ほさかだもん   作:カレー大好き

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第2話 なるはヒロインぞ!

2人の女子中学生が去った後、保坂と郷長は何事も無かったかのように家の中へ上がった。

まずは目の前の居間に入り、向かって右側にあるふすまを開いて隣の部屋を見てみる。

そちらの部屋は押入れなどの収納がある寝室だった。

更に、向かって左手のふすまを開けると、この家で一番広い六畳間に繋がる。

 

「よし、パソコンはすぐに使えそうだな」

 

事前に頼んでおいたネット環境がこちらの部屋に整っていたので、保坂は満足気にうなずく。

しかし、寝室に戻ってきた彼は、とある場所を見ると考え込むような表情になった。

どうやら収納のほうが気になっているようだが、その原因とは一体何なのだろうか。

 

「どうかしましたか?」

「ふむ……あの引き戸の中が気になるな」

 

視線を向けた途端に何かを感じたらしい保坂は、クローゼットと思しき引き戸を開く。

すると、右側の奥に貼ってある怪しげなお札が2枚ほど目に入った。

よく見るとかなり本格的なもので、いわゆる魔除けの札らしい。

 

「郷長、これは――」

「ああ、気にしないで。ただのお札だから」

 

どうやら中身を知っていたらしい郷長は自然な様子でそう言うと、さりげない動作でお札を引き剥がそうとした。

普通だったら「そんなことしていいのかよ」とか「なぜこんなものが張ってあるのか」とつっこむ所だ。

しかし、まったく動じていない様子の保坂は、その隠蔽作業(?)をやんわりと止めた。

 

「いけませんよ郷長。そのお札があればこそ、彼らの心も安らぐのでしょうから」

「はぁ、そうですか……って、彼ら!? 彼らってなんですか!? ねぇ保坂さん!!」

 

郷長は、何やらおかしなことを言い出した保坂に恐怖した。

やたらと心の広い彼は、危害を加えてこないものなら妖精だろうが何だろうが受け入れる度量があったため特に気にしなかっただけなのだが、その余裕が逆に気になる。

とはいえ、本人が残していいと言っているのなら、そのままにしておいたほうがいいかもしれない。

ここで遊んでいる子供たちも気にしてなかったし、問題はないはずだ……たぶん。

 

「……それじゃあ、次行きましょうか?」

「ええ、頼みます」

 

何はともあれ、いわくありげな寝室を後にした2人は、水周りのほうに向かう。

玄関から向かって左側にある居間の引き戸を開けると、古めかしい台所が目に入ってくる。

そこから廊下に出て左手側の突き当たりに洗面台、その右手にお風呂とトイレが設置されているようだ。

それらを順次見て回ると、どれも古き良き昭和のかほりを感じさせる作りをしていた。

 

「ほう、よもやこれほどのものとは思わなかったな」

 

内装を見た保坂は、興味深げに目を見張った。

汲み取り式便所にバランス釜のお風呂など、もはや都会では見受けられない代物ばかりだ。

どれもこれもが古過ぎて、近代的な東京での暮らしに慣れている者なら思いっきり引いてしまうところである。

しかし、ここでも保坂は違う反応を示した。

 

「うむ、これは想像以上に創作意欲が湧いてきそうだ」

「へぇ~、そうなんですか?」

「はい、元々文字と言うものは、こういった不便な生活から生み出されてきたものですから。それを直に経験できることは書道家としてプラスになるのです」

「なるほどねぇ……(やっぱり変わった人だなぁ。でも、真面目な人みたいで安心したよ)」

 

郷長は呆れながらも安堵した。

昔馴染みである保坂の父親から世話を頼まれた時はどんな問題児が来るのかドキドキしていたが、良い意味で裏切られた感じだ。

そりゃ、目上の人にカレーのスパイスをぶちまけてからパンチをかますような人間と聞けば誰でもビビるだろう。

 

「(まぁ、それは事故だったらしいし、この分なら問題ないかな。たぶん)」

 

保坂の人柄を見てとりあえず一安心した郷長は、ほっとしながら説明を続けた。

汲み取り式便所の注意点や風呂場でバランス釜の使い方などを一通り解説する。

そうこうしているうちに数分経ち、2人は再び台所に戻ってきた。

保坂は書道家であると同時に料理にもプロ意識を持っているので、第二の職場とも言える台所は要チェックすべき場所なのだ。

 

「南ハルカならばそうするだろうからな……」

 

台所の入り口に立った保坂は、愛しい女性のエプロン姿を思い浮かべつつ辺りを見渡す。

この家の台所は実にシンプルな作りで、旧式のガスコンロとタイル張りの流し台、そして備え付けの食器棚ぐらいしかない。

借り手がいない間も手入れはしているようで、それほど痛んではいないようだ。

なぜか床に落ちている鍋やフライパンなどが気になるが、東京から送ってきた道具と冷蔵庫を持ってくればとりあえず問題ないだろう。

 

「なに、過酷な状況の方がかえって燃え上がるというものだ。この保坂、粗末な環境に負けることなく、最高の料理人となってみせよう!」

「おお~、すごい気合だねぇ。若者らしくて実にいい……って、最高の料理人!? 君って書道家じゃなかったっけ!?」

 

急に変なやる気を見せた保坂に、郷長はノリツッコミをしてしまった。

まったく、この青年は本当に奇妙だなぁ。

それでも、料理に対する熱意と誠意は本物なので、悪いことではないだろう。

本来の目的を忘れていなければの話だが。

 

「後は一通り掃除をするだけで良さそうですね」

「ええ。水道、ガス、電気もちゃんと使えますから、普通に住めますよ」

 

借り手がいない間もライフラインはそのままにしてあり、問題なく使える状態となっている。

子供たちがここを秘密基地にしていたのもそのためだ。

しかし、古い家だけあって悪い部分も当然あった。

この場には、古い家には付きものの【招かれざる客】がいたのである。

カタカタッ

 

「ん?」

 

保坂は、隣にある食器棚の上から聞こえてきた物音に気づいてそちらに顔を向けた。

見ると、そこには茶筒らしきものが置いてあり、それが勝手に揺れていた。

そして、その理由を確かめる間もなく、そちらから飛んできた何かが保坂に向かってきた。

ぶっちゃけると、この家に住み着いている【ネズミ】だ。

 

「!?」

 

最近作られた家では滅多にお目にかかれないポケモン……もとい、小動物である。

しかし、小さいからと言って侮ってはいけない。

ネズミを媒介とする恐ろしい感染症は多いので、実際に見かけたら早急に駆除すべき存在だ。

残念ながら、現実では夢の国のように可愛いというだけで済ますわけにはいかないのである。

もちろん保坂もその辺は心得ており、すぐさま行動に移った。

 

「ふんっ!」

「ええ―――!? とんできたネズミを空中で捕まえたぁ―――!?」

「元バレー部の俺に向かってくるとは、ずいぶんとやんちゃな奴だ」

 

なんと、恐ろしい反射神経を持っている保坂は、飛び掛ってきた野性のネズミを素手で捕獲した。

本当は直に触らないほうがいいのだが、体が咄嗟に動いてしまったのだ。

とはいえ、気に病むことは無い。

こんなこともあろうかと買っておいた消毒液があるので、しっかりと手を洗えばいい。

後はこの不法侵入者をどうするかだ。

 

「本来なら駆除すべきなのだろうが、今日はめでたい日だからな。特別に解放してやろう」

 

保坂はやたらと爽やかな表情でそう言うと、なぜか玄関から外に出た。

そして、そこから手に持ったネズミを――思いっきりぶん投げた。

 

「さぁ、大自然にお帰りっっっっっ!!!!!」

「って、あれじゃあ別の意味で大自然に還っちゃうよ――!!?」

 

あまりに衝撃的なシーンを目撃して郷長はビックリした。

この家の周りはちょっとした森になっているのでネズミを投げても苦情は来ないが、まさかあんな豪快な手段にでるとは思いもしなかった。

しかし、これが自然の摂理というものなのだ。

人里離れた場所での一人暮らしで食中毒にでもなったら命にすらかかわってくる。

だからこそ、害獣を遠ざけた保坂の行動は間違っていない。

ぶん投げたのは、生き残れる可能性を残してあげた保坂なりの気遣いだったわけだ。

 

「よし、後は手洗いを済ませるだけだな」

「(なんてワイルドな人なんだ……本当に東京から来たのかな?)」

 

あまりに野生的な行動を目の当たりにした郷長は、密かに疑惑の眼差しを向ける。

そんな中、マイペースな保坂は先ほど商店街で買った消毒液を持って台所に戻り、念入りに手洗いを済ませた。

 

「しかし、新居にやって来て早々にネズミからの歓迎を受けるとは。この家は夢の国を彷彿とさせてくれる」

「いやいや、さっきから夢の無い展開の連続ですよ!?」

 

いきなりメインマスコットを追い出しといて何を言うのか。

もはやツッコミ役と化した郷長が、無茶苦茶すぎる保坂の行動に目を丸くする。

すると、そんな郷長を助けるように、すぐさま次のイベントが起こった。

今度は、流し台の下にある引き戸から物音がしたのである。

ガタガタッ

 

「?」

 

気づいた保坂はすぐに視線を向けた。

しかし、外側から見た限りでは特に音が出るような要素は見当たらない。

明らかに中にいる何かが戸を動かした音だ。

 

「ふむ、どうやらそこにもキャストが潜んでいるようだな」

「キャスト?」

 

郷長は聞きなれない単語に首を傾げたが、そこに潜んでいる者に心当たりがあるため、すぐにニヤリとした。

あの女子中学生たちがいたということは、恐らくあそこには【あの子】が隠れているに違いない。

 

「(保坂さんにいたずらする気だな?)」

 

見た目通りにお茶目な郷長は、【彼女】の企みに気づいて乗っかることにした。

これまではやたらとこちらが驚かされけど、今度は逆襲できそうだ。

密かに鬱憤を溜めて込んでいたらしい郷長は、保坂が驚く瞬間を思い描いてほくそ笑む。

だがしかし、ここでも彼は予想外の行動に出た。

 

「このまま夢の住人と戯れるのも一興だが、これから荷解きをしなければならないのでね。彼らと遊ぶのはまた次の機会にしておこう……せいぜい今の内に生を謳歌しておくがいい」

「って、なんか最後に物騒な言葉が聞こえましたけど!? そこの引き戸は調べないんですか?」

「ええ。恥ずかしがり屋の妖精を驚かすなど無粋ですからね。今日のところはそっとしておきましょう」

「は、はぁ……」

 

郷長は曖昧な返事をした。

確かに、自分の意思で隠れているからそうとも受け取れるが、実際はまったく違う。

急にやって来た保坂を驚かしてやろうと隠れて待ち構えていたのだから、探してもらわなければ自分の行動が無駄になってしまう……というか、悲しすぎる。

驚かす側から驚かされる側になってしまった張本人は、放置されそうな流れに慌てて自分から出てきてしまった。

 

「こら―――!! なるのことば無視すんなっち!! ばり寂しかやろが―――!!」

 

引き戸を勢いよく開けると同時に、中から小さい人影が飛び出してきた。

何事かと見てみると、そこには小学校低学年くらいの小さい子供がいた。

彼女は【琴石 なる】という名の少女で、一応この物語のヒロイン(?)である。

髪はうすい茶色のショートカットで、左の前髪を赤い紐で縛っている点は女の子っぽい。

ただし、服装は白地のTシャツに半ズボンという男の子っぽい格好で、腰に縄を巻いて更にワイルドさを上げている。

顔立ちは整っており将来は美人になりそうだが、今はやんちゃな子供にしか見えなかった。

 

「このー! ちゃんと探しちくれんば、つまらんじゃろー!」

 

せっかくの企みが台無しにされて不機嫌になったなるは、保坂のシャツをグイグイと引っ張る。

初対面なのにまったく人見知りしない元気な子らしい。

しかし、この少女はなぜここにいたのだろうか。

流石に事情を知らないと犯罪行為になりかねないので、顔見知りであると思われる郷長に訪ねてみる。

 

「郷長、この子は誰です?」

「この村の悪ガキです。この家を基地にしていたみたいで」

「基地?」

「ああ、コロニーです、コロニー」

「なるほど、彼女はスペースノイドというわけですか。では、アースノイドの代表として仲良くしなければなりませんね」

「……意外な知識がありますね」

 

まさか話を合わせてくるとは思っていなかったため、郷長のネタはまたしても滑ってしまった。

この男に隙は無いのだろうか?

 

「と、とにかくすみません、出て行くように言ったのですが……」

 

出会ってから滑りっぱなしな郷長は寂しそうに言い訳した。

そんな彼を助けるように、丁度良いタイミングで機嫌を直したなるが話に割り込んできた。

保坂のカッコイイ容姿に注目したらしい彼女は、彼に向かって変な質問をしてきたのだ。

 

「兄ちゃん、ジュノンボーイ?」

「ん?」

「こら、なる! いきなり失礼じゃろ」

「美和姉が言いよったよ! ジュノンボーイはかっこよかちた! こん兄ちゃんかっこよかねー、ジュノンボーイよ!」

「それは間違ってなかけど、こん人は書道の先生ぞ?」

「なるほど~、郷長! 字ば書くジュノンボーイったいね~!」

 

どうやら、なるの中では、かっこいい男性=ジュノンボーイという認識になっているらしい。

ただし、言葉の由来は分かっていないようで、郷長と一緒にとんちんかんな会話をしはじめた。

そもそもボーイという歳じゃないという話になり、芸能人が実年齢を誤魔化すようなものだという議論になって、最後にカウボーイは中年でもボーイだから年齢なんて関係無いという結論に達した。

 

「歳ば関係なかっちゅうこつば、やっぱり兄ちゃんはジュノンボーイったい!」

「ふっ、ジュノンボーイか。悪くない響きだ。しかし、その言い方は正しくないな」

「え~。じゃったら、どげん言うと?」

「うむ、一般的にはハンサムやイケメンという言葉が使われているぞ」

「ハムサンドとイカソーメン? 何か食べもんみたいっちね!」

「ほう、男を食い物に例えるとは面白い……そうか、これが噂の肉食系女子というものか!」

「たぶん違うと思いますよ?」

 

すっかりツッコミ役が板に付いてしまった郷長は、気疲れしながらもつい合いの手を入れてしまう。

とはいえ、これで案内は終わりだ。

最初から振り回されっぱなしで妙に疲れたけど、保坂という人物が分かった気がするので良しとしておこうと思う郷長であった。

 

「とりあえず、説明はこんなとこですかね」

「はい、これだけ教えてもらえれば十分です。お忙しいところ、ありがとうございました」

 

一応社会常識を持ち合わせている保坂は、世話になった郷長に感謝の言葉を述べる。

すると、保坂の横にいたなるが、待っていましたとばかりに今後の予定を聞いてきた。

大人の女性からは変人扱いされる彼だが、基本的には面倒見の良い好青年なので同性や子供には意外と慕われるのだ。

 

「ねぇねぇイケメン兄ちゃん! こん後なんばすっと?」

「そうだな……まずは荷物を中に運んで、その後は夕食のカレー作りに取り掛かるつもりだ」

「へぇ~、カレー作れっとか!」

「当然だ。カレーの妖精とまで言われたこの腕前、君にも存分に味わわせてやろう!」

「おおー! 妖精っち呼ばれよっとか! 何かよく分からんけど、ばりかっこよかねー!」

「(う~ん、かっこいいかなぁ?)」

 

目の前でおこなわれている変なやり取りに郷長は首を傾げる。

島に来て早々にカレー作りをしようだなんて、マイペースにもほどがあるだろう。

っていうか、肝心の書道はどうしたと言いたいところだが、どうやら本人もそこに気づいたらしい。

 

「おおそうだ、今日の記念に一筆書いておかねばならんな。カレーに気をとられて忘れる所だった」

「(本当に何しに来たんだろう、この人……)」

 

保坂の父親から聞いていた状況とそこはかとなく違う気がする。

彼をここに送り込んだ理由は、書道家として先に進むために必要な心の成長を促すことだと聞いていたが……その書道を二の次にしている時点で既にアウトだろう。

さっきも最高の料理人になるとか言ってたし……。

でもまぁ、「必要以上に落ち込んでいないのなら良いんじゃね?」と思うことにしよう。

 

「よろしければ郷長も一緒にどうですか? とってもスパイシーなカレーをご馳走しますよ」

「いやぁ嬉しい申し出ですが、この後ちょっとした用事がありますので、私はこれでお暇させていただきます」

「そうですか。それでは仕方ありませんね」

 

保坂から招待を受けた郷長は、面倒なことになりそうな雰囲気を察して逃げようとした。

一応やることがあるのは本当だし、それを済ませた後で荷解きを手伝ために戻ってくる予定なので、今は脱出してもいいだろうと判断したのだ。

しかし、郷長の反応を見たなるは、とある情報を思い出して間違った答えに行き着いた。

それは以前、姉貴分の美和から仕入れた知識だった。

 

「あ~、もしかしち郷長、【カレー臭】ば気にしちょっとね!」

「え?」

「美和姉が言いよったよ! 郷長みたいなおっちゃんはカレー臭ば気にしちょるもんやけん、臭いのこつば言わんように気ばつけれっち」

「なるほど、郷長は加齢臭を気にしていたのですか。しかし少女よ、そのことを本人の前で言ったらダメじゃないか」

「おおっ、そうじゃった! ついうっかりしちょったよ~」

「って、別にそういう理由じゃないよ!? そもそも、私たち中高年だって好きで臭いを発しているわけじゃないんだからねっ!!」

 

ちょっぴり涙目になった郷長は、中高年の悲哀を感じさせる心の叫びを吐露した。

無邪気な子供の言葉は時に大人を傷つけるものなのだ。

社会に出たら色々と気になる場面も多くなるが、みなさんも言葉には気をつけよう。

 

「と、とにかく、私はこれで失礼するから……」

「それでは、玄関先までお見送りさせていただきます」

「なるも行くー!」

「いや、見送りは俺だけでいい。その代わりに、君には居間の片付けをしてもらいたいのだが、頼めるかな?」

「うん、分かった!」

 

保坂の頼みを快く引き受けたなるは素直に頷いた。

散らかったままの居間を片付けなければ荷物を運び込めないので、小さい子供でもできる作業を任せたのだ。

そして数分後、郷長を見送った保坂が戻ってくると、散らかっていた部屋はなるによって一通り片付けられていた。

遊んでいた状態で放置されていたトランプ、座布団、飲食物を一箇所に纏めただけだが、とりあえずはそれでいい。

 

「イケメン兄ちゃん、こげん感じでよかと?」

「うむ、頼んだ通りに片付いているな。上出来だぞ、琴石 なる!」

「えへへ~、こんぐらいどうっちことなかよ~っち、なぜ分かった!? なるの名前!?」

 

褒められて得意げだったなるは、まだ教えていない自分の名前を保坂が知っていたことに驚いてノリツッコミを決めてしまった。

これだけ馴染んでるのに、実はまだお互いに自己紹介をしていなかったりするのだが、なぜ保坂は初対面の少女の名前を知っていたのか。

 

「さては超能力者じゃろ!?」

「ふっ、超能力者か……魅力的な響きだ。しかし、ここがコロニーだと言うのなら、ニュータイプと表現したほうがしっくり来るな」

「にゅう、たいぷ……なんそれ? オッパイのこつか?」

「それでは、乳タイプになってしまうじゃないか」

 

先ほど聞いた郷長のネタに乗っかってみたものの、残念ながら7歳になったばかりのなるにガンダムネタは理解できなかった。

これが若さか……。

因みに、保坂がなるの名前を知っていた理由は、見送った際に郷長から聞いていたからであり、超能力でもニュータイプでもない。

しかし、タネが分からず驚かされたなるは、妙な対抗意識を持ってしまったようだ。

 

「なるも知っちょっぞ、イケメン兄ちゃんの名前~!」

「ほう、ならば聞かせてもらおうか、君の知っている俺の名前とやらを!」

「えっと~、えっとね~、さっき郷長が言いよった~……」

 

保坂に促されたなるは、可愛らしく体を揺らしながら数分前におこなった会話の内容を思い出そうとした。

その結果、求めていた答えが出たらしく、頭上に豆電球を浮かべたような古臭いリアクションをしながら目の前にいる男の名を叫んだ。

 

「イケ・メン太郎!!」

「駄菓子のようで語呂は良いが全然違うぞ」

「じゃあ、どげん言うと?」

「ふむ、俺の名が気になるか? では、一筆したためて教えてやるとしよう」

 

そう言うと保坂は立ち上がり、書道の道具が入っているダンボール箱を外から持ってきた。

そして、都合よく居間に置いてあった折り畳みのテーブルを使わせてもらい、さらっと自分の名前を書き記した。

見ると、真っ白い半紙にやたらと達筆な4つの漢字が書かれており、保坂はそれをなるの眼前に突きつけて自己紹介した。

 

「俺の名は保坂 春香(しゅんこう)だ」

「ふ~ん、中学生のペンネームみたい」

「ほぅ、よくわかったな。まさに、君の言葉は的を射ている!」

「えっ、ほんとに当たっちょっとか!?」

「ああ、そうだとも。この雅号は、中学生が経験する初恋のように甘酸っぱい想いを具現化したもの……そう、南ハルカに対する俺の想いそのものなのだ!」

「ミナミハルカ? 誰ぞそれ?」

 

いきなり変な話を聞かされたなるは、当然ながら疑問符を浮かべる。

とはいえ、この場合は詳細を知らなくて良かったと言えるだろう。

彼の雅号は、【南 春香と結婚した状況を想像して付けた妄想の産物】だからだ。

こういうことを臆面も無くやってしまうところが、【きもちわるい】と言われる所以である。

まぁ、こんな奴でもイイ男には違いないので、いつかは努力が報われる時が来る……かもしれない。

 

「さて、自己紹介も済んだことだし、カレー作りの支度を始めるとするか、琴石 なるよ!」

「おー!」

 

意外とマイペースなところが似ている2人は、先ほどまでのおかしなやり取りなど一切気にすることなく次の行動に移った。

保坂は、外に置いてあるダンボールを居間に運び込むと、料理に使う道具類を取り出していく。

一方のなるは、なぜか荷物の中に入っていたバレーボールを見つけて顔を輝かせていた。

それは最近ほとんど見かけなくなった白い奴で、かなり使い込まれていることが分かる一品だ。

 

「うわぁーい、バレーボールみーっけ!」

 

手に入れたお宝を頭上に掲げたなるは、発掘の成果を喜ぶ。

これは保坂が高校時代に購入した自主練用のマイボールで、運動不足解消のために持ってきたものなのだが、早速役に立っているようだ。

使っているのは保坂ではなく、地元のわんぱく少女だけど。

 

「そりゃ! アターック!!」

 

バシッ!

なるは、テレビで見たことのあるプロ選手をイメージしながらバレーボールを叩いた。

しかし所詮は小一、彼女の打ったボールは狙った所に行かず、あさっての方向に飛んでいってしまった。

しかも、壁に当たって跳ね返ったボールは、皿を出していた保坂の後頭部に直撃した。

ドカッ!

 

「痛いじゃないか」

「あっ、先生ごめ~ん!」

「いや、君が気に病む必要は無い。あの程度のボールを避けられなかったこちらが未熟なだけなのだから。しかし、俺もまだまだだな……まだまだだな……」

「ばり落ち込んじょる!?」

 

保坂は、どんなカレーを作るか考えている隙を突かれてボールを避けられなかったことを密かに悔やんでいた。

よもや、元バレー部の部長ともあろうこの俺が直撃を受けるとは。

 

「認めたくないものだな、バレー部部長の、経験ゆえの過信というものを……」

「先生~、どがんして服ば脱いじょっと?」

 

悔やんでいる間につい熱くなった保坂は、またしてもシャツの前をはだけさせた。

普通なら幼女の前で半裸になるなど危険過ぎてできないことだが、この男には悪意が無いので堂々とやれてしまう。

しかも幸運な事に、被害者(?)のなる本人がまったく気にしてなかったため、話はそのまま何事も無かったように進んでいく。

 

「ふむ、料理関係の道具はこんなところかな」

 

シャツを着なおした保坂は、とりあえず使う物だけを出して一通り確認した。

その間に、またしても暇を持て余したなるは、更に別のダンボールを物色して面白そうなものを探しはじめる。

 

「なんか他に面白かモンなかかな~?」

 

なるは期待を込めて物色する。

しかし、ダンボールの中にあるものは、彼女の希望を満たすものではなかった。

衣類、家電品、仕事関係の書類、書道の道具など、遊びに使えないものしか見当たらない。

その様子に段々と落胆しかけたが、ふと目を向けると丁寧に梱包された貴重品らしきものを見つけた。

なるが見つけたそれは、二つ折りのフタがついた木製の写真立てみたいなものだった。

 

「ん~? 先生~、これなんぞ?」

「うむ……君の持っているそれは、俺の宝物だ」

「先生の宝物?」

「そうだ。我が青春のすべてがそこに詰っていると言っても過言ではない大切なものだ……」

 

保坂はそう言うと、静かに目を閉じて過去に思いを馳せた。

あの懐かしき高校時代――バレーに、恋に、青春を謳歌していた眩しい日々へと……。




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