受け渡しはひと段落した。
その時、
(キラ!おまえも一緒に来い!)
(え?)
アスランの言葉にキラは驚いた。
(おまえが地球軍にいる理由がどこにある!?来い、キラ!)
おそらくこれが最後のチャンスだ。
一緒にいる機体が自分たちの事を知っているのであれば、これをわかってくれるはずだ。
今ならキラを連れて行ける。
そう思いアスランはキラに叫んだ。
ヒロはその状況を黙って見ていた。
キラにとってこれが最後のチャンスになるかもしれない。
キラはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
(僕だって、君と戦いたくない…。でも、あの艦には守りたい人たちが…友だちがいるんだ!)
行けるのであれば、どれだけいいか。けど…。
キラは泣きたい思いを押さえ、声を振り絞った。
(ならば仕方ない…。)
アスランは苦しげな表情で叫んだ。
(次に戦うときは、俺がお前を撃つ!)
(…ぼくもだ…!)
今、2人の道は分かれた。
(…これで引き渡しは終了します。キラ…。)
ヒロはキラを促し、クリーガーとストライクはアークエンジェルへ引き返した。
アスランはストライクが離れていくのを見送っていた。
(いいのか、アスラン?)
オデルから通信が入った。
自分のことを心配してくれているのだろう。
「ええ…。」
アスランは短く答えた。
もう戻れない。
一方、この好機を逃さない者たちがいた。
(敵MS、離れます!)
「エンジン始動だ。」
ブリッジからのアデスの通信を受け、ラウは命じた。
そして、ラウはシグーを発進させた。
「クルーゼ隊長!?」
シグーが横切りアスランは驚いた。
(ラクス嬢を連れて帰投しろ、アスラン!)
クルーゼ隊長ははじめからこうするつもりだったのだ。
たしかに、今なら叩ける。
しかし、これでは…。
その時、クルーゼのシグーを青いシグーアサルトが阻んだ。
一方、アークエンジェルでは…。
ヴェサリウスの動きも、シグーも動きも捉えていた。
そうなる動きを予測していた。ムウのメビウス・ゼロは、先の損傷でまだ出られないので、フォルテのジンを待機させていた。
が、フォルテのジンは出ようとはしなかった。
(出さないのか!?)
発艦許可はすでに出ているが、発進しようとしないジンにムウは通信を入れた。
「今、ここで出たら、向こうはやはり罠だったと、本格的に攻撃してくるだろう?」
(…しかし!このままでは…。)
アークエンジェルが危険になる。
今度はブリッジからナタルから通信が入った。
「だから、ヒロは保険を掛けたんだろ?今はあいつらを信じるしかない!」
フォルテは通信を切った。
先程CICより状況報告を聞いたとき、オデルも出撃していると聞いた。
そして、今、シグーを阻んでいる。
彼に賭けるしかなかった。
「何をする、エーアスト!?」
「クルーゼ、下がれ!」
「今が好機だぞ、それを逃すのか?」
「俺はいま、ザフトからの立会人として、ここにいる!ここを戦場にするか否か、俺の判断に従ってもらう!」
「ここで見逃せば、多くの兵をしなすことになるぞ!?」
「先遣隊を打つ際、貴様はこう言ったはずだ、『後世、歴史家に笑われたくない』と。クライン議長の令嬢たるラクス嬢を保護し、引き渡してくれた者を背後より攻撃することは、まさしくそれではないか?」
「宋襄の仁、という言葉は知らんか?」
「どの道、我々で、あれは落とせん!」
ラウとオデルの応酬が目まぐるしいやり取りが行われている。
アスランはどうしたらいいかわからなかった。
その時、
「ラウ・ル・クルーゼ隊長!」
凛とした声でラウに通信をいれたのは、ラクスだった。
「やめてください!追悼慰霊団代表のわたくしのいる場所を、戦場にするおつもりですか!?そんなことは許しません!」
いきなりの通信を受け、ラウもオデルも驚いた。
それは、アスランもだった。
普段、いつもおっとりしている彼女しか知らないからだ。
「すぐに戦闘行動を中止してください!聞こえませんか!?」
しばしの間、沈黙が続いた後、ラウは応答した。
(…了解しました、ラクス・クライン。)
3機はヴァサリウスへ帰投し始めた。
途中、ラウはシグーアサルトに目を向けた。
そして、独り言ちた。
「やはり…気付いているのか?あのパイロットが『弟』であることに。」
「…よかった。」
その姿を見て、ヒロはホッとしたように大きく息を吐いた。
一瞬、このまま戦闘になってしまったらという不安もあった。
が、あの青いシグーが止めてくれると思っていた。
出会ったのは、戦場で2回だけしかも、刃を交えたのに…。
なぜ、そう思ったか…不思議ではあった。
(…ヒロ。)
「行こう…、キラ。」
2人もアークエンジェルへ戻っていった。
「よかったの…、行かなくて?」
ヒロはキラに尋ねた
もしかたら、キラも向こうに行く可能性もあった。
もし、キラが行きたかったら行かせたかった。
(ううん、いいんだ。僕は…。)
同じコーディネイターの…、同胞のところへ行きたい気持ちがあった。
しかし、それでもキラはこちらに残ることを選んだ。
友達がいる場所を。