ほさかだもん   作:カレー大好き

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最終話 全開だ!

海岸沿いの道を歩く保坂は、自分の前を行く子供たちの元気な様子を見守りながら目を細めた。

そして同時に、東京にいる春香とその娘たちにも思いを馳せる。

 

「みんなをこの地に呼べれば、より楽しくなるだろう。うむ、それは実にいい考えだ」

 

そのように思った途端に保坂の妄想は膨らみ出す。

もちろん、きもちわるい方向に。

 

「ここでの暮らしに落ち着いた俺は、南ハルカを招待するわけだ。そして、彼女の娘たちとともに海水浴に行くわけだ。そこで、父親である俺が2人の浮き輪に空気を入れるわけだ。すると、南ハルカは汗をかいた俺に気づいて優しく拭いてくれるわけだ……」

 

またしても自分勝手な保坂ゾーンを展開しだした彼は、いつものように妄想の世界へと突入していく。

妻となった南ハルカと2人の娘たちを連れて海に遊びに来た妄想を――

 

 

眩しい日差しと綺麗な青空が鮮やかに映える真夏の浜辺。

愛しい家族と共に海水浴へとやって来た保坂は、子供たちのために浮き輪を膨らませていた。

 

『さぁ、空気が入ったぞ、娘たち!』

 

保坂は、パンパンに膨らんで使える状態になった浮き輪を子供たちの前に差し出す。

すると、末っ子のチアキがすばやく駆け寄ってあっという間に奪っていく。

どうやらそれは彼女のお気に入りのようで、先を越されて悔しがっている姉のカナに譲りたくなかったらしい。

 

『このネコさん柄の可愛い浮き輪は私が使う』

『おいおいチアキ。姉である私を差し置いて、ずいぶんと好き勝手言ってくれるじゃないか?』

『ふん、私がお前を姉だと思ったことは生まれてこの方一度も無いよ』

『なんだと!? 子供とは思えない辛辣な言葉でこのカナ様をバカにするとは、何て邪悪な妹なんだ!』

『いや、バカにしてるんじゃない、実際にお前がバカなだけだ、このバカ野郎』

『実も蓋も無さすぎだろ!?』

 

まさにその通りであるが、カナがバカなことも残念ながらその通りだった。

しかも、容赦ないチアキの口撃は、おバカなカナに更なる追い討ちをかけてきた。

 

『そんなお前に浮き輪など贅沢すぎる。お前なんか、その足元にあるビーチサンダルで十分だ』

『ビーサンをビート板にしろだなんて、お前は鬼か!』

 

仲が良いのか悪いのか、幼い姉妹はお約束のようにケンカしだした。

ポコポコと殴りあう可愛らしい(?)光景を優しい眼差しで見つめていた保坂は、笑顔を浮かべながら注意する。

 

『あっはっは! ケンカをする前に準備運動が先だろう、娘たち!』

 

仕方ないなというように、若干的外れな言葉で2人を嗜める。

そもそも、浮き輪はもう一つあるのだから争う必要はないのだ。

保坂は不毛なケンカを止めるために、もう一つの浮き輪にも空気を入れようとした。

その時、彼と同様に娘たちを見守っていた春香がタオルを手にして近寄ってきた。

 

『あなた、すごい汗ですよ』

『ああ、3リットルはかたいな』

『うふふ、随分とがんばりましたね。それじゃあ私は、貴方のために汗を拭いて差し上げます』

『ふっ、ありがとうハ・ル・カ』

『どういたしまして、あ・な・た』

 

愛する夫から感謝の言葉を受けたハルカは、笑顔を浮かべつつ彼の顔に浮き出た汗を拭いた。

実に仲睦まじい光景で、まさに絵に描いたような理想の家族像だった。

 

 

でもそれは本当にただの理想であり、保坂の妄想でしかなかった。

実際の彼は、今日仲良くなったばかりの少女2人と散歩している真っ最中である。

それでも幸せな状況ではあるのだが、なるたちを放っていた罰が当たったのか、未だに妄想の中にいる保坂に予期せぬハプニングが起こってしまう。

 

「あっはっは、こちらも頼む……いや、そこじゃない、胸元の辺りを重点に……そう、その辺だ……ああ、上手いぞ、ハルカ……」

 

彼は未だに妄想の中で春香に汗を拭いてもらっている真っ最中だったが、それはこの際どうでもいい。

今は、現実の保坂が外の状況を把握していないことに問題があった。

いつの間にか、安全な小道から危険な岸壁にやって来ていた彼は、とある危機に瀕していた。

 

「ちょっ、先生ー!?」

「そんまま行くと危なかぞー!?」

 

前を進んでいたなるとひなが異常に気づいて注意をしたが間に合わなかった。

イイ顔をしながら目を閉じていた保坂は、船を係留するために置いてあったロープに足を取られてバランスを崩し、階段状の段差から転げ落ちてしまったのだ。

そして、そのまま岸壁を飛び越えてダイナミックに海へと落下していった。

 

「さぁ、俺たちも一緒に泳ごう、ハルカ!」

 

ドッボォォォン!

大きな音を立てて落下した保坂は、春香と一緒に海に入っていく妄想を抱きながら海中に沈んでいく。

元バレー部部長の彼でも、あそこまで油断していては反射的に受身を取るのがやっとで、満足な抵抗もできずに水没していくしかなかった。

というか、彼自身は未だに妄想の中にいるようで、異常事態に気づいているかどうかも怪しいのだが……とにかく、放っておけない状況になったことは間違いない。

 

「きゃ―――!!?」

「先生が海に落ちた―――!!?」

 

なるとひなは、目の前で起きた惨劇に凄まじい衝撃を受けた。

そりゃ、イイ笑顔を浮かべた青年が思いっきりぶっ倒れた後にものすごい勢いで回転しながら海に落ちていく光景を目撃してしまったのだから当然である。

しかも、なかなか浮いてこないではないか。

 

「……先生?」

「……浮いてこない?」

 

目を凝らして見ても海面には泡が浮いてくるばかりで、それも徐々に途切れてきた。

この状況には流石のなるも慌ててしまい、ひなは早速泣き出した。

 

「うわぁぁぁぁ、先生が大ピンチじゃ―――!?」

「びぇぇぇぇぇぇん!」

 

ひなが泣き出したことで更に慌てたなるは、後先考えずに自分も海に飛び込んだ。

ドッボォォォン!

 

「先生―――!!」

 

頭を海面上に出したなるは、保坂が消えた辺りに向かって叫ぶ。

まだ幼い彼女だが、このぐらいの深さならいつも泳いでいるので、その点は問題ない。

とはいえ、都会育ちの保坂ではこうはいかないはずだ。

 

「きっとおぼれちょるんだ!」

 

そう思ったなるは、とにかく潜って探しに行こうとした。

だがしかし、彼女が行動をおこす前に事態が急変した。

というか、沈んでいたはずの保坂が彼女の目の前に急浮上してきた。

バッシャァァァン!!

 

「問題無し!!!!!」

「うぎゃ――――――――――!!?」

 

なぜか海中でシャツを脱ぎ半裸状態になった保坂が、キラキラと輝く水飛沫を上げながら、やたらと男前な様子でなるの眼前に飛び出してきたのである。

かなりド派手に転げ落ちたクセに傷一つ無く、性格以外は問題なさそうだ。

彼の安否を気にしていた子供たちには申し訳ないが、はっきり言ってこの男に心配などは無用だった。

 

「あーもう、おどかすなっち! ほんとに死んだかち思ったよ!」

「ふっ、すまない。あまりに綺麗な海の透明度に感動してしまってな、思わず海中散歩を楽しんでしまったのだ」

「そんでなかなか浮いてこんかったとか!? まったく、人の心配ば気にせんと勝手なこつばしよっち、他所もんはこれじゃっけん!」

「それって他所もん以前の問題だと思うけど……」

 

安全を確認して泣きやんだひなが、岸壁の上からツッコミを入れる。

確かに、この島の海は都会人にとって感動してしまうほど綺麗なものなのかもしれないが、だからといって転げ落ちたついでに楽しむことはないではないか。

それでも、異様なほどに大物であることだけは思い知らされた。

 

「もしかすると、先生ってすごい人なのかもしれない……何か変だけど」

 

あんなに心配させておいて、いざ問題が解決したら結局おバカな話で終わった。

すごい人なのにどこか抜けている、まったくもっておかしな男である。

 

「それにしても、俺を助けるために迷うことなく海へ飛び込むとは、君は勇気があるのだな。本来ならば無謀であると注意すべき所だが、この保坂、心の底では非常に感動しているぞ!」

「えへへ~。こんぐらい、どうっちこつなかよ~。いつも泳いで遊んじょるけんね~♪」

「なるほど。自然と身近に接してきたがゆえの、当たり前の行動だったということか。実に健康的で逞しい……。いや、王子を助けるために身を挺した君は、おとぎ話に登場する人魚姫のように美しい!」

「うぎゃ――!? そげん褒められっとばり恥ずかしかなるけん、止めちくり――!!」 

 

海上にプカプカと浮いた保坂となるは、おかしな状況も忘れてのん気な会話をしだした。

健気なヒロインに例えられて可愛らしく照れているなるは良いとして、勝手に自分のことを王子に例えて納得顔をしている保坂は、やっぱりきもちわるい男なのかもしれない。

それでも、ひなにとっては2人のやり取りが羨ましく思えた。

 

「むむ~」

 

妙に息の合った2人の様子を岸壁の上から見ていた彼女は、ちょっとだけむくれながら声をかけてきた。

どうやら、なるばかり構ってもらえて拗ねてしまったようだ。

 

「2人とも、早く上がってきなよ~」

「おうよー。すぐに戻るけん、向こうで待っちちくりー」

「うむ。確かに、夏だからと言って服を着たまま泳いでいてはおかしいからな。やはり、海水浴をするならば、水着を着用すべきだろう!」

 

そういう問題ではない。

とはいえ、流石の保坂も服を着たまま泳ぐのには慣れていないため、一応は正論である。

そもそも、彼らには別の目的があるのだから、のん気に泳いでいる場合ではない。

 

「先生、あっちは坂になっちょるけん、そっから上がろ?」

「ああ、了解した」

「そんじゃ行くぞ~!」

 

保坂の返事を聞いたなるは、着ているTシャツの腹部分に空気を入れて簡易的な浮き袋を作り、バタ足で泳ぎ出した。

 

「ほう、面白い技を使う。この俺を感心させるとはなかなかやるな、琴石 なるよ!」

 

あまりお目にかかれない特殊技を見た保坂は、再び感心しつつ平泳ぎで彼女の後を追う。

そして、1人だけ海に入らずに済んだひなは、岸壁の上を進んで2人の先回りをする。

ほんの少しだけいじけながら。

 

「ひなだって泳げるもん……」

 

何となく仲間はずれになったようで悔しくなったひなは、可愛らしく口を尖らせて文句を言う。

彼女もなると同じくらいに泳げるのだが、テンパって泣いているうちに飛び込む機を逸してしまった。

普通だったら飛び込まなかったひなのほうが正解なのに、保坂と一緒に泳いでいるなるを見て羨ましく思ってしまう。

幼いながらも女心(?)がうずいてしまったといったところか。

いずれにしても、保坂が無事だったので、話はそのまま進んでいく。

 

「おまたせー、ひな!」

 

数分後、船を移動させるためにスロープ状になった場所から上陸したなるが、近くで待っていたひなの元へ駆け寄る。

しかし、近寄って彼女の表情を見てみると、どことなく不機嫌そうにしていた。

 

「むすー」

「どがんしたとか、ひな? そげんほっぺば膨らませて?」

「うむ、恐らく待ちくたびれてしまったのだろう。つまらない思いをさせて悪かったな、久保田 ひなよ!」

 

怒っている様子のひなを見て見当違いな答えを出した保坂は彼女の頭を優しく撫でた。

しかし、その行動は構って欲しいという彼女の願いを期せずして叶えることになった。

ただ、残念なことに彼の手は海水でベチャベチャだった。

そんな手で撫でられて頭が濡れてしまった結果、ひなは再び泣いてしまった。

 

「びぇぇぇぇぇぇん!」

 

頭を撫でてもらって嬉しいのと同時に、頭にべっちょりとついた海水がきもちわるくて複雑な心境になったのだ。

 

「あっはっは、泣くほど嬉しかったのか! ならば、もっと撫でてやろう!」

「うわぁぁぁぁぁぁん!」

「えへへ~、先生にそげん撫でられち良かったなぁ、ひな!」

 

三者三様に勘違いをしているものの、とりあえず3人は合流を果たした。

色々と問題も起こったが、とにかく無事に揃ったので再び本来の目的地に向かう。

とはいっても、その場所はもう視界内に写っていたが。

 

「先生、あそこったい! あん壁ば登ったら、ばりすごか夕日見ゆっとぞー! なっ、ひな?」

「うん、ちょうど綺麗に見えるころだねー!」

 

そう言ってなるとひなが走っていく場所は、港に作られた防波堤だった。

高さ5メートルほどの平凡な作りの壁で、海辺に住む人にとっては特に珍しくもない建造物だ。

近くに来てみてもその意見は変わらず、一本の丈夫そうなロープがてっぺんから垂らされている点以外はなんのも変哲も無い場所だった。

ただし、なるが言うには、この壁の上部は美しい夕日が見える絶好の場所らしい。

 

「ここから上に登ろうというのか?」

「おうよ! 登らんば見えん!」

 

なるは、ロープに手をかけながら答える。

目の前にある太いロープには等間隔に輪が作られており、子供でも登れるようになっている。当然、大人の保坂ならば問題なく上まで行けるだろう。

しかし、今日はあいにく雲が多く、たとえ上に登ったとしても望んだ結果を得られるかは難しいところだった。

 

「確かに夕焼け空ではあるが、夕日が綺麗に見えるかどうかは登らなければ分からんな」

「そん通りじゃ、先生! 登ってみらんば何もわからん。見ようちちぇんば見えん!」

 

なるは保坂の独り言に答えると、有言実行とばかりにロープを登り出した。

途中で足を滑らせたためヒヤッとしたものの、慣れているのか特に焦ることなくそのまま登っていく。

そんな野性味溢れる彼女の姿を下で見守る保坂は、となりにいるひなに質問した。

 

「君たちはここをよく利用するのか?」

「うん、とっても綺麗な夕日が見えるから、私たちのお気に入りなの」

「だが、こんな危ないことをして怒られたりはしないのか?」

「見つかったらダメだって叱られるけど、それだけだよ?」

「うむ、そうか……」

 

ひなの返事を聞いて保坂は考える。

子供を危険から守ることが必ず良い結果をもたらすとは限らないのかもしれないと。

何事においても経験に勝ることは無いからだ。

確かにこれを放っておけば大怪我をする可能性はあるが、だからこそ得られるものもある。

そもそも、生物とはそうやって生死をかけることで学び、進化してきたのだ。

当然ながら、その理屈は人間にも当てはまる。

今の社会常識で考えるとかなり乱暴ではあるものの、収入による格差と偏差値重視による差別を増長させるばかりの愚かな教育よりは遥かに有益だろう。

 

「(自分の意思で経験させることで自信と責任を身につけさせ、ごく自然な形で成長を促すわけか。なるほど……教育とは、本来こういうことなのかもしれんな)」

 

文字通り壁を乗り越えようとしているなるを見ながら保坂は思う。

 

「(幼い彼女は、目の前の大きな壁に臆することなく立ち向かっている。だというのに、この俺はどうなのだ。自分の心に負けて、周囲の雑念に流され、書道家として進むべき道を見誤っていた。これでは南ハルカに会わせる顔が無い!)」

 

保坂は、不甲斐ない自分に憤る。

しかし、幸いにも悪意に毒されていない子供たちと出会い、大切なことを教えられた。

いや、思い出させてくれた。

ならば、これからは己の意思で過ちを正すのみ!

 

「とうちゃ~く! 先生もはよ来い! こん壁を越えんば何も見えんぞ!」

 

防波堤の上に登りきったなるが、下にいる保坂に真理を語る。

行く手を遮る壁を登らなければ、その先にあるものは何も見えないし、何も得られない――まさに言葉の通りだ。

その瞬間、保坂の脳裏に館長の言葉が蘇る。

 

『君は、平凡と言う壁を乗り越えようとしたか?』

 

それはすなわち、現状に甘んじて停滞していた、自分自身の弱き心に他ならない。

そうだ、答えはこんなにも身近にあったのだ。

 

「(見つけましたよ館長! 俺が乗り越えるべき壁を!)」

 

これまでは色々と言い訳して自分を甘やかしてきたが、もはやそのままではいられない。

ならば――今から全力を出せば良い。

見えるかどうかも分からない夕日を求めたなるが、迷うことなく危険な壁に挑んだように。

 

「(たとえ困難に挑戦したその先にどのような結果が待ち受けていようとも、逃げるわけにはいかないのだ。それが、生きるということなのだから!)」

 

健康な体と健全な精神がある限り、努力し続けるべきなのだ!

男としても、大人としても。

そして、書道家としても。

 

「(改めて君に誓おう、南ハルカ! この俺は乗り越えるべき壁を越え、誰もが認める最高の書道家になってみせると!)」

 

勝手に気分を盛り上げた保坂は、心の中で決意を叫ぶ。

たとえこれまで築き上げてきた評価が変わってしまうとしても、自分の心に負けずにどこまでも突き進もう。

それが、書道家という道を選んだ自分の成すべきことなのだから。

 

「決意はとうに出来ている。ならば行こう! 南ハルカとの幸せを掴み取るために!」

「……ミナミハルカって誰?」

 

ひなの疑問が表しているように見当違いな決意のような気もするが、とにかくやる気は十分だ。

安全のためにひなが登り終えるのを見届けてから保坂も壁を登り、防波堤の上に立つ。

すると彼の眼前には、雲の合間から見える綺麗な夕日と、その暖かな光で輝く海面が広がっていた。

なるたちの小さな挑戦は成功したのだ。

 

「な、綺麗かろ?」

「うむ……君の言う通りだ」

 

保坂は、視界一杯に広がる絶景に見惚れる。

見慣れていると思っていた夕日も、今日はまったく違って見える。

とても美しく、そして愛おしい。

 

「ああそうだ。この輝きこそ、俺の求めていた愛の輝き! そう、南ハルカを初めて見た時に感じた、初恋のときめきだ!!」

「初恋?」

「おおー、先生は恋ばしちょっとか!?」

「うむ。今俺は、改めて恋をした! この美しい景色と感動を与えてくれた君たちにな!」

 

保坂はそう言うと、とても綺麗な笑みをなるたちに向けた。

普通の状態なら、多くの女性が惚れてしまいそうな状況だ。

しかし、現在彼は上半身裸であり、言っているセリフも子供に言うにはあまりに危険なため、人によっては通報レベルな光景である。

ただし、幸いな事に今は人目が無かった。

しかも、なるとひなにとってはお菓子の妖精という認識の方が強く、そのおかげで子供たちのハートをしっかりと掴むことに成功した。

 

「うお―――!! なるは初めてコクハクばされちったぞ―――!?」

「うわぁ―――ん!! ひなもだよぉぉぉぉん!!」

 

いきなり初めての経験をさせられた(?)子供たちは興奮して騒ぎ出す。

微妙に勘違いしているが、それも仕方が無いだろう。

 

「あはは、あはは、あはははは!」

 

すべてはこの、変な笑い方をしている変人のせいである。

本来なら感動的な場面となるところなのに、とてもカオスな光景が展開されるのであった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆

 

 

何はともあれ、人間として一回り成長した(?)保坂と子供たちは新しい我が家に返ってきた。

辺りはもう暗くなり、もうじき日が暮れる。

そんな薄暗い景色の中に1人の老人の姿が見える。

あれは確か、最初に出会った第一村人ではないか。

 

「あーっ、爺ちゃーん!」

「爺ちゃん? お前のか?」

「そう!」

 

爺さんを見たなるは彼の元に駆け寄りながら答える。

まさか、第一村人が彼女の家族だったとは。

世間は狭いというのはこういうことを言うのだろう。

 

「おーい! せんせ-! 早よ来んば、勝手に箱あぐっぞー!」

「え、なぜですか?」

「引越しやっけん! 加勢に来たがな!」

 

どうやら引越しの手伝いをしてくれるらしい。

しかも、それをきっかけにするように、近所にいる人たちがぞろぞろと集まってくる。

郷長か爺さんが呼んでくれたのかと思ってなるに聞いてみたところ、引越しの車を見て自然と手伝いに集まって来てくれたらしい。

 

「これが本当の親切心というものか。まだまだ人情は健在なようだ」

 

基本的に人の善性を信じている保坂は、彼らの親切を素直に受け入れる。

恐らくは、日本だけでしか見られないかもしれない光景だろう。

こんな優しさに溢れた精神がいつまでも続いていってほしいものだ。

そんなことを思って新たな感動をしているうちに、ひなの母親も来て挨拶してくる。

 

「あら先生、うちのひなが世話になったようで、ありがとねー」

「いえ、礼を言うのはこちらのほうです」

 

保坂は素直に本心を語った。

彼女にはとても大切なことを教えられたからだ。

ただ、濡れたシャツが気になって未だに上半身をはだけたままなので、あまり感謝をしているようには見えないが……。

それでも、ひなのお母さんはなぜか嬉しそうなので、まぁいいだろう。

などと思っていたその時、保坂は背後から忍び寄る気配に気づいた。

 

「(何者!?)」

 

バレー部で培った勘が働き、彼は咄嗟に回避行動をおこなった。

その直後に、子供らしい元気な声が響き渡る。

 

「カンチョ――!!」

 

どうやら、昔懐かしい伝統的なイタズラをやらかそうとしたらしい。

しかし、やたらと敏感な保坂には決まらなかった。

 

「ええーっ!? おいのカンチョーば避けおったやとー!?」 

「ふっ、元バレー部を甘く見てもらっては困るな少年! 俺ほどともなれば、背後の気配すらも手に取るように把握できるのだ!」

「ほぇー、バレー部っち、ばりすごかねー!」

 

保坂にカンチョーを決めようとした坊主頭の少年は、彼の言葉を真に受けて目を輝かせている。

そんな少年に対して、保坂はなぜか部活の勧誘を始めた。

 

「さぁ、少年! 俺と一緒にバレーボールをや ら な い か?」

「うん、やる――!!」

「どがんしてそうなっとか!?」

 

保坂が怪しい勧誘を始めた所で、郷長と一緒に初見の男性がやって来てツッコミを決める。

 

「そいはともかく、こらケン太! カンチョーは禁止っち、学級会で話しおっとろうが!」

「うるせー、ヤニクサ男ー!」

 

ケン太と呼ばれた少年はタバコをくわえた男性に怒られると、捨て台詞を残して逃げていく。

学級会という単語からすると学校関係者らしいが、堂々と歩きタバコをしているその風体は、まるでダメな男だ。

 

「郷長、こちらの方は?」

「分校の教頭さん」

「なるほど、やはりそうでしたか。子供の前でもその態度、まさに反面教師の鏡ですね」

「いきなり失礼なやっちゃね、あんた」

 

確かにそうだが、人の家の前でタバコを吸うのもどうかと思うので、結局お互い様である。

とはいえ、引越しを手伝いに来てくれたことは大変ありがたい。

その後、駆けつけてくれたみんなで引越し作業をおこない、夕食前に大体の作業が終わった。

そして、彼らは別れの挨拶をしながらそれぞれの家に帰っていく。

 

「先生、またなー!」

「ああ」

 

最後に、今日一番世話になったなると挨拶を交わし、ようやく静けさを取り戻す。

しかし、ちっとも寂しくはない。

 

「彼らから暖かな心をもらったからな。そして、新たなアイデアも!」

 

どうやら、彼らの行動からインスピレーションを感じ取ったらしい保坂は右手に力を込めると、早速行動に移った。

1m以上も幅のある紙をふすまに貼り付けて立てかけ、やたらと太い筆と大量の墨汁を用意すると、そこに豪快な字を書き始めた。

数分後、作業を終えた保坂は出来上がった作品を眺めて満足げにうなずく。

それは紙一杯に書かれた【愛】という字だった。

ちゃんとした作品になっている所を見ると、一応ここに来た理由は覚えていたらしい。

 

「うむ、いいできだ。新しき門出に相応しいと言えるだろう!」

 

すると、畳の上においていた携帯電話が鳴る。

東京にいる川藤が様子を確かめるためにかけてきたのだ。

金髪で刺青を入れた彼の容姿はどう見てもアレだが、心の方はとてもまともで、親友の事を心配していたようだ。

 

『で、どうだ? そっちでやっていけそうか?』

「この島でか? あぁ、どうにかやっていけそうだ。こちらに来たおかげで、素晴らしいカレーも完成したしな!」

 

そう言ってかたわらに置いてあるカレーを見る。

実は、字を書く前に完成させておいたのだ。

チキンライス、目玉焼き、甘口カレーの3点セットを夕焼けのように盛り付けた、なるとひなのために考えた一品。

 

「名付けて、サンセットお子様カレーだ! 東京に戻ったら、お前にもご馳走しよう!」

『んなもんいらんわ!!』

 

川藤は豪快にツッコミを入れながら電話を切った。

 

「ふむ、どうやらアイツは忙しいらしい」

 

せっかく心配して電話までしたのにこれである。

まるで子供を気にかける親のような親友の心境も知らず、保坂はカレーを盛った皿を手に取ると、大きな声で宣言した。

 

「待っていてくれ南ハルカ! この島で力をつけて、いつか必ず自分の道を極めてみせる! そして、その暁には君に告白しよう! この胸に秘めた熱き思いを!!」

 

島に来て早々に大作を完成させて自信を得られた保坂は、カレー皿を手に持って高笑いする。

 

「あはは、あはは、あはははは! あはは、あはは、あはははは!」

 

人気の無い闇夜が広がる五島の一軒屋から奇妙な笑い声が響き渡る。

都会だったら間違いなく苦情が来ているところだが、幸いここではその心配は無い。

と思っていたら、玄関に郷長が立っていた。

実は、彼のために夕食を持ってきてあげたのだが……実にタイミングが悪かった。

 

「カレーを頭上に掲げながら笑ってる……」

「あはは、あはは、あはははは! あはは、あはは、あはははは!」

 

どう見ても変な人だ。

不幸にも常軌を逸した彼の様子を見てしまった郷長は恐怖した。

 

「あの……チャンポン持ってきたんだけど…………怖い」

「あはは、あはは、あはははは! あはは、あはは、あはははは! あはは、あはは、あはははは! うぁはは、うぁはは、うぁははははーっ!」

 

自分を見てドン引きしている郷長に気づくことなく、高らかに笑い続ける保坂。

果たして彼は、この先この島でちゃんとやっていけるのだろうか?

その答えは、まだ誰にも分からない。




これにて「ほさかだもん」は完結です。
あまり良い結果を得られず残念でしたが、これも良い経験だと思って今後の糧にさせていただきます。

次は「ご注文はうさぎですか」と「コードギアス」のクロス作品を短編で作ってみようかと考えております。
いつになるかは未定ですが、出来上がったその時は見てやってくださいませ。


それでは、最後までご覧いただき、本当にありがとうございました。

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