ブラック・ブレット 星の後継者(完結)   作:ファルメール

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第08話 ルインの力

 

 進退窮まった、という言葉の意味を知りたいのであれば今の自分を見ろ。と、綾耶は他人事のように思考を回す。

 

 前方に小比奈、後方に影胤。これだけでも前門の虎、後門の狼というシチュエーションだが、更に悪い事に頭の上にはルイン。綾耶はこの女とは戦った事は無いが、こんな恐ろしい二人組と一緒に未踏査領域まで来ているのだ。いずれただ者ではあるまい。

 

『……どうしよう』

 

 選択肢は限られている。

 

「さて、どうするかね? 断っておくが、私達に以前のような手は二度と通用しないよ」

 

『……ですよねー』

 

 無理に飛び上がった所で、今度はこちらの手が割れているから狙い撃ちにされてしまうだろう。

 

「逃げないでよ!! 斬り合おう、綾耶!!」

 

 影胤と小比奈は前後からじりじりと間合いを詰めてくる。もう、あまり時間は残されていない。

 

『……ならば!!』

 

 こうなればと、綾耶は腹を括った。小比奈の方を向いて、陸上競技のクラウチングスタートのようにぐっと腰を落としたポーズを取る。フェイントも何も無い、明らかに彼女へと突進する構えだ。

 

「ほほう?」

 

 前後と上を固められて退路が無いから、包囲の一角を切り崩してそのまま逃走する。戦法としてはありきたりだが、思い切りは中々良いと影胤は少し感心したようだった。

 

「さあ、綾耶!! 早く、早く!!」

 

 一方で小比奈は、そうこなくっちゃと歓喜を顔に滲ませ、双剣を構えた。以前に外周区で戦った時の小競り合いで、綾耶のスピードは既に覚えている。かなり速かったが、延珠には及ばない。そこは象型(モデル・エレファント)でパワー特化の綾耶と、兎型(モデル・ラビット)でスピード特化の延珠との特性の違いだ。捉えるのは自分ならば難しくはない。勝負は、繰り出される攻撃の威力を如何にして捌くか。小比奈はそう考えて迎撃姿勢を取る。

 

 だが。

 

「行くぞ!!」

 

 気合いと共に綾耶が吼えた瞬間、彼女が立つ地面が弾ける。

 

「っ!?」

 

 そして綾耶の体が、いきなり数倍にまで大きくなった。

 

 小比奈がそう思ったのも無理は無い。元134位のイニシエーターの目をしてそう錯覚する程のスピードで、綾耶は間合いを詰めたのだ。

 

「速い!!」

 

 外周区で戦った時の倍、いやそれ以上。延珠よりも速い。

 

 そのスピードを乗せて繰り出す、パワー特化型イニシエーターの蹴り。反応が遅れた小比奈はどてっ腹にモロ喰らって、地面と水平に吹っ飛んでその先の建物に壁を破って突っ込んだ。土煙が上がり、彼女の姿が見えなくなる。

 

「小比奈っ!!」

 

 影胤が声を張り上げた。ほぼ同時に、綾耶は跳躍。腕に残存していた空気を全て開放して推力に変換する。

 

 前方の小比奈は一時無力化、後方の影胤は斜め前方へと飛び出す事で拳銃の射程から逃れる。これでこんな修羅場からは離脱……

 

「素晴らしいわね」

 

 出来る、筈だったのだが。

 

「っ!? あぐっ!!」

 

 頭の上から声が降ってきて、襲ってくる衝撃。上がっていた視界が一気に下へと流れていき再びの衝撃。数秒ほどして、蹴りを受けて地面に叩き付けられたのだと理解した。

 

 蹴りを放ったのは、まるで体重が無いかのように軽やかな動きで地面へと降り立った白い女、ルイン・フェクダ。今の彼女の目は、紅く輝き燃えている。

 

「空を飛ぶのと同じ要領で腕に溜めていた空気を一気に開放し、瞬間的かつ爆発的な推進力を生む……それによってパワー特化のイニシエーターながらスピード特化型をも凌駕する速さを発揮する……影胤から聞いていた通り……ここまで自分の能力を極めたイニシエーターは中々居ないわ……」

 

「う……あなたは……!!」

 

 激痛を堪えつつ身を起こしながら、綾耶はじっとルインを睨む。

 

 今の蹴りの威力は、人間が鍛錬や才能で到達し得る限界を遥かに超えていた。これが全身筋肉の塊のような大男であればあるいはとも思うが、ルインの体つきは寧ろ華奢だ。ならば可能性は、綾耶の知る限り一つしかない。

 

 ガストレアウィルスの保菌者。それによってもたらされる圧倒的な身体能力。

 

 だが、そんなバカなとも思う。呪われた子供たちは最年長の者でも10歳の少女、そして眼前のルインはどう見ても成人女性だ。しかし爛々と輝く彼女の目の色は、まぎれもなくガストレアの赤色。力を開放したイニシエーターと同じものだ。

 

『この人は、一体……?』

 

 その疑問を感じ取ったのだろう。ルインがふっと微笑する。

 

「……少しだけ教えてあげるわ。私……私達は確かにガストレアウィルスの保菌者ではあるけれど、あなた達、イニシエーター(呪われた子供たち)とは違うわ。似て非なる存在……とでも言うべきかしら」

 

「ふっ!!」

 

 言葉が終わるのを待たず、ルインへと飛び掛かる綾耶。空気の刃を両手に生み出し、まずは袈裟斬りの一撃を繰り出す。ルインはバックステップを踏んでかわすが、僅かに見切りを誤ったのか肩口から血が噴き出す。傷は浅手、しかしこれはフェイント。虚実の実は続いて繰り出す逆袈裟の斬撃。かわしようのないタイミング。影胤の援護防御も間に合わない。

 

 殺った!!

 

 綾耶は確信し、そして事実、ルインは防御も回避もせずに見えない刃物をまともに受けた。

 

 異変は、そこからだった。

 

 完全に入った筈の斬撃。だが烈風のメスが触れたルインの肩は、血の一滴どころかアザすらも出来てはいなかった。

 

「なっ……!?」

 

 そんなバカな、という表情になる綾耶。自分の空気の刃は、生身の人間ぐらいなら容易く真っ二つにする威力がある。その証拠に一撃目は、浅くはあったが確かに斬れたのに。

 

「やれやれ……人の話は最後まで聞くもの……よっ!!」

 

「がっ!!」

 

 凄まじいボディブローを受けて、綾耶は咄嗟にガードしたものの威力までは殺し切れず吹っ飛ばされた。コンクリート壁に背中からぶつかって、激しく咳き込む。

 

「げほっ、げほっ……イニシエーターと……違う……?」

 

「そう、違う所は幾つかあるけど……まずはあなたの疑問を一つ解消してあげるわ」

 

 壁に背を預け、まだ動けない綾耶を傲然と見下ろしながら、ルインは続ける。

 

「あなたは今、こう考えてるわね? 自分の空気の刃が、何故二発目は通用しなかったのだろう? 最初は斬れたのに、と」

 

「……」

 

 綾耶の沈黙は、そのまま肯定だった。

 

「イニシエーターとは違うと今し方言ったばかりだけど……敢えて私達をイニシエーターと同じように分類するとしたら、私達はさしずめ……モデル・ブランクといったところかしら」

 

「無型(モデル・ブランク)……?」

 

「そう、私達の中にあるガストレアウィルスはあなた達のように何らかの動物因子という“方向性”を持ったものではなく……感染源を持つ前の、まっさらでプレーンなウィルス。だから兎の脚力や蜘蛛の糸、あるいは猫の爪といった特殊能力ではなく、ガストレアウィルスが持つ本来の特性に特化しているの」

 

「本来の、特性……?」

 

 綾耶が先程のように話途中で襲い掛からない理由は二つだ。一つにはダメージの回復を待つ為。もう一つは、話の中にあるいはルインを攻略するヒントがあるかもと期待しての事だ。一言一句も聞き逃すまいと、頭をフル回転させる。

 

 そんな綾耶に気付いているのかいないのか、ルインの話は更に続いていく。

 

「そう……私達が持つ力は進化。全てのガストレアウィルスが共通して持つ最も始原的な力よ」

 

 「進化……?」とまたしても鸚鵡返しする綾耶に、ルインは頷いてみせる。

 

「進化とは天敵や環境という負荷に適応し、克服する事……ここまで言えば分かるかしら?」

 

「……!! ま、まさか……!?」

 

 言葉の意味する所を察して、綾耶の顔が蒼くなった。

 

「私達の体は一度受けたダメージを学習し、それに耐えられるように適応するの。だから最初の攻撃は通ったけど、二撃目は既に耐性を獲得してしまっていたから通用しなかったのよ」

 

 我知らずごくりと唾を呑む綾耶。今の言葉が事実だとすれば、この女はどんなガストレアよりも恐ろしい敵だ。相手の能力に応じて自己進化する……今まで色んなガストレアと戦ったが、こんな能力を持った奴は居なかった。影胤や小比奈と同じぐらいかそれ以上の脅威だと、警戒値を最大にまで引き上げる。

 

「さて、説明はここまで……押し売りのようだけど、対価はこのケースを頂こうかしら」

 

 ひょいと、ルインは持っていたジュラルミンケースを持ち上げる。そのケースに、綾耶は見覚えがあった。

 

「なっ!?」

 

 まさか、と右手を見る綾耶。ケースと自分を繋いでいた手錠の鎖は中程で引き千切られていた。

 

「いつの間に……!!」

 

 奪われたとするなら先程蹴りを喰らった時か、たった今ぶっ飛ばされた時か。どちらか分からないが、全く気付かなかった。これだけでもルインの恐ろしさ底知れ無さを綾耶に刻み付けるには十分だったが、しかし彼女が呆けていたのはほんの一瞬。

 

「くっ、返せ!!」

 

 ケースを取り戻そうと突進するが、蒼白い光壁に遮られた。影胤の斥力フィールド『イマジナリー・ギミック』だ。

 

「これ以上、我が王への狼藉は見過ごせないね」

 

「邪魔を……するなぁっ!!」

 

 無理矢理フィールドを突破しようと、掌を障壁に押し付ける綾耶。だが彼女の怪力を受けても、紙切れ一枚の厚さもないフィールドはびくとも揺らぐ気配が無い。

 

「では、私は準備に取り掛かるわ。ここは任せるわね、影胤」

 

「お任せ下さい、我が王よ」

 

 最強の盾たる部下の戦い振りを見てルインは安心したのか、ケースを持ったまますぐ後ろの建物へと入っていった。見ればボロボロに朽ち果ててはいるが、その建物は教会だと分かった。

 

「くそっ……待てぇっ……!!」

 

 何とか追おうとする綾耶だったが、彼女とルインの間は相変わらず影胤のバリアが隔てている。そうこうしている間にルインは教会の中へと消えていき、外には綾耶と影胤だけが残る形になった。

 

「では、私もそろそろ本気を出していこうか」

 

 全身で味わう戦いの愉悦に身を震わせつつ、仮面の魔人はパチンと指を鳴らした。すると彼の周囲にドーム状に展開されていた斥力フィールドが膨れ上がり、綾耶を押し潰さんと迫ってくる。

 

「マキシマム・ペイン!!」

 

「そんなもの!!」

 

 先程、小比奈への突進の時に用いたのと同じ要領で、綾耶は腕に充填していた空気を開放する。ただし今度は足をぐっと踏ん張って、両手を影胤へと向けた状態で。超圧力を掛けられていた空気は一気に噴出された事で衝撃波となって、襲ってくる斥力フィールドの力場と激突した。

 

 斥力と衝撃波。二つのエネルギーはぶつかり合って、どちらも譲らずにその発生源である影胤と綾耶のちょうど中間の位置でくすぶっている。激突の余波で、周囲の建物のガラスが次々割れて、壁にもあちこち穴が開いた。

 

「ほう……やるやる!! 空気を集めて吐き出す。たった一つの、それだけの能力ながら、ここまでバリエーションがあるとは!!」

 

「それは……どうもっ……!!」

 

 軽口を叩きつつも、綾耶の表情は真剣そのものだ。仮面で分からないが、恐らくは影胤も同じだろう。

 

 この状況ではちょっとでも押された方が一気にやられてしまう。どちらもそれが分かっているからこそ少しも力を抜かずに拮抗状態を維持し、相手が崩れるのを待つ。これは水に顔を付けての我慢比べだ。苦しくなって、先に顔を上げた方の負け。

 

 どちらも苦痛で力を緩めるほどヤワではない。ならば両者の勝敗を分けるのは、能力の持続時間。

 

 綾耶の衝撃波は腕に吸い込んだ空気に圧力を掛けて吐き出すという原理から、空気の残量という限界がどうしても存在する。

 

 対して影胤の斥力フィールドを作り出すのは、彼の体に内蔵されたバラニウム製機械。無論、エネルギー等の関係から連続して張り続けられる時間には限界があるのだろうが、綾耶が溜めた空気を使い果たすよりはずっと長そうだった。

 

 時間が経つと、やはり綾耶の方が押され始めた。両腕の空気の残量が少なくなって圧力が落ち、衝撃波の威力が弱まっている。

 

「ぐっ……!!」

 

「さぁどうした? そのエネルギー・ウェイブ、後どれだけ出し続けられるかね? 10秒? 5秒? ヒヒッ」

 

 出せなくなった時がお前の死ぬ時だと、影胤が笑う。だが、そこまで長い時間は必要無さそうだった。

 

「2秒で十分だよ、パパ!!」

 

 土煙を切り裂いて、ダメージから復帰した小比奈が飛び出してきた。跳躍して、綾耶の頭上から襲い掛かってくる。

 

 迎撃、イヤ駄目だ。ここで小比奈へ力を向けたら、ただでさえ押されがちな影胤との力関係は完全に破綻し、斥力フィールドに押し潰されてしまう。だがこのままでも小比奈に斬られる。万事休す。

 

『もう駄目……っ!!』

 

 そう思った刹那、綾耶の頭上で金属音が響く。

 

「斬れなかった?」

 

「蹴れなかった!!」

 

 綾耶のすぐ傍に、赤髪をツインテールに束ねたイニシエーターが降り立った。

 

「延珠ちゃん!?」

 

「延珠ぅ♪ 来たんだ」

 

 それぞれ違った歓喜の声を上げる二人のイニシエーター、綾耶と小比奈。

 

 ほぼ同時に立て続けに三発、銃声が響く。影胤は反射的に斥力フィールドを解除して後ろへ跳ぶと、銃撃をかわした。

 

「何とか、間に合ったみたいだな」

 

 息を切らせて、ブラックスーツのような制服に身を包んだ少年民警、里見蓮太郎がそこに立っていた。

 

「二人とも……どうしてここに……」

 

 予想もしない援軍の登場に、綾耶は喜びと驚きが半々といった様子だ。

 

「先程会った夏世という女から話を聞いたのだ。お主がこっちの方に飛んでいったとな」

 

 それで街の方へ足を向けたら、先行していた民警14組と伊熊将監を合わせた計29名とルイン・影胤・小比奈の3名との戦いが始まり、急行。到着した時には静かになっていたが、そしたら再び戦闘音が聞こえてきて、駆け付けたら綾耶が戦っていたのだ。

 

「ケースは……」

 

 蓮太郎は言い掛けて、綾耶の右手に掛けられた手錠の鎖が途中で千切れているのを見て、全てを悟った。

 

 だが、奪われた綾耶を責める気持ちは微塵も湧いてこない。

 

 見れば少女の服は聖室護衛隊の外套もトレードマークの修道服もあちこち裂けてボロボロになっていて、呪われた子供たちの回復力を以てしてもまだ治りきっていない傷もちらほら見える。この未踏査領域に入ってから一日足らずの間に彼女がどれほど傷付いてきたのかは、想像に難くない。

 

 数多のガストレアが闊歩するこの地で、たった一人でここまで。

 

 くしゃっと、蓮太郎は綾耶の頭を撫でた。

 

「……よく頑張ったな、ここからは」

 

「うむ、ここからは」

 

「「俺(妾)達に任せろ(任せておけ)!!」」

 

 声を揃え、鏡に映したように左右対称の構えを取る蓮太郎と延珠。同じように、影胤と小比奈も身構えた。

 

「里見君、物語はいよいよ最終局面、その相手が君だとは願ってもない。派手に行こうではないか」

 

「延珠、会いたかった。斬り合おうよ、早く、早く!!」

 

 殺気を漲らせる元134位ペアをじっと睨み、延珠はパートナーへと視線を送った。

 

「蓮太郎……」

 

「言う必要は無いぜ、延珠」

 

 にっと笑って、蓮太郎が返す。

 

「お前の……いや、俺達の友達がこれだけ頑張ってんだ。俺だって、応えなきゃなんねぇだろ!!」

 

 かちり。

 

 蓮太郎の腕から、乾いた音が鳴った。

 

 それを合図に彼の着衣の右手と右足部分が弾け飛び、続いて露わになった肌がひび割れて、破けていく。剥がれ落ちたのは生身のものではなく、精巧な人工皮膚だ。

 

 その下から現れたのは、バラニウムの黒い輝きを宿した腕と脚。同時に彼の左目に、強い光が灯った。義眼に内蔵された高性能コンピューターが、稼働する。

 

「蓮太郎……!!」

 

 延珠は感極まった表情を見せる。

 

 蓮太郎のこの力は、もう使わないと言っていたものだ。二度と使いたくないと。彼女はそれを知りながら、それでも頼むつもりだった。友達を助ける為に。結果、蓮太郎に失望される事も覚悟の上で。だがその一方で、勝手だとは思うが蓮太郎を信じている自分も居た。きっと蓮太郎なら、自分と想いを同じにしてくれると。

 

 果たしてパートナーは、その信頼に応えてくれた。

 

「名乗るぜ影胤……元陸上自衛隊東部方面隊第787機械化特殊部隊『新人類創造計画』里見蓮太郎!! これより貴様を排除する!!」

 

「……成る程、道理で君に惹かれた訳だ。この私と同じ存在であったとは!!」

 

 影胤は笑う。壊れた機械のように笑い続ける。これが笑わずにいられようか。まさか同じ機械化兵士と戦う機会に恵まれるとは。

 

「よろしい里見君、見せてみろ。君の全てを!! 潰れろ、マキシマム・ペイン!!」

 

 綾耶の時と同じで斥力フィールドが巨大化し、蓮太郎を圧殺せんとする。だが蓮太郎は少しも慌てず、腰を深々と落として拳を繰り出す構えを取る。瞬間、破裂音が鳴ってバラニウム義手からカートリッジが排出された。その爆発力によって、彼の拳は人の域を超越した速力を得る。

 

「カートリッジ解放、天童式戦闘術一の型三番・轆轤鹿伏鬼(ろくろかぶと)!!」

 

 エネルギー壁へと叩き込まれる、加速を乗せた金属の拳。今までどんな攻撃をも弾いてきた斥力フィールドが揺らぎ、針を刺された風船のように割れて、燐光が霧散する。

 

「マキシマム・ペインを破ったのか……!!」

 

 ステージⅣガストレアの攻撃すら受けきる鉄壁の防御が崩された。だが、それだけではない。仮面の口の部分から、血が滴る。今の一撃の威力が、フィールドを突き破って届いていたのだ。

 

「痛い……」

 

 機械化兵士となってから久しく忘れていた感覚を、影胤は今思い出した。

 

「痛い……私は痛い!! 私は生きている!! 素晴らしき哉人生!! ハレルゥゥヤァァァ!!!!」

 

 笑いながら、両手に持ったカスタムベレッタを乱射する影胤。まるで、祝砲のように。蓮太郎は素早く横に跳躍して銃撃を避けつつ、XD拳銃で応射する。

 

「パパをいじめるなぁぁぁっ!!」

 

 引き絞られ、そして解き放たれた矢弓のように小比奈が飛び出して、蓮太郎に斬り掛かろうとする。だが、割って入った延珠が脚で斬撃を止めた。彼女のブーツは靴裏にバラニウムが仕込まれているのだ。

 

「お主こそ、妾の相棒に向けたその刃、引っ込めてもらおうか!!」

 

 そのまま小比奈を蹴り飛ばす延珠。だが小比奈も然る者、恐ろしいほど容易く宙返りを打って体勢を整えると刃を十字に交差させた独特の構えを取って、延珠に向かい合う。

 

 機械化兵士VS機械化兵士、イニシエーターVSイニシエーター。完全に五分の状況が二つ出来上がる。そして今、自由に動ける者が、一人。

 

「綾耶!!」

 

「こいつらは俺達が引き受ける!! お前は教会の中へ!! ステージⅤの召喚を止めろ!!」

 

「行くのだ綾耶!! 世界を守れ!!」

 

 蓮太郎と延珠に促され、綾耶は教会へと走る。影胤と小比奈は止めようとしたが、眼前の敵に阻まれた。

 

 綾耶は勢いに任せて蹴りでドアを叩く。長い間放置されてガタが来ていた木製の扉は、イニシエーターの超人的なパワーには一瞬も耐えられずに、藁のようにぶっ飛んだ。

 

 そのまま、教会内部へと突入する綾耶。入ってすぐの礼拝堂で、最奥に設置された祭壇の前にルインが立っていた。まるで神に供物を捧げる巫女のように。

 

「ルインさん!!」

 

「……強い仲間が居るようね。影胤と小比奈ちゃんが抜かれるなんて」

 

 くるりと振り返ったルインは、ステンドグラスから差し込んでいる月光が白い長髪を彩って、女神のようにすら見えた。ただし人を救う側ではなく、人を滅ぼす側の。

 

「……今すぐケースの中身を僕に渡して下さい」

 

「断るわ。それにあなたでは私に強制する事も不可能でしょ?」

 

 最後通告は、にべもなく撥ね付けられた。微かに抱いていた期待が消滅した綾耶だったが、戦う前に聞いておく事はまだあった。

 

「あなたは……あなた達はどうしてこんな事を?」

 

 ステージⅤ・ゾディアックガストレアが召喚されれば、モノリスが破壊されて大絶滅が起きて、想像も出来ない程の人が死ぬ。

 

 例えルインや影胤のバックに非合法組織や他エリアの暗部が居て、途方もない金銭や地位を約束してくれていたとしても、その惨劇は対価として釣り合うものなのか? 彼女達の中にほんの一欠片でも良心が残っているのなら、それがうずく事は無いのか?

 

 あるいは報酬などどうでも良く、ただ死と破壊を生み出す事だけが望みなのか?

 

 問いを受けた、ルインの答えは。

 

「平和な世界の為よ」

 

「なっ……」

 

 ふざけているのかと思ったが、しかしルインの表情はどこまでも真剣だ。その瞳も。綾耶には分かる。これは嘘ではない。

 

「それはどういう……」

 

「問答は終わりよ。私が八尋ちゃんを呼ぶのを止めたいのなら、私を倒すしか無いわね」

 

「!!」

 

 ルインはゆったりとリラックスした構えだが、しかし彼女が発する気配があからさまに戦闘態勢にシフトしたのを感じ取って、綾耶は全身を緊張させる。

 

 イニシエーターとは違うが、ガストレアウィルスを保菌した紅い目を持つ者。影胤ほどの使い手が王と呼び、傅く存在。その武力はどれほどか。

 

 様々なシチュエーションを想定し、綾耶が頭を巡らせていたその時、ルインの体がいきなり巨大化した。

 

「速い!!」

 

 綾耶が小比奈へと見せた突進と同じか、それ以上の速さ。兎型(モデル・ラビット)や猫型(モデル・キャット)のようなスピード特化型イニシエーターをも凌駕するスピード。10の距離は一瞬で0に縮められ、体が大きくなったように見えた。

 

 だが、これは綾耶にとっては予想の範疇だった。ルインの能力の可能性として、スピード特化型イニシエーターの速さを持つ事も想定の一つだった。腕を交差させ、ガードする。その上に、ぶつけられる拳。

 

「なっ!?」

 

 その威力は、象型(モデル・エレファント)や犀型(モデル・ライノセラス)といったパワー特化型をも凌ぐ。防御の上から綾耶の体を持ち上げて、彼女を扉のあった穴から教会の外へ弾き出す。

 

「くっ!!」

 

 綾耶は両腕のジェット噴射で急制動を掛け、空中で態勢を立て直して着地した。

 

「綾耶!!」

 

「大丈夫か!?」

 

 すぐさま綾耶へ駆け寄る蓮太郎と延珠。影胤と小比奈は隙を見せた二人へと仕掛ける事はせずに、教会からずんずんと出て来たルインの両脇を固める。

 

「延珠ちゃん、蓮太郎さん、気を付けて……!! あのルインって人は、パワー特化イニシエーター以上の力と、スピード特化イニシエーター以上の速さを併せ持ってます……!!

 

 一瞬もルインから視線を切らずに、綾耶が言う。それを聞いた蓮太郎と延珠は最初に「なっ!?」と驚き、次に「そんなのアリかよ」「何だそのデタラメは」と、それぞれ息を呑んだ。だがそんな彼等の反応を見たルインは、呆れたように首を振った。

 

「分かってないわね」

 

「えっ……?」

 

「私達の力はパワーでもスピードでもないわ。言ったでしょ? 私達の力は進化。綾耶ちゃん、あなたはそれをただ単に受けたダメージを学習して二度目からはそれに対する耐性を得るだけだと思っているみたいだけど……それは違うわ」

 

「なっ……!?」

 

 綾耶は絶句する。パワー特化の力とスピード特化の速さ、そして同じ攻撃が二度目からは効かなくなる防御力。これだけでも十分にデタラメだが、更にその先があると言うのか?

 

「もう一度言うわ、進化とは天敵や環境という負荷に適応し、克服する事……つまり私達は、力が強い相手にはそれ以上の力を、素早い相手にはそれ以上に速く、常に目前の敵を上回るスペックをその都度獲得し、弱点となる能力を何度でも発現させる事が出来るのよ。さっきのパワーとスピードは綾耶ちゃん、あなたが見せてくれたものを基準として、新しく私に備わったものなのよ」

 

「バカな……!!」

 

 そう呟いたのは、蓮太郎か延珠か、それとも綾耶か。

 

 今し方ルインの力をデタラメと言ったが、それは表現を間違えていた。彼女の力はインチキだ。

 

「さて、あなた達の力はどれほどかしら? 私はすぐにそれを超えるけどね」

 


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