ブラック・ブレット 星の後継者(完結)   作:ファルメール

19 / 42
第18話 イニシエーター、ソニア・ライアン

 

「敵……だと? お主が!?」

 

「ソニアさん、冗談は……!!」

 

 綾耶と延珠は目の前に現れた新手のイニシエーターを見て、愕然とした顔でそう言うのが精一杯だった。

 

「冗談じゃないわよ。流石にこんな事、冗談では言えないわ」

 

 と、ソニア。敵と名乗ったにも関わらずその佇まいはゆったりとリラックスしていて、戦いの緊張などまるで見られない。

 

「まぁ……信じる信じないはどちらでも良いわ。それより二人とも、ここから先へ進むのは止めなさい」

 

「お主は……!!」

 

 動けない延珠は、自由になる口を動かしてじっとソニアを睨む。ティナを追い掛けている自分達の前に現れてこの先へと行くなと言う。つまり、彼女はティナと共犯という事なのか? 表情からその疑問を読み取ったソニアが頷く。

 

「ティナの事は、全て私がやるわ。あなた達はこれ以上の手出しは無用に願うわ」

 

「……一つ、答えてもらえませんか?」

 

「ん?」

 

「先日の狙撃事件で、銃弾を曲げたのはあなたですか?」

 

 綾耶の問いに、ソニアは答えなかった。代わりにそっと右手を差し出す。

 

「うわわっ!?」

 

「え、延珠ちゃん?」

 

 すると延珠の体が、ふわりと空中に浮き上がって2メートルぐらいの高さで止まった。驚いた綾耶が延珠を風船のように掴んで下ろそうとするが、今し方足が屋上の床に固定されてしまった時のようにびくともしない。これはつまり、延珠の動きを止めていたのソニアの仕業だったという証明だ。

 

「手出しは無用、と言ったわよ」

 

 ソニアが軽く手を払う動作をする。すると今度は、

 

「う、うわああああああっ!!」

 

 何も触れてもいないのに空中の延珠の体がトラックにでもぶつかったかのように吹き飛ばされて、夜の闇に消えていく。

 

「延珠ちゃん……!! くっ!!」

 

 綾耶は一瞬遅れて跳躍すると、飛翔して延珠を追い掛ける。延珠の力はあくまでも脚力。足場の無い空中では発揮出来ない。いくらイニシエーターの身体能力と再生能力と言えど、ビルの高さで頭から落ちればただでは済まない。死にはしないまでも後遺症が残る可能性も十分にある。

 

 ソニアはそれを知っていて延珠をぶっ飛ばしたのだ。そして延珠が危機に陥れば、綾耶が助けに動く事も計算に入れていたに違いない。一人を無力化する事で、もう一人も追撃出来なくする。近代戦の教科書のような戦法だ。明らかに訓練され、戦い慣れている。

 

 綾耶は飛びながら、そんな事を考えていた。ちらりと背後を振り返ると、屋上に立つソニアが手を振るのが見えた。

 

 延珠には、すぐに追い付いた。手足をばたつかせながらビルの谷間を落ちていく彼女は自分に向かって飛んでくる綾耶の姿を認めると、手を伸ばす。綾耶も同じように手を伸ばして、親友の手をしっかりと掴んだ。同時に空いている方の手から素早く空気を噴射して空中で体勢を整える。

 

「大丈夫? 延珠ちゃん……」

 

「すまぬ、綾耶。不覚であった……!!」

 

「いや……」

 

 綾耶は首を振る。

 

 状況から判断してソニアが銃弾を曲げた「X」だと思ってまず間違いはない。味方だとは思っていなかったが、彼女はティナ・スプラウトの事を知っていた。敵もしくはそれに限りなく近い存在だと考えるのが適切かも知れない。そして手も触れずに銃弾を曲げ、延珠の動きを止め、空中に浮かせて吹き飛ばしたあの力。ソニアはエレクトリックイール、つまりデンキウナギのイニシエーターだと名乗っていたから、未織が推測していたように発電能力の応用で作り出した電磁場なのだろうが……

 

「……作戦を、立て直す必要があるね」

 

 早急に、そして大幅に。

 

 

 

 

 

 

 

<ソニア・ライアンやて!? 本当に、そのイニシエーターはそう名乗ったんやな!!>

 

 対策を検討する為に綾耶が未織に連絡を入れ、そしてソニアの名前を伝えた途端、電話越しの彼女は明らかに動揺した声を上げていた。その後「すぐ折り返しウチから掛け直すから」と言って通話が切られて数分後、綾耶は1コールしない内に通話スイッチを入れた。

 

<緊急で対策会議を開くで。里見ちゃんや延珠ちゃん、木更にも連絡を入れてくれるか? 室戸先生にもアドバイザーとして参加してもらえるよう交渉するんや>

 

 一時間後、司馬重工本社ビルの地下会議室には未織、蓮太郎、木更、延珠、そして綾耶が集められ、菫も映像通信で会議に参加する運びとなった。

 

「……話は聞いたわ。延珠ちゃんと綾耶ちゃん、確認するけどあなた達が会ったそのイニシエーターは本当にソニア・ライアンだったのね?」

 

 話を最初に切り出したのは木更だった。しかし今の彼女は、蓮太郎や延珠が見た事もないほどに真剣な顔をしていた。

 

「うむ、あれは間違いなくソニアだったぞ」

 

「延珠ちゃんに同じです」

 

 二人の回答を受けて、未織は手元のコンソールを操作する。すると、大型モニターの一つにイニシエーターのバストアップ写真が表示される。思わず息を呑むイニシエーター二人。写っていたのは確かに彼女達が知っているソニア・ライアンその人だった。

 

「……この子で間違いないな?」

 

「……うむ」

 

「間違いありません」

 

<……だとするなら、これは最悪の事態と言っていいだろうな>

 

 机に置かれたノートPCの画面の中で、菫が渋面を見せる。

 

 木更、未織、菫は事情を知っている一方で、蓮太郎、延珠、綾耶は訳が分からない。この温度差から居心地の悪さを感じて、蓮太郎が手を上げた。

 

「なぁ……質問良いか? そもそもそのソニア・ライアンってのは何者なんだ?」

 

 問いを受け、事情を知っているメンバーは一様に呆れ顔になった。特に木更などは「民警やってるならそれぐらい知ってなさいよ」とでも言いたげである。菫も<はぁ>と溜息を一つ。

 

「まぁ、ええやないか。情報の整理も兼ねて、一から説明しよやないか」

 

 未織はそう言って再びコンソールを叩く。するとホロディスプレイの画面一杯に表示されていた写真が8分の1ぐらいの大きさになって、空いたスペースに詳細な情報が表示されていく。

 

 

 

【名前:ソニア・ライアン、国籍:米国、年齢:9歳(当時)、プロモーター:エイン・ランド、モデル:エレクトリックイール(デンキウナギ)、序列:11位(当時)、機械化兵士計画『NEXT』による最初期の強化兵士……】

 

 

 

 次々に現れていくデータは、蓮太郎の顔から血の気を引かせるのに十分なものがあった。

 

 序列11位だと? あの魔人・蛭子影胤と小比奈ペアでさえ序列は134位だった。それより100位以上も高い。単純に考えて、世界にソニアよりも強いペアはたった10組しか居ない計算になる。

 

 だがその時、横合いから掛けられた菫の言葉が、そんな考えさえまだ甘かった事を彼に突き付ける。

 

<蓮太郎くん、もし君が当時11位という序列からソニア・ライアンが世界で11番目に強いイニシエーターと思っているのなら……残念ながらそれは間違いだ>

 

「え……」

 

<彼女のプロモーターだったエイン・ランドは科学者であり、戦闘力は皆無だ。それは昔一緒に仕事をしていた私が保証する。恐らく奴は安全な場所から無線か何かで指令を出しているだけに過ぎないのだろう>

 

「それはつまり……」

 

 青ざめた顔で発言した木更を見て、画面の中で菫が頷く。

 

<当時11位という序列は、イニシエーターである彼女一人の力によって保持されていたという事だ>

 

IP序列はイニシエーターとプロモーターが挙げた功績に加えて、両者の戦闘力の総合値で算出される。11位という超々高位序列がイニシエーター単独の実力によって叩き出されるなど、ありえるのだろうか。

 

「しかし、おかしくはないか?」

 

 これは延珠の発言である。

 

「妾達は前にティナ・スプラウトの情報を調べる為にIISOのデータベースを見たが、11位のイニシエーターはソニアとは似ても似つかぬ女だったぞ?」

 

「……それは、当然やね。書いてあるやろ? ソニア・ライアンの序列は“当時”11位やと」

 

「当時……って」

 

「突然やけど里見ちゃん、撃破済みのステージⅤガストレアとそれを倒したイニシエーターの序列……全部言えるか? 里見ちゃんが倒した天蠍宮(スコーピオン)以外で」

 

 急に話題を振られた蓮太郎だが、これは民警としては常識中の常識。すぐに答える。

 

「あ、ああ。1位のイニシエーターが倒した金牛宮(タウラス)、ドイツの2位が倒した処女宮(ヴァルゴ)、アメリカの当時11位が相打ちで倒した天秤宮(リブラ)……って」

 

 はっとした表情になった蓮太郎。その顔からは、先程よりも更に血の気が引いてコピー用紙のようになっている。言いたい事を彼が察したのを読み取って、未織が頷いた。キーボードを叩くとソニアのデータに重なるようにして、ムカデの体に爬虫類の頭を付けたような異形のガストレアの画像が表示される。これは蓮太郎も民警資格を取得する際の講習で見た事があった写真だ。ゾディアックガストレアの1体、疫病王・リブラ。

 

「そう、ソニア・ライアンこそがリブラを倒したイニシエーターなんよ。彼女とリブラが戦ったネヴァダ砂漠では、周囲数キロに渡って砂がガラス化するほど膨大な熱量の放出が確認されとる。戦闘終了後に完全装備の調査班が調べた所、バラバラになったリブラの残骸は確認されたが、ソニア・ライアンは遺体は見付からずプロモーターの元へ戻ったという報告も無かった。この事からIISOはソニアはリブラと相打ちになったと発表してMIAに認定、登録から外したんや」

 

「MIAというのは?」

 

「Missing In Action……作戦行動中行方不明……実質的な戦死ね」

 

 綾耶の質問には、木更が答えた。

 

「ステージⅤを倒したイニシエーター……」

 

 恐るべき事実を突き付けられて、今日の蓮太郎の顔色の悪さは底を突き破って更に悪くなっていく。ここまで来ると哀れに思える程だ。ゾディアックを倒したという結果だけ見れば彼とてソニアと同等の存在だが……そこに至るまでの過程が大きく異なる。天の梯子という戦略兵器クラスの切り札を使ってやっと倒した自分に対し、表示されている情報を見る限りソニアは丸腰か、持っていたとしても携行可能なぐらいの装備しかなく、それでステージⅤを倒したのだ。単純な戦闘力では、天と地以上の開きがある。

 

「……更に言うなら、当時11位というこの序列にはリブラ撃破の功績は加味されとらん。軍の階級とは違うからな。死んでも二階級特進とかは無いんや。もしその戦果も合わせて序列を再計算するとしたら……間違いなく一桁台に入るやろな」

 

 これだけでも十分すぎるほどに絶望的な事実を突き付けられたが、しかし現実はこの程度で許してはくれなかった。

 

<そして……備考欄に書かれているな? 彼女は『NEXT』の強化兵士。ティナ・スプラウトと同じでイニシエーターとしての能力以外に、機械化兵士としての力も併せ持っているという事だ>

 

「……具体的に、ソニア・ライアンはどんな事が出来るんだ?」

 

 疲れた顔で、蓮太郎が尋ねる。ソニアがブッ飛んで強いイニシエーターである事はもう十分に分かった。それよりも今は彼女の能力を知り、出来る事と出来ない事をしっかり把握して対策を立てる事が肝要だ。

 

「……確認されている限り、彼女の主な能力はデンキウナギの因子による発電能力と、それを応用して作り出した磁場による金属のコントロールや。ただし、そのどちらも規模がハンパやない」

 

 再び未織がコンソールを操作すると、炭化して黒コゲになったガストレアの死体が見渡す限りの大地一面に転がっている写真が空間に現れた。数は、目測ながら軽く三百あるいは五百か。階梯はステージⅠからⅣまでまちまちだ。この写真が意味する所は……聞くまでもない。

 

「これは2年前、まだイニシエーターになったばかりのソニアが初任務でたった一人で、ほんの一時間足らずの間に掃討したガストレア群や。しかも、全くの無傷でな。この派手過ぎるデビューで彼女はいきなり序列1000番台に認定され、世界中にその名を轟かせたんや」

 

 説明しつつ、鉄扇を振る未織。すると今度は巨大な橋が中程から切り離されて、引き千切られた部分が空中に浮かんでいる写真と、潜水艦が水面から数十メートルも離れた空間に浮遊している写真、野球場が丸ごと空に浮き上がってドーナツのようなシルエットを地面に落としている写真の3枚が表示された。

 

 蓮太郎も延珠も綾耶もこれは何かの合成写真かSFXかそれともCGかと思ったが、未織と木更と菫は違っていた。

 

「ま、まさか……」

 

 脳内の想像を否定して欲しくて綾耶は縋るような目を向けるが、未織は首を横に振って応じた。

 

「残念やけどこれは特撮でも何でもない、実際に起こった記録や。さっきも言った通りソニア・ライアンは発電能力を応用して電磁石のように磁力を作り出し、金属を自在に操れる。そしてそのパワーは尋常やない。金門橋は引き千切る、排水量9000トンもある原子力潜水艦は釣り上げる、挙げ句はシティ・フィールド……ニューヨークメッツのホームグラウンドやけど、そのスタジアムを持ち上げる……やりたい放題やな。まだまだあるで」

 

<……地磁気という言葉があるように、我々が生きているこの地球はそれ自体が一個の巨大な磁石だ。彼女は地磁気からパワーを引き出して、電磁誘導によって発電機のように自分の電力に変換、通常時を遥かに超える膨大な電力を操ったという記録がある。事実上、ソニア・ライアンは地球に居る限り無限のエネルギーを行使出来ると言っても過言ではない>

 

「更に、彼女は適正な条件さえ整えれば自分が作り出す磁界を星の磁場とシンクロさせて、地球のどこにでも狙った所に大規模な地殻変動を引き起こす事さえ出来るらしいわ。地震を発生させたり、火山を噴火させた記録さえあるのよ。それが二つ名である『星を統べる雷帝(マスターオブライトニング)』の由来ね」

 

 未織、菫、木更の順番に語られたソニアの能力は、もう悪夢を通り越して笑えてきた。まるで子供が考えたスーパーヒーローのようだ。

 

<更に……>

 

「……まだあるのか?」

 

 モニターの中の菫が何やら言い掛けたのを見て、蓮太郎は疲れた表情だ。もう、何が来ても驚かない自信がある。

 

<彼女の力で特筆されるべきは攻撃力やその効果範囲ではない>

 

「……って言うと……」

 

<彼女は磁力で金属を自在に操る……それは、バラニウムだって例外ではない>

 

「なっ……!!」

 

 何が来ても驚かないと思っていたが、予想はあっさりと覆された。

 

 呪われた子供たちは体内に保菌するガストレアウィルスによって高い再生能力を持つ。よって呪われた子供たちを殺傷するには脳か心臓を一撃で破壊する以外には、再生能力を無効化するバラニウムの武器を以て行うのが現実的な手段と言える。

 

 そこへ行くとソニアは弱点であるバラニウムを無力化してしまう、どころの騒ぎではない。どれだけ大量のバラニウムを持って行っても、彼女に武器を提供しているだけの結果に終わってしまうのだ。延珠の動きを止めて空中に吹き飛ばした時も、ブーツの靴底に仕込まれたバラニウムに磁力を作用させたのだろう。

 

「地球規模で能力を行使し、バラニウムを操るイニシエーターなど世界に彼女一人。しかもその力である電磁力は金属の存在が切っても切れない文明社会の中では無尽蔵の武器を操れる無敵の能力に等しく、更に現在の世界ではいとも容易くモノリスを分解して、エリアに大絶滅を引き起こす事が出来る戦略兵器にも等しい……戦闘で戦術的に彼女に勝てるイニシエーターは居ても、戦争で戦略的に彼女に勝つ事は世界中のどんな軍隊にも不可能。故に彼女は一国の軍事力をも遥かに超える脅威であるとIISOに認定され、SR議定書が制定されたのよ」

 

「SR議定書……」

 

「そう、SR……つまり、Sonia Ryan議定書。彼女の取り扱いについて、国際的に定めたものよ」

 

「……妾達はそんな奴と戦うのか……?」

 

 ゾッとした表情で、延珠が溢した。話を聞く限り、ソニアは生まれる世界を間違えている気さえする。ボクシングに例えるならこっちがフライ級なのに、あっちはヘビー級だ。

 

「戦う必要は無いよ」

 

 と、綾耶が断言する。

 

「どういう意味だ?」

 

「ソニアさんが、僕達の敵じゃないって事ですよ。蓮太郎さん。少なくとも、僕達を殺したり聖天子様を暗殺したりするのが目的じゃないのは分かりますよ」

 

「根拠はあるのか?」

 

「ええ。僕達を殺したいなら一時間前に出会った時にそうしている筈だし、学校とかでいくらでもチャンスはあった……それに聖天子様を殺したいなら、わざわざ銃なんか使わなくても、金属を操る力でリムジンをひっくり返してしまった方がよっぽど確実で手っ取り早いし、証拠も残らず事故として片付けられる。第一、最初の狙撃事件で弾丸を曲げた理由が説明出来ないし……」

 

「……確かにそうだが。じゃあ、奴の狙いは何だ?」

 

 聖天子を守りたいだけなら蓮太郎達の前に堂々と名乗り出て、協力を申し出れば良い。

 

 逆に聖天子を殺したいなら、今し方綾耶の言った通り狙撃などよりずっと確実な方法がある。

 

「分からないわね……」

 

 腕組みした木更が、首を捻って唸る。

 

「だから、ソニアさんとちゃんと話し合ってみたいんですけど……」

 

「せやけど、最悪の事態は常に想定しておくべきやろ。少なくともソニア・ライアンがこの一件に関わる気があるのは明白や。そしてウチ等の味方やない……という事は、敵になる可能性があるという事や」

 

<私としては、この一件からはすぐに手を引けと言いたいな。相手は実力的には序列一桁にも並ぶであろう怪物イニシエーター。延珠ちゃんと綾耶ちゃんが二人掛かりでも勝ち目は……恐らくは一割を切るだろう>

 

 菫の意見も尤もではある。蓮太郎、延珠、綾耶の三人はそれぞれ司馬重工製のシミュレーターを使った訓練を行った事がある。その時に出た数値は、仮に通常時の蓮太郎の戦力を100パーセントとした場合、義眼使用時の蓮太郎が2200パーセント、義手と義足を使用した場合はざっと3倍の6600パーセント。延珠が8600パーセントで、綾耶は8450パーセント。綾耶は周囲に水が大量にある環境下では4倍近い33000パーセントにまで跳ね上がる。

 

 その33000パーセントの綾耶ですらゾディアック・ガストレアが相手では少しもダメージを与えられず足止めが精一杯。そんなゾディアックを倒したソニア。このようにして比較すると、彼女の強さがどれだけ常軌を逸し、常識を超えているかが分かる。50000か100000か。否、最早数字など何の意味も持たない領域にまで到達しているのだろう。

 

<……止めろ、と言っても聞きはしないのだろうね>

 

 返ってくる答えが分かり切っているから、菫は敢えて問う事はしなかった。がりがりと頭を掻いて、椅子に座り直す。

 

<分かった。何とか、君達が殺されないように考えようじゃないか。ただし、あくまで話し合う事を第一として、戦う事はそれが上手く行かなかった時のプランBとする事は約束してくれ>

 

「分かった」「承知した」「分かりました」

 

 三者の声が揃って返ってきたのを受け、菫はひとまず納得したようだ。溜息を吐いて、リラックスした風にもう一度座り直した。

 

「けどソニア・ライアンと戦う場合、やるのは延珠ちゃんと綾耶ちゃんの二人やで」

 

「何で……!!」

 

「里見くん、君は自分の手足が何で出来ているか忘れたの?」

 

 未織の意見を受けての蓮太郎の抗議は、木更に封殺された。

 

 蓮太郎の右手・右脚は超バラニウムの合金製。金属を操るソニアが相手では戦う戦わないの前に、対峙した瞬間バラバラにされてしまうのがオチだ。仮にその特性が無かったとしても、ソニアはイニシエーターであると同時に機械化兵士でもある。機械化兵士の力が素体にプラスする値が菫の「新人類創造計画」とエイン・ランドの「NEXT」が同じだと仮定した場合、後に残るのは人間とイニシエーターとの埋めがたい差だ。

 

 戦闘になった場合、生き残る可能性はイニシエーターである延珠と綾耶の方が遥かに高い。

 

「ソニアの強さは良く分かったが……だが、奴はゾーンではない。ならば妾達でも、倒せない敵ではないと思うが……」

 

 延珠の言葉に、PC画面に映る菫が<何っ?>と椅子から身を乗り出していた。

 

<それは、確かなのか?>

 

「ええ……確かに、今まで何度もソニアさんとは話したりしましたけど、首の後ろがビリビリする事は一度もありませんでした」

 

 綾耶からもそう言われて、菫が首を捻る。

 

 ゾディアックの一角たるリブラを落とし、惑星をも意のままに動かし、序列一桁に並ぶ力を持つであろう最強のイニシエーターの一人。それがゾーンでないなど有り得るのだろうか?

 

 疑問はあるが、しかしゾーンについては菫も分からない事が多いし、重要なのはソニアがゾーンか否かではない。

 

「ゾーンであろうとなかろうと、ソニア・ライアンがずば抜けて強力なイニシエーターである事は間違いないわ。その彼女と戦う事になった場合、どうするのかを皆で考えるのよ」

 

「……それについては、ウチも木更と同意見やね」

 

 未織が鉄扇で掌を叩いて、気持ちの良い音を立てる。

 

「SR議定書では対ソニア・ライアン用の武器も設計され、警察やSPに一定数を配備する事が義務付けられとる。当然、司馬重工にもあるで。ウチからはそれを提供する。その上で全員で作戦を立てよやないか」

 

 

 

 

 

 

 

『少し、良いですか? そのストーブに、当たらせてもらっても……』

 

 始まりは雪の降る夜だった。ゴミ捨て場で、ソニアはまだまだ使えるのに捨てられてしまった電気ストーブを自分の電気で動かして暖を取っていた。そこにふらりとやって来たのは、彼女と同じようにボロボロの服を着た少女だった。

 

『ん……』

 

 ソニアは無愛想に頷くと、ストーブの真っ正面から少し脇へと動いて女の子が座る場所を空けてやった。少女はぺこりと頭を下げて、彼女のすぐ脇へと座り込むとかじかんだ手をストーブにかざす。

 

『……食べる?』

 

『あ、はい……ありがとうございます』

 

 半分ぐらいの大きさになった板チョコを、ソニアは少女へと差し出した。少女は最初は戸惑っていたようであったが、その時彼女のお腹がぐるると鳴ったのをソニアが耳ざとく聞き付けてくすくす笑うのを見ると、顔を赤くしながらチョコレートを囓った。ソニアは少女がチョコを食べ終えて人心地付くのを待って、それから切り出した。

 

『……私は、ソニアよ。あなたは……?』

 

『ティナ……ティナ・スプラウトです』

 

『そう……一緒に来る? ティナ』

 

『はい』

 

 それから、二人はいつも一緒だった。

 

 ティナはソニアの事を「お姉さん」と慕って、ソニアもティナの事を実の妹のように可愛がった。二人とも、自分が相手に救われているのを知っていた。

 

 ソニアは父の顔も母の顔も知らない。生まれ持った紅い目と異能の力を疎まれ、捨てられたのだ。

 

 物心付いた時から、その力を使って他者から欲しいものを奪い取るだけの悪鬼の生活を続けていた。

 

 ティナとの出会いは、そんなソニアにとって大いなる転換点だった。彼女はティナと出会えて、人間になれた。ぬくもりを与えられて、与える事を知った。想い、想われる事を知った。

 

 だが、呪われた子供たちである彼女達の生活は貧しく、厳しい。元々一人だけでもギリギリの生活だったのだ。二人となれば、より苦しくなるのは自明の理だった。

 

 金が要る。だが、誰かを傷付けて奪おうという選択肢は、もうその時のソニアからは失せていた。

 

 ちょうどその少し前から、外周区の廃墟に呪われた子供たちの死体が打ち捨てられているのを彼女は知っていた。珍しい事ではないが、しかしそれらの死体は一様に切り刻まれていて身体の一部が欠損していたりするのも少なくなかった。拷問やサディスティックな嗜好からそうしたものとは全く違う。筋肉の流れに沿って切られていて、明らかに専門知識を持った者が外科手術で付けた傷だった。

 

『ある科学者が呪われた子供たちを使って何かの実験をしている。より強力なイニシエーターを、人工的に創り出す為に』

 

 情報屋からそこまでの情報を得ると、ソニアはまず死体を捨てに来たガラの悪そうな連中をとっ捕まえて締め上げ、その後はイモヅル式に次々とバックにいた者達を炙り出してはぶちのめし、最終的には黒幕である四賢人の一人、エイン・ランドにまで行き着いた。

 

 殺そうと思えばいつでも殺せる相手に向かって、ソニアは言った。

 

『教授、取引をしましょう。あなたの実験に、強力な呪われた子供たちを提供する。その代わりに、人生が買えるぐらいのお金が欲しい』

 

 1000番台のイニシエーター複数名を含む腕利きの護衛を全滅させて現れた一人の少女。脅迫半分のその申し出を受けてエインは差し出された小さな手を握り返し、取引は成った。

 

 かくして機械化兵士となったソニアはエイン・ランドのイニシエーターとして活躍し、序列の階段を駆け上がっていく。

 

 報酬としてエインから受け取った金の八割は、ティナへと渡した。これで彼女は暖かい布団で寝て、飢えに苦しむ事は無くなるだろう。

 

 そう、思っていた。

 

 半年後、ソニアはどれほど自分が世間知らずでお花畑な脳味噌をしていたのかを思い知る事となった。

 

 エインから、自分の後継だと紹介されたイニシエーター……彼女の名前は、ティナ・スプラウト。

 

 何の事はない。ティナと彼女との関係など、エインはとうの昔にお見通しであったのだ。その上でティナをイニシエーターとする事で、ソニアは逆らえないよう首輪を付けられた状態となってしまった。

 

 その後は漫然と、ただ機械的に与えられた任務をこなすだけの日々が続く。ティナを危険な目に遭わせない為に危ない橋を渡った筈なのに、どうしてこうなってしまったのか。エインはイニシエーターとなったのはティナが志願しての事だと聞かせてくれたが、「何故こんなバカな事を」とティナを責める気持ちすら、ソニアにはもう湧いてこなかった。

 

 エインはその後も最強の機械化兵士を創造する研究を続けて、彼女やティナの妹世代に当たるイニシエーターの機械化兵士”ハイブリット”が増産されていく。一方でその何倍何十倍もの数の少女達が、実験室に消えていく。

 

 だが、それを目の当たりにしつつもソニアは何の感慨も湧かなくなっていた。

 

 そんな時間は、彼女が9歳になるまで続いた。

 

 ルイン・ミザールと名乗る女と出会うまで。

 

 彼女達“ルイン”は自分達の理想を実現する為に強いイニシエーターを求めていて、ソニアを仲間に加えに来たのだった。

 

『……良いわよ。あなた達が真に私達、呪われた子供たちの未来を創ると言うのなら、私の力をあなた達に貸すわ。でも、それが偽りであった時は、私があなた達を殺すわ』

 

 ルイン達とソニアの間で、契約は為された。

 

 彼女達からガストレアウィルス適合因子を移植され、浸食率の枷からも解き放たれたソニアはゾディアックの一角たるリブラと戦い、相打ちになったと見せ掛けて自らの死を偽装し、エインの元から離れ、ルイン達の元へと身を寄せて来るべき時を待つ。

 

 彼女の目的は、ティナを初めとする機械化兵士のイニシエーターを自由の身とする事。

 

 その、最初の機会が訪れた。この東京エリアで。

 

 イオノクラフトの原理によりふわふわ宙に浮きながら、東京エリアの夜景を眼下に臨むソニアは懐からピンボケした写真を取り出す。そこに写っているのは、今よりも幾分幼いティナと自分だ。あの頃は幸せだった。今と違って寒さに眠れぬ夜を過ごしたり、飢えに苦しんだりもしていたが、それでも幸せだったと言い切れる。

 

 もう、あの頃には戻れない。戻るには、あまりにも多くが変わり過ぎてしまった。あまりにも多くのものを捨ててきてしまった。

 

 それでも、あの子には。

 

 血は繋がっていないけど、心が繋がった妹には日の当たる世界で生きて欲しい。

 

「だから……待っていてね。ティナ……お姉ちゃんが、必ずあなたを……あなた達を自由の身にしてみせるから……」

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、聖天子と斉武宗玄との三回目の会談の日時が決まった。

 

 聖天子を守る者、蓮太郎、延珠、綾耶。

 

 聖天子を殺す者、ティナ。

 

 ティナを守る者、ソニア。

 

 各人各様の想いを胸に、決着の時は迫る。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。