17時07分
壁にもたれ掛かり座るイライジャ――ほぼ無呼吸で脳内ハードの防壁を構築/侵入を防ぐ。
<formation>
<Referring:torras・silber>
<enceinte>【Water wall】</enceinte>
<reorganization:第二十構造から三十までのデータバックアップ>
<reorganization:UANA衛星経由で失楽園にデータ転送/プール管理>
<warning:第二十構造破壊――再計算>
<reorganization:攻性防壁形成――破壊確認>
</reorganization>
</formation>
足止めのような攻撃――無線通信をあからさまに妨害される。
攻防が続く/敵の電脳――目的があるはず。通信妨害以外の目的/ハッキング系統を探す。
<detection>
<i:捜す――外敵の目的?>
<i:防壁の構築/強化――自身を守る>
<i:敵の目的――自身の防壁が邪魔をしている>
<i:失楽園のデータベースのアクセス権利譲渡/検討>
</detection>
耳を打つ声――光井ほのか/七草真由美。
どうしたか/大丈夫か/体に異常は/発熱と痙攣が――耳を通してすべてが聞こえる。
答えるのも面倒だった――メッセージが送られてくる。
<reception>
<re:ああぁ、見て私の赤ちゃん。見てみて見てみて見て>
</reception>
執拗に溢れ出すピンク色にムカデを見るように強要――薬物をキメたように呂律が回っていない女性の声。
<search>
<i:敵の目的――防壁の先>
<i:わざと通す?>
<i:危険性のほうが高い>
</search>
第三十防壁を突破される――徐々にムカデが這う感触は脳を侵食し更に奥へ。小脳を越えた/前頭葉も越えた/外側溝、中心溝にびっしりと虫が詰り這い回っている――叫びだしたいくらい。
<reception>
<re:ああぁ、見つけたわ。坊や、『彼女』研究成果>
</reception>
防壁を越えた先にある失楽園――ムカデが解き放たれる/プールに群がる時。
『まだそんな旧式思考をしているのか? バージョンアップが必要じゃないか?』
鋭い鷹の声――同時に聞き取る人の声。
ネットを通して送られてきたアバター――ムカデとは違った色合いのピンク。
大きな猫=体毛/ひげ/爪――くすんだような色をしている/背中には大きな鷹の翼が生えており後ろ足も鷹の足だった。にっこり顔のチェシャ猫。
想像はついた彼が誰なのか。ずっと愛して止まない恋焦がれた相手。
『デルク......』
『......やあ、イライジャ』
アバターが無数に枝分かれ/数の増えた猫たちはプールに群がるムカデを食べ始めた。貪るというより上品に突き食べる。
『よく......よく私の前に現れたわね』
『そう言わないで。ちゃんとした理由があったんだ』
『じゃあ言ってみなさい。なんで大亜細亜連合に亡命したの』
猫は困ったように頭を掻く。『痴話喧嘩をしに来たわけじゃないんだけどな』
イライジャの思い浮かべる電脳世界――数列が無数に舞う世界がデルクの幼稚園に書き変わる。
緑の草原――白いテーブルに椅子/子供たちが走り回る。
幸せそうに走る子供の顔はイライジャともデルクとも似た顔をしていた。
『分かったかい? この子達は僕たち二人の遺伝子データからもっとも生まれやすい子供の成長を記録するシミュレーターなんだよ』
『別れた女との子供を創製するなんて』睨みと冷たさが増す眼差し。『いい趣味してるわね』
『君を忘れないためさ。俺達は俺たちである前に個々人なんだから』
イライジャは答えない/眠たげに目を細める猫。
『個々人としての個性、記憶を守るために俺は此処を創世したんだよ』
手を握ってくる女の子の腕をイライジャは振り払う――猫の首を掴み上げるように持つ。
苛立った口調で言葉の一言一句強く言う『あなたとはもう関わりたくないの。用件を言って』
『助けに来たよ』
『償いのつもり? 私は裏切った人間に優しくはないわ』
『償いじゃないさ。ただ俺達は此処で君たちに負けてもらっては困る』
にゃーと鳴く代わりに鷹の声を響かせる/イライジャはデルクのアバターを投げ捨てる。
『ヴェルミの一匹、君が相手をしたセンティピード・プレグナントは俺のほうで鎮圧をしてる。今制圧部隊が抑えようとしてるが別のが相手をしている』
『空を飛び回ってるスキュアリング・ジェットスターよね。魔法大隊が相手をしてるのはうっすらと見えたわ。でも相手は
『そこは大丈夫だよ。知り合いに横須賀勤務の軍属がいる。彼が今イージス艦一隻を回したといっている。撃墜は無理でも足止めにはなる』
『あなたにそこまでの伝手があったとは驚きよ。それだけ? 伝えに来たのは』
『まあ、そうなんだけど、ね』
猫は申し訳なさそうにイライジャの足元に――小さな頭で謝る。
『すまなかった』
そういい残しチェシャ猫は姿を消した。
顔を顰める――耳に付ける水晶のイアリングをいじる。
『......今更謝っても遅いわよ。......バカ』
17時12分
横浜上空――スキュアリング・ジェットスターとの戦闘。圧倒的劣勢。
「ぶっ刺してやるッ! ぶっ刺してやるッ!」
叫び声と共に急速接近――空中を逃げ回る。最悪の鬼ごっこ。
燦然と煌めく串/隊員の一人に深く刺さる。悲鳴。
また行われる凄惨な行為――餌を捕まえた猛獣のように幾度も串を突き刺していく。
大隊の追撃――ジェットスターに向け発砲。当たらない。
スキュアリングは更に加速――ぐねぐねとスクラムジェットエンジンに空気を送り込む。
爆音と共に加速する――音速を超える勢いで串を突き立てる。
達也は背を向け逃げる――追撃するジェットスター。
ぴったりと二十メートル先に付いてくる――速度を上げる。
《特尉。援護します》
ジェットスターの頭上に付いた一人――銃撃――降り注ぐ7.62×51mm弾。
爆発音――速度を更に上げるスキュアリング。達也を追い抜く。
ジェットエンジンの旋回能力を大きく越えたUターン――裏向きで突撃。
インカムから届く悲鳴が達也の耳を打つ――ちらりと見る。
絵に描いたように頭から尻にかけ一直線に串が貫いている――振り抜き達也の追撃に戻る。
CAD/トライデントが魔法を放つ――すべて躱される/串で払いのけられる。
災厄のドックファイト――にじり寄る串/爆発音――目の前に迫る串の先端。
咄嗟に魔法を発動――自己加速――脳の回転を早める。
前転姿勢――上に回避――僅かに下を通過していく。腕を伸ばしスキュアリングの翼を掴んだ。
途轍もない速さの空中遊泳――振り回される達也。
肌に直接感じるスキュアリングの軟らかさ、暖かさ――姿には似つかわしくない怖気すら感じる。
ゼロ距離――トライデントを直接押し当てる。急速旋回――きりもみ飛行。「ぶッ刺してやる!」
空と地面が交互に見える――遠心力が脳を揺さぶる――振り落とされる。
朦朧とする意識/頬の内側を噛み意識を保つ。
落下する達也を追撃してくる――落下の最中トライデントの一丁を両手で構える。
激しい音が聞こえた――横を見る――スキュアリングに向かいミサイルが飛来する。
スキュアリングの怒りの孕んだ声。「ああぁ! ぶッ刺してやるッ!」
ミサイルに追われる敵――海上を見る/一隻にイージス艦。
ライトが点滅――早く行けの合図。
「大隊各員、ランドマークタワーに突入するぞ」
最上階サーバー室を目指す――窓から突入。
廊下に滑り込む――ガランとしたタワー内。サーバー室に。
一番端の部屋――外にも聞こえる機械の唸り。
「突入するぞ。配置に付け」
配置に付く隊員たち――即時行動。
一人がドアを蹴破る/僅か数人になった大隊が雪崩れ込む。
思わず顔を顰めた――部屋に満ちた異臭。
BC兵器を警戒した/取り越し苦労――異臭の元はすぐに目の前に飛び込んだ。
無数のサーバー群/中央の大型サーバーにとぐろを巻いた巨大なムカデが居た。
幾枚もの装甲/幾本もの青銅色の足。
クダクラゲのように連結している――とぐろを巻くムカデの顔に当たる部分に女が一人。
下半身がない/巨大な女性器を腹に備えている――美しいである貌は恍惚の表情を浮かべいた。
女性器から流れ出る溶け出したサバーの蛋白質ベースのニューロチップ/すべて使い潰していた。
ヴェルミ・チェッリ――電子戦の妊婦=センティピード・プレグナント。
「ああぁ、見てあなた。私の赤ちゃん」
腕に抱えた死体――あちこち穴だらけにされている=足によってズタズタに。
銃を構える――その動きに反応したセンティピード/長い体を動かす。
カタカタ規則正しく動く足たち――足が刺さった場所は切り取り線のような刺し傷。部屋中を這い回る。
恐怖に堪えかねた一人が発砲――ムカデの装甲に跳弾。達也の足元に。
「無闇に発砲するな。相打ちになる!」
円形陣形で部屋中を警戒――センティピードの動きが徐々に鈍る/止まる。
「うっ、ゥうああああぁ!」
叫び声を上げだす妊婦/体中が痛んでいるような絶叫――ムカデ体の装甲が展開した。
連結していた一つ一つから溢れ出す水/腐臭が鼻を刺激する=腐った羊水。
足に触れた途端嫌な予感が頭によぎった。
ゆっくりと開いた装甲――中から現れた。
奇妙な形に形成された生後間もないであろう――――大量の赤子。
赤ん坊たちは産声の一つも上げず地面に落下する――二十人以上居た/次々と溢れ出す。
プレグナイトの啜り鳴き。「ああぁ......あああああ! 私の赤ちゃん! 私の赤ちゃんんんッ!」
泣き叫び狂乱――泣き声を上げない一人を拾い上げすすり泣く。
不気味な光景/一刻も早く終わらせたかった――CADのトリガーを絞る。
爆音/崩れる壁――壁の向こうから現れたもう一匹の怪物。
巨大なフクロウ=オウル・ドライファイヤー。
抑揚のない野太い声/笑ったようにも聞こえた。「ホーホホー、ホホホー、ホーホホー、ホホホー」
機械化した脚でセンティピードの装甲を掴み部屋から引きずり出す。
「ホーホホー、ホホホー」置き土産と言わんばかりの声が響く。
ノイズ続きだった通信が回復する――風間玄信の通信。
《ッ…特…尉、特尉聞こえるか》
「風間少佐。通信障害を排除しました」
安堵の声。《そうか、これで外部との通信が出来る。現在国防陸軍第101旅団との通信をしている。残り数時間で到着する》
吹き抜けになった壁/外の様子を確認する。
イージス艦を翻弄するスキュアリング/目の前をゆっくりと飛ぶオウル、センティピード。
「少佐。ハッカーが現在目の前で逃亡中なのですが追っ手かまいませんか」
《そちらは柳が対処する。特尉、君は七草家、北山家の人員輸送ヘリの護衛を頼みたい》
悠然と飛ぶオウルにCADを向ける――脚中にスキュアリングと同じ魔法を無効化する物が散見できた。
「相手は魔法を無効化する可能性があります。実弾装備をするように伝達頼みます」
《分かった。そう伝えよう。――特尉、直ちに人員輸送ヘリの護衛に向かいたまえ》
通信が切れる――忌々しく飛ぶスキュアリングとオウルを睨め付けヘリの護衛に向かう。
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