マルドゥック・マジック~煉獄の少女~   作:我楽娯兵

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セコンド・ピアット20

 16時09分

 

 桜木町駅前広場――シェルター入り口。

 七草真由美は逃げ遅れた市民を先導しシェルター前に居た。

 陥没した地面――塞がれた避難場所。

 シェルター内/吉田幹比古が中条あずさ他第一高一行の無事を確認。

 周囲の市民から聞こえる不安の声――決断が迫られる。

 

「いかがされますか?」

 

 藤林響子の声が決断を急かした。

 

「......父の会社のヘリを呼びます。逃げ遅れた人たちを乗せて空から避難しましょう」

 

「私も父に連絡します」

 

 北山雫の提案/断る理由もない――受諾。

 その後すぐに千葉エリカの血縁の刑事と合流――警護を引き受ける。

 藤林は落ち着きがなさそうに周囲に目を走らせていた。

 

「響子さん。どうしたんですか?」

 

「いえ、もう二人ほど合流する人たちが――」

 

「ごめんなさい。遅れてしまったわ」

 

 ふらりと現れた女性――淡褐色の冷たい眸の女性がいつの間にか現れていた。

 ゾッとしてしまうくらい真っ白な髪――肌/創られたような、人間味を洗い落としたように透き徹る水を思わせる。

 明らかに日本人ではない――虹彩の色からして恐らくアメリカ大陸――北アメリカ大陸合衆国(USNA)の人間であることが見て取れた。

 

「もう一人の人は?」

 

「彼は会議場に残ってもらったわ。ちょっとした私の勘でね」

 

「......?」

 

 彼女はよくわからないことを話した/私より小柄な体を動かし陥没した地面を確認した。

 

「綺麗に潰れてるわね。爆発物?」

 

「分かりません。......入れないことは確かです」

 

「で、しょうね」

 

 彼女は陥没した地面を入念に見て回る――何かを確かめるように。

 

「これなら大丈夫かしら」

 

 呟くように言葉が漏れる――少々気になり話かける。

 

「何を確認してるんですか?」

 

「ん? ああこれ? これは私たちの輸送機の発着スペースを確認してるの」

 

 彼女はこちらを振り向く――私の顔を見て驚いた表情/すぐに冷たい笑みに戻る。

 

「あらあら。七草家御息女の」

 

 真っ白な手を差し伸べる――握手の合図。

 

「こんにちは、イライジャ・バラッカよ。以後お見知りおきを」

 

「......えぇ」

 

 彼女の手/感触――人の皮膚と感じない。

 卵のようにつるりとした皮膚=鉄を触っているように表面が冷たかった。

 

「バラッカさん。市民を避難させる方法と言うのは」

 

「ああ、ごめんなさい。今呼ぶわ」

 

 頭を上げる――空を見る/目が宙を泳ぐ=無線通信を行っている者の独特の仕草。

 彼女は頭部/脳に超小型通信チップを移植(インプラント)している。

 その仕草をして一分もしないうちにそれが降りてきた。

 突風が吹き荒れる――ヘリとも飛行機とも異なる風。

 頭上より卵が降りてきた。

 巨大な銀色の卵――縦に二十メートルほどありそうな卵形の物体――夕日に反射し茜色に染まっていた。

 イライジャを除くその場にいる全員が目を剥いた。

 陥没した地面に納まるような形ですっぽりと着陸した。

 摩訶不思議な卵が空から落ちてきて――マザーグースの歌の一つハンプティ・ダンプティを思わせた。

 推進機関の構造も何もかもがまったく分からない――ただ一つだけ心当たりがあった。父/七草 弘一が欲しがった外国車――ある都市で開発されたエンジン/エア・カーと呼ばれる重力素子(グラビティ・デバイス)式を搭載した超高級リムジン。

 もしかしたらその重力素子(グラビティ・デバイス)式エンジンを積んでいるのでは?と真由美の頭の中で思い浮かぶ。

 卵の一部が亀裂を走らせる――割れた殻/六角形に分れ中身が見える。

 まるで宇宙人との邂逅――そんな心持で身構えた。

 入り口の殻が剥がれる――

 

「ダダーン!」

 

 大きな声とともにパンクな格好の科学者が入り口に立っていた。

 ひょろりと瘦せた男だった。

 髪をまだらに染め/携帯顕微鏡やペンライトやキーホルダー。つぎはぎだらけの白衣を着ていた。

 あっけにとられる/市民も国防軍の人間も――口をぽかんと開けて。

 

「道を塞ぐんじゃないよ。プロフェッサー」

 

 奇抜な格好の男を押しのけ出てくる別の者達――短く切った髪/片目に眼帯――すらりとした体つきの女性。

 他にも次々降りてくる――異様に筋肉が隆起した大男/ロザリオを首から下げる赤毛の男/目元を赤いバンダナで隠しアクセサリーを幾つも着ける柄の悪い男/そしてどこにでもいそうな印象の薄い男。

 

「さあ。誰から運ぶのかしら?」

 

 イライジャの言葉で現実に戻る――巨大な卵のインパクトが大きすぎた。

 

「まずは怪我人から運びましょう。後の市民はヘリで輸送を」

 

「そうね、当然の判断ね。聞こえたかしら! プロフェッサー!」

 

 イライジャの声に入り口に立っていたパンク男が降りてくる――転びそうになりながら着地する。

「僕は09の導き手の。ドクター・イースターだ。よろしく!」

 白衣をマントのように翻しながら挨拶をする。

 

「いつもの話し方に戻したら? へんよ」

 

 イライジャの指摘に肩を落とす/ドクター・イースター雰囲気が一気に親しみ易い?ような感じに変わった。

「国防陸軍第101旅団独立魔装大隊所属。藤林 響子であります」

 

「あ、うん。よろしく、僕はイースターだ。まずは怪我人の搬送だね」

 

 ドクター・イースターが09と呼ばれるメンバーに指示を飛ばす――イライジャが別で話す。

 

「怪我人の搬送はできたけど、他の市民をヘリで輸送するとなるよ時間が掛かるわね。民間で手配したの?」

 

「先ほど七草家のヘリと北山家のヘリを手配したところです」

 

「外部との通信できたの?」

 

「......ええ。一応は」

 

 イライジャが何か不安げに考え込む――指を噛むような仕草/街灯カメラに視線が向く。

 

「発着スペースの確保はここでいいとして…… 防衛はどうしたものかしら」

 

 進んで前に出る。「私たちが守ります。ここなら二箇所しか侵入路はありません」

 

 イライジャの含み笑い。「良い返事ね。なら任せましょう。念のために09メンバー二人をつけます」

 

 不意にイライジャが藤林の顔を見た。「そういえは、十文字家の次期当主殿はどこにいらっしゃるのかしら?」どこか目が泳いでいる。「彼も保護証人の一人よ」

 

 藤林の返答。「魔法協会の防衛でベイヒルズタワーに向かいました」

 

 考え込むイライジャ/結論を出す――09メンバー二人を呼び寄せる。

 赤いバンダナの柄の悪い男と印象の薄い男が寄ってきた。

 

「ジャック、ルーカス。あなたたち二人はベイヒルズタワー付近にいる十文字 克人の護衛を。ベイヒルズタワー付近は戦闘が激しいは。ジャック、あなたの『力』が頼りよ。敵を吹き飛ばしなさい」

 

 その言葉を聞いた印象の薄い男――ジャックは目を輝かせて嬉しがった。

 

「ルーカス。あなたは持ち前の足を活かしなさい」

 

「おう」

 

 ジャックはいつの間にか何処かから持ってきたリュックと紙袋を持っていた――紙袋の中は柑橘系のフルーツでぎっしり。

 

「ジャック。おぶされ、運ぶぞ」

 

「お子様のようで嫌ですね」僅かに漏れた不満の声。

 

「お姫様抱っこが嫌なら早くしろ」

 

「分かりました、分かりましたよ。乗りますよ」

 

 ジャックはルーカスの背に乗る――目を隠すように顔を伏せた。

 途端に二人の姿が掻き消えた――もう一人呼び寄せる。筋骨隆々の大男が来る。

 

「ノア。あなたには仮想敵の制圧をお願いするは。殲滅じゃないわよ、制圧(、、)よ」

 

「はいはい、わかったよ」男は上着を脱ぎ捨てる。

 

 どう鍛えればこのような筋肉の付き方がするのか/怪鬼の形相を浮かべた筋肉。

 異様な威圧を放ちながらノアと呼ばれた男はふらふらと横浜の街に身を投げ出した。

 

「残り二人は侵入路に配置します。プロフェッサー、怪我人は全員は入れた?」

 

 プロフェッサー――ドクター・イースターは返事する。

 

「最後の一人が今入った君も早く」

 

「私は残る。私の電子世界(ホーム)を犯した不埒な者を懲らしめなきゃいけない」

 

 卵の殻が閉まりだす――徐々に浮遊していく/騒音で掻き消されそうな中、イースターは了解の合図として手を振った。

 巨大な卵は空に落ちて行った。

 僅かな静寂――街中に響く銃声と爆音が耳に入りだす。

 

「じゃあ。防衛を始めましょうか」

 

 イライジャの言葉でみな動き出す――火が広がる――すべてを焼き尽くすような胸騒ぎが七草真由美を苛んだ気がした。

 

 

 

 16時12分

 

 桜木町駅前広場付近

 司波深雪/千葉エリカ/西城レオンハルト/柴田美月/吉田幹比古。

 侵入路の一つを防衛――その中に混じる異邦人=アメリア・アランチーニ。

 煙草の代わりにバブルガムを膨らます――柴田美月を萎縮させるほどの闘気を放ちながら道路の先を睨みつける。

 

「なぁ、あんた何もんだ? あんなでっかい卵に乗ってきて。国防軍の人か?」

 

 西城レオンハルトは警戒しながらアメリアに質問をした――千葉エリカ/吉田幹比古/司波深雪は静かにの質問の返答を待った。

 パンッ、とバブルガムを破裂させる――待ち焦がれたような目でアメリアは首を回す。

 

「日本の人間じゃないよ。元連邦所属の軍人さ。今は機械化兵で09(オーナイン)担当官さ」

 

「その09(オーナイン)って何なのよ」エリカは怪しそうに訊く。

 

「警護の仕事さ。有用性の実行者、失楽園の申し子、カルタヘナの天使。呼び方は色々あるよ」

 

「へー」疑わしそうに目を細める。

 

 興味が引かれたのかレオが更に訊く。「機械化兵ってあんたもどっか機械にしてるんのか?」

 

「ああ、してるよ。両腕と両足さ。佐渡島で新ソビエトにくれてやった」

 

 にっと白い歯を見せ笑う/袖を捲くり上げ腕を見せた――アメリアの『力』の象徴があらわになる。

 ヒュー、と口笛を吹くレオ/エリカはやはり疑わしそうに/深雪は目を伏せ続ける/美月は見てはいけないもの見たように目を避ける。

 幹比古がびっくと体を震わす――索敵に反応=敵の直立戦車が入ってくる。

 

「――来た」

 

 声と同時に二機の大亜細亜連合が猛烈な勢いで走ってくる。

 深雪はCADの操作卓(コンソール)を操作――凍結の魔法が発動し直立戦車の駆動系を凍らせた。

 動きが鈍りそして止まる――飛び出していく二つの影――千葉エリカ、西城レオンハルト。

 レオの手に握る刀身のない剣の柄――柄から吐き出される刃/薄く、透き通る極薄の刃。

 学校を休んでまで特訓した成果を発揮――小突き回され習得した魔法、千葉家秘剣=薄羽蜻蛉(うすばかげろう)

 一片の躊躇なく振るい直立戦車の中身ごと斬り裂く――僅かに溢れる赤い水/生ぬるい鉄の匂いと油の匂いが鼻を付く。

 エリカは上段に構えた巨大な刀――冗談の様にでかい刀を担ぎ、滑るように走る。

 通常では持ち上げることすら不可能な刀を持ち上げ、高速で動く――振り下ろす。

 やかましい破壊音――切るより潰すと言った方がよかった――中身を豪快に頭上から叩き切る。

 二機の直立戦車があっという間にスクラップに変わった――騒音とともに更に二機の自立戦車が来る。

 千葉エリカと西城レオンハルトは何処か意地悪そうな笑みを浮かべアメリアを見た――道をあける。

 ”次はお前の番だ“とでも言いたいのかアメリアを引っ張り出す。

 アメリアは噛んでいるバブルガムを吐き出す――歓喜の微笑み。待ち焦がれていた時がきた。

 両袖を捲くる――ウエストバックにぎっしり納まったボールベアリングの小袋を掴み取る。

 空中に放り投げる――腕が割れる――腕の奥に納まっている超伝導体が青白い光を浴びせる。

 8字を描く青い粒子――その軌道に乗るボールベアリング――無拍子に撃ち出される。

 嵐のように降注ぐボールベアリング――直立戦車の装甲を穿つ。

 凄まじい掃射――自立戦車が動きを止めようとも弾幕は止まなかった。

 蜂の巣のように穴ぼこだらけになった自立戦車の穴から赤みがかった肉片が飛び出した。

 アメリアは得意げな笑みを浮べていた――兵士としての笑みを。

 

 

 ***/****

 

 

 桐原武明/五十里啓/千代田花音/壬生紗耶香/千葉寿和。

 全員が怪しそうな目で一人の男を見ていた――視線の先=リアム・ファークス。

 にこやかな顔や首から下げるロザリオを見れば一発で聖職者だと理解できる――だが他の服装は一切違った。

 分厚いケイブラーベスト/射出式の多眼装備――荷電式の弾丸とジョットガンを下げている。

 腰にはありったけの対装甲爆薬と高周波マチェテを引っさげていた。

 

「あんたちゃんと役に立つんでしょうね」

 

 千代田花音は胡散臭げな神父、リアムを睨みつける/にへら顔は薄気味の悪い笑顔に感じられた。

 

「肉体スペックは常人ですよ。一応は(、、、)

 

「ほんとうか?」

 

 千葉寿和は巨大な卵を思い浮かべた――あれだけの物だったら彼もすごいのかと。

 桐原武明は鋭い目つきで周囲を警戒/壬生紗耶香も同じ様子。

 目を伏せる五十里啓――魔法のセンサーに三機の直立戦車の反応を探知。

 

「来たよ」

 

 その声に千代田花音は震動系魔法を発動――地雷のように設置した魔法は二機の直立戦車を地面に沈める。

 飛び上がる千葉寿和――エイカと同じく千葉家秘剣を使う――迅雷斬鉄。

 地道な練習の成果――概念としての斬撃は見事に直立戦車を両断した。

 尋常じゃない剣幕と眼力で突っ込む桐原武明――隣に並走するリアム・ファークス。

 地面に埋もれる一機と埋もれた二機に行く手を塞がれる一機――上半身に定義される部分を回し機銃を二人に向ける――発砲。

 けたたましい発砲音と閃光――弾幕が迫る。

 桐原武明――躱す/飛びのく/刀で防ぐ。

 リアム・ファークス――紙一重のタイミングで避ける/ショットガンを連射。

 榴弾砲を一機が撃ち込む――二人とも避ける。地面に着弾/爆発。

 爆風で散った破片が桐原の足にぶつかる――バランスが崩れる。

 地面に埋まった一機が桐原に銃口を定める――撃つ。

 弾く/避ける――予測=躱し切れない。

 弾丸の一発が刀をすり抜け桐原の顔に向かう――死の接近/背筋が凍る。

 衝撃――リアムが桐原にタックルをかます。

 射線上にわざと入ったリアム左胸に直撃――ケブラーベストを突き破る/肉が散る。

 

「くそッ!」

 

 桐原は態勢立て直す――横目でリアムを確認。

 びくびくと痙攣し動きを止めた――死亡。

 奥歯を噛む――高周波ブレードを使用――地面に埋まる直立戦車に向かった。

 壬生紗耶香の支援――投剣術/小太刀が宙を舞い直立戦車の武装を剥ぎ取った。

 踏み込む――上段からの兜割り――装甲も中身も切断面が液状化。両断。

 二つに割れた戦車の影に隠れる――埋もれていない一機がやたらめった乱射していた。

 これでは手が出せない――視線の先にそれが映った。

 上着の半分が破れた死んだはずのリアムの姿――何かの間違いだと思い目を擦る。

 その姿は消えず――薄気味の悪い笑顔でひらひら手を振った。

 腰に下げた対装甲爆薬をありったけ直立戦車の足元に悠長に設置して逃げる。

 炸裂――盛大な爆発が起こる。戦車も中身のすべてが宙を飛び回る。

 

「ふゥ、おわりました」

 

 ズボンの汚れを払い落とすリアム――全員が幽霊を見るようにリアムを見る。

 

 またにへら顔。「私は半不死なんですよ。さっきの銃撃では死にませんよ」

 

 その顔とロザリオは今のリアムにはひどく不釣り合いだった。

 死を克服した神父は左胸に張り付くかさぶたを剥がし、無理やし治りかけの傷を治した。

 その姿にリアム以外の全員が吐き気を催した。




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