艦これ~桜吹雪の大和撫子~   作:瑞穂国

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またまた遅くなってしまいました

今回から、いよいよある人物に登場していただきます。今までちょくちょく触れながら、その存在について特に語ってきませんでした

果たしてその人物が、鎮守府をどう動かしていくのか


出航と再会

朝焼けに照らされる鎮守府の埠頭には、見送りの人だかりができていた。

 

艦娘はもちろん、各部門の職員や妖精。中には、ちらほらと統合陸軍の制服も見える。

 

人だかりの最前列で、これから鎮守府を離れる戦友を、吹雪は見つめていた。

 

「第一三航空艦隊、第三二航空隊、キス島への配属を命じる」

 

前に進み出たユキが、三二空の神鷹にそう訓示する。正式な辞令は、すでに二週間前に、司令官から発せられているが、輸送船の乗り込みにあたって、改めて読み上げられる。普段はこれも司令官の役目だが、当人は統合海軍省の会議に出席しているため、この場にはいない。

 

神鷹に続いて、黒い制服を着た艦娘が前に出る。吹雪もよく知る彼女に訓示するのは、統合陸軍の制服を着た初老の人物だ。

 

「第一特務師団、キス島への配属を命じる」

 

その訓示に、あきつ丸が敬礼でもって答えた。

 

リ号作戦に参加したあきつ丸たち第一特務師団は、艤装の修復を終え、第二特務師団と入れ替わりでキス島の警備につく。

 

訓示が終わったことで、彼女たちを人だかりが囲む。別れを惜しむように、握手を交わすもの、肩を叩き合うもの、抱き合うもの。挨拶の仕方はそれぞれだ。

 

「しばらく、寒くなりそうでありますな」

 

吹雪と向かい合うあきつ丸は、そう言って笑った。彼女と再び会えるのは、少なくとも一か月先だ。

 

「お元気で。体に気を付けてくださいね」

 

「お気遣い、感謝するであります」

 

笑顔で敬礼を交わすと、お互いの両手をしっかりと握る。

 

“岩川”が汽笛を鳴らす。つい先日竣工し、訓練を終えたばかりの航空支援母艦は、間もなく処女航海が始まることを告げている。

 

あきつ丸たちが“岩川”に乗り込んでいく。舷側通路に並んだ彼女たちが、こちらに手を振っていた。

 

出航作業が始まる。舫が放され、長く太いロープがキャプスターンで巻き上げられた。岸壁と繋ぐものを失い、海の上で自由の身となった“岩川”が、二隻のタグボートにエスコートされて、沖へと出ていく。

 

今回キス島に派遣されるのは、あきつ丸たち第一特務師団、そして増強なった神鷹指揮下の三二空だ。“岩川”の航空機格納庫、及び艤装格納庫には、これら部隊の装備品が満載されている。

 

特に、三二空の増強が持つ意味は大きい。北方作戦後、AL諸島深部―――つまり北米大陸に近い位置に、新たな陸上型深海棲艦出現の予兆が確認されている。北方棲姫と名付けられたこの陸上型は、近いうちに覚醒し、その航空戦力を遺憾なく発揮するはずだ。

 

鎮守府の基本戦略が、北方海域伝いでの北米連絡路確保にある以上、いずれこの陸上型を撃破しなくてはならない。三二空の増強は、こうした将来の作戦展開を睨んだものだ。

 

―――どうかご無事で。

 

そんな願いを、次第に小さくなっていく艦影にかける。すぐそこまで迫った新たな戦雲を、吹雪は早くも感じ取っていた。

 

 

会議というのは、やはり苦手だ。

 

今の自分の立場上、こうしたところに出なければならない事情も分かるし、その重要性も理解しているつもりだ。それでもなお、苦手なものは苦手だし、できればやりたくないものである。

 

そんな、誰に文句を言ってもしようのないことを思いつつ、ビスマルクは憎らしいほどに快晴の空を見上げていた。こんなにも清々しい天気なのに、こちらの空気はどこか息苦しい。それは、こちらの世界の空気が汚れているという理由だけではないはずだ。

 

ビスマルクは、つい数刻前まで、地球側の統合海軍省内で開かれていた会議に、『独立艦隊』の代表として出席していた。彼女の他には、オイゲンもこちらの世界に来ていたが、今日の会議には出席していない。

 

議題は当然のことながら、『独立艦隊』の今後、具体的には鎮守府への戦力としての編入についてだった。

 

鎮守府の指揮官―――提督が提示し、鎮守府司令部がもぎ取ったビスマルクたちの独立性だが、それでもなお、統合海軍上層部には、彼女らを正式に戦力として編入しようという意見が強い。

 

上層部の狙いは、最早聞くまでもなくわかる。ビスマルクを直接招集することで、彼女から発言を引き出そうというものだ。下手なことを言えば、どこで揚げ足を取られるか、わかったものではない。

 

―――なめられたものね。

 

こう見えても、『独立艦隊』旗艦だ。リランカ島にいた頃も、島北部のリランカ政府と机上の戦いを幾度となく経験してきた。あの時と違い、アトミラールは今いないが、それでも詐欺師に限りなく近いあの手法はある程度学んできたつもりだ。

 

実際、午前の会議では、海軍上層部はビスマルクから何も引き出せなかった様子だった。苦虫を噛み潰したような彼らに対して、これ見よがしに口元を歪めてやった。会議終わりには、提督が微苦笑を浮かべて、頭を下げた。彼にも、うまくやったと評されたらしい。

 

―――とはいえ、楽観はできないわね。

 

会議がいつまで続くかはまだわからない。鎮守府はユキ少佐が、『独立艦隊』はリットリオが預かってくれているとはいえ、あまり時間をかけたくはない。早々にこの会議を切り上げたいというのが、提督とビスマルクの共通認識だ。

 

どこで譲歩するか。どこで譲歩を引き出すか。難しいところだ。

 

「ビスマルク姉様!」

 

考え事をしながらぶつぶつと呟いていたビスマルクを、元気溌剌の声が呼んだ。廊下の先、待機室から顔を覗かせてこちらに手を振るのは、『独立艦隊』副官のオイゲンだ。底なしに明るいその笑顔に、ビスマルクは頬を緩める。

 

「待たせたわね」

 

「いえいえ、全然。こっちはこっちで、色々やってましたから。姉様こそ、お疲れさまでした」

 

「ありがとう」

 

二人にあてがわれた待機室に入る。その名前の通り、あくまで待機を目的としたこの部屋には、仮眠用のベッドが二つと、机くらいしかない。会議が明日以降まで長引くようであれば、もう少し別の部屋を要求するつもりだ。せめてシャワールームくらい着けろ。

 

待機室の机の上には、本が数冊積まれている。背表紙に張られた配列を示すシールから、統合海軍省内の書庫から借りてきたものだとわかる。

 

「本を読んでいたの?」

 

「はい。辞書と格闘しながらですけどね」

 

オイゲンの持っている本は、何やら難しそうな、日本語の本だ。机に積まれているのは、似たような表紙の本と、辞書が二冊。

 

「どんな本なの?」

 

「こっち―――地球での、深海棲艦の出現や行動に関する本ですよ」

 

「へえ・・・」

 

つまりは統合海軍―――いや、当時は自衛隊と言っただろうか、彼らがまとめた深海棲艦に関する報告書ということか。

 

「私たちの世界にも、こういう資料はあるんでしょうか?」

 

「・・・どうかしらね」

 

あちら―――こちらの人間が「鯖世界」と呼んでいる世界では、深海棲艦が出現してから随分と時間が経っている。ビスマルクが憶えている限りでは、もう十年になるだろうか。

 

妖精のおかげで、大規模な戦争を経ることなく科学技術を発展させることができた鯖世界では、元々深海棲艦に対抗できるような兵器はなく、ものの一年足らずで、世界の海は閉鎖されてしまった。その状態に順応してしまっていた面もある。ゆえに、深海棲艦に関する詳細な資料は、仮にあったとしても一般には出回っていないだろう。

 

可能性があるとすれば、鎮守府の書庫だろうか。実は入ったことがない。

 

「そのことは、一旦おいておきましょう。まずはご飯ですよ、姉様!」

 

「そうね。そうしましょう」

 

日本には、「腹が減っては戦はできぬ」ということわざがあるらしい。ご飯を食べることは、武器を取ることと同じくらいに大切なことだ。

 

オイゲンに押されるようにして部屋を出る。向かうのは統合海軍省内の食堂だ。許可証を持っている二人は、省内の人間でなくても、ここを利用することができる。

 

決して豪華とは言えないが、十分に満足できる昼食を、二人は楽しんだ。

 

 

 

「お疲れさまでした」

 

三日に亘る会議が終了すると、ようやく笑顔を浮かべた提督が、そう言ってビスマルクを労った。帽子を小脇に挟み、髪をかき上げながら、ビスマルクも口元を緩める。さすがに、いささか疲れた。

 

会議を終了に持っていったのは、両日本の外務省からの意見書だった。

 

深海棲艦被害を受けた難民受け入れに関する法は、あくまで一時的な保護の根拠として整備された法律だ。この法律の下で保護された外国人は、海上封鎖の解除と国交再開に伴って、迅速に本国へ送還される取り決めとなっている。

 

保護した外国人を、勝手な一存で自国の軍隊に組み込むことは、後に外交問題となりかねないというのが、両外務省の主張だ。

 

詭弁であることは、統合海軍省上層部も含めて理解している。そもそも『独立艦隊』自体が、多国籍の人間で編成された、いわば傭兵軍団のようなものだ。傭兵を雇い入れることに問題はない。

 

それでも、彼女たちが明確に傭兵を名乗っていない以上、限りなくグレーに近い。外務省から意見されれば、それを強硬に押し退けてまで戦力編入に踏み切ることができるほど、統合海軍省は軍隊になりきれていなかった。

 

一連の動きに、提督、そして鎮守府司令部員何人かが関わっていることは、容易に想像できた。三日という時間は、上層部にとってもメンツが保たれるギリギリの時間であったはずだ。

 

かくして、弾丸が飛び交うことのない戦闘が、幕を下ろした。

 

「お二人は、このままあちらに戻られますか?」

 

「ええ、そのつもりよ。どうもこちらは、空気が合わなくて」

 

「わかりました。自分はもう少しやることがあるので、遅れるとユキ少佐に伝えておいてください」

 

そう言い置いて、提督は先に歩いて行ってしまう。その背中を見送ったビスマルクは、窓の外を見遣る。ビスマルクの心境を写し取ったかのように、窓の外はくたびれた曇天であった。

 

「・・・一雨ありそうね」

 

艦娘ゆえに、気象を読み取る能力は高い。この後の天気を、ビスマルクはそう予想した。

 

統合海軍省庁舎の廊下を、足早に歩いていく。二人が宿泊するために、提督が近くに取ってくれたホテルへ、オイゲンを迎えに行くためだ。

 

「ビスマルクさん」

 

が、そんな彼女を呼び止める声があった。早くこの世界を後にしたいことから、内心若干のイラつきを覚えつつ、それを顔に出さないようにして振り返る。

 

呼び止めた声の主は、廊下の曲がり角に立ち、こちらを真っ直ぐに見つめていた。確か、鎮守府司令部、参謀長のマトメ少将と言っただろうか。あまりに予想外な人物の登場に、ビスマルクは警戒心を強める。

 

「何か?」

 

わずかに棘を含んで放った言葉に何か答えることもなく、マトメはゆっくりとこちらへやって来た。ビスマルクの頭の中で、ますます警報が鳴る。

 

間違いなく、何かある。

 

「少しばかりお時間を頂きたい。貴女に、用件があります」

 

言葉遣いは丁寧だが、有無を言わさない様子があった。断るのは無理そうだ。

 

盛大に吐き出したい溜め息を、噛み殺す。

 

「わかりました」

 

「痛み入ります」

 

軽く頭を下げたマトメは、そのまま踵を返すと、ついてくるように促す。その背中に、ビスマルクは黙ってついていく。

 

会議室のある階から二つ下り、似たような廊下を歩く。連れてこられたのは、応接室の札がついた部屋の前だった。ビスマルクは、自らの表情が益々険しくなるのに気付いた。

 

誰かに、会えということだろうか。それも、統合海軍省内で会わなければいけないような人物に。

 

「どうぞ」

 

マトメが扉を開く。彼は部屋に入らないらしい。

 

警戒心を最大にして、ビスマルクは空いた扉の前に立ち、室内を見る。

 

 

 

心臓が止まるという感覚を、彼女は真の意味で理解した。

 

 

 

引き寄せられるように、部屋に足を踏み入れる。その後ろでゆっくりと扉が閉められたが、その音すらも気にならない。

 

なぜ。どうして。数多の疑問と思考で、今にも頭がパンクしてしまいそうだ。そんな彼女の様子を知ってか。

 

応接室内に、一つの人影がある。窓から外を眺めるその後ろ姿は、一目で男性と分かるほどにがっしりとして広い。統合海軍の第一種軍装の肩に、階級を示す肩章がきらめく。その影が、蛍光灯の下で、こちらを振り向いた。

 

「・・・なぜ」

 

息ができないほどに干上がった口を無理矢理にこじ開けて、ビスマルクは掠れた言葉を発する。

 

「なぜ・・・貴方がここにいるの・・・アトミラール」

 

あるはずのない再会。出会うはずのない場所。まるですべてを楽しむかのように、男は微笑んでいた。




・・・なんとコメントしたものだろうか

あ、そういえば今回でちょうど五十話なんですね。二年で五十話・・・遅い

これからもマイペースに投稿していく所存です。もう一つ連載しているシリーズが、近々(二か月以内?)に一段落突きそうですので、そちらが落ち着けば、こっちの投稿も早くできると思うんですが・・・

これからも生暖かい目で見守っていただけると、幸いです

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