マルドゥック・マジック~煉獄の少女~   作:我楽娯兵

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セコンド・ピアット15

 降りだした雨――毒の驟雨。日本海から溢れ出た人も機械もそれ以外も、全て平等に寿命を削る雨。

 ダイオキシン/ヒドラジン/重油/僅かながら放射能。毒という毒が盛られた死の雨。

 その中に狂犬が一匹――深く被ったチロリアンハット/ネックウォーマーで口元を隠す/カジュアルな擦り切れた黒一色の服。ある一体の残骸の下でしゃがみこんでいた。

 路上に倒れるサイボーグ/雨の毒で皮膚組織が溶けだしている。

 チームの中でも若い分類に入った兄弟――他の二人も義体の動作耐用を越えた衝撃/クレーンが二人を壊した。

 足/手/首/電脳――全てが逝かれていた。彼の流儀で三人を弔っていた。

 電脳に残る僅かな記憶を自分の電脳に――過去に存在した肉親の死体を食べるという行為に似た弔い。静かに兄弟を見送る。

 

「化けて出るな、静かに眠れ......」

 

 潰れた喉から出る声はこの世の全てを呪った声――血の繋がらない兄弟を送った。

 

 能登島難民街を拠点として活動している無頼少年集団(アウトローチーマー)。未成年武装難民を中心に構成された群犬。リーダーの男=姿やリーダー名のる名前/それらがチーム名にもなった――ブラックドック。

 能登島での麻薬販売/デジタル・トリップ/総元締めを張る能登島難民街有数の男。

 そんな男が毒の雨の中一人で歩いていた――誰も出たがらない雨の中。

 生身なら雨が皮膚に触れれば炎症を起こし即座に病院に/機械化した人間なら腐食を嫌い出ても来ない。

 こんな雨の中を歩くのは自殺願望者/もしくはただのアホだけ。

 ブラックドックは奥歯から歯軋りの音を奏でていた――不快で仕方ないといった様子で。

 それに反応してか何者も彼の半径2メートル内を歩かなかった/人/サイボーグ/虫/雨/ゴミ。

 ブラックドックを中心にぽっかりと空いた半球状の空間――不思議な魔法でも起こったように押しのける壁。雨でさえも彼に近づかない――近づけない。

 現代魔法を使っているわけではない/古式魔法でもない。そのほかの可能性――彼が持つ特殊な義体。

 彼が持つ特殊な義体は他とは違っていた/一回りほど大きなボディー/人工筋繊維に掛けられる電流も倍以上――そして何より雨や弾丸を逸らす、気体とも液体ともつかない不可視の壁。

 ブラックドックの最大の力――大亜細亜連合との取引で手に入れた最強の矛。

 あるものを手に入れるためだけに渡された物――もう用済み。

 オリハルコンは大亜細亜連合の――陳 祥山(チェン シャンシェン)はもうオリハルコンに代わる聖遺物(レリック)を手に入れたと言ってきた。

 そんな事は許せされなかった/兄弟も死んだにもかかわらず要らない?――ふざけるな!

 オリハルコンの破片を手に入れるためだけに一人を死なせた。

 死んだ弟の弔い合戦でさらに死なせた――そして何より譲れないことがあった。

 陳 祥山(チェン シャンシェン)が提示したオリハルコン強奪の成功報酬――大亜連合軍特殊工作部隊の入隊許可。

 このゴミ溜めに落ちて来た蜘蛛の糸/後ろ指指されずに胸張って生きていける職を寄こすと言ってきた――ブラックドックチーム全てに。

 なんとしても手に入れたい――このクソ溜めから逸早く、義兄弟を全て連れて。まさに俺たちにとっての”天国への階段“(マルドゥック)

 だが唐突にその報せが届く――”聖遺物(レリック)は諦める。お前は論文コンペまでに予定されるハイパワーライフルを手に入れろ“

 その言葉は絶望――期待に応えられなかった/ヴェルミの一人を借り受けてまで出張った意味が無くなってしまう。

 

「くそったれ......!」

 

 頭の中でちらつく――灰色の髪の女。

 血の色眸が俺たちの兄弟を殺した――それだけで腸が煮えくり返りそうになった。

 それだけではなくあの女が一条の御曹司を連れ能登島に来たと無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)がいうではないか。

 挑発にもほどがある――チーム全員が総出で女と一条の御曹司を血眼になって探し回っている。

 邪魔される人探し/明らかに俺たちの電脳をハッキングし捜索の範囲を逸らされている。検討は大方付いていた。

 

 麻薬/デジタルドラッグの供給を独占的したい”無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)

 

 安価で薬を手に入れたい新ソビエトの傭兵崩れ/反政府武装勢力”赤い槌(クラースヌィィ ・マラトーク )

 

 そして限りなく0%だと思いたい能登島に住む情報屋”ルイスの鷹“

 

 全てが全て邪魔に思える/消してやりたい――この義体を使って全てを。ハイパワーライフルに然り適当に造りやがる製造者共/凍結防止オイルの代金が無いと言う。ふざけてやがる。

 そこらへんの銀ダラ(中国製トカレフ)とは訳が違う――即時実戦配備/対魔法師用の銃。ちょっとした手抜きでもそれは将兵の命に関わる。

 

「どいつもこいつもふざけやがって......!」

 

 むしゃくしゃした感情/逸早くこの鬱陶しいものを払拭してやりたい。

 あの女を殺せば出来る――この感情も消える。

 そうすればオリハルコンも兄弟の仇も取れる――大亜連合軍特殊工作部隊にも入れる。

 

「そうだ......俺たちはこの掃き溜めから抜け出せるんだ......」

 

 頭をガリガリ掻く――不安しかなかった。この仕事も、報酬の件も――

 

 

 ***/****

 

 

 ナナと将輝は関町方面にあるホテルに居た。

 最初はどぎまぎする/このような地帯のホテル――アダルトなものだと勝手に想像を膨らます。

 実際はそうでもなかった。

 いたって普通のホテル/モーテルといった方がよかった。

 簡素なアパート/無理やり客を泊めるように改装したようだった。

 一回にある管理人室/経営者の部屋――金を払う。七十歳近い経営者/ヒューマノイド・ホーム・ヘルパーが淹れたお茶を啜る。

 壁に掛けられた物騒な物=隠そうともしな銃/ショットガン。

 いつでも殺せるとの意思表示にも思えた。

 鍵を受け取り部屋に向かう――薄暗い階段/本当にただのモーテルだった。難民街にあることを除けば。

 部屋の中――ベットが一つ/簡易型冷蔵庫/洒落たテーブルと椅子。

 ナナはコートを脱ぎ捨てた/大きな欠伸をする。

 

「あんまり寝てないのか?」

 

「そうね。結構な間寝れない」

 

 背伸びをしながら答える/シャツに押しつぶされた胸が強調された。視線を逸らす。

 部屋のあちこちを見て回る――興味本位。

 冷蔵庫――空。ベット――二人用/虱やダニの心配ない。

 旧式ブラウン管テレビ――一般回線が通っておりニュースやバラエティも見れた。

 コートを脱ぎベットに腰掛ける/テレビに映るニュースを眺める。

 テロップの文字。《強姦罪の容疑で逮捕。城野内 大(44)童子強迫の疑い》

 強姦事件――フリーセックスが終わってから急増している。

 処女童貞は結婚まで守り続ける風習/何故か強姦事件を増加させる要因になった。

 ある社会学者はこういった――”フリーセックスが終わったことによって、性への縛りが強くなった。そのせいで帰って性知識の低下を招いているのだ“

 縛られていることによる欲求の開放――そっち系の店は客足が増えたと噂で聞く。

 それでも欲望が満たされない者はこうして犯罪に走る。童女を抱きたいなんて可笑しな考えを持っているものは。

 布が擦れる音――ナナが服を脱いでいた。心臓が跳ねる。

 

「将輝、今からシャワー浴びるけど。覗いたら殺すから」

 

「俺はまだこのニュースみたいに映りたくはない」

 

 そういいナナは浴室に姿を消した。

 心底恐ろしい顔をしていたナナ――機嫌だけは損ねないように心に誓う。

 コートからウフコックが抜け出てくる。思わずぎょっとする――いつ見てもネズミが二足で立っていることは驚かされる。

 サスペンダーに小さな蝶ネクタイ姿の金色のネズミ/ベットのシーツを掴みよじ登ってくる。

 

「君は俺のような存在を見て怖くはないのか?」

 

「今更だな。......そうだな、怖くは無いが摩訶不思議(シュール)な存在ぐらいか」

 

摩訶不思議(シュール)か、そういったことを言われるのは初めてだ」

 

「今まではどんな風に言われたんだ」

 

「俺の存在を殆ど知らない人間は気味が悪いなどを先に考える。他には驚愕や、親しくなった人間は愛着などの匂いがした」

 

「愛着......か」

 

 ふいにウフコックが変身(ターン)する姿を思い出す――内側からまったく別の物がひっくり返る。

 色々なものになっていた/初めて会ったときはチョーカー。ハサミ/銃。構造も何もかも違うものに成っている。

 

 疑問。「お前は何に成れるんだ?」

 

「どう言う事だ?」

 

「金属や革、ガラスに成れるんならどこまで変身が出来るのか気になってな」

 

「俺は大抵の物になれる。そうであることを目的とした万能道具存在(ユニバーサル・アイテム)だ」

 

「万能道具か」

 迷ったように/悔しがるように腕を後ろに組みベットの上を歩き出す。

 

「ただ......」

 

「ただ?」

 

「ダイヤモンドのような宝石類、車のやミサイルのような構造が複雑なものには変身(ターン)が出来ない」

 

 己を語るウフコック/何気なく、サスペンダーから出た長細い尻尾をつまみ持ち上げた。

 

 途端ウフコックが叫んだ。「うわああああ!」

 

 いきなりの叫び/びっくりしつまんでいたウフコックを落としてしまう。

 

「いきなり何をする一条将輝!」

 

「すない。少し持ってみたくて」

 

「俺の自慢の尻尾を何だと思っている!」

 

 ベットの上で飛んで怒るウフコック/俺の顔を指差し、金色の体毛を逆立て怒っている。

 

「尻尾をつまんだだけだろ?」

 

「言葉にされるのも不愉快だ!」

 

 心の底から怒っていた。

 

「あー、すまない」

 

「今後俺の尻尾に触ることは許さない!」

 

 赤い眼が将輝を睨みつけた/六本のひげが上向きで。

 

「どうしてそこまで怒る。触られたくないならズボンの中に入れればいいだろ?」

 

 一瞬ウフコックが肩を落とす――心の中の残りをぶちまける。

 

「ドクターとナナが言ったんだ”ズボンのお尻が膨らんでるぞ、大きい方でも漏らしのかい“て。俺の自慢の尻尾をなんていい草だ!」

 

 それを聞いて思わず噴出してしまった――本当にくだらない/ウフコックにとってはくだらなくはないだろうが。

 

「笑わないでくれ。これは俺の沽券にかかわる」拗ねたようにウフコックは言った。

 

「ああ悪かった。もうお前の尻尾はつままな――」

 

 カラン――陶器にものが落ちる音/浴室からだった。

 

「......ナナ?」

 

 ベットから立ち上がりる/ウフコックが肩に移動した。

 何かあったのかと思い浴室に向かう――ナナの言葉を思い出す。”覗いたら殺しから“

 ドアノブに手を掛けたところで考えた――殺されるのは嫌だな。

 でも何かあったら大変だった/ここでナナがいなくなっては生けていける気がしない。

 風呂とトイレが一体型でない事を祈りながらドアを開けた。

 白い電球とタイルが目に刺さった。

 ナナ――洗面台に手を付いていた。息が苦しいのか過呼吸気味に息をしていた。

 何事かと思い中に入った――ふいにナナが振り返った/苦しそうな表情で。

 あっ、殺される――そう思った。が、返ってきた反応はまったく違った。

 

 

「いや、いやああああ!」

 

 

 唐突に悲鳴を上げて部屋の端に逃げたナナ/その反応に戸惑う。

 

「ナナ......どうした?」

 

 部屋の隅でガタガタ震えるナナ/どう対処していいのか困る。

 心配になりさらに一歩近づく/その一歩にナナが敏感に反応した。俺を見る目が恐怖していた。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」

 

 膝を抱え震える/訳のわからないことを呟き続けた。

 

 ウフコックが肩から降りた。「すまない。少しこの場を外してくれないか?」

 

「あ、ああ。分かった......」

 

 言われるがまま浴室を出た。

 

 

 ***/****

 

 

 ナナが落ち着きを取り戻したのはそれから一時間後だった。

 今は大分落ち着きベットで横になっていた/ナナはこの状況をどう説明したらいいのか困っていた。

 先陣を切って聞く。「何があったんだ?」

 

「うん……、これは私自身の問題。男の保護証人がついた時点で説明義務(アカウント)が発生してたことなの」

 

「で、その説明義務(アカウント)て?」

 

「私、はその、フラッシュバックを持ってるの......」

 

「それは薬物の方じゃなく、心理的な方のか?」

 

「うん......」

 

 強いトラウマ体験を受けた場合に、後になってその記憶が、突然かつ非常に鮮明に思い出されたり、同様に夢に見たりする現象。心的外傷後ストレス障害(PTSD)や急性ストレス障害に顕著――相当厄介な体験をしたことが分かった。

 何に?――説明しなくてもなんとなくは分かった。彼女の体験したことは。

 

「薬とは、サイコセラピーは?」

 

 首を振ったナナ――一切の治療を受けていない。

 

「こういうことは軽々しく聞くものじゃないが、少し話してくれないか」

 

 僅かな沈黙――ナナは少しずつ話し始めた。

 

「私が昔、魔法研究の被験体だったのはウフコックから聞いたのよね」

 

「ああ、そこでの実験のせいか?」

 

「違う、確かに研究は辛かったけどもっと別のこと」

 

 そして言った。

 

 

「レイプされたの」

 

 

 その言葉を聞いた途端、腸が煮え返った。

 頭に血が上り、奥歯を嚙んだ――ナナは続けた。

 

「最初はただ一人だった。すっごく痛かったけどすぐに済んだ。でもどんどん来るペー

スが上がってきた。人数も一人から数人に増えた。痛いこともされた、首も絞めらて苦しかった。でもね、相手に任せてたらいいんだて。こうすれば喜んでくれるし、私も気持ち良くなれる方法を見つた。でも今に考えると逃げてたんだと思う、痛いのが嫌だから」

 

 目の奥から零れた涙――嫌だったに決まっている。

 言葉が嗚咽に変わる。

 

「もういい......、これ以上は喋るな」

「......う......ん」

 

 目を擦りながらナナは一つだけ俺に訊いた。

 

「将輝は私が処女じゃないことに軽蔑した?」

 

「しないよ。処女信仰は日本では流行らない」

 

「そう......よかった」

 

 そう言いナナは眠りに入った。

 自分から聞いていてなんだが相当ハードな事を聞いてしまった。

 今後の接し方に戸惑いを覚える――どうすればいいのか/俺が原因で彼女がまたこうなってしまうじゃないか。

 そんな考えが頭の中を駆けた――ウフコックが俺の肩にいることを今更に気づく。

 

「なあ、ウフコック俺はこれからどう接すればいい?」

 

「さあ......わからない。俺は所詮、人間並に知能を増大させられたネズミだ。こういうことには疎い」

 

「だろうな」溜め息が出てしまう。「なあ、ウフコック彼女は俺をどう思っているんだ?」

 

 きょとんとするネズミ/それから腕を組み考えた。「君に対す匂いは。喜び、嬉しさ、憧れ、安心感、不安、どう説明すればいいのか分からない」

 

「不快感や、恐怖の匂いはしないんだな」

 

 断言するウフコック。「ああ」

 

 その言葉を聞き安心した/安心と同時に襲い掛かる眠気――ここに来て疲れる事ばかりだ。

 窓際に腰掛けたまま俺は意識をはじめた。

 彼女の心は鋼鉄に縛られ、溶鉄で焼かれている――一人の女の子が背負うには重過ぎる。 

 彼女の存在は将輝とっても大切なものになり始めている。

 重すぎる過去――八人のための代理復讐。

 彼女を律する存在――ウフコックの求める正道。 

 

「餓鬼が背負うには重過ぎる」

 

「彼女は君の光に憧れているのだ」

 

「血に濡れた光だ.。憧れる......もの...じゃ......」

 

 ウフコックは将輝が眠るの隣で呟いた。

 

「ナナを裁ける存在でいてくれ。佐渡島のように彼女を止める存在で」




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