マルドゥック・マジック~煉獄の少女~   作:我楽娯兵

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コントルノ17

「生」の盛り場に溢れる濃厚な「死」の馨り。暴かれた生の残骸たち。

 狭い廊下に死者が所狭しと立っていた。

 姿はさまざま。全裸の男/張形を股下に咥え込んだ少女/肉塊のような男/顔を腫らした女子高生。

 全員に共通するもの――虚の瞳/ぎしぎしと音を立てる筋肉/ホテルに満ちる死臭と同じ匂い――死者が蘇った。

 言語を話さずただこちらに向かって歩いてくる。

 筋肉が固まってうまく動けていない――ぎこちない動きがさらに不気味さをかきたてる。

 刑事二人もこればかりは恐怖が顔に出ている――稲垣が威嚇射撃。

 

「止まれ! 警察だ。捜査妨害と見なすぞ!」

 

 声を張り上げCAD内蔵の拳銃を突き立てる――死者に言語は通じない。

 だが害意は通じた。

 にわかに虚に宿る敵意――腹に溜まったガスが口から漏れ出す/慟哭の呻き。

 

「チープなゾンビ映画だ。クソ映画にもほどがある!」

 

 寿和は吐き捨てる。この通路は寿和の仕込が刀では取り回しが悪い。

 稲垣が三度の威嚇射撃――死の軍勢の頭上を弾丸が過ぎる/止まる気配なし。

 ナナはCADを構える/形を変える――銃口が開く/蒼く輝く光――「共振」を選択し無力化を図る。

 魔法の弾丸を吐くCAD――着弾。

 振動する座標は頸椎――骨同士の振動はしだいに大きくなり死者の脳を揺らす。

 意味なし――ただ全身に震えが現れただけ。

 

 稲垣がごちる。「一般人に対する発砲は許可されてませんよ。警部!」

 

「一般人あれが!?」今にも突撃しそうな寿和。「死体破損の罪で詰め所のほうが怖いよ」

 ナナはコートの下の五〇口径を抜く。「緊急時です。カメラは押さえました。死者には純銀弾で応えます」

 

 五〇口径を構える/引き金を絞る――悲鳴に似た雄叫び。

 声には「生」の色があった――自然と干渉(スナーク)が働き、ホテル全体を調べていた。

 エントランスに人影/もみ合いになりながら殴り合っている。

 その人物の姿――背丈、顔立ち、髪の本数まで肌を通して理解する。その人物に驚く。

 

「......服部先輩」

 

「え。――捜査官!」

 

 走り出す――眼前にある死者の群れ。相手にしている暇はない。

 脳と四肢にある高磁界発生装置が起動する――全身を覆う擬似的な重力。

 ナナは天井に落ちる――高さもあまりない/死者がもしジャンプできるなら手が届く。実を低く、早く走る。

 取り越される刑事。愚痴る。

 

「非常時だ。遺族に文句言われない程度にあの世に送り返すぞ」

 

「それは警部です。警部はぼくと違って傷口が大きくなるんですから」

 

 冗談で死者への恐怖心を押し殺す――寿和は飛び出す。

 ぎりぎりまで体勢低く走る――狙うは刺突/喉、鳩尾を狙う。

 燻し銀の色をしたタングステン製の仕込み刀が喉を裂く――間髪入れずに鳩尾に下方突き上げ心臓を一刺し。

 喉からはドロリした血が垂れる/刃はするりと入り心臓を突いた――動きを鈍らせた死者/活動は止まらない。

 両手で仕込み刀を掴む――寿和は引き抜く/死者の十指が落ちる。

 横槍――後ろ、横、別の死者が手を伸ばし掴みかかる/後ろに下がる。

 支援/稲垣の正確な射撃。

 稲垣は千葉道場の門下生であるが長物を扱う感覚(センス)はなかった――代わりにあるものは射撃の感覚(センス)

 昨年の全国警察拳銃射撃競技大会を準優勝――今年の優勝候補。

 寿和と稲垣――両者の得意不得意を補い合う二人編成(ツーマンセル)

 寿和に近い手から、手の甲を打ち抜く――死体破損を避けた射撃/腐肉が散り、手を抜けた弾丸が腹を割く。

 爆発したかのような勢いで裂ける――腸内細菌の繁殖と胃腸の融解で生まれたガスが外に飛び出る。人の死臭は喩えられない/あまりの匂いに鼻が曲がりそうになる。

 死者の侵攻は止まることを知らない。心臓を一突きにされ、空気の供給線である気管を切断しようと動き続ける。

 

「定番の脳を壊せってことか」寿和は喉のさらに奥に狙いをつける。

 

「そうだとしたら検屍官には悪い事しますね。脳味噌の詰め直しなんてゾッとしない!」

 

 稲垣はシリンダーを開き空薬莢を捨てる/弾丸をソフトポイント弾からフルメタルジャケット弾に変更。

 正確な射撃――額を射抜く。貫通性の高い弾丸は後方にいた死者の頭蓋に埋まった。

 

「俺も射抜くなよ」寿和は脇構えで飛び出る。「バロウズごっこなんて笑い話にもならないッ!」

 

 狙うは首――一刀両断/断つは首の骨。

 柄に収まるCADを操作――刃の行先を認識し線引きする/握る刀は刀のあり方、折れず歪まずよく切れるを概念として高める。

 半月状に設定した線を刀がなぞる――目線の中央に捉える首/髄骨の両断。

 

「ッシ!」

 

 感情マスキングによる罪悪感の制御――死者の黄泉返しを見事に果たす。

 女性の死者の首を刎ねる――首の皮一枚残す。

 血は足に溜まり吹き出る事はない――首を失った死者はふらふらと歩き、壁にぶつかり仰向けに倒れる。

 

 腐肉を払う。「定番どうりか」

 

「そうでもありませんよ」稲垣はシリンダーを開き、再装填。「首がなくても動いてます」

 

 稲垣の視線の先――首を失った死体/虫の息、もがく様に動いていた。

 

「リボルバー一つじゃもたないかもしれません」

 

「ショットガンでももってくるか」死者が動く現実をどうにかして受け入れる。「いい加減にしてほしいよ」

 

 

 ****/***

 

 

 伸し掛かる従業員を必死に押さえる――口から漂うえも言われる異臭で意識が明滅する。

 服部は従業員の喉仏を肘で抑えながら抵抗する。

 目を剥き、歯を立てる、肌の色は灰色に近い――口から臭うものは忘れもしない横浜の匂い。冷気で冷やされた死体が発する匂いだ。

 肌は冷たい/踏ん張ってはいるものの力ない――己の体重を乗せて覆い被さっているだけ。死人が襲い掛かってきていた。

 払いのけようとするが抵抗される/人が力なく圧し掛かられるのは想像以上に重たい。

 

「うっ…ぐ、ど、っけ!」

 

 じりじりと口が顔に齧り付こうと近づく――CAD、魔法。今片腕を防御から外せば間違いなく噛まれる。

 映画のようにこいつらの仲間入り――そう思えた。嫌だ。

 

「うぐ、うあああッ!」

 

 力を込め従業員を持ち上げる――にわかに「救い」が舞い落ちた。

 天井から落ちる少女/目に宿る虚無――服部の上に覆いかぶさる従業員の顔を蹴り上げる。

 クラッカーでも割れたような音。従業員は数メートル先に転がる。

 呆然――理解が追いつかなかった。

 隣にある黒いアーミーブーツ/べっとりと腐肉がへばり付いている/ほそっそりとした女性的な足。

 見上げれば追っていた少女が見下ろしていた。

 その視線に身が震える――感じた事のない視線/虚無だった。

 死への恐怖ではない/虚無への恐怖がその目にあった。

 何も見ていないように、無関心ですらない――ただ人形の眼光にすら見えた。

 

「先輩」目とは裏腹に怒気を孕んだ声。「どうしてここに居るのですか」

 

 目的を思い出す。「イースター。お前こそここに何をしに来ている!」

 

「いえません。ですが、合法です。学校側にも許されてます」

 

「聞いてないぞ。いいからここを離れるんだ!」

 

 服部はナナの手を取り安全場所に連れて行こうとする。

 ピクリとも動かないナナ――建物を掴んでいるかのようだ。

 体格差からして動いていい筈/動かないナナは服部を後ろに引っ張った。

 投げ出されナナの後ろに倒される――途轍もない膂力/小柄な女性のものとは思えない。

 体を起こしナナを見た。

 蹴飛ばされた従業員がナナに襲い掛かっていた。

 ナナは拳銃型のCADを噛み付く口に捻じ込んでいる――力のない噛み/脆くなった歯茎から漏れる。

 従業員の腹を蹴り距離を取る――鈍い動き/ナナはCADを従業員に向ける。

 CADは形を変える/眩い蒼色の光――攻撃的なサイオンの放流。ほんの僅かナナの筋肉が硬直した。

 魔法が放たれる――目視できるサイオンの塊が従業員の足に着弾。

 ぶくぶく膨れ上がる。――炸裂。

 足に溜まった全身の血――凝固しゼリーのようにプルプルした赤黒い血塊が飛び出す。

 目を覆う/あまりにも残酷すぎる魔法――一条家に伝わる秘術に似ていた。

 片足を失った死者。活動を止める事はなく生命を持っているかのごとく、地に這い動き続けた。

 言葉が出ない/いくら横浜を経験しても、こればかりは理解が追いつかない。

 ナナは地に臥す死者を踏みつける――黒いトレンチコートの下から現れる鉄。

 特化型CADと同じ形状――CADより外観作りが複雑=実弾銃。

 ナナは踏みつけた死者のこめかみに銃口を押つけて――撃った。

 

「イー…スター」地声で聞く。

 

 ナナは何も応えなかった/一言だけ言った。

 

「身を隠していてください」

 

 通路に犇く死者軍勢の中に飛び込んでいく――服部はそれを止める事はできなかった。

 

 

 

 

 手狭な通路で振るうわれている刀――リボルバーの唸り声。

 死の海の対岸で刑事は死を拒絶している。

 死と同化したものに死は恐怖になりえない。肉体の破損を躊躇せず、荒波のように迫っている。

 いったいどれだけの人を殺せば――百は逝かずとも十二十はいる。

 四四口径マグナムを握る――ビジョンが囁く。

 

(もっとだ! もっと大きく!)

 

 助言/虚無への同化。素直に従った。

 

「ウフコック。五六口径」

 

《刑事に当たらないか?》

 

「制御する」

 

 ウフコックはナナの要求に従う――重厚な破壊力が姿を現す。

 ナナはCADを干渉(スナーク)し、弾道が上方向にスプリングする魔法を組み上げる――撃つ。

 爆音――行く先を覆う腐肉の群れが木っ端のように散る。赤黒い血は重力(フロート)の盾で跳ね除ける。

 稲垣の呆けた顔が見える――寿和は散った死肉を頭から浴びてしまい白いシャツが真っ黒に染まっていた。

 CADをしまう――突然に通気ダクトが騒音を鳴らす。

 バン! バン!――何かが中を這いずっていた。

 肌が捉えた溝鼠――無理な体勢で這い進む、手錠で拘束した筈の男。

 

「くそっ」悪態をつく――奥の部屋を覗く/ベットに嵌る手錠のみ。

 

 通気ダクトは到底、人が入れる広さではない――入れることを可能にする方法は一つ。

 

軟骨格体(シェィプ・シフター)......っ!」

 

 ようやく男の首筋にプラグがないことに合点がいく。

 軟骨格体(シェィプ・シフター)の取り柄は何を隠そうともその軟体性にある。

 骨を特殊なコラーゲンと造血性プロテインで作り変える/皮膚を原形質糸代謝ゼラチンに入れ替え、無脊椎生物のような軟体性を手に入れる。

 軟骨格体(シェィプ・シフター)の最も必要がないもの――間接/間接となりえる硬質部分。プラグもその一つ。

 どこで軟骨格体を手に入れたかは定かではない――逃がすわけにはいかない。

 ダクトに向け五六口径が火を吹く――天井に亀裂が走り、ダクトが捲れ上がる。

 ダクトから床に落ちる溝鼠――恐怖の表情を浮かべたアウトロー。情けない声を上げ脱兎の如く逃げ出す。

 

「待て!」声を張り上げる稲垣――止まる気配なし。

 

「相手は義体です。頭以外どこを撃っても大丈夫だ」ナナはそういいアウトローに向け五六口径を撃つ。

 

 機敏に反応したアウトロー――奇妙な態勢で五六口径弾を避ける/避けた先の壁に馬鹿でかい穴が開く。

 狙いを定めた稲垣/正確無比な射撃――完全被甲弾はアウトローの腹に直撃。

 抜いた――ナナはそう思った。代謝ゼラチンの防弾機能は皆無、防弾服を着ていても貫通力を魔法で上げた弾丸は防ぎようがない。

 貫通した筈の弾丸――腹から出てくる/アウトローの全身の皮膚が撓み、波打つ。

 

「なっ!」

 

 稲垣の驚嘆の声――ナナも驚いた。抜けない――軟骨格体(シェィプ・シフター)自体が特殊義体だがさらに改良を施したのか/だが見た目には変わりない。

 間髪いれずに稲垣は撃つ――男の体が撓み、波打つだけ。

 新たな攻撃/剣客が走る――鬼のような気迫を纏う寿和。

 アウトローは熊に追われているかのような表情を浮けべ振り返った――脇構えからの逆風の切り上げ。

 刃は男の睾丸を捉え、恥骨を両断する筈だった――何の抵抗もなく頭まで両断される。

 

「なんだこりゃ!」

 

 寿和の両断した男――ぶよぶよとした皮に変化し、中より新たなモノが出てきた。

 その姿――芋虫の脱皮に似ていた/寿和は脱皮した皮を切ったのだ。

 一回り小さくなったアウトロー/服も一緒に斬られ全裸で逃げていく。恥部の姿は既になくつるりとした股下があるだけ。

 血でずぶ濡れの寿和は逃げる男と脱皮した皮を交互に見る――ナナは追った。

 一本道――エントランスには服部がいる。

 五六口径を構える――左手の部屋から刃が飛び出す。?型の刃/床に転がるフラッシュバン。

 目を覆う閃光――肌を頼りに引き金を引く。

 爆音――ガラスの割れる音。光が弱まる。

 割れた窓ガラス――銃を構え覗く。

 

「ッチ。逃げられた」

 

 色の絶えない街並み――あの双子を見た。

 相変わるずの破廉恥は衣服/屈強な体の両腕に抱きついていた。

 抱きつかれた男が振り返る――その目は魔法師への怒りが宿っていた。




 これを書く為に定期的に悪の経典や果てなき乾きを見て最悪な気分にしてきたが、最近気分が落ちない自分がいる。

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