艦これ~桜吹雪の大和撫子~   作:瑞穂国

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なんか最近ペース速いよな・・・

大丈夫かな・・・

未だに、船団が出る気配がゼロっていう

どうぞよろしくお願いします


希望の向う先

自己紹介したわたしを、司令官は驚いたような表情で見つめていました。それからゆっくりと、言葉を選ぶようにして開かれた口元が、印象的でした。

 

「それじゃあ・・・君が、艦娘ですか?」

 

「は、はい。わたしが、艦娘第一号艦です」

 

緊張気味に答えます。彼は目を細め、じっとわたしを見つめた後、何かを思い出したように、優しげな声音で話し始めました。

 

「挨拶がまだでしたね。自分は、この鎮守府を預かることになったものです」

 

そう言って、サッと右手を上げました。本職の敬礼は、はっとするほどに洗練されて、美しいものです。

 

「よろしくお願いします」

 

「あ、はい!こちらこそ、よろしくお願いします、」

 

それから、目の前の将校のことをどう呼ぼうか一瞬迷って

 

「司令官!」

 

わたしは、司令官をそう呼ぶことにしました。

 

 

往々にして、人間の予感というものは、存外当てになるものなのである。

 

提督は、それをよく知っていた。元情報将校である彼は、ある意味でその『予感』を最も磨いた人材ともいえる。だから、提督となった今も、時たまこの予感というのを元に、仮説を立てて検証してみることがあった。

 

ただまあ、今回に関しては、それほど高度な予感は必要ない。情報将校として培った分析能力が、早い段階でそれを察知しただけだ。

 

秘書艦もまだ来ていない執務室で、リ号作戦に関わる書類と向き合おうとしていた提督は、その扉が小気味よくノックされるのを聞いた。独特なリズムを刻んで鳴らされたその音には、聞き覚えがある。

 

一言で表せば、嫌な予感しかしない。

 

「どうぞ」

 

気の進まないのを押し殺して、ノックに応える。次の瞬間には、なんの遠慮もなしに、勢いよく扉が開かれた。

 

「よー、久しぶりだな後輩ー」

 

細身の眼鏡と、端正な顔、オールバックの黒髪と、どこからどう見ても理知的な冷血漢にしか見えないのに、その声音はイメージ瓦解もいいところだ。頭を抱えたい衝動を辛うじて抑えられただけ、先輩思いの後輩と思ってほしいものである。

 

「・・・お久しぶりです、シゲノリ先輩」

 

渋々立ち上がって、件の先輩を歓迎した。

 

シゲノリと呼ばれた男は、提督が情報将校だった頃の先輩だ。階級は共に大佐であるが、これは提督が鎮守府を預かるに当たって特例で昇進したからであり、実際には三期上である。それでも、その若さで大佐に登り詰めているのだから、それ相応に優秀な男であるのは確かだ。

 

まあ、この通りかなりふざけた先輩ではあるのだが。

 

「なんだなんだ、その時化た面は?」

 

図々しくもこちらを覗き込む顔には、一見冷酷に見える笑みが浮かんでいるが、それが楽しんでいる時の表情だというのは、提督もよく知っていた。

 

この人が、誰かを本気で冷笑している時は、それこそ満面の笑みになるものなのだ。

 

「・・・たった今、頭痛の種が増えたからです」

 

「ほほう、それは災難だったな」

 

まったく悪びれる様子もない。こういう先輩なのだ。

 

盛大にため息を吐くことくらいは、許されていいだろう。

 

「それで、先輩」

 

このまま無駄に時間を使いたくはない。というか、できればこの先輩を、早々にこの執務室から追い出したい。

 

「どうして、上層部直属の情報将校であるあなたが、鎮守府に?」

 

「良くぞ訊いてくれた!」

 

シゲノリは、大げさな手ぶりでそう言った。

 

「・・・もったい付けずに早く言ってください、仏頼み先輩」

 

「仏頼みじゃない!神懸かりと言え、神懸かりと!」

 

―――どっちでもいいですよ!

 

俗に言う、めんどくさい先輩なのである。仕事だけやってれば、かなり優秀な人なのであるが。

 

「まあ、前振りはこの程度か」

 

するとシゲノリは、持っていた黒い鞄から書類の束を取り出した。クリップで止められた、それなりに厚みのある書類の束である。

 

「・・・これは?」

 

「おいおい、薄情な後輩だなあ」

 

シゲノリは端正な眉を八の字にする。

 

「わざわざ俺に頼んでおいて、もう忘れたのか」

 

「・・・まさか」

 

心当たりはあった。半年以上前だから、丁度ユキが鎮守府に着任した頃だっただろうか。

 

それは、DB機関が保有していた、極秘文書だ。もっとも、提督は実際に読んだこともなく、その存在を辛うじて耳にした程度だ。

 

最初はイソロク長官に頼み込んだ。彼は、その書類は現在存在しない―――少なくとも、鎮守府司令部はその行方を把握していないと言った。

 

だが、その書類が存在していたことは認めた。そして代わりと言っては何だがと、ある可能性を教えてくれた。

 

―――「DB機関は、自衛隊と米軍を中心としていた組織だ。通信遮断で自然消滅みたいな形になったが、はっきりと解体が宣言されたわけではない。だから、その時の書類が、もし残っているとするならば、それは上層部―――統合海軍令部にある可能性が高いだろう」

 

幸い、提督には上層部に知り合いがいた。それが、シゲノリだ。

 

上層部は、基本的に鎮守府を目の敵にしている。それを表にしないのは、現在の両世界の日本を支えているのが、鎮守府とそこに所属する艦娘だとわかっているからだ。

 

そこに加えて、このシゲノリの存在が大きいと、提督は睨んでいる。上層部直属の情報将校であるシゲノリだが、その実はイソロクの命を受けて送り込まれた、いわば密偵だ。上層部が無茶な作戦を立てないか見張り、彼らが必死に隠そうとする秘密を暴く。自衛隊史上最高の情報将校と言われるその手腕を買われてのことだ。

 

そんな事をすれば、真っ先に疑われて罷免されそうなものだが、その程度の偽装などシゲノリにはお手の物だ。イソロクに情報を伝えるにしても、自分が直接伝えるなんていう馬鹿なことはしない。一体全体どんなルートを持っているのか、時には上層部の会議の内容を、ほぼライブで鎮守府司令部に伝えてきたことがあった。

 

まったくもって恐ろしい先輩なのだが、いかんせん、普段がこれだ。もっとも、こんなふざけた態度だからこそ、今まで疑われて来なかったのかもしれないが。

 

今回の依頼も、実は半ば諦めていた。

 

―――「おう、任せておけ!」

 

そんなことを言って二つ返事でシゲノリは捜索を了承してくれたが、以来何の音沙汰もないので、やはり書類は喪失したのだと思っていたのだ。

 

―――探してくれていたんですね。

 

こんな態度でなければ、もっと素直に感謝できるのだが。

 

「・・・本物ですよね?」

 

「俺が嘘を吐いたことがあったか?」

 

「私が記憶している限り、先輩が本当のことを言ったのは四回です」

 

「じゃあ、これが五回目だよ」

 

パンパンと書類を叩く。

 

「いやー、上層部の書庫ってのも、大変だな」

 

「書庫にあったんですか?」

 

「まあな。最初は機密書類の保管庫だと思って探してたんだが」

 

木を隠すなら林とは、よく言ったものだ。シゲノリはそう呟いた。

 

「書庫の本棚、よく見たら衝立に隠しスペースみたいのがあってな。案の定、そのうちの一つに入ってやがった」

 

そして、その書類の束を差し出す。

 

「ありがとうございます。でも、よく持ち出せましたね」

 

どうやったんですか?視線で尋ねると、シゲノリは不敵に笑う。

 

「おっと、そいつは企業秘密だ」

 

「・・・ですよね」

 

提督は受け取った書類を、恭しく掲げる所作をした。

 

「コピーは三部までな」

 

「わかってます。いつ返しますか?」

 

「午後には帰るから、その時に返してくれ。それまでは、せっかくこっちに来たことだし、鎮守府を見学させてもらうよ」

 

そう言って踵を返し、扉へと戻っていく。それを開く前にこちらを振り向くと、こう残して部屋を去っていった。

 

「元気そうで何よりだ」

 

閉じた扉に礼をして、執務机に腰掛ける。片付けておきたい書類はいくつかあるが、最優先はこれだ。

 

ペラリ、ペラリ。ゆっくりとページを捲っていく。その度に、自分の表情が険しくなっていくのを、提督はありありと感じていた。

 

その手が止まったのは、丁度中ほどまで読み進めた時だ。目を留めたページを、まじまじと食い入るように読む。

 

背中を、嫌な汗が伝った。それこそ、あの嘘吐きの先輩のことだ。手の込んだイタズラではないか、そう疑いもした。だが、彼がそんなことをする理由も見つからなかった。

 

―――当てにするには、確たる証拠がない。だが、確かめてみる価値はある、か。

 

取り敢えずは、コピーを取ろう。これからのことを考えれば、いつかこの書類を、誰かに託す時が来るかもしれない。

 

今は、誰かに見られるわけにはいかない。茶封筒を用意した彼は、読み終えた書類の束を、その中へと仕舞い込む。

 

『深海棲艦の出現と活動に関する考察』

 

自分が手にしたこのカードは、果たして奇貨となりうるのか。提督にはまだわからなかった。

 

 

ピッ。ピッ。

 

心電図の音は規則的で、美しくさえある。個々の人間が持つ、生命のリズムだ。それなのに、なぜこれほどに物悲しく、虚しいものに聞こえるのか。ビスマルクはその答えを知りながらも、あえて無視することを選んだ。現在最高指揮権を有する自分が動揺するわけにはいかないし、何より目の前の状況を受け入れるのが嫌だった。その程度には、まだまだビスマルクは若輩で、人間的だった。

 

真っ白なベッドに横たえられ、各種の計器に繋がれているのは、彼女の妹艦、ティルピッツであった。なんとか山を越して、酸素マスクは取れているものの、依然としてその意識は戻らない。艤装から逆流した“ティルピッツ”の船魂は、彼女の精神に相当なダメージを与えていた。

 

白く透き通るような肌。その下には暖かな血液が流れてピンクに染まっており、生気に溢れている。だが、彼女の意識が回復するかは、まだわからなかった。

 

「姉様、そろそろ」

 

ビスマルクの後ろに控えていたオイゲンが、気遣うように言った。その言葉に、ビスマルクは小さく頷く。

 

「・・・また、来るわね」

 

そう言って、ティルピッツの手を握る。それでも握り返してくることのない手に広がりそうになった絶望を、驚異的な自制心と責任感で押さえつけた。

 

ゆっくりと席を立つ。奥で他の負傷者の手当ても行っている軍医に会釈して、ビスマルクは医務室を後にした。

 

ここは、支援艦“ペーター・シュトラウス”の艦内医務室だ。深海棲艦の襲撃によって負傷した艦娘や基地職員の手当てを行っている。

 

襲撃から三日。最終的に、“ペーター・シュトラウス”への避難が間に合ったのは、全職員の七割、およそ三百五十人だ。そしてこの三日で、十分な処置を行えず亡くなったのは、十二人にも上る。他にも、重傷者が三十人、軽傷者は数えきれない。

 

今のビスマルクを支えているのは、なけなしの責任感と副官だけだった。それがなければ、今にも倒れて、年頃の少女のように泣いてしまっていることだろう。だが今のビスマルクに、それは許されていない。

 

行方知れずのアトミラールに代わって、艦隊を指揮する義務が、ビスマルクにはあった。

 

「艤装修復の状況は?」

 

通路を艦橋へと歩きながら、ビスマルクは小声で尋ねた。襲撃以後、喋る時は自然と小声になってしまっている。

 

「姉様の艤装は無傷で、いつでも出撃可能です。レーベとマックスも簡単な整備だけで終えられています。ただ、私とティルピッツさんの艤装は、損傷が激しくて、修復を行うには電力が足りません」

 

ビスマルクは顔をしかめた。何とかしたいが、こればかりは仕方がない。発電機から供給される以上の電力を産み出すには機関を動かせばいいが、そんな事をすればさすがの深海棲艦もこの秘密ドックに気づくだろう。その前に、こちらが一酸化炭素中毒で全滅しかねない。

 

発電機の電力だけでも、修復を行うことは可能だ。だが今は、その分の電力を医療機器の使用に回している。これをカットすることはできない相談だ。

 

「こればかりは、どうしようもないわね。他に報告は?」

 

「基地の工廠から、残った艤装のコアを、可能な限り運び出しています」

 

コアは、艦娘が艦娘たる核心の部分だ。船魂そのものと言っても過言ではない。最悪これさえあれば、いずれ艤装を修復することは可能だ。

 

そんなことをして、何になるというのか。自棄になりそうな思考は、すぐに頭の外へと掃き捨てる。どんな時でも、希望を自ら捨てるようなことは、絶対にしてはいけない。まして、それが彼女の妹が、身を挺して繋いでくれた希望なら。

 

「日没までは?」

 

「後二時間です」

 

「今夜も、引き続き作業をお願い」

 

「わかりました。そう伝えます」

 

夜間ならば、敵艦載機も活動できない。洋上の敵艦隊から、廃墟となった基地の施設周辺をうろつく影を捉えることは、まずできないはずだ。あらゆる行動は、夜の闇が守ってくれている間に行わなければならない。

 

それと、気になることはもう一つ。

 

艦橋に辿り着くと、すでに多くの人員が集まっている。ビスマルクが招集をかけた面子だ。希望を守る、参謀たちだ。

 

「お疲れ様です、ビスマルク」

 

いつものおっとりとした調子ながら、確かな覚悟と慈しみを感じさせる声音は、リットリオのものだ。イタリア艦をまとめるヴィットリオ・ヴェネトが負傷した今、彼女がイタリア艦隊をまとめてくれている。普段はほわほわとした優しげな艦娘だが、こういう時の眼光は他を圧する鋭さがある。

 

「ありがとう。問題ないわ。話を始めましょう」

 

気遣う言葉に礼を述べ、海図台の上に引き出した地図と各種資料を囲んで、会議の開始を指示する。

 

「まずは、この“ペーター・シュトラウス”についてよ」

 

先陣切って話を始めるのは、ローマだ。極力電灯を抑えている艦橋では資料が見ずらいらしく、右手で眼鏡の位置を調整した。

 

「食料の備蓄は、二週間分。艦内の農園は機能しないと思って頂戴。飲料水はもっと深刻。怪我人の手当てにも使わないといけないし、最悪四日で尽きるわ。外の予備電源でもいいから、浄水器を早く動かさないと」

 

船にとって、水不足は深刻な問題だ。海には水が山ほどあるじゃないか、と思われがちだが、海水をそのまま生活用水に使えるはずもなく、どうしても使うなら煮沸が必要になる。しかし、一度にそんな大量の海水を煮炊きすることなどできないのだ。

 

前述の通り、現在の“ペーター・シュトラウス”には、そんな余裕はない。真水を供給するには、外部の作戦指令室近くにある発電機を使って、艦内の排水に大規模な浄水作業を行うしかない。

 

それでも、あくまで急場しのぎだ。どんなに頑張っても、水も食料類と同じく二週間が限度だと、ローマは言った。

 

「次に、“ルフトバッフェ”の報告だ」

 

そう言って引き継いだグラーフ・ツェッペリンの手元には、書類は何もない。彼女は嘆息して、首を横に振る仕種をした。

 

「いい報告は何もない。襲撃で飛行場は壊滅、機体もすべて失われた。唯一残ったのは、出撃後に燃料切れで不時着した“メッサーシュミット”が一機だけだ」

 

深海棲艦の第二次空襲は、退避が完了した後に始まった。物量は奇襲であった第一次とは比べ物にならない。

 

“ルフトバッフェ”は善戦した。航空機の操作は、航空隊運用能力を有する“ペーター・シュトラウス”からでも可能だった。半壊した滑走路から出撃が可能だった単発機が全て上がり、深海棲艦艦載機を迎撃した。しかし、不十分な迎撃体制では、数の上で互角だった敵戦闘機を相手取るので手一杯だった。結局、三度にわたる空襲で戦闘機隊は半数が失われ、滑走路も破壊された。ここに、リランカの空の傘たる“ルフトバッフェ”は壊滅したのだ。

 

「つまり、今のこちらの航空戦力は、この艦に積まれた予備機のみだ。戦闘機と爆撃機、合わせて十二機じゃ、なにもできはしない」

 

航空母艦娘であるツェッペリンの言葉は、重く艦橋にのしかかった。

 

「・・・コアの回収は?」

 

重い空気を払いのけようと、ビスマルクはオイゲンに尋ねる。

 

「昨夜までに、四割を回収しました。今夜も回収作業を実施するつもりです。ただ、残りは工廠施設の瓦礫に埋もれているため、回収には相当の困難が予想されます」

 

「重ねてになるけれど、よろしくお願い」

 

オイゲンはコクリと、はっきり頷いた。

 

さて。最後に、気になることが一つ。確かめなければ。

 

「リットリオ」

 

「はい」

 

「昨夜の、リベッチオが言っていた件は、どうなったかしら?」

 

リットリオの目が、さらに鋭い光を帯びた。

 

「昨夜、回収作業に参加した娘全員に聞いてみました。その可能性は十分に高いかと思います」

 

「そう。目覚めるのは、いつ頃?」

 

「提督からの情報が正しければ、四日後。規模によりますが、完全体になるにはさらに三、四日かと」

 

その時が来れば、こちらの動きは完全に封じられてしまう。

 

何か、対策を打たなければならない。

 

「それで、ビスマルク」

 

眼鏡の奥の目を細めて、ローマが正面から見据えてきた。

 

「これからどうするつもりか、訊いてもいいかしら」

 

ローマの追及には容赦がない。そういうところで遠慮をするような彼女ではないことを、ビスマルクもよく知っている。そしてここにいる面子に、一切の誤魔化しが利かないことも。

 

「・・・」

 

ビスマルクは押し黙る。

 

方法は、ある。なんとも虫のいい方法だが、賭けてみる価値は十分にあると、ビスマルクの理性は告げている。だが彼女の中の矜持が、この、独立した艦隊の一員としての矜持が、簡単にその判断を下してもいいものかと問いかける。

 

ローマが溜息を吐いた。

 

「・・・あなたの悩んでいること、当ててあげようかしら?」

 

それでも口を開かないビスマルクに遠慮などせず、ローマはさらに言葉を続けた。

 

「『チンジュフ』に、助けを求めてみる」

 

淀みない言葉に、ビスマルクは沈黙を持って答えた。

 

軍事的な話をすれば、『チンジュフ』にとってビスマルクたちは、協力者であり、貴重な戦力であるはずだ。みすみす見捨てるようなことはしないだろう。リランカ島の奪還は無理でも、この“ペーター・シュトラウス”がリランカ島から脱するだけの時間稼ぎはしてくれるはずだ。夜闇に乗じての強行突破を図ってもいい。

 

それに、アトミラールによれば、『チンジュフ』の指揮官は、艦娘を非常に大切にする人物らしい。一年半もの間深海棲艦と戦いながら、いまだに一人の轟沈も出していないという。艦娘の練度もさることながら、彼女たちの働きをサポートする彼の手腕もまた、確かなものだ。そんな彼と、彼の艦娘ならば、この脱出劇も成功させることが可能なはずだ。

 

彼らに賭けてみる価値はある。

 

だが、そうなった時。ビスマルクたちは、『チンジュフ』に合流せざるを得ない。これまで独立した艦隊として、自らの意思を持って行動してきた彼女たちの艦隊が、『チンジュフ』の指揮下に入ることはどうしても避けたかった。

 

「・・・あなたの言う通りよ」

 

ビスマルクは力なく頷いた。

 

「だったら、悩むことなんてないじゃない」

 

ローマは、さも当然のように言った。

 

「希望をむざむざ捨てるようなことは、あってはならないことよ」

 

―――・・・そうだったわね。

 

自分で笑ってしまう。そんな簡単なことなのに、悩んでいる自分に。彼女の思っていた以上に、ティルピッツの不在が落としている影は大きいのかもしれなかった。

 

ローマが、クールな表情を崩すことなく、こちらを見つめている。

 

リットリオは、いつもの優しげな微笑みで、ゆっくりと頷いた。

 

覚悟の滲む顔は、副官であるオイゲンのものだ。

 

ツェッペリンの口元には、何かを確信するような笑顔が湛えられていた。

 

―――指揮官失格ね。

 

自嘲的な笑みが、全てのしがらみを洗い流してくれた。

 

「賭けてみましょう」

 

迷いは消えた。確かな意志を持って、ビスマルクは艦隊の指針を示した。

 

 

 

オイゲンがすぐにU-511を呼び出した。潜水艦娘である彼女でなければ、敵の包囲網を抜け、『チンジュフ』にこの事態を伝えることはできない。とは言っても、『チンジュフ』の潜水艦娘ほど航続距離に余裕のない彼女には、きつい任務になるだろう。それでも、やってもらわなければならない。

 

しばらくして現れた、一際物静かな潜水艦娘は、それでもしっかりと答えた。

 

「艦隊の希望を・・・しっかり運ばせてもらいます」

 

出撃は明日日没後と決まった。工廠部では慌ただしく準備が始まる。

 

お使いが始まる。この艦隊の命運を賭けた、一世一代のお使いが。希望を繋ぐための、お使いが。

 

―――成功を、祈っていて頂戴。

 

眠り続ける姉妹艦の手を握る。今はそれだけで、力が湧いてくる気がした。

 

陽の沈んだ秘密ドックは、潜水艦娘が出られるだけの隙間を開けられた。超長距離遠征のためのあらゆる装備を身に着けたU-511は、ゆっくりと潜航して、シャッターの向こうへと消えていった。




こうして、ユーちゃんは鎮守府へとやってきたのだった・・・

次回は、ユーちゃんが鎮守府に辿り着いてからの話です

そして、あの陸軍艦娘が再び・・・!

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