ブラック・ブレット 星の後継者(完結)   作:ファルメール

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第01話 イニシエーター・将城綾耶

 

「……はい、該当地域を当たっていますが、今のところそれらしきガストレアは確認できません……はい、発見次第殲滅し、目的の物を回収します……はい、次の定時連絡は一時間後に」

 

 型通りの報告を終えると、将城綾耶(まさきあやや)は相手が通話を切った事を確認して、スマートフォンを懐に仕舞った。気温も快適、湿度も快適なこの春先。仕事さえなければのんびりと花見と洒落込むか昼寝でも楽しみたい所ではあるのだが……残念ながらそうも言っていられない。

 

 非正規ではあるが彼女はイニシエーターで、そして今は彼女のプロモーターから命令が出ていた。

 

 この地域に入り込んだガストレアを殲滅し、”巻き込まれた”ケースを回収せよ、と。

 

「それに仕事でなくても、知らんぷりなんて出来ないよねぇ……」

 

 きょろきょろと、視線を動かす。ここは住宅地。こんな所でガストレアに襲われた感染者が出たら、その感染者がガストレア化して人間を襲って、襲われたその人がまたガストレア化して……と、倍々ゲームであっという間に感染爆発(パンデミック)の地獄絵図だ。呪われた子供だとかイニシエーターであるかとか以前に、良識ある一人の人間としてそんな光景が見たいとは思わない。

 

「まずは、このブロックから……」

 

 始めようかな、と呟きかけたその時だった。

 

「蓮太郎の薄情者めぇぇぇっ!!!!」

 

 家一つぐらいを隔てた向こうから、少女の甲高い怒りの叫びが聞こえてきた。

 

「!! ……あの、声は……」

 

 綾耶は聞き覚えのあるその声の主の元へと向かう。ほんの少し膝を曲げただけの跳躍で一戸建て住宅の屋根の上にまで跳躍し、次のジャンプで遥か高空にまで舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おのれ、ふぃあんせの妾をよもや振り落として行くとは……!!」

 

 ぶつぶつと怒りを口にしながら、しかし藍原延珠は依頼があった住所へとひた駆けていた。いくら急いでいたとは言え自分を自転車から落としていくパートナーには思う所もあるが、かと言ってプロモーターだけでガストレアと交戦させようなどとは夢にも思わない。お灸は据えてやらねばならんが、それもこれも仕事を果たしてからだ。

 

 ……などと考えつつ走っていると、

 

「お嬢ちゃん、ちょっと良いかな? 道を聞きたいんだけど」

 

 すれ違った男から、声を掛けられる。ちらりと彼の方を振り返って、延珠はばっと後方に飛んで間合いを開けた。彼女のこの反応を、男は不審者に声を掛けられて警戒してのものだと判断したらしい。「ちょっと待ってくれ、怪しい者じゃない」と、出来るだけ穏やかな口調で話し掛けてくるが……過剰とも思える延珠の態度は、それだけではなかった。

 

「……お主、自分がどうなっているのか、分かっていないのか?」

 

「え? 何を言って……」

 

「妾にはどうしてやる事も出来ない。勿論、この世界の誰にもだ。その……最後に何か言い残す事は無いか? 家族とか友人とか、誰か居るのだろう? 本人への告知は義務だからちゃんと守れって、蓮太郎から言われているのだ」

 

 延珠がここまで言っても、男の方は困ったような顔だ。この反応を受けて、ようやく延珠は「やはり」という顔になる。この男は自分に何が起こったのかを分かっていないのだ。

 

「……では、自分の姿をちゃんと見るがいい。だが、パニックに陥らないようゆっくりと見るのだぞ。そうすれば妾の言った事が、分かる」

 

 年にそぐわぬ厳しい表情でそう言われて、意図を掴みかねつつも男は自分の体に視線を落として……そして、表情が引き攣った。

 

 体に刻まれた巨大な傷と、夥しい量の出血。にもかかわらず痛みは無い。だから今まで気付かなかった。

 

 そこまで思考が繋がると、途切れていた記憶が蘇ってくる。確か、マンションのベランダで出て行った妻の実家に再就職先が決まった事の報告と、生活が安定した後には必ず迎えに行く旨を報告しようとして……そして、頭上から巨大な蜘蛛の影が降ってきて……後は、命からがら逃げ出して、そしてここまで来たのだ。

 

「感染源ガストレアに体液を送り込まれたのだな」

 

 延珠の声には抑えきれない諦めが滲んでいた。先程彼女が言った通り、”もうどうする事も出来ない”のだ。男、岡島純明は全てを悟って、大きく息を吐いた。恐らく、もう”人間”でいられる時間すら、そう長くは残されていないのだろう。

 

「妻と、娘に伝えておいてくれないか……今まで、ゴメンって」

 

「承った」

 

 そのやり取りが、最後だった。延珠の了承の返事が聞けた事は、岡島純明にとっては最後の幸運であったかも知れない。次の瞬間には彼の体は有り得ない速度で変形し、肉体を内側から突き破って幾本もの手足が飛び出して、頭部も新しく発生した別の物が取って代わる。既に彼の体は人間とは別の体系の生き物へと変異していた。紅い目をぎらつかせた、巨大な蜘蛛に。

 

 怪物を前に、延珠は少しも慌てずに身構える。と、その時。

 

「ガストレア、モデル・スパイダー、ステージⅠを確認!! これより交戦に入る!!」

 

 曲がり角から、ブラックスーツのような制服に身を包んだ少年と、殺人課の刑事というイメージを絵に描いたような強面の男とが飛び出してきた。

 

「蓮太郎!!」

 

 30分にも満たない短い時間ながら離れ離れになっていたパートナーを見て束の間笑顔を見せる延珠であったが、しかしその一瞬の隙を、蜘蛛のガストレアは見逃さなかった。ぶるっと体を震わせたかと思うと、口に当たる部分から網の形をした緑色の粘液が飛び出した。

 

「避けろ、延珠!!」

 

 蓮太郎が焦った声を挙げるが、僅かだけ反応が送れた延珠は逃げられない。

 

 毒か、さもなくば強酸か。襲って来るであろう衝撃に備え、延珠は体を硬直させる。しかし、痛みも熱さも一向にやってこない。それどころか、何かが皮膚に付着した感触すらもが、無い。

 

「これは……!!」

 

 見れば、蜘蛛のガストレアが吐き出した粘液は全て延珠の前方30センチほどの空間で、見えない壁に当たったように止まってしまっていた。

 

「バリアー? 延珠、お前いつからそんな事が出来るように……?」

 

 間の抜けた声を出しながらも、パートナーをカバーできる位置に移動しながら蓮太郎と呼ばれた少年が尋ねる。しかしその問いに、イニシエーターはフルフルと首を振るだけだ。

 

「違う、妾じゃないぞ」

 

「そう、僕ですよ」

 

 明後日の方向から声がして、延珠と蓮太郎と刑事、それにガストレアの三人と一体の視線が一斉にそちらに向く。そこには前髪をぱっつんと切り揃えて眼鏡を掛けた、大人しそうな印象を受けるタレ目の少女が立っていた。服装は教会のシスターが着るような修道服の上に、どこかで見たような白い外套という独特のコーディネイトをしている。彼女は右手を、延珠の方へとかざしていた。

 

「おおっ!! 綾耶か!! 久し振りなのだ」

 

 知った顔なのか、延珠が嬉しそうに声を掛ける。それを受けて綾耶の方も柔和な笑みを浮かべた。

 

「ええ、僕もまた会えて嬉しいよ。積もる話もあるけど……まずは……!!」

 

 その先を言う必要は無かった。延珠が頷くと同時に、彼女の瞳が炎の色に染まる。眼鏡を掛け直した綾耶の瞳も、同じ色に。綾耶がかざしていた手を下ろすと、延珠とガストレアの間に発生していた見えない壁は消滅して、止められていた粘液は全て道路に落ちる。同時に、延珠は駆け出していた。空間に像を残していくような速さで接敵すると、蹴りでガストレアの巨体を打ち上げる。

 

 そうして身動きの取れない空中でジタバタともがく巨大クモに蓮太郎と刑事が手にしていた銃を向けるが……二人とも、引き金は引かなかった。

 

 いつの間にかガストレアより高く跳躍していた綾耶が、今まさに振り上げた握り拳を打ち下ろそうとしていたからだ。

 

「で、え、いっ!!!!」

 

 裂帛の気合いを込めて打ち下ろされた鉄拳は、自身の軽く数倍はあろうかというガストレアを、一撃の下に粉と砕いてしまった。ばらばらになった肉片や血しぶきが降り注いで、刑事や蓮太郎は反射的に飛び退って”雨”を避けた。確認するまでもなくガストレアは絶命している。任務は、完了だ。

 

「バラニウムの武器も使わずこの威力……パワー特化のイニシエーターか」

 

 民警としての習慣から、綾耶の力を分析した蓮太郎が呟く。恐らく間違いはないだろうが……だとしたら、最初に延珠への攻撃を防いだ見えない壁は、何だ? ……という、彼の思考は股間に走った衝撃によって中断された。前屈みになって、悶絶する。思わず、刑事・多田島警部も急所を押さえて顔を青くした。

 

「全く、妾を振り落とすとは!! パートナーとして失格だぞ!!」

 

「ぐおおおおおっ……!! え、延珠、それより、その子は知り合いなのか?」

 

 痛みを堪えつつ何とか話題を切り替えようとする蓮太郎。そんな彼の意図に気付いているのかいないのか、延珠はしかしひとまずは怒りを収めてふんと鼻を鳴らすと、綾耶へと向き直った。

 

「彼女は将城綾耶。妾が外周区に居た頃からの親友だ。一年前、妾がIISOに登録してイニシエーターになった時に別れて以来だが……壮健そうで何よりなのだ」

 

「延珠ちゃんも元気そうで何より……では、そちらの方が……」

 

 そう言ってようやく立ち直った蓮太郎へと向き直る綾耶。蓮太郎もパートナーからの紹介もあってか、相好を崩す。

 

「ああ、俺は里見蓮太郎。こいつのパートナーをやっているプロモーターだ」

 

「妾とは、将来を誓い合った仲なのだ」

 

 和やかな空気は、延珠の爆弾発言一つで吹っ飛んだ。多田島警部は「良い趣味してるなブタ野郎」と手にしていたリボルバーの撃鉄を起こし、綾耶は「ほう……?」と凄絶な笑みを浮かべつつ、黒く戻っていた眼が再び紅くなった。

 

「ち、違う、誤解だ!! こいつはただの居候なんだ!!」

 

「いつも夜は凄くて妾を寝かせてくれないのだ」

 

「俺は寝相が悪いだけなんだよ!!」

 

 コントのようなやり取りを尻目に、多田島警部と綾耶は全く同じタイミングでアイコンタクトを交わし、溜息を一つ。取り出し掛けていた手錠を懐に仕舞って、変色させていた瞳を黒く戻す。

 

「そ、そう言えば綾耶だっけ? お前もイニシエーターなのか?」

 

 何とか延珠との不毛な会話を切り上げようと、蓮太郎は再び話題を切り替えてきた。延珠はまだ言いたい事があって不満そうではあったが、蓮太郎のこの質問は彼女も聞きたい事ではあったので渋々矛を収める。

 

 呪われた子供たちは超人的な運動能力と回復力を持ち、中には類を見ない固有能力をも備えた者さえ居るがあくまでも子供である。それが怯えもせずにガストレアに立ち向かえるのだ。プロモーターの姿は見えないが、特別な訓練を受けて実戦も経験しているイニシエーターであると考えるのが妥当だろう。その問いに綾耶は居住まいを正して、一礼する。

 

「改めて名乗らせていただきますね。IP序列番外位・聖室護衛隊特別隊員、将城綾耶、9歳。聖天子様の、イニシエーターです」

 

「!!」

 

 丁寧な自己紹介を受けて、蓮太郎は以前にニュースで見て色褪せていた古い記憶を蘇らせた。

 

 この東京エリアの統治者である聖天子が進めている呪われた子供たちの基本的人権を尊重する「ガストレア新法」。聖天子はこの法案、ひいては呪われた子供たちとの共存を進める第一歩として、周囲の反対を押し切って呪われた子供たちの一人を自分の護衛隊に抜擢したと聞いていたが……

 

「それが、お前なのか?」

 

 良く見れば、綾耶が修道服の上に着ている外套は彼女の体格に合わせてかなりの改造が入っているが聖天子がテレビに出る時、いつも端っこに映っている護衛隊が着ているのと同じ物だ。

 

「はい、イニシエーターと言っても聖天子様は正規のプロモーターではないですから、序列は持っていませんけど」

 

 成る程、と蓮太郎は頷く。まさか国家元首に銃を持ってガストレアと戦えと言える者が居る訳もないし、辣腕で知られる聖天子がそんな愚挙を犯す訳もなく、万に一つそれをすると言い出した所で周りの者が絶対に承伏すまい。呪われた子供を側に置くというだけでもギリギリの一線だったに違いない。

 

 そしてこれは蓮太郎の想像だが、恐らく聖天子は綾耶に戦闘力など本来イニシエーターに求められる働きなどは期待していなかったのではないだろうか。彼女に求められたのはあくまでもガストレア新法を成立させる為の、政治的役割だけであったと推測できる。……もっとも、ステージⅠとは言えガストレアを素手の一撃で粉砕してしまった綾耶の実力はそれとは無関係に強力であったのだろう。

 

「そうか、お主も頑張っているのだな、綾耶」

 

「延珠ちゃんも、ね……」

 

 綾耶はそう言って延珠に笑いかけると、今度は蓮太郎の方を向いた。

 

「蓮太郎さん、でしたよね。延珠ちゃんの事、よろしくお願いします」

 

「ああ。分かってる。こいつに道を示す事が、プロモーターとしての俺の役目だからな」

 

 差し出されたその手はまだガストレアの血が拭い切れずに残っていたが、蓮太郎はその手を握り返す事を躊躇わなかった。この反応は綾耶の眼鏡に叶うものだったらしい。彼女は満足げに頷くと、行儀良く一礼した。そうして取り敢えず場が落ち着いた事を確認すると、プロモーターは時計を見てそして多田島警部に敬礼する。延珠も相棒に倣った。最後に、綾耶も同じようにぎこちなく敬礼する。

 

「イニシエーター・藍原延珠とプロモーター・里見蓮太郎、イニシエーター・将城綾耶の協力を得てガストレアを排除しました」

 

「ご苦労、民警の諸君」

 

 一時とは言え同じ事件を担当した間柄、生まれた奇妙な連帯感から蓮太郎と警部は自然と笑みを交わし合い……

 

「蓮太郎、そう言えばタイムセールの時間は良いのか?」

 

 良い雰囲気をやはり簡単にぶっ飛ばした延珠のコメントに、蓮太郎はポケットからセールのチラシを取り出して、数秒ほどして彼の顔はガストレアを目の前にした時よりも真剣なものになった。その場から脱兎の如く駆け出す。延珠も、最後に「これが妾の連絡先なのだ」と、スマートフォンの番号が書かれたメモを綾耶に渡すと、その後を追っていく。

 

「お、おい、もう行くのか?」

 

「また仕事あったら回せよな!!」

 

「何だ、その、あれだ……さっきはその……ええい、もういい!! それよりそんなに急いで、大事な用なのか!?」

 

「モヤシが一袋6円なんだよ!!」

 

 蓮太郎の最後の言葉に、多田島警部は喉まで出かかっていた礼の言葉を呑み込んでしまった。何だか、いきなり何もかも馬鹿馬鹿しくなった気がする。ふと、この場に残った最後のイニシエーターに視線を落とすと、綾耶はスマートフォンを取り出して色々と調べていたが、やがて望んでいた情報を見付けたらしい。それが表示された画面を、背伸びして多田島警部に向けてくる。

 

「里見蓮太郎さんと、延珠ちゃんが所属しているのは、この天童民間警備会社って所ですね。刑事さんは、後でちゃんとこの事務所に今回の報酬を振り込むようにお願いします」

 

「お前は良いのか?」

 

 確かにこの仕事を最初に引き受けたのは蓮太郎・延珠ペアひいては天童民間警備会社だが、ガストレアにトドメを刺したのは綾耶だ。報酬は折半あるいは聖天子の護衛隊も兼任するイニシエーターという立場を考えれば多少多めに取っても罰は当たらないとは思うが……

 

 しかし、綾耶は首を振る。

 

「僕は正規のイニシエーターではないですから、報酬とかは受け取れないんです。その代わり聖天子様からかなりの好待遇を頂いてますから」

 

 成る程、と多田島が無精ヒゲを擦った。綾耶は民間警備会社に所属する普通のイニシエーターとは異なり、立場的には聖天子の私兵に当たるのだろう。

 

「では、お願いしますよ」

 

 そう言い残すと、綾耶の小さな体はふわりと空中に浮き上がった。「うおっ」と驚きの声を挙げる多田島だったが、これだけなら先程、彼女と延珠の戦い振りを見ていたのでまだ理解の範疇ではある。真に彼を驚かせたのは、その次だった。

 

 綾耶は空中でばいばいと手を振ると、足場も何も無いそこから更に上昇して、ジグザグの軌道を描いて空の彼方へと消えていったのである。明らかにジャンプではなく、飛行。バリアだけでなくイニシエーターはあんな事までやってのけると言うのだろうか。想像を超えるものを見せ付けられて、多田島警部は大きく息を吐くと、咥えた煙草に火を付けた。

 

「イニシエーターとプロモーター……人類最後の希望、か」

 

 

 

 

 

 

 

 天然の洞窟を改造して作られたその部屋。剥き出しの冷たい石を壁として、天井には照明が埋め込まれ、床には鏡のように磨かれた金属製の無反響タイルが敷き詰められている。中心には総欅の机が置かれていて、ゆったりとした作りの椅子には一人の女性が腰掛けていた。年齢は二十代半ばといった所に見える。腰まである純白の髪、雪のように白い肌をして、きめ細やかな作りの白い衣装を着た絶世の美女だ。彼女は今、手にした本に視線を落としている。

 

 と、静寂を破って机に置かれたスマートフォンが着信を知らせる。女性は愛読書である「永遠の王」を置くと、すぐにその電話に出た。

 

「私よ」

 

<我が王よ、申し訳ありません。目的の物を巻き込んだガストレアを見失いました。現在、小比奈と共に捜索を継続しております。もう暫くのお時間を>

 

 女性はその報告に僅かばかりの失望と、それ以上に疑問を覚えたが、声には少しもそれを出さずに話を続ける。

 

「あなたらしくないわね、影胤。あなたならばこの程度は、すぐに済むと思っていたのだけど」

 

<それについては弁解の仕様もありません。言い訳を許していただけるのなら、想定外のアクシデントが起こり当初の予定を変更せざるを得なかったものですから……その代わりと言っては何ですが、面白い者と出会う事が出来ました。いずれ王にもお引き合わせいたします。きっと、気に入っていただけるかと思います>

 

「ふむ」

 

 女性は嘆息して心中の感情を整理すると、椅子から立ち上がった。

 

「あなたや小比奈ちゃんの事は信頼してる。そのあなたが想定外のアクシデントと言うのなら、それは責任逃れでなくその通りなのだと、理解してるわ。では、引き続き”七星の遺産”の捜索に当たって。それとここからは、私も動くわ」

 

 この宣言は、電話の向こうの相手にも些か予想外だったらしい。少しだけ息を呑む音が聞こえてくる。

 

<勿体ない事です、我が王よ>

 

「良いのよ、全ては」

 

<はい、全ては。我等の、新しき世界の為に>

 

 同じ言葉を返して女性は通話を切ると、部屋を後にする。

 

 彼女の双眸は、先程もまではアメジストの如き深い紫の色であったが、今は違う。

 

 今の彼女の瞳は、紅く染まっていた。ガストレアのように、呪われた子供達のように。

 


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