虚ろな意識/曖昧な感覚――ふわふわ漂うような肉体。
過ぎ去る記憶/研究所での日々――苦しかった日々。
小さかった頃――何もわからず手を引かれ連れて行かれた研究所。
玄関口に立っていた男――まだらに染みが付いた白衣/サディスト的笑み――虚ろに思い出すその顔/ドクターのように/着ている白衣のようにまだらに染めていた髪――目が痛くなるような色/はっきりとしない意識が男の全体像を僅かに思い出す。
始まった研究所での生活――苦痛の始まり。
最初に受けた手術――麻酔で意識が薄れた中で見た円盤状の何か/けたたましい音/まだ黒かった髪を剃られた。
意識が落ちる直後に感じた感覚/頭を削られる感覚――頭蓋の削られる感覚。
視界が切り替わる――手術をしている者の視界に。
小さい私の頭蓋を削る音が続く/自分の頭蓋の切られる音――耳を塞ぎたくなる/目を覆いたくなる。
開かれる骨――赤みがかったの脳/私の脳――吐き気がこみ上げてくる。
施術が始まる/鈍く輝く手術メス――脳を切り開く。ぐちゃぐちゃとなる音/穴が開く。
隣に控える看護師――渡される光り輝く石/今だからわかる石の正体=感応石。
頭の中に入れ閉じる――血まみれの手/医師の手。
視界が切り替わる――自分の視界。
同じぐらいの子供達――皆、患者衣の服を着た少年少女達。
壁の端に座る自分/隣に立つお兄ちゃん――心配そうに私の髪を剃られた頭を撫でる。
職員に呼ばれ検査室に/体中に刺される注射器、検査用コード/痛くて泣いた。
「おにいちゃん、今日ね、検査がすっごく痛かったんだ」
検査が無いときに集められる部屋/遊具/おもちゃ/走り回る子供達。
注射されたところが痛みさする/自然に泣けてきた――痛みを拒絶するように。
「おにいちゃん、検査やだよ」
泣き始めてしまう自分/他の子供が何人か気づく――どうしようもできず遊びに戻る。
静かに肩に置かれる手――兄の手/優しく肩を撫でた。どうしようも無く泣き続けた。
意識が変わる――自分の意識/別の検査の記憶。
共同検査/検査台の上に寝かされる。
円を描くように並べられた七人の子供達――皆、恐れで固まり震えていた。
ナナも手が震えた/右手に触れる感覚――二番と呼ばれた子の手。「がんばろう」
恐怖でがちがちに固まった表情の中、出した言葉/勇気が出た。
「うん、がんばろう」
意識が変わる――自分が押し込まれていた部屋/七人用の共同寝室。
白の柔らかい布で覆われた部屋/精神病棟を彷彿とさせる部屋。
空調を適度に調整されていたせいで布団も何も渡されなかった/皆、静かに身を丸め寝ていた。
施錠されていたドアが開く/中に入ってくる研究員――まだらに髪を染めた研究員の側にいつもいる研究員。
目を擦り彼を見る/目が合う――不気味に吊りあがる口/ベルトに手をかける。
ズボンをずらし服に収めていたもの出す――大きく気持ち悪い肉の棒=男性器。
背筋がぞくりとする/その視線に/その行為に。身を動かし男から逃げようとする。
研究員/支配者の目=目は悦に浸っていた。
狭い部屋に押し込められた自分は逃げ場が無い――徐々に近づく男/恐怖が湧き上がる。
「こないで......、助けて......っ、検査も泣かないから、ちゃんと受けるから」
必死になる/助かることを願う――何をされるかもわからずに。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、いやっ、こないで......」
意識が変わる――最後の検査。
『煉獄』の検査/同じ共同部屋のと別の二人――九人の子供達。
まだらに髪を染めた男/後ろの警備に指示――一人が死ぬ木っ端のように。
二人目が死ぬ――燃えカスのように/三人目が死ぬ――血を吹きのた打ち回る。
どれだけ人の命の価値は平等ではないのだろう/親に愛され正しく育つ子供/戦争で若いうちから銃を持つ子。
私たちのような子。
薄れていく記憶/終わりが近づく――虚ろな世界/もう見たく無い世界。
**/*****
思わず飛び起きるナナ/酷く不快で嫌な夢を見ていた気がする。
体が汗ばみシーツを濡らす――吐き気。
口を押さえ急いでトイレに/大便器に向かい嘔吐――腹の中に溜まっていた物が全て出てくる。
出てくる嘔吐物/苦しさに涙が滲み/胃液が混じり、喉を焼く/昨日食べた夕飯のローストビーフもこれでおじゃん。
異臭に気づくウフコック/チョーカーから抜け出す。大便器に向かい吐くナナを見て急いで近寄る。
「どうしたナナ」
胃液と涙でぐちゃぐちゃになったナナを見た/足元に近寄り小さな手で触る。
悪夢のせいで吐き続けるナナ――腹の物が空になる/タオルを取り口元を拭く。
「何があった。ナナ」
「昔の夢を見たの、それで気持ち悪くなって」
「まだ忘れられないか」
「生理のたびにフラッシュバックするの」
「生理が強姦の記憶と結びついているんだ。見たくないなら記憶を抽出する
もっとも合理的で効果的な提案――もう見なくなる記憶/ナナは否定する。
「あれは『物』にしていい記憶じゃないの。あの記憶でも私が経験した知識であり、この事件の原動力。その記憶を取り出したら私はたぶん無気力な肉人形になるわ」
ナナなりの覚悟――その裏には復讐/報復の火種――殺意の焔が燻っていた。
ウフコックの赤い悲しげな目/ナナの歪んだ焦げ付きを的確に嗅ぎ取る。
「後催眠暗示で少しでも抑えないのか」
「事件担当官になった時に言ったわよ、この記憶は絶対に抽出も抑える気も無いって」
頑なに否定する決意――タオルを置く/吐いたものを流す。
「......あまり無理はしないでくれ、これ以上相棒を失いたくない」
「ありがとう、ウフコック」
根負けしたウフコック/ナナの顔を見上げる。仕方ないといった感じ。
「シャワーを浴びた方がいいぞ、悪夢のせいで汗とゲロの匂いがするぞ」
「わかってるわよ」
2095年8月7日(日) -新人戦アイス・ピラーズ・ブレイク会場
ピラーズ・ブレイク会場/選手控室/大隅大樹がCADの調整。
体を動かしストレッチ――昨日より痛む腹部をさする/僅かに和らぐ――椅子に座る一条将輝。
「君は俺が見たことの無いものをいくつも持っているな」
CAD/MOW――
「お父さんからもらったの」
「形状からしてオリジナルか?」
「そうよ、私が自作した物を改修したって」
股割りをしながら答える。
「大隅、まだ掛かるか?」
調整に時間が掛かっていた/一心不乱にマニアルで調整をする大隅=鼻息が何故か荒い。
試合開始時間が近づく――服に着替えようにも男性二人いる中でストリップをする訳にもいかない。
息を吐く/今朝吐いた胃液の匂いが微かに香る――鈍痛/ずしりと痛む腹部。
薄れ始めた夢の最後のシーンが頭にちらつく=『煉獄』の実験。
全身を焼いた事件/体の大半を機械と金属繊維に置き換えた出来事。
おぼろげに出てくる記憶が心を乱す。
「で、できた!」
高らかに手を上げる大隅/目には疲労の色。
「遅いぞ大隅」
「ご、ごめん。こ、このCAD、せ、せ、セキュリティが硬くて解除するのに、じ、時間が掛かったんだ」
たどたどしく喋る大隅/ポケットからプラスチックケースを取り出す/中の錠剤を二、三個取り噛み飲み込む。
いつも飲んでいる錠剤/抗欝剤/精神安定剤。
つっかえつっかえの喋り=抗欝剤の副作用の口渇はないだろうか。
CADを渡し観客席に向かった二人/着替えができる。
制服に手を掛ける/ネクタイを外す/上着を脱ぐ/畳み椅子の上に置く。
ブラジャーのホックを外す/畳んだ制服の上に置く――首のチョーカーに振れる。
ウフコックがひっくり返りネズミの姿に/チョーカーが消えハスキーボイスの声に。
映る姿/燃えカスのような長い髪/色素の抜けた血の色の瞳/肩にまで届く背中の火傷の跡。
ウフコックを片手に乗せる/片手に持つ
「準備はいいか?」
「いいわ、ウフコック」
ナナはウフコックに指を絡ませる/己を守る服をイメージして。
「抱いて。タイトに」
ウフコックが形を変え
大隅が一般観客席に行く/スタッフ用の観客席に行く一条将輝/中に入る――第三高のスタッフ/その中に吉祥寺真紅郎/隣に座る。
「遅かったね将輝」
「ああ、大隅が調整に時間が掛かってな」やれやれと言ったふうに頭を掻く。
大きな窓から会場の全体が見える/二十四本の氷の柱/会場の構造で、選手の後方にあるスタッフルーム。
よく見える会場/会場の巨大なディスプレイ/選手の顔と名前が表示される。
第三高校――ナナ・イースター。
第一高校――北山雫。
「昨日のスピード・シューティングの決勝相手でね」
「ああ、相手は昨日負けたばかりだから気合も入ってるだろうな」
「だろうね。爆発系もこの狭い会場じゃ使えないし、どうするだろうね」
「案外。似たようなもんだと思うぞジョージ」
大隅の調整を覗いた一条はCADの中身を知っていた/全てはわからなかった――だが発散系の系統魔法を得意とする一条だからわかった/あのCADは爆裂に類似した魔法がインストールされていたことに。
にわかに観客の声援/向かいの櫓に相手選手が現れる。
第一高校の選手=北山雫――振袖姿/椿の髪飾り/襷を使い袖を押さえている。
あっけに取られる/衣装は自由/だが襷を使い袖を押さるぐらいなら別の衣装でもいいのでは。
眉をひとつも動かさず相手を待つ北山雫/その相手の櫓が上昇を始める。
現れるナナ・イースター/驚く――見たことのない衣装に。
指先からブーツまで白い服/それを灼くような赤い拘束ベルト。
真っ白な服を焦がすように体に巻きつく赤いベルト=拘束具/真っ白なトップス。
短いスカート/足を縛る黒と紅のガーター。それは
それ以上に奇妙なのは、ともすればその服が豪華でタイトなウエディングドレスに見えたことだ。
「すごい......」思わず言葉が漏れる吉祥寺。
「あ、ああ」
似たように答える一条/別の席に座る第三高の女性/奇抜すぎるコスチュームに目を輝かせていた。
両者とも異様/振袖とウエディングドレス/何がどうなればこうなったのか聞きたくなる。
頭を白黒しているさなかに開始をしらせるポールに光が点く。
赤/黄――ナナの口が動いた/挑発的な言葉。
《どっちが早いか勝負だぜ、タフガイ》
青に点灯=勝負開始。
北山雫の指がコンソールを素早く操作――自陣に展開した魔法=情報強化。
ナナは自陣には何もせずCADを構えた――二丁のCAD=自作CAD/MOW。
両方のCADが形を変えた――分厚い銃身が変形し内部構造を露出させる。
蒼く煌めく光=感応石の反応――魔法がサイオンを喰らい吐き出す弾丸。
二発の光は別々の
ぶくぶくと気泡のような形に形状を変えていく――動きが止まる=途端、炸裂。
『膨張』の作用――二十四時間前のエイドスを書き換え膨張させた/復元力が働き形状を戻そうとするが着弾物の形状変化に物質は耐えられない=結果、炸裂。
氷の破片が飛び散り別の
対抗する北山雫――攻撃/地面が振動を始める。
ナナの自陣にある
共振破壊――共振現象の応用/兵器的運用――その実行。別の
ナナのCADが火を吹く
共鳴点を撃ち抜かず
振動が起こらず/揺れも起こらず――冷静ね別の地点に震源を設置する。
振動が始める――閃光=ナナの銃撃――北山雫側の
ナナの柱の数――10。
北山雫の柱の数――8。
容赦なく撃ち続けるナナ――次々と柱が膨れ上がり、形を変え、炸裂していく。
北山雫の目に焦り――情報強化が一切効果を果たしていない。
作戦変更――攻撃重視に。
コンソールの操作=複数の場所に震源を設置――大きく揺れを起こす。
裾より新たなCAD――拳銃形態特化型CAD。
パラレル・キャスト/銃口がナナの
水蒸気を上げ崩れる柱――倒れる。再度、熱線/光を失い消えうせる――ナナの迎撃。
いくら熱線であろうとも魔法の原理が”振動”であったフォノンメーザー/『共振』の原理の前には太刀打ちができない。
ナナのCADがまた変化――さらなる形状変化。
銃身だけであった変形が機関部にまで広がる――大きく露出した機関部。
光るパーツ=感応石/銃口のフレームはナナの腕を覆い隠すように変形する。
サイオンが擬似銃身を形成しまじめる――高速回転/粒子を撒き散らし一つの球に。
一閃――
我らがUSNA軍の魔法師部隊スターズの前総隊長だった者が開発した魔法――ナナのアレンジが加えられ、仮想領域は薄板状だけではなく線や球、螺旋や渦のようなものにもなる。
切り裂かれら柱――するりと滑り落ちる。
北山雫の最後の柱/静かに構える――MOW/”私の唯一の流儀”《マイ・オンリー・ウェイ》
撃ち出された『膨張』は最後の柱を炸裂させた。
「チェックメイト」
どうも、こんにちはこんばんは。運珍です。
はい、ようやくピラーズが書けました、長かった。
早く九校戦をやめたい、謎々が挟めないのよこの編は。
何はともあれ、ようやくここまで来ました。
予定ではあと2~3話で九校戦を終わらす予定です。
横浜騒乱編では無茶苦茶にする予定なので早く終わらしたい。
誤字脱字報告。感想、意見、要求などはどんどん受け付けます。