ほぼ三か月ぶりの投稿
もうすぐ夏休みなので、そこで話を進めていきたいところです
何とも言えない沈黙が執務室に漂うのを、吹雪はひしひしと感じていた。
それは、緊張感に由来する沈黙ではなかった。キリキリと空気が張り詰める音と共に、どこか懐かしく、親し気な暖かさが、冬の執務室に満ちていく。その沈黙が、目の前で向かい合う二人の男性から発せられることだけが、明確な事実として理解できた。
一人は、司令官。本名は、リュウノスケ大佐、と言う。この鎮守府を取り仕切る指揮官であり、吹雪たち艦娘が慕う、よき兄や父のような存在だ。
片や、『独立艦隊』の指揮官を名乗る、謎の男性。司令官が「兄さん」と呼んだ彼は、おそらく、ジンイチという人物のはずだ。司令官の実の兄であり、本来は彼が鎮守府の指揮官に就任予定だったと聞いている。最終階級の二佐というのは、確か統合海軍的には中佐相当だったはずだ。
二人の間で身動きを取るわけにもいかず、吹雪は視線だけを行ったり来たりさせる。やはり兄弟だからか、面影にどこか似た感じがある気がした。
先に口を開いたのは、ジンイチの方だった。司令官によく似た笑い方には、悪戯をたくらむ少年の色が混じる。
「久しぶりだ、リュウノスケ・・・今は大佐だったか」
その言葉を、司令官はただジッと聞いているだけだった。それから何かを飲み下すようにして、深呼吸を一回。
「久しぶり。・・・色々言いたいことはあるけど、元気そうでよかった」
「ん、そうか」
「立ち話もなんだから、俺の私室の方に移ろう」
そう言った司令官が、吹雪に目配せを寄越す。その意味はすぐに理解できた。
「そ、それじゃあ、わたしはこれで」
ペコリ。一礼して、吹雪は執務室を後にしようとしていた。しかし、すぐに呼び止められる。背中に声をかけたのは、意外過ぎる人物だった。
「あー、実は吹雪にも、聞いて欲しい話がある」
吹雪を引き止めたのは、ジンイチの声だった。扉のノブに手をかけたところで、吹雪は後ろを振り返る。
困惑した表情を浮かべる司令官と、その対面で穏やかな表情のままのジンイチ。
「わ、わたしですか?」
「・・・なぜ、吹雪を?」
「直にわかる。とにかく、彼女にも、この話は聞いてもらわないとな。ある意味、一番の当事者だ」
端から見てもわかるほど、司令官の顔が曇った。彼にしては珍しい表情の変化だ。
面倒事に、吹雪を巻き込みたくない。そう思っているのだろうか。
―――わたしは・・・。
「わかりました」
ノブにかけていた手を離して、ジンイチに頷く。
「いいのか、吹雪」
「はい。ここまで聞いてしまって、今更抜けるのも、その・・・気になりますし」
上手く笑えていただろうか?司令官はしばらく、真っ直ぐに吹雪の瞳を見つめていた。やがて脱力したように苦笑する。
「わかった。吹雪がそう言うなら、俺に異存はない」
こうして、吹雪の参加が決まり、ジンイチの話が始まった。
「さてと、どこから話したものか」
吹雪が淹れたお茶で唇を湿らせ、ジンイチが口を開いた。
訊きたいことは山ほどある。だが、それらを一つ一つ、突きつけたところで埒が明かない。今は、彼の話すままに任せよう。そう判断して、吹雪も司令官も、話に耳を傾ける。
「最初に断っておく。全てを一度に話して聞かせるつもりはない。お互いに、少しずつ消化していくのが、一番だ」
コクリ。頷く。それを確認したのか、ジンイチは指を二本立てて、話を続ける。
「今日、この場で話すことは、二つに留めておく。お前がこの鎮守府に着任する前のこと、そして俺が鎮守府を去った後のこと。この二つだ」
お互いに、息を吸い込む間があった。
ジンイチが、一つ目の事項について、話し始める。
「まず一つ目。お前がこの鎮守府に着任する前のこと。当然ながらその頃、この鎮守府の指揮官を務めていたのは俺だ。もっとも、艦隊なんて影も形もなかったけどな」
三年近く前の話になるはずだ。おそらくは、最初の艦娘である吹雪ですら、基礎訓練に入る前のこと。その頃の鎮守府を知っているのは、本当に一握りの人物だけだ。
「艦娘の基礎研究は、“アマノイワト”の出現後かなり早い時期から開始されていた。こっちの世界のことがある程度判明して、妖精の持つ『神の技術』を知った辺りだから、半年以内か。俺の把握している限りでは、そんな感じだ」
“アマノイワト”と呼ばれる裂け目が出現してから、すでに五年近く。鎮守府開設が二年弱前だから、そのさらに二年以上前から、艦娘に関する研究が始まっていたということか。
「深海棲艦に対抗可能な艤装の基礎技術自体は、そう時間をかけずに完成した。いくらか解決しなければならない課題はあったが、ともかく完成に目処が立ったことで、艤装を扱う艦娘を運用するための施設が造られることとなった」
それが、鎮守府だ。艦娘が暮らすだけでなく、彼女たちの艤装を保管、整備し、新たな装備品を開発する。そうした一連の設備を保有する、統合艦隊指揮所のような施設。
「で、艦娘の開発計画に携わっていた俺が、鎮守府の施設長を務めることになった。イソロクさんの推薦でな」
イソロク中将の話は、吹雪も知っている。統合海軍省内にある「鎮守府」という部門の長である彼は、司令官にとっては直接の上司ということになる。あくまで司令官は、この鎮守府という施設を預かり、実質的に艦隊の指揮を執る立場だ。
鎮守府が実施する作戦に関して、司令官にある程度フリーハンドが与えられているのは、イソロク中将による尽力があるからだと聞いている。
「まあ、とは言っても、当時俺のやることってのは、鎮守府施設の建設状況や艤装開発の進捗を確認するくらいだった。そりゃそうだ。完成の目処が立ったとはいえ、未だ『艦娘』はこの世界に存在していなかったからな」
昔を思い出しているのか、ジンイチの目が一瞬遠くなる。だがそれも、ほんの短い間の話だ。彼はすぐに、話を再開する。
「艦娘は、本当に、深海棲艦に対抗可能な存在なのか。大事なのはそこだ。だから俺は、何よりもまず、艤装の完成を急がせた」
そして、最初の艤装が完成した。それが、今から“二年半前”のこと。
「・・・ん?」
吹雪は首を傾げた。何かがおかしい。大きく矛盾している。釣り針のように、胸の内に引っかかる。
その正体に気づくのに、大して時間はかからなかった。
「ちょ、ちょっと待ってください。最初の艤装は、そんなに早く、完成していたんですか?」
「ああ。試作零号機なんて呼ばれてたその艤装は、すぐに適合者が見つかって、各種試験が開始された」
言葉の意味が理解できない。いや、わかってはいるのだが、それが何を意味するのか、飲み込めなかった。
最初の艦娘は、吹雪なのだ。当然、最初に艤装が完成したのも、最初に艤装を装着したのも、吹雪だ。司令官と二人三脚で、課題を洗い出し、現在の艦娘運用の基礎を作り上げたのだ。それが、約二年前の話。
吹雪の艤装が完成したのは、吹雪がこの鎮守府に着任したのとほぼ同時期だ。ジンイチが言っていることと、整合が取れない。
あらかじめ、この質問は予想していたのだろう。特に言い淀む様子もなく、ジンイチがさらに説明する。
「あくまで、試作艤装だ。俺が、艦娘がどれほどのものか、見極めるために完成を急がせた。だから細かなところで、今の艤装とは違うところがある。『試作』の二文字が取れた、量産型の艤装としては、吹雪のものが最初で間違いない」
でも、全ての最初ではない。
「試作艤装に宿された船魂の名前は“神風”と言った。種別は駆逐艦。だから俺も、試作艤装を背負っていた彼女を神風と呼んでいた」
―――神風。
それは世界を巡らせる風のこと。この国の危機に吹き付ける風のこと。
古来は元寇の際にやって来た台風のことも指す。
試作艤装を背負った神風という少女は、正しく深海棲艦のいるこの世界を動かした存在だったわけだ。
「試験運用は一か月で公試を終え、それ以後はより実戦的なものになった。経過は順調。人類も妖精も初めて作り上げた装置だったっていうのに、特に大きな問題もなく、艤装の試験は最終段階を終えた。ただ・・・一つだけ、大きな問題があった」
そうだ。それは兵器に限らず、あらゆる“革新的なモノ”について回る、共通の問題。吹雪と司令官もまた、その問題には直面した。
そもそもこれは、実用に耐えうるのか。
もっと噛み砕いた、簡単かつ明快な言い方をすれば、「そもそもこれは、本当に深海棲艦を撃沈することができるのか」ということになる。
「深海棲艦の生体サンプルでもあれば、そいつに向けて試し撃ちをすればよかったんだが・・・生憎、そんなものはなかったし、手に入れることもできなかった。だから唯一の確認方法は、“本物の深海棲艦と戦う”以外になかった」
いつかは解決しなければならない問題で、通らなければいけない道だ。
「どうすれば、安全に試験を行うことができるか。あらゆる方策の検討が行われたが、どれも現実的ではなかった。そうこうするうちに・・・来るべきものが、来てしまった」
鎮守府近海に深海棲艦のはぐれ艦隊が侵入したのだ。丁度、吹雪の時と同じように。
「なし崩し的に、決断せざるを得なかった。俺の見守る前で、神風は完成したてのドックから出撃していった」
隣に座る司令官が、お茶を握る手に力をこめる気配がした。なし崩し的な初出撃、という意味では、吹雪にも神風にも差はない。そのことを思い出しているのかもしれなかった。
吹雪には、神風の気持ちを推し量ることができる。同じように、司令官もまた、ジンイチの内心を理解できるのだろう。
「で、だ。戦闘の結果は、想像できるだろう?確かに試作艤装は、今の正式艤装とは差異があった。だが根本的なところは同じだ」
結果から言えば、神風は―――艤装の力は、深海棲艦に対抗することができた。
「神風の様子は、ぎりぎり陸から観測できた。凄まじいの一言だったよ。たった一発で、神風は侵入した駆逐艦を撃破して見せた」
ピクリ。吹雪の耳と頭は、不審な点を聞き逃さなかった。
たった一発。ジンイチがわずかに力を入れて放ったその言葉が引っ掛かる。
確かに艦娘の艤装は、深海棲艦に対抗し、撃沈することができる。できるが、たった一発で、敵駆逐艦を撃沈するなど、不可能だ。
鎮守府の駆逐艦娘で、もっとも砲火力の上限値が高いのは夕立、もっとも練度が高いのは吹雪だが、両名がどれほど全力で主砲を放とうと、またどれほど精密に敵の急所を突こうと、駆逐艦の「たった一発」などたかが知れているのだ。
ただ、一つの方法を除いて。
「有頂天だったよ。俺たちはついに、閉鎖された世界をこじ開ける、力を手に入れた」
ジンイチの顔に張り付けられた笑顔は、どこか自嘲的で。
ここまで聞いてしまえば、吹雪にも、話の先がわかってしまう。
・・・否。最早隠しても仕方のないことであろう。
吹雪は、この話を知っていた。一つ残らず、知っていた。
「ところが、だ。誤算があった。はぐれは一隻じゃなかったんだ。連れがいて、そいつらも、神風を撃ってきた。当然のごとく、神風は応戦する」
そして、勝った。初陣、それも数的不利な状況にありながら、神風は深海棲艦のはぐれ艦隊を返り討ちにしたのだ。
「衝撃なんてもんじゃなかった。艤装の力は、深海棲艦に対抗できるどころの話じゃない。数が不利でも、圧倒できるほどの力があった。俺たちは、初実戦を、完勝以上の戦果で飾ることができた」
まさに歴史を塗り替えるほどの大勝利だ。
それなのに、なぜ吹雪たちは知らなかったのか。
なぜ司令官すらも知らなかったのか。
そしてそれだけの戦果を挙げたにもかかわらず、なぜ神風はここにいないのか。鎮守府長に就任したのがジンイチではなかったのか。
どれほど大きな勝利にも、必ず犠牲がつきまとう。
どれほど革新的な技術にも、必ず犠牲がつきまとう。
華々しい話は、そこまでだった。
「帰り着くなり、神風が倒れた」
大勝利を収め、帰投してくる神風を、ジンイチはドックで出迎えた。しかし、その時から様子がおかしかったという。
「明らかに、いつもの彼女ではなかった。まるで何かに憑りつかれたみたいに、瞳孔が開いていた。いつも俺に笑いかけてくれる口元が、青白くわなないていた」
何かを懐かしむように、ジンイチが頬を緩める。今日初めて見る、自嘲以外での笑顔。
そこに重なるのは、やはり司令官の面影。吹雪たちを見守る、優しく暖かな笑顔。
「・・・普段の彼女は、とにかく明るくて、活発だった。暇な時も、よく俺についてきて、鎮守府の見学をしたりしてな。なんていうか、年の離れた妹ができた気分だった」
―――妹、かあ。
チラリと、司令官の方を窺ってしまう。静かにジンイチを見つめるその表情に変化はない。
同じように、司令官も思っているのだろうか?わたしたち―――わたしのことを、年の離れた妹、と。
大切に想ってくれることは嬉しい。けれども何なのだろう、このもやもやとしたものは。
絶対に越えられない壁を、突きつけられたような。
慌てて思考を振り払う。この方向はまずい。今は目の前のことに集中しないと。
「憶えてるか、親父のしてくれた怖い話。あれを彼女にしてやったことがあってな」
「・・・性格悪いよ、兄さんは」
溜め息混じりに司令官が呟く。司令官も、お父さんに聞かされたことがあるのだろう。よっぽど怖い話なのか。
クックッとさも可笑しそうにジンイチが肩を揺らす。
「仕方ないだろ。あんな得意げに『怖い話なんて、何ともないわよ』なんて言われたら、話すしかないって」
「兄さんのそういうところ、嫌いだ」
「そういや、お前に親父の怖い話を聞かせたのも、俺だったな」
なるほど。このジンイチという人物、余程人をからかうのが好きらしい。
こほん。ジンイチが咳払いを挟む。
「話が逸れたな。すまない」
「いや、いいよ。・・・ちゃんと、わかったから」
何がわかったのか。吹雪にだってそれくらいはわかる。
ジンイチという提督もまた、今の司令官と一緒だったのだから。
そうか。聞き取れるか聞き取れないかという声でジンイチが呟いた。腕組みをしたその体が、一回だけ大きく頷く。
「ドックで艤装を外してすぐ、神風は意識を失った。俺にはどうしようもなかった」
倒れた原因の診断と、早急な意識の回復が試みられた。しかし、優秀な鎮守府医務部をもってしても、医学的な原因を突き止めることができなかった。
「答えは意外なところから示された。工廠部だ。それが、船魂による神風の意識への過剰な介入という仮説だった」
艤装は船魂そのものといっていい。その力が発現するには、依り代となる宿主を必要とする。それが艦娘だ。
艦娘は、脳波コントロールを介して、艤装を操る。艤装の力の源は船魂だ。ゆえに、その逆、つまり船魂側からも、艦娘への介入があった。それが工廠部の出した仮説だった。
「盲点だった。船魂の過剰な使用は、確かに艤装の力を高める。しかし同時に、その反動を艦娘が受けることになる。連続した戦闘と、過剰な船魂の力が、神風の意識を侵したんだ。・・・その回復が、不可能なほどに」
あらゆる手を尽くした。しかし、船魂の過剰な介入を受けた艦娘の意識を、回復させる方法などなかった。
「二日後に、息を引き取った」
それが、この話の結末。
人類に希望を与えた少女は、その力の最初の犠牲者となってしまった。
「この件を受けて、艤装には改良が加えられた。船魂の過剰な介入を抑制する装置と、船魂の余剰分を艦娘の生命維持に回す装置だ。今、お前たちが『リミッター』と呼んでいるものだよ。俺の、最後の仕事にもなった」
以後、艦娘には、深海棲艦を圧倒するような力はなくなった。その代わりに、深海棲艦の攻撃を受けても、簡単には沈まないようになった。
以前、吹雪に送られてきた手紙に同封されていた資料は、神風に関する走り書きのようなメモが数枚と、このリミッターの開発に関する資料だった。
「二度と、神風と同じようなことが起こらないように、リミッターの管理は厳重なものになった。手順を複雑にし、工廠部で専門の人間が専用の道具を使わなければ解除できないほどにな。設計は、ユズルさんがやってくれた」
鎮守府工廠部長を務めるユズルは、艦娘の艤装開発に最初期から関わっていた。リミッターの開発に関わっているのも、当然と言えば当然だ。
「・・・だがな。同時にいつか、リミッターの解除を必要とするような状況が訪れることも、当然予想された。深海棲艦というのは、常に進化する兵器だからだ。だから俺たちは、ひとつだけ、抜け道を用意した」
資料の最後に書かれていたのは、洋上でのみ有効な、短時間でリミッターを外す方法だった。作戦中、何らかの理由で必要になった時、これを使ってくれ、とも。
―――やっぱり、この人が。
ジンイチが、吹雪に手紙を出した人。“司令官が来る前のこと”を教えてくれた人。
「後から話すが、俺はそれからすぐ、鎮守府を去った。リミッターのことは一先ずユズルさんに任せて、公表しないこととした。おいそれと教えるわけにはいかないからな。もしも多用されるようなことになれば、自然と上の連中の耳にも入る。それだけは何としても避けたかった」
それでは、このことを、具体的に、誰に託すか。当初から、ジンイチとユズルの間でも議論されていたことだったらしい。
「託す先は、艦娘と決まっていた。問題は、誰になら託せるか。誰になら、神風の意志を継がせることができるか」
「一年かけて、兄さんたちが出した答えは、吹雪に託すことだったわけか」
手紙の件は、司令官にも話してある。彼もまた、吹雪に届いた手紙の差出人の正体に、思い至ったのだろう。
「そういうことだ」
ジンイチの答えは短い。余程の確信をもって、あの手紙を出したらしかった。
「二つだけはっきりさせておきたい。なぜ、吹雪に託したのか。そして、誰がどこまで知っているのか」
真剣そのものの司令官の声は、どこか怒っているような気さえした。あの時―――吹雪がリミッターを解除した際にも、同じような声音だった。
「一つ目の答えは明白だ。艦娘の今後に大きくかかわるこの事実を、俺が預けることができると判断したのが、吹雪だった。それだけだ」
「だから、どうして彼女なら、預けることができると判断したんだ?」
「お前が一番信頼しているからだ」
―――えっ・・・。
ジンイチの指摘に、司令官がわずかに眉を跳ねさせた。その口から、新たな追及は出てこない。
ジンイチは構わず続ける。
「お前は、リミッター解除の方法を、知っているか?」
司令官は、知らない。存在だけは吹雪が伝えたが、具体的な方法については、教えていない。
―――「その方法は、吹雪の胸のうちに、秘めていてほしい」
これ以上、リスクが漏れないように。司令官は自らすらも、リミッター解除の方法を知る者から除外することを選んだ。
司令官が黙って首を横に振る。納得するように、ジンイチがさらに続けた。
「お前自身も含めて、解除の方法を知る人間を、一人でも減らす。そのために、その方法を、吹雪にだけ預けた。違うか?」
「・・・その通りだ」
「吹雪以外で、同じ判断に至ったか?今後の鎮守府に関わる秘密を、彼女以外なら、預けようと思ったか?」
言葉の後に続いた、重苦しいほどの沈黙が、司令官の答えを語っていた。
「・・・あの時点で、同じ判断をしたとは、思わない」
「そういうことだ。だから、吹雪に預けた。俺にしても、この方法が広まることは、避けたかったからな。あくまでリミッターの解除は、最終手段だ」
司令官が、一番信頼している、艦娘だから。こんな形でも、はっきり示されると、照れてしまう。
「まあ、単純に、彼女が一番艤装の扱いに慣れている、っていうのもある。それに、駆逐艦の船魂なら、まだ精神にかかる負担が小さいからな。これで、一つ目の答えになったか」
「・・・ああ。それで、二つ目は?」
「どれだけの人間が知っている、か。リミッター解除の方法があることを知っているのは、ここにいる三人と、ユズル工廠長、それと『独立艦隊』首脳部の五人だ。具体的な方法を知っているのは、俺、吹雪、ユズル工廠長だけだ。まあ、もう一人、今は昏睡状態の奴が、知ってるけどな」
昏睡状態の一人。思い当たるのは、『独立艦隊』の合流後、すぐに集中治療室に入れられた艦娘だ。ビスマルクの実妹だと聞いている。確か、ティルピッツと言ったはずだ。
司令官の質問に答え終わったところで、話を切り替えるように、ジンイチは湯呑みに口をつけた。唇を湿らせて、二つ目の案件について話を始める。
「ここからは、俺がこの鎮守府を去ってからの話をしよう」
二年前、神風を失ったジンイチは、その直後に失踪している。その後どのようにしてリランカ島に辿り着き、そこで『独立艦隊』を組織したのだろうか。
「神風を失ってすぐ、俺が統合海軍省に出向いた時だ。元DB機関の人間で、深海棲艦の行動について研究していた奴が、声をかけてきた。『“あること”を証明してほしい』、そう言っていた」
“あること”について、この場で説明するつもりはないらしい。ジンイチは話を続ける。
「その頃の俺は、すでに鎮守府長を辞するつもりだった。すでに一人の命を“交換”した俺は、きっとこの先も、別の命を交換してしまう。艦娘は非常にデリケートな存在だ。命と結果の交換をしてしまった俺は、きっとこの先も、少女たちの命を交換し続ける。それにいつしか、耐えられなくなる娘が出る。それは避けなければならない。これは、妖精たちとの約束でもあるしな」
命の交換、という言葉が引っ掛かった。そこにどんな思いが、感情が込められているのかを、吹雪には読み取ることができない。これがジンイチの本音にも、あるいは何か別の言葉を隠しているようにも取れる。
二年という時間、この人はずっと、そんなことを考えていたのだろうか。
「ともかく。俺は、そいつの提案に乗ることにした。提督とは別の方法で、この世界を変える手段を見つける、そう決めた。・・・それが、責任逃れでないと、否定するつもりはない。神風を失ったこの地から、少しばかり距離を置きたかったのも、事実だ」
どんな理由や意図があったにせよ、ジンイチは覚悟を決めたのだ。
「俺がリランカ島に渡ったのは、一年半ほど前のことだ。大陸沿いに、潜水艦で移動した。そうして辿り着いた先で、俺は協力者を募り、『独立艦隊』を創設した。“あること”を証明するためには、彼女たちの協力が不可欠だったからだ」
「兄さんがここにいるということは、“あること”を証明できたということか?」
「その通りだ」
目的をやり遂げたはずなのに、ジンイチの瞳には何の感慨も感じさせない。むしろ何かを憂いているかのような、鋭い眼光が宿っている。
「あえて訊く。兄さんは何を証明したかったんだ?」
「お前も知っていることだ。証明するべきことは三つあった。俺はそのうち一つを証明し、もう一つは俺に話を持ち掛けてきた奴が証明した。そして、俺たちの目的は、“三つ目が証明されないようにする”ことにある」
意味深な謎かけに、司令官もジンイチも、難しそうに目を細めている。ただ一人、困惑するだけの吹雪に、答えをくれるものはなかった。
うむむ・・・せりふが・・・せりふが長いし、多い・・・
ジンイチと鎮守府の過去が明らかになりましたね
“あること”が一体何なのか。証明されてはいけない理由とは。この物語のクライマックスまで繋がる部分です。全く意味不明な文章が多かったかと思いますが、憶えておいていただけると幸いです
(吹雪と司令官のナチュラルいちゃいちゃが書きたかった・・・)
次回かその次辺りで、クリスマス回をやろうと思います!