艦これ~桜吹雪の大和撫子~   作:瑞穂国

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どうもです

こちらの投稿ペースがもとに戻ってきました

これからものんびり進めていくつもりです

どうぞ、よろしくお願いします


祈りと願いを

・・・そういえば、その頃。思い出すようになったことがありました。

 

あの時の夢を久々に見たのは、司令官が着任して四日後だったと思います。数年前の、あの日のことを。

 

わたしには、歳の離れた兄がいました。深海棲艦との戦争で両親を亡くしたわたしたちは、お互いが唯一の家族でした。

 

優しく明るかった兄のおかげで、両親がいなくても寂しさを感じたことはあまりありませんでした。それに、孤児院には、わたしたちと似たような境遇の子たちもいましたしね。

 

―――「大丈夫だ、俺に任せろ!」

 

それが兄の口癖でした。小さいながらに、その時の兄の表情を眩しく見ていたものです。

 

ですが。そんな兄との別れは唐突で、呆気なく。

 

沈みゆく船。辺りを遊弋する深海棲艦。救命ボートにわたしを押し上げた兄は、しかしそこで力尽きたように、笑顔のまま・・・。

 

あの時のことを、今思い出したのは。軍帽の下に覗いた司令官に、兄の面影を見たから。兄と同じように、わたしを見守る、暖かく優しい瞳。きっと、兄が生きていたら。司令官みたいになったんだろうなあ。そんなことを、ただぼんやりと思っていました。

 

兄のことに整理を付けられたのかと言えば、答えは否だと思います。わたしが艦娘になることを承諾したのには、少なからず兄を奪った深海棲艦への復讐の念がありましたから。

 

・・・今は、そうですね。どうなんでしょう。今も、同じようなことを想っている気がしますし。でもそれ以上に、今の仲間たちと共に歩んでいきたい、守りたいという気持ちが強い気もしますし。

 

まだまだわかりません。

 

 

息を潜めて物陰に隠れていたあきつ丸は、そっと向こう側を覗いた。基地施設の廃墟の中には、支援艦隊の戦艦部隊との撃ち合いで傷つき、黒煙を上げる港湾棲姫の姿が見える。滑走路もやられたらしく、航空機が飛び立つ様子はない。

 

―――好都合であります。

 

頭に叩き込んだ地図で現在位置と極秘ドックへの距離を確認する。ここから直線で一・三キロ。七百メートルを進むのに三十分かかったから、単純計算で後一時間はかかる。

 

沖合の砲声はすでに止んでいる。上陸支援の艦娘たちは撤退して、夜間まで『独立艦隊』が出てくるのを待つことになっていた。

 

港湾棲姫の様子を確認したあきつ丸は、手振りだけで部隊に前進を指示する。物陰から次の物陰へ。音を立てないように、一人ずつ進んで行く。U-511が移動する際は、二人で前後を守り、素早く場所を移った。殿に位置するあきつ丸は、それを見送ってから物陰を移動した。

 

「隊長、次の物陰まで距離があります」

 

あきつ丸に代わって部隊の先頭になった神州丸が報告する。見ると、次の物陰までは軽く二百メートルはありそうだ。他に隠れられる場所はないかと探したが、見当たらない。

 

―――走るしかなさそうでありますな。

 

こういう時、陸軍艦娘であるあきつ丸たちの本領が発揮される。陸上においても艤装の力を使うことができる彼女たちなら、継続して力を発揮できるし、足も速い。ようはパワードスーツである。

 

ただ、U-511に関してはそうもいかない。彼女はれっきとした潜水艦娘であり、陸上では艤装の力は失われてしまうのだ。

 

「ユーさん」

 

あきつ丸は小声で呼びかける。

 

「走れるでありますか?」

 

U-511は静かに頷いた。

 

「四人ずつ、走るであります」

 

短い指示を出せば、すぐに全員が準備に取り掛かる。最初の四人が、息を合わせて飛び出した。残ったものは、いつでも援護ができるよう、K砲を構える。

 

異変は唐突に起きた。

 

あきつ丸の隠れている物陰から港湾棲姫の方へ百メートルほどの距離にある瓦礫が、にわかに動きだしたのだ。

 

最初は目の錯覚かと思った。だが違う。瓦礫とは思えない、きれいな球体をした“ソレ”は、まるで意思を持っているかのように、自ら転がり出したのだ。球体の速度は次第に速くなっていく。そしてその先には、今まさに物陰に到達しようかという四人の陸軍艦娘の姿があった。

 

―――まずい!

 

球体の正体が何だかはわからない。だが、それが間違いなく陸軍艦娘たちを狙っていることは、すぐにわかった。

 

「総員支援射撃!」

 

あきつ丸はとっさに口頭マイクに吹き込む。その声で気づいた、走っていく四人も含めて、全員がK砲を球体に向け、引き金を引いた。

 

二十門のK砲と球体からの発砲はほぼ同時だった。

 

砲声と火箭が入り乱れる。K砲の砲弾が何発か球体に当たって弾けたが、球体が堪えた様子はない。あきつ丸たちのいる物陰にも気づいたのか、火箭はこちらにまで伸びてきた。

 

「走れっ!」

 

最早一刻の猶予もない。あきつ丸はとっさに、物陰から走ることを決断した。

 

全陸軍艦娘、そしてU-511が駆けだす。球体に向けて威嚇射撃をしながら、二百メートルを全速力で駆け抜ける。物陰から全員が脱した時、さっきまであきつ丸のいた位置に弾丸が突き刺さり、盛大に爆発して物陰を吹き飛ばした。

 

目の前の球体からではない。

 

―――近くにもう一体いる!

 

殿について走り、K砲を咆哮させながら辺りを見回したあきつ丸は、同じような球体が全部で三つ、こちらに向かっていることに気付いた。それぞれが火砲を放ち、あきつ丸たちを攻撃する。たまに命中弾が出ると、陸軍艦娘の艤装が弾けて断片が飛んだ。

 

時折後ろを向きながら走り続けるあきつ丸は、謎の球体のディティールを確認した。

 

球体の子午線には一本線が入っており、これが回転することで推力としているようだ。いつだか、未来の自転車というので似たような構造を見たことがある。とすれば、方向転換は重心の移動で行っているのだろうか。

 

球体の火点は二つ。北半球の北緯三十度辺りから、砲炎が生じている。それと、北極点辺りには擲弾筒のようなものも見えた。おそらく、先ほど物陰を破壊したのは、この兵器だ。

 

この球体が、戦車のようなものであることに、あきつ丸も思い至った。否、一四サンチ砲相当のK砲を二、三発喰らったところで大したダメージになっていないのだから、どちらかと言えば移動要塞や陸上戦艦に近いかもしれない。

 

―――ですがこのままでは、ずっと追い回されることに。

 

何とか撃破しなければならないが、何分球体の足が速い。走っていなければすぐに追いつかれてしまう。陣形を敷いて迎撃しようにも、そんなことをしている暇さえなかった。

 

何とか、何とかしなければ。

 

三体の球体のうち一体から、擲弾が放たれる。それを見たあきつ丸が、部隊全体に予想落下点からの回避を命じた。間一髪で直撃は免れたが、飛び散った断片が艤装に当たって嫌な音を立てた。

 

火箭が迸り、再び陸軍艦娘の悲鳴が上がる。陸上でも艤装の加護があるとはいえ、元々陸軍艦娘の装甲はさほど厚くない。一発でも、相当なダメージを被ることになる。

 

このままではじり貧だ。全力疾走と焦りによる汗が、あきつ丸の額を幾筋も伝った。

 

次の瞬間。あきつ丸の視界に、人影が映った。走るのを止め、くるりと球体の方を振り向く影は、長くしなやかな白髪をなびかせていた。

 

U-511だ。

 

あきつ丸は背筋が凍るのを感じた。U-511には、陸上で艤装の加護がない。陸軍艦娘たちのように運動を補助することもできず、はっきりいって艤装はお荷物だ。だから、最低限の生命維持部分を除いて、全てを外してきてもらった。

 

それでも、陸軍艦娘たちほど走ることはできない。それに艤装の加護もないから、一発でも当たればそれはすなわち重傷―――最悪の場合は死を意味する。

 

そのU-511が、走るのを止めて、球体に向き合った。

 

―――ダメであります!

 

最後まで走らなければ。走り続ければ、なけなしの希望は繋がる。自らそれを捨てるようなことなど、あってはならないのだ。

 

力一杯踏み込んで、あきつ丸は急制動をかける。その手を伸ばし、U-511の腕を掴もうとした。

 

だが、あきつ丸の心配は杞憂に終わる。残った艤装から何やら黒光りする細い棒状のものを、U-511は取り出した。

 

「てーっ」

 

そしてそれを、先頭の球体に向かって投擲する。飛翔した物体は、金属光沢を太陽に反射させて、球体にぶち当たった。

 

K砲とは比べ物にならない爆炎が噴き上がり、球体が擱座して停止する。唖然としたあきつ丸は、たった今U-511が投げたものが何だったのか理解した。

 

魚雷だ。U-511は艤装に残していた魚雷を投擲したのだ。さしもの移動要塞も、魚雷の直撃など想定していなかったのだろう。

 

残った二体の球体が、わずかに怯んだ。そしてその瞬間を逃すほど、第一特務師団は甘くはなかった。

 

瞬時に射撃姿勢を取る。あきつ丸はU-511に飛びつき、その身を庇って横に飛びのいた。

 

「撃てっ!」

 

陸軍艦娘たちが一斉に発砲する。K砲が砲声を響かせ、球体の各所に火花が上がる。

 

「喰らえタコ焼き野郎!」

 

神州丸の咆哮が聞こえた。そしてその言葉通り、残った二体の球体が、多数の被弾に耐えかねて沈黙した。

 

U-511を庇ったあきつ丸は、下げていた頭を上げる。神州丸が親指を立てた。

 

「大丈夫でありますか?」

 

下敷きになっているU-511に尋ねる。コクリと確かに頷いた彼女は、頬をわずかに朱に染めてそっぽを向いた。

 

「魚雷での攻撃とは、御見それしたであります」

 

そう言いながら彼女を助け起こす。U-511は、一際小さな声で

 

「・・・ダンケ」

 

と言った。

 

「隊長、こそこそする意味がなくなっちゃいましたね」

 

砂埃と硝薬で汚れた顔で神州丸が言う。彼女含め、陸軍艦娘たちの目にはいい笑みが浮かんでいた。

 

「仕方ない。走るであります」

 

あきつ丸はそう宣言した。沸き立った陸軍艦娘たちは、空になったK砲の弾倉を換装して、力強く頷く。方針は決まった。

 

「ユーさんは隊長がお願いします」

 

「それが妥当でありますな」

 

第一特務師団内でもっとも艤装の馬力に余裕があるのはあきつ丸だ。U-511ぐらい軽ければ、背中に背負って走ることはわけない。

 

「隊長を守って走るぞ。準備しろ!」

 

神州丸が指示する。最も艤装の状態がいい五人が部隊の先頭に立ち、U-511を背負ったあきつ丸を陸軍艦娘たちが囲む。損傷の激しい者は、余計な艤装を外して、走りだけに専念することにした。

 

「ユーさん。しばらく揺れるであります。ご了承を」

 

U-511は頷いて、腰を屈めたあきつ丸の背部艤装に座る。あきつ丸の艤装は、U-511が乗っても軽々と持ち上げた。

 

「総員駆け足!突っ走れ、であります!」

 

戦国時代の足軽よろしく、第一特務師団は残りの一キロを爆走し始めた。

 

 

薄暗い極秘ドック内。“ペーター・シュトラウス”の艦首に立つビスマルクには、先ほどまで外で響いていた砲火の音が、はっきりと聞こえていた。それが収まったのは、一時間ほど前のことだろうか。

 

『チンジュフ』から来るという上陸部隊は、無事リランカ島に上陸することができたのだろうか。

 

現在“ペーター・シュトラウス”が保有する戦力は、ビスマルクと駆逐艦二隻だけ。夜間の強行軍、いざという時に頼りになるのは、上陸部隊が保有している艦上からの支援火砲のみだ。

 

そもそも、上陸部隊が持ってくる海水の塩分除去装置がなければ、機関を動かすことすらできない。ローマが予告した通り、二週間で艦内排水の浄水装置が限界を迎え、真水は飲料用と負傷者の手当て用で精一杯だ。機関を動かすための蒸気を産み出せるほど、大量の真水を確保するには、“ペーター・シュトラウス”が浮かんでいる海水を、塩分濃度を下げて機関に取り込むしかなかった。

 

―――今は、信じて待つしかない。

 

手すりを握りしめる。はっきり言って、可能性は低い。そもそも艦娘というのは、陸上で行動するようには設計されていない。それに、リランカ島の周辺には主力級の敵艦隊が展開している。いくら上陸部隊が、陸上でも艤装の能力が使える陸軍艦娘とやらでも、その包囲網を突破するのは容易ではないはずだ。

 

それでも、自ら希望を捨てるようなことは、絶対にしない。それは、私を信じてくれている、仲間たちへの裏切りだから。たとえどれ程泥臭くても、ビスマルクは決して絶望などしないと決めた。

 

そして、その想いに応えようとするかのように。極秘ドックから繋がった通路の方が、にわかに騒がしくなった。

 

―――来た!?

 

薄暗い中で、通路からの出口に目を凝らす。次の瞬間、その扉が開いて、見張りのザラが飛び出した。

 

「ビスマルクさん!上陸部隊来ました!」

 

その声に続くようにして、ぞろぞろと艦娘が入ってくる。ざっと見て二十人ほどだろうか。全員大きな艤装を背負っているのに、全く重そうにしていない。陸上でも艤装の力が使えるというのは本当らしかった。

 

辿り着いた上陸部隊の中に、見知った顔を見つける。ビスマルクの命を受けて、辛い航海の果てに見事『チンジュフ』に行きついた、潜水艦娘のU-511だった。

 

「511!」

 

思わず、その名を呼ぶ。隊長と思しき黒い制服を着た陸軍艦娘に背負われていた彼女は、そこから降り立つと、笑顔で手を振った。

 

ザラの案内で、陸軍艦娘たちは“ペーター・シュトラウス”の舷側から乗り込んでくる。ビスマルクが彼女たちを迎えると、ここまで走ってきたのか、荒くなった呼吸を整えて、隊長が前に進み出た。

 

「第一特務師団隊長、あきつ丸であります」

 

「アキツマル、さん。私は、ビスマルク。アトミラールに代わり、この艦隊の指揮を預かっています」

 

お互いに差し出した手を握りしめる。額に汗を浮かべながら、あきつ丸は柔らかく微笑んだ。

 

「さあ、急ぎましょう。時間はそれほどないであります」

 

「・・・ええ、その通りね」

 

時刻は間もなく正午を迎えようとしている。日没とともに脱出作戦を敢行するには、今から準備を始めなければ。

 

「薬品と機材は、要請のあったものをすべて持ってきたであります。指示を、お願いしたいであります」

 

「わかったわ」

 

ザラに頷くと、彼女がすぐに駆けていく。数分もすれば、工廠と医務室の担当部員が到着するはずだ。

 

「すぐに、積み下ろしの準備を」

 

あきつ丸が指示すると、陸軍艦娘たちが背負った艤装から次々とコンテナ型の荷入れが降ろされる。赤は塩分除去装置関係の部品、青は不足気味の薬品と、分けられているらしい。これなら一目でわかる。

 

「ビスマルク殿」

 

「何かしら?」

 

積み荷を降ろして、分類を続けるあきつ丸が、ビスマルクに話しかける。食堂部にあきつ丸たちの食事の準備を指示していたビスマルクは、たった今終わった艦内電話を元の位置に戻して、あきつ丸を振り返る。

 

「艤装は、格納庫に入れさせていただいていいでありますか?」

 

あきつ丸たちの艤装は、上陸作戦とここまでの道程で、所々損傷している。大規模な修復は今は無理だが、ささくれ立った部分や小さな弾痕を塞ぐことはできるはずだ。

 

「大丈夫よ。丁度空きが多いから、好きに使って頂戴」

 

ビスマルクが笑って見せると、あきつ丸も相好を崩す。積み荷を回収するためにやってきた工廠部員にお願いして、損傷のひどい陸軍艦娘を優先的に格納庫へと連れて行ってもらう。

 

積み荷が全て持って行かれ、陸軍艦娘たちは続々と格納庫へ艤装を降ろしに行く。最後に残ったあきつ丸は、丁寧に謝辞を述べた。

 

「お心遣い、感謝するであります」

 

「いえ、こちらこそ。私たちを助けに来てくれたこと、心より感謝しているわ。本当にありがとう」

 

二人は連れ立って、艦底近くの格納庫へと艦内を進む。薄暗い中、口元に微かな笑みを浮かべながら、あきつ丸は話し続ける。

 

「見捨てることなどできないのであります。皆さんを助けたい、そう強く想う娘が、自分たちを突き動かしているのであります」

 

あきつ丸の言う“強く想う娘”というのに、ビスマルクは思い当たる節があった。以前、アトミラールが少し口にしていた、『チンジュフ』で最古参の駆逐艦娘のこと。彼女が、提督と艦娘たちを支えていること。

 

―――ああ、私たちは幸運ね。

 

願いは届いたのだ。想いは実を結んだのだ。私たちがU-511に託した祈りは、『チンジュフ』に確かに拾われて、そうしてここへと帰ってきた。

 

ならばやるしかあるまい。絶対に、全員が生き残る。

 

今夜の出港に備えて、今はとにかく、準備を怠らないことだ。

 

“ペーター・シュトラウス”の艦内では、急ピッチ且つ静かに出港の準備が進んで行く。リランカ島からの夜間脱出という、最大の賭けに打って出るために。

 

組み立てられた塩分除去装置が稼働を始め、真水を供給された機関部が始動に向けた準備を始めた時、日没までの時間は五時間を切ろうとしていた。

 




次回はリランカ島からの逃避行です

と、言いましても。高速支援母艦の速力にものを言わせて逃げるだけなので・・・

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