ブラック・ブレット 星の後継者(完結)   作:ファルメール

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幕間 ルイン、再動

 

<……と、いうのが結論よ。私はティナや綾耶ちゃんと一緒に、暫くは聖天子の護衛役をする事になったわ>

 

 スマートフォンから聞こえてくるソニアの報告に、ルイン・フェクダは「そう」と頷いた。元々、彼女を東京エリアに送り込んだのは聖天子を暗殺から守る為だった。その任務自体は見事成功した上に、ティナ共々聖室護衛隊の特別隊員として取り立てられるとは。これは嬉しい誤算というヤツだ。ソニアは自分達にとっては客分であって完全に命令に従う訳ではないが、それでもこれで自分達“ルイン”は彼女を通して聖居にも影響力を持つ事が可能になった。事態は想定していた形とは大分違った所に着地したが、まず上々と言って良いだろう。

 

<それで、私はこれからどう動けば良いのかしら?>

 

「……しばらくは、あなた自身の判断で行動してくれて構わないわ。あなたが聖天子を守る事は、私達の目的とも合致しているからね」

 

 そう言って通話を切り、スマートフォンを机の上に置く。三番目のルインの視線は、そのまま机の角に置かれた一枚の写真立てへと動いた。その中に入っているすっかり褪色してしまった写真には、まるで学校で撮られたクラス集合写真のように十一人の小さな子供たちとその真ん中に一人の女性が、みんな笑顔で写っていた。女性は白い髪に白衣を着ていて、風貌はルイン達に瓜二つであった。より正確には彼女達の一人である、ルイン・アルコルに。

 

「……もう少しだからね。双葉(ふたば)ちゃん、六花(りっか)ちゃん、七海(ななみ)ちゃん、八尋(やひろ)ちゃん……もうすぐ、あなた達の犠牲が報われる世界になるわ……」

 

 4人の名前を挙げ、彼女は言葉を切る。一拍置いて、

 

「そして……一姫(かずき)ちゃん、来三(くるみ)ちゃん、五澄(いずみ)ちゃん、九音(くおん)ちゃん、乙十葉(おとは)ちゃん、土萌(ともえ)ちゃん、王里栄(おりえ)ちゃん……この戦いが永遠に続けられるようになったら……あなた達にも、必ず安らかな眠りを与えると約束するわ……だから今は……地獄の中で、生き続けていて」

 

 ひとりごちるフェクダ。その時だった。スマートフォンが着信音と共に振動する。画面に表示された通話相手の名前には「Δ(デルタ)」とあった。

 

「四番(メグレズ)? 三番(フェクダ)だけど、何かあったの?」

 

 八人のルインの一人、四番目のルイン・メグレズ。その役目は未踏査領域の調査と、ステージⅤ及び一部の強力なステージⅣガストレアの監視。

 

<ええ、緊急事態よ。フェクダ……東京エリア近辺の未踏査領域に生息するガストレア群に、動きがあったわ>

 

 電話の向こう側から返ってきた同じ声は、少しだけ早口だった。

 

<私が確認出来ただけで数百……ティコによれば二千体以上のガストレアが一斉に東京エリアへ向けて動き出している。これは明らかに組織だった動きよ>

 

「ティコちゃんのソナーによる調査なら確かね」

 

 民警と同じように、ルイン達にもそれぞれ相棒となるイニシエーターが居る。民警として表の顔を持つルイン・ドゥベは戦闘力に秀でたモデル・ウルヴァリンのエックスがパートナー。偵察・監視が任務であるルイン・メグレズのパートナーの名前はティコ・シンプソン。モデル・オルカ、シャチの因子を持つ呪われた子供たちであり、固有能力はモデル動物と同じ超音波を用いたエコーロケーション。極めて高い索敵能力を持つ。

 

 そんなイニシエーターの調べなのだから間違いはないのだろうが……一つ、腑に落ちない事があった。

 

「組織だった動きと言ったわね、メグレズ……」

 

 そう、そこだ。ガストレアが群れで行動する事は極めて珍しいケースである。時折エリア内に侵入してくるガストレアについてもそれがほぼ単体、多くても数体程度なので足並みがバラバラな民警でも対応が出来ているのだ。そのガストレアが群れで、しかも二千体もの大所帯で行動するとなれば、これは容易ならざる事態である。

 

「……群れという事は率いている親玉が居る筈。そいつについて、調べはついているの?」

 

<勿論>

 

 フェクダの疑問も当然。そして同じ顔、同じ姿、同じ声のルイン達は思考パターンも似通っているらしい。メグレズも同じ結論に辿り着いていた。

 

<群れを率いているのは私達の監視対象の一つであるステージⅣ、アルデバラン>

 

「……それって……!!」

 

 僅かに、フェクダが息を呑んだ。

 

<そう、金牛宮(タウラス)……双葉ちゃんの右腕だったステージⅣよ。ステージⅣのガストレア>

 

 アルデバランの階梯について、メグレズが強調する。その意味する所は一つだ。

 

 東京エリアへ向かっていると言うが、しかし全てのエリアはモノリスの結界によって守られている。それを突破出来るのはステージⅤ・ゾディアックガストレアのみ。故にステージⅣであるアルデバランは、モノリスに近付く事は出来ない筈なのだが……

 

<だからと言って、無視は出来ないでしょう? 二千体ものガストレアの大動員……双葉ちゃんが1位に殺されてから今まで、こんな動きは一度として無かったのよ?>

 

「確かに。では今一度、私が東京エリアに行く事にするわ。ちょうど私のイニシエーター……小町も、訓練が完了する頃合いだしね」

 

<了解。では、そちらは任せるわね>

 

 

 

 

 

 

 

 分厚い金属製のドアを開くとそこは体育館のように広がった空間になっていて、断続的な金属音が響き渡っている。

 

 発生源となっているのは部屋のほぼど真ん中でめまぐるしく動き回っている小さな二つの影。

 

「あはっ、あはははっ!! 強い!! 強い!! 小町強いね!!」

 

「やるじゃん、小比奈!!」

 

 一方はバラニウム製の双剣を振るう黒いドレスの少女。元134位のイニシエーター、モデル・マンティスの蛭子小比奈。

 

 もう一方は、道場着を纏って長い黒髪を細長いポニーテールにした少女。こちらは無手であり、紅く輝く両眼から小比奈と同じく呪われた子供たちであると分かる。彼女の名前は魚沼小町。ルイン・フェクダのイニシエーターだった。

 

 二人のイニシエーターはどちらも年にそぐわぬ殺気を全身から放ち、全力で眼前の相手を殺す為に攻撃を繰り出しつつ、しかしじゃれ合うように笑いながら神速の攻防を続けていく。

 

「シッ!!」

 

「ふっ!!」

 

 小比奈が繰り出した小太刀と、小町が振った手刀がぶつかり合った。本来ならばいくらガストレアウィルスによる強化があろうと金属製の刃物と生身の手では勝敗は明らかであるが、しかしこの場合に限っては例外だった。バラニウムの黒刃と手刀は、どちらも互いを傷付ける事は出来ずに弾かれた。

 

「楽しいね!! 小町!!」

 

「そだね。もっともっと楽しもうよ、小比奈!!」

 

 狂笑を上げながら、その言葉を合図に二人の少女は対手へ向けて突進。小町は今度はハイキックを繰り出し、小比奈は小太刀でこれを受ける。当然、そんな事をすれば刃とぶつかった足の方が悲惨な状況になる。……筈なのだが、しかし先程の手刀の時と同じく足刀と小太刀はぶつかり合って金属音を立て、弾かれる。

 

 ぱらりと、道場着の袴が裂けて小町の脛が見えるようになる。露わになった足には、具足のような物は何も装着されていなかった。つまり小町は完全に生身の足を思い切り小比奈の小太刀にぶつけて傷を負わなかった事になる。

 

 そして少しばかり離れた所で、少女二人の戦いを見守る者が二人。

 

 一人は白い長髪に白い衣を纏った、ルインの一人。

 

 もう一人は金髪に雪のような白い肌を持ったロシア系白人の少女。

 

「や、五番目(アリオト)」

 

 そこに、ルインがもう一人現れた。ルイン・フェクダだ。

 

「ああ、三番目(フェクダ)。調子は良さそうね?」

 

「マスター・フェクダ。ご無沙汰しております」

 

 五番目のルイン、ルイン・アリオトの傍らに控えていた少女がぺこりと頭を下げる。

 

「うん、アーニャも元気そうで何よりだわ」

 

 フェクダはそう言うと、アーニャと呼んだその子の頭をくしゃくしゃと撫でてやる。アーニャは拒んだり避けたりする素振りも見せず、くすぐったそうに体を動かした。そうして挨拶を終えた所で、ルイン・フェクダは五番目(アリオト)と呼んだルインに向き直る。

 

 八人のルインの一人、“七星の五”ルイン・アリオト。任務はイニシエーターの訓練である。

 

「フェクダ、今日の用事は……って、聞くまでもないわね」

 

「ええ、小町の様子を見に来たのよ。そろそろ訓練が完了する頃だから……どう? 仕上がり具合は……」

 

「見ての通りよ」

 

 アリオトがくいっと顎をしゃくって、部屋の中心で猛戦している少女達へと視線を移す。小比奈と小町の戦いは、完全に五分の様相を呈していた。モデル・マンティス、蟷螂の因子を持つ呪われた子供たちである小比奈は、モデル動物が持つ獲物を捕らえる際の瞬発力を人間サイズに当て嵌めたかのような圧倒的なスピードと、生まれながらの狩猟本能によってもたらされる独特の剣術の組み合わせによって接近戦では無敵という圧倒的自負を持ち、しかしそれを過信とは言わせない確かな実力を備えている。元とは言えIP序列134位に恥じぬ使い手である。

 

 一方、そんな小比奈と一切の武器防具を用いず無手で渡り合う小町。この事実一つだけでも、彼女が強力なイニシエーターである事を疑う余地は無い。

 

「今日の模擬戦はいわば最終調整。今の小町ちゃんはIP序列で言えば、100番台は確実なレベルに達しているわ。フェクダ、あなたのパートナーも問題無く務められる筈よ」

 

「そりゃ凄いわね。ご苦労様、アリオト」

 

「ま……私はこれが仕事だからね」

 

 二人のルインがそんなやり取りを続けていると、すぐ傍らのアーニャがくいっとアリオトの袖を引っ張った。

 

「あの、マスター・アリオト」

 

「どうしたの?」

 

「いえ……どうもあの二人……雰囲気が違うみたいで……」

 

「「え」」

 

 話し込んでいたルイン二人が視線を動かす。小比奈と小町の戦いは未だ続いていたが、しかし肌にぴりぴりと伝わってくる空気が段々と張り詰めた物に変化しつつあった。

 

「強い!! 強い!! 斬り合おう!! もっともっと斬り合おう!! ねぇ、小町!!」

 

「そだね。それに刃の使い手が二人居るのもいい加減紛らわしいし……あなたの刀と私の手足……どっちの切れ味が鋭いか、そろそろはっきりさせようか!!」

 

 あくまでも模擬戦の筈だったが、しかし些かヒートアップし過ぎているようだ。

 

「ちょっと、小町……!!」

 

「待って」

 

 二人を制止する為にフェクダが動こうとするが、アリオトに制された。

 

「心配は、要らないわ」

 

 アリオトがそう言った瞬間、小比奈と小町の二人はそれぞれ立っていた床を陥没させるような力で踏み込み、最初の一歩で弾丸さながらの速度にまで加速。眼前の相手を明確な敵と見なし、仕留める為に刃を振るう。再び響く金属音。

 

 しかし、今回は先程までと違い小比奈の小太刀と小町の手刀との間に、もう一つ挟まれていたものがあった。

 

「あ……」

 

「アーニャさん……」

 

「二人とも、そこまで」

 

 二人の間にはついさっきまでルイン・アリオトの傍にいたアーニャが割って入っていて、両側から繰り出された小太刀と手刀を、左右の腕を盾にして止めていた。今のアーニャの両腕は、刃・手刀と触れている部分が真鍮のような色と質感に変化している。無論、変わったのは外見だけではない。変化した今の彼女の肉体は、鋼鉄と同等かそれ以上の強度・密度を備えていた。

 

 ルイン・アリオトのイニシエーター、アーニャ。本名アナスタシア・ラスプーチン。モデル・スネイル、巻貝の因子を持つ呪われた子供たちである。

 

 巻貝の中にはウロコフネタマガイといって、海底の噴出口から出る熱水に含まれる硫黄と鉄を取り込み、体内の微生物によって硫化鉄に変化させて鎧のように身に纏い、外敵から身を守る能力を備えた種が存在する。ガストレアウィルスによって強化されたこの特性を受け継ぐアーニャは自分の体を生体金属へと変化させる能力を持ち、これによって彼女の肉体は硬さと柔軟性を兼ね備えた、人の手では作り出す事の出来ない素晴らしい装甲服へと変わるのだ。小比奈の小太刀をまともに受けて傷一つ付かない事実からも、その防御力の高さが窺い知れる。

 

「これ以上やるなら、私があなた達の相手をするけど?」

 

「……ん」

 

「ごめん、アーニャ。ちょっと熱が入りすぎたわ」

 

 小比奈は明らかに不承不承といった様子であったが双刃を鞘に収めて、小町も手刀を下ろした。それを見たアーニャも能力を解除して両腕を金属から生身へと戻して、続いて彼女の目からも赤色が消え失せた。

 

 そして場に、ぱんぱんと手を打つ音が響く。ルイン・アリオトだ。

 

「はい、試験はこれで終わり。小町ちゃん、最終試験は文句無く合格よ。小比奈ちゃんもご苦労だったわね」

 

「ふう……今までご指導ありがとうございました、マスター・アリオト」

 

「お疲れ様、小町。これからは私のイニシエーターとして、よろしく頼むわ」

 

「はい、マスター・フェクダ。非才なこの身ではありますが、力を尽くさせていただきます」

 

 フェクダの差し出した手を、小町が遠慮がちに握り返した。

 

「小比奈ちゃんも、ありがとうね。小町の調整に付き合ってもらえて……」

 

「別に……小町と戦えたし、パパからも手伝えって言われたから」

 

 ぶっきらぼうにそう言って、ぷいとあらぬ方向を向いてしまう小比奈。するとフェクダが入ってきたのとは反対側の扉が開いて、入室してきたのはワインレッドの燕尾服にマスケラを付けた怪人。IP序列元134位のプロモーター、魔人・蛭子影胤。

 

「パパ!!」

 

 小比奈の声色が先程までフェクダや小町を相手にしていた時からはあからさまに変わって、影胤に走り寄っていく。そんな娘の頭にぽんぽんと手を置くと、影胤はフェクダへと向き直った。

 

「お呼びでしょうか、我が三の王」

 

 シルクハットを取り、恭しく一礼する影胤。そんな部下にフェクダは手を振って「楽にして良いわ」と合図する。

 

「影胤、体の調子はどう?」

 

「ええ、アルコル様のメンテナンスと十分な休養を頂けたお陰でもうすっかり完調ですよ。いつでも戦えます」

 

「結構」

 

 フェクダは頷くと、小町の肩にそっと手を乗せた。

 

「影胤、小比奈ちゃん、そして小町……アルコルの研究……“CLAMP”の完成も間近だというこの時期に、ちょっと困った事態が起こったのよ」

 

 ぱちんと指を鳴らす。すると空間に数枚のホロディスプレイが出現した。そこにはステージⅣガストレア“アルデバラン”に関するデータや、無数のガストレアが統率された一軍のように一方向へ向けて動いている写真。東京エリア周辺の地図にガストレア群が赤い点として表示され、位置を示している画像などが表示されていた。ルイン・アリオトはふうんといった表情で、一方影胤は「ほう」と胸中の歓びを隠そうともしない声を出した。イニシエーター達はアルデバランの事を知らないので、怪訝な顔である。

 

「四番目(メグレズ)から連絡があったの。かつて双葉ちゃんの右腕だったステージⅣ、アルデバランが二千体のガストレアを率いて、東京エリアへと向かっているとね。この動きは、明らかに異常。だから、私が調査に行く事にしたわ。小町、影胤、小比奈ちゃんは私に同行して」

 

「初任務、謹んでお受けいたします。マスター・フェクダ」

 

「お望みとあらば、我が三の王」

 

「パパが行くなら。それに、延珠や綾耶にもまた会えそうだし。会いたいな♪ 斬りたいな♪」

 

 三人の仲間にそれぞれ視線を移した後、ルイン・フェクダは不敵な笑みを見せる。

 

「では、行くわよ三人とも。全ては、我等の新しき世界の為に」

 


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