艦これ~桜吹雪の大和撫子~   作:瑞穂国

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久々の超高速投稿

今回はリ号作戦前夜ということで、短めの話です


守るのは希望

庁舎までの間、わたしと司令官の会話は、ほとんどが鎮守府についてでした。

 

生活してみてどうかとか、不便はないかとか、他にも施設のこととか。わたしが答えている間、司令官はじっと聞き入っていて、真剣にこちらの話を聞いてくれる、いい司令官だと思いました。

 

正直、最初は少し不安だったんです。怖い軍人さんだったらどうしようって。

 

でも実際の司令官は、若くて、見るからに優しそうで・・・。いくらか覚悟していた分のギャップもあるのでしょうが、司令官に対するわたしの第一印象は、すこぶる良いものでした。

 

「ここが執務室です」

 

庁舎の奥、埠頭に面した部屋にある一室に司令官を招いたわたしは、扉を押し開けて、中へと案内します。

 

青を基調とした質素な机。ガラガラの本棚。それ以外には、これといってものはありません。

 

―――大丈夫だよね。埃、ないよね。

 

つい二時間ほど前に雑巾がけをしたばかりですが、わたしは部屋を見回して確認しました。

 

「隣は司令官の私室と給湯室になってます」

 

わたしが説明すると、司令官は「ありがとう」と言って、持った荷物を片付けようと二つある扉のうちの一つに手をかけました。

 

ですが、その先にあったのは給湯室でした。

 

「ああっ、すみません!逆でした!」

 

わたしは慌てて謝ります。ですが、しばらくの沈黙の後、どちらからともなく笑いだしてしまいました。

 

 

統合陸海軍間のすり合わせは、想像以上に早く終わった。そこに、あきつ丸の多少強引なまでのねじ込みがあったことは、すでに知っていることだ。さらに言えば、独断専行もいいところで始めた、上陸を想定した訓練も影響しているのだろうが。

 

手綱が緩いと言えばその通りだが、現場にとってはむしろ好都合だった。所詮、上層部はアマノイワトの向こう側にあるのだ。やり方さえ間違わなければ、多少の強引な策は通る。

 

―――にしても、あの人を持ってくるとは。

 

あきつ丸という陸軍艦娘、さすがは特務師団の長を務めるだけはある。なかなかに強かというか・・・統合陸軍にとっては、お気の毒というか。あきつ丸が、救助作戦ねじ込みのための窓口としたのは、ヒトシ中将であった。統合陸軍内でもそれなりに発言力があり、人望もある。そのくせ頭はキレ、なのに性格は温厚の一言。腹の探り合いしか知らない連中にとっては、全く考えが読めない、恐ろしい人物に違いない。

 

提督も、直接会うのはすり合わせのための会議が初めてだった。終始ニコニコとしていても、眼鏡の奥の眼光は揺るぎない。

 

―――「あの娘たちを、頼みます」

 

会議の後、そう言って頭を下げたヒトシ中将に面食らったのは、提督の方だ。

 

まあ、ひとまずあの時のことは置いておこう。

 

作戦室の海図台を囲んだ面々を前に、提督は話を始める。

 

「リ号救出作戦の実施が、正式に決定した」

 

リ号作戦におけるリランカ島からの協力勢力―――『独立艦隊』という呼称が定まった彼女たちの救助作戦は、リ号救出作戦と定められた。鯖世界における、統合陸海軍初の共同作戦だ。今日はその作戦の最終確認である。

 

そのため、作戦室に詰める面子もいつもとは少し違う。まず、普段通りの赤城、加賀、長門、大淀、明石、そしてユキと提督。輸送作戦を指揮するライゾウ。救出作戦を指揮するのはタモンだ。さらに“鹿屋”航空隊指令スエオ大佐。陸軍艦娘からはあきつ丸。

 

もう一人、漂着した独立艦隊艦娘―――U-511(潜水艦娘たちはユーと呼んでいる)もいる。ドイツ語を母国語とする彼女には、通訳として伊八―――ハチが付いている。が、日常会話に支障がない程度には日本語ができるらしく、通訳は専門用語に関する説明がほとんどだ。

 

―――「アトミラールが、日本語だったんです」

 

なぜ日本語が話せるのかという問いに対する答えはこうだった。疑問は尽きないが、それらは後で訊くこととした。

 

「本作戦の目的は、今更言うまでもなく、リランカ島に籠城する『独立艦隊』の救出だ」

 

液晶パネルの海図が拡大され、リランカ島が大写しとなる。その南東の海岸に、『独立艦隊』の基地を示す赤い点が示された。

 

「ここが彼女たちの基地。ただし、深海棲艦の攻撃を受け、大きな損害を負っている。また、陸上型の存在も危惧されている」

 

提督は確認するようにユーを見る。コクリ、その物静かな顔が頷いた。

 

「避難先の極秘ドックは、基地から見て西側だ。つまりここに避難している彼女たちを助けるには、基地より東側で上陸し、基地を突っ切って駆けこむしかない」

 

赤い線で書き込まれた進行ラインが、リランカ島に書き込まれる。これが、あきつ丸たち陸軍艦娘の部隊が進む救出ルートになる。

 

「あきつ丸たちが合流後、支援艦には夜を待ってドックから出てもらう」

 

簡単にまとめれば、救出作戦の概要はそう言うことだ。

 

「上陸時の支援として、高速支援母艦“大湊”と航空支援母艦“鹿屋”を向かわせる。参加艦隊は後で発表しよう。救出された艦隊は、その後輸送艦隊と合流だ」

 

基本的な話は以上だ。そう言った提督の後を引き継ぐのはユキだ。

 

「救出艦隊は、インドネシアで輸送艦隊と分離し、大陸沿いにリランカ島への接近を試みます。こちらの方が、遠回りですが深海棲艦との接触率も少ないことが、これまでにわかっています」

 

これは、過去の『独立艦隊』との接触で、潜水艦娘が突き止めたことだ。基本的に、大陸沿岸は小規模な偵察艦隊が極々まれに出没する程度だった。

 

深海棲艦にとって重要なのは海運網の封鎖であり、決して無限ではない戦力を効率よく配置しているのだろう。

 

「上陸作戦は早朝に行います。“鹿屋”航空隊、及び救出支援艦隊の援護のもと上陸し、『独立艦隊』と合流。そこから出港準備等も含めれば、丁度陽が沈む頃にあちらの支援艦がドックを出ることができます」

 

リランカ島周辺を夜間のうちに突破できれば、深海棲艦の襲撃を大幅に軽減することができるはずだ。

 

「救出支援艦隊の編成は、高速少数とする」

 

ユキを引き継ぐのはタモンだ。

 

「高速戦艦二、重巡二、軽巡二、駆逐隊を二つ。これなら、“大湊”の速力を最大に活かして、リランカ島に接近できる。引き上げる際の回収も簡単だ」

 

「それと、航空支援の意味でも、この規模が限界と判断しました」

 

スエオがタモンの意見を補強する。

 

「“鹿屋”航空隊の編成は、“烈風”三十二機、“銀河”三十機、一式陸攻四十機、“彩雲”六機です。百機を超えますが、空母艦娘ほど自由に動けない以上、支援できる規模はこれが限度です」

 

スエオがそう締めくくった。

 

「第一特務師団の上陸訓練は、順調に進んでいるであります」

 

今度はあきつ丸が言う。

 

「先行試作型の試作型、ではありますが、配備したK4の慣熟も間もなく完了します」

 

妙な言い回しで続けたのは明石だ。先行試作型の試作型、つまりまだ試製の名称が外れないものを急遽製造し、特務師団に回しているのだ。ちなみにK4は、洋上携行狙撃砲につけられた略称で、巡洋艦用大口径狙撃砲のF4に倣ったものだった。

 

「以上が、リ号救出作戦の詳細だ。なお、極秘ドックへの誘導役として、U-511にも作戦に参加してもらう」

 

終始聞き入っていたユーが、ぺこりと頭を下げた。

 

「いくつかよろしいですか?」

 

手を上げたのは加賀だ。提督が促すと、いつも通りの冷静沈着な声で話し始める。

 

「救出部隊と輸送部隊は、どのタイミングで合流するのですか?深海棲艦とて馬鹿ではありません。包囲網から抜ける艦があることに気付けば、追撃をしてくる可能性が十分に考えられますが」

 

「救出艦隊は、輸送船団への物資積み込みが始まってから分離する。帰還時には輸送船団の準備が整っているから、護衛艦隊の一部で出迎える。それだけの戦力を揃えれば、あの狭い海峡をわざわざ追撃してはこないだろう。その前に捕捉されたら、そもそも助ける方法はない。まあ、高速支援母艦の足で、海峡に差し掛かる前に深海棲艦の追撃に捕まることはないだろうがな」

 

答えたライゾウの言う海峡とは、インドネシアとカレー洋を結ぶ、大陸と大きな島の間のことだ。

 

「まかせろ。今回の“大湊”は、全速力の発揮が可能だ」

 

タモンがニヤリとした。

 

高速支援母艦―――含めた通常船と、艦娘の速力は基準が違う。前者のノットは一海里を基準とするが、後者は艦娘専用の距離の表し方同様、砲戦距離を基準とする。単純計算では、支援母艦の速力は、最も遅い“呉”でも艦娘換算で二七ノットは出る。高速支援母艦である“大湊”ならば、最大速力は五〇ノットにも上る。鎮守府最速の島風でも四〇ノットであるから、いかなる艦娘も深海棲艦も“大湊”には追いつけないことになる。

 

もっとも、常に最高速度を出せるわけではないし、艦娘の艤装を積み込めばそれだけ重く、遅くなる。それでも、少数編成の艤装重量なら、最高速度をいかんなく発揮できる。とりあえず、襲われたら速さにモノを言わせて逃げればいいのだ。

 

“鹿屋”の最高速力も同じくらいであるし、ユーの話では『独立艦隊』の支援艦はもっと速いという。「逃げるが勝ち」戦法を使うのは、何の問題もなかった。

 

「二つ目に。夜間脱出の援護はどうしますか?飛鷹さんは確かに“鷹娘”の資格を持っていますが、この短期間で夜間攻撃の技能まで磨く時間はなかったはずです」

 

「そればかりは、あちらに頑張ってもらうしかない。それでも襲撃された場合は、あきつ丸たちに支援艦の上から迎撃してもらうしかないだろう」

 

「そちらの訓練もバッチリであります!」

 

あきつ丸がグッと親指を突き出した。

 

「以前から研究していた、分解組み立ての可能なF4も配備できました。もっとも、こちらに至っては試製どころか実験段階の代物ですけど」

 

明石が補足する。

 

「まあ、さっきも言った通り、そもそも艦娘や深海棲艦より早い船だ。たとえ見つかったとしても、捕捉されることはまずないだろう」

 

これでいいか?提督の問いに、「では、最後に」と前置いて、加賀が話を続けた。

 

「・・・救出作戦の成否は、どの段階で判断しますか?」

 

救出作戦の成否。仮に失敗したとしたら、どの段階で切り上げるのか。どこまで、待つことができるのか。

 

タモンが答えようとしたところ、提督が目で制してきた。頷いて、説明を譲る。

 

「一度目の上陸が失敗した時点で、救出作戦は失敗したものとする」

 

細い加賀の眉が、ピクリと跳ねた。提督は続ける。

 

「救出支援の艦隊も、“鹿屋”航空隊も、輸送船団にとっては非常に重要な戦力だ。残念ながら、現在の鎮守府では代えの利く戦力ではない。彼女たちの損耗を低く抑え、輸送作戦を成功させることが最大の目的だ」

 

本来の目的を損なって救出作戦を続行するのは、本末転倒。提督は目はそう言っていた。そしてそこに、どれだけの葛藤があったのか。

 

「・・・厳しい条件ですね」

 

「そうだな」

 

それ以上は何も言わない。

 

「ですが。いえだからこそ、自分たちが全力を尽くして、救助を成功させてみせるであります!」

 

あきつ丸が力説した。それが、加賀を元気付けるためだということに気付かないものはいない。この困難な作戦に際し、自らが参加できないことに忸怩たる思いがあることは、加賀を見た誰もがわかっていた。

 

その後も、各々指摘がある。輸送船団との合流、敵襲撃艦隊突破の対処法再検討、艦上支援火器の配置、陣形の確認。

 

その場の誰もが―――直接作戦に参加するわけではない者も、熱心に議論を交わす。

 

リランカで待つ同胞たちの命運は、この作戦の成否にかかっているのだから。

 

 

最終的な、リ号作戦(輸送、救出含め)参加艦艇は、以下の通りとなった。

 

・救出作戦

 

指揮官:タモン少将、スエオ大佐

 

救出支援艦隊

 

支援母艦:“大湊”、“鹿屋”

 

戦艦:榛名、霧島

 

重巡洋艦:高雄、愛宕

 

軽巡洋艦:神通、那珂

 

駆逐艦:吹雪、白雪、初雪、深雪、白露、時雨、村雨、夕立

 

潜水艦:U-511

 

統合陸軍第一特務師団陸軍艦娘二十人

 

・輸送作戦

 

指揮官:ライゾウ中佐

 

護衛艦隊

 

支援母艦:“横須賀”

 

戦艦:伊勢、日向

 

航空母艦:龍驤、祥鳳、瑞鳳、千歳、千代田、隼鷹

 

重巡洋艦:妙高、那智、足柄、羽黒、摩耶、鳥海

 

軽巡洋艦:長良、名取、五十鈴、鬼怒

 

駆逐艦:睦月、如月、望月、三日月、朧、曙、漣、潮、霰、霞、陽炎、不知火、黒潮、舞風、谷風、天津風

 

直衛艦隊

 

支援母艦:“佐世保”

 

重巡洋艦:古鷹、加古

 

軽巡洋艦:天龍、龍田

 

駆逐艦:皐月、文月、長月、菊月、朝潮、大潮、満潮、荒潮

 

他輸送艦四十二隻

 

これ以外に、潜水艦娘四人―――イムヤ、ゴーヤ、イク、ハチが先行し、敵西方艦隊の漸減を図ることとなっていた。また、輸送作戦の参謀として、長門、赤城、大淀が同行することになっている。三次元的襲撃が予想される西方艦隊に複数の艦隊で対処するには、ライゾウだけでは不可能だ。そこで、“横須賀”に設けられた作戦指揮室で、各艦隊の動きを集め、一元的に指揮するのだ。

 

予定通り、作戦は一週間後に始まる。北方作戦から連続での、困難な作戦だ。

 

だがそれでも、やり遂げようという意思は、艦娘も、もちろん提督たちも強い。

 

救出艦隊の助けを待っている者がいる。

 

輸送艦隊の持ってくる資材が国を蘇らせる。

 

だから彼女たちは戦うのだ。

 

 

 

工廠部に艤装を預けた吹雪は、埠頭に立って夕焼けの海を眺める。明日から、参加艦娘の艤装積み込みが始まるのだ。吹雪は救出艦隊の一員として出撃することとなった。

 

この海を取り戻すと誓った。身寄りのない自分は、それでも誰かのために戦いたいと思った。その“誰か”が、一体誰のことなのか、気づいたのは最近だ。

 

―――「この海を、一緒に取り戻そう」

 

そう言って笑った司令官。思えば、あの時から―――

 

慌てて頭を振る。

 

“誰か”。それは、彼にとっては、全ての艦娘のことだ。たった一人の、吹雪のことではない。

 

―――・・・って、作戦前なのに!何考えてるのわたし!

 

これでもかと頭を振り、偏った自らの考えを振り払おうとする。

 

「・・・大丈夫、吹雪?」

 

「ふえあっ!?」

 

突然掛かった声に、素っ頓狂な声を上げる。振り向くまでもなく、立っているのが司令官だとわかる。

 

いつでも、まったくもって変なタイミングで声を掛ける司令官だ。

 

「び、ビックリしました」

 

「そうか、それはごめん」

 

苦笑した司令官も、吹雪に並んで海を眺める。たったそれだけ。それだけでも、こんなにも満たされている自分。

 

―――だから、違う。

 

少なくとも今だけは。吹雪にとって、彼はいつでも見守っていてくれる、司令官だ。

 

「今回も、任せたよ。吹雪」

 

いつからだろう。頼んだよ、と言わなくなった。任せたよ。司令官はそう言って―――

 

ぽん。

 

温かな優しい手で、頭を撫でてくれるのだ。




いよいよ、次回からリ号作戦の開始です

足りない戦力、限られた時間、強力な敵

果たして、吹雪たちはこの困難を乗り越えられるのか・・・?

・・・落ち着いて大和さん、あなたの出番は輸送作戦じゃないでしょ?ね?

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