マルドゥック・マジック~煉獄の少女~   作:我楽娯兵

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セコンド・ピアット17

 2095年10月29日(土) -横浜中華街

 

「では、そのようにお伝えします」

 

 向かいに座る妖艶な貴公子=周 公瑾(しゅう こうきん)/顔に貼り付けた笑み。

 

「よろしくお願いします」

 

 (チェン)は地下に潜む闇の指示を(しゅう)に託す/その意図に (しゅう)は薄ら笑いを浮べる。

 

「そこまで閣下は彼らが恐ろしいので?」全てを見通したような口調で言う。

 

「......恥ずかしながら。彼らを見て、足が竦みました」

 

 あれを見れば誰もが震える――物語、空想、神話から脱け出した化け物/機械化で生まれた現代の魔物=ヴェルミ・チェッリ。

 あれらが一人の人間の指示を聞いている/言語が通じていることも驚きである。

 摩醯首羅――見紛う事なき存在/リーダー格/つがいの兄弟=フィニークス・ヘルファイヤー。

 背筋に氷柱を突き刺されたなんて生易しいものではない――奈落/棺桶の中/あの世。

 本能的な、原初的な生物が持ちうる警戒心がヴェルミ・チェッリはやばいと叫んだ。

 

 僅かな含み笑い。「彼らは”調理者“――四十崎(あいさき)教授の忠実な信者です。クライアントである閣下を襲いはしませんよ」

 

 ヴェルミのフィクサーである(しゅう)――老酒にカプセル型の錠剤の中身を入れる。

 

羹に懲りて膾を吹く(あつものにこりてなますをふく)。沖縄海戦は遠い昔ですよ」

 

「ですが先生。あのリーダー、フェニークスの片割れはあまりにも異質だ。あれではまるで――」

 

「沖縄海戦で現れた摩醯首羅だ、と言いたいのだろ君は」

 

 突如部屋の隅に現れた男――奇怪な姿。

 流暢(りゅうちょう)な発音/軽やかな身振り/目に刺さるような鮮やかに染めた斑の髪/首から下げたペンライトや携帯顕微鏡やファックの文字が刻まれたキーホルダー。

 道化の様そのもの/五十代のパンク青年=通称”調理者“――見透かした目は血走る/髪と同じように白衣は血や油によって鮮やかに(いろど)られる。

 ヴェルミ・チェッリの創始者――四十崎。

 ある時、唐突に現れたメトロのスーパースター/ソーサリー・ブースターの中核、魔法師の脳髄の提供者。

 

「確かにあれはヴェルミの中でも異端だ。普通では持ち得ない『魔法』という攻撃手段を持っている。それ以外にも彼に使われているDNAは君たちの言う摩醯首羅そのもののDANを使用したジーンリッチだ」

 

「沖縄の悪魔を再現したというのか......ッ!」

 

「再現? まさか具現と言ってくれ。それにあれは所詮兄妹のことしか考えていない。いくら君たちが死のうが、人類が滅びようが、地球が消えようが、あれは兄妹のために命を消費し続けるだろう」

 

 部屋の中を練り歩く四十崎/中華風の部屋に迷い込んだパンク青年は鼻歌を歌うように話し続ける。

 

「君たちが警戒すべきは私の信者ではない。もっと警戒すべきは国防軍だよ」

 

「その国防軍にいるかもしれない存在があなたの信者の中にいる。それが我々にとっては脅威なのだ」

 

「あれが脅威ね。脳の行動、感情を司る領域に指向性制圧ワーム素子(ヴェルミ・チェッリ)を移植していても?」

 

「......あれが本当に摩醯首羅では無いという証拠は?」

 

「頭が悪いな君は。ジュウイチは私が作ったジーンリッチだと言ったばかりだろう」

 

 半笑い/シニカルな笑顔――話し続ける。

 

「それに横浜攻撃(テロリズム)は私にとっても重要な使命でもある。計画を潰す理由がない」

 

「使命?」

 

 (チェン)の疑問の声/四十崎は口を吊り上げ答えた。

 

(ハサミ)達への挑戦だよ」

 

 

 ***/****

 

 

 横浜/神奈川区周辺のホテル――一日早く第三高の生徒は前日に横浜に。

 吉祥寺真紅朗/脇で手伝う三島灯子/代表チームは機材などの点検で忙しなく動き回る。

 一条将輝/王・鈴玉(ワン・リンユー)/ナナ/警備隊は一日暇を持て余す。

 個人的に横浜に来た大隅大樹――知り合いの伝手で横浜散策。妙にぴりぴりした雰囲気。

 外人――中華系の人種が多い/市中の街灯カメラを調べる。

 鈴玉(リンユー)が御家関係の人間と会うといって散策を抜ける。

 ランドマークタワー/赤レンガ倉庫/汽車道――途中から観光に。

 中華街方面――元公園に立てられたモニュメント。

 三枚の板が支え合っている様にも見える=横浜ベイヒルズタワー/日本魔法協会関東支部。

 力を誇示するかの様な佇まい/魔法師の力の象徴――マルドゥック(シティ)の象徴と似ていた。

 戦争と平和/矛盾を示すモニュメント=マルドゥック・グランドタワー。

 生まれた土地ではないけれどホームシックのような感覚になる。ホームレスと匂いと上流者階級(ワンダーランド)が着ける香水の匂いが懐かしい。

 歩き続ける/中華街周辺を念入りに調べる――市民の目が厳しい=全員中華系の人種。

 大体の物を見終える――海沿いを歩きながらホテルに帰る。

 港に停泊する一艇の船/オーストラリア船籍の大型貨物船/側面に垂れ下がる旗。”美味しくて栄養満点ドライフルーツ“

 そのまま帰る――ホテルにチェックイン。

 連絡/09メンバー――数人が既に横浜入り。

 国防軍/藤林響子――警戒。”火之迦具鎚(ひのかぐつち)“/発狂事件の概要――全て話す。

 驚愕の声/特に発狂に関することで――知り合いの刑事に掛け合うと。

 デルクからのメール/ブラックドックの義体スペック/自慢のガイノイドの写真が数枚添付され送られてくる。

 

『今朝、ブラックドックがチームを率いて能登島を出た、監視システムをクラックして追跡中だよ。島で製造した銃と一緒に横浜に向かってる。こっちはお祭り騒ぎだ。無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)赤い槌(クラースヌィィ ・マラトーク )が麻薬抗争を起こして面白いことになっている』

 

 面白おかしくメールを送ってくる――盗み見られる心配/失楽園の『プール』のバックドアを通しての送信と確認。

 

「本当に気紛れなチェシャ猫」

 

「何々。男からの愛のメール?」三人部屋/同室の鈴玉(リンユー)が茶化す。

 

 ホテルに戻ってからの鈴玉(リンユー)/妙に暗い表情――持ち前の明るさで機嫌を戻す。

 

「違う。私の居た施設の元職員からのメール。論文コンペがんばれって」

 

「ふーん。やっぱナナは色恋は一条君一直線か」

 

「ち、違うわよ」

 

 ベットに仰向けになりながら言う。「でも、ナナ好きでしょ。一条君のこと」

 

「否定はしないけど......」

 

「面と向かって”愛してる付き合って“とも言えないか。妬けちゃうな」

 

「そういう鈴玉(リンユー)はどうなの? 大隅くんとの進展は?」

 

 吹き出した鈴玉(リンユー)/おかしそうにベットを転げまわる。

 

「あいつ? ないない、絶ッッ対ない」

 

「じゃあなんで一緒にいるの? 普通ああいうタイプの人、鈴玉(リンユー)のタイプじゃないのに」

 

「単純に日本(こっち)に着てからの友達ってなだけだよ」

 

「友達ね~ ほんとに?」

 

「嘘付いてどうするのよ。ほんとよ。ナナも分かってるでしょ、今の日本と大亜細亜連合、休戦状態だしこっちに来たときは風当たりが酷かったのよ。そのときに初めの日本の友達が大樹だったてなだけ」

 

「それだけ聞くといい恋愛小説に聞こえるけど」

 

「あいつと恋愛なんて発展しないわよ。アニメとか美少女好きだし、落ち着きがないし、何より鈍感なのよ。こっちの気持ちにも気づきしない」

 

「そういう気持ちにはなったの?」

 

「昔ちょっとだけね、でもないわ。結婚も国の隔たりがあるから出来ない。本気で好きでも私たちは出来ない定めなのよ」リアリストな回答。

 

現実を見据えきっぱりと諦めている鈴玉(リンユー)――私に出来るだろうか?

 

「ナナも好きなら早めに決めなよ。三年なってあっという間なんだし、好きとも言えずに離れると後悔しか残らない」

 

 鈴玉(リンユー)が転がるベットに寝そべる。「今日は妙に大人びたこと言うのね」

 

「もう大人よ......」静かに呟いた。「ねぇ、少し話、聞いてくれる?」

 

「いいわ」

 

 天井を眺めながら話し出す。

 

「私のお父さん。数ヶ月前に死んじゃったんだって」

 

「ハードな話をいきなりしだすのね」

 

 私に顔を向け微笑む。「だってナナ、絶対同情とかしないし」話し続ける。「それでね、お父さん大きな企業の社長の警護してたらしいんだ」

 

「うん」

 

「企業テロって言えばいいの? まあ社長が暗殺されたらしいだ。その時に一緒に。みんな悲しんでるのに私は悲しくないの。本当は悲しくなる筈なんだろうけど、どう反応したらいいのか分からない。お父さん苦手だったし」

 

「お母さんは?」

 

「とっくの昔に死んじゃった。もしくは蒸発」

 

 あやふやに答えた/聞かないでおく――無駄に話をほじくるのも好まない。

 

「それで、次期社長がその娘。私の友達なんだけど。それを警護するのが私ってなた訳。いきなりよね、どう思う?」

 

「どうって言われても回答に困るわ」

 

 やっぱりといった感じに鈴玉(リンユー)は笑う。「そうよね、ごめん。いきなり御家の話なんて」

 

「いいわよ。困ってたら相談してよ。友達でしょ」

 

 一瞬驚いた表情/すぐに照れくさそうに頬をかく。

 

「ありがと」

 

 その後も他愛のない会話が続く――疲れきった灯子が部屋に戻る/鈴玉(リンユー)の胸にダイブ。そのまま眠りに入る。

 優しい光――業火のビジョンが溶かされる。

 明日起こるかもしれない戦闘――あるいは戦争/胸の内に燻る煉獄の火種が騒いだ。

 

 

 

 2095年10月30日(日) 8時25分-横浜国際会議場

 

「落ち着きがないわね」

 

 横浜国際会議場/警備隊の人員はロビーで軽い打ち合わせ――セオリー通り。

 皆楽勝とばかりの雰囲気――それ以上に魔法に対する安心感が窺がえる。

 ナナと将輝は正面ホールを警備。

 軽い服装の将輝――ショルダーホルスターに納まる真紅のCAD。

 イチジク味の高密度カロリー素材食(マテリアル)を齧るナナ――腰に大型拳銃形態CAD=MOW(マイ・オンリー・ウェイ)/肩から下げる大型狙撃銃形態CAD=WOM(ウェイ・オンリー・ミー)

 妙にそわそわしていた将輝/警戒するよう注意を入れる。

 

「仕方ないだろう。これから起こるかもしれないこともあるし――」

 

「それに?」

 

「いや、なんでもない」はぐらかす。

 

 周囲に目を走らせる――誰かを探している様子。

 緊張感がないと思いながら目を走らせる。周囲の人物/会議場全体のカメラ映像。

 すべて頭の中で見る。見知った人物二人――白いワンピースのような服/真っ白な髪=粉雪を思わせる。

 鋭い目つき――氷の冷たさ/イライジャ・バラッカ。

 その後ろに付き従う老紳士――黒い髪に混じる白髪/ダンティな顔に刻まれた皺/傷。

 しなやかな体/屈強でいて柔軟性がある――黒のスーツが執事を思わせた=ベンジャミン・バトラー。

 二人の姿――どこぞの令嬢とその執事の様相。

 さまざまな観客――企業/軍属/出場者の親/さまざま。

 一人だけ奇異な人間を発見――一見すると美少年。シルクハット/三つ揃いの背広/黒の蝶ネクタイ/皮手袋で持つステッキ――時代を間違えて英国紳士。

 服装ですべてを台無しにしていた/一応警戒者リストに入れる。

 

「十三束 鋼?」唐突に名前を呼ぶ将輝。

 

 声の方を向く――将輝の頭一つ分小さい背丈/ナナに近い。

 歳の割りに幼く感じる顔立ち。

 

「え、あ、ど、どうも!」反応に困っている様子/意味もなくお辞儀。

 

「困ってるわ、ごめんなさい。いきなり」

 

「い、いえ。同じ警備隊で光栄に思います!」

 

 おどおどした態度/顔と同じ年齢と思う――少し笑ってしまう。

 

「あなた、お名前は?」

 

 割り込む将輝。「おいおい、しらないのか。『Range Zero(レンジ・ゼロ)』てしらないか?」

 

 記憶を掘り返す――『Range Zero(レンジ・ゼロ)』/十師族--該当無し/百家--一件該当=百家/十三束家の直系。十三束 鋼。

 

「あ、あなたが『Range Zero(レンジ・ゼロ)』の十三束 鋼?」

 

「はい、そうです」

 

 微笑む/完全営業スマイル。

 

「ごめんなさい。忘れてた、ナナ・イースターよ」握手。

 

「よろしくお願いします。十三束 鋼(とみつか はがね)です」

 

 十三束は同じ背丈のぐらいのナナを見る――視線の先/背中のCAD。

 あまりの大きさに驚きを隠せない/どういった様子――子供の好奇心。

 いたずら心が働く。「持ってみる?」

 

「いいですか?」恐る恐る聞く十三束。

 

「いいわよ」ナナは背中からCADを降ろす/十三束に渡す。

 

 わくわくした表情/CAD=WOM(ウェイ・オンリー・ミー)を受け取る。

 持った瞬間重みで腕が下がった――45キロの重みが十三束の腕に掛かる。

 驚いた表情――こんなものを背負っていたのか といった感じに。CADを返してもらう。

 

「こんなに重いものを背負ってたんですか?」

 

「そうよ。女の七つ道具の一つよ」

 

 将輝は本当かといった様子でナナのチョーカーを見る――チョーカー=ウフコックが待機中。

 ”万能道具存在のウフコックがいるなら七つどころじゃないだろ“顔に書かれた本音/つま先で脛を蹴ってやった。

 脳に埋め込まれているハードに無線通信――イライジャから。

 

 脛を痛そうにしていた将輝。「どうした......」

 

「ごめん、ちょっと離れる」そういってその場を離れた。




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