2095年12月25日
マルドゥック
綺麗に整理された墓石の並び/手入れの行き届いた墓標/さまざまな名前。眺めながら歩く。
ハザウェイ・レコード。
ウィリアム・ウィスパー。
レイニー・サンドマン。
ジョーイ・クラム。
クルツ・エーヴィス。
オセロット。
ワイズ・キナード。
ラナ・ヴィンセント。
クリストファー・ロビンプラネット・オクトーバー。
ディムズデイル=ボイルド。
死者たちの憩い場/都――私の、アンジェリーナ・クドウ・シールズの一族に縁深い場所。
目的の墓石の前――老いた像を思わせる人/叔父の姿。
「リーナかい? 大きくなったね」
ひどく草臥れた姿は死期を悟っているようにも見える/私の主治医、そして叔父のビル・シールズ。
「お久しぶりです。ビル叔父様」
弱弱しい微笑み/過去の失点に未だ苛まれ続ける。
許されているはずの罪=A10手術。
過去この州に溢れていたスラム街、その住民/その処置のために施行された福祉手術。
未完成の脳改造――報酬系(別名A10神経系)とストレス神経系をモジュール化し、脳が『ストレス』と感じたと同じに報酬系であるA10が
A10手術の障害者たちに罪滅ぼし/後にシールズが『幸福を造る一族』と呼ばれるようになった薬剤開発。
覚醒剤やコカインとも違う福祉薬剤――オクトーバー社の力を借り
新たな危険性/
真の意味で科学的に、人工的に造りだせる
更なる罪滅ぼし――再度の脳手術、薬剤開発/内容は知らない/ただ障害をある程度なら治すことが出来ている。
叔父の姿はどんどん老いていく――父の、ネイサン・シールズも原因の一つ。
ネイサン・シールズ――他者の言葉=屑野朗/借金持ち/兄貴のすねかじり/死体泥棒――一つとしていい
母に訊いても聞き流すように笑うだけ/写真の一枚も残っていない。
ネイサン・シールズの
死因についても探せばすぐに出てきた――マルドゥック
可哀想とは思わない/思えない――顔も知らない、話したことも会ったこともない相手が惨い殺され方をしても感情の一つも動かない。身近な存在しか人間の感情は動かない。
ただ私は父を殺した相手を知りたかった/市警の事件ファイルに残る傭兵集団の名前を追った。
だからなった――スターズに/アンジー・シリウスに。
白百合を墓に供える/潮風が肌に凍みる――市外はやはり寒い。
「訊いたよ。軍に入ったそうだね」
叔父の言葉は何かを説くようでいて伽藍の響きをしている。
「はい。魔法部隊に」
「そうか、彼らはリーナにも目をつけたか」
時折遠い目をする/疑問の残る言葉をいつも残す。
出来るだけ明るい声で話す。「叔父様。私、今度日本に行くことになりました」
「日本にかい? 魔法師は外国への渡航は禁止の筈だったのではないのかね?」
「そうですけど......ここだけの話、軍の命令で許可されたんです」
「そうか、お母様に会える事を願おう。九島閣下もリーナが来ることぐらい耳に入れているだろう」
叔父は虚空を見据えながら弟に墓に、この場にあるすべての墓石を見渡していた。
この墓地は少なからずA10手術の障害者が眠っている――罪に対する決算はあまりにも大きすぎた。
「叔父様は......どうしてこの都市から離れないですか」
「患者たちもいるからね、それに私は彼らと約束をしてしまった」
「約束?」
「リーナにもいつか話そう。今はそのときじゃない」
予想――彼ら=オクトーバー一族。
もはや無いに等しい一族の権威/マルドゥック
彼らの呪いに拘束され続ける――ただ一人のオクトーバーに。
「日本を楽しんでおいで。ここでリーナを応援していよう」
「はい、叔父様もお元気で。何か日本の名物のものでも買ってきます」
「ありがとうリーナ。でもいい、写真の一つでも撮ってきてくれないかい?」
「写真ですか? なにを撮ってくれば?」
「そうだね......時間があればでいい、『フジサン』と友達との写真でも」
「『フジサン』ですか」
「時間があればでいい、リーナの煩わせるようなら撮らなくてもいい」
叔父の微笑み/育ての親に等しい人の頼みは無碍には出来ない。
「いいえ。撮ってきます! 叔父様」
「張り切りすぎない事だよリーナ」
「はい」
2096年1月1日 - 国立魔法大学付属第一高校
ほぼ無人の校内――ニンジャの斜め後ろに連れ添って歩く歌姫。
決して口を開かないその姿にどう対処すればいいのか――困り果てながら
年明け早々学校に来るような生徒は基本的にはいない/来るのは部活生が殆ど――かく言う服部はすでに部活を辞め部活連次期会頭+魔法大学への進学に精を出している筈であった。
後ろの彼女が緊急入学するまでは――二日前に唐突に送られてきた入学通知/現生徒会長こと中条あずさは家の都合上東京には居らず、いるのは旧生徒会メンバーのみ。
唐突に百山東より白羽の矢が立ち新入生のガイダンスをやれときたものだ――年末ぐらいゆっくりさせてほしい。そうおもっていた。
だが校門前で緊急入学するという生徒を待っていて来た生徒が彼女――ナナ・イースターだった。
第三高校の筈であるという事もそうだが、九校戦の「早撃ち」の姿をしっかりと覚えている服部には驚きが隠せなかった。
「一高は一科・二科制度を採用している。三高の君なら知っていてもおかしくない筈だが......」
説明を交えながら歩く――彼女の紋を見る。
灰色一色の八角形――二科生の制服/
疑問が尽きない――彼女なら花冠、ブルームである筈/ブルームでなければおかしい。
原因が二つ。
原因その一/彼女の主張――友人に一人が普通科なの、二科であることを体験するいい機会。
原因その二/もう一人の新入生――留学生。一つだけ空いていた枠を取ってしまった。
仕方ないとはいえどうしても腑に落ちない。彼女の主張を尊重する事に専念する。
後ろ目に彼女を観察した――外国名の筈なのに顔立ちも体つきもアジア系だ/九校戦中に髪を切ったのか、かなり長かった髪はセミロング位になっていた。
落ちつた雰囲気は司波深雪に類似するものを感じる/奥底に潜んだものがそれをぶち壊す。
どこか野性的で動物や自然現象に似た暴力性を秘めていた――生物的美しさを醸しだすその姿はある種大人の色気を超えた淫靡を感じた。
ふと視線が合う――他人行儀な笑顔だが綺麗だ。
生徒会室前――ノック。「会長。新入生を連れてきました」
ドアの向こうから聞える声。「はーい、入って」
ドアを開け入る――見慣れた面々/七草真由美/渡辺摩利。
目の下に薄っすらとクマのようなものが見える七草真由美。「ありがとう、服部君。新入生引率ご苦労様」
「いえ、簡単なことです。自分はこれで」
「少しはゆっくりしていけばいいだろう」引き止める渡辺摩利。「コーヒーぐらいなら出すぞ」
正直に言うとこれ以上この場にいるのは居心地が悪い/ほんの数秒でも女性率の高さが服部を追い詰める。
「いえ、構いません。自分は部活連の指導がありますので失礼します」
服部は返答を聞かずに生徒会室を後にした。
「もう、つれないわね」
七草真由美はむすっとふくれながら愚痴る/宥める渡辺摩利。「思春期というやつだ。服部も男だ」
そういいつつ私を見据えた――何かを探るかのような視線/ポーカーフェイスで応じる。
「お掛けになったら? ナナ・
静かに応じ向かい合うように椅子に腰を下ろす――七草真由美の無邪気な笑み。
探るような視線から様変わり/毒気を抜かれそうになる。
「お久しぶり。九校戦以来ね、ザミエル」
「お元気そうで何よりです。マックス」
冗談交じりの会話――渡辺摩利の咳払い/本題に戻せという意思表示。
「ナナ・イースターさん、一応あなたの関連書類は目を通したわ。驚いたわ、あなたが連邦司法局所属のマルドゥック機関のエンハンサーだったなんて」
直球の言葉――腹の探りあいはする気が無いらしい。真摯に応じる。
「驚きましたか? 機械が魔法を使えるのは?」
「驚く......というか納得ね。スピードシューティングで少しだけ疑問があったから」
「疑問?」
「知覚魔法に見せかけた機械化での空間把握よね? ドライアイスを撃ち落すなんて芸当が出来るのは」
見破られていた――肌の機能の一つ/驚きの観察眼――頷く。
脇に控える渡辺摩利は物珍しそうにナナを見つめる。
「機械化した人間は魔法が使えないと訊くぞ。君はどうして使えるのだ」
間違った知識/どこにでもある機械化の偏見――答えは決まって同じ。
前にも将輝に教えたように全く同じ答えを返す。
「君はどこも機械のようにはなっていないが、本当にしているのか?」
茶化すかのような声/ただ単純に知識欲を満たしている――証拠を見せる。
「見てみますか? 簡単な機能」
「本当か、頼む今後のために知っておきたい」
かばんの中から壊してもいいモノを取り出す――本当に初歩的な強化の一つ、握力強化。
金属製のボールペンを握りつぶし、割り箸を割るように裂く。
「機械になっているようには見えないな」
「腕自体は人間の構成素材と同じですし。私の場合腕と足の付け根、肌が機械部品ですので」
「肌が? 普通の肌のように見えるが」
「れっきとした金属ですよ」
少々疑わしそうだった――話が戻る。
「あなたの入学申請は第三高校からの通知や成績情報から一高生徒に属するにたり得ると判断しました。一時的ではあるけれどあなたは第一高校の生徒になります。節度を守りながら学生を謳歌してね」
「はい。七草先輩」
腕を組みながら訊いてくる七草真由美。「少し疑問なんだけど、どうしてこの時期に一高に編入を?」
「守秘義務のため答えかねます」
「
「怪事件? ......いいえ違うと思います。単なる人死に関する捜査です」
小さなため息/安堵。「そう、ならよかった。あなたを候補に入れたくなかったから」
「? 何の事ですか」
「ああ、気にしないでこっちの都合だから」
手を振って誤魔かす――知らなくても障害はない。
渡辺摩利の改まった口調。「横浜事変でのことは礼を言う。
「いえ、要請を受けていましたので」
「今度の臨時師族会議で正式にお礼なんかをすると思うけど。先に言わせてもらうわね」七草真由美の柔らかな笑み/一つの質問。「私たちを助けてくれた彼は大丈夫なの?」
七草真由美の居た場所――魔法協会支部/そこに向かったのはそれなりの人数。
彼――ベンジャミンはもともと負傷していた/リアムは論外/アメリアは女性。残るは一人。
「元気にしてます。毎日ピザをがっついていますよ」
「そうなの、その......彼の名前はなんていうのかしら」
「ノアです。ノア・
「ノア......ノア・
七草真由美はその言葉を何度か呟く――そんなに珍しい名前だろうか。
脇にいる渡辺摩利のジェスチャー――”真由美は彼に御執心だ“
なんとなく納得する/疑問としてなぜあのようなガサツ野郎がいいのか訊きたくなる。
「ありがとう。今度会うときお礼をいわなきゃね」照れ笑いを浮かべる七草真由美。
「そうしてくれると彼も喜びます」
「長々と話してすまなかった、ガイダンスはここまでだ。何か分からないことがあれば私たちや生徒会メンバーに気軽に聞いてくれ」
気を抜く/数ヶ月の一高生活/先輩方への感謝の言葉。
「分かりました。渡辺先輩」
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