今年ももうすぐ終わりということで、、西方海域編もまとめに入っていきましょう
わたしとイ級、二つの火箭が、鎮守府近海で入り乱れていました。
距離六千で砲戦を始めたはいいものの、やはり命中には程遠く、結局わたしとイ級の距離は四千にまで縮まっています。距離が縮んだことで、お互いの砲撃精度も高まってきました。至近弾の水柱が噴き上がるのも、一度や二度ではありません。
七度目の砲撃。一二・七サンチ砲が咆哮すると、入れ替わりに五インチ砲弾が弾着します。
「っ!」
弾片が、艤装を掠めて嫌な音を上げました。慣れないその音が、耳から直接頭の中を突いてきます。
奥歯を噛み締めます。今までの訓練とは、まったく違う。シミュレーターや静止目標とは比べ物になりません。当てるどころか、目標を捕捉し続けるだけでも一苦労です。
でも、やるしかない。
装填が終わった連装砲を振りかざし、八度目の砲撃を行います。艦娘の艤装では、最小クラスになるという一二・七サンチ砲。それでも、反動が確かに腕を伝いました。
十秒もせずに、弾着。今度は―――
「命中!」
イ級の艦体に、炎が上がりました。わたしの砲撃が、ようやく当たったんです。
間髪入れずに、連続斉射を始めます。いける、押し切れる。わたしがそう思った時でした。
艤装がそれまでと比べ物にならない悲鳴を上げました。金属が軋む、甲高い音。艤装のベース部分に五インチ砲弾の弾痕が穿たれ、薄く煙を噴き上げていました。
わたしも、被弾したんです。
言いようのない、冷たい感覚が背中を走り抜けました。寒々しいものが、手を震わせます。
あの砲弾は、わたしを沈めてしまうかもしれない。
恐怖に勝つには・・・撃つしか、ありませんでした。
「いっけええええええっ!!」
叫び声をあげて、わたしはひたすらに撃ちました。逆に、イ級からも五インチ砲弾が降り注ぎます。まるで、わたしの砲撃が、無意味とでも言うように。
「なんで・・・なんでっ!」
どうして沈まないの・・・!
言いようのない絶望だけが、広がっていきます。
砲弾の甲高い風切り音が、耳元を掠めていきます。
肩に命中した砲弾を、辛うじてエネルギー装甲が弾き返し、わたしの体を守りました。
水柱の中から弾片が飛び出し、セーラー服をすっぱりと切り裂きます。
このままじゃ・・・わたし・・・。
・・・でも。
・・・守るんだ。
誰が?わたしが。
わたしが、戦うしかないんだから。
この海を守るために。
司令官と誓った、海を取り返すために。
わたしを信じて待ってくれている、司令官のために。
彼我の距離は、ついに二千を切ろうかとしていました。
砲撃を続行しつつ、魚雷発射管を旋回させます。狙うのは、イ級の未来位置。どう舵を切ろうと、逃げられない角度で。
「てーっ!」
叫び続け、枯れてしまった声を、最後に振り絞ります。敵弾が弾着する中、太ももに装着されていた魚雷発射管から、六本の魚雷が放たれました。
雷速最大に設定された魚雷が到達するまで、一分もありませんでした。
撃ち合っていたイ級が、下腹から持ち上がるように、吹き飛びました。次の瞬間、連続して二本の水柱が立ち上り、わたしの放った魚雷が命中したことを如実に示します。
イ級からの砲撃は、ピタリと止んでいました。生物的な外見のイ級は右に大きく傾いて、身動きすらしません。ズブズブと沈んでいくその姿を確認して、わたしは構えていた主砲を下ろしました。
勝ったんだ・・・わたし。
喜びよりも、安堵が胸の内一杯に溢れます。気づかないうちにびっしょりとかいていた額の汗を拭って、わたしは胸に手を当てました。
その時。
真っ白い航跡が、一直線にわたしの方へと伸びてきました。
◇
朝焼けに染まる港に、数十隻にも上る船たちが入港してきた。
苦難の連続だった長旅を乗り越えてきたためか、どこか疲れた様子を見せる船たちは、それでも順番に、決められた海面へ錨を下ろしていた。
―――無事に、帰ってきたんだな。
鎮守府庁舎の屋上。双眼鏡から目を離した提督は、満足げな笑みを浮かべそうになって、慌てて表情を引き締める。彼にとってのリ号作戦は、まだ終わっていないのだから。
次々と錨を打っていく船団から、数隻の船が分離して、鎮守府の埠頭へと向かってくる。見知った艦影だ。どれも、鎮守府が保有する艦娘支援母艦である。
が、最後尾の一隻だけは、違った。戦時急増艦や中古貨物船改造の鎮守府所属支援母艦と違い、明らかに定期航路用の客船だ。頑丈そうな艦首と、大きな艦橋が印象的だが、その艦体は客船らしい雅な塗装ではなく、暗い洋上迷彩が施されていた。
「・・・あれが、“ペーター・シュトラウス”か」
『独立艦隊』が使用している支援母艦の名前を口にする。欧州から中国、そして鯖日本を、リランカ島経由で運行していた高速旅客船を改造したものだ。性能的には、“大湊”や“幌筵”に近い。
「四番埠頭につけるみたいですね」
隣に立つ秘書艦の大和が、“ペーター・シュトラウス”の動きを見て呟く。水先案内人の操船で、大型船専用埠頭のうち四番目のところに、“ペーター・シュトラウス”は近づいていた。
「そろそろ行こうか。はるばる来てくれたお客さんを、出迎えないと」
「はい」
提督の声に、大和が緊張気味に返事をする。その様子に薄く笑って、肩を軽く叩く。あまり気負うな、その意図は伝わったのか、大和が少し表情を緩めて頷いた。
屋上から降りて、港湾施設の方へと歩いていく。埠頭に辿り着く頃には、“ペーター・シュトラウス”が埠頭に横付けし、舫を取り始めていた。
やがて、ラダーが降ろされる。舷門には、『独立艦隊』の指揮を執っていると思しき、長い金髪の女性が、かっちりと制服を着こんで立っていた。
カンッ。カンッ。彼女は一歩ずつ、足取りも確かに降りてくる。その後ろから、副官と思しき、似たような制服の少女もついてきた。彼女らが、『独立艦隊』の代表、ということだろうか。
二人の少女が、提督と大和の前に立つ。長旅の末に、リランカ島から鯖日本に辿り着いたとは思えないほど、眼光はしっかりとしている。
―――これもまた、彼女たちにとっての戦いか。
鎮守府側と「交渉」することは、まさにもう一つの戦いなのだ。
提督としても、生半可な気持ちで、彼女らと接触するつもりはない。おそらく当分の間、この鯖日本で彼女たちの生活を保障するのは、提督の役割になるであろうからだ。
背筋を伸ばした少女たちが、鮮やかに敬礼する。
「司令官不在により、指揮を代行しています。『独立艦隊』旗艦、ビスマルクです」
「副官のプリンツ・オイゲンです」
それに、提督と大和も応える。
「私が、本鎮守府の提督です」
「秘書艦の大和です」
敬礼を解くと、両者の間に、妙な沈黙が流れた。お互いの出方を窺うように、ただジッと、見つめ合う。隣の大和が、ゴクリと生唾を飲み込む音が、かすかに聞こえてきた。
沈黙を破って、ビスマルクが口を開く。
「我々の受け入れを承諾していただいたこと、感謝します」
「直接の交流はなかったとはいえ、我々は協力関係にあると認識しています。協力者が助けを求めるならば、我々はできうる限り応えたい」
「・・・ありがたい限りです。貴方方のその勇気に、最大限の敬意を表したい。その勇気のおかげで、今我々はここにいる」
ビスマルクが目を伏せる。情報将校としての観察眼が、その瞳の中に一瞬の闇が見つけた。ここに辿り着くまで、彼女が多くの仲間を犠牲にしてきたことを、その苦悩を察するには十分だった。
「お二人には、応接室の方で、今後の『独立艦隊』の方針についてお尋ねしたい。他の『独立艦隊』の皆さんについては、鎮守府の方から、ひとまず生活するためのスペースを提供させていただきます。それから、けが人についても、医務部の方で収容します」
「お願いします」
工廠方面が慌ただしくなる中、それぞれの艦隊を代表する四人は、庁舎内の応接室へと足を向ける。西方から吹き込んだ新たな風が、鎮守府に何をもたらそうというのか。それを見極めていかなければならない。
「現在の我が国に、皆さんの存在を保証する法的根拠はありません」
開口一番、提督はビスマルクたちに厳しい現実を突きつけた。
大使館等を通して手続きを踏んでいないビスマルクたちは、移住や亡命といった扱いをすることはできない。そうなると、彼女らは難民という扱いになる。でなければ不法入国者。
ここに問題があった。鯖日本は、深海棲艦の侵攻によってかなり早い段階で孤立しており、外部からの避難民受け入れに関する法律などは全く整備されていなかったのだ。
「ユキ少佐から聞いています。現状が現状だけに、致し方のないことだと、こちらも理解しています」
ビスマルクもオイゲンも、神妙な面持ちで頷いた。ユキがワンクッション挟んでくれたおかげであろう。これで、話が進めやすい。
「ですが、解決策がないわけではありません。もう一つの日本のことは、ご存知ですか?」
「ええ、聞いています。裂け目・・・“アマノイワト”と言ったわね。それで繋がれた、いわば並行世界が存在すると。貴方方は、そこから来たのでしょう?」
「その通りです。実は、そちらの日本には、皆さんの受け入れの根拠となる、深海棲艦被害を受けた難民受け入れに関する法律が存在します。まだ決定事項ではありませんが、これを特例で皆さんに適用することになります」
日本近海で深海棲艦被害にあった外国人を保護した際、母国への安全な送還が不可能と判断された場合に備えて制定された法律だ。今までも何例か適用例がある。
「それじゃあ・・・!」
オイゲンが喜色を浮かべる一方で、ビスマルクは瞳を細め、真っ直ぐに提督を見据えていた。綺麗なその唇が、ゆっくりと開く。
「それで、適用の条件は?」
「皆さんには、本鎮守府にて生活してもらうことになります」
場の空気が、一気に張り詰めた。誰もが、この言葉の意味を理解している。
「本鎮守府は、二つの日本が共同運用しているということになっているんです。あちらの日本の法律を拡大解釈して適用しようとした場合、この鎮守府が範囲ギリギリなんです」
大和が理由を説明しても、場の空気は変わらない。しばらくこちらの様子を窺っていたビスマルクは、言葉を選ぶようにして、再びゆっくりと唇を開いた。
「・・・それはつまり、私たちをそちらの指揮下に吸収する、という意味ですか?」
「統合海軍上層部に、そうした主張をする勢力が一定数はいる、とだけ申し上げます」
提督の返答を聞いたビスマルクは、その体重を応接室のソファに預ける。思案顔の彼女は、静かにかぶりを振っていた。
「それは承服できません。私たちの目的は、あくまで欧州に帰ること。リランカ島の基地を失ったことで、それが非常に困難なものとなったことは、十分に承知しています。しかしだからといって、ここで貴方方の指揮下に入り、共に戦うわけにはいかない。私たちはあくまで、私たちとしての指揮権独立を願います」
ビスマルクの揺るがぬ目が、こちらを真っ直ぐに見つめていた。その輝きに、どこか見覚えがある。多くの部下を預かる指揮官の、ある種闇を帯びた瞳。毎朝鏡を覗き込んだ時、そこに映りこむ瞳の色と、似ている気がした。
―――これは当たりかもしれない。
数日前、イソロクとマトメに取り付けた条件を思い出す。
間違いなく、彼女らには生き抜こうという、意志があった。
これで、シゲノリの仕事もやりやすくなるはずだ。
「申し訳ない。少し、意地の悪い言い方をしてしまいました」
表情を和らげて、提督は言う。
「少なくとも、鎮守府を預かる私には、皆さんを指揮下に組み込む意志はありません。我々は、これまで通り技術のみによる協力を望みます」
戦力に組み込もうにも、まずは鎮守府の戦力立て直しが先だ。今、下手に『独立艦隊』を抱え込むよりは、桜一号作戦とリ号作戦によって傷ついた戦力の再建を急ぐことが重要だろう。
―――それに、彼女らの“提督”のこともある。
正式に、戦力的協力を求めるには、時期尚早と言えた。
まず第一は、彼女たちが当分の間生活することになる、この鎮守府に馴染んでもらうこと。提督はそう断じていた。
◇
「結果的に、よかったと言えるかもしれないね」
雲に覆われた晩秋の空を眺めて、イソロクがボソリと呟いていた。しばらく考えを巡らせ、マトメも同意する。
「そうかもしれません」
リ号作戦終了と船団の入港を報せる速報から二日。リ号作戦に関する詳細書類と、それに伴う鎮守府の現状報告が、リュウノスケ大佐とタモン少将の連名で提出されていた。その書類の束を、二人ともたった今読み終えたところだ。
「リ号作戦は成功した。鎮守府は相当大きな損害を受けたようだがね」
窓をコツコツと軽く叩いたイソロクが、こちらを振り返る。普段通りに微笑したままの目が、マトメを見ていた。
「当分の作戦行動は不可。戦力の完全再建には少なくとも三か月、ですか。沖ノ島後よりも、状況はひどいでしょう」
その代わり。
「これで、上の連中も、時期を早めようなどとは思わないだろうからねえ」
その言葉には、沈黙をもって答えとした。イソロクの表情は、さらに柔らかいものとなる。
「しばらくは、『独立艦隊』に関する交渉になるだろうね。リュウノスケ君も中々無茶な要求をしてきたけど」
「大丈夫です。勝算はあります」
「そうかい。何かあったら、私も協力するよ」
任せたよ。そう言って、イソロクはマトメの肩を叩いた。
鎮守府長官公室を辞し、自分の執務室へと向かいながら、マトメは鎮守府から上げられた要望を思い返す。提示された条件は、以下の通りであった。
・『独立艦隊』は、鎮守府内の庁舎で生活する。
・『独立艦隊』の保有する装備(艤装、艦船)は、鎮守府工廠部にて保管、管理する。
・『独立艦隊』は、鎮守府に対して技術供与を行う。
・鎮守府含め統合海軍は、『独立艦隊』の指揮権に一切干渉しない。
相変わらず、無理難題に近い、高い要求をしてくる後輩だ。
執務室に戻ったマトメは、抱えていた書類を机の上に置き、窓の外を窺った。天気が悪いとは思っていたが、いよいよ本格的に降りだしそうだ。
「・・・お前が言った通りになったな」
ポツリと呟く。丁度その時、最初の雨粒が、窓を打った。
「彼女らは無事に日本へ辿り着いた。リ号作戦は成功し、これで益々、鎮守府の発言権は大きくなる」
雨脚は急速に強くなる。やがて、ザーザーという激しい音が聞こえ始めた。
「・・・約束通り、真実を伝えるタイミングは、お前に任せる。それでいいな―――ジンイチ」
マトメの言葉を待っていたかのように、ソファにもたれた人影が動いた。人影は真っ直ぐ扉の方へ向かい、何も言うことなく、退室していった。
あと一話書きたいけど・・・どうなるやら・・・
曙ちゃんの新グラが可愛すぎる。中破のおへそが素晴r(雷撃)