ブラック・ブレット 星の後継者(完結)   作:ファルメール

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第25話 滅びの風が吹く前に

 

「よう、兄ちゃん。遅かったな」

 

 32号モノリスより10キロの地点に設置された民警軍団の前線司令部。

 

 民警軍団の団長を務める一色枢の使いと名乗る男に案内された蓮太郎は、並んでいる中でも一際大きな幕舎へと入る。そこにはイニシエーターとプロモーターがずらりと列席しており、しかもその面々は皆、テレビのCMで何度かは見た顔だ。民警事情に明るくない蓮太郎は全員を知っている訳ではないが、しかし顔と名前が一致している者は、全員が序列三桁以上の凄腕揃い。名前を知らぬ者も、身に纏う空気が違う。恐らくは同レベルの強者と見て間違いないだろう。

 

 幕舎の一番奥に腰掛けて砕けた笑顔で気さくに挨拶する枢は、手を振って空いている席を勧める。蓮太郎と延珠はその席に、二人に続いて入ってきたサンバイザーを付けた長身の青年と、彼に付き従うとんがり帽子を被ったイニシエーターは、そのすぐ右隣の席に着いた。

 

 見ると、枢の右隣には彼のイニシエーターであるエックスが、左隣には綾耶、ティナ、ソニアの聖天子付のイニシエーター達が並んでいた。綾耶が小さく手を振るのを見ると、延珠も同じように手を振って返した。

 

「序列300位、里見蓮太郎・藍原延珠ペア、序列970位、薙沢彰麿・布施翠ペア。これで全員が揃いました」

 

 手にしたタブレットで列席者を確認していたティナが只今入室してきた二組の覧にチェックを入れると、枢へと渡す。30位のプロモーターはそれを見て「ん」と満足そうに一声頷いた。そして手をぱんと叩く。その拍手一つで、場の雰囲気が引き締まったようだった。

 

「皆、良く集まってくれた。お前等に集まってもらったのは他でもねぇ。4日後の戦いについての、作戦会議だ」

 

「その前に一つ、聞いて良いか?」

 

 挙手した蓮太郎に、場の全員の視線が集中する。

 

 副団長である我堂長正は団長の話の途中だぞと咎めるような視線を送ったが、枢に制された。

 

「まぁ、良いさ。ンで兄ちゃん、何だ?」

 

「ここに集められたメンバーは、全員が全員アジュバントの分隊長……って訳でもないよな? 現に、俺のアジュバントからも彰麿兄が呼ばれたし。見た限り、ここに居るのは全員が序列1000位以上のペアみたいだが……これから話すのはそれを集めないと、出来ない作戦なのか?」

 

「おォ、良い質問だな。……おっしゃ、順を追って話すつもりだったが、ここにどういう基準でメンバーを集めたのかは今兄ちゃんが説明してくれた通りだし、結論から話させてもらうぜ」

 

 そう言って、枢は一度座り直してやや前屈みな姿勢になった。

 

「まず、最初に言っておく事だが……この戦い、敵の親玉であるアルデバランをぶっ殺す事、それ自体は難しくない……と、言うよりも物凄く簡単だ」

 

 言葉に合わせてずい、と一人のイニシエーターが進み出る。ソニアだ。

 

「私一人が、敵陣に突っ込めばそれで済むわ」

 

「ソニアさん……!!」「お姉さん……!!」

 

 ソニアの体内侵食率を知る綾耶とティナが悲壮な声を出すが、しかし他ならぬソニア自身が目で二人を制する。

 

「軍団長、彼女は……」

 

「知らないヤツも居るだろうから、俺から紹介させてもらうぜ。元序列11位”星を統べる雷帝”(マスターオブライトニング)、アメリカの機械化兵士計画『NEXT』によって生み出された強化兵士でありモデル・エレクトリックイール、デンキウナギのイニシエーター、ソニア・ライアン。天秤宮(リブラ)を落としたイニシエーターと言った方が分かり易いか?」

 

 幕舎の中がざわめく。ソニアの名前は、民警達にとっては国境を越えて絶対なのだ。「11位って……」「死んだ筈じゃ……」などと声が上がっては消えていく。雰囲気が一通り落ち着くのを待って、枢は話を再開した。

 

「この嬢ちゃんだけじゃねぇ。此処には、ゾディアックと戦ったイニシエーターがもう一人と、ゾディアックを倒した英雄も居る」

 

 団長の視線の先に居るのは、それぞれ綾耶と蓮太郎だった。

 

 綾耶は何事か言いたそうにもじもじしていて、蓮太郎はと言えば隣の延珠は無い胸を精一杯に張って誇らしげだが、複雑な気分だった。

 

 綾耶にしてみればスコーピオンとの戦いは自分の能力を最大限に発揮できる海という環境下で、それでも少しのダメージも与えられずに足止めが精一杯、それどころか護衛艦隊の援護が無ければ確実に死んでいた。蓮太郎にしても、スコーピオンの撃破は天の梯子という超兵器を使ってやっと成し遂げた事だ。しかも結果的には殆どまぐれ当たりと言って良かった。

 

 二人とも、これは団員の恐怖感を払拭して士気を高めようという枢の話術なのだと理解してはいたが、しかし純粋に一個人の能力・技量だけでゾディアックを倒してみせたソニアと同列に語られるのは相応しくないとも思えて、少し居心地が悪かった。

 

「ステージⅤ・ゾディアックを倒したイニシエーターとプロモーターが一人ずつ、渡り合ったイニシエーターが一人。アルデバランがどんなに強力だろうと所詮はステージⅣ。ぶち殺すには十分過ぎるぐらいの戦力が揃っている」

 

 そんな二人の心中を知ってか知らずか、枢は話を続けていく。集まった民警達の中から「おおっ」と歓声が上がるが、しかし続く言葉はその想いに冷や水をぶっかけるようなものだった。

 

「……が、それだけでは俺達は負ける。何故だと思うね?」

 

 教師のような枢の口調を受けて、一人の女性が挙手した。

 

「はい、フィーアちゃん」

 

 日に焼けた肌をした気の強そうなこの女性を、蓮太郎はニュースで見た事があった。名前は確か……フィーア・クワトロ。序列444位のプロモーターである。彼女は今回、6名3組の少数精鋭チームとして、枢のアジュバントに参加していた。

 

「ソニアちゃんがアルデバランを倒している間に、ガストレア軍団が東京エリアに到達してしまうから」

 

「その通りだ」

 

 長正の他、蓮太郎や彰麿も成る程と頷く。自分達の目的はあくまでも東京エリアを守り抜く事。どれだけガストレアを殺しても、その時東京エリアが壊滅していたら戦いは負けだ。アルデバランを倒す事はあくまで勝利への1ステップであり、勝利条件と敗北条件は別にある。

 

 モノリスの崩壊から代替モノリス完成までの三日間持ち堪えられるか、ガストレアを全滅させるまたは追い返せば人間の勝利、それまでにガストレアの侵入を許せば人間の敗北だ。現在、自衛隊・民警含めてエリアの主戦力は殆どが32号モノリス周辺に集中している。他の地区は今や空き家も同然。一度ガストレアが人を襲って増殖を始めれば、止める術は無い。

 

「それに、アルデバランとてバカではない。護衛役を務める強力なガストレアも少なくとも数体……多ければ数十体は居ると見るべきでしょう」

 

 今、発言したのはどこにでも居そうな雰囲気の中肉中背の男性だった。年齢は恐らく30代半ば、スーツを着ていればサラリーマンだと名乗っても少しも違和感が無さそうで、地味な印象を受けるが屈強な面々がぞろりと居並ぶこの場では逆に浮いてしまっている。名前は六車陽斗(むぐるまあきと)、外見の印象からは全く想像できないが序列は666位と凄腕。フィーアと同じく、枢のアジュバントに参加している精鋭であった。

 

「まぁ、それでもソニアの嬢ちゃんなら護衛どもを皆殺しにした上でアルデバランを倒す事も全く問題は無いだろうが……余計に時間が掛かる。だからこその、このメンバーよ」

 

 枢はそう言って立ち上がると、身振りして自分の背後に掛けてあった32号モノリス周辺の地図へと全員の視線を集める。

 

「まず、このメンバーを除いた他の民警軍団は『回帰の炎』の周辺に防衛線を張って、時間を稼ぐ。同時に、ソニアの嬢ちゃんを先頭に序列1000番以上のペアがアルデバランめがけて真っ直ぐ突入して、ザコの露払いと護衛ガストレアを排除して、嬢ちゃんに可能な限り最短時間でアルデバランを撃破してもらう。これが「プランA」だ」

 

「質問、良いか?」

 

 挙手したのは、蓮太郎の隣に座る彰麿だった。

 

「作戦内容は明快で、単純だがその分確実性もあると思うが……この作戦では防衛線が破られるのが早いか、突入部隊がアルデバランを仕留めるのが早いか、スピードの戦いになる。その為には、アルデバランの位置を掴む事が重要になる。その為の手段はあるのか?」

 

「それは、問題無いわ」

 

 質問に答えたのは、フィーアだった。すぐ傍に立つオレンジの髪をポニーテールにして、黄色いTシャツと赤いハーフパンツといったラフな格好から快活そうな印象を受ける少女の髪を撫でる。

 

「ティコ……あぁ、私のイニシエーターだけど、この子はモデル・オルカ。シャチの因子を持つ呪われた子供たち。この子のエコーロケーションで、アルデバランの位置は割り出せるわ」

 

 シャチの反響定位(エコーロケーション)、つまり潜水艦のアクティブソナーのように超音波を放ち、跳ね返ってきた音によって前方の様子を探る能力であるが、恐るべきはその精度。数キロも先の対象物との正確な距離は勿論の事、姿形や材質、内容物まで見分け、ほんの数ミリしか離れていない2本の糸の識別すらも可能とする。ましてガストレアウィルスで強化されたイニシエーターであれば、それ以上の射程距離と超精度を持っているだろう。

 

 成る程、と納得した表情で彰麿は引き下がった。これならば確実にアルデバランを捕捉し、精鋭部隊を最速かつ最短距離で突入させられる。

 

「軍団長、私からも質問があるが、よろしいかな?」

 

 次に挙手したのは、副団長である長正だった。枢は変わらない気安さで、発言を許可する。

 

「我々民警軍団の役割は自衛隊の後詰め。回帰の炎まで部隊を下げた場合、自衛隊からの支援要請に応えられない事態が想像出来るが……」

 

「ああ、分かってる。だからさっきのがプランAなんだよ」

 

 Aがあるとはつまり、少なくともセカンドプランであるBがあるという事である。

 

「このメンツの前だから話すが、俺は自衛隊から救援要請は来ないと思っている」

 

 ずばりと核心を突く枢の物言いに、蓮太郎は「ブッ込みやがった」と冷や汗を一つ。彼と同じような考えを、此処に集められた者達は大なり小なり持っていたのだろう。感心した顔になる者、腕組みしてうんうんと唸る者、厳しい顔になる者、色々居る。

 

 いずれにせよこの場の誰もがある程度は承知していてそれでもタブーとしていて決して越えなかった一線を、枢は遠慮も躊躇も無く踏み越えてしまった。

 

「俺達民警は警察や自衛隊にとっては嫌われ者。今回も例外ではなく、自衛隊のお歴々は自分達だけで決着を付けたがってる。俺も、別命あるまで後方にて陣を構えて待機しろと言われただけだしな」

 

 恐らくだが、枢の言葉は正しい。少なくとも自衛隊だけで決着は付くだろう。結果如何に関わらず、民警軍団に支援要請は来ない。

 

 戦闘に於けるガストレアと人間との最大の相違点は、プレイしているゲームの違いだ。人間のゲームはチェスだが、ガストレアのゲームは将棋だ。こちらの駒(兵力)は倒されたらそれまでだが、あちらは倒したこちらの駒を、自分達の戦力として組み入れて運用してくる。

 

 その性質上、ガストレアとの集団戦で出る結果は基本的に大勝か大敗のいずれか。辛勝や惜敗は考えにくい。

 

 自衛隊が勝利すれば、当然ながら支援要請は来ない。出す必要それ自体が無いからだ。そしてあまり考えたくないが……自衛隊が敗北する場合、敗色濃厚と見て支援要請を出そうとした時にはもう遅い。ガストレアはネズミ算の倍々ゲームで増え続けて自衛隊の戦線は崩壊し、蹂躙されるだろう。

 

「取り敢えず、俺達は自衛隊と回帰の炎の中間の地点に陣を敷いて、此処をひとまずの防衛ラインとする。万に一つだろうが……自衛隊から支援要請が来た場合……そして、何らかの理由でソニアの嬢ちゃんが戦えなくなった場合にはそれに対応して陣を前進又は後退させ、対処する事になるな。これがプランBだ」

 

 特に後者は「そうならない事を祈ってるぜ」という言葉で締め括りとして、その後二、三の質問に答えた後、この場は散会となった。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。モノリス崩壊まで3日を切ったその日の午後、東京エリア第39区第三小学校の子供たちは第40区を訪れていた。蓮太郎に言わせればこれは社会科見学であった。その中には綾耶・ティナ・ソニアの3名、聖室護衛隊特別隊員の面々の姿も見える。引率として蓮太郎と木更、それに琉生も来ていた。

 

 駅から降りて十数分も歩くと、目的地に到着した。

 

 ドームほども広さのある金属の土台の上、数体の女神像のようなモニュメントに囲まれて、その碑はあった。「回帰の炎」と大きく刻まれている。

 

「先生、これ……」

 

「これは回帰の炎。第二次関東会戦で人類がガストレアに勝利した記念と、それまでの戦争で亡くなった人達の魂を慰める慰霊碑として、二千挺の銃を融かして造られたものなんだよ」

 

 声を揃えて「へー」と漏らす子供たち。この反応を受けて気を良くした蓮太郎は話を続けていく。

 

「じゃあ、お前等『幻庵祭』って知ってるか?」

 

「知ってる。あの空がぴかぴか輝く、綺麗なヤツだよね!!」

 

 手乗りサイズの小さな灯籠付き気球を作って、夜になると一斉に夜空に打ち上げる。ガストレア戦争で亡くなった英霊に感謝を捧げるという意味で、第二次関東会戦の後から行われるようになった祭りだ。

 

「僕も好きですよ。毎年、特等席で見てるんです」

 

 これは綾耶のコメントだ。空を飛ぶ事の出来る彼女は、あの幻想的な光景を誰よりも近くで眺められる。

 

「妾も、一度見た事があるぞ」

 

 と、延珠。将城教会にまだ二人で暮らしていた時の事だ。

 

「綾耶と手を繋いで空を飛んで、気球の中を進んだのだ。まるで蛍の群れの中を散歩しているようで、あれを蓮太郎にも見せてやりたかったぞ!!」

 

「今年の幻庵祭まで……後5日だな」

 

 蓮太郎はそう言った後で、子供たち全員が伏し目がちになっているのに気付いた。

 

「蓮太郎先生、私達……死ぬのかな?」

 

「今年の幻庵祭……見れないのかな?」

 

 ふんと蓮太郎は鼻を鳴らして、二人の子供たちの前にしゃがみ込んで目線を合わせると、ぽんと肩に手を置く。

 

「アホ。俺が何で此処に連れてきたのか、分かんねぇのか?」

 

「え?」

 

「回帰の炎は、人間がガストレアに勝利した証だ。たとえモノリスが壊れても、自衛隊が守ってくれるさ。それに俺も、民警として最前線で戦う事になってる。お前等は安心してて良いんだよ」

 

「勿論妾も、蓮太郎と一緒に戦うのだ」

 

「里見君と延珠ちゃんだけじゃないわ」

 

 これまではやや離れた立ち位置にいた木更が、前に出た。

 

「私も、里見君のアジュバントに参加するわ」

 

「え? でも木更さん、パートナーのイニシエーターは……」

 

「それは、私が務めます」

 

 蓮太郎の疑問に答えたのは、モデル・ドルフィンのイニシエーター、千寿夏世であった。彼女は『七星の遺産』強奪事件の際にパートナーである伊熊将監の死亡に伴い身柄をIISO預かりとされる所、綾耶が聖天子に求めた特別報酬によって第39区第三小学校へと籍を置く事を許されていた。

 

「既にIISOに登録は済ませてあるわ。序列は19820位ね」

 

「木更さん……!!」

 

 咎めるような声を上げる蓮太郎であったが、しかしここは子供たちの前である。無闇に仲違いして不安を煽る事はしてはならないと、ぐっと堪えた。

 

「里見先生の言う通りね。あなた達は、何も心配する必要は無いわよ」

 

 にこにこ笑いながら、ソニアが進み出る。

 

「民警軍団の団長さんが言っていたけど、私や綾耶ちゃんは、恐ろしいステージⅤ・ゾディアックガストレアと戦った事があるわ。特に、私はそのステージⅤの天秤宮(リブラ)を倒した地球で一番強いイニシエーターなのよ? それに比べたら、今回攻めてきているステージⅣのアルデバランなんて所詮はザコ。負ける確率なんて1パーセントも無いわ」

 

 どん、と胸を叩く。

 

「任せておきなさい!!」

 

 自信を超えた確信の笑みを見て、子供たちの顔から幾分不安が消える。

 

「……枢さんと私のペアの序列は30位、この東京エリアでのナンバーワン……」

 

 続いて前に出たのはモデル・ウルヴァリンのイニシエーター、エックスであった。手を掲げてぐっと握り拳を作ると指の付け根の間から皮膚を突き破って、長さ20センチほどの黒い鉤爪が飛び出してくる。彼女の二つ名である鉤爪(クロウ)の由来であり、クズリの因子による肉体の変異(ミューテーション)と人体実験によって骨格へと接合された超バラニウムの組み合わせによる彼女の武器だ。

 

「私達の戦場に、敗北は無い」

 

 笑いながら強い口調で話すソニアとは対照的に、エックスは無表情で言葉も淡々としている。確定された事項を、ただ読み上げているだけのようだ。しかしこれはソニアとはまた違った形で、子供たちに安心感を与えたようだ。ちらほらと、笑顔を浮かべている者も見える。

 

「勿論、僕も戦うよ。大丈夫、みんなは必ず僕が守るから」

 

 次は、綾耶の番だった。いつも子供たちの為に戦っていた彼女の存在は、この場の面々の中でも一際大きかったらしい。「あややお姉ちゃん」「お姉ちゃん」と、口々に明るい声が上がる。

 

 楽観できる状況ではない。それは、子供たちとて分かっているだろう。いくら最強のイニシエーターであるソニアが参戦しようと、東京エリアナンバーワンの一色枢・エックスのペアが民警軍団のトップを務めようと、絶対の信頼を寄せる綾耶が戦おうと、不安は残る。

 

 戦とは水物。勝敗は常に揺らいでいて、未来は往々にして思いも寄らぬものになる。

 

 希望を持たせるような事を言うのは、残酷かも知れない。裏切られた時、その絶望はより深いものになるだろうから。

 

 でも、それでも。

 

 希望はある。明るい未来へ向かう事は出来る。その未来と、今を繋げる事が出来る。

 

『きっとそれが……僕が、この力を持って生まれた意味……!! 僕の力の、正しい使い方……!!』

 

 綾耶は自分の手を見て、そして拳を握る。今まで感じた事の無い力が、そこに宿っているのが分かる。

 

 今は違う。生まれ持った力に怯えていた頃とも、何となく漠然とした想いで人の助けになろうと働いていた頃とも違う。今の自分は一人ではない。自分の生き方は、父が教え導いてくれたもの。もう、姿を見る事も話す事も触れ合う事も出来なくても、それでも父は一緒に居てくれている。

 

 この力は、何かを壊したり殺したりする為のものじゃない。これは、全てを護る為の力なのだ。

 

 今までずっとそう思って力を使ってきていたが、自分で言っていたその言葉の意味が、本当の意味でやっと分かったと綾耶は思った。

 

「戦うのは、自衛隊や民警の人達だけじゃないわよ。いざとなったらガストレアの一匹や二匹、私がやっつけてやるわ」

 

 と、これは琉生の言葉である。担いでいたゴルフバッグのファスナーを開けると、そこからはバズーカの砲口が顔を出した。それを見た蓮太郎は思わずごくりと唾を呑む。今の今まで彼女をただの気の良い中年女性と思っていたが、存外に恐るべき女傑かも知れない。

 

「あんた、使えるのか? それ」

 

「説明書は読んだわ」

 

 冗談めかして蓮太郎にそう返すと、琉生は子供たちに向き直る。

 

「あなた達には、未来を生きて幸せになる権利があるの。その未来を守る為に私や、里見先生や木更先生、延珠ちゃんに夏世ちゃん、エックスちゃんにソニアちゃん、ティナちゃん……綾耶ちゃん。みんなが戦うの。だから……大丈夫よ」

 

「琉生先生!! 私も一番お姉ちゃんとして、先生と一緒にみんなを守ります!!」

 

 子供たちの中で、一人の少女が元気良く手を上げた。彼女の名前はアンナマリー・ローグ。年は10歳ぐらい、本人の言葉通り呪われた子供たちの中では最年長に当たる部類だ。名前通り東洋人ではなく、ティナやソニアと同じで面立ちには西洋風の特徴が見られる。肩まであるブラウンの長い髪が、前髪の部分だけ色素を失って白く染まっているのが印象的だ。

 

「頼もしいわね、アン……では、お願いするわ……いざという時は、私の後ろはあなたに任せるわよ」

 

 ゴルフバッグのファスナーを閉めた琉生は笑いながら、アンナマリーの頭をくしゃくしゃと少し乱暴に撫でた。

 

 その時、二人は誰にも気付かれないぐらい僅かな時間だけ真剣な目になって、アイコンタクトを交わす。

 

 これは二人の関係を知っていない者には、見えたとしても何の違和感も感じ取る事が出来ないだろう。それぐらい、僅かな時間の出来事だった。当然、その意味も察せられない。気付く事が出来たのは、エックスとソニアの二人だけであった。そしてこの二人とも、それを知りながらその意味を誰にも話さなかった。

 

 

 

 アンナマリーが、琉生ことルイン・ベネトナーシュのイニシエーターである事を。

 

 

 

「まぁ……万に一つも、そんな事態は起こり得ないでしょうけど。ねぇ、里見先生?」

 

 流し目を送りながらどこかねっとりとした声の琉生にそう言われて、蓮太郎は戸惑ったように頭を掻いた。

 

 どこかくすぐったい気分ではあるが……しかし、こうして期待を寄せられるのは悪い気分ではない。

 

「あぁ……成り行きとは言え、俺はお前等の先生になった訳だからな……守ってやるよ。それに、まだまだ教えてやりたい事も沢山あるし……」

 

「みんな、集まって!!」

 

 生徒の一人が掛け声を上げて、集まっていた少女達が円陣を組む。延珠、夏世、綾耶、ティナ、ソニア、エックス、アンナマリーはその集まりに加わらなかった。子供たちは額を付き合わせながら、何やらひそひそと話し合っていた。時折「あの先生良いね」などと漏れ聞こえてくる。

 

 数十秒ほどして、話し合いは終わったのだろう。少女達は一列に並んで、頭の上で一斉にマル印を作った。

 

「先生、合格です」

 

「な、何?」

 

「私達は、先生が好きって事です」

 

「結婚を前提にお付き合いしたい者が5人居ます。私もその一人です!!」

 

「私も!!」

 

「私もです!!」

 

 ぞろぞろと子供たちが集まってきて、蓮太郎は勢いのまま押し倒されてもみくちゃにされてしまう。ちゃっかり、延珠もその中に入っていた。

 

 そんな喧噪をやや離れた所で眺めながら、ソニアはすぐ横のティナを見た。

 

「お姉さん?」

 

 首を傾げる妹分に、デンキウナギのイニシエーターは優しい笑みを一つ。そうして視線を蓮太郎や子供たちへと戻す。

 

 ちょうど、木更が「わ、私は?」と泣きそうな声を上げて、「木更先生は保留中です」とすげなく返され、夏世にぽんと背中を叩かれて慰められているシーンだった。

 

「楽しそうね……みんな……」

 

 そう言った後で、ソニアは少しだけ悲しそうな顔になる。

 

「この時間がずっと……この幸せが……永く続くと良いわね……」

 


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