マルドゥック・マジック~煉獄の少女~   作:我楽娯兵

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プリモ・ピアット15

 微かな揺れ/夜道を照らすナトリウム灯。

 藤林響子の車/交通管制システムに誘導される。

 ハイウェイを通り向かう場所=横浜。

 助手席に座っている――サングラス越しからの黒の世界。CADの感触が静かに伝わる。

 

「風間少佐もいきなり他国との共同作戦だ、なんて。こっちの心境も考えてほしいわね」

 

 ハンドルを握りながら愚痴が聞こえる/唐突に告げられた内容、指示。

 USNAとの共同作戦――先日に忠告されたマルドゥック機関との掃討作戦。

 

「彼らからも要請があったそうじゃないですか。きちんと日本の法廷局の申請を通して」

 

「それでも部下のメンタルもあるでしょ。いくらUSNAとは同盟関係だとしても、第三次世界大戦では銃口を向け合った相手なんだから」

 

「彼らもそこは承知の上でしょう、現に厄介なグランドホテル内の制圧を買って出たんですから」

 

 手元にあるホテル内の見取り図を見る/一般的なホテルだが最上階は吹き抜け構造/入り口は二箇所――位階にメインホール玄関/二階に小さな小窓――これはホテルの構造上、二十階以上壁面を登らねばならない/普通ならメインホール玄関しかは入れない。

 

「そうだけど、そこに行く人間がたった二人て無茶があるわよ」

 

「それだけの自信があるのでしょう。調べた限りマルドゥック機関もかなり普通じゃない面々でした」

 

 その言葉で藤林は数時間前のことを思い出す――チナワットとノア、リアムの戦闘を。

 生体電流に塗れたノアの硬化した肌/ジェネレーターを貫き赤く染まった黒い腕。

 へらへら笑う神父リアムの死ぬ瞬間――頭を割られ飛び散らせる脳、血/そして蘇る姿。

 機械化を中心とした法的機関なのは聞いていた/細胞を弄るようなことを容認されているとは思わない。

 彼らの行動方針である新カルタヘナにも抵触する。

 容認の可能性/新カルタヘナ創設以前=第三次世界大戦。

 国際法も一切機能しなかった混沌時代/調整体魔法師なども生まれた。機械化も。

 車の搭載端末にメール/送信者――マルドゥック機関。

 ディスプレイに触る/操作/メールを開く。

 共同で参加するメンバーの情報/顔写真/名前。確認する。

 達也も目を向け見る。

 参加人数―二人。

 参加者名――ウフコック・ペンティーノ/ナナ・イースター

 パーソナルデータ。

 ナナ・イースター/性別-女性/マルドゥック機関所属/委任事件担当捜査官/USNA認定魔法師。

 ウフコック・ペンティーノ/性別-不明/マルドゥック機関所属/委任事件担当捜査官。

 見た限りナナの人物像(プロファイル)は問題なかった/しかしもう一人は不明な点が多すぎた。

 性別-不明/顔写真-なし/出生地-不明/年齢-不明/身長、体重-不明。

 ウフコック・ペンティーノに関するデータが殆ど無い。

 

「一人以外何も分からないじゃない、信用して無いのかしら」

 

「それだけ重要な人間なのかもしれませんよ」

 

「現場に来るような人が?」

 

 パネルを操作――一人分の顔写真を開く。屋上に居た少女の顔写真。

 正面からの撮影したもの/印象――酷い目つきをしていた。

 色素の抜けた血の色の瞳――焦げ付き/底に溜まったヘドロのように泥付いた視線。

 一見不機嫌そうに見える――しかし分かる。

 達也の直感――一度死んでいると。

 生命活動は別として/人を殺し/自分を、精神を殺していると。

 横浜港に入る――入り江の近くに止まる/元々赤十字病院があった場所/集合指定場所。誰もいない。

 遠くに見える横浜ベイヒルズタワー=海軍、海上警察が場所を置く超高層ビル。

 静まり返った入り江/波音が聞こえる――灯浮標の光を捉える。

 

「いないのかしら」呆れたように腕時計を確認する藤林。

 

 周囲を確認する/誰もいない。街灯/人の声/波の音、それしか感覚は捕らえない。

 視線。

 狼に睨まれた様な感覚/獣の視線――咄嗟に振り向く。

 何もいない/だが感じた感覚/視線。

 にわかに空気音――風船から空気の抜けるような。現れる人影。

 空間の一部が歪む/小柄な人物――白いフード付きコート。

 フードの隙間から覗く/焦げ付いた瞳/色素の抜けた血の色。

 ナナ・イースター。

 写真よりもさらに酷い目つきだった。感情、精神を何もかもを捨てたような顔をしていた。

 

「もう一人は?」

 

《ここにいる》

 

 彼女のチョーカーが声を発する/電子音ではなく肉声/本当にそこにいるかのような。

 

「遠くにいるのか。それの内蔵カメラで戦況を覗き、彼女だけに戦わせるのか」

 

《遠くにはいない。俺は俺の正体を教えることは許されていない》

 

「では何故姿を表さない、二人で戦った方が効率的だ。礼儀からも失礼ではないのか?」

 

《そうだな、失礼である。効率面でも君の言う通りだ。だが俺はそれが出来ない》

 

「なぜ?」

 

 ウフコックに問いかける達也――ナナが口を開く。印象とは違うハスキーな声。

 

「それはこの作戦に関係ある? 日本の公安警察に匿名で通報があった。それを聞いた彼方達が『首なし』の頭を潰す。私たちが体を潰す。それとウフコックの正体が関係ある」

 

「......ない」

 

「では作戦を始めましょう」

 

 それを最後に彼女は歩き出した/空間の一部が歪む/徐々に姿が薄れる。

 足音と街灯に照らされた影だけがあった。

 

「達也君。彼等いたの?」ナナたちの姿が見えず戻ってきた藤林「先に行っちゃたのかしら」

 

「そのようですよ」

 

 受け流す達也/彼女の姿を見て危険と判断できてしまうほど強烈な印象。

 それを確信付けたのは達也が精霊の眼(エレメンタル・サイト)で捕らえたものだった。

 ナナの後ろを付いて回る。暴力的なまでに綺麗でいて醜い子供の形をした何かだった。

 

 

 **/*****

 

 

 ビル伝いに中華街に近づく/下に広がる街――人の喧騒。飛び越える。

 胸の奥をくすぐる不快感――ナナの体のことを教えたウフコックへの怒り/その感情に対する自己嫌悪。

 それをさらに掻き立てた存在――司波達也。

 その姿を思い出す/視界を覆うビジョン/現実と交差する幻想。兄の姿。

 はっきりとしない記憶が教える/兄の顔――司波達也の顔。ありえるはずの無い顔。

 事前に渡された彼のDNAデータからナナとの塩基配列はまったく違うこともわかっていた。

 血の繋がらない他人と兄の姿が重なってしまう/それを嗅ぎ付けたかのように騒ぎ出す虚無達。頭の中で囁く。

 

 

     驚きの告白ね。それが真実なら。

 

 

 甘く官能的な響き――スピード・シューティングで聞こえた女性の声。

 

「黙って......ッ」

 

 苦虫を噛み潰したように不快な感覚/それに呼応するように近づく中華街。

 街から隔離されたようにある中華街/御大層に壁まで設けられている。

 ナナには関係ない/重力(フロート)を展開――壁を軽々と飛び越える。

 人よりも上に/俯瞰する中華街――一際大きなビル/横浜グランドホテル/無 頭 竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)の、『首なし』の住処。

 壁を越えまたビルの上に/走る。

 壁で仕切られた街から漂う匂い/薬/煙草/湯気/微かに血の匂い。

 敵国の橋頭堡/設置を許す日本国の精神が知れない。

 休戦中である大亜細亜、だが法的には戦争状態である。

 その中で日本魔法協会の目と鼻の先でこのようなものが出来てしまっていた/溜め息が出てしまう。

 敵の住処/横浜グランドホテルの前に着く。

 見上げる――作戦内容を思い出す/国防軍が無 頭 竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)の幹部から組織体系、それに関する情報を聞き出す/私たちが情報を聞きだしている間、邪魔を入れさせない。

 大したことのない(ピース・オブ・ケーキ)な作戦=ナナの得意分野。

 壁に足をつける/壁が床になる――歩き上に。頭の中でまた囁きだす/子供達の灼熱/視界を赤く染める。

 ナナと同じように壁を駆け回る子供達/笑顔で鬼ごっこ――その姿が炎に包まれているとも知らずに。

 一人が話しかけてくる。

 

(7番! 僕たち新しいお友達がほしい!)

 

 前に聞いたことを繰り返す――友がほしい!/友がほしい!

 その言葉に回答を投げた/声なく呟く。

 

――大丈夫、もうすぐそっちにたくさんのお友達を送るから。

 

 人一人が入れるくらいの小窓/ウフコックが変身(ターン)――ドラムマガジン/フルオートジョットガン。

 小窓に連射――心が躍る――胸の中が引っ掻き回されるような感覚/興奮に近い感情。

 巨大な風船が割れたような銃声/窓を砕く/周囲のコンクリートを抉り取る――飛び散る破片。

 入る/重力(フロート)の位置を元に戻す/物置部屋に散っているコンクリート、小粒の散弾。

 廊下に出る――銃声を聞きつけたジェネレーター――対峙する。

 ナナは彼の姿を見えていた――男性のジェネレーター/兵器として魔法師の成れの果て。ナナとは似て非なる兵器。

 誰もいなきことに首を傾げるジェネレーター/気づく――足元の陰に。ナイフを抜き走り出す。

 ナナがショットガンを構える――それを感じ取ったジェネレーター/大気の流れを感じ銃と判断。

 壁を蹴る――別の壁に。忍者のように壁走り――ナイフをナナに真っ直ぐ突き立てる。

 飛翔。

 自然落下でナナを刺し殺そうとする――重力(フロート)を展開。再度聞こえて声。

 

(友達が欲しい!)

 

「ええ、今送るわ」

 

 引き金を引く――火炎放射器みたいに火花が伸びる――ジェネレーターの体を大きく裂いた。

 穴が開き赤い驟雨を降らせる――ジェネレーターの体を入った弾丸は貫通する――背中に大きな花を一瞬咲かせ天井に埋まった。重力(フロート)の壁がジェネレーターが降らせた雨を遮る――血も生ぬるい錆びた匂いもナナには届かなかった。

 頬が吊りあがる――ナナ自身もわからなかった。戦闘による興奮症状だと思いたかった/心臓がバクバクと鼓動する。

 プラスティック・シェルの軽い反響音が廊下に響く――走り出す/別の相手を求め。

 口ずさむ歌――ヘビーメタルのテンポ/廊下の突き当たり。曲がる。

 敵――二人のジェネレーター/ジョットガン(ウフコック)を構え走る。

 発砲――瞬時に気づいたジェネレーター。飛び上がる――一人の踝にピアスの穴を開けていく散弾。

 懐から出すCAD――発射。青白い弾丸が爆心地(グランド・ゼロ)を目指し空を走る。着弾。

 ジェネレーターの体に異変――筋繊維、血管、骨/全ての生体パーツが膨れ上がる。皮膚を裂き外気に晒された筋繊維。

 爆発。

 さっきとは比較にならない雨の量。壁や天井を赤く染める――飛んでくる骨の破片/重力(フロート)が弾く。

 走り別の獲物を――廊下の曲がり角――曲がる。影に隠れるジェネレーター/手に持つナイフを振り下ろす。

 防ぐ――喉元に突き立てるショットガンの銃口。発砲。

 (ウフコック)の内部で選ばれたスラッグ弾――首と胴体に別れを告げさせる。

 足音――両手で構える倭刀――斜めに切り上げるジェネレーター。避ける。

 後退し避け続ける――剣術も一切覚えの無いジェネレーター/兵器としての筋力を発揮――高速で振る。

 後ろに壁/退路を塞がれるナナ――天高く振り上げられた倭刀。振り下ろす。

 服の内にウフコックを戻す――別の物に変身(ターン)。ブレスレット型の武器に。

 ワイヤーカッター。荷電粒子をワイヤーから放出する残虐な武器――振る。

 発射口から出る四本のワイヤー――ジェネレーターの鳩尾を中心に四肢を切っていくワイヤー。

 走る――ブレスレットが変身(ターン)高電磁(ハチソン)ナイフに。

 胴体と頭だけのジェネレーター――顎下から入ってくる白く白熱したナイフ。

 顎を抜ける。口を抜け頭蓋に達する――走り続けるナナ。壁にだるまとなったジェネレーターを押し付ける。

 耳をジェネレーターの胸に/音を探そうと目を閉じる――微かに聞こえる相手の弱弱しい鼓動。

 この鼓動が子守唄のように落ち着く――頬が緩む/四肢があった場所から赤い水が滴り続ける。

 コートが赤く染まり意味を成していない――それでも鼓動が止まるまでナナは動かなかった。

 

 

 **/*****

 

 

 血が床に落ちる/白いはずのコートが赤く染まっている。

 周囲に転がっている生物だったモノ(、、)――ジェネレーターの亡骸。

 踏み越える/踏み潰す――心臓は今も鼓動をやめず。さらに早く大きな音で動き続ける。

 人を殺したことの自己嫌悪――心のどこかで楽しんでいる高揚感。

 顔に付いた血をぬぐう。

 ビジョン/見たこのない人間――それの死に様。

 生命維持装置に繋がれた男――静かな呼吸――枕を引き抜き顔に押し付ける――発砲。発砲。

 死んだ男――機械の警戒音――切り替わる世界/ビジョン。同時に感じる場面。

 深夜番組を見ている男――撃つ。トイレに押し込まれる男――撃つ。

 切り替わるビジョン――警官の姿。殴り壁面に押し上げる――投げる。撃つ。

 切り替わる――男。おびえ、恐怖する姿――撃つ。頭/胸。二発。

 視界が動き女性を捕らえる――九ミリのリボルバー/こめかみに当てる。目が覚める女性。

 

    

     ママに会いたいの。

 

 

 撃つ。状況は違えど合致する行為――分かる。このことが起きたのはたった一夜。

 大勢を殺した虚無/今、大勢を殺している私。

 それと同じになりたくない――殺すだけの虚無に。

 にわかにビジョン――手の中で眠るネズミ。たどたどしく喋る。

 

 

    いたぁ......い、の?

 

 

 痛くはない――ただ怖い/自分が兵器になることが/金属繊維に体の中まで臓器に広がることが/兵器になることを肯定している自分が。

 

「ナナ。メインホールだ」ウフコックの声。

 

 現実に戻る/ゆっくりとした足取りで向かう。入る。

 メインホールの真ん中で仁王立ちしている男。

 顔に幾つもピアス/黒いニット帽/両手に構えたアタッチメントでごてごてのサブマシンガン=劉・シハヌーク・チナワット。

 

「よぉ、淫売(ビッチ)。おれ様の自慢のジェネレーターを食い殺しすのは楽しかったか?」

 

「黙れ、駄犬(カー)。私は今機嫌が悪い」

 

「よく言うぜ。楽しそうな顔してるのによ」

 

 耐え切れず撃つ――火を噴いたショットガン。飛びのくチナワット。

 大きな扉から出てくる男――白いスーツ/かなり良い生地を使っている=劉・ジェームズ・フラウ。

 

「チナワットお前は早く行け、命令だ」

 

「はいはい、わかってます、わかってますよ」

 

 腕を振り溜め息/ナナに向かいファックサイン。

 

「またな淫売(ビッチ)。兄貴のでかマラに泣き叫ぶなよ」

 

 チナワットの下品な悪態に苛立つ――発砲/逃げ出すチナワット。ホール内に響いた笑い声。

 

「愚弟が失礼をお許しください。ミス・イースター」

 

 静かに腰を折り謝罪をするフラウ――目は一切謝罪していない/心臓を覗き込むような目つき。

 金属繊維が反応/フラウのサイオン――人間以外の個別情報(エイドス)を感知=個別情報(エイドス)移植者。

 シャットガンを構え直す――フラウに銃口を向ける。

 

「そのようなうるさい武器を私に向けないでいたただけるか?」

 

 暴風――突風が吹く/それと共に真横でフラウの声がする。

 風を切る音――鈍く光る刃先――ハンティングナイフ。首筋を狙う。

 冷や汗が腋下を伝う――膝を曲げる。避ける/前髪を少し切られる。

 ショットガンを構える――発砲。

 バックショットがフラウの白スーツを赤く染めようとする。

 ナナが気づくそれを出来ないことに――撃った場所にフラウがいない。

 にわかに光――先ほどと同じ鈍い光。真っ直ぐハンティングナイフを突き立てているフラウ。突き刺す。

 首を曲げる――すぐ側を通るナイフ――フードを切る。邪魔なコートを脱ぎ捨てる。

 ピラーズと同じ服装――白と赤の拘束ドレス。ジョットガンを撃つ――すでにフラウがいない場所に。

 

「何処を撃っている? 歌姫(ディーヴァ)

 

 吹き抜けの手すりに立つフラウ――上着を脱ぎハンティングナイフを片手に持っている。

 そして姿が少し変わっていた――膝から下の裾を突き破り出ている棘の様な毛。

 足の指はダニの掻き爪のようなフック――片目は変化し緑色の複眼に。

 人の形をした被造物(クリーチァー)/個別情報(エイドス)移植者。

 その姿を見て移植した生物個別情報(エイドス)がわかった。

 

「ダニ、ですか」

 

「ふっ、よくわかりましたね。そうです、あなたの想像通りダニを移植しました。世界最速のね」

 

 Paratarsotomus macropalpis/和訳名=なし。

 1916年に発見された南カリフォルニアに生息するダニ/通常は歩道の中や岩の多い地域に生息。

 このダニの特質=歩行の早さ。

 陸上でもっとも足の速い生物/多くの人がチーターとこたえる。

 トップスピードは時速100キロメートルを超えるといわれており、間違いなく世界最速。

 が、一定時間で物理的にどれだけ速く移動したかではなく、一定時間で「己の体に対して」どれだけ進んだか、という選手権だと、勢力図は大きく変わりる。

 自分の体長を「1」とし、1秒間に自分の体の何倍進んだか/それに選べれた生物。それがこのダニであった。

 今までの最高がオーストラリアハンミョウ=自身の約171倍/人間大にして時速547Km。

 それを破ったダニの自分の体長を割合にして進んだ数。

 約322倍/人間大にして時速にして2092km=マッハ1を越える。

 構造的にも物理的にもこのような移動速度を獲得した理由は未だ不明。

 

「私はチナワットのように複数個別情報(エイドス)を移植するのが嫌いでね。このダニの速度とトンボの目しか移植していない」

 

「移植している時点で彼方は処分対象よ」

 

 バックショットをバードショットに変える――撃つ。先ほどより小粒の弾が広がる。姿を消すフラウ。

 暴風――真横に現れる。振り上げられるハンティングナイフ。ぎりぎりで避ける。

 体感覚を操作(スナーク)/フラウの動きを何とか捉える――行く先を予想。発砲。

 方向を急激に変えるフラウ――天井に飛び上がる。武器を変更/小型の火炎放射器――撃つ/火が宙を駆ける。

 一瞬フラウの体が膠着する――地面に逃げる。炎が天井が焦げ付く/観葉植物に火が引火する。頬が緩む。

 CADを抜く/天井に一発――フラウに向け『膨張』を撃つ。身を屈める髪に着弾――フラウの髪が一部膨れ上がる/咄嗟に切りる。

 暴風――部屋を駆け回る。空気が対流する/行き先を予想――『膨張』を発射。

 サイオンの弾丸がフラウをめがけて飛ぶ。急停止/『膨張』が壁に着弾。炸裂。

 虚無が囁く――あの言葉。

 

     

     おお、炸裂よ(エクスプロード)――!

 

 

 天井へ飛ぶ――重力(フロート)を展開/煙を避ける。

 撃つ。――フラウが避ける。急速に発生した引火性のガス。地面に落下。

 重力(フロート)も何も張らず――一つの爆弾のように。天井すれすれに飛び上がるフラウ。

 ナイフを振り上げる/鈍く光り続ける。

 

「さようなら。お嬢さん」振り下ろす。

 

 金属繊維で加速した感覚/ゆっくりとした動き――呟く。

 

炸裂よ(エクスプロード)

 

 にわかに炎上――天井に火が一瞬に広がる――焼き尽くす。ナパーム弾が落ちたように。

 フラッシュオーバー/火災現場などで稀にある火災現象。

 可燃物が熱分解/引火性のガスが発生して室内に充満した場合/天井の内装などに使われている可燃性素材が輻射熱などによって一気に発火した場合に生じる現象。

 天井に撃った魔法が作用/ガスの発生を助長/輻射熱を増大させた。

 天井近くにいたフラウ――炎に包まれる。

 

「がああああああああああ」

 

 苦悶の悲鳴/床に落ちる――白いスーツが燃え上がっている。のた打ち回る。

 天井とフラウに投げ込み式消火剤を投げる――瞬時に鎮火。物の焼ける匂いが鼻につく。

 白い背広は焼けて倒れ付すフラウ/所々火傷――過去の自分と重なるビジョン。

 動きが止まる/吐き気――それを感じ取るフラウ。満身創痍の状態/立ち上がる出口に駆け出す。

 吐き気を堪えCADを構える/手元も落ち着かない――発射。軌道がそれた。ドアに着弾/炸裂。

 

「ありがとう、お嬢さん」息もたえだの声「楽しかったよ。ダグラスも死んだようだ

し、そろそろ消えさせもらうよ。これで私も死んだら意味がない」

「待て!」

 

 CADを撃つ――姿の消えたフラウがいた場所に。

 にわかに通信――国防軍/作戦終了。

 燃えた後の匂い/未だに早く鼓動する心臓。とてつもない絶頂体験(エクスタス)/興奮と高揚感だけがナナの気分を昂ぶらせていた。

 

 

 

2095年8月12日(金) -ホテルエントランス。

 

 作戦後検査に続け立ったナナ/気晴らしに九校戦の後夜祭合同パーティーに向かっていた。

 久しぶりに袖を通した制服/赤と黒の色――第三高の物。

 作戦後も燻る興奮の火種――戦闘の高揚/否定しきれない――楽しかった。

 兵器としての自分の存在にあの瞬間は肯定していた。

 ただ殺し、爆弾や嵐のような存在でありたかった瞬間/全てを壊しつくす存在でありたかった。

 そんな考えが頭にチラつく/それを思いついたことが嫌になる。同時に不安になる。

 本当に兵器になってしまうのか、と。

 ナナに移植した人工皮膚(ライタイト)は今も成長を続けていた――検査で成長具合を調べた。

 結果=肝臓に広がっていた。

 それを知った私は恐ろしくなった/このままではナナ自身、金属繊維と人体の合成生物になってしまう。

 恐ろしかった――人間でなくなってしまうことが/ただの兵器になってしまうことが。

 会場に着く/多くの生徒/緊張から開放されていた。

 ダンスを踊るている生徒達――何人かに誘いを受ける。丁寧に断る。

 自然と一条を探す――見つけた。ダインを踊る中にいた。

 相手――司波深雪と共に。

 その姿――どこか満更でもなく/嬉しそうに踊っていた。

 それがたまらなく嫌だった/理由もわからない――ただ嫌で、その姿を見たくなかった。

 心に沸くどす黒い感情――それに気づく/何故そのようなことを考えたのかわからない。

 心が掻き乱される/会場を離れベランダに――冷たい風が頬を撫でる。

 心臓が早く鐘を打つ――戦闘とは別の早まり。胸の奥が引き裂かれるような。

 

「どうしたナナ」

 

 チョーカーから抜け出すウフコック/ナナを見上げる。

 

「教えてウフコック。この感情は何?今の私の匂いはどんな匂い?」

 

 助けを求めるようにウフコックに縋る――何故か流れていた涙。ウフコックを掴む。

 

「どう、どうしたナナ? 急に泣いて」

 

「わからないの、この感情が今まで感じたことのない感覚が。いくら操作(スナーク)しても消えないの」

 

「わ、わかった」

 

 鼻を鳴らす/嗅ぎ取られるナナの魂の在り処。

 

「自己嫌悪、不安感、喪失感、怒り…」

 

 呟き続けるウフコック/ナナの感情を嗅ぎ当てる。

 

「恐らく嫉妬だ」

 

「嫉妬?」

 

「ああ、そうだ。君が一条を見てからだ」

 

 言葉を続けるウフコック。

 

「ナナは一条将輝に好意を持っている、俺はそう嗅ぎ取った。嫉妬を感じてしまうほど」

 

「この痛みはどうしたら消えるの?」

 

「それは......」悩むウフコック。

 

 ベランダにも一人来訪者――一条将輝/司波深雪とのダンスを終えナナを見つけ来る。

 

「久しぶりイースターさん」どこか嬉しげであった「体、大丈夫?」

 

「ええ......」

 

 その言葉に怒り/自己嫌悪。嫉妬と言うものを感じる/言葉にまで表れる。

 

「ど、どうした」

 

「何も、彼方が女の子と踊って鼻の下を伸ばしていること以外は」

 

 それを聞きばつの悪そうな一条/頭を掻く。

 

「いいですよね彼方は、私は彼方の知らないところで人を殺めて、退屈な検査を受け続けてていたのに。皆楽しそうして」

 

「な、何を言っているんだ」

 

「私だって! 人でいたい、こんな体じゃなくて人の体でいたい! もっと別のことをしたい!」

 

 思っていることを全て彼にぶつける/関係の無いことから全て。

 腕を抜け出すウフコック。手すりに立つ。

 

「おいネズミ、イースターさん、どうしたんだ」

 

「あー、どう言えばいいのか。検査などで少し心身が不安定なんだ」

 

 一条にナナの抱いている感情を言うべきかためらったウフコック/別のことで説明する。

 

「体のか、聞いたよネズミから」

 

「私を金属の化け物(クリーチァー)だと思う......」

 

「まさか、君は俺の頼れる友達だ」

 

 その言葉に少しほっとする/金属の化け物(クリーチァー)と思っていないことに/そして残念に思う。友達と思っていることに。

 

「体のことで不安に思っていたのか? 俺に化け物って思われるのが」

 

「......えぇ」

 

 思わず噴出す一条/その反応に怒るナナ。

 

「なんで笑うんですか!」

 

「ああ、悪い。そんなに体のこと知られたくなかったのか。すまない、そこのネズミから聞いた。だが俺は君を金属の化け物(クリーチァー)だなんて一切思っていない。思うはずがない。事故でなった体なんだ。人体改造マニアならわからないが、君は治療でその体になったんだ嫌う訳がない」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「本当に、嘘じゃないよね」

 

「ああ、もちろんだ。君は君だ。俺を何度も投げ飛ばせる強い女の子だ」

 

 私が人間として認められている――その認識がナナには救いであった。

 国際法ではナナは人間ではない。

 思考する気化爆弾――国から見たナナの価値/兵器。

 人間とは認められない――無数の視線がナナの心を与えられた価値と同じように鋼鉄へ硬化させていた。

 一条の言葉はナナの心を溶鉄させ、正常なモノに戻す「救い」であった。

 心拍が上がる。外からでも聞えてしまいそう。

 嫉妬なんてものは消えた――嬉しさと恥ずかしさが入り混じった渦が心を攫う。

 

「にしも、夏なのにここは冷えるな。中に入らないか?」

 

 ナナの手を引き会場に招く/俯いたナナが動かない。

 

「どうした?」

 

「踊って......」

 

「え?」

 

「私とも踊って」

 

「ここでか? 寒いぞ」

 

 腕を擦る一条/少し笑うナナ――壁の近くに一条を引っ張る。

 

「寒さも忘れる光景を見せるわ」

 

 重力(フロート)を展開/壁に足をつける、立つ。

 その姿に驚嘆する一条/聞かされてはいたがここまでの物とは思っていなかった。

 

「俺は上れないぞ」

 

「大丈夫よ、一条君も壁に足をつければ重力(フロート)の範囲内だから」

 

「そ、そうか」

 

 足を壁につける一条――結界内に入り壁が床になる。

 今まで見ていた光景が変わる――地面であった場所は壁に/九十度変貌した世界――きょろきょろ周囲を見回す。

 

「すごい......これが君の見てきた世界、ははは」

 

 思わず笑いが漏れる/手を引かれさらに上って行く。

 

「イースターさんの言うとおりだ。これは確かに寒さを忘れる」

 

「ナナ......でいい......」

 

「え、何だって?」

 

「ナナでいい一条君」

 

 いきなりのファーストネームを呼ぶ許可をもらう/戸惑う。

 

「そ、そうかなら俺も将輝で構わない」

 

 ナナの手を取る/会場から聞こえる音楽と共にスッテプを踏む。

 

「プリンス......私あまり踊りは得意じゃないのリードしてくれる?」

 

「わかった喜んで、ディーヴァ」

 

 九十度世界の向きが変わった中/彼等は踊った。

 一条はナナをエスコート/気遣うように。

 ナナは一条について行く/嬉しそうに。

 

 

 2095年8月?日(?) -東京旧メトロ線構内。

 

 じめじめとした空気/かび臭い/元東京メトロ内。

 過去に存在した地下鉄構内/第三次世界大戦で日本全土を襲った戦火。

 その最中幾人もの市民が地下へと逃れるために潜った。

 複雑に入り組んだ東京メトロ/逃げ込むには絶好の場所であった。

 だが戦時下/犯罪に走る国民、外国人/破壊活動をして高濃度のガスが溜まり閉鎖となったメトロ内。

 取り残された者達もいた/その者達は難民となり地下を彷徨っている。

 大戦も終結し/復刻が始まった最中、犯罪組織は地上では活動をし難くなり逃げるように次々と地下に潜った。

 今では日本政府も手を出せないほどの無法地帯。

 誰かが持ち込んだ重機で掘り進められた縦穴などで元のメトロの原型は留めていない。

 蟻の巣のように入り組んだメトロ内/その最深部に彼女がいた。

 小柄な体――赤く炎のように揺らめく刀身/近代化させた鞘。

 師族会議会場を襲撃した少女――馬乗りになった機械化した男に刃を立てる。

 何度も/何度も――もう死んでいるにもかかわらず。

 顔に付着した人工血液(オキシサイト)を拭う――無邪気な正義は残酷に悪逆を積み重ねる。

 

「フミ」

 

 処女の名を呼ぶ男/良く深みのある声。

 その声に反応した少女=フミ。

 

「あ、ジュウイチお兄ちゃん! 見てみて悪い子全員私が殺したんだよ」

 

「ああ、いい子だフミだな」

 

「うん、お父さんも褒めてくれるよね」

 

「ああ」

 

 褒めてもらい嬉しかったのか持っている刀を振り回す。

 

「新しいお友達もお父さんにもらったし、早くお姉ちゃんに魅してあげたいな」

 

「そうな、<ヴェルミ・チェッリ>はフミの大事な友達だもんな」

 

「うん!」

 

 嬉げにうなずく――刀はずっと揺らめく火のように光を放ち続けた。




どうも、こんにちはこんばんは。運珍です。

終わりました九校戦!今回長かった。疲れた。
で反省事項はフラウの移植した生物の解説いるかなと思いました。
以上終了。
次回横浜騒乱編、騒乱が始まるまで完全オリジナルとなります。
ではまた次回。ばいばい

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