マルドゥック・マジック~煉獄の少女~   作:我楽娯兵

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プリモ・ピアット14

 2095年8月11日(木) - ミラージ・バット会場外

 

 会場を見回り――ソフトモヒカンの獣と赤毛の神父。

 会場内から聞こえる声援/苦痛な見回り――09(オー・ナイン)入って以来の暇。

 軍隊に以来の見回り――軍服と銃を持っていないとこが違うだけ。

 

「俺等も内の見回りを頼めばよかったな」喫煙ガムを噛むノア/10日間の喫煙、禁酒中。「少しは気晴らしになっただろうな」

 

「今日はミラージ・バットですよ。昨日のモノリス・コードのように彼方が楽しめる競技ではありませんよ」

 

跳ねて(ホップ)飛ぶ(ジャンプ)競技だっけか。もっと昨日のように滾るものはないのか」

 

「確かに。昨日のモノリス・コードはなかなかの戦いでしたね。一条の御曹司もがんばっていたようですし」負けましたけど、とぼそりと言う。

 

「ナナの譲ちゃんが垂らしこもうとしていた男か?」

 

 歩幅を揃え東側へ――異常なし。

 

「ええ。そうですよ。つい先日会いましたしね」

 

「でかくなってたなクリムゾン・プリンス」

 

 佐渡侵攻事件が脳裏に霞む――中学生ぐらいの幼い青年が血にまみれた姿。

 

「佐渡侵攻以来でしたかノアが一条君に顔を合わせるのは」

 

「二度と見たくなかったな。PTSDで寝込んでりゃよかったんだ」

 

「何か彼に不快なことでも?」

 

「何もかもだ。あんな地獄に親がガキ連れて乗り込んで来るんだぞ。場違いもいいとこだ。そのガキが魔法使って敵を破裂させていく。あれを見た時は親を殴ってやろうかと思ったぞ」

 

「いいますねぇ、その頃私は新ソビエトに拉致らてました」

 

 陽気に笑うリアム――頭を殴るノア/不快な顔。

 

「笑い事じゃねえよ。スラムの出身じゃねえガキが戦場に立つんだぞ。温室育ちの甘ッたれ(シュガー)が。俺はガキを戦場に立たせねえ為に兵隊になったんだ。それを親がガキ連れてくるなんて…殺してやりたかったぜ」

 

 見た目とは程遠いことを言うノア――元々スラムの出身が影響/小さい頃から犯罪に走っていた――罪を逃れるために出兵。

 

「熱いですね~。私には分からない考えだ」あくびをしながら聞くリアム。

 

「ネジの跳んだ神父にはわからねぇよ」自分の(セル)がネジの跳んだ神父/その決定を嘆く。

 

「ネジの跳んだとは失礼な。もっと跳んだ聖職者は居ましたよ、プロテスタントでしたか。誰だったかな」

 

 頭を捻りその人物を思い出す――いまいち名前が出てこない/人物像(プロフェイル)だけが出てくる。

 人間のパーツが大好きな猟犬(バンダー・スナッチ)のボス。

 

「そうそうあれです09(オー・ナイン)がまだ小さかった頃。襲ってきて来た、え~と、そうダークタウンのウェルダン・ザ・プッシーハンド」

 

「ああ、あのイカれた変態(フリークス)共か」

 

 バンダースナッチカンパニー――臓器フェティシスト集団/一時期ダークタウンに名を轟かした変態共。

 書類を見たことがあるノア/ダークタウンの闇の深さにうんざりする。

 バンダースナッチ共の話はよく聞いた/全身に目玉を移植した大男/指首飾りをつけた太さのばらばらの指の男/モザイク肌の女声の小男/乳に埋もれた電子戦の微笑みデブ(ゴーマー・パイル)/ボスに居座る元巡回牧師(サーキット)――殺した女の女性器(プッシー)を腕に持つ猟犬。

 他にもマルドゥック市では伝説の傭兵集団――カルト・カール。

 確かにあれらに比べればリアムはまだ『まとも』な分類に属す/殺人を犯す神父だったとしても。

 

 《皆さん。お客様ですぞ》ベンジャミンの無線通信――09メンバーのオープンチャンネル。

 

 《何所だいそこは》嬉しそうに応答するアメリア――彼女も娯楽を求めている。

 

 《東北東......おや。おやおや(ゴーシュ)日本軍の方が応戦していますな》

 

 盲目の戦士のワームが捕らえる/ジェネレーターが会場外に飛ばされる。

 

「ここから近いな。行くぞ、リアム!」

 

 走り出すノア――短距離なら世界レベル以上の速度で。

 リアムはそれを追いかける/小走りで。

 到着する現場――電撃で伸びているジェネレーター。

 突如現れた大男に警戒を示す三人の魔法師。

 

「誰だ貴様」警戒心丸出しの柳連。

 

「ファック! 終わってじゃねえか!」

 

 ノアは悔しそうに地団駄を踏む――地面のタイルが割れる。

 

「ノア。そんなに早く行かないでくださいよ」疲れたリアム「彼方の脚力では追いつけません」

 

 手でパタパタと煽ぐ――疲れたとアピール。

 

「ああ警備の人だね、ちょうど呼びに行こうとしてたんだよ」

 

 にこにこ顔の真田繁留/ジェネレーターを引きずりながら引きわたす。

 観察を続ける藤林響子――異質な彼らに警戒気味。

 何でも彼らの脳から通信電波が伸びているからだ。

 電子の魔女などと呼ばれる彼女/ノア達の脳に埋め込んだハードの存在に逸早く気づいた。

 他にもノア達の体にも。

 電子、電波系を得意とする彼女だから分かった=彼らの生体電気信号の異常さに。

 誰もが一度は聞いたことがあるだろう/人間が微細な電流を脳から筋肉に伝達することを。

 普段筋肉を動かす時「筋肉を動かす」という意思は脳から神経を通して、微弱な電気信号として筋肉に伝わりる。

 そして電気信号を受け取った筋肉が、その命令に応じて自在に収縮する事で運動が起きる。

 これを利用し脳からの命令を省いたダイエット器具が一時期は流行ったこともあった。

 その電気信号がこの二人はおかし過ぎた。

 ノアの場合――全身が電気信号まみれ/あまりの帯電にまぶしいくらい。

 リアムの場合――電気信号が微弱すぎた/死人と思ってしまうくらい微弱。

 

「おーおー、兄貴に指示受けるまでもねぇな」

 

 にわかに声/藤林の後ろに現れた男――顔に幾つものピアス=劉・シハヌーク・チナワット。

 後ろに二人のジェネレーターを引き連れ登場。

 ぎょっとし飛びのく藤林響子/チナワットは残念そうに肩を落とす。

 

「おいおい、そんなに引かなくてもいいじゃねぇか。ただ一発ヤッてやろうかとおもったのによ」

 

「そんな下品な言葉を吐いてる人はいやよ。品性があってもあなたの場合は無理だろうけど」

 

 複数の人物/対処に困る――ノア達は人体改造者/事前に調べがついていた。

 チナワットは違った/個別情報体(エイドス)移植者がいきなり現れるとは思ってもみない。

 チナワットが指で後ろの二人に指示――17号の回収。

 二人が駆け出す――一人の前に躍り出たリアム。

 疲れは吹き飛んだのか瞳が輝く――ジェネレータがリアムを押しのけようと腕を伸ばす。

 飛んでくる拳――身をかがめるリアム――そのまま突進。少し右にずれる――体にラリアット。

 腹部に喰らった衝撃/捕まえようとリアムを探す――下から伸びる腕。首に回されるリアムの左腕。

 逮捕術の技――左腕と右腕がジェネレーターの首を拘束、仰向けに引き倒す。

 

足で腕を押さえたリアム「暴れないでね~」

 

 暢気にポケットから手錠を取り出す――ジェネレーターが体をそらす。サソリの尻尾のような足がリアムを襲う。

 瞬時に対応――両腕をクロスさせ防ぐ――足を掴み力任せにへし折る。

 骨の無くなった足――力なく垂れる――その足同士を結び遊ぶリアム。

 

 もう一人――ノアが立ちはだかる/リアムが対処したのとは違い巨漢。

 振り上げる拳――真っ直ぐノアの顔に――にありと笑うノア。硬化。

 心臓が鼓動――ナノマシンが皮膚を黒く固める。黒く金属質な光沢をしたノアの顔――ジェネレーターの拳を諸に受ける。

 

「これだけか?」静かに響く声。

 

 真田繁留が口笛を吹く/柳 連が顔を顰める。

 拳を強く握る――一点に集中したナノマシン。

 筋肉と鋼が作り出した砲弾――発射。

 撃たれた拳――ストマック。肋骨を砕く。

 アッパー――顎に直撃/形状を変える。渾身のストレート/ジェネレーターの体を貫通。奇妙なオブジェクトを作る。

 黒色の腕が赤い血を滴らせ、ジェネレーターの心臓を弾き出す。

 体を捨てた心臓/宙を舞いチナワットの手の平に収まる/心臓を握ったり離したり――地面に捨て踏み潰す。

 

「せっかくのお気に入り二人がおっ死んじまった」

 

 残念そうに答えた――周囲を囲んだ三人の魔法師/柳連/真田繁留/藤林響子。

 どう逃げようかきょろきょろ。

 

「さて、どう逃げるかな」

 

 走り出した柳――掌底打ち。受け流すチナワット――足を回す――回し蹴り。

 相当な速度で出した蹴り――受けと止める。魔法の使用――転。先読みしたベクトルを変換――できなかった。

 転の想定仕様――対人白兵。だがチナワットは違った=複数の動物、生物の個別情報体(エイドス)が移植者の体骨格、筋肉構造を変化させた。

 人に使用する転――対化け物使用では無い。

 めちゃくちゃに乱れるベクトル。力技で態勢を整えるチナワット――柳を飛び越える/着地。

 背中に刺さる二つの針――藤林の魔法=被雷針。

 空を駆ける電流。チナワットの背中へ――直撃。

 煙を上げるニット帽――不気味に吊りあがった口。ほぼ無傷。

 デンキウナギの脂肪――個別情報体(エイドス)ではなく細胞自体を移植した動物が作り出す絶縁体。

 走る――人間では間違いなく出ない速度で。チーターの脚力――最高時速115.8km。

 行先を塞ぐリアムとノア――リアムが前に出る。腰に挿す二振りの高周波マチェテ/一振りを抜き、振り上げ。降ろす。

 捌く――リアムの首に肘鉄/気管が潰れる――マチェテが手から落ちる。それを拾いリアムの頭を割った。肉が焼け――骨が砕ける。香ばしい肉の匂い/力なく崩れるリアム。

 後ろのノア――リアムごと拳でチナワットを貫く。体を屈めたチナワット――リアムの体だけ貫かれる。

 屈んだチナワット――拳に力をこめる。パンチ――強烈(ハードコア)な音/爆弾が弾けたような。

 チナワットの移植した個別情報体(エイドス)の一つ=シャコのパンチ力――その中でも最凶と名の高いモンハナシャコの。

 パンチのスピードは地球上のあらゆる生物の中で一番早く、人間サイズなら、パンチ力720t/ビルの屋上から10tトラックを落とした時の衝撃を作り出す。

 ぞっとしするような覇気――咄嗟に硬化するノア。鳩尾に諸に喰らう――踏ん張りが利かず飛ばされる。

 

「チクショウ! 邪魔だリアム、早く蘇りやがれ!」

 

 上に乗る死体=リアム/腕を抜く/頭に刺さるマチェテを引き抜く。

 瞬時に再生――骨が戻る――筋繊維が編まれる――皮膚が戻る=蘇生。

 

「だあ! 死ぬかと思った!」

 

「死んでるよ! おい、脳味噌落ちてるぞ」

 

 地面に落ちる肉片/リアムの脳細胞――拾い投げる/受け取る。

 

「さっきのピアス男は?」

 

「逃げたよ森の中だ、あれじゃあルーカスも追いつけねえ」

 

 切られた部分をさする――僅かに禿げていた。

 

「ああ、私の髪が」

 

 死んだことよりも髪を心配していた。

 

 

 **/*****

 

 

 目が覚める/薄れが意識――周囲の情報を捕らえだす。

『失楽園』で目覚めた時と同じ/生命維持装置が開く――体を起こす/長かったはずの髪が切られていた。

 机に突っ伏し寝ているジャック/よだれが垂れキーボードを汚す。

 装置の外に出る/近くに掛けられている患者衣を着る。

 時計を見る――三針式時計/月日が電子パネルに表示されている。

 8月11日

 おぼろげな記憶が徐々に思い出す。

 ピラーズ・ブレイクで感じた感覚/聞こえた『煉獄』実験の被験者――子供達の声。

 そこからが思いだけ無い/倒れたのが8月8日――それから3日たっている。

 現在位置を知りたい――操作(スナーク)/パソコン/監視カメラ/サイオンレーダー/携帯。

 ありとあらゆる電子機器を操作し、現在位置と3日で起きたことを調べる。

 

「ウフコック、話したんだ......」

 

 一条にナナの体を教える映像がヒットする/知られたくなかった――兵器としての自分を。どう接すればいいのか分からない。

 機械の化け物だと言われるだろうか?/できることなら顔を合わしたくない。

 そう思う――一条に否定されるのが怖くなる。

 部屋の扉が開く――イライジャが入ってくる。

 

「おはよう、ナナ。生理の調子はどう?」

 

「大分よくなりました」

 

「そう、よかったわ」椅子に座る「彼方も座ったら?」

 

 言われたとおりに座る/イライジャが持つカルテ=ナナの診断書。

 

「ナナ、ピラーズの決勝どこまで覚えてる?」

 

「相手がインフェルノを使うまで」

 

 メモを取る/診断書に書き込む。

 

「決勝戦で使った情動系魔法について覚えてる?」

 

「情動系魔法?」

 

 ナナが一番不得意とする系統/それを使った?。どの様なものか気になる。

 

「私、決勝で情動系魔法使ったんですか? と言うか決勝戦の勝敗は――」

 

「落ち着いて、そんなに幾つも質問しないで」落ち着かせるイライジャ。

 

 またメモを取る――魔法使用を認知していない。

 

「まずは勝敗ね。これは相手の方が勝ったわ。一応、彼方が規定違反の魔法使用てことで」

 

 規定違反魔法――基本的にはピラーズ規定は無い=対人影響がなければ。

 決勝戦の最後にナナの使った正体不明の爆破魔法/爆風が発生した=これが勝敗を決めた。

 

「ピラーズの映像は一般での放送は中止されたわ。新種の魔法の発生で。で、次に彼方の使った情動系魔法?」

 

 何故か疑問形なのか/よくわからないが黙って聞く。

 

「その魔法が私たちが知らないものなのよ。日本の『インデックス』や。USNAの記録保存機関『グリモワール』も認知していない魔法」

 

「そんな魔法あるんですか」

 

「何言ってるの?彼方が使ったのよ。覚えて無いようだから起こった現象を教えておくけど。彼方の使った魔法は情動系。これは間違いないの、現に観客達が彼方の魔法に当てられたから。そして、その魔法を使ったと同時に発生した炎、これが厄介でね。いくら調べようとも分からないのよ」

 

「情動系魔法なんですよね。それだったら現象が発生したらおかしいじゃないですか」

 

「そこなのよ、情動系は衝動・感情に働きかける。一種の暗示のようなもの。なのに彼方の魔法は『現象』を発生させた。しかも発生させた現象、炎は他者の使用した魔法に干渉し改変中の個別情報体(エイドス)に作用し改変中のあやふやな状態に固定した」

 

「別の魔法じゃないですか」

 

「その線はもう洗ったて検証したわ、でも他の魔法の場合あの炎の影響で形成すら出来ないわ。サイオンの流れや法則性もその情動系魔法に従うように動いていた。だからあの炎は彼方の情動系魔法で発生させた。これしか説明がつかないのよ」

 

 一つの魔法で情動を操り現象を発生させる――系統魔法と系統外魔法の同時発生。

 根本的に違うものを使った――現代魔法では不可能/恐らく古式魔法でも。

 

「基底現実と仮想現実の同時干渉。しかも基底現実の場合、とこの研究所も実現不可能な個別情報体(エイドス)をあやふやな状態に固定する炎。規格外ね」

 

 イライジャは笑う――楽しそうに/研究の続きをしたいと言わんばかりに。

 

「体は大丈夫?検査のために髪は切らしてもらったわ」

 

「頭の検査?」

 

「そうよ、打撲も認知症も何も問題はなかったわ。そして、病み上がりの彼方に悪いけど仕事よ」

 

「唐突ですね」

 

「ごめんなさいね」

 

 仕事の資料と道具を持ってくる――白いコート/バトル・ボードで現れたシェイプシフターの物。

 

「彼方の得意分野よ。今回は日本の国防軍、独立魔装大隊と共同で行うわ」

 

 嬉しそう言う/まるで授業参観に来た親のよう。

 

無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)の掃討戦よ」




突然の設定紹介

基底現実―現実のこと。
仮想現実―人なんかの精神のこと。
過程現実―イデア、情報体次元のこと


どうも、こんにちはこんばんは。運珍です。

今回はかなり難産でした。最後らへんとかも、あれこれ入学編の時に見たような?なんて自分で書いていて思いました。これぞデジャブなんても思っちゃった。
そしてすっきりしすぎの設定紹介描いてて自分の説明力のなさに嫌になります。
次回で九校戦編は最終回にしたいと思ってます。予定では長くなるので投稿日が伸びるかも?

誤字脱字報告。感想、意見、要求などはどんどん受け付けます。

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