マルドゥック・マジック~煉獄の少女~   作:我楽娯兵

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いでよ! 英雄王! 我がスマホに来たれ!


セコンド・ピアット29

 猛獣ノアの獣じみた叫びが木霊する――生き生きとした表情のノア。

 

 敵に向かい話しかける。「起きろよ。ヴェルミ、これだけで寝んねするような造り(、、)はしてないだろ」

 

 反応を示した怪物――地面に大の字で倒れるスチーム。大空を睨みつけ立ち上がる。

 

「第二ラウンドといこうぜ。無口野郎(サイレントナイト)

 

 とんとんその場で跳び体を動かし続ける――唐突に起き上がったスチーム。明らかに雰囲気が違う。

 今までとは蛆虫(ヴェルミ)と違う――生気というものが先ほどより抜け落ちていた/機械そのものに変わり果てた。

 石刀を杖に立ち上がる――だらりと垂らした腕/背も丸るまり、ゾンビの姿に似ている。

 へこんだヘルムから漏れる呼吸音――空疎な唸り/ノアが眼を顰める――人として相手をしていたノアがスチームが機械に変わったことを悟る。

 力強く拳を握る/ファイティングポーズ――軍人としての顔に変わる。

 虚無を眺めるスチーム――がばっと狂犬ヘルムの口が開く/顔が地面を向く。

 吐き出される水――白く濁る液体/滝のように止めどなく吐き出し続ける――巨体以上の内包液/地面にぶちまける。

 地面を濡らし、怪物の体液はすぐに蒸発を始める――大量の水蒸気に変わり天へと上る。

 勢いが弱まり、吐くのをやめたスチーム――開いた口から水蒸気が漏れる/口の中は煉獄への入り口。

 

 はじめて発したスチームの声/闇を孕んだ煉獄の火種。

 

「Gaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 無表情のノア/敵の到来を待つ――誘いに乗るスチーム。

 石刀の斬撃を予想――予想を外す。片手に握っている石刀/手から離れ、音を立て転がる。

 水蒸気の噴流――丸腰で突撃/先程よりも速度が速い。

 打ち出される拳/捌かず受ける――ノアの分厚い胸板に打ち込まれる/金属音を響かせる。

 ナノマシンの硬化の有用性が発揮される――打ち返す/握り締めた拳を放つ――腕力のすべてを使い敵を打ち砕く。

 スチームも捌かない、防がない――腹に食らう。

 

「あッ?」ノアの素っ頓狂な声。「どうなってんだ、さっきと手応えが違うぞ」

 

 腕に伝わった衝撃/水の詰まったドラム缶の感触が返ってこない/鉄の塊に打ち込んだと錯覚――硬くなっているスチーム。

 左下から打ち返される――左フック/ノアがこのストリートファイトで始めて回避をする。

 手のひらを開き、猫が人を引っ掻くようにスチームの鎧を引き裂く/筋肉強化の成しえる技――指の先の力で物体を引き裂くピンチ力。

 装甲が捲れ上がる――あふれ出した液体/どろりと粘着質な真っ白な液体。

 何も気づかないスチーム/恐ろしいラッシュ――怒り狂った戦士(バーサーク)の名に相応しくないぐらいの理性的な拳。

 スチームの眼が光る/煉獄の火――背筋が凍る。

 後ろに逃げ出す――炸裂したスチーム/あたり一面を水蒸気が吹き飛ばす。

 視界が真っ白に染まる――金属が奏でる殺意の音楽/鼻腔をくすぐった粉っぽい感覚。

 コンクリートを踏み割る音――目の前/全身を硬化させる――漆黒の要塞が出来上がる。

 完璧な守り/スチームの狙いに嵌る――全身(、、)硬化(、、)/間接も含まれる=動きがまったく取れない。

 掌底打ちの構え――ノアの中央、鳩尾の少し上に撃ち込む/轟音――漆黒の要塞がのけぞる。

 眼を白黒させるノア/口から血が吹き出る――ナノマシンがむちゃくちゃに作用し体の色があべこべに変わる。

 

「......てめェ、俺のあの......で、どうやって、心臓を破りやがったッ!」

 

 口からとめどなく溢れる鮮血――腹の中に血が溜まるのが感じる。

 スチームの使った掌底打ちは至極簡単な原理――ただ撃ち込んだ衝撃で心臓を破ったに過ぎない。

 人間の体は60%が水分/この水分に効率的に能率的に、空洞現象を起こしたのだ。

 人の心臓は血で満たされた筋肉で構成されたポンプだ。金属で出来ているものですら穴を開ける空洞現象が人体で起こったのなら――それは人体破壊を容易に起こす事ができる。

 スチームの体は機械――人体には成しえない「機能」を追加可能だ。

 ノアの敗因=人体構造を維持してしまった躊躇いより生まれた「機能不足」。

 両膝を付く/漆黒の巨体が倒れる。倒れるノアを見て禍々しい声を上げる。

 

「Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaッ!!」

 

 第二ラウンド――怒れる狂戦士の勝利。

 

 

 

 17時26分

 

 壁が地面となった世界――跳び回る二人の影。

 ”徘徊少女“――ナナが放つ特大の閃光=五六口径の肉厚な銃身のリボルバー。

 ”狂犬“――壁を駆ける義体/すべてを可能にする『特殊義体』。

 閃光が壁面世界を覆い隠す――義体がうねり壁を駆け回る/弾丸は壁面を打ち砕き瓦礫になった/コンクリートの(じめん)に吸い込まれる。黒犬はローラーブレードで壁面をえぐりながら昇る。

 両腕と片足で世界にしがみつく――壁面世界の主=ナナに向け蹴りを放つ。

 鋭利な刃物/高速回転する金属製ローラー――黒犬の圧縮機関で生成された電力を吸い通常の倍以上の回転数をはじき出す。

 避けるナナ――重力(フロート)でも防ぎきれないものはある=大口径の銃弾/質量が大きい物体の軌道変化――そして魔法/万能に近い疑似重力(フロート)――移動と小口径拳銃の軌道を逸らすのがもっぱら。

 すれすれを通り抜ける足――息をつかせぬ追い討ち。

 逆蹴り/横蹴り/刈り蹴り/突き蹴り――鮮やかな足捌き。五六口径が火を吹く。

 閃光――爆音/腕に巻くギプスのような重力(フロート)がたわみ衝撃が緩和される。

 摩訶不思議な風=不可視の壁――気まぐれな猫がよこした黒犬の義体データ/トリックは見破った。

 弾丸が僅かに腐食――質量を減らす/軌道が逸れる。

 ビルを突き破り特大の穴を開ける――逃げ込んだ黒犬/後を追う。

 どこかのオフィス――デスク/インターネット端末/山積みの書類――机の上を散らかしながら黒犬が吠える。

 クーラーファン唸り/不可視の壁が書類を飛ばし窓ガラスを割る――重力(フロート)の盾が防ぐ。

 黒犬の懐から銃が飛び出る――大口径拳銃/射撃制御ソフトがインストールされた黒犬の電脳(のうみそ)――正確無比な射撃。

 逸らしきれず肩と腰に掠める――思わずカッとなる/重力(フロート)の内側=ナナの領域/プライド。引き金を絞る。

 爆音――事務用品やオフィス家具すべてを吹き飛ばす/部屋の壁を突き破る――向かい側の壁にどでかい穴が開く。粉塵が立ち込める。

 部屋に転がり込む/天井を走る――粉塵の中から飛来物=デスク/天井にぶつかり落ちていく。

 煌くビジョン――現れる虚無/現実と夢想が重なる。

 デスクを蹴り飛ばす黒犬――過去に存在した怪物に。黒が赤に/男が女に/人間が怪物に。

 ビジョンが黒犬の姿を変えた――赤いレーザースーツ/美しいバレーリーナ姿の少女/

 

鼻から下が鋼鉄製の鮫の口――車輪式義足。幻聴と声。

 

ぶっ殺してやる! 売女がッ!(しゃぶってやるぜ! しゃぶってやるぜ!)

 

 飛び降りる――迫りくるブラックドック/鋭利な刃物=ローラーブレード。

 身をひねり交わす/ワイヤーカッターにウフコックが変身(ターン)――発射/黒犬の足に絡まる。

 力任せに引き落とす――壁に叩きつける。義体の重量に耐えられなかった壁/壁が破れ隣のビルに。

 追う――テナント中/脚立/ペンキ/黒犬。

 唸るモーター/急速接近――蹴りを警戒し後ろにさがる。

 まさかの攻撃/拳――加速した速度を乗せた強烈な一撃がナナの頬を打つ。

 カウンター――回し蹴りを側頭部に入れる/脳が揺れた黒犬は僅かによろめく。

 天井に逃げるナナ/同じく脳を揺らされ膝を突く。

 

「男にへつらう淫売にはきつい一撃だったか?」揺れを堪えながら攻撃的な声で挑発する黒犬。「さっさとくたばれ。死体をレイプしてやるよ!」

 

「女を殴るなって日本男児は教えられてるってのは嘘だ、お前みたいなクソッタレがいい例だ」

 

「ほざいてろ!」

 

 叫んだ黒犬――ナナを食おうと迫りくる。

 一旦退避――脳が揺さぶられ平衡感覚がおかしい。

 重力(フロート)を展開/窓に向かい落下(、、)――ガラスを割り細かな粒の破片に/自由落下。

 ビルから飛び出す黒犬――重力(フロート)の展開方向を空へと向ける/最大出力。

 体が浮き上がり飛翔を始める――黒犬にタックルをかます。

 ちらりと見える将輝の姿/40人近いブラックドックの取り巻き――捌ききれている/銃も正確に敵の中心を貫いている。

 掴み合い、もみ合い――錐もみしながら地面に落ちる/粉塵を巻き上げ激突する。

 咄嗟に黒犬の上に逃げていた――骨も折れていないことを確認/腸が浮遊する感覚に不快感を覚えながら黒犬の頭に銃口を突きつける。

 右腹を突いた硬い感触――ゼロ距離の射撃/大型拳銃。

 重力(フロート)を張る――見越していたブラックドック。不可視の壁でナナを押し退けた。

 両者距離を取る――血走った眼の黒犬/薬を飲み狂気に直走る。震える腕が見える――確信する。

 

「いい加減気づいているはずだ。お前のその記憶が”擬似記憶“だってこと」

 

 怒れた笑みを浮かべ嬉々として答える。「......ああ、とうの昔にな。外部記憶装置さまさまだ」

 

 ビジョンに従い問いかける「ならどうして? 限りなく0%の報酬に喰らい付く。お前のような義体使いなら別の道もあったはずだ」

 

 高笑い。心底馬鹿馬鹿しいといった態度。「お前は知らないのか? 俺たちは日本人だが難民だ。能登侵攻時に戸籍も何もかも失った。今の日本は糞だ。生まれた情報がなければどこにもいけない、どこにも暮らせない、働くことも許されない。市民登録も難民であるというだけで突っぱねられる。こんな状況他に道があるのか?」

 

 ブラックドックの声には意思が籠もった――難民の怨嗟の声。

 

「生きるために命張って働いて、血反吐吐いて親にもらった体も売った。生きたくてた

だ必死に、だが日本国民様は俺たちを《日本の膿》と蔑み指差しやがる。そんな俺らに胸張って生きられるところを(チェン)旦那はくれたんだ。0%でも喰らい付いてやる! 兄弟全員連れて生き続けてやる!」

 

 希望――渇望――望み/黒犬の黒く染まった美しい心に賞賛を送る――最大級の応答。ナナもすべてをぶつけにかかる。

 黒犬の義体が唸りを上げる――不可視の壁/トリックはもう分かっている。

 デルクの送って義体データ――ブラックドックのすべて/不可視の壁の正体。

 特殊義体――大亜細亜連合の最新型”超臨界タービン内蔵型義体“

 義体の内部に搭載した小型の超臨界流体CO2発電機――互換性を切り捨てる代わりに手に入れる圧倒的な身体能力=ブラックドックの手が加えられ内部で使われる超臨界流体――水と空気の両方の特性を持つ物質を超圧力で放つことで生まれた暴風=不可視の壁の正体。

 超臨界流体は腐食性が極めて高い。腐食しにくいといわれているハステロイや白金、イリジウム合金、さらに金やタンタルまでもが腐食する――この特性を利用し超臨界流体の壁は弾丸を高速で腐食させ軌道を逸らす。

 ならば応じる方法は一つ――魔法で応じよう。

 大型拳銃形態CAD/武力の頭文字――MOWの刻印=”私の唯一の流儀(マイ・オンリー・ウェイ)“。

 すべてを破壊する魔法が起動する/CADは形を変える――腕を覆い隠すように黒いフレームが幾何学模様を作り出す。ナナが放つ膨大なサイオンがプシオンとぶつかり合い色鮮やかな攻撃的な緋紅を放つ。

 CADの先に集まる膨大な崩壊――ナナが作り出した最高クラスの物質的破壊力を持つ魔法『破壊』。

 今まで使ったことのない魔法が初めて有用性を発揮する。

 大きな緋紅色の球は撃ちだされた――空気中に存在するありとあらゆる物質を飲み込み大きさを増していく。

 超臨界流体の壁――『破壊』/接触。

 稲光のような閃光が一瞬視界を塞ぐ――なんてことはない/『破壊』はすべてを飲み込む。

 超臨界流体の壁を飲み込み巨大で残酷な重圧(プレッシャー)に姿を変える――ブラックドックの足を飲んだ。

 片足のローラーブレードが回転し逃げる――逃げれず/吸い込まれる。

 引き込まれ塵よりも細かな粒に還元される――ただ『破壊』中心方向へ墜ちる。

 簡単な魔法――だが単純が故に膨大な『破壊』力を持った魔法。

 理論は一つ=吸い込むだけ/加速・加重系のループ・キャスト――吸い込んだものと一体化す重みと引力を増していく巨大な重力。

 いわばブラックホール――飲み込んだものすべてを素粒子に還元し同化する死を辿る虚星。

 ブラックドックの断末魔/あるは呪い――家族への未練。

 圧縮の先の虚無の種が息を止める――光が失われ無へと還る。

 姿を消したブラックドック――飲み込まれなかったであろう彼のチロリアンハットが空を舞っていた。

 MOWは形を戻す――銃把に収められているカートリッチから煙が上がっていた。

 するりと落とす/黒く焼け焦げたメモリと感応石がだめになっている。

『破壊』の代償。撃つ出すときに発生する熱でメモリは溶けた/感応石は送り込まれる電気信号に絶えられず死んでいく。

 敵の抹殺/武器の一つを消失=ナナが設定した総和の無(ゼロサム)

 

 ビジョン/虚無の囁き――《俺はこの事件を制圧するだけだ》

 

 その言葉を繰り返す。「そうだ、私はこの事件を制圧するだけだ」

 

 昏い煉獄が心に薪をくべる――ナナの言葉に耳を疑ったウフコック。

 

 五六口径から顔を出す「ナナ......大丈夫か?」

 

 静かに熱さが残る銃口にキスをする/ウフコックを安心させるために。

 

「大丈夫。緊張が解けただけ......」

 

 肩から力が抜けた――銃声が鳴り響いた。

 

 

 咄嗟に振り向く――見たくもない光景が広がっていた。

 スローモーション映像のようにしっかりと見えた/将輝の絶叫が耳を打った――腕が飛び焼き塞がれた断面が見える/のけぞり倒れる姿が眼の前に起こる。

 体を撃たれるよりも強烈なショックが襲い掛かる――将輝の腕を斬った相手が見えた。

 真っ黒の衣服/夕日に照らされた燃えカスのような色をした髪/口だけ見えるマスク――少女の唇が三日月を描く。

 手に携えた武装――日本刀/刃先は焔に揺れる/鎬地は赤色(せきしょく)に輝く。

 師族会議の時にいた少女――弾むような声が呼びかけてくる。

 

「殺しにきたよ! 出来損ない(おねえちゃん)!」




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