タイトルから色々と察してください!
あ、しばらく吹雪ちゃんの出番が増えるかも。作者歓喜
今日も今日とて、執務室は書類とペンの戦場と化していた。その中で、提督と大和はペンを走らせ続ける。
このところ、新装備の開発や研究で工廠部の動きが活発になっていた。その関係で、提出される報告書や申請書の量も多い。年の瀬が近いことも手伝って、提督と秘書艦の仕事量は、普段より四割から五割増しになっていた。
「ん・・・んんっ」
肩の違和感を感じて、大和は一旦ペンを置き、腕を伸ばす。その声に、提督が反応した。
「少し、休憩しようか」
彼に気を遣わせてしまったことに気づいて、慌てて大和は首を振る。
「大丈夫です。早く終わらせてしまいましょう」
「そうか?あまり、根を詰め過ぎないようにな」
「そのお言葉、そのまま提督にお返ししますよ?」
大和も言うようになったなあ。そう言って苦笑しながら、二人はまた、目の前の職務に戻った。
しばらくして、執務室の扉がノックされた。軽快な音に、提督が顔を上げて答える。
「どうぞ」
「失礼します」
一礼して入って来たのは、少し意外な人物だった。割烹着姿の女性は、食堂を指揮する間宮だ。
彼女が執務室に来るとは、随分珍しい。後ろ手に扉を閉めながら、間宮もまた物珍しい様子で執務室を見回す。
「何か、あったかな?」
用件の内容を想像できずに、提督は尋ねる。大和も興味を引かれているようだ。
「えっと、ですね」
執務机の前に立った間宮は、言い淀むようにして一度視線をずらす。それからゆっくりと、口を開いた。
「提督に、お願いがあって参りました」
「お願い・・・?」
提督は首を傾げる。
食堂含めて、艦娘たちの食事に関することは、間宮含めた給糧艦娘たちに任せている。仕入れや調理、安全管理についてもだ。もちろん、納品の一覧や安全管理報告書などには目を通して、判を押したりもするが、それ以外のことで口を挟むことはない。
こうして、間宮が執務室に足を運び、ましてやお願いに来るとは。余程のお願いなのだろうと、提督は察した。
提督が促すと、間宮が一枚の書類を差し出した。受け取ったそれを、大和と二人で覗き込む。
『クリスマス会の実施に関する請願』
そう書かれた書類にざっと目を通し、詳しい説明を目の前の間宮に求める。
「もうすぐ、クリスマスじゃないですか」
鯖世界側にも、地球と同じようにクリスマスがあり、それを祝う文化がある。こうした、文化的差がほとんどないので、両世界間の交流にはあまり齟齬が発生しないで済んでいる。
「今年は、私たち給糧艦娘たち主催で、クリスマス会を開催したいんです」
間宮は真剣な眼差しで提督を見据える。
「この一年は作戦続きで、あまりイベント事もできませんでしたし、せめてクリスマスぐらいは、皆さんに楽しんでもらいたいんです。それに、『独立艦隊』との交流の機会にもなるかと思います」
書類にも書いてあった開催の趣旨を、改めて間宮が力説する。
食堂を取り仕切る給糧艦娘たちは、鎮守府の娯楽も管轄している、いわば艦娘たちの内面の支えだ。彼女たちの体調や心境には、人一倍敏感になっている。
新任艦娘の歓迎会も、艦娘たちの息抜きの一環だ。そして今回のクリスマス会も、その延長線上として考えているらしい。
必要経費や会場準備に必要な時間、人手。これまで食堂部が培ってきた技術と経験、データに基づいた計算がされている。
精査をしたり、さらに詳細を詰める必要はありそうだが―――
「ぜひとも、お願いしたい」
提督の言葉に、間宮が心底嬉しそうに目を輝かせる。お淑やかな彼女には珍しい反応だ。
「本当ですか!?」
「ああ。実は、俺としても、『独立艦隊』側との交流には、色々と悩んでいてね。正直、手詰まり感があった。こういう申し出はありがたいよ。それに、純粋に、皆の息抜きにもなるだろうしね」
この機会だ。今後のためにも、お互いに交流があった方がいい。政治的な部分を抜きにすれば、鎮守府も『独立艦隊』も、同じ年頃の少女たちだ。
「急ぎで予算を回そう。今月は予備費用にまだ余裕がある。できるだけ早く、必要な予算の詳細を提出してくれ。上と『独立艦隊』には、俺から話を付けておく」
「はい。よろしくお願いします」
そう言って一礼した間宮は、早速準備に取り掛かろうと、執務室を後にした。いつもの割烹着がひらひらと揺れる。
閉まった扉を微笑ましげに眺めて、提督は仕事に戻ろうとした。
大和が呟く。
「クリスマス会、ですか。楽しみですね」
桜のかんざしが、笑うのに合わせて揺れる。その笑顔に、ますます自分の頬から締まりがなくなるのを、提督は自覚した。
「ああ。クリスマス会なんて、随分と久しぶりだ」
深海棲艦の出現後は、そんなことをしている余裕などなかったし、出現以前でも、最後のクリスマス会はもう中学生くらいの頃だ。
今年の年末は、明るく賑やかで、素敵な日々になりそうだった。
午後の執務を、提督は一人でこなしていた。
秘書艦であった大和には、間宮たち給糧艦娘と共に、クリスマス会の詳細について詰めるよう、指示している。今年最後の一大イベントの成否を担うことになった彼女は、両の拳を握って「頑張ります」と言っていた。
誰か別に声をかけてもよかったのだが、わざわざ頼むほど書類も残っていなかったので、結局自分一人で消化することにしたのだ。
―――とは、言っても。
「済」と「未済」とは別にした数枚の書類を見遣る。艦娘寮やそこでの生活についての陳情だ。この手の書類は、秘書艦にも意見を求めてから、判断をするようにしている。
やはり誰か、捕まえておくべきだったか。そんなことを思っていた丁度その時、小気味よく扉がノックされた。そのリズムに、ピンとくる。付き合いが長いからか、彼女のノックのリズムを、自然と覚えてしまっていた。
「開いてるよ。どうぞ」
そう言うと、ゆっくり、扉が開く。隙間から現れたのは、見慣れたセーラー服の少女だ。顔の前に二房垂れている以外の髪を後ろで結んだ彼女は、ぺこりと律儀に一礼してから、視線を彷徨わせるようにして顔を上げた。
「どうした、吹雪?」
突然の来訪にも、あまり驚かない。吹雪は、こうして時折、ひょっこりと顔を出すことがある。そしてそういう時は、必ずと言っていいほど、何かしらの気遣いがあってのことだ。
「えっと、ですね」
吹雪がゆっくりと口を開く。
「大和さんから、司令官がお一人で執務をしてると聞いたので・・・その、何かお手伝いできることはないかと、思ったんです」
・・・優しい娘なのだ。たったそれだけで、こうして執務室を訪ねてくれる。否、付き合いの長い彼女だからこそ、できることだろうか。
「ありがとう」
頬の緩みと共に、自然にその言葉が出てくる。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。この陳情について、意見が欲しいんだ」
先ほど保留にしておいた数枚の陳情書を示す。キラキラと目を輝かせた吹雪は、それはそれは嬉しそうに、頷くのだった。
「はいっ」
それからしばらく、二人で陳情書の内容を精査する。最も艦娘寮での生活が長く、色々な艦娘の意見を飲み込める彼女の指摘は、参考になる。
二人で椅子を並べ、顔を突き合わせて、一つの書類に向き合う。それはどこか、懐かしい光景でもあった。鎮守府が開設されたばかりの頃は、よくこうしていたものだ。
計六枚の書類を、およそ一時間にわたって処理し終わり、まとめて「済」のボックスに入れる。窮屈になっていた姿勢をほぐそうと、二人で大きく伸びをする。図らずも重なった仕種に、二人して苦笑が漏れた。
「手伝ってくれてありがとう。助かったよ。艦娘寮の陳情は、俺だけで処理するわけにはいかないからね」
「えへへ、お役に立てて何よりです」
「今、お茶を淹れるから。座って待ってて」
せめてもの労いにと、席を立ち、給湯室に入る。ポットに沸かしてあるお湯は、こうして秘書艦と提督が飲むため専用となっていた。
淹れ終わった二人分の湯呑みをお盆に乗せて、執務室に戻る。吹雪の前と自分の前、湯呑みを置いて席についた。お茶請けは、棚に仕舞っておいた煎餅だ。
「そういえば、司令官」
煎餅を一口かじった吹雪が、キラキラと瞳を輝かせてこちらを見た。
「今年は、クリスマス会をやるんですよね!」
嬉しそうに訊いてくる吹雪に、自然と笑みがこぼれる。
「大和から聞いたのかな?」
「はい。間宮さんと色々話をされてましたから」
「そうか。その通り、今年はクリスマス会をやるよ」
やった。そう言って、吹雪は今にも飛び跳ねそうな勢いでガッツポーズを取る。
「どんなお料理が出るんでしょうか。あ、何か催し物とか、やった方が楽しいですよね」
そんなことを、思いついたまま、吹雪は話し始める。コロコロといろんな話を、楽しそうに語る吹雪を、提督は微笑ましげに見つめていた。
その視線に、吹雪は気づいたらしかった。頬を赤くして、それを誤魔化すように、湯呑みに口づける。それがまた、何とも可愛らしくて、提督は同じようにお茶を飲んだ。
「クリスマスか。俺はライスコロッケが好きだったな」
「ライス、コロッケ?何ですか、それ?」
「何て言うかな・・・おにぎりに衣をつけて、揚げたやつ、って言ったらいいのかな?」
「・・・おいしいんですか、それ?」
訝しむように訊く吹雪に、提督は苦笑する。これは完全に、自分の説明能力不足だ。
「おいしいよ。毎年、クリスマスになるとそればっかり食べてたから、お袋に怒られた」
「・・・司令官のお母さん、ですか」
その時、一瞬吹雪の瞳が、暗くなったことに気づいた。
今更しまったと思っても遅い。「第一次深海棲艦戦争」とこちらの政府が呼称している戦争で、吹雪の両親は亡くなっている。彼女だけではない。艦娘には、そうした理由で孤児となった娘が、少なくない。
もう少し成長した娘ならまだしも、まだ中学生相当でしかない吹雪には、両親の死を消化できていない部分があるのかもしれない。
「ライスコロッケを作ってたのは、司令官のお母さんなんですね」
「・・・そうだけど。それが、どうかした?」
「いえ。いいお母さんだな、って思ったんです」
そう言って笑う吹雪に、今度は提督の方が首を傾ける。
吹雪が咳払いを一つ。
「それで、司令官。今日の執務は、これで終わりですか?」
「ああ。今ので終わったよ。ありがとう」
「そう、ですか」
なぜか残念そうに、吹雪が眉尻を下げた。
提督は頭の中でざっと予定表を広げる。この後は、特に大した予定はない。書類は片づけたし、工廠等で視察しておくような事案もない。いつも通りに資料を引っ張り出してきて調べ物をするか、今後予定される作戦の要綱を詰めるか、どちらかをやるつもりだった。
―――そうだ、ビスマルクさんのところにも行かないと。
クリスマス会の開催については、提督から持ち掛けることになっている。
チラリ。吹雪を見遣る。真面目な彼女は、まるで「次にやることはありませんか?」とでも言いたげな瞳で、こちらを見ていた。
「『独立艦隊』・・・ビスマルクさんのところに用事があるんだけど、一緒に来る?」
「行きますっ」
勢いよく吹雪が答える。二房の前髪と後頭部のしっぽが、元気いっぱいに揺れた。提督は苦笑いを浮かべる。
「それじゃあ、一緒に行こうか」
「はいっ」
吹雪の返事を聞き届け、提督が執務机から立ち上がろうとした時だ。
聞きなれないリズムで、執務室の扉がノックされた。この時間に来客というのは珍しい。さらに、扉から漂う雰囲気に、何やら得体の知れないものを感じ取って、提督は吹雪に気取られない程度に身構えた。
「どうぞ」
「失礼するわ」
入ってきた人物に、提督は驚いた。何を隠そう、たった今会いに行こうとしていた、ビスマルクその人がいたのだから。噂をすればなんとやら、だろうか。
「ビスマルクさんでしたか。丁度、今から伺おうとしてたんですよ」
「・・・そうなの?」
軍帽を小脇に挟み、サラサラとした金髪を揺らす彼女は、鋭い立ち姿のまま、首を傾げる。
「実は、クリスマス会をやることになったんですよっ」
興奮冷めやらぬ様子で、吹雪が口を開いた。ありがたい。男の自分が言うよりは、彼女に誘われた方が、参加したくなるに決まっている。
「クリスマス会?」
吹雪の言葉に、目をぱちくりとさせたビスマルクが、詳細な説明を提督に求める。俺の出番はここからだ。
「はい。今年はあまりゆっくりできるタイミングがなかったので、皆の息抜きに、と思いまして。それと、この機会に、改めて『独立艦隊』と親睦を深められればと思います」
「・・・なるほど、そういうことですか。わかりました。前向きに検討させてもらいます」
頷いたビスマルクは、それから話題を切り替えるように、咳払いをした。
「それで、ここに来た理由なのですが」
ビスマルクはチラリと、今自分が入ってきた扉の方を見遣った。それから、どこか重苦しい雰囲気を纏って、話を再開する。その空気を察したのか、吹雪も姿勢を正していた。
「貴方方に、紹介したい人物がいます」
その一言で十分だ。リ号作戦の準備段階から、『独立艦隊』と関わってきた提督には、その意味するところが理解できた。
「・・・『独立艦隊』の運用に関わる人物、ですか。しかし、行方不明だったはずでは?」
「ええ。つい数日前まで」
それ以上の質問を遮るように、ビスマルクは扉のノブに手をかけた。その先は本人に訊け、そういうことだろう。
扉を開け、ビスマルクは二言三言、外と言葉を交わす。当該人物の姿は、廊下の壁際に立っているのか、室内からは見えなかった。
やがて、開け放たれたままの扉から、ビスマルクは退室する。彼女はこの場に居合わせるつもりはないらしい。吹雪が困惑したようにこちらを見たが、とりあえず今は、留まらせることにした。
そしていよいよ、当該人物が現れた。
戦慄という言葉の意味を、提督は身をもって体験することとなった。
開かれた扉から、スラリとした第一種軍装が入って来る。その姿は、『独立艦隊』の指揮を執る人物として提督が思い描いていたものとは、大きくかけ離れていた。
そしてそれ以上に、懐かしいほどの既視感がある人物でもあった。
提督は思わず執務机から立ち上がった。
後ろ手にゆっくりと扉を閉め、執務室という密室を完成させたその人物は、ただ静かに一礼する。数秒して上がったその顔は、挑戦的な笑みを浮かべていた。
「『独立艦隊』の指揮官を務めている者です。数々のご配慮、感謝します」
その瞳を、提督は真っ直ぐに見つめる。頭はフル回転しているはずだが、思考は全くと言っていいほど回っていない。「理解不能」の四文字を出力するだけだ。
十数秒の間があった後、提督はただポツリ、言葉を漏らすしかなかった。
「兄さん・・・なんで」
目の前の人物。慣れた様子で第一種軍装を着こなし、『独立艦隊』の指揮官を名乗った人物。懐かしいほどの既視感。
ジンイチ二佐。“提督”の第一候補者であり、二年前に失踪して行方不明となっていた、提督の兄。
予想だにしない人物の登場に、執務室の時間が止まる。その中で、吹雪の視線だけが、せわしなく二人の間を行き来していた。
急展開も急展開
ここからどうなるの、鎮守府・・・
次回は、色々と、今まで語ってなかった部分について語っていくことになるかと
ていうかジンイチ二佐、設定だけ出してほぼ一年間放置してたよね、ごめんね。別に作者は放置プレイが好きなわけじゃないよ?