マルドゥック・マジック~煉獄の少女~   作:我楽娯兵

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コントルノ16

 2096年1月27日

 

 巳の刻――無計画、と言うよりも無秩序の街=渋谷。

 見渡す/限られた年齢層――若者、若者、若者――ただ群れて騒ぐ。

 そんな街が好きになれない/嫌いだ――眉を顰めながら歩く服部刑部少丞範蔵。

 制服姿で前を先行して歩く教員の後に続く――補導されたわけではない/郊外警邏とでも言うべき。

 目的/校内の風紀維持――校内で蔓延する薬取引の制圧、及び生徒の安全確保/部外者(アウトサイダー)の毒牙。

 責務――十文字克人もやっていた/課外活動連合会会頭からは少々出すぎた行為。

 無謀であることは理解している/郊外――学校と言う後ろ盾は無い。十文字克人は「家系」と言う強大な力があったから出来たものの、自分にはそれが無い。

 教員すべてに反対される/無理を言い通す。無論、七草真由美にも反対される。

 十文字克人の思慮――教員同伴で危険(、、)がないのであるのなら、と。

 法外な認可/縛りはきつく締め付けていた――「危険(、、)がないのであるのなら」。

 そんなのこと、あるに決まっている――危険だらけ/薬は誰しもの心を壊す――恍惚を得られ、攻撃的に、己を崩壊される。

危険(、、)がないのであるのなら」――危険だらけの場所に近づけさせない/十文字克人は服部にそう言い渡したようなものだ。

 あの大胆で豪快で巌の背を見てきた服部には失望のとも言える感覚が芽生えた。

 ある種の疎外感/何の後ろ盾も持たない自分への劣等感――怒りとも違う感情が鬩ぎ合う。

 先行する教員=十文字家の息が掛かった魔法師/今まさに服部の手綱を持っている。体のいい監視役だ。

 ただブラブラと薬の匂い渦巻く渋谷を連れ回される――危険とは程遠い「安全」な道筋。

 不満を顔に出さないように無表情を貫く――頃合を見計らい教員は今日は切り上げる、と言う。

 服部は承諾するしかない。大通り近くまで送られて別れる。

 ぽつぽつと家路に着く/また渋谷に戻る?――教員の反対を抑えた十文字克人の顔を潰す事になる。大人しく帰ることを選択する。

 空腹――夕食を摂っていないことに気づく/近場のファーストフード店に入る。

 混雑はあまりしていない――2分も掛からず作られるバーガー。窓際の席に移動する。

 バーガーに齧り付く/妙にくすんだ肉の味/例えがうまい人なら深みがあると言うだろう。服部は隠さずくすんでいると言う。

 肉の主成分――着色合成タンパク質の成型肉に食用カエルのミックス。牛の味に似せてはいるが、舌が鋭い人はすぐに気づく。

 安価な素材/安価な製造費――大量生産が出来て、いくらでも「廃棄」してもいい食材たち。まるで存在その物に価値が無いといっているようにも感じられる。

 無意味な街/己が行う無意味な警邏にはいい食事――惨めな食事。

 何気無く外を眺める/夜間に現れる無秩序に酔いしれるものたち――ただ群れて騒ぎたいだけの集団。

 見て居るだけでイライラする/群れる時間があるのならもっと有益な事に時間を割くべき――そう考えてしまった服部は自分の思考がどれだけ硬いかを痛感してしまう。

 合成食品を胃袋に押し込んだ/食後の満腹感に入ろうかとした時、ふと見知った顔が見えた。

 白灰色の髪/白い卵のような肌/小柄で綺麗な少女――ナナ・イースター。

 彼女も娯楽には興味があるのか、そんな想像をしていた。

 短い転入期間/部活は入っていない/交友関係はあるが深すぎず、どちらかと言えば浅いくらい。

 学生なら娯楽に興味を示すのは当然――と思っていた。

 にわかに現れる男二人――眠たげな目元の男/スーツ姿の凛々しい男。

 僅かに話共に渋谷に解けていく。嫌な想像が脳裏をよぎる。

 

「まさか......な」

 

 紙のバーガートレーを捨てる/店を出て彼女の向かった方向へ。

 渋谷の奥地/青、赤、黄、緑/色鮮やかなネオンが徐々に一色へと変わっていく。

 赤、ピンク、紫――気分をそういうものにする視覚的要素=風俗街。

 頭に浮かんだ想像が現実味を佩び始めた。生真面目そうな性格/裏にある性格は男には読み取れない。

 想像が過激に発展――淫らなナナの笑顔が浮かぶ。振り払う。

 もしそうであるなら犯罪=援助交際の可能性。男性二人と?――女性の裏はわからない。

 彼女――奥に、ピンクの性の色で飾られた街へと。気取られないように慎重について行く。

 ビルの中に入ってく/周囲の雰囲気は既にまともではない。

 彼女が入ったビルの店舗案内――一階、リラクゼーション鈴鹿/二階、ホテル:グランド/三階、玉蹴りパブ。

 見ているだけで嫌になってくる/三人を追う――制服姿の自分が街の環境から浮いている事に気づいていなかった。

 エレベーターに乗った三人/二階に降りたことを確認し階段で追う。

 ホテル:グランド――ただのラブホテル/ふいに鼻を突く不快な匂いと肌を刺す冷気。

 不気味な雰囲気。エントランスの従業員は虚空を見ていた。

 

「あの......」

 

 ナナの入った部屋を訊く――答えない。

 従業員の目が服部を見た――腕を伸ばす。筋肉が固まったぎしぎしと言う軋み。

 胸倉を掴まれる/歯を剥きだしにした従業員の口からは死臭が漂った。

 

 

 ****/***

 

 

 ナナ、寿和、稲垣の三名の捜査――新たな目星/渋谷の風俗街。『血浓于水』を取り扱う店。

 夜の渋谷で待ち合わせる/明るく寒い日本の夜――小さな島国に出来た人口密集地。無駄に人が多い。

 夜の十時五十一分。

 合流し渋谷の風俗街に向かう。

 気力に溢れ騒ぐ若者の姿が徐々に消えていく――代わり現れる淫らな売婦とポン引き。

 花街を彩る色は国の壁はなかった――どこも同じ/薄暗く、鼻腔の奥を刺激するお酒の匂い、そして目に刺さる色。

 奥に、さらに奥に――法に触れない真っ当な店は姿を消し、苦痛と悲嘆を売りにする店が多くなる。

 

「捜査官、ここです」

 

 寿和の案内――三階建てのビル/マッサージ、ホテル、パブ――全店舗まともそうには見えない。

 二階の店/日本の麻薬課よりもたらされた情報――『血浓于水』を取り扱う者がいる。

 店の中に入る――寿和はエントランスで受付を済ます。

 鍵を受け取り、その部屋を目指す。

 

「情報通り、です。受付に捜査官が内線を使ってもフロントは取り合うなと言ったら即オーケーですよ」

 

「監禁目的にも部屋を提供しているってことですか」

 

 稲垣が補足。「その手の噂が絶えない店なんですよ、ここは。捜索願が出ている二人の女子高生がこの店に入ったと目撃情報もあります」

 

 鍵に付いた部屋番号プレート――三号室。入る。

 存外清潔な内装/和風の部屋を見回す――行為を昂ぶらせる道具が棚の上に積み上げられている。

 冷蔵庫/料金を設定がいい額をしている。

 天蓋付きベットからは手錠が垂れている/SM用というより本格的な監禁用の手錠が。

 刑事二人は「戦闘」を想定/自分のCADの確認を始める。

 稲垣はホルスターより武装一体型CADを抜く/薬莢(ケース)の大きさからして恐らく四〇口径リボルバー/スピードローダーに弾を付けている。銃では気が合うかもしれない。

 寿和は新調された仕込刀に扮したCADを確認している/CADの動作に問題はなさそうだ。

 肌に感じる妙な視線――部屋に設置された盗撮カメラを干渉(スナーク)で壊す。

 このホテルは妙だ。カメラは盗撮マニアに売るものとしても、客の気配が全くしない。

 エントランスも会話に支障がないものの、目は死人そのもの――そしてこのホテルを覆う冷気と匂い。ここの匂いはまさに、

 

「死体安置所......みたいですね」

 

「みたいじゃなくて、多分そうですよ。この匂いだけは誤魔化せない」

 

 真剣な顔つきの寿和/全室そうなのだろう――部屋数は約8部屋。一部屋二人と考えて、十六体の死体があることになる。

 刑事は「耳薬」を注し無線通信を可能にする。

 

「千葉警部。この店の営業許可はどうなっているんです?」

 

「申請は通ってます。ですが麻薬課が目をつけて営業停止も寸前ってとこです。自分達が違法ドラッグを見つけたら営業停止です」

 

「分かりました」

 

 三人は部屋を出る――奥の部屋/七号室へ。

 薬物の売人が入っているとのこと/渋谷のアウトローからの(ゴシップ)

 刑事二人をドアの扉の位置から見えない場所に移動させる/女性の方が悪い印象は受けない。

 ノック――僅かに時を開け、扉が開く。

 

「......なんだ」

 

 グレーの革ジャンを着た男/機械化していることを肌が感じ取る。

 やつれた印象――やつれる事なんて無い筈の機械の体/精神的雰囲気――斜視を起こしたした目はヘロイン中毒者特有の症状/窪んで見える目の周り、空虚を見据える目は死人を思わせる。

 

「特別な薬をくれる」自分でも驚くような媚びた声。「売ってくれない?」

 

 男は斜視した目で睨み、部屋の中に引っ込んだ――チェーンが外れる音/扉が開いた。

 無線で寿和に待機を願う。ナナは部屋の中に入る。

 始めに五感が感じ取ったもの――匂いだ。

 変哲も無い部屋/三号と同じ作り――ただ違うものは部屋に満ちた性臭と飲食物の臭いだ。

 男はソファーに座り込みテーブルのアルミ箔を手にした――粉をアルミ箔に乗せ筒状に/平然とヘロインを吸引し始める。

 吸った後に来る間――男の目に徐々に生気が宿った。

 

 死者から生者に変わる男。「どのカクテルがほしいだ。今の売れ筋はシャブだが」

 

 ポケットから取り出す/“ダックカッセラー”の押収品――現物の『血浓于水』。

 男はそれを見て下卑た笑いを一瞬浮けべ部屋の中を漁りだす。

 ナナは周囲を見渡す――不思議な部屋。ウフコックがほんの少し震えた声で話しかけてくる。

 

《嫌な匂いだ。薬にゲロ、酒に血の匂い》

 

――どういう事?

 

《苦痛の匂いだ。ベットの手錠にべっとり付いている》

 

 和室の散乱したゴミを見ながらちらりと見る――ベットには脱ぎすてられて白と赤のボディーストッキングが二着。黒のシーツに付いた染み――あの上で何かが嘔吐したようだ。

 和室に敷かれた布団/足元の頚部硬膜外用のブロック注射――サイボーグ用の注射器だ。

 基本的に血管と良い喩えるものが少ないサイボーグ/効果的に興奮分子を電脳に届けるかと言うと、首筋より太い注射器で電脳を刺し貫き「直接」電脳に打ち込むのだ。電脳故障が多い方法で薬品投与中に死亡するケースが多発している。USNAでは視覚から快感を得るデジタルトリップが主流だ。

 危なっかしい物が転がっている/足に刺さったら大変だ。屈み拾う。

 にわかに衝撃――背中に覆いかぶさり、男が抱きついてきた。

 驚きで素の声、女の子としての声が出てしまう。

 

「きゃ、ちょ、やめて!」

 

 血走った目。「女の子一人でお薬買いに! 金は今回はいらねえ。なあ、一発ヤらしてくれよ」

 

 物凄い力で腕を押さえつけられる――押し倒され布団の上に。

 獣め……――心の底で毒づく。男は機械化をしている/私は「失楽園」の技術がある。力の差は明白だ。

 力任せに跳ね除けようかそう思う。だが『血浓于水』の在り処がまだしれない。

 男の口調からあることにはある様だ――出さして現行犯と持ち込む。それまで好きにさせてやる。

 

「可愛い面してるじゃん」

 

 わざと震えて見せる――男の興奮を誘い、薬物の出を早める。

 男の手が服の中に/じらすような手付き――早く薬のありかを。苛苛させる。

 

「こいつが飲みたかったんだろ」

 

 左腕がナナの胸に――右腕が服の下より『血浓于水』を取り出した。

 瞬間、ナナは男を跳ね除けた――天地が逆転し、男の上に。

 跨った状態――驚きで呆然とした顔に拳を叩き込む。頬の骨格を砕き、歯を二・三本へし折る。

 

「女を舐めるな、女の貞操は薬よりずっと重い。これは胸を触った罰です」

 

 とどめに鼻を折った――素っ頓狂な叫び声が上がる。

 枕元に転がった『血浓于水』/男を仰向けにひっくり返す――電脳錠を取り出す/首筋のプラグに差し込もうとする。

 

「えっ......」

 

 男の首筋にはプラグがなかった。

 異常――通常、義体の身体機能ソフトウェアをアップデートするためプラグはどの義体でも存在する。

 プラグ存在しない義体――どんなに違法出力の義体であっても製造段階で型番は付けられ管理されている。

 義体はその存在自体が国によって管理されている/個人での製造は経済的に無可能である。人工筋肉から骨格製造掛かる資金の流れは「プール」によって管理保存、密造は不可能だ。

 だがその不可能がこの場にいた――プラグ存在しない孤立義体(スタンドアローン)が。

 にわかに聞える発砲音。

 ナナは男の腕に手錠を嵌め、ベットの柱に縛り付ける。

 CADを抜き部屋を飛び出す。

 刑事二人が戦闘態勢――寿和は抜刀し、稲垣はリボルバーを抜いていた。

 稲垣の向ける銃口の先――そこには死者が溢れていた。




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