マルドゥック・マジック~煉獄の少女~   作:我楽娯兵

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愛玩人形暴走編
コントルノ1


 冬場の朝――部屋の中でも寒さを感じる。

 窓の外を覗く/見えるのはいつもとは違う風景――高く街全体を見下ろすようなビル。

 金沢の自宅から一時的に移り変わる住居/足田区の高層マンション。

 女子高生には見合わない少々年上趣味の内装、インテリア――新しく09が用意した保護証人用の住居。

 二日目の朝/手続きがようやく終わる――新学期早々新たな事件。第三高校を離れ遠い街に。

 ウフコックが覚えたての新しい制服に変身(ターン)/第三高校の赤と黒を基調とした制服ではない。

 漆黒のワンピースのようなスカートは純白に姿を変える。

 紅色のブレザーは緑色――一緒に現れる薄透明のインナーガウン。

 柄は品位を損なわない限り自由とのこと――唯一制服の個性が出せる部位。

 ウフコックに覚えさせたそれに変身(ターン)する。

 人を魅了する紫が混じる茜色――炎の色/インナーガウンの揺らめきと共に燃え揺れるように見える。

 緑と白を基調とした制服=国立魔法大学付属第一高校の制服。

 肌寒い外界に向かう――向かうわ第一高校/都は白く彩られている。

 事の始まりは数週間前/旧友の死から始まった。

 

 

 

 2095年12月24日 - 中央区南部六道ビル

 

 漆黒に染まった空/暦が変わってもキリストの誕生祭をする日本。

 お祭りのような雰囲気/闊歩する若者――家路に急ぐ会社員。白い息が漏れる。

 お祝いムード一色を吹き飛ばす一角/警察の面々――六道ビル/陰では『逓信省ビル』と呼ばれる高官が多く住まうビル/エントランスを塞ぐように警察がいる。

 人数/雰囲気――人死が起きた事が一目でわかる/だが警察たちは動かない=動けない。

 千葉 寿和は愛車の中で暖房を全開にし温まる/外で何かを待つ稲垣――苛立ちと寒さに震える。

 

 不満が前面に出た声。「警部、何を待っているんですか。現場検証まだ行っていないでしょう」

 

 車の窓が開き、顔を出す遊び人/コンポタージュの空き缶片手に溜息。

 

「仕方ないよ。上官にはまだ入るなって言われてる」

 

「なぜです。『逓信省』次官が殺されてるんですよ」寒さでかじかむを握る。「死体保存もまだだ、このままだとひどい匂いになります」

 

「各所から押さえがあったみたいよ」車の端末からデータを引っ張り出す。「ほら、これが関連書類」

 

 タブレットデータの命令書――稲垣の携帯端末に表示される/思わず目をしかめる。

 

「外務省にアメリカ大使、国防陸軍第101旅団独立魔装大隊......何でこんなにあるんですか」

 

「さーね、今ビルのお六は元はサムおじさん側の人らしいよ。もともとそれなりの地位を持っていて。そんでもって亡命者、機械化もしていて頭の中には機密情報がたっぷり詰まってる。技術情報流失をサムおじさんは恐れたんじゃない?」

 

「北アメリカにヤマを渡すんですか?」不満そうな顔をする。「内政干渉ですよ」

 

「御上たちもそこまで好き勝手やらせないでしょ。よくて共同捜査、ヤマの取り合い......ってとこか」

 

 暖かい暖房が効いた部屋を恋しがる――久しく聞きなれない騒音が現場に来た。

 骨董品のガソリン車のオープンカー/武装が取り外された大戦前のハンヴィー。

 

「サムおじさん一行のご到着だ」

 

 オープンカーとハンヴィーから降り出すモノ達/見覚えがあった――赤毛の神父/筋骨隆々の大男/バンダナの柄の悪い男/白灰色の髪の少女。

 横浜事変にいたエンハンサーたち=マルドゥック・スクランブル09(オーナイン)

『逓信省ビル』に入っていく/警官や鑑識官の辛辣な視線を物ともせずにビルの47階、お六の居場所に向かった。

 寿和は小さなため息が洩れていることに今更に気づく/つい最近にも発生している怪事件に駆り出されてもいる。

 寒さに対する恨みの言葉を述べならがお六に手を合わせた。

 

 

 ****/***

 

 

 高層ビルの一室/暖房のよく効いた部屋/電灯で蜜柑色に照らされさらに温かみをました内装。

 広々とした部屋に散らばった皮下脂肪組織脳神経回路網(セルライトニューロチップ)――ガラス張りの窓/大きすぎるテレビ/大きな本棚/ふかふかのソファー/すべてにベッタリへばりついていた。

 部屋中に残された無残な斬撃のあと――間接照明を切り裂いている/硝子テーブルを斬り割っている/メイド服のガイノイドを輪切りにしている。

 生命のないモノ達の亡骸――無残な死体が一つ。

 

「遅かったですね。皆様」

 

 見えない目で夜景を眺めるベンジャミン/無数の視界(ワーム)が部屋中を俯瞰する。

 先に到着している09メンバー/ドクター/ベンジャミン/ジャック。

 白雪姫の姿が見えない/ルーカスがナナが思考した疑問を口に出す。

 

「イライジャはどこだ。王子様のキス待ちか?」

 

 全員沈黙で答える/ジャックは苦言を呈する。

 

「ルーカス......その冗談(ユーモア)は笑えませんよ。この場では冗談(ブラック・ユーモア)です」

 

 ばつが悪るそうに口笛を吹く――ナナは戸棚に置かれた写真立てを手に取る。

 車椅子に座ったイライジャ/軍の特殊検診を受けたばかりで髪の毛は短い/気恥ずかしそうに笑っていた。

 車椅子を押すハンサムな青年/シュッとした顔立ち/垂れ目が印象的な温厚そうな人懐っこい笑顔。

 戸棚に所狭しと置かれた写真の数々はすべて二人の姿があった。白雪姫と王子様の過去の思い出を切り取っている。

 

 ワントーン低く口を開いたドクター「みんなそろったね。今回呼んだのは......すでに伝達済みだと思うけど、デルクが死んだ事に関してだ」

 

 夜景を眺めているベンジャミン/背中は悲しげな情調がでていた。「......イライジャは呼ばなくて本当によかったのかな?」

 

「彼女のメンタルはこれには耐えられない、そう判断して呼ばなかった」

 

 機嫌が頗る悪かったノア。「死んだ男に哀悼を捧げる女の事よりブリーフィングを始めるぞ」

 

 皆のその言葉に従った/脳内ハードを共有チャンネルに合わせる。声無き会話が始まった。

 ベンジャミンが現場の3Dホログラム映像を起動する/すべてを64分前に巻き戻す。

 

 ドクターの説明。《被害者、デルク・フェンフール。現在の国籍は日本人。経緯はみんなも知っていると思うけど言っておくね。彼は元アメリカ人で『失楽園』の科学者。その後、大亜細亜連合に理由不明の亡命、ナナの証言も合わせると大亜細亜連合とは反りが合わず数ヶ月前まで能登難民街に潜伏していたようだ。最近日本政府の国籍登録情報に更新があり彼は日本国籍を取得している。職もそれなりの所に就いている》

 

《それだけ訊くと俺らには何の関係も無いように聞えるがな?》ルーカスの陽気な声。

 

警察(ポリス)の仕事だろ》

 

《物事には順序ってのがあるだろ。黙って訊いてろ》

 

 今日のノアの沸点は限りなく低い/軍人上がりの仲間意識――仲間の死にマグマよりも熱い怒りを溜める。

 

《続けるよ。彼が国籍取得後すぐに『逓信省(ていしんしょう)』に就職してるよ》

 

 リアムの質問。《ドクターその『逓信省(ていしんしょう)』とは何ですか? 省というんだから日本の行政機関の筈ですが聞いた事がありませんよ》

 

《そうだろうね。これは別名だからね。仮想戦時特定情報保護影響調査委員会、この先起こるかもしれない戦争や内戦に備え情報保護影響を想定調査する行政だよ。前身はは特定個人情報保護委員会だったそうだけど大戦の影響で個人単位での情報管理より集団や通信、電気の使用量から交通情報まで管理をメインにしている、現在の北アメリカが情報管理使用しているパノプティコン管理に近いものに主眼にしてるよ》

 

《自由の国より和の国のほうが自由とは》ベンジャミンの自虐的な声音。

 

《確かにね。とどこかしこでも承認を求められる北アメリカよりかは日本のほうが自由だね》

 

 少し大きな声で訊くノア。《それでその何で俺たちの出番なんだ? 元北アメリカの技術者が死んだぐらいじゃ俺らは動けねぇ筈だろ。どう見てもCIA(ラングレー)かスターズの十八番だろ》

 

《そうも言ってられないんだ。みんなも知ってのとおり横浜で起こったあの大爆発、それと『灼熱のハロウィン』で消滅したと報じられている十三使徒の劉雲徳。スターズは爆発のことしか頭にないし、CIA(ラングレー)CIA(ラングレー)で劉雲徳の訃報の真相を確かめるので手が回らない。それで――》

 

《私たち09(オーナイン)に命令が下った。そうよね》

 

 ナナ――部屋中を見て回りながら訊く/部屋に残された切り傷を撫でる。

 

《それでも私たちが動くに要素が足りないわ。ドクターもったいぶらないで本題に入ったら?》

 

 ナナの辛辣な声がドクターを射抜く/ドクターがタブレットを操作――床に映し出される亡骸の3Dホロが動き出し人の形をくみ上げていく/全員が気づく。

 

《このホログラムを見てもらえば分かると思うけど、デルクの電脳が――頭部が見つかっていなんだ》

 

 ジャックの納得の声。《それでですか。彼の脳には失楽園の技術やUSNAの魔法技術がたくさん詰まってますしね。ある意味では宝箱ってことですか?》

 

 デルクの電脳=失楽園の技術+USNAの魔法技術の宝庫――殺して奪い取るには十分過ぎる。

 そうなると殺しをしでかす相手は限られてくる。

 

《大越の意趣返しをしたい大亜細亜、もしくは技術がほしい新ソ連......デルクの身柄引き渡しを拒否した日本も入りますね》

 

 リアムの突拍子もない憶測/すべては否定できない。

 部屋を見て回るナナ――すべての部屋にあった切り傷/あまりにも鮮やかな切り口/思い当たる節があった。

 ビジョン――緋色の刀/マスクの少女――悪鬼の笑み。

 さらにビジョンは広がる――転換――横浜の光景/腕を押さえ叫ぶ将輝の姿。

 暗転――収束/デルクの姿――緋色の凶刃がデルクを切り刻む。

 ナナの脳裏にはあの少女が刀で友人を切る姿がしっかりと視えた。さぞ笑っていたに違いない。

 ビルの夜景に融け消えるビジョン――ある一室に居た。

 綺麗に整理されたソファー/テーブル――他に何もない。

 テーブルの上――一つの花瓶/添えられた三本の真っ赤なバラ/花瓶の傍に水晶のイヤリング。

 汚い字でテーブルに書き殴った文字――『J4Y』

 デルクなりの愛の言葉/三本のバラ――愛しています/『J4Y』――ただあなたのために(ジャスト・フォー・ユー)

 

「イライジャの為ならなんで......」

 

 身勝手な死に方/愛の押し付け――ほんの僅かに憤りを感じる。

 白雪姫を蘇らせた王子の加熱限界(ヒーティング・リミット)――人形の死体に埋もれる。

 自身の心境の変化が少ない事に驚いた――頻りに虚無が囁きかけてくる。

 振り払う――現実に向き合う。

 

 思案――今後の行動について/発言。《ドクター、今後の行動はどうするの?》

 

《そうだね。――少しの間、ナナに関する事件は保留とする。優先はデルクの電脳捜索と犯人探しにシフトしたい》

 

 ドクターの機嫌を伺うような声/他のメンバーも無言で訊いてくる――肯定する。《かまいません》

 

 無線通信越しに安堵の声――行動の思案。

 

《分かったよ。日本政府とも掛け合わなければね。勝手に捜査したら内政干渉だって言われかねない》

 

 リビングに戻る――リビングに満ちる友人匂い/暖房の効いた部屋に死臭が立ち込める/早くこの場を引き渡さなければひどい匂いになる。

 引き上げる09メンバー/通路が騒がしい――荒々しく開く玄関。

 冷ややかで怒りを溜めた女性――イライジャ。

 

 リアムの畏怖の言葉。「......審判の日よりも彼女のほうがおっかないですね」

 

 全員道を開ける――ドクターのメンバーと自身の弁護の言葉の数々/すべて無視して部屋の奥に進んだイライジャ。

 

 静かな声で言い放つ。「少しだけここに居さして」

 

 おろおろするドクターを連行する/ビルの玄関口で待機する――私とノア、リアムは先に撤収する。

 ノアの私物であるハンヴィーは異様なまでに静まりかえった。

 仲間の死を悲しむ兵士/能天気な狂れ神父/死に鈍感な少女――リアムは後ろに積まれたビールを開け飲み始めた。

 

「私たちの主の父なる神、慈愛の父、すべての慰めの神がほめたたえられますように。 神は、どのような苦しみのときも、私たちを慰めてくださります。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人も慰めることができるのです」

 

 リアムからビールを引ったくりるノア。「黙ってろクソったれ。今はお前の祈りは聞きたくない」

 

 ハンヴィーの窓から覗く街並みが別の世界に感じられる――騒ぎ続ける虚無の囁きに耳を傾け続けた。




どうも、皆様お久しぶりです。運珍です。

書きはじめましたコントルノ、愛玩人形暴走編。
ここ最近ずっと番外編を書き続けヴェロシティ文体にどうしてもうるおいが出てしまう。
うるおいを削がなければ、ガッチガチの機械みたいな文体に戻れません。


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