艦これ~桜吹雪の大和撫子~   作:瑞穂国

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なんか今回早いな・・・

筆の進みが早かった結果ですね

今回、普段よりもほんのちょっと長めとなってますので、ご容赦いただきたく

ついに明かされる、謎の協力勢力の正体!


リランカ急襲

「あ、ありがとうございます」

 

司令官の腕の中は、お陽様のような、とてもいい匂いがしました。・・・じゃなくて!

 

司令官はわたしの様子を気にしながら、ゆっくりと体を起こすのを手伝ってくれました。特にケガ等ないことを確認すると、ほっとしたように胸を撫で下ろします。

 

「す、すみません慌ただしくて」

 

「いえ。ケガがなかったようで、何よりです」

 

そう言って朗らかに微笑むところは、当時から変わっていません。

 

「それで、その・・・君は?」

 

軍帽を押し上げて、こちらを窺った顔に、一瞬だけわたしの動きが止まります。記憶の中、うっすらとしたものではありますが、司令官の表情は、わたしの知る人物にそっくりだったのです。

 

そんなわたしの様子に、司令官が首を傾げます。慌ててわたしは、候補生時に習った通り、右手をまっすぐにして敬礼をしました。

 

「始めまして、吹雪です!どうぞよろしくお願いいたします!」

 

 

「・・・今日も、あまりいい天気ではないわね」

 

珍しく連日の曇天となった頭上を見上げて、ビスマルクは制帽を目深にし、溜息を吐いた。

 

彼女が住まうリランカ島基地は、ここ二、三週間ほど上へ下への大忙しだった。というのも、現在極秘に防共協定を交渉中の『チンジュフ』が実施する『リ号輸送作戦』の発動が、二週間後に迫っているからだ。ビスマルクたちは、直接作戦に参加するわけではないが、輸送船団の側面援護を担当することになっていた。護衛部隊を襲撃する敵艦を、それよりも手前で―――欲を言えば、根本から断ち切るのが狙いだ。

 

リランカ島の南端に位置する彼女たちの基地では、今日も各種の準備が続いている。

 

が、そんな大事な時期にもかかわらず。

 

―――なんでアトミラールはいないのよ!

 

艦隊の旗艦である彼女に全て任せて、北部側へ出張してしまった自らの指揮官に対して、内心容赦ない文句を吐いた。

 

リランカ島は、大きく三つの地区に分けられる。北部、中央、南部だ。

 

北部は、現地人や政府施設がある。リランカ島の中心地だ。

 

中央は、主に食料品の生産地だ。大規模な畑や、畜産が行われている。

 

そして残った南部には、深海棲艦の襲撃時に島に取り残された外国人や、貧困層が集められていた。言わば、政府から見捨てられた人間の渡る場所だ。

 

決して豊かとはいえないこの国には、たまたま観光に訪れていて取り残された外国人や貧困層の面倒を見れる余裕はなかったのだ。だからビスマルクたち―――運悪くこの島に取り残されてしまった観光客たちは、深海棲艦の勢力圏に直接面するこの地で、自力で生き残るしかなかった。

 

この基地に多くの人種が所属しているのは、そういう理由だ。一年半ほど前、彼が現れてこの施設の建設と運用を提言した時、南部にいるあらゆる人から職員を募ったのである。

 

―――「深海棲艦と戦うつもりはないか?」

 

そんなことを言いだした彼に、真っ先に参加を申し出たのは、他でもないビスマルクだ。

 

思い返せば、あの頃から勝手な人だった。

 

「あ、いたいた!姉様ー!」

 

庁舎へ歩いていたビスマルクにかけられたのは、艦隊に所属する重巡洋艦娘の声だった。手を振りながらこちらへ駆け寄ってくる様は、どこか犬を連想させる。ビスマルクよりも短い髪を二つにまとめて、尻尾のように揺すっていた。

 

快速を発揮して突撃してくるプリンツ・オイゲンに、「待て」を掛けるようにして右手を突き出す。彼女は急制動を掛けてスピードを落とし、ビスマルクの右手の手前でようやく止まった。

 

―――ほんとに犬みたいね。

 

試しに右手を差し出してみる。

 

お手をした。

 

今度は左手。

 

また、お手をした。

 

「待て」

 

オイゲンは直立不動の姿勢となる。

 

なんだかとっても和んだ心持ちで、ビスマルクはオイゲンの帽子を取り、頭を撫でた。オイゲンも嬉しそうに、それを受けている。

 

「・・・あの、姉様、そろそろ?」

 

「ん?ああ、そうね。用件を聞こうかしら」

 

元の通りに帽子を整えてあげると、オイゲンはピシッと敬礼をして、ビスマルクに駆け寄ってきた用件を報告し始めた。

 

「言われた通りに、“ペーター・シュトラウス”への艤装積み替え終わりました」

 

「そう。ご苦労様」

 

“ペーター・シュトラウス”は、リランカから離れた海域で活動するビスマルクたちを支援するための支援艦で、航空隊も運用可能だ。中古の客船改造のため、艦自体はあまり大きくなく、精々二個艦隊を指揮するのがやっとだ。それでも、航空戦力のほとんどを“ルフトバッフェ”に頼る彼女たちにとって、欠かせない艦だった。

 

そんな支援母艦に、普段は工廠に格納される艤装の一部を積み替えたのは、理由があった。

 

「でも、どうして艤装積み替えを?」

 

オイゲンもそこは気になっていたらしく、敬礼を解いてビスマルクに尋ねた。

 

「アトミラールからの指示よ」

 

「アトミラールさんの?」

 

「三日連絡がなかったら、“ペーター・シュトラウス”に一部の艤装を積み替えておけって。出張前に」

 

オイゲンが驚いたような表情の後、コテンと首を傾げた。

 

「何でそんなことを?今までは、そんなことしてませんでしたよね?」

 

「さあ?ただまあ・・・用心、でしょうね」

 

今回の出張は長くなると、ビスマルクは聞いている。普段は長くても五日程度で帰ってくるから、それより長いとなると、一週間か、それ以上だろうか。

 

つまりその間、彼が直接指揮を執ることができない。緊急の事態、例えば基地が襲撃を受けたときに、初動で指揮官がいないのは問題だ。だから、一撃で全戦力が壊滅しないように、という用心だとビスマルクは思っていた。

 

―――そこまでやる必要があるかしら?

 

と、最初はビスマルクも思っていたのだが、今日のように曇天で、“ルフトバッフェ”の哨戒に穴がある可能性を考えると、なるほど用心とはしておくものだと思うようになった。

 

移し替えた艤装は、ビスマルク、ティルピッツ、プリンツ・オイゲン、レーベレヒト・マース、マックス・シュルツ、U-511、それと局地防衛用の“ゼーフント”十二隻。イタリア艦やグラーフ・ツェッペリンも移し替えようかと思ったが、さすがにそこまでやると大掛かりになる上に、通常戦力がなくなってしまう。

 

「はあ・・・用心、ですか?」

 

オイゲンが首を傾げるのも仕方がない。実際、ビスマルクも首を傾げているのだ。今回の命令には、なんだか違和感が拭えない。『用心』ということでなんとか納得することにしたが、それにしても―――

 

「・・・まあ、そういうことにして頂戴」

 

聡い副官に誤魔化しはきかなそうだが、ビスマルクとしてもそれ以上のことが言えないので、こうして曖昧に流すしかなかった。オイゲンもその辺り理解してくれたらしく、ハテナマークを浮かべながらも頷いてくれた。

 

「真意は、アトミラールが帰ってきてからね」

 

ビスマルクは、こういうモヤモヤとしたのが大嫌いだ。あの自分勝手な指揮官には、早々に戻ってきてもらって、しっかりとした説明をしてほしいものである。

 

 

 

ビスマルクの疑問は、最悪の形で解消されることとなった。

 

副官からの報告の後、航空隊を運用する“ルフトバッフェ”に顔を出してから、昼食の頃合いとなった。哨戒機も帰投を始め、基地全体が昼食ムードになった時である。

 

庁舎に併設された食堂へと向かうビスマルクの耳に、甲高い風切り音と、それに倍する炸裂音が飛び込んだ。ビスマルクとて艦娘だ。物騒極まりない音に、それまでの鼻歌を取り止め、周囲を見渡す。その目つきは、すでに洋上で深海棲艦と対峙するそれだ。

 

―――どこから!?

 

首を回すと、それらしきものを見つけた。どす黒い煙の塊が、今まさに天へと昇ろうとしていた。

 

「敵襲!?」

 

とっさにそう判断して、爆炎の方へよく目を凝らす。もう一度、火の手が上がると、その上を飛び交う、羽虫のような黒い粒が見えた。深海棲艦の艦載機だ。

 

「空襲か!」

 

ビスマルクの鍛えられた足が、瞬時に地面を蹴って、食堂とは反対の作戦指令室へ駆けだした。爆発音は、なおも続く。その被害のほどを確認するには、作戦指令室に辿り着くしかなかった。

 

―――アトミラールは、このことを予測して・・・!

 

あの、不可解な指示の意味を、今更ながらに理解した。間違いなく、彼はこの襲撃を予見していた。しかし無駄に不安を煽るわけにもいかず、こうして最低限の戦力でも残そうと、ビスマルクに命令を出したのだ。

 

林の中に隠れるように設けられた小さな建物に入る。中には、ヘッドセットを慌ててつけたらしい職員たちが、少し旧式感が否めないスコープとにらめっこをしている。その様子をチラッと見遣っただけで、ビスマルクは地下へと続く階段の手すりに手をかけ、滑るように階下へと下った。

 

重厚な扉を勢いに任せて開け放ち、中に飛び込んだ。

 

「状況は!?」

 

開口一番に叫ぶと、すでに中にいたオイゲンが、震える声で答えた。

 

「て、敵の小規模編隊が、哨戒機を追って超低空で接近したみたいです。滑走路と工廠部が空襲を受けました」

 

目の前が真っ暗になりそうなのを、生来の強靭な精神力で押し留めて、ビスマルクは続きを促した。

 

「“ルフトバッフェ”は、現在音信不通。被害確認中です。工廠部は艤装格納庫と整備室に直撃弾を受け、機能喪失とのことです」

 

シャイセ!思わず口汚く罵りそうになって、ビスマルクは思いっきり歯を食い縛った。作戦指令室に詰めている誰もが、不安げにしているのだ。現在、この艦隊の最高指揮権を預かっている自分が、ここで醜態を見せるわけには行かない。誇り高き祖国の血が、ビスマルクの自制心に上乗せされていた。

 

「戻りました!」

 

そこへ飛び込んできたのは、駆逐艦娘のリベッチオだった。相当走ってきたのか、呼気を荒げて、肩で息をしている。

 

「飛行場の損害は、あまりひどくはありません。単発機なら、離発着可能です」

 

どうやら彼女が、“ルフトバッフェ”への被害確認に走っていったようだ。自らを「風の駆逐艦」と称するだけあって、彼女は陸の上でも、相当に足が速い。連絡役としてはうってつけだ。

 

「ありがとう。お疲れ様。先に、“ペーター・シュトラウス”に行っていなさい」

 

ビスマルクは小柄な駆逐艦娘に礼を言い、作戦指令室の奥にある二つの扉のうち、右の方へと促した。その先の秘密ドックには、緊急時の避難船を兼ねる“ペーター・シュトラウス”が入っている。当分の食料と水は用意していた。

 

小さな駆逐艦娘が扉の向こうに消えると、ビスマルクは壁にかかったヘルメットを取り、数人の司令部要員の前を横切った。

 

「退避勧告は出したのよね?」

 

「はい。ただ、ここからだと有線なので、どこかが途切れて伝わってないかもしれません」

 

「わかったわ」

 

ビスマルクは大げさに頷いて、作戦指令室の奥、二つある扉のうち左の方に手を伸ばした。そちらは、庁舎へと続く通路だ。

 

「姉様・・・?」

 

オイゲンが不安げに呼びかけた。

 

「オイゲン」

 

「はい」

 

「秘密ドックは無事ね?」

 

「え?あ、はい」

 

オイゲンは右手の扉を見遣って首肯した。

 

「敵艦隊が接近してくる可能性が高いわ。そうしたら、そっちを押さえて。上空直掩は、“ルフトバッフェ”が戦闘機を上げることを信じて」

 

キュッと、ヘルメットのあご紐が締まる。

 

「全員が退避する時間を稼ぐのよ」

 

「・・・了解です」

 

オイゲンがしっかりと頷いた。その表情が、いつにも増して頼もしく思えた。

 

「私は庁舎の方で避難誘導をしてくる。それと、重要書類の廃棄もね」

 

これは、彼に艦隊を任されている私の仕事だ。ヒントは与えられていたのに、答えに辿り着けなかった。そんな私が、やらねばならないことは―――

 

少しでも多く、艦隊の人間を退避させること。一つでも多く、希望を残すこと。

 

「敵艦隊発見!」の報を背中に聞きながら、ビスマルクは再び走り出す。電灯の小さい、薄暗い通路は、まるで伝説上の魔物のように、彼女の前に口を開いていた。

 

 

敵艦隊発見の報を受け、支援艦“ペーター・シュトラウス”から、オイゲンは出撃した。

 

艦隊の数は少ない。たったの四隻だ。それも、空母はない。半壊した滑走路から、何とかして“ルフトバッフェ”の所属機が飛んでくれることを祈るばかりだ。

 

『第三戦速』

 

オイゲンの前、先頭を進む艦娘から、普段とは違ってしっかりとした指示が飛んできた。

 

ティルピッツ。ビスマルクの同型艦で、妹に当たる。実際の二人の関係も姉妹だと、オイゲンは聞いていた。

 

威厳に満ち、艦隊を引っ張る姉とは違って、彼女はどちらかというと引きこもりだった。本来なら、この艦隊の副官も彼女がやるはずだったのだが、「無理。パス」の一言で、オイゲンが引き受けることになった。イタリア戦艦娘の誰かにしては、との意見もあったが、当時艤装の完成していなかった彼女たちが副官をやると言うのも、なんだか変な話だと言うことで、結局オイゲンが務めることになった。

 

そんな彼女も、戦闘となるとまるで別人だ。艤装はビスマルクと同型であり、強力そのもの。練度だって、引けを取らない。艦隊では、「孤高の女王」とあだ名されていた。

 

『いい?あなたたち』

 

先頭のティルピッツは、振り向くことなく、はっきりとした声音で告げた。

 

『絶対に沈んではダメ。もう無理な時は、下がりなさい。私が全力で援護する』

 

全員が押し黙ったままだ。それでも、艦隊で一、二を争う戦艦娘の迫力ある言葉に、静かに頷いた。

 

『まあ、何が言いたいかというと・・・』

 

そこに続く言葉の前に、ティルピッツが不敵に笑った気がした。

 

『沈む手前までは、仲間のために戦いなさい』

 

四人分の艤装が唸る。ティルピッツは低く、オイゲンはしなやかに、そして二人の駆逐艦は軽やかに。

 

背中にあるのは、私たちの仲間だ。

 

目の前にいるのは、憎き深海棲艦だ。

 

そして私は、艦娘だ。

 

『補給だけは、タイミング見てしっかりしなさい。あの姉のことだから、ちゃんと浮遊補給艦を出してくれてるでしょ』

 

浮遊補給艦とは、艦娘に反応して浮上してくる、機雷型の補給物資搭載艦だ。リランカ島周辺海域にいくつも用意されており、必要に応じて、ここから補給を受けることができる。

 

これで、退く理由は、微塵もない。

 

『砲戦用意!』

 

ティルピッツの艤装に据えられた、巨大な連装砲塔が四基、接近する敵艦隊に指向される。四七口径三八センチ砲は弾道が安定していて、精度のいい観測機器と相まって高い命中率を誇っていた。斉射能力は一分間に約二回。

 

オイゲンの艤装も、ティルピッツに非常に近い構造をしている。大きさは一回り小さいが、取り回しはいい。搭載された六〇口径二〇・三センチ砲は、戦艦並みの有効射程を誇る、優秀な砲だ。斉射能力は一分間に四、五回。

 

自慢の測距儀を通して、敵艦が見える。ヒューマノイド―――紛れもない、人型の深海棲艦。巨大な盾を思わせる艤装と、そこから突き出た極太の砲身。重々しい存在感が波を切り裂き、飛沫を散らしていた。ただただ深く、まるで烏賊墨で染めたかのようなしなやかな黒髪が、風にはためき、流麗に後ろに流れている。鋼鉄の破壊神、人類を死へと誘う審判者。破滅の歌を唄う“彼女”は、正しく海洋の頂点、戦艦ル級であった。

 

しかも、それが四隻。複縦陣を敷いている。護衛の駆逐艦が二隻いるから、圧倒的にこちらが不利だ。

 

だからといって、退くわけにはいかなかった。オイゲンは奥歯を噛み締め、こちらを睥睨する青白い瞳を睨み返す。こちらを気にも留めないようなその視線に、真っ向から挑みかかった。

 

「レーベ、マックス、突撃準備!」

 

「了解」の返事は早い。装薬が多めとはいえ、重巡洋艦でしかないオイゲンが、敵戦艦と渡り合い、二人の駆逐艦娘の突撃を援護するには、接近戦を挑む他なかった。

 

ティルピッツが砲撃を始め次第、突撃を敢行する腹積もりだ。

 

彼我の距離、二万七千。深海棲艦の有効射程距離、つまり砲戦距離までは後二千だ。

 

ごくり。生唾を呑み込む。まだか、まだ撃たないか・・・?

 

待ちに待った瞬間は、突然訪れた。

 

『二万五千!撃ち方始め、フェイエルッ!』

 

先頭のティルピッツが発砲した。褐色の砲煙が沸き起こり、辺りに大音響が轟く。迫力と頼もしさを両立する砲音に負けじと、オイゲンも声を張り上げた。

 

「突撃始めっ!」

 

主機の回転数が、にわかに上がる。掻き分けられた水の反作用が足を伝わり、オイゲンを前へ前へと突き出した。その力に無理に逆らおうとはせず、波に乗るがごとく流れに身を任せるのが、高速航行の秘訣だ。

 

三〇ノットで突撃するオイゲンたちは、すぐに二万を切る。ティルピッツに続くようにして発砲した前列のル級には目もくれず、その後ろ、悠々と進んでいるさらに二隻のル級に狙いを着けた。わずかに面舵を切り、射線に前列のル級が入らないように陣取る。

 

「レーベ、マックスは突撃!私はここで撃ち合う!」

 

『了解。武運を』

 

距離二万。いかにオイゲンといえども、この距離で戦艦に有効打を与えられるかは疑問だったが、このまま突撃を続けるのもナンセンスだ。突撃は二人の駆逐艦に任せ、自分は砲撃戦を行いつつ、さらなる接近を試みるつもりだ。

 

二隻のZ型駆逐艦が、白波を蹴立てて突撃する。ティルピッツはと言えば、すでに前列右の敵艦に命中弾を与え、斉射に移行していた。

 

―――さて、始めましょうか。

 

姉様に頼まれたのだ。必ずやり切って見せる。

 

―――重巡だからって、

 

「甘く見ないで!」

 

号砲一発。測距の終わった後列右の敵戦艦に、観測射となる第一射を放つ。ティルピッツに劣るとはいえ、その砲声は強烈だ。四基ある連装砲塔の、各一番砲が砲口から火焔を迸らせ、二〇・三センチ砲弾を叩きだす。

 

十数秒の後、第一射が落下した。敵戦艦の手前に四本、白い海水の柱が生じる。初弾は全弾近だ。

 

観戦と決め込んでいたらしい後列の戦艦が、慌ただしく動くさまが見えた。今頃、挑みかかってきた小柄な快速艦に、急いで照準を合わせているのだろう。その間に、オイゲンが修正を加えた第二射を放つ。

 

第二射も全弾近だ。距離は縮まったが、夾叉には至らない。オイゲンはさらに第三射を放った。

 

ほぼ同時に、後列右の敵戦艦が発砲した。妖しげに黒光りする巨大な盾から橙色の火球が沸き起こり、オイゲンのそれを遥かに凌ぐ威力を持った弾丸を、高速で宙空に投げつけた。轟音と共に飛翔した敵弾が、オイゲンの後方で飛沫を上げる。

 

かなり離れた位置に落下したはずなのに、ものすごい衝撃が襲ってきた。改めて、一六インチ砲弾の持つ恐るべき破壊力に戦慄する。だがそれ以上に、内から闘志が溢れてきた。

 

戦艦なんかに、負けてたまるか。

 

第四射を放つとき、確かな手ごたえを感じた。六〇口径という長砲身から放たれた四発の砲弾は、理想的な弾道を描いて、ル級の艦上に直撃弾炸裂の火焔を躍らせた。

 

「よし!」

 

グッとガッツポーズを取り、再装填を待つ。ここからは連続斉射だ。装填機構の許す限り、撃って、撃って、撃ちまくる。

 

敵艦の第二射は、空振りに終わった。その余韻が収まろうという頃、ついに時宜は来た。

 

オイゲンの主砲が、それまでに倍する方向を上げる。並列された二門の砲口が同時に爆炎を上げ、敵戦艦から戦闘能力を削ぐべく、鋼鉄製の火矢を放つ。計八発の砲弾は、狙い違わずに敵艦を包み込み、その艦上に炸裂光を見せた。命中弾は二発。

 

次なる斉射は、すぐに放たれる。速射砲と言われるだけあるその主砲は、遺憾なくその能力を発揮していた。

 

結局、敵の第三射が降ってくるまでに、三度の斉射を放った。被害らしい被害を受けているようには見えないが、ともかく計五発の命中弾を与えている。ル級の艤装からは、チロチロと小さな火が見て取れた。

 

やれる。そう確信して、斉射を続ける。発砲の度、砲口から巨大な砲炎が上がり、砲弾が敵戦艦に襲い掛かろうとする。

 

だが、所詮は重巡洋艦だ。

 

敵弾の第四射が、オイゲンの砲声を打ち消すほどの大音響を伴って落下してきた。近い。本能でそう判断し、身構えた瞬間、超至近距離に海水製のオベリスクが現出した。衝撃がオイゲンを揉みしだき、弾け飛んだ断片が艤装とぶつかって異音を響かせる。局所的なスコールとなって崩れゆく水柱の水滴が、バラバラと大きな音を立てた。

 

敵弾は、オイゲンを夾叉していた。

 

次から斉射が降ってくる。回避するべきか、一瞬迷ったが、首を振って振り払った。レーベたちは、かなり敵戦艦に接近した。敵駆逐艦の妨害を振り切って、ル級へ雷撃を試みようとしている。

 

オイゲンの射撃が、両用砲を一基潰せば、それだけ彼女たちの負担を減らせる。

 

―――踏ん張って、オイゲン!

 

覚悟などと生易しい感覚ではなかったし、その類とは少し違った気がした。

 

オイゲンの連続斉射は続いた。そして、恐れていた瞬間がやってくる。

 

不気味に沈黙していた敵戦艦が、それまでの射撃とは比べるべくもない、巨大な砲炎を吐き出した。夾叉弾を得て、誤差修正は十分と判断した敵戦艦は、一気に決着を着けるべく、持てる全ての火力でオイゲンを撃ってきたのだ。

 

弾着の瞬間。オイゲンの艤装は聞いたことないような異音を発して、弾け飛んだ。前へ吹き飛ばされる感覚と、強烈な衝撃、圧潰音。

 

命中弾はたったの一発だった。その一発の一六インチ砲弾は、オイゲンの装甲をいともたやすく突き破り、右側半分をごっそりと海の藻屑に変えてしまったのだ。オイゲンが戦闘不能なのは、誰の目にも明らかだった。

 

『投雷完了!すぐに戻る!』

 

レーベの声が通信機から聞こえた。痛みに顔をしかめながら、相手取っていたル級を見ると、迫りくる魚雷に気付いたのだろう。回避運動を取ろうとしていた。が、その努力の甲斐も虚しく、巨大な水柱が舷側に立ち上る。傾いだ敵戦艦は、おそらくもう、主砲を撃つことはできないはずだ。

 

その前。前列右の、ティルピッツが相手取っていた敵艦は、業火に包まれて行き足を失いかけていた。敵戦艦との砲撃戦に勝利をおさめたらしいティルピッツは、もう一隻の戦艦と壮絶な砲弾の応酬を繰り広げている。まるでボクシングの殴り合いだ。

 

『―――あなたたち、よく聞きなさい』

 

そんなティルピッツから通信があったのは、合流した駆逐艦に肩を貸してもらいながら、オイゲンが退避を始めた時だった。

 

『基地の退避が完了したみたい。こちらも、撤退にかかります』

 

一呼吸があった。

 

『みんな、無事に帰ってね』

 

「ティルピッツさん!」

 

オイゲンの叫びは、切られた通信機の向こうに届くことはなかった。

 

オイゲンは、遠ざかるティルピッツを見つめ続ける。その艤装が、妖しげなオーラを放って大気を震わせたことを、オイゲンは肌で感じていた。

 

―――まさか・・・!

 

それは、艦隊でも一部の艦娘しか知らないこと。一部にしか、知らされていない、艦娘の艤装の、底力。

 

 

 

リミッターを解除する方法。

 

 

 

「それだけはダメです、ティルピッツさん!」

 

今の状態で“それ”を使えば、あなたが壊れてしまう。

 

必死に伸ばした手の先、放たれたティルピッツの斉射は、一際強烈な破壊力で敵戦艦を吹き飛ばした。




と、いうわけで。謎の協力勢力は、なんとビスマルクたちでした!

まあ、なんかいきなり襲撃されてたけど・・・

リ号作戦、大丈夫なのかな・・・

さて、もうすぐ冬イベ。みなさん、鎮守府を急襲されないように気を付けて、

気合い!入れて!参りましょう!

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