ブラック・ブレット 星の後継者(完結)   作:ファルメール

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第19話 兎&象VS電気鰻

 

 東京エリア第39区、都市中心部。

 

 煌々とした月の下、蓮太郎、延珠、そして綾耶の3名はその廃墟を用心深く進んでいた。ここは聖天子と斉武大統領との第三回会談における聖天子の護送ルートの中で、絶好の狙撃ポジションと言えるポイントだった。

 

 聖居内に情報漏洩者が居る事は、聖室護衛隊も流石に気付いている。よって内部調査班によってリストアップされた容疑者には全員、偽の護衛計画書が流されていた(ちなみに蓮太郎の名前はリストのトップに、綾耶はその次に挙がっていたらしい)。この場所は、狙撃兵を誘い出す為に用意した“穴”。ティナがあくまで聖天子を暗殺しようとするのなら、その方法が狙撃であるのなら、狙うのはここしかない。

 

 無論、ティナが二度の失敗を受けて狙撃を諦めるという可能性もあるし、あまりにもあからさまなスナイピングポイントである事を逆に警戒して、罠を看破して来ないかも知れない。

 

 どちらの可能性もあるが、しかし蓮太郎はティナが来る確率は高いと見ていた。彼の予想が正しければ、狙撃事件のバックに居るのは斉武宗玄だ。そして斉武がこの東京エリアを訪れてから聖天子を狙っての狙撃が始まった事から考えるに、奴の目論見は聖天子が“悲劇”に見舞われた際に、“偶然”東京エリアに滞在していた自分が人道的見地から臨時のエリア代表として暫定的に東京エリアを統治し、後はそのまま正式に自分の支配下に置く……とか、大方そんな所だろう。

 

 つまり、タイムリミットは斉武がこのエリアに滞在していられる明日まで。彼とてエリアのトップである以上、いつまでも大阪エリアを空けてはいられない。斉武がこの東京エリアを離れるまで聖天子を守りきれば蓮太郎達の勝ち、それまでに聖天子を殺せればティナの勝ちだ。

 

「……やれやれ、来てしまったのね。ティナの事は、私がケリを付けると言ったのに……」

 

 どこからともなく、静かな声が響く。ソニアだ。3人は足を止めて円陣を組み、上方も含めた自分達の周囲を瞬きもせずに見渡す。果たしてソニアは空中からふわりと降りてきて、音も無く地面に降り立った。

 

「お前が……ソニア・ライアンか」

 

「あなたには初めまして、ね。里見蓮太郎さん……で、良いのよね?」

 

 ぺこりと、礼儀正しく蓮太郎に頭を下げるソニア。場合によっては一戦交える事もやむなしという覚悟で来ていた蓮太郎は、いささか毒気を抜かれたのを自覚した。だがすぐに気を取り直して緊張感を取り戻す。

 

「では……プロモーターとしてのあなたにお願いするわ。延珠ちゃんと綾耶ちゃんを連れて帰って、この一件からは手を引いてほしいの。無論、このエリアの統治者である聖天子の身の安全は私が保証する。その代わりあなた達も、ティナにはノータッチでお願いしたいのよ」

 

 彼女の言葉を聞いて、蓮太郎は「ああそうか」という顔になった。

 

 何故ソニアが最初の狙撃の時は銃弾を曲げるなど聖天子を助けるような行動を取っておきながら、二度目では延珠と綾耶の前に立ちはだかったのか。これまでは彼女の行動にまるで一貫性が無いように思えていたのだが、今の言葉で点と点が繋がった。……と、言うよりも、もっと早くに思い至っていて然るべきだった。

 

 ソニアは聖天子を守ろうとしていた訳でもなければ、聖天子を殺そうとしていた訳でもない。結果的には聖天子を守る行動を取りはしたが、それは彼女にとってあくまでも手段でしかなかった。ソニアの目的は、最初からティナ・スプラウトだったのだ。

 

 ティナに殺しをさせずに、尚かつ狙撃犯として捕まる事を防ぐ事。それがソニアの目的だったのなら、これまでの行動にも説明が付く。彼女とティナの間には、何かしらの個人的な関係があったのだ。

 

「……ティナ・スプラウトは、あなたにとってどんな存在なのですか?」

 

 同じ結論に至ったのだろう。綾耶が尋ねる。ソニアは少し困ったように苦笑した。

 

「……あなた達に答える義務は無い……とは、言えないわね。無理を言っているのは私の方だし」

 

 今までは紅く染まっていた瞳が、瞬き一つで本来の青色に戻る。顔には、優しい微笑が浮かんでいた。

 

「私の……大切な妹よ。本当なら、あの子に暗い道を歩かせたくはなかったのだけど……私の力が及ばないばかりにこんな事になってしまって……だから、大分遅れてしまったけど……せめて今からでも、あの子には真っ当な生き方をして欲しいのよ……」

 

「お主は……」

 

「だから、無理を言っているのは百も承知だけど……ここは私に任せて欲しいの。ティナの事は、私が必ず何とかするわ。どうにか……お願い出来ないかしら?」

 

 客観的に見て、虫の良すぎる話ではある。ティナ・スプラウトが既に二度、聖天子を狙撃しようとした事は動かせない事実。そんなテロリストを無罪放免しろなどまるで横車を押すような話だ。……と、言って簡単に「駄目だ」と返すのも考えものだ。その場合ソニアは高確率(ほぼ100パーセント)で、実力行使で以て障害となる蓮太郎達を排除し、ティナを守ろうとするだろう。プロモーター無しの単独で序列11位の超々高序列をマークし、実際の実力は一桁台にも相当するであろうイニシエーターが相手では、無論対策は講じて来たがそれでも勝ち目は薄い。

 

 更に言うのなら、ソニアがただティナを助けたいだけなら既に彼女は問答無用で蓮太郎達に襲い掛かって来ているだろう。こうして話し合いを行っている事が、最初の狙撃で銃弾を曲げて聖天子を守った事実と合わさって、彼女が約束を守ってティナに聖天子暗殺から手を引かせるという根拠に成り得る。極端な話、ソニアは(蓮太郎達がそれを信じるかどうかは別問題として)要求が受け入れられない場合は自分の磁力パワーでモノリスを解体して大絶滅を引き起こすぞと脅す事も出来るのだ。それをしないという事は、彼女が本質的に悪人ではないと見る事が出来る。

 

 ……が、百歩譲ってソニアを全面的に信じるとしても、ティナが信頼出来るかどうかは別問題である。

 

 どうするか?

 

 数秒間の間、蓮太郎は思考を巡らして……出た答えは。

 

「……分かった。俺達もお前ほどの奴とやり合いたくはないからな……」

 

「蓮太郎!!」「蓮太郎さん!!」

 

 ソニアの交渉に応じるという事は、狙撃犯を逃がすという護衛としての任務を放棄するような行為だ。延珠と綾耶が互いに咎めるような声を上げるが、蓮太郎は「俺に任せろ」と二人を制した。

 

「じゃあ……」

 

「ただしティナ・スプラウトをすぐに、確実に国外に退去させる事が条件だ」

 

 蓮太郎から出された条件は妥当、どころか最大級の譲歩と言える。これは自分の意思一つでいつでもエリアに大絶滅を引き起こせるソニアとの交渉を穏便に済ませ、かつ聖天子暗殺を失敗に終わらせられるギリギリのボーダーラインだった。斉武宗玄は、明日大阪エリアに帰国する予定だ。よってティナを今夜中に外国行きの飛行機に乗せてしまえば、聖天子を暗殺する事は物理的に不可能となる。仮にとんぼ返りで戻ってきても彼女の任務は既に失敗しているから、聖天子を狙う理由が消滅する。

 

 確実とは言えないが……高確率で、危険の排除には繋がる。ソニアもそれは説明されるまでもなく理解したようだ。成る程と頷く。

 

「まぁ……それぐらいの条件は出されて当然よね」

 

 そう言って、彼女は危険が無い事をアピールするようにゆっくりと手を動かして服の中に入れると、これまたゆっくりとスマートフォンを取り出した。画面をよく見ると通話状態で、スピーカーモードで周りの声も拾うようになっている。そして通話相手は「Tina」と表示されていた。

 

 ……つまり、今の会話は全てティナ・スプラウトにも聞こえていたという事だ。

 

「聞いていたわね、ティナ? 今すぐ聖天子暗殺を中止して、外国行きの飛行機に乗りなさい」

 

 スマートフォンから、返事は無かった。数秒して、通話状態が切られて不通音が聞こえてくる。

 

「ティナ……?」

 

「これは……!!」

 

 次に起こる事態を想像して、綾耶が身構える。そして予想に違わず、前方のビルの屋上がチカリと光った。

 

 マズルフラッシュ!!

 

 瞬時に、三人は飛び退く。動かないのは、ソニア一人。彼女は動く必要が無い。飛来した銃弾は、10メートルの距離で彼女が作り出す磁力によって空間に固定されていた。その後で磁力パワーを解除すると、ぽろりと真下に落ちて地面に転がった。

 

「エインめ……!! ティナに相当強い条件付けを行ったわね……!!」

 

 舌打ちしながらスマートフォンを握り潰して、毒突くソニア。自惚れではなく、自分とティナとの間にある絆は強いものだと確信している。にもかかわらずティナが返事の変わりに弾丸を送り付けてくるという事は……!! 恐らくエイン・ランドはイニシエーターの裏切りを防ぐ為、強力なマインドコントロールを施しているのだろう。

 

『……私のせいね……』

 

 最初期型ハイブリットのソニアには、そんな処置は行われていなかったか行われていたとしても極軽度か不完全なものだったのだろう。だからこそ彼女は死を偽装してエインの元から離れるという選択に踏み切れた訳だ。ティナ達妹世代のハイブリットにはソニアに使用された技術から得られたデータをフィードバックし、より洗練された様々な改造が肉体・精神の両方に施されているに違いない。

 

『……次会ったら、地獄を見せてから殺してやる……!!』

 

 他にも心中で思い付く限りの悪口雑言を吐きながら、しかし感情とは裏腹に思考はクールに。ソニアは頭脳を回転させる。

 

 拙い事になった。今の狙撃で、ティナは交渉に応じるつもりはないと宣言したに等しい。当然、蓮太郎・延珠・綾耶の3名は全員が臨戦態勢に入っている。これは当然の反応ではある。彼女達は聖天子を守る者。先程の交渉だって、下手しなくても彼等の立場すら危うくなるような越権行為の筈だ。そこまで譲歩したのに向こうからの返事がイエスでもノーでもなく殺意満々の弾丸では、これはもう交渉の余地無しと見られても仕方無かった。

 

『やむを得ない……!!』

 

 この時点で、蓮太郎達とソニアはどちらも話し合いのプランAからプランBへと移行した。

 

 蓮太郎達は、ティナとソニアの両名を捕縛または殺害する事。

 

 ソニアは、蓮太郎達3名を無力化した上でティナを確保して、東京エリアを離脱する事。

 

 戦闘が、開始される。

 

 ソニアの両眼が紅く染まり、全身にバチバチと紫電が走る。そうして彼女が手を上げた瞬間、蓮太郎の右手と右脚は見えない力によってぐいっと引っ張られて体は宙に浮き上がり、接合部から引き千切られそうになる。金属である彼の義肢に、マグネティックフォースが作用しているのだ。

 

「ぐっあっ……!!」

 

 呻き声を上げる蓮太郎。後数秒で、超バラニウムの手足はバラバラに解体されてしまうだろう。

 

 だが、その前に。

 

「ハアアアアアッ!!」

 

「でえええええいっ!!」

 

 延珠と綾耶が飛び込んで、蹴りと拳を繰り出す。

 

「ふっ!!」

 

 後ろに跳んで攻撃を回避したソニアだったが、これによって集中が乱れたせいだろう。蓮太郎の手足に働いていた磁力が消失する。彼はそのまま地面に落ちて、荒い息を吐いた。

 

「なら、あなた達から……!!」

 

 ターゲットを延珠と綾耶に変更したソニアが、二人へと手をかざす。しかし、彼女の磁力は二人の体に働かない。

 

「!? これは……!!」

 

 初めて、ソニアの表情に驚きが走る。

 

「ハッ!!」

 

「ぐうっ……!!」

 

 続く延珠の蹴りはガードしたが、威力は殺しきれずに後方へと弾かれる。ソニアは空中で態勢を立て直すとそのまま滞空しつつ、警戒を強くした。

 

「……そうか、延珠ちゃん……あなたのそのブーツは……」

 

「その通り!! 未織の所が突貫工事で仕上げてくれた、プラスチック製の靴底だ!!」

 

 会心の笑みを浮かべた延珠が言い放つ。

 

 ソニアの扱いについて国際的に定めたSR議定書では、彼女に対抗する為の専用武器作成も項目に入っている。

 

 具体的には、金属を一切使わないオールプラスチック・オールセラミック製の銃や刃物、地雷等だ。他にも彼女を逮捕したケースを想定して、世界の各エリアには最低一箇所は周囲5キロに数グラムの金属も持ち込まない特別製のプラスチック牢獄を設置する事が義務付けられている。ちなみにこれらを作り維持する為の費用は、全て各エリア住民の血税によって賄われている。

 

 このように生きているだけで世界中に凄まじいまでの大迷惑を掛けまくっているソニアであるが、良い所もある。金属探知機を潜り抜けるプラスチック製の銃器は、十年以上も前からそれを発見する事が要人警護の為の大きな課題となっていたのだが、SR議定書によってプラスチックの銃の配備が各国に義務付けられた事によって、それを発見する為のノウハウは大幅に進歩した。

 

 そしてもう一つ。今、延珠が履いているブーツは靴底が超高密度プラスチックに差し替えられている。普段は対ガストレアを想定したバラニウムが仕込まれているのだが、ソニアにバラニウムを近付ける事は彼女に武器を与える事と同義である為、交換してきたのだ。この短期間でそんな事が出来た事が、ソニアが世界にもたらした良い影響の一つだった。つまり、プラスチックを用いた実用的なデザインとテクノロジーが劇的な進歩を遂げたのだ。

 

 それに、綾耶も含めて二人とも磁力が反応しなかったという事は何度も金属探知機を使って、財布の中の小銭は勿論、着衣のボタンからファスナー、ブラのホックに至るまで全身から一切合切の金属を取り除いてきたのだろう。

 

「流石に、学んでるわね」

 

 感心して頷くソニア。一方で延珠と綾耶は厳しい表情を崩さない。確かにこれで直接ソニアに操られる危険は無くなったが、しかしこれはやっと彼女と勝負が出来る土俵に立ったというだけでしかない。依然ソニアの発電能力や磁力操作の力は健在である。

 

 今度は二人へと指先を向けて、そこにスタンガンのような火花が散った。ただし、その出力はスタンガンの比ではない。空気という絶縁体を経ても尚衰えない膨大な電圧電流が、二人へと向かう。呪われた子供たちと言えど肉体の基本構造は人間と同じ。強力な電気を受けては一時的にその運動機能は麻痺してしまう。そして実戦の場では、その一時的な麻痺は相手に生殺与奪を握られる事、イコール死だ。

 

 そして雷の速度は、速い。スピード特化型の延珠であっても避けられない。無論、綾耶も。

 

 だが、攻撃を受けない方法はあある。

 

「ふっ!!」

 

 綾耶が手を振ると二人へと向かってきていた稲光は、直前でいきなりカーブの軌道を描いて二人を逸れて進んでいった。

 

「!? 何……? これは……?」

 

 驚いた顔のソニアはもう一度、指先から電光を放つ。しかし結果は同じだった。綾耶が手を振ると、二人を襲う筈だった稲妻が逸れて、あらぬ方向へ飛んでいく。

 

「……そうか、これは真空放電現象ね」

 

「ご名答」

 

 にやっと、綾耶が笑って返す。

 

 電気は、より電気抵抗の少ない物体を選んで流れていく。雷のアースもその原理だし、落雷に打たれてもちょうどその時体の一部に金属片が刺さっていて、電気が全身を焼く前にその金属から放電されて奇跡的に助かった人間の話もある。同じように絶縁体である空気は、その濃度が希薄な方が電気抵抗が少ない。綾耶は両腕の吸引能力で空気を吸い込んで真空の道を作り出し、電撃をそちらへと誘導したのだ。

 

 これで、ソニアの放電攻撃は封じられた。

 

「……やるわね」

 

 先程よりも更に感心したという顔のソニアだが、焦りや動揺はそこには無い。

 

「降伏してもらえません?」

 

「それは駄目♪」

 

 綾耶からの勧告は、あっさり却下された。

 

「それに、金属を身に付けずに電撃を防いだぐらいで、私を攻略したと思うのは甘いわよ」

 

 その程度で勝てるなら、そもそもSR議定書など作られていないだろう。生徒や後輩を指導するような優しい口調でソニアは言うと、後方へと飛んでビルの中へと消えていく。延珠と綾耶もそれぞれ跳躍・飛翔してそのビルの中に飛び込んだ。

 

「気を付けろよ、二人とも……!!」

 

 二人の姿を見送った蓮太郎は自分の義足の力を開放して、跳んだ。自分の受け持ち相手である、ティナを倒す為に。

 

 

 

 

 

 

 

 電気が通っておらず、暗い室内。背中合わせに身構えて周囲を警戒する延珠と綾耶。ソニアの姿は見えない。

 

 定石通りなら、この次は暗闇に紛れて不意打ちと来るだろうが……しかし、

 

「大丈夫、延珠ちゃん。僕に不意打ちは効かないから」

 

 空気の揺れ動きを感じ取れる綾耶は、レーダーのように360度全周囲の状況を視覚に頼らず把握する。闇の中であっても不自由は無い。

 

「来た!!」

 

 早速、空気が揺れた。だが人間一人が動くレベルの大きさではない。それよりもずっと小さなものが、空中を浮いて進んでくる。

 

 数は、6。形状は球形が4、オートマチックの拳銃形が2。

 

 拳銃が空中を浮いて進んでくる事には、今更驚かない。ソニアが磁力で操っているのだ。球形の物体は、ティナが使うのと同じシェンフィールドだろう。

 

「延珠ちゃん、そこの角から銃とビットが近付いてくる!!」

 

「む!!」

 

 綾耶が指差した曲がり角を、延珠は注意深く睨み付ける。

 

「後、5秒で来るよ。4……3……2……来る!!」

 

 綾耶がそう言った瞬間、角を曲がってシェンフィールドと拳銃が姿を見せた。ここまでは予想通り。

 

「「!?」」

 

 予想を超えていたのは、そこからだった。シェンフィールドの内の2つはスコープのように拳銃のすぐ上にぴったりとくっついて動いていて、そのカメラアイがピントを調節して、二人を睨む。咄嗟に延珠と綾耶は物陰へと跳躍して身を隠す。次の瞬間、磁力の見えない手が引き金を引いて、弾丸が正確に二人の居た所を襲って床に穴を穿った。

 

「むうっ……まさか、あんな手があるとは……!!」

 

 柱の陰から様子を伺いつつ、延珠がひとりごちる。

 

 ソニアがエイン・ランドの手による機械化兵士である事から、シェンフィールドを使う事は予想の範疇。だからそれを使って、遠隔地の様子を探索しつつ攻撃してくる事もまた予想の範疇。

 

 だがソニアは、シェンフィールドを文字通り自分の目として使っている。拳銃を両手で保持して構えた時に、ちょうど射手の視線がある位置にカメラが来ている。これではソニアは、どれだけ離れた所に居ても実際にその場で銃を構えているのと変わらない。しかも、他の2機のシェンフィールドを本来の用途である偵察機として使って、微妙な位置の誤差を補正までしているのだ。遠隔操作ながら、銃撃の精度は恐ろしい水準に達しているだろう。

 

 ティナやソニアがシェンフィールドを操る原理はBMI。だから同じ原理で例えばライフルを固定砲台のように仕掛けておいてシェンフィールドによって状況を偵察、敵が射線に入った瞬間に撃ってくる……事までは事前のシミュレーションで想定していた。だが、本来は固定砲台として使うしかない筈の銃を動かし、しかも射線と視線を同期させる事までやってのけるとは……!! 固定砲台ならぬ移動砲台といった所か。

 

 機械化兵士としての能力とイニシエーターのとしての能力、その二つがティナと同じかそれ以上に噛み合っていて、本来のポテンシャルを超えて高められている。予想はしていたが、やはり恐るべき相手だ。

 

「……これが元11位のイニシエーターか……だが!!」

 

 延珠がそう呟いて、綾耶と頷き合う。

 

 そうして角を曲がってシェンフィールド付き拳銃が現れた瞬間、

 

「ハっ!!」

 

「シッ!!」

 

 延珠は小さなコンクリート片を蹴飛ばし、綾耶は腕に吸い込んだ圧縮空気をつぶてとして発射、二つの弾丸は狙いあまたずシェンフィールドのカメラに命中。そのまま内部機器を破壊して、偵察機の機能を失わせる。球形をしているシェンフィールドは衝撃に強く、外殻はバラニウム製。よってカメラアイを一撃せねば有効打とはならない。空中をくるくる回転しながら動く小さな的に当てるのは流石にこの二人をしても至難ではあるが、しかし拳銃のスコープ代わりに使っていたシェンフィールドは、その用途目的から常にカメラは銃口と同じ方向を向いていなければならない。

 

 ならば近距離であればそのカメラを撃ち抜くのは、延珠と綾耶なら難しくはあるが不可能ではなかった。

 

 続けて、偵察機として動いていた2機にも同じ攻撃を仕掛けるが、こちらはカメラを一方向に向けている理由が無いので外殻に弾かれてしまった。

 

 同時に、“目”を失って狙いを付けられなくなった二挺の拳銃は先程の精密射撃から一転、乱射してくる。だがその攻撃は、綾耶が空気のシールドで止めていた。弾切れになった拳銃は二、三回空撃ちすると、ソニアが磁力を切ったのだろう。重力に従い、床に落ちた。

 

 二機のシェンフィールドは壊れた窓から外へと飛び去っていくのが見えた。

 

 綾耶はシールドを消すと、床に落ちた弾丸をつまみ上げる。延珠はいつ次の攻撃が来ても良いように、周囲に気を配っている。

 

「これは……」

 

 摘んだ弾丸を見て、綾耶は目を丸くする。てっきり呪われた子供たちを殺傷する為のバラニウム弾頭が使われているとばかり思っていたが、弾頭は注射器のようになっている。これは、麻酔弾だ。目標に着弾するとその衝撃・圧力で、内部の薬品が注入される仕組みの非殺傷武器だ。

 

 つまりこれは、ソニアには自分達を殺す意思が無いという事だ。

 

 ……などと考えていると、今度は建物の外の空気が揺れたのを感じた。

 

「延珠ちゃん、走って!! 狙撃だ!!」

 

「っ!!」

 

 反射的な早さで延珠は駆け出して、同じように綾耶も走る。次の瞬間、ひび割れていた窓が吹き飛んで弾丸が撃ち込まれてくる。狙いは、やはり正確だ。

 

「ふっ!!」

 

 綾耶はティナの狙撃の際にそうしたように、腕の中に充填していた圧縮空気を一気に開放、暴風を起こして弾丸の軌道を狂わせようとする。だが、

 

「なっ!?」

 

 またしても思いも寄らぬ事が起こった。銃弾は、荒れ狂う風の中を少しもブレずに直進してきたのだ。

 

 これは、ティナの物とは明らかに違う。

 

 二度目の狙撃の時、ティナは綾耶が起こす風の影響を予測して、バナナシュートのように風に銃弾を乗せて曲線で撃ち込んできた。神業という言葉すら陳腐に思える絶技であるが、しかしこれは逆に綾耶が風を起こさなければ弾丸は全然別の場所に着弾するという事でもある。

 

 対してソニアが撃ち込んできた銃弾の軌道は、直線。綾耶が暴風を生み出そうが生み出すまいが、関係無く狙った場所に命中する。

 

「ど、どうなっているのだ!?」

 

 走りながら、延珠が叫んだ。銃撃は、依然自分達の後ろをぴったりとトレースして襲ってくる。

 

 二人は知らない事だが、これもソニアの力の一つだった。電気を操る能力で銃弾の表面の空気をイオン化させ、横風の影響をゼロに近付けているのだ。計算上、この処置が施された弾丸を使用すれば並の銃を持った並の射手でも、800メートルでの弾着を左右10センチにまで集められるとされていた。

 

「兎に角、延珠ちゃん!! このままじゃ的だよ!! ここはひとまず、弾丸が届かない所へ!!」

 

「うむ!!」

 

 綾耶の言葉に延珠は頷くと廊下を突っ走って弾丸が飛来するのとは反対側へと移動し、窓から飛び出す。綾耶も続いた。高さは10階ほどだが、この高さならイニシエーターの脚力ならば問題無く着地出来る。

 

 だがそうして地面へと落下している僅か数秒の間に綾耶は思考を巡らせ、覚えていた僅かな違和感について考察する。

 

 何か、違う。

 

 攻撃が緩すぎる気がする。元11位のイニシエーターと来れば、もっと自分達の想像を絶するような戦法を仕掛けてくるのではと思っていたのに。

 

『……そうじゃない?』

 

 はっ、と頭の中でバラバラだったパズルのピースが嵌っていって絵が完成するのが分かる。

 

 自分達を殺そうとするなら、もっとやりようはいくらでもあった筈だ。なのに、使っていたのは麻酔弾。明らかに、殺すのではなく生け捕りを目的にしている。つまり今のこの狙撃も自分達を殺すのが目的ではない……だとしたら次は!!

 

 ぞっとした感覚が走って体中の産毛が逆立つのが分かった。

 

「!! 延珠ちゃん!! 避けて!!」

 

「何だ、綾耶!?」

 

 だが遅かった。延珠は未だ空中で、身動きが取れない。綾耶が空を駆けて追い付こうとするが、間に合わなかった。

 

 延珠が着地しようとするその瞬間、地割れのような音と共にアスファルトが割れて、その裂け目から幾匹もの大蛇が飛び出してきた。

 

「なっ!?」

 

 否、大蛇ではない。下水管のパイプだ。

 

「うああっ!!」

 

 ソニアの磁力によって操られたそれが大蛇のように動いて、延珠の体を締め上げた。その力は強く、呪われた子供たちの力でもびくともしない。

 

「しまった……!!」

 

 綾耶は歯噛みする。自分達は攻撃を避けていたと今の今まで思っていたが、実際は全く違う。ソニアの掌の上で躍らされていたに過ぎなかったのだ。銃撃によって獲物を追い立てて特定のポイントにまで誘導し、仕掛けておいたトラップによって捕らえる。オーソドックスと言うよりもクラッシックと言った方が適切に思えるほど教科書通りの狩りの手法だが、まんまとそれにやられた。

 

 恐るべきはシェンフィールドによる偵察と磁力による銃器の遠隔操作があったとは言え、それを単独で行ってしまうソニアの手腕か。

 

「延珠ちゃん、今助ける!!」

 

 着地すると手に空気のカッターを発生させ、鉄パイプを切断しようとする綾耶であったが、ぴたりとその動きを止める。その視線の先には、鷹や狼、虎が居た。ただし、生物ではない。獣たちの体は、針金で編まれていた。綾耶はソニアが転校してきた初日に、学校の子供たちへと作って配っていた針金細工を思い出した。それがまるで怪談に出てくる美術館の剥製や学校の人体模型・骨標本のように、ソニアの磁力によって操られて動き、襲ってくる。

 

「くっ!!」

 

 綾耶が手を振って繰り出した不可視の刃が、針金の獣を切って捨てる。生物なら、それがガストレアであろうとまずこれで殺せている。だが綾耶が相手にしているのは針金であり、命の無い金属、無機物。操り手であるソニアが磁力を解除しない限り、細切れになっても動きを止める事はない。

 

「なっ!? ああっ!!」

 

 切断された針金は一瞬、空中で静止すると綾耶へと向かってきて、彼女の体をがんじがらめに締め付けてしまった。

 

 何とか針金を切って脱出しようとするが、無理だ。両腕ともがっちりと締められていて、空気が吸えない。

 

「あ、綾耶……!!」

 

 不安げな声を上げる延珠。流石の綾耶も、力無く首を横に振るだけだ。

 

 30秒ほどもそうしていただろうか。今の二人に近付いても危険は無いと判断したらしく、ビルの陰からソニアが姿を現した。

 

「ソ、ソニアさん……」

 

「お主……!!」

 

「二人とも、良い腕をしてはいるけどまだまだ私の前に立つには遠いわね」

 

 先程と同じく、ソニアは訓練や実習で生徒や後輩の成績を採点する教師や先輩のような口調だった。

 

「心配しなくて良いわよ? 殺すつもりはないから。あなた達は人質……こうなった以上私はティナを無理にでも確保して、このエリアを脱出する。その時、あなた達を無事に返す代わりに蓮太郎さんには手を引いてもらうわ」

 

「なっ……!!」

 

 顔を引き攣らせる延珠と、やはりかと難しい表情になる綾耶。今までの攻撃がどこか手緩かったのはこれが理由だった。ソニアは最初から、自分達を殺す気など少しも無かったのだ。寧ろその逆で、傷付けないように注意深くいたわってすらいた(人質は無傷であるからこそ価値がある)。逆に自分達は二人掛かりでしかも最悪の場合ソニアを殺す事すら視野に入れていた。ここまで意識の差がありながら、尚かつソニアは直接対峙する事すら無く、自分達二人を全く無傷で制圧してしまったのだ。相手を殺さずに無力化する事は、殺す事よりずっと難しいと言うのに。

 

 序列1000位のイニシエーターである延珠と、それと同等近い実力者である綾耶の二人を同時に相手にして、尚もその差が分からぬ程に隔たる絶対的な実力。

 

 これが、元11位。これが、ソニア・ライアン。

 

「さて、あなた達にはこれから私と一緒に来て……?」

 

 そう言い掛けたソニアは、違和感に気付いた。

 

 綾耶の顔だ。笑っている。諦めて自嘲の笑いではない。明らかに、未だ残っている何かを信じている笑み。既にがんじがらめに縛り上げられて、パートナーである延珠も戦闘不能状態。これ以上、打つ手は何も無い。万策は、尽きた筈なのに。

 

 この時点でソニアは、一つだけ見誤っていた。

 

 それは将城綾耶の属性。延珠のような策を弄さない「武闘家」だと思っていた。だが違う。実際には、綾耶の属性は「兵士」。目的達成の為にはあらゆる手段を肯定する。武器を使えばトラップも仕掛ける。

 

『……何かある!!』

 

 反射的に、ソニアが背後を振り返る。その時だった。大きな瓦礫の向こう側から、小さな影が飛び出してきた。

 

 長袖のワンピースにスパッツを履いた少女。元千番台のイニシエーター、モデル・ドルフィンの千寿夏世だ。

 

「!!」

 

 今、ソニアの表情に初めて焦りが表出して、冷や汗が吹き出す。

 

 繰り返すが綾耶の真の属性は「兵士」。目的達成の為にはあらゆる手段を肯定する。武器の使用、トラップの敷設、そして……『伏兵』を仕掛ける事も。

 

 ソニアはいつの間にか、戦っているのは延珠と綾耶の二人だけだと思っていたが、それは勝手な思い込みだった。否、それこそが綾耶の策だった。延珠も、そして自分自身すらも捨て駒とした、序列11位を倒す為の捨て身の策。彼女は最初から、自分と延珠だけではソニアを倒せない事など織り込み済みだったのだ。

 

 夏世が手にしているのは、SR議定書で作られたプラスチック拳銃。銃口はぴったりソニアを向いている。彼女の腕で、この距離なら絶対に外さない。

 

 このタイミングでは避けられない。そして防ぐ術も、もうソニアには無い。プラスチックの弾丸には磁力は作用しない。電撃で弾丸を溶かすにもそんな熱量を発生させる時間が無い。鉄骨や下水管を操って銃弾をガードする、もしくは夏世にぶつけるにしても、間に合わない。夏世自身も、当然ながら金属は身に付けていない。

 

 綾耶の策は、彼女自身すら信じられないぐらいきれいに決まった。

 

 拳銃が、火を噴く。

 

「勝った!!」

 


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