一人の老人の登場にざわめいた部屋――乱れていた音程をすべて統一する九島烈。
「無数の
烈の後ろに控えるノア、ナナ、イライジャが部屋の中に入る――ノアは警備を押しのけ大荷物を下ろす。
「老師、いきなり現れるとは相変わらず破天荒であられますね。破天荒で云えばその後のモノたちは何者です?」
不機嫌、といった口調の雷蔵――他師族の驚きの視線を浴びながら質問を投げかけた。
「君たちが先程話していたモノたちだよ。“
更なるざわめき/現れたことよりも不信感を募らせる/奥にいるモノたち会議室を守る国防軍人たちの。
暗闇を覗き込むような疑問――“なぜ会議の内容を知っている?”。
師族の皆は落ち着きを持っている/息子である真言が流したのであろうと考える――反して真言は狼狽を隠せない。
その様子を見た皆は彼以外の方法で中の様子を知ったのだと悟る。
軽い鼻笑い/烈はこの場の警備を悠然たる面持ちで「
誰もがその行為に足元を掬われ底知れない恐怖に似た何かを感じた――唐突に軽い音/口笛のヒュー、という音が響いた。
口笛の主――紺地。
驚いたというより感心した様子/嬉しさ爆発一歩手前の笑顔を浮かべて言う。
「いやー、毎度毎度老師には驚かされる。魔法の次は電脳技術ですか。これは参ったあなたには勝てないわ」
一人浮いた状態でも紺地は笑い声を上げ拍手し賞賛を烈に送る――勇海は訳がわからないといった様子で紺地に訊く。
「六塚殿どういうことです。この会議内容を老師が知っていることと電脳技術、どういうことですか」
ひとしきり笑った紺地。「これは失敬、簡単なことですよ。一応逓信省では通信セキュリティーは最大レベルに設定しているのですがね、こうも簡単に破られると帰ってすがすがしい」
そういい紺地はPDAを取り出し画面をコンコンと叩いた。
「今の日本の脆弱性を老師は実演して見せてくれました。皆様、通信端末はお持ちですね。こいつが老師の耳に内容を伝えていたのですよ」
再度笑おうとする――必死で堪え説明を続ける。
「皆様ご存知の通り、昨今の日本は各国の電子技術より魔法技術を発展させてきましたね。言ってしまっては悪いがこれは魔法以外の要素、すなわち電脳技術を切り捨てる行為である。そのせいもあって今の日本の電子セキュリティーはガバガバ、通信セキュリティーは一応『逓信省』の管轄になっていますがどうしても旧式すぎる。公共の施設セキュリティーは“国”の管轄でその旧式、大戦以前のものばかりで電気が必要な小規模難民居住区では資源エネルギー庁所有の変電所、太陽光、風力、海水発電のすべてが盗電にあっていますよ」
苛立たしそうに雷蔵が訊く。「それで、老師はなぜ我々の会議を聞けたのかな? 紺地殿」
紺地は首を降りながら言う。「PDAを遠隔操作して音声を聴いていたんですよ。携帯会社の通信セキュリティーは
師族全員自身の持つ携帯通信端末を見たあとに烈を見た――烈はその姿に落胆を隠せないようだ。
「そう。紺地君の言うとおり私はその端末すべてに盗聴を掛けた。皆は足許のグンタイアリより遠くの子犬のほうが気になるようだったのでな。今皆が受けた私からの盗聴が足許のグンタイアリの力であり更なる力が彼らにはある。――我々が今まで塵くらいにしか見ていない電脳機械化技術は十師族の想定範囲を大きく飛び越えている。
弘一はその言葉を魔法不審と見た。「老師、それは我々は魔法は無能といいたいので? 確かに今の機械化技術は飛躍的に技術向上したでしょうが魔法には勝てない。懐に近づかせる前に倒せると近年の佐渡島侵攻で実証されて――」
突風が吹き荒れた――弘一の隣に現れる柄の悪い男/高速移動を可能とした技術を持つルーカス。
いきなり現れたルーカスに腰を抜かしそうになる――ルーカスは弘一を正しく立たせて、
「ネクタイが曲がっている」
ネクタイをきっちり伸ばす――伸ばし終えた途端に姿が消える。
出来事の把握に時間を取られる――烈が指揮棒を奪い取った。
「これが機械化だ。いくら遠距離からの攻撃が有利だといっていつまでも機械化が奇襲ばかりをするとは限らなくなってきた。弘一の言うとおり遠距離は有効だがいつまでも機械化をした者が魔法を使えないとは限らない」
紺地が聞き返す。「それはどういうことで?」
烈は後ろに控えうるノアに指示を出す。
もう二つの衝撃を下ろす――布に包まれた巨大な板/死体袋に包まれた義体。
和樹が義体を見て訊く。「老師、その気味の悪い義体は何ですか。見たところ電脳は取り外されているようですが」
死体袋から現れた義体――ノアに担がれ、だらりと垂れた腕/全身を彩る黒と青の縞様。
黄色の目/蛸のように突起した眼球――頭の一部が開かれ電脳、すなわち人が意思と呼ぶものを創り出す中脳、脳核、側脳が取り外されている。
乱暴にノアはそれを投げ捨てる/べったとゴムのような質感の義体はゼリーのように撓み転げた。
「この義体は先日行われた“九校戦”に現れた義体だ。バトルボードで事故と見せかけた犯行を実行した機体だ」
その言葉にいち早く反応したモノ――師族ではない/和樹の後ろに控える十文字克人。
「老師、発言の許しをいただきたい」
師族の皆、和樹は慎めと言おうとするが烈が止める――克人に向き合い話を聞く。
「“九校戦”の、バトルボードで事故の七高と一高の接触事故はCADに仕込まれた
「そう、君の意見はもっともだ。そういうことになっている」
「なっている?」
「少々この案件は複雑で事の事態を変えて記録させている。
鼻笑いが響く/雷蔵が馬鹿馬鹿しいというように。「それがコース上に潜んでいたと? 言いたくはないが目が老いられたのでは。記録映像でもそのようなものは写っていない」
烈の想定内――ノアが死体袋の中より一つのぼろぼろのダッフルコートを取り出す。
「皆、光学迷彩を知っているだろう。魔法での再現は非常に難しく、姿を見難くするだけの紛い物が作られているが。――これが光学迷彩でこれを着込んで潜っていたなら? 結果は簡単だろう」
矢継ぎ早に質問を浴びせる雷蔵。「それが光学迷彩だったとしても義体がどうすれば事故を誘発させたのです。あの事故はオーバースピードを起こさせ水面を魔法で陥没させて起きた事故だ。まさかその義体は魔法が使えるとは言わないでしょうね」
「そうだ、この義体は魔法が使える。力の程は毛が生えた程度だがほんの単純な魔法なら間違いなく使える」
雷蔵と紺地を除く師族はざわめく/舞衣はもう一つのものに目をやっていた。
「老師、そちらのものも脅威であると?」
ノアが担いできた最大の脅威/目で指示を送りそれが姿を現した。
巨大な、銅の岩石より叩き、切り出したような無骨で剣と呼ぶにはあまりにも粗悪な青銅色の石刀。
一高生徒と横浜を混沌の渦に巻き込んだ代物/化け物の刀剣。
「
勇海。「どのように危険なのです? 見たところ巨人用の剣ぐらいにしかみえませんが」
烈がベンジャミンを見た/すぐに行動を起こす――
マッチを擦る/硫黄の香りが微かに香る――石刀に向かって投げつける。
ゆっくりと放物線を描く火――石刀ぶつかった瞬間、魔法が起こる。
ぼっ、という音/青銅が一瞬にして色を変える。
無骨な石板が緋色の剣に姿を変えた――炎が結晶になったような美しい刀剣に。
表面は炎の揺らめいて見える。高熱を放ち顔が焼けるような感覚が部屋中に放たれる。刃先で絨毯が焦げる。
紺地が驚いた声を上げる。「それが
「ああ」師族を見渡した烈。「今から見せよう」
斜め後ろに控えている少女が前に出た/剛毅がほんの少しだリアクションを起こす。
「あの子か......」
前触れなくCADを引き抜く。その場にいた魔法師全員、攻撃が来ると錯覚し筋肉が硬直する。
CADは人には向かず
撃ち出された魔法――
唐突に襲われる違和感/魔法師全員に共通して感覚する既視感――少女の撃ち出した魔法が巻き戻る。
「これが
剛毅――冷静に訊く。「その
「出土ではない作られている。製法も加工技術も一切分かっていない、だが誰かが再現に成功した。その再現者は際限なく
「どこにその再現者が?」舞衣――年相応の毅然と態度。「そのようなものを再現できるのはそれ相応の設備がいる筈です。日本国内ではそのようなモノを作り出そうとする輩はいない、国外のモノのです」
舞衣の視線が
「
「それは誰です?」
「“調理者”――この国の旧メトロを根城にしている者。横浜の犯行にも加担しているモノと見られる」
どこかから溜め息が聞える――烈は弘一を見て訊く。「どうなのかね? メトロの調査は」
疲れが滲み出た弘一の返答。「混沌......としか言いようがありません。もともとかなり深くまで調査が進んではいますが地図に存在しない竪穴や横穴、都営鉄の一部廃棄された線路とも繋がっています」
「
僅かに強い口調で調査の進展を訊く――口篭もる弘一。和樹がその進展を言う。
「28メートルより下の階層は調べきれておりません」
小さな溜め息。紺地は子供の退屈さを表現したような雰囲気を出していた。「28メートルって、再開発区画より下の階層がまだって事ですか?」
「そうだ」
みなが苛立っていた/横浜/機械化/
紺地が弘一と和樹に訊く。「メトロにいる住民は地上民と訊きますよ、特定はできたのですか?」
「個人の特定はまだです」深呼吸をして答えた弘一。「足を運ぶ年代などは割れています。若い層が殆どで極稀に妊婦が」
考えるように腕を組む紺地。「調べどおり、か」
剛毅がその言葉を聞き逃さない。「調べどうりとは?」
にこやかにうなずく紺地。「逓信省の、難民居住区交通事情調査で行ったついでに向かう人間たちの調査をしたんですよ。老師、立っているままも疲れるでしょう座ったはどうです?」
烈はその言葉を素直に聞き入れる/剛毅が聞き返す。
「それで」
「はい、一番足を運ぶ機会が多いのは未成年です。理由は“薬”ですね、安価で手に入れやすいのですよ。そして次に機会が多いのは――」少々もったいぶった口調で言う。
「妊婦です」
舞衣が聞く。「なぜ妊婦が胎児のこともあります。あのそうな劣悪な環境になぜ行くのです」
「それはひどい事をするためだ」烈が代わりに答える。「堕胎の為」
意思が通じて嬉しそうな紺地。「そう、中絶の為。足を運ぶ妊婦の経歴を調べました、犯罪歴から出生、常日頃から使う電力量、被害履歴は驚きました」
みな黙って聞く。
「過去に被害歴に強姦を受けたものが多い。今の日本の強姦発生率は異常だ。この発生件数の上昇は過去の米国の発生最大年に達します。原因としてはやはり性の縛り『フリーセックス』の意識が強すぎるということになります。この『空気』、フリーセックス時代では発生こそしてはいるが強姦被害は少ない、2042年以降の上昇具合は驚きで笑いがでそうです」
睨んで剛毅が続けさせる。「それでなぜ妊婦は難民居住区に行くのです」
「そうですね。簡単ですよ、強姦で身ごもってしまった。避妊を忘れ行為をして孕んでしまった。そんな人たちが堕胎のために難民居住区で堕ろすのです。2075年から施行されている中絶禁止法で民間でも国営でも堕ろす事は禁じられている。そんな法の縛りがないんですよ難民居住区は。あいにくあそこは機械化も行う設備がある、そんな施設があるんだ堕胎ぐらい簡単にできる」
ディープな問題/大戦での人口減少――それを補う為の法が返って邪魔になっている。
「母親が子を殺す件数も明らかに上昇傾向にある。ロー対ウェイド事件以前の米国再来とでも言っていい」
みな黙るしかない――法を変えるにもフリーセックスの『空気』は深く根を張りすぎている。中絶禁止法をなくしたところで世間では中絶を行ったと白い眼で見るものたちは出てくる。
思案は深く、暗い領域のある――紺地は案を一つだす。
「“プロファイラー”認可されれば難民居住区に行くを切ることができますよ」
烈は否定した。「あの法案はあまりにも強引過ぎる。いくら逓信省でもこの社会体系からいきなりパノプティコン管理に移行はさせれば市民の反感を買う筈だ。それに君の言うナノマシンは人体に対する反応は今だ安定しないそうではないか」
舞衣も同意する。「烈殿に賛成します。犯罪減少を望めるにしても、今の日本国民を北アメリカの監視承認社会は馴染めない。不満が爆発して暴動になりかねない」
和樹も同意見の様子/剛毅、勇海は沈黙で受け流す――反対意見が二つだけ。
雷蔵。「暴動ですか? よくてヘイトスピーチ、デモ行進、ビラ配布行為がいいとでしょう。私は賛成します」
弘一。「八代殿とほぼ同意見です」
停まれ合図――仲介人、佐伯広海の声。
「これは一法案の施行を決めるにはあまりにも大きすぎる議題です。私の目からは皆様気が立っておられる。どうでしょう? 少しの間休憩をなさっては」
佐伯広海の意見はそのとおりだった――反対意見は上がらなかった。
誤字脱字報告。感想、意見、要求などはどんどん受け付けます。