艦これ~桜吹雪の大和撫子~   作:瑞穂国

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遅れてすみません

今回で、戦闘は一区切りです

また長い話になってるし・・・


西方海域突破

「敵艦見ゆ!駆逐艦級一!」

 

すでに通信機が繋がっていなくても、わたしは大声で叫んで、目標を確認します。声に出すことが大切なんです。自分で確認ができるのと、多少なりと恐怖を払拭してくれます。

 

波の動きをよく観察しながら、わたしはさらに接近を試みました。発見時の距離はおよそ一万五千。もっと接近しないと、駆逐艦同士の戦いにはなりません。

 

向こうもこちらに気づいたみたいです。大きな口がガバリと開いたかと思うと、速力を上げて、わたしの方に向かってきました。

 

反射的に通信機のスイッチを入れます。そこから聞こえてきたのは、空しい雑音だけ。通信圏外であったことを、改めて思い知らされました。

 

ここにいるのはわたしだけ。

 

今戦えるのは、わたししかいません。

 

奥歯を噛み締めて、わたしはイ級を見つめます。

 

その時、大きく開いたイ級の口から、真っ赤な炎が上がりました。主砲を発射した時の炎だと、すぐにわかります。

 

数秒後、わたしの前に水柱が上がりました。イ級から放たれた五インチ砲弾が、海水を沸き立たせます。頭上から降りかかった飛沫には、微かに鼻をつく硝煙の臭いがしました。

 

紛れもない実弾。わたしを沈めようという意志が込められた砲撃。

 

何とか冷静さを保ち、わたしは水柱の様子を確認します。飛沫がかかる程度ですから、さほど近い位置ではありません。

 

敵艦との距離、およそ六千。駆逐艦同士の戦闘距離として、近いとは言えません。イ級の砲撃は、そう簡単に当たりません。

 

わたしの砲撃も、まず当たりませんけど。

 

接近か、誘引か。判断は二つに一つです。

 

主機を最大戦速まで開きます。一気に加速したわたしは、接近を選びました。

 

そして―――

 

「正面砲戦用意!」

 

右腕の一二・七サンチ連装砲塔A型を構えます。三千まで迫ろうとしていたイ級に、その照準を合わせました。

 

「いっけえええっ!!」

 

引き金を引けば、二発の一二・七サンチ砲弾が飛び出し、イ級へと飛翔していきました。

 

 

訓練通りに、力を入れず引き金を引くと、長大な砲身の先から炎が生じた。軸線方向の反動は大きく、甲板に寝転ぶあきつ丸の肩に伝わってくる。しかし、砲口そのもののぶれは非常に小さかった。

 

弾着までは十秒ほど。次弾に備えて砲身が冷却される中、あきつ丸はその成果を静かに待ち続けた。

 

巡洋艦用大口径狙撃砲F2型。巡洋艦用大口径狙撃砲F型をモデルとした、陸軍艦娘用の狙撃砲は、分解組み立てが可能な機構を取り入れており、持ち運びが容易だ。今回の作戦にあたって、増加試作型二基を、第一特務師団は配備していた。巡洋艦用とついているが、艤装出力の高いあきつ丸や神州丸であれば十分に運用が可能だ。新型主砲システムを基にしたその威力は、四六サンチ砲並みであると明石は豪語していた。

 

その言葉に間違いはなかった。

 

船団後方から接近する敵水上部隊を、あきつ丸たちは二門の巡洋艦用大口径狙撃砲F2型―――V(ヴァイパー)砲で迎え撃った。結果は上々。揺れる船上というハンデがありながらも、水上部隊前衛の巡洋艦部隊を十二分に相手取っていた。

 

最後に残ったリ級に、あきつ丸の放った砲弾が命中する。強烈なストレートを食らったかのように後方へ吹き飛ばされたリ級に、続いて神州丸からの一撃が命中する。紅蓮の炎が内側から噴出したかと思った次の瞬間、リ級は跡形もなく消し飛ばされた。

 

「やりましたね、隊長」

 

対閃光防御用に着けていたゴーグルを押し上げて、神州丸があきつ丸に笑いかける。その表情に、あきつ丸は力強く頷くことで応えた。

 

―――とはいえ、問題はここからであります。

 

巡洋艦部隊の後方に控えるのは、二隻の戦艦を主体とした強力な火力部隊だ。あきつ丸たちがV砲を構える“ペーター・シュトラウス”との距離は二万六千。深海棲艦は二万五千を通常の砲戦距離としているから、まもなく砲撃が始まることになる。一方、V砲の有効射程距離は二万と短い。つまり五千もの距離の間、“ペーター・シュトラウス”は一方的に撃たれ続けることになる。

 

中古客船改造の“ペーター・シュトラウス”に、防御装甲などというものは備わっていない。一発でも当たれば、そこで終わりだ。

 

全ては艦長の操艦術にかかっていると言っていい。

 

「神州丸、残弾は?」

 

「まだ十分です。後三十発はあります」

 

「了解であります」

 

答えたあきつ丸も、自らの残弾と、艤装出力を確認する。狙撃のために寝転んでいるので、背負っていると邪魔になる艤装は、脳波リンクの後専用の格納庫に設置していた。その数値を表示するV砲横の小型端末には、あきつ丸の艤装がまだ十分な出力を有していることを示している。

 

―――やるしかないであります。

 

あきつ丸は、照準器を通して見える二隻の敵戦艦を、目を細めて睨んだ。

 

守ると誓ったからには、最後まで戦い、守る。それが、今の自分にできること。

 

かつて吹雪がそうしてくれたように、今度はあきつ丸が―――否、全ての艦娘たちが力を合わせて、この船団を守るのだ。

 

「神州丸。二五〇(二万五千)から砲撃を開始するであります」

 

「二五〇・・・ですか?」

 

驚いたように神州丸が尋ねた。それも当然だ。二万五千の距離は、確かにV砲の最大射程圏内であるが、有効な打撃が与えられる距離ではない。そもそも、狙撃砲の照準システムでは、命中率が大幅に下がる。狙撃砲最大の長所である命中率の高さが失われることになるのだ。

 

それでも、やるしかない。今船団を守れるのは、あきつ丸たちしかいないのだ。

 

力が入りそうになる肩を、深呼吸で無理矢理に脱力させる。神経は、照準器の先に映る敵艦と、引き金にかけた指にだけ注がれていた。

 

やがて―――

 

「距離二五〇!」

 

「撃ち方、始め!」

 

カチリ。二人は同時に引き金を引いた。砲口に閃光が走り、砲弾が放たれる。ゴーグルをしていなければ、視界が白に染まってしまうほどの強烈な光だ。

 

同じタイミングで、敵戦艦も発砲した。船団に対してイの字を描くような単縦陣を敷く二戦艦の艤装に褐色の炎が踊る。やがて、鋭い砲弾の飛翔音が、あきつ丸の耳に届いた。

 

身構えた次の瞬間、“ペーター・シュトラウス”の左舷に巨大な水柱が立ち上った。さながら天を突くバベルの塔だ。艦底から突き上げる衝撃は、あきつ丸たちのいる後部構造物をも揺らす。

 

これが、戦艦。恐るべき一六インチ砲の威力。

 

ゴクリ。生唾を呑む。キス島沖で、あの砲撃にさらされた時のことが、頭をよぎった。

 

命中しなかった第一射を受け、あきつ丸は第二射を放つ。砲弾が放たれ、その反動が肩を揺らした。

 

敵戦艦も新たな射弾を放つ。めくるめく閃光が上がったかと思うと、次の瞬間には砲煙に変わり、後方へと流れていく。全くの感情を感じさせずに放たれたその砲火が、妙な寒さをあきつ丸の背中に与えた。

 

「・・・ダメでありますか・・・っ!」

 

自らが放った第二射の成果を見届けたあきつ丸は、悔しげに呻いた。第二射もまた敵戦艦を捉えることなく、空しく水柱を上げるだけに終わったのだ。

 

やはり当たらないか。敵戦艦の砲撃を止める手立てはないのか。

 

それらの余計な思考を捨て、あきつ丸は第三射の装弾を急ぐ。冷却機構が作動し、加熱した砲身を冷やす。立ち上る陽炎で揺らぐ景色に、あきつ丸の額を汗が伝った。

 

その時。“ペーター・シュトラウス”の右舷側、つまりあきつ丸の左手から、勇壮な砲声が聞こえてきた。何事かとそちらを見遣るが、あきつ丸の位置からでは構造物の縁が邪魔になって、砲声の主を見ることはできなかった。わずかに、その砲煙のみが姿を見せている。

 

一体誰が。その答えは、すぐに示された。

 

『あきつ丸さん!』

 

通信機から飛び込んできたのは、聞き覚えのある声だった。柔らかくも、凛とした張りのあるその声は、リ島強襲上陸の際に支援してくれた、戦艦娘のもの。

 

―――まさか。

 

そう思ったあきつ丸が見つめる先、“ペーター・シュトラウス”の後方海面に、声の主は現れた。

 

腰を起点として広がる艤装は、戦艦娘の象徴だ。据えられた四基の砲塔はごつごつとたくましく、雄々しい。それでいて、曲線で構成された滑るような装甲は、風にたなびく彼女の黒髪と同じく麗しさを感じさせた。

 

「榛名殿!」

 

呼ばれた彼女が、チラリとあきつ丸を振り返り、微笑んだ。「もう大丈夫です」、そう言っているかのような、包容力に満ちた微笑みだった。

 

榛名だけではない。その横に並ぶ短髪の少女は、彼女の妹である霧島だ。艤装形状は榛名と同じだが、ダズル迷彩は施されておらず、軍艦色が陽光にきらめいている。

 

そしてさらに。その後ろに付き従う艦娘に、あきつ丸は目を輝かせた。

 

艤装形状の同じ艦娘が四人。大きさは榛名たちより遥かに小さいが、軽快さを感じさせた。

 

四人の先頭を行く艦娘が、振り向いて手を振る。あきつ丸たち陸軍艦娘が最も信頼を寄せる、鎮守府最古参の駆逐艦娘。その笑顔に、あきつ丸は心が軽くなるのを感じていた。

 

『ありがとうございました。これより、敵水上部隊の迎撃は、榛名たちが受け持ちます』

 

「了解したであります。ご武運を」

 

『“ペーター・シュトラウス”は船団に戻るよう、艦長さんにお伝えください』

 

了解と答えかけたあきつ丸は、寸でのところで口を閉じて、しばらく考える。

 

決意はすでに固まっていた。自分のやるべきこともわかっていた。

 

後はそれを、全力で成し遂げるだけだ。そのことを教えてくれたのは、今まさに敵艦隊へと戦いを挑もうとしている、彼女らではなかったか。

 

想いを成し遂げるのは難しいが、何かを成し遂げるには想い続けなければならないと、教えてくれたはずだ。

 

「いえ、このまま、皆さんへの支援を、可能な限り継続するであります。艦長殿には、自分から具申するであります」

 

『・・・わかりました、お願いします』

 

次第に小さくなる榛名は、それでもはっきりとわかるように大きく頷いた。艤装によって強化されたあきつ丸の視力は、秋の陽だまりのように暖かで優しいその表情を捉える。あきつ丸の想いは、彼女に通じたらしかった。

 

『さあ、始めましょう!これ以上の勝手は、榛名たちが、許しません!』

 

気合いを入れるように宣言した榛名たちは、さらなる射弾を放つ。一方の敵戦艦も、新たな敵に照準を合わせ、砲撃を開始した。

 

その姿を見つめ、あきつ丸は艦橋に繋がる電話を取る。彼女の考えを、艦長に伝えるためだ。

 

彼の答えは、単純にして明快なものだった。

 

 

やはり、海の上はいい。

 

砲撃の合間に大きく深呼吸をした榛名は、慣れ親しんだ潮の香りと、そこに混じる硝煙の臭いに、安堵に近い息を吐いた。

 

仲間たちの戦いを、ただ座して見守ることしかできないのは、忸怩たる思いがあった。

 

リ島強襲上陸の際、榛名と霧島の艤装は大きな損害を受け、支援母艦の入渠ドックでは修復不可能と判断されていた。正確には、短時間での調整が難しく、リ号作戦遂行中に戦線復帰は絶望的だ、と。

 

それが今、こうして海の上にいる。新たな戦いに挑もうとしている。

 

鍵となるのは、一時間半ほど前に二人の『独立艦隊』所属駆逐艦娘が“横須賀”へ持ち込んだ、二つのバケツ型容器だ。

 

鎮守府でバケツと言えば、それは高速修復材のことを差す。彼女たちが持ってきたのも、やはり高速修復材であった。

 

ただし、鎮守府工廠が開発した既存のそれとは、仕様が異なる。『独立艦隊』が持ちこんだ高速修復材は、中、小規模の損傷を高い精度で修復するものであった。

 

通常、榛名たちのような戦艦娘の艤装は内部構造が複雑で、高速修復には向かない。支援母艦のドックで行うとなれば尚更だ。艤装を修復しても、内部構造の調整や精神同調の復旧を含めて、数日はかかる。だから、榛名たちの艤装は、作戦中の修復が絶望的と判断されたのだ。

 

これが、『独立艦隊』の高速修復材を用いると違う。艤装の根幹に関わるような重大な損傷の復旧は行えないが、中破程度の損害ならば、わずか三十分で復旧できる。修復精度も高く、数日がかかる戦艦娘の整備も二時間で終えることができるのだ。

 

届けられた二個のバケツは、早速榛名と霧島に使用された。各護衛艦隊やビスマルク、あきつ丸が時間を稼いでいる間に、修復なった榛名と霧島、それに燃弾補給を終えた吹雪たち十一駆が合流して出撃することができた。

 

とはいえ、万全の状態とは言えない。出撃を急いだために、修復後の艤装を確認する時間は一時間しかなかった。“横須賀”工廠部は戦闘行動に支障なしとしているが、完全な艤装状態を保証するものではないことは、榛名もよくわかっていた。

 

―――大丈夫そう、ですね。

 

すでに三射を放ち、旋回、俯仰機構や装填機構、冷却装置に問題は認められていない。脚部艤装の出力や姿勢安定装置も正常だ。今のところ、艤装の状態はリ号救出作戦時と変わらない。

 

ぶっつけ本番となったが、ともかくこれで、戦闘に支障がないことが示された。

 

「砲撃止め」

 

第四射の準備を進めていたところで、榛名は一端の砲撃中止を命じた。隣の霧島がこちらを窺う。眼鏡の奥にある、熱くも冷静なその瞳が「どうするの?」と尋ねていた。

 

「向こうの注意を、十分にこちらへ引き付けることができました。以後は一気に距離を詰め、私と霧島の速射能力を最大限に生かして戦闘を行います」

 

榛名の指示に「了解」と答えた霧島は、立ち上る一六インチ砲の水柱の中にあっても、ただ静かにはっきりと頷いた。榛名の背中を押すように。

 

「最大戦速!」

 

次の瞬間、唸った艤装が主機を回し、体を前に押し出す。わずかに前傾姿勢を取ることで慣性の法則を誤魔化し、榛名は発揮しうる最高速力で敵戦艦への突撃を開始した。目標距離は、二万といったところだろうか。

 

「吹雪ちゃん」

 

『はいっ!』

 

榛名の呼び出しに対する駆逐艦娘の返事は早かった。そのハキハキとした声が、自然と頬を緩めさせる。最も長く、この海で戦い、様々な人や物を守ってきた彼女が一緒なのだ。これほど心強いこともない。

 

そして何より。隣で共に戦う、双子の妹がいるのだ。

 

「先行して、敵駆逐艦の牽制をお願いします」

 

『わかりました。十一駆、先行します』

 

言うや否や、さらに加速した四人の駆逐艦娘が、綺麗な単縦陣を保ったまま突撃を始めた。その後ろ姿を、榛名は目を細めて見守る。

 

自分が、心配性で、どちらかと言えば引っ込み思案であることを、榛名も自覚しているつもりだ。お姉様のような、カリスマと優しさはない。すぐ上の姉のような、気合も元気もない。妹のような、明晰さと行動力もない。

 

それでも榛名が戦い続けていられるのは、支えてくれる人がいたから。それは姉妹であり、先輩であり、後輩であり、提督であり。そしてそんな仲間たちを、全力で守りたいと思ったから。その想いに応えたいと思ったから。

 

全ての艦娘たちと同じ、何か大切なものを守りたいという、単純で明快な答えのために、榛名は戦う。

 

苛立ち紛れの砲撃が降り注ぐ。弾けた海水が髪を濡らす。飛び散る破片が艤装に当たって異音を上げる。

 

榛名はただ、駆け抜ける。二万の距離に、近づくため。そしてその時間は、決して長くはなかった。

 

「第二戦速!」

 

距離が二万を切る。榛名と霧島は減速するとともに、すぐに砲撃戦の準備を開始した。一方の敵戦艦は、急激な速度の変化に、射撃諸元の算出をやり直しているらしい。

 

同型艦である榛名と霧島では、射撃諸元を共有する統制砲撃が可能だ。が、今回はこれを選択していない。統制砲撃は二人の戦艦娘が同一目標に向けて射撃を集中するもので、二隻の敵艦を同時に食い止めることを目的とした今の状況には適さない。

 

大丈夫だ。高速戦艦娘として十分すぎる能力を有する金剛型が、敵戦艦との撃ち合いで後れを取ることはない。

 

「てーっ!」

 

砲撃戦が始まる。榛名、霧島、向かってくる二隻の敵戦艦も、ほとんど同時に発砲した。褐色の炎が海面の二か所で生まれ、衝撃波を辺りに振り散らす。

 

両足を強く踏ん張る。三六サンチ砲とはいえ、長砲身ゆえに初速は早い。新式の戦艦主砲システムを採用していることもあり、威力は従来の三割増し、貫通力は五割増しだ。Flagshipだろうと、どんとこいである。

 

報告されている敵戦艦は、ル級のEliteとFlagship各一隻ずつ。榛名が目標としたのは、右方のFlagshipだ。

 

お互いの砲弾が落下する。林立する水柱。その間を抜けながら、榛名は第二射を準備する。

 

『十一駆、戦闘に入ります!』

 

前衛として先行した吹雪が、接近を阻もうとする敵駆逐艦と戦闘に突入する。十一駆の動きは、まるで練習してきたダンスを踊るように華麗で、思わず見惚れてしまうほどだ。

 

諸元修正を終え、榛名は第二射を放つ。正面を向いた各砲塔の右砲から、新たな射弾が飛び出した。

 

彼我の砲弾が、高速で交錯し、降り注ぐ。一六インチ砲弾の上げる水柱は大きく、足元から突き上げるような衝撃に、あわやすっ転びそうになった。

 

『お先、榛名!』

 

隣の霧島が、挑戦的な声で榛名を呼んだ。今の第二射で、霧島は敵戦艦に対して夾叉弾を得ている。次からは全力の連続斉射に移れる。

 

―――負けるわけには、いかないわね。

 

榛名の第三射、霧島の第一斉射が放たれた。水圧機で吸収しきれなかった衝撃が、一瞬榛名の足を止める。脚部艤装が海面にめり込むほどだ。

 

砲弾の到達までは、十数秒。その間、霧島はその装填機構にものを言わせて、次なる斉射の準備を急いでいた。一方の榛名は、第三射の成果を、固唾を呑んで見守る。

 

「・・・よしっ」

 

今度こそ、ル級の艤装に炎が上がった。命中だ。榛名は次から、速射能力を最大限に活かした連続斉射が可能となる。

 

そんな榛名に先駆けて、霧島が新たな斉射を放つ。わずか十七秒で冷却と再装填を終えた長砲身三六サンチ砲は、その砲口に新たな斉射の炎を躍らせる。霧島の眼鏡に、オレンジ色の光が反射していた。

 

そうこうするうちに、榛名も斉射の準備が整った。細長い砲身がゆっくりと鎌首をもたげ、固定される。姿勢制御装置が、波の揺れに合わせて榛名の位置を微修正する。

 

「てーっ!」

 

号砲一発。榛名の艤装からも、待望の斉射が放たれる。振り立てられた八門の主砲は褐色の炎を吐き出し、衝撃波が海面を容赦なく叩いた。

 

敵戦艦も再び発砲する。三回の砲撃を終えて、両艦とも精度はかなり高くなっている。命中弾が出るのは時間の問題だ。それまでに、可能な限り命中弾を与え、戦力を削ぎたい。

 

榛名が第二斉射の準備を終えようとしたその時、ル級からの砲撃が降り注いだ。風切り音が途切れ、周囲の海水が沸騰する。次の瞬間、体を前へ吹き飛ばそうとするような激しい衝撃が、榛名を襲った。艤装に食い込んだ一六インチ砲弾が信管を作動させ、爆発エネルギーが榛名を揺さぶったのだ。

 

―――まだまだ!

 

榛名が怯むことはない。相手は、北方での戦いの際、金剛が撃ち負けた相手だ。だが、同じことを二度繰り返すつもりはない。鎮守府最強最速の金剛型は、やられたら必ずやり返すのだ。それが、イギリス仕込みの紳士道―――否、淑女道である。

 

榛名の主砲が二度目の斉射を放つ。砲身から立ち上る陽炎は、冷却に伴って次第に収まっていく。それが完了する頃には、弾火薬庫から上げられた新たな三六サンチ砲弾が尾栓から込められ、仰角を再び上げた主砲が射撃準備を整えていた。

 

三度目の斉射は、ル級が斉射に移行するよりも早い。八門の三六サンチ砲が轟かせる爆音は、艤装の加護がなければ鼓膜が破られてしまうことだろう。

 

榛名から数秒遅れで、ル級の艤装からもそれまでより大きな炎が湧き出した。霧島が相手取るEliteも同じだ。最終決着をつけるために会い見えた四隻の戦艦は、その全てが全力を尽くした攻撃に移ったことになる。

 

斉射が早いのは、榛名と霧島。一発当たりの威力なら、二隻のル級。炎が入り乱れ、お互いの周囲で火柱と水柱が林立する。

 

一発の一六インチ砲弾が、盾のように榛名の艤装を覆う装甲に大穴を穿ち、そこから炎が噴出する。かと思えば、三六サンチ砲弾がル級の右盾に食い込んで、砲塔を押し潰す。

 

―――譲れない。

 

絶対に、ここは通さない。例えこの艤装が傷だらけになろうとも、重圧に押しつぶされそうになろうとも、止めて見せる。

 

霧島の第十斉射が、ついにEliteを仕留めた。一際大きな火柱が生じた後、ル級がその動きを鈍くしていく。やがて、その身を右へと傾け、ゆっくりと海水に飲まれていった。

 

榛名とル級Flagshipの戦闘は、いまだ決着がつかない。榛名が速射能力にものを言わせ、多数の三六サンチ砲弾を撃ち込んでも、ル級はしぶとく耐えていた。まるで堪えていないかのように、その主砲に斉射の炎が生じる。そこから放たれた一六インチ砲弾は、強化された榛名の装甲にぶち当たって、盛大に弾け飛ぶ。

 

『こちら吹雪!敵護衛部隊の撃滅が完了しました。後はル級だけです!』

 

『榛名、射撃諸元を頂戴!今から統制砲撃をやるわよ!』

 

吹雪と霧島、二人の声が、榛名を後押しする。後は、榛名だけだと。榛名が、この戦闘に、終止符を打つのだと。

 

霧島との諸元共有が終わり、統制砲撃戦に突入する。単純計算で、斉射間隔が二分の一になったということだ。・・・と、言えればいいのだが、現在榛名の第一砲塔が旋回不能に陥っており、射撃ができない。実質的には、霧島の八門と榛名の六門、計十四門で、ル級を撃っていることになる。

 

砲撃戦の終わりは、唐突だった。

 

霧島が統制砲撃を始めてから四度目の斉射を放った時、弾着した榛名の砲弾が、ル級の装甲に当たって火花を散らした。次の瞬間、命中弾の爆炎が突き上がり、砕けた艤装の一部と思しき破片が飛び散った。その光景に、確かな手ごたえを、榛名は感じていた。

 

たった今放たれた霧島の砲撃も到達する。高空から音速の火矢が降り注ぐ。上がった火柱は二本。

 

榛名がさらに斉射を繰り出そうとしたその時、違和感の正体に気づいた。ル級が砲撃を行ってこないのだ。各所から炎を上げるその艤装は、新たな射弾を放つことなく、静かに海上にたたずむ。

 

―――勝った・・・!

 

榛名は確信した。連続した彼女の砲撃は、ついにル級から砲戦能力を奪ったのだ。

 

『榛名さん、こちらはいつでもトドメを差せます!』

 

肉薄している吹雪から、通信が入る。しぶとく海上に残る敵艦を、確実に葬ろうとするならば、彼女たちの魚雷を使うのが最も効果的だ。

 

「お願いします」

 

榛名は全てを吹雪に託す。四人の駆逐艦娘は、最後に残った襲撃者へ、さらに肉薄していった。ル級の両用砲が、接近を阻もうと砲炎を上げるが、その火箭はかなりまばらだ。榛名の砲撃で、大半を破壊されてしまったらしい。

 

やがて、水柱が上がる。榛名たちの三六サンチ砲弾が上げるものより遥かに巨大なそれは、二本、三本とル級の舷側にそそり立ち、まもなくオレンジになろうかという太陽に照らされてキラキラと幻想的に光り輝いていた。

 

『サルより全艦隊。周辺に艦影なし。全艦娘は、母艦へ帰投せよ』

 

“横須賀”の作戦指揮所から通信が入る。

 

艤装の自動消火装置が、全ての炎を消し止めたことを確認して、榛名たちも反転する。リ号船団の、長い長い一日が、ようやく終わりを迎えたのだった。

 

 

 

船団は西方海域を抜ける。リ号艦隊は、強大な深海棲艦西方艦隊の襲撃を退け、ついに鎮守府へ帰り着こうとしていた。




さて、年末までに、どれだけ伏線を回収できるのか・・・

一応、本作の決着は来年になると思います

もう一作の方が終われば、ある程度集中して書けるようになるので、もう少しテンポを上げたいところ

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