2096年1月13日
魔法犯罪課――暖房もないコンクリートが剥きだしの部屋。
設置されたいくつかのデスク/魔法犯罪課に所属する人数分は無い/経費削減の波に飲まれ、課長用とそれに加え二つの共用デスクがあるだけ。
共用ネット端末――開かれた複数のタブ。
仮想戦時特定情報保護影響調査委員ホームページ/でかでかと宣伝される新法案――プロファイラー治安維持法案。
冷えかけのコーヒーに口を付ける。安物のインスタント。
大手ニュースサイト/見出し記事。
『逓信省次官殺される――難民の怒り爆発か?』/『狙われる魔法師。血を抜かれ衰弱。犯人は吸血鬼?』
端のタブ――総合電機メーカーのサイト。ある商品のページ。
「えらくお高い
近年出回りだしたロボット/現代風の呼び方では「ヒューマノイド・ホーム・ヘルパー」。
音声対話型インターフェイスを備え、人間との相互の関係性をより親密に、より信頼と利便性を高めた家事手伝いロボット。まだ第三次世界大戦が起こるもっと前、昭和と呼ばれた年号が時として流れていた時代の夢が形となり現実に実現した。
手放しで喜んでいいものか。人の唯一の「二足歩行」の特権を「生」を持たない機械に渡していいものか――警官の寿和が考えるチープなシンギュラリティがそこにあった。
人型女性の、しかも童女のガイノイドを造る会社――エクス・マキナ解析所/販売元はミームナード社。
型番――Type4498“キリエ”。他社の3Hとは一線を画す値段表示――購入評価に不満の声は無くどれも賞賛のコメント。
『他の3Hには見られない表情造型だ。ぜひ買ってほしい』『行動も動きもぎこちないが機械と思わせない動きがある』『感情表現は他では造れない。成人タイプの物も作ってほしい』
寿和から虚空に放つ愚痴。「そんな金あるなら買ってるよ」
ミームナード社のページを閉じ他のサイトに――買いもしない高級通販サイト。ガイノイドで検索。ピックアップされるさまざまな人形。駆動するものから、ただの人形まで。
一体のラブドールを見て舌を巻く。「ただの人形に八十万もだせねぇ」
シリコンの肌で出来た昔ならの本物人形――中古車ぐらいなら軽く買えてしまいそうな値段。そういった「特殊」な性癖の持ち主たちのニーズに応えた結果。それなりの熱意を感じるが寿和にはただの人形とし感じられず、それを愛でるものたちに言い知れる感覚を感じる。
相容れないものたち――渋い表情を浮かべながら画面をスクロール。
『キリエ』のページを開く――コメントを見ている中に興味を示すものが一つ。
「購入時の機体にオプションで“性交”機能が追加ねえ......いよいよただの
機体形状の事もあり、それを購入しオプションを付けようものなら、言い逃れできぬ『異常性癖』者である。
安物の、背もたれが低くスポンジも薄い椅子に深く腰掛ける。隣のデスクには課長が置き去りにしていった嗅ぎタバコが転がっていた。
課長のもの――魔法犯罪課には私物と言えるものは無いに等しい/身体と服とパンツぐらしか私物といえるものはない。
日本では珍しい嗅ぎタバコは魔法犯罪課の粗悪な部屋には打って付けの趣向品だ。空調もまま成らない部屋で紙巻タバコの煙は充満しやすい。その分粉末状の嗅ぎタバコは煙も無く、仕事が回ってこず待機の多いこの部署ならちょうどいい。
片鼻を押さえ吸う直前に魔法犯罪課のドアが勢いよく開く――驚きで粉末が宙に舞い嗅ぎタバコはお預け。
「先輩。例の薬、成分解析終わりました」
「......静かにドアを開けれんもんかね」
稲垣は成分表を寿和に渡す。「ドンピシャですよ。お六の残したメモリーセルの成分表と一緒に残された薬物、同一のもので間違いないそうです」
眠気で霞む瞳で成分表を眺める。「それで、これは危ないモノなの? 違法薬物所持で捜査方針の切り替えとか嫌だよ」
「それがですね。該当するモノがデータバンクに無いそうなんです」
寿和の動きが僅かに止まる――険しい表情から気だるそうな表情に。
「新薬? そっちの取り締まりは警視庁の管轄でしょ」
「新危険ドラッグの記録保存が警視省の管轄で危険ドラッグ自体の取り締まりは警察省だ、そうです」
「はぁ......体の良い逃げ口実だこと」寿和はお六の残した薬の成分表を睨む。「類似するものはあるの?」
「はい。一部粉末が
「完全不明の化学薬品てことね......これ見るかぎりだと、コカインのようなアップ系ドラッグみたいだけど?」
「よく分かりましたね。混ぜ物の効果もあると思いますけど、主成分の効果が絶大みたいで」
「ぶっ飛びすぎて抜けられず、
「いえ......それが主成分のほうはドーパミン賦活作用を抑制するものだそうで」
寿和は身を起こす。「どういうこと?」
「なんでも鑑定官の話じゃあ、この純粋品を服用したものはハイにならず一定数の幸福を味わえると......」
「
「現段階で
「......ちょっと待て、これウチでの部署でやるの?」
「あ、はい。
寿和は安物の椅子にもたれ掛かる。疲れから来る唸り声。
吸血鬼/連邦捜査官の来訪、監視/逓信省次官の違法ドラッグ所持のスキャンダル――大きすぎるヤマが山積していた。
詰め所よりも劣悪な環境の部署で年明け前から泊り込んでいるのだ。文句の一つや二つ、十や二十も出てくる。
優先事項の「連邦捜査官の監視」/監視対象が年頃の妙齢の少女ときている。相手しづらいことこの上ない。ただ別の捜査官は破天荒の噂も聞く、悪目立ちしない分気が楽である。
「先輩、仕事中に自慰道具の鑑賞ですか......」
目ざとく端末画面のモノを言う――“キリエ”の商品紹介ページ/少女の裸体画像/モザイク処理済。
「あぁ? 違う違う、一体足りないて捜査官が言ってたろ。その機体」
「これがですか?」稲垣はガイノイドの仕様とコメントを覗く。「やけに
「お外の国の人間だ。どんな趣向を持ってたって疑わんよ」
“キリエ”を紹介するGIF画像。カメラの存在を意識して目線がこちらを向いていた。
透き通る銀色の眸――寿和は身震いする/人間味溢れる姿。だが間違いなく人形の無機質さがあった。
****/***
日暮――第一高校のカフェテラス。冷め切ったカプチーノを置きっぱなしに。ある資料を見続ける。
個人的な、ただの私怨でもある/仕事としても――横浜に居た傭兵。
〈ヴェルミ・チェッリ〉の手がかり/紙媒体で送付されてきた書類――送付主=マルドゥック市警。ヴェルミ・チェッリに類似した別の傭兵たちの関連資料――マルドゥック市を震え上がらせた恐怖の集団。
〈カルト・カール〉
暗殺・誘拐・脅迫・拷問――
そのやり口は巧妙で、人の命を短時間であれ「延命」させる術に長けていた。脳と循環器系を保護し拷問を施す方法は拷問等禁止条約を挟まなければ、どこまでも人の苦痛を引き出せる。肉体的であれ、精神的であれ。
添付されている画像/拷問にあった被害者の遺体――あまりの悲惨さに吐き気すら模様する。
虚無の形。残酷の一言――スナッフフィルムを見ているようだ。
四肢の無い遺体/無数の打撲痕、縫い目、焼き傷、性器も切除され弄ばれている――被害者名=ウィルバート・アラン。
同様の遺体画像/先程のものより
女性の被害者/同じように四肢は無し。執拗な殴打――体型が変わるほどのもの。別写真で写される切除された十指/発見箇所の記載――“犯人は被害者に必要以上に恐怖と屈辱を与えているものと見られる。十指をペニスに見立て被害者を犯しているようだ”
同じ女性という立場から見ても哀れみを隠せない。被害者の名前を確認――メラニー・スタントン。
印象――被害者たちが受けた
ヴェルミ・チェッリとはまた違う印象を受けるカルト・カール――虐殺が遊戯のような感覚の
稚拙/老巧――似通っているが根本が異なる集団に思えた。
頁をめくる。カルト・カールの姿――その形。
怪物たちの写真/先程の丁寧な書き方から一変して殴り書きのメモ。
十二人から成る集団――ネクロテックのようなその姿。すべて統一された赤色。
赤いフラミンゴ男――記載メモ=『火吹き野郎』
一輪バイクと融合したライダー――記載メモ=『鞭に注意、骨までもっていかれる』
フックを腕につけた蚤男――記載メモ=『どこまでも飛び跳ねやがる』
下半身の無い巨漢の赤ん坊――記載メモ=『どデカイ赤ん坊、左手には注意』
人間大のゴキブリ――記載メモ=『補助アームには気をつけろ。針だらけ』
男性器を模した角を持つトナカイ――記載メモ=『女は中身以上に怪物を仕込んでいる』
大量の銃を移植したアヒル男――記載メモ=『
ベビーカーを押す喪服老婆――記載メモ=『改造ベビーカー。水溜りに気を使え』
ラバースーツの蛙男――記載メモ=『通気口を移動する。身体はタコだ』
腕と下半身の無い案山子ベイビー――記載メモ=『厳重注意。重要参考人』
造詣と言えるものは残っていない。異形の終着点――
最後の二人に目を通す。在りもしないビジョン――あの少女と死んだアウトローが重なり合う。
ローラーブレードのバレリーナ――記載メモ=『噛み付きは注意。骨までしゃぶられる』
ビジョンの叫び。横浜の光景――ブラックドックが叫んでいる。“兄弟全員連れて生き続けてやる!”
ビジョンの笑い声――天を仰ぐ狂乱の聖女。“殺しにきたよ!
頭のなかを綯い交ぜにする。怨嗟は心を砕き、狂乱は脆さを運んでくる。
虚無は囁く――『俺はこの事件を制圧するだけだ。何かを解決するためにやったわけではない』
「......違う。私はこの事件を解決したいだけ。制圧なんてしたくない......」
昏い虚無はそう言うだけ――何か可笑しな感覚。居ないものにただ言い聞かせる。
気を落ち着かせる/ファイルを閉じる。
拷問事件カルト・カール報告=記録者:フライト・マクダネル。検屍医:ワン・アンド・モス。
「イースターか? どうしたこんな時間まで」
唐突に呼びかけられる――声の主=渡辺摩利。随伴に服部刑部。
「一人か? 転入生なら引っ張りだこだろ。よく抜け出せたな」
ナナの苦笑。「私は人付き合いが悪いですから」
「本当か? そうには見えないな」渡辺先輩は向かいに腰を下ろす。服部先輩は警護者の如く立って待つ。
「風紀員の見回りですか?」
「そんなところだ。世代交代なのだがね、身についた癖が抜けずにこうして見回りしている」
癖から抜けられず、どうすべきか迷っているようだ。無理して変えるべき事とも思えなかった。
「イースターは何をしている?」
「少し調べ物を」
「このご時勢に旧式メディアでか? 図書館に行けばもっといい物が揃っているぞ」
「あー、これは魔法関係の物じゃないんです」
「と、言うと?」
「女性が見て気分のいいものじゃないです」
「男性が見ても......だろ?」
見透かした言い方/理由は分かる。報告書の年季の入りようは論文のように丁寧に管理はされていない。
タイトルが見えなくとも/モノの在りようで見極める、魔法式と同じなり――どこかの魔法師が残した言葉の体言。
「来訪者を一人にするのもなんだな。どうだ? 見回りを一緒にしないか」
「......構いませんが」
腕時計を見る――午後六時二十一分/寿和刑事、稲垣巡査部長両名の待ち合わせまで時間はある。
「では行こう。見回りといっても他の者が大方終わらしている。散歩のようなものだと思ってくれ」
渡辺先輩がカフェテラスを出る――後に続く服部先輩。ナナも黙って付いていく。
見回り/警邏――実技棟、講堂兼体育館、第一小体育館の順に回る。
放課後の高校/部活生が幾人か残ってはいるが時間は既に遅く数は少ない――広大な敷地面積の割りに人気が無ければ孤独感はいくらでも味わえる。だが学校という空間はそういった感覚にはならなかった。
別の感覚――人が居ないことで作り出される静寂がナナは楽しかった。
一人ではないけれど、孤独から来る“楽しさ”だ。
見回りは一頻り終える――風紀委員室/会いたくもなかった旧友との再会。
「達也君。見回りは終わったのか」
「はい。問題は有りません」
同じクラスの司波達也/話しかけなければ寡黙で知性的――ナナの司波達也への個人的評価。
その後ろにいるもの/思わず舌打ちが出かける。
「アンジー・シリウス」の正体――金髪へっぽこ友人=アンジェリーナ・クドウ・シールズ。
渡辺先輩は警邏報告をする間に解散。なぜこの場で会うのかとリーナに皮肉を浴びせようとするが彼女の雰囲気が不機嫌を示していた。
不機嫌の穂先=司波達也。大方彼に一杯食わされたのだろう。
ほんの僅かに「いい気味だ」と毒気づく。
校門を出るまでの間、ナナとリーナ以外誰もいない――僅かに汚い言い争いが始まった。
どうも皆様こんにちはこんばんは。新年明けましておめでとうございます。
運珍です。
皆様、お正月はどのように過ごされましたでしょうか。寝正月? それとも遊んで過ごしましたか? 私は飲み会です。痛風です。二日酔いです。
飲み会での呑める酒の数が減り、寄る年波には勝てぬとショックで男泣きをしてしまいました。
年を取ることを恐怖する今年一発目。どうか皆様今後ともよろしくお願いします。
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