艦これ~桜吹雪の大和撫子~   作:瑞穂国

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またまたお久しぶりです。頑張りすぎたツケが回ってきて疲労気味の作者です

ポーラちゃん不思議キャラで可愛い

どうぞ、よろしくお願いします


船の護人たち

次の日の午前中。わたしは真新しい出撃用のドックに立っていました。

 

第一出撃レーン。わたしの目の前には、先ほど艤装格納庫から引き出された、わたしの艤装が据えられています。

 

駆逐艦“吹雪”。この艤装の装着者に、わたしを選んだ、かつての軍艦。その魂が、艤装には込められているそうです。

 

『吹雪』

 

わたしを呼ぶ声は、頭上のスピーカーから聞こえます。管制室に入った司令官が、ガラス越しにわたしを見ていました。

 

『艤装の装着に入ろうか』

 

「はい!」

 

それまで見つめていた艤装に背を向けて、出撃レーンに立ちます。

 

艤装の装着を行ってくれるのは、工廠部を取り仕切るユズル工廠長です。艦娘の艤装開発に関わってきたそうで、わたしの艤装の扱いにも慣れています。

 

「お願いします」

 

「おう、任しときな」

 

初老の工廠長がニヤリと笑いました。

 

天井から吊られた艤装が、わたしの背中にくっつきます。肩紐が掛けられ、バンドを絞める。脚部艤装も嵌めて、脳波コントロールと接続します。最後に、太ももに魚雷発射管が装着されました。

 

「どうだ?どっか変なところはあるか?」

 

スパナを片手に、工廠長が尋ねました。装着された艤装の各部を見回しながら、わたしは首を横に振ります。

 

「大丈夫です。特に、異常ありません」

 

「そうか」

 

工廠長が頷いて、管制室の司令官に目配せをしました。司令官が、再びマイクを取ります。

 

『ドック注水』

 

わたしのいる第一出撃レーンも含めて、ドック内に海水が注水されていきます。脚部艤装が少しずつ海水に浸かりだし、その水位がどんどん上がっていきました。

 

注水が完了すれば、いよいよ機関に火を入れて、艤装の力で水に浮かぶのです。

 

『吹雪。機関始動』

 

軽くアイドリングがされていたわたしの艤装が、ついに本格的な起動を許されました。わたしは気合いの限り、声を上げます。

 

「機関始動!」

 

途端、背部の艤装が、強烈な唸りを上げます。基礎訓練時に使っていた模擬艤装とは全く違います。気高さを感じる咆哮です。

 

「吹雪、出撃準備完了です」

 

息を吸い込む間がありました。

 

『吹雪、抜錨せよ』

 

脚部艤装のスクリューが回転を始め、わたしはゆっくりと、出撃レーンを動きだしました。

 

 

水上艦隊発見の報せは、各部の被害報告が集計されてすぐにやってきた。

 

捉えたのは、やはり早期警戒のために展開していた“鹿屋”航空隊の“彩雲”だった。すぐさま情報は作戦指揮室に伝えられ、全艦隊に共有される。

 

現在の船団針路は方位〇六五。これに対し、敵水上部隊の接近する方位は〇九五。

 

“彩雲”から報告された敵艦隊の編成は、重巡洋艦を主体とした高速艦隊が一つ、その後方に戦艦二隻を含む打撃部隊が一つ。この打撃部隊は、水雷戦隊を一つともなっていた。なかなかに強力な戦力だ。

 

作戦指揮室での精査の結果、重巡戦隊にはナガとキヨが当たり、打撃部隊はカツが押さえることになった。

 

作戦指揮室からの指示を受けて、摩耶は麾下の鳥海と十一駆と共に、配置位置から前に出る。チラリと左舷側を見れば、船団の最前部に位置する長良麾下のナガも、同じように前に出ていた。

 

摩耶と長良の間に、回線が開かれる。

 

「長良、伊勢たちが来るまで、持たせるぞ」

 

『了解。取り敢えずは、重巡部隊を牽制しておこうか』

 

「おう。水雷戦隊が出てきたら、そっちを頼むぜ」

 

『任せておいて!』

 

長良が右手を高く掲げた。その後ろに続く五十鈴、朧、曙、漣、潮も力強く頷く。両艦隊の戦闘準備は整った。

 

長良と短いやり取りを終えた摩耶は、回線を隊内に切り替える。マイク越しではあるが、摩耶に付き従う五人の艦娘たちの覚悟がひしひしと伝わってきた。

 

「まずは重巡部隊を叩くぞ」

 

了解の返事が五回続く。それを満足げに聞き届けて、摩耶は再び前方に意識を向けた。

 

『敵水上部隊、距離三万五千。陣形変わらず、重巡部隊が前衛で突っ込んでくる』

 

作戦指揮室から最新の情報が送られる。

 

作戦指揮室の置かれている“横須賀”は、艦娘支援母艦の中でも最も艦隊指揮能力に優れている。最大の艤装格納能力を持つ“呉”は六艦隊の運用が可能だったが、“横須賀”では同時に八艦隊の運用が可能だ。これは、“呉”では艤装格納用に使っていた艦内スペースの一部を、通信設備の増設に当てたからだ。

 

現在“横須賀”は、七つの艦隊を指揮しつつ、船団を総括する“佐世保”と回線を保ち、リ号作戦部隊全体の情報を一元的に処理している。いわば“横須賀”こそが、船団全体を繋ぐネットワークの中心だった。

 

水上部隊に備えて前に出た摩耶たちだが、それ以上進むことはない。あくまで彼女たちの目的は、船団の護衛であり、極力距離を取らないようにしている。

 

もちろん、戦闘に無防備な輸送艦が巻き込まれては困るので、その辺りは上手くお互いの距離を測って、砲撃や雷撃を行う必要があった。現在摩耶は、船団先頭からの距離を一万五千に保っている。

 

『敵距離、三万』

 

―――そろそろだな。

 

摩耶は自らの艤装を確かめる。両の腕の二〇・三サンチ連装砲に特に異常はない。旋回や俯仰も滑らかだ。砲身には、すでに対艦用の徹甲弾が装填されていた。

 

「鳥海、二〇〇(二万)で砲戦を始める」

 

『了解』

 

僚艦の返事は、相変わらず短い。だがそれでいい。それがいつも通りの、摩耶と鳥海だ。摩耶にとって、鳥海以上の相棒はいない。そんな相棒との間に、長い言葉は不要だ。まあ、小言だけは多いが。

 

水平線を見つめていた摩耶は、やがてその向こうから、目当てとする敵艦隊が姿を現したことに気付いた。真っ先に通信機に向かって叫ぶ。

 

「敵艦隊見ゆ!これより、邀撃に移る!」

 

作戦指揮室にそう伝えた後、すぐに隊内無線に切り替えて、摩耶は咆哮する。

 

「やるぞお前ら!」

 

この時、彼我の距離は二万三千。重巡を先頭に二隻押し立てて進んでくる敵艦隊とは、相対速力五十ノット近くで反航していることになる。砲戦距離二万に入ってくるのは、そう遠くない。

 

「鳥海、そこから二番艦を撃てるか?」

 

『少し位置取りを変えてもらえるとやりやすいわ』

 

「了解。二〇〇で取舵を切る。摩耶目標一番艦、鳥海目標二番艦。右砲戦用意!」

 

両艦隊の距離が三千を縮めるのに、大して時間はかからなかった。水平線上に現れた人型の深海棲艦は、白い飛沫を飛ばして摩耶たちに迫ってくる。その距離が、ついに二万を切った。

 

「取舵二五。測敵始め!」

 

左に舵を切った摩耶が号令する。摩耶と鳥海、二人はそれぞれの目標に向けて、射撃諸元を計算し始めた。

 

測距儀から得られた観測値が射撃指揮装置によって諸元に変えられ、主砲の旋回角と俯仰角を伝える。両腕に装着された二〇・三サンチ連装砲を、二人の重巡艦娘は掲げた。

 

「撃てええええっ!」

 

主砲口に閃光が迸り、四本の火矢が飛び出した。ほとんど同時に、敵艦も発砲する。人間の手にあたる位置にまとわりつく異形の艤装から、真っ赤な火焔が生じていた。

 

音速を超えた砲弾が交錯する。甲高い飛翔音が、急激に迫りつつあった。

 

白濁の水柱が、摩耶の正面に生じる。命中弾はない。二万という距離は、重巡同士の砲戦距離としては遠い部類に入るのだ。早々、初弾から命中弾を得ることなどできなかった。

 

摩耶と鳥海の射弾も落下している。こちらも命中弾を得ることはできず、それぞれの目標の前に、丈高い海水の塊を生じただけだった。

 

お互いに諸元に修正が加えられ、第二射を放つ。この間に、距離は一千ほど縮まって一万九千となった。

 

リ級の放った八インチ砲弾の迫る気配がする。次発装填作業を待ちながら、摩耶は弾着の衝撃に備えた。

 

砲弾は、再び全弾が摩耶の前面に落ちている。水中が林立し、砕けた水滴が摩耶の髪を濡らす。

 

『摩耶・・・』

 

鳥海の心配そうな声が通信機に入った。

 

この時点で、摩耶も気づいていた。二隻のリ級は、明らかに摩耶一人を狙っている。リ級から放たれた射弾は、間違いなく摩耶に向けて、その精度を詰めてきていた。

 

―――大丈夫だ。

 

摩耶は高雄型重巡洋艦娘だ。火力と装甲は、鎮守府所属の重巡洋艦娘の中でも特に高い。敵重巡と正面から撃ち合って、負けることはなかった。もしも、摩耶たちを撃破できるのだとしたら、それはあの新型のリ級―――リ級改Flagshipぐらいのものだ。

 

今、摩耶と鳥海が撃ち合っているのは、いずれもリ級Eliteだ。同数での砲戦なら、負けることはない。

 

その想いを示すように、二人は再び発砲する。二隻のリ級も同じだ。

 

―――来るなら来い!

 

摩耶には、逃げも隠れもする気はなかった。

 

敵弾の第三射が降り注ぐ。今度も命中弾はない。だが弾着位置は随分と近くなり、至近弾落下の衝撃も激しい。飛び散る飛沫が、発砲によって加熱した砲身に当たって音を立てた。

 

こちらの砲撃も成果はない。お互いに、第三射もまた空振りを繰り返したのだ。

 

「喰らええええっ!」

 

気合いの限り、摩耶は第四射を放つ。これまでの射撃で、相当に精度は詰まってきたはずだ。できればこの第四射で、命中か夾叉を得たい。

 

四発の二〇・三サンチ砲弾が、アーチを描いてリ級に迫る。その行方を、摩耶は固唾を呑んで見守った。

 

―――当たれ・・・っ!

 

彼我の砲弾が、それぞれの目標に向かって降り注いだ。摩耶の前には、先ほどよりも近い位置に、敵弾の水柱が立ち上る。その隙間から、摩耶は自弾が上げた成果を見つめた。

 

「よしっ!」

 

思わずガッツポーズを作る。摩耶の第四射は、命中弾こそないものの、敵一番艦を夾叉していた。

 

「摩耶、全力斉射へ移行する!」

 

高らかに宣言する。これからは、装填機構の性能が許す限り、敵艦に連続斉射を見舞い続ける。

 

『鳥海、全力斉射に移行します』

 

摩耶の僚艦も、有効弾を得て、敵艦への連続斉射に抗する旨、報告した。

 

「撃てええええっ!」

 

『てえっ!』

 

二人が発砲する声が、重なった。一拍を置いて、両手の主砲塔から褐色の砲炎が沸き起こる。反動を脚部艤装が沈み込むことで吸収し、熱が摩耶の顔を照らす。煙が辺りに漂い、重巡級の発砲のすさまじさを物語っていた。

 

入れ替わるようにして、敵の第五射が摩耶に迫る。その飛翔音がそれまでと異なっていることに、摩耶の耳は気づいていた。

 

至近弾とは全く質の異なる衝撃が、摩耶の艤装を震わせた。弾着した敵弾のうち一発が、摩耶の肩艤装に当たって弾ける。第五射で、リ級はついに、摩耶を捉えたのだ。

 

―――だが、そう簡単にはやられねえ。

 

自らの艤装の強靭さは、摩耶もよくわかっている。真正面から撃ち合い、打ち破るだけの能力があることも、知っている。だから彼女は、自らを信じて、撃ち続ける。

 

第五射に続いて放たれた第六射は、二本の火柱を敵一番艦に生じている。対して敵の第六射は、一発がエネルギー装甲に弾かれ、もう一発は主砲の防盾に当たって火花を散らした。

 

四隻の重巡洋艦が、揃って第七射を放った。爆風が海面を揺らし、火球のオレンジが蒼の中に照り返す。

 

彼我の距離は、一万三千を切ろうとしている。距離が近くなるにつれて、主砲の仰角は低くなり、その威力も増していく。摩耶たちと敵艦、どちらが先に音を上げるか。

 

リ級の艦上に、火焔が踊る。逆に、摩耶の艤装にぶち当たった敵弾が盛大に弾け、異音を奏でる。

 

「まだまだっ!」

 

射撃に支障はない。摩耶は何事もなかったかのように第八射を放つ。敵重巡も、怯むことなく発砲する。彼我の砲弾が再び交差し、目標に落下する。

 

確かな手応えがあった。

 

弾着の瞬間、敵一番艦が一際大きな火焔に包まれた。二〇・三サンチ砲弾ではありえないほどの大きな火球に、摩耶は目を見張った。何が起こったかは、誰の目にも明らかだ。

 

摩耶の放った二〇・三サンチ砲弾は、敵一番艦の弾火薬庫を直撃し、盛大に吹き飛ばしたのだ。

 

半身を地獄の炎で焼かれるリ級は、断末魔の雄叫びを上げながら急速に傾斜を増していく。撃沈確実だ。

 

「鳥海、そっちはどうだ!?」

 

『大丈夫、何とかなるわ』

 

頼もしい僚艦の声に、摩耶は彼女の勝利を確信した。

 

ほどなく、鳥海が狙っていた敵二番艦の射弾が止む。否、鳥海の砲撃によって、敵二番艦はそれ以上の砲撃戦が不可能になったのだ。摩耶に集中的に砲撃を行う深海棲艦の企みは、失敗したのだった。

 

「・・・敵駆逐艦、後退」

 

摩耶の対水上電探は、重巡がやられたことで撤退していく駆逐艦の艦影を捉えている。その後方、多数の艦影が映っていた。敵水雷戦隊、そして―――

 

『戦艦部隊接近!』

 

―――来たか・・・っ!

 

水上部隊の主力と思しき戦艦群が、その威風堂々たる艤装を唸らせて、摩耶たちへ―――船団の方へと迫っていた。

 

『水雷戦隊が出てきた!こっちで抑える!』

 

通信機から、長良の声が聞こえる。動きだした敵水雷戦隊に合わせるように、彼女たちも増速する。

 

次の瞬間、水平線にめくるめく閃光が走った。昼間の太陽にも劣らない光量が海面を照らす。彼方で上げるその轟音が、ここまで伝わって来るかのようだ。

 

急速に迫る飛翔音。それまで相手取っていた重巡の八インチ砲とは比べ物にならない、凶悪な威圧感。体の奥底を凍らせる死のクレッシェンド。

 

「衝撃に備えろ!!」

 

摩耶が通信機に吹き込んでから数秒、その飛翔を終えた一六インチ砲弾が、摩耶たちの周囲に降り注いだ。丈高い水柱は海水のカーテンとなって辺りを覆い尽くし、スコールの如く大粒の水滴を降らせる。初弾から、精度は高い。おそらくは優秀なレーダーを搭載している、Elite以上の戦艦だ。それも、弾数から見て二隻はいる。

 

夜戦なら、摩耶たちでも相手取ることができる。艤装の補正によって、戦艦と撃ち合えるだけの能力を付与されるからだ。だが、昼戦では勝ち目はない。艤装の補正がないことはもちろん、お互いが視認できるので、砲戦距離も必然的に長くなってしまう。

 

昼戦で戦艦を倒すには、やはり戦艦しかいなかった。

 

轟音は摩耶たちの後方から聞こえてきた。対水上電探に映っている影。その方角から聞こえた雷鳴のごとき咆哮は、高らかな旋律を頭上に振りまきながら、先頭のタ級へと伸びていった。

 

一番艦の周囲に、四本の水柱が上がる。観測射撃であることは明白だ。摩耶は自然と口角が吊り上がるのを感じた。

 

『お待たせ!』

 

通信機から、溌剌とした戦艦娘の声が聞こえた。否、正確には、彼女たちはただの戦艦ではなく、航空戦艦だ。

 

『キヨは安全圏へ退避。敵戦艦部隊は、カツが引き受ける』

 

高らかな宣言と共に、伊勢が第二射を放った。それから一拍を置いて、タ級も再び発砲する。新手に向けて、その照準を変更したらしかった。

 

「安全圏まで退避する。取舵一杯」

 

摩耶は指揮下の艦娘たちに伝えて、束の間筋肉を弛緩させる。

 

普段の摩耶なら、ここで突っ込んでいくところなのだが、今回は何よりも輸送船団を守らなくてはならない。我武者羅に突撃するのは止めるよう、お節介な姉に念を押された。しかも、見張りとでもいうかのように、鳥海とセットである。もっとも、摩耶としても鳥海と組むことには何ら不満もないので、特に気にはしていない。

 

攻撃だけが、守る方法じゃない。摩耶はそう肝に銘じて、しばらく戦いを静観することにした。この間に、艤装各部の再チェックもしておきたい。

 

摩耶たちが離脱する間も、伊勢の砲撃は続く。一方、日向は一向に発砲しようとはしなかった。まるで何かを待っているかのように、掲げられた八門の主砲は沈黙を守っている。

 

ふと、上空を波打つ羽音に、摩耶は気づいた。反射的にそちらを見上げる。聞いたことのあるメロディーは、やはり「火星」エンジンの上げる力強い咆哮だった。この艦隊に所属する航空機で、これだけの唸りを上げる機体は、一つしかない。

 

―――一式陸攻・・・?

 

頭上に羽ばたいていたのは、“鹿屋”航空隊が運用する双発攻撃機だった。それが三機。敵機に襲いかかろうと高度を落とすわけでもなく、伊勢と日向の上空に張り付いている。

 

ここで飛ばす意図を、摩耶は掴みかねていた。だが次の瞬間に、それを理解する。

 

『敵一番艦に命中弾!』

 

―――嘘だろ!?

 

伊勢から上がった報告に、摩耶は目を見開いた。

 

伊勢と敵戦艦部隊が砲戦を開始したのは、概算で三万。伊勢に搭載されている四五口径三六サンチ主砲の最大射程ギリギリだ。本来であれば、この距離で命中弾を得ることは不可能と言ってもいい。

 

観測射を続ける間に、彼我の距離が二万七千程度まで縮まったとはいえ、砲戦距離としてはまだまだ遠いはずだ。それなのに、伊勢はわずか四射目にして、命中弾を得ることができた。

 

理由は一つしか考えられない。上空の一式陸攻だ。

 

―――確か“鹿屋”航空隊にも、小数機配備されていたはずだ。

 

“銀河”への転換が進む一式陸攻だが、その用途を攻撃だけに留めておくのはもったいない。基地航艦が産み出したのは、砲戦を支援する機体―――高高度観測機だった。魚雷や爆弾の代わりに、気象情報等の観測機器や対水上電探を搭載したこの機体は、戦艦娘の測距儀だけでは得られない射撃データを与えることができる。その分、射撃精度は向上するのだ。

 

基地航空隊の鷹娘との高度な連携が必要とされるこの射撃方法は、新式主砲システムへの換装がまだだった伊勢と日向のみが、その訓練を受けている。

 

ここで、日向が沈黙していた理由もわかった。遠距離からの砲戦。敵戦艦が命中弾を得られないうちに、一方的な連続斉射を浴びせて行動不能にする。そのために、単一目標に射弾を集中する戦法。

 

性能が近い同型艦が、同一射撃諸元を用いることで可能とする砲撃戦、それが統制砲撃戦だ。鎮守府所属の戦艦娘は、姉妹でこれが行えるだけの研鑽を積んでいる。

 

案の定、伊勢が命中弾を得るのを待っていたかのように、日向が発砲した。初弾から斉射だ。突き立てられた八門の主砲が褐色の炎を上げ、日向の正面に衝撃波のクレーターを作る。主砲発射の反動に、日向の脚部艤装が大きく沈み込んだ。

 

八発の三六サンチ砲弾が、敵戦艦に向けて飛翔していく。逆に、敵戦艦の砲弾も伊勢たちへ向けて飛んでくる。巨弾が高空ですれ違い、高らかな音を響かせて海面へと突っ込んだ。

 

敵戦艦に、命中弾炸裂の閃光が走る。艤装の破片と思しき影が飛び散り、タ級が咆哮を上げる。砲戦距離が長いために、三六サンチ砲弾はほぼ真上から降り注いだのだ。

 

日向が装填作業を行う間に、今度は伊勢が斉射を放つ。彼我の弾着の様子がわかりやすいように、両艦はタイミングをずらしての統制砲撃を試みていた。

 

伊勢の第一斉射がタ級を捉える。信管を正常に作動させた三六サンチ砲弾が、盛大に弾けてタ級の艤装を削り取った。

 

入れ替わりに、伊勢と日向の周囲にも敵弾が落下し、海水を沸騰させる。白い巨塔の合間に、オレンジの光が瞬いた。空振りを繰り返した敵一番艦の主砲が、ついに伊勢を捉えたのだ。

 

日向の周囲に立ち上った水柱にしても、その精度は確実に高まっている。こちらの射弾を浴びせていない分、この敵二番艦の射撃の方が厄介だ。できれば早々に一番艦を沈黙させ、二番艦に砲門を向けたい。

 

その想いを込めるかのように、日向が再び斉射を放った。八発の砲弾が飛び出し、撃ち合うタ級から戦闘能力を奪おうとする。背負った艤装が火球を生じる様は、海上に立ち塞がる守り神の如くだ。まさに彼女たちは、船団に迫り来る脅威を、その力をもって排除しようとしている。

 

ウズウズと、摩耶の主砲が疼く。目の前で、仲間が戦っているのだ。共に戦いたいと思わないわけがない。

 

それでも、その気持ちをグッとこらえる。船団護衛においては、守るべき輸送艦の周囲に、防衛線の穴を開けてはならない。今にも主機を一杯にして突っ込みたい衝動を、摩耶は理性で必死に抑えていた。

 

今一度放たれた日向の斉射が、さらに二発の命中弾を与えた時、一番艦の様子が目に見えて変化した。腰回りに据えられた艤装からは絶えることなく黒煙が噴出し、その姿を覆い隠す。左舷への傾斜も進んでいた。そして何より、伊勢に三発が命中した一六インチ砲が、鳴りを潜めている。

 

『敵一番艦、速力低下。撃破と認む!』

 

伊勢の弾んだ声が聞こえた。統制砲撃による連続した三六サンチ砲の応酬が、ついにタ級から戦闘能力を奪い去ったのだ。

 

「いいぞ伊勢、日向!その調子だ!」

 

摩耶も思わず、開かれた回線に向かって鼓舞する。

 

『ふふん、ま、この伊勢さんに任せといてよ!』

 

通信機の向こうから、自信たっぷりといった伊勢の声が聞こえた。

 

とはいえ、状況は決して楽観視はできない。残った二番艦の、日向に対する砲撃はその精度をかなり向上させており、彼我の距離が縮まったこともあって、命中弾が出るのは時間の問題だ。こちらが全力で統制砲撃を行えるまでに、それなりの時間が必要になる以上、多数の被弾は覚悟しなければならない。

 

伊勢が観測射を行うべく、その目標を変更している間に、二番艦の砲撃が再び降り注ぐ。

 

日向の幸運も、そこまでだった。立ち上る水柱の間に閃光が走り、金属が擦れるような異音を奏でる。ここへ来て、二番艦の砲撃が日向を捉えた。次からは斉射が降ってくる。

 

『目標二番艦!撃てっ!』

 

それに負けじと、伊勢が二番艦に対する第一射を放つ。その諸元は、自らの測距儀のみならず、日向からの観測値、一式陸攻からの気象データを加味しており、精度は通常射撃よりも格段に高い。

 

その実力を示すかのように、第一射が二番艦を包み込む。目を凝らして砲弾の軌跡を追っていた摩耶は、感嘆の唸りを上げた。

 

四本の水柱は、二本が手前、もう二本が奥に生じている。伊勢は、砲術の理想とされる、初弾夾叉という偉業を成し遂げていた。

 

―――すげえ。

 

高高度観測機を用いた観測射撃を、十二分に使いこなしているからこそできる芸当だ。ただただ、感服するしかない。

 

―――あの二人が、負けるはずがねえ。

 

今の一射で、摩耶はそう確信した。

 

例によって、日向が斉射の口火を切る。一発程度の被弾など、歯牙にもかけていないように、先程までと変わらない轟音を鳴らす。

 

二番艦のタ級も、それに倣うかのごとく、怒りに似た咆哮を滲ませて斉射を放つ。腰回りの艤装から、禍々しいまでの炎が上がり、一六インチ砲弾を宙空へと放り出す。音速を越えた砲弾同士が交錯し、それぞれの目標に降り注いだ。

 

摩天楼を思わせる白濁の塊が、双方同時に生じる。お互いに命中弾はあるが、戦艦がそう簡単に沈むはずはない。十分過ぎる耐久能力で、衝撃に耐えていた。

 

日向の主砲身が下がり、次弾の装填を行っている間に、今度は伊勢が発砲する。日向に遅れまじと、長女の意地を乗せているかのような砲声が、辺りを圧した。砲炎の照り返しが、その横顔を染めている。

 

命中弾炸裂の爆炎が二つ上がる。タ級の真っ白な肌が、噴き上がった炎でオレンジに染まっていた。

 

第二斉射は、日向よりもタ級の方が早かった。こちらが次弾装填に四十秒かかるのに対し、タ級Eliteは三十秒で再装填を終える。斉射間隔では、タ級の方が短い。

 

日向が第二射を放った直後に、タ級の射弾が落下してくる。それまでに倍する瀑布が突き上がり、日向を包み込んだ。命中弾に艤装が弾け、エネルギー装甲が艦娘を保護する。

 

『日向、大丈夫!?』

 

伊勢が不安げに尋ねる。が、当の日向は、これといって被害があるわけでもないらしく、普段通りの落ち着き払った声で答えた。

 

『大丈夫だ。早々にケリを着けるぞ、伊勢』

 

わずかに口角が吊り上がった声に聞こえた。

 

『そうだねっ!』

 

答えた伊勢が、斉射を放った。姉妹艦の声に応えようとする、確かな信頼と意志。統制砲撃戦を行うのに、これほど適したパートナーなどいまい。

 

砲撃の行方を、摩耶もまた、固唾を飲んで見守る。すでに距離二万三千を切ったタ級を凝視していた。

 

水柱が上がる。白く染め上げられたオブジェがタ級を覆い隠し、しばし天然のカーテンとなる。やがてそれが取り払われると、タ級の被害状況が見えてきた。

 

一目で、艤装右舷側の被害が大きいことがわかる。砲座と思しきところからどす黒い煙が上がり、長く後方へと引き摺っている。相当な被害を与えているはずだ。

 

だが、タ級も退かない。日向の斉射が放たれる前に、その主砲がもう一度唸りを上げる。発砲の威圧感も、それまでと何ら変わっていない。むしろ、煙を纏ったことで、より禍々しさが増していた。

 

日向が再び水柱に包まれる。正面に生じた水塊を艤装で突き破り、その姿が露となった。戦艦娘を象徴する巨大な艤装は、薄い煙を引いている。

 

それでも、砲撃に支障はない。日向は何事も無かったかのように、再三の斉射に踏み切った。

 

今度も、二発がタ級を捉える。通算で十発目の命中弾だ。

 

『いっけええええっ!』

 

これで決める。その決意を表して、伊勢が絶叫した。八門の三六サンチ砲が強烈な閃光を放ち、火球の中から砲弾が飛び出す。砲身の内筒に刻まれたライフリングが砲弾に回転を与え、超音速のまま美しいアーチを描く。

 

物理法則に則った飛翔を終えた砲弾は、タ級の装甲にぶち当たり、喰い破った。それだけで、すべてが決まった。

 

タ級の艤装から、一際大きな炎が上がった。三六サンチ砲弾炸裂の炎とも、タ級の斉射による砲炎とも違う。頭上に輝く太陽の光が霞んでしまうほどの、圧倒的な光量が海面を赤に染め上げた。

 

伊勢の砲弾はタ級の弾火薬庫に突入し、そこに蓄えられていた主砲弾を一時に誘爆させたのだ。

 

青白い業火に包まれたタ級は、断末魔の叫びすら上げることなく、ズブズブと沈んでいく。その主砲口に、再び炎がきらめくことはない。

 

伊勢と日向の統制砲撃は、二隻の敵戦艦を撃沈破したのだ。

 

伊勢が砲撃止めを下令する。加熱した砲身が冷却に入った。

 

『敵水雷戦隊、撤退していきます』

 

長良も報告を上げる。これで、ひとまず水上部隊の襲撃を防ぐことができた。

 

『小破以上の損傷を受けた者は、応急修理を受けてくれ。キヨ、ナガは今のうちに弾薬補給を。間もなく、第二次空襲が始まる可能性が高い』

 

作戦指揮室が指示を出す。

 

砲戦で被害の生じた伊勢と日向は、応急修理を受けるべく後退して行く。一方、小破まで損傷が行っていない摩耶は、対空火器や射撃管制装置に問題がないことを確認して、このまま前線に留まることを決めた。

 

砲戦を終えた二人の戦艦娘と擦れ違う。その視線が、摩耶と合った。

 

後はよろしく。そう言っているように見えた。

 

―――任せとけ。

 

二人に向かって、摩耶は力強く頷いた。

 

深海棲艦の第二次攻撃が、刻々と迫っていた。

 




今度こそ、早く書きます

リ号作戦が意外と長くなりそうで怖い

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