艦これ~桜吹雪の大和撫子~   作:瑞穂国

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誰だ、後二話で終わるとか言ってたやつ!

終わってねえじゃねえか!!

というわけで、まだ決着のつかない北方海域編です


翻る銀翼

深海棲艦。現在世界の海を席巻する、謎の怪異である。人型や魚型などの生命体的外見を有しているが、艤装と呼ばれるものを装着、あるいは同化しており、軍艦(ただし、兵器レベルは第二次世界大戦級)としての能力を持つ。

 

地球において最初に確認されたのは、五年前のことである。当時はUMAとして有名になり、特番が組まれるなどの人気ぶりだった。このころはまだ、深海棲艦による人類船の襲撃事件は発生していない。

 

変化が起きたのは、それから数ヵ月したころだった。俗に『シンガポール事件』と呼ばれる、深海棲艦によるタンカーの襲撃事件が起きたのだ。以後、深海棲艦は群れ(艦隊)を成し、人類の船を襲うようになった。

 

当然、人類側も対抗処置を取った。二十一世紀の最新鋭兵器で武装した護衛艦を船団の護衛につけ、あるいは艦隊をもって殲滅を図った。

 

我が国日本も例外ではない。四方を海で囲われた日本にとって、海運を失うことは、そのまま国家を失うことだからだ。特殊自衛権法の制定と即時施行により、謎の怪異群(当時はまだ、深海棲艦という呼称は定まっていない)限定で兵装の使用許可が下りた自衛隊は、西太平洋方面の航路保全のために、各国海軍と共同戦線を張ることになる(ただし、環太平洋通商防衛機構への参加は見送り)。

 

人類側は、圧倒的に有利だった。深海棲艦といえど、所詮は第二次大戦級の兵器しか持っていない。水平線の彼方から正確無比にミサイルを放つことができる現代軍艦に、対抗できるはずもなかった。人類は入念な索敵によって深海棲艦の艦隊を捕捉すると、航空機やミサイルの飽和攻撃で一方的に殲滅できた。

 

誰もが、人類が勝つと思っていた。

 

ところが、一年が経っても、状況は何も変わらなかった。相変わらず現れる深海棲艦が、こちらの防衛網を突破して通商破壊を行う。捕捉できなかった小さな群体が、港湾に停泊する艦船を襲う(なぜか、陸上施設には艦砲射撃を加えてこない)。

 

二年が経ったとき、すでに各国は疲弊していた。費用対効果が格段に悪いのだ。この頃から人類は、追い込んでいた深海棲艦の版図を押し戻されるようになる。

 

三年が経ち、海上航路は次々と封鎖されていった。ニュージーランド、ソロモン、オーストラリア、南西諸島、南沙諸島。同時に、それまで太平洋にしか出現していなかった深海棲艦は、インド洋や大西洋まで進出するようになった。

 

その頃、米国の偵察衛星が、封鎖されたガダルカナルに深海棲艦の大群生地を発見する。環太平洋防衛軍(環太平洋通商防衛機構参加国で構成される多国籍艦隊)は、これを深海棲艦の本拠地と推定し、最終決戦を挑むことを決定した。

 

結果は惨憺たるものだった。防衛艦隊は実に六十三パーセントもの艦艇を失い、残った戦力の半数も損傷を負っていた。これだけの損害を出したにもかかわらず、艦隊は群生を殲滅できなかった。

 

その後の各国に、もはやまともに戦える戦力は残っていなかった。深海棲艦は急速にその版図を拡大し、人類を陸地の沿岸まで追いやった。

 

ハワイに取り残された最後の市民を退避させる作戦が多大な犠牲と共に成功した後、人類はついに、その制海権を完全に喪失するに至った。以後、艦娘による鯖世界での失地回復に呼応して深海棲艦の撤退が始まるまで、日本は一歩たりとも海に踏み入ることができなかった。

 

現在、地球(鯖世界も同様)全体において発生している通信手段の遮断は、深海棲艦による海域封鎖が完了してすぐに発生しており、何らかの関連性がある可能性が高い。また同時期に横須賀を地震が襲い、その際にアマノイワトが発見されているのも興味深い。深海棲艦、通信障害、アマノイワト。この三つの事象の関連性については、今後とも調査が必要だ。

 

 

第四艦隊は、脇目も振らずに海上を驀進していた。ビュウビュウと吹き付ける風がゆるるかに髪を揺らし、艤装の轟音と競うように後方へ流れていく。軽巡洋艦娘と五人の駆逐艦娘で編成された水雷戦隊は、それらに負けじと前を睨んでいる。

 

先頭で部隊を率いる神通は、時折後ろを気にしなて艦隊が一本槍になっているのを確かめる。といっても、わざわざ振り返ったりはしない。彼女の役割は、常に駆逐艦娘の前に立ち、艦隊の統率を図ることだ。代わりに、駆逐艦娘たちの息遣いや脚部艤装のたてる波の音で、それらを判断する。

 

四艦隊は、制圧艦隊が交戦を始めた辺りから、最大戦速で突き進んでいた。今作戦において、彼女たちの役目は、各艦隊の攻撃によって手薄になった敵主力の側面から突撃、撹乱し、あわよくばその土手っ腹に魚雷を叩き込むことだ。

 

三艦隊や一艦隊が激戦を繰り広げる海空域を迂回していた彼女たちは、一気に転針、AL深部から誘引されてきた敵機動部隊に突撃を始めていた。今のところ、敵艦隊に見つかった様子はない。深海棲艦も、一個戦艦部隊と一個機動部隊を相手取るのに必死なのだろう。こちらにとっては好都合だった。

 

とはいえ、こちらが敵艦隊に辿り着くにも、まだまだ時間がかかる。“呉”を通して三艦隊から伝えられる敵艦隊の座標に辿り着くには、一時間はかかるはずだ。

 

『“呉”より各艦隊。二制艦、四艦隊、及び一艦隊第二分隊は、突撃を続行せよ』

 

通信機越しに神通に届いたのは、彼女によく目をかけてくれる水雷参謀のものだった。距離と出力的な関係で、四艦隊は一艦隊以外と直接通信ができない。通信能力の高い“呉”からの情報だけが頼りだ。その通信も、四艦隊側からは短い電文を送るのがやっとだ。

 

「了解」

 

神通が答える。ほぼ同じタイミングで、他の艦隊も返信しているはずだ。

 

一、四艦隊、二制艦が、三方向から敵艦隊に迫っている。その上空を、三艦隊の航空機が抑えていた。それだけの戦力を相手取っているのに、敵機動部隊は退かない。一歩も譲らず、戦っている。

 

―――これは、私たちにしかできないこと。

 

そのために、訓練を繰り返してきたのだ。

 

艶やかな黒髪を、風にはためかせる。

 

今こそ、水雷戦隊の本領発揮だ。

 

 

瑞鶴が周りを見渡すと、被弾のものと思われる黒煙が数本上がっていた。速力こそ衰えていないものの、機動部隊である第三艦隊の戦力低下は否めなかった。

 

北方侵攻中枢機動部隊と名付けられた敵機動部隊は、空母の数では三艦隊に劣るものの一隻当たりの搭載数が多く、両艦隊はほぼ互角の戦いを繰り広げていた。

 

先に攻撃隊を放ったのは、敵機動部隊の方だった。飛龍指揮のもと、空中集合を始めていた三艦隊攻撃隊を狙っていたかのようなタイミングで現れた敵攻撃隊を、最小限の被害で抑えられたのは、防空指揮艦となった赤城の奮闘と伊勢、日向の対空射撃、そして飛龍のとっさの判断による攻撃隊の散開が功を奏したからだ。

 

結果として、三艦隊攻撃隊は各編隊がぎりぎり連携の取れる距離で飛行を続け、敵機動部隊へと辿り着いた。そして幸運なことに、攻撃隊が出払ったことで手薄になっていた敵艦隊上空では、この散開隊形が役に立った。敵戦闘機隊も、輪形陣を構成していた各艦も、間隔の広い攻撃隊に惑わされて効果的な迎撃ができず、三艦隊攻撃隊は最終的に、駆逐艦二撃沈、空母一、軽巡一大破、重巡一、駆逐一小破の損害を与えていた。

 

が、攻撃隊の誘導と敵の爆撃の回避を同時に行うというアクロバティックな作戦となったため、三艦隊側も少なからぬ被害を受けた。この辺り、攻撃機が完全に母艦から独立していない艦娘特有の欠点ともいえる。

 

こちらの損害は、赤城、翔鶴中破、伊勢小破。赤城は、着艦用の甲板が戦闘機の運用にギリギリ足りる長さを残しているため、このまま直掩に専念するらしい。しかし、飛行甲板中央を撃ち抜かれた翔鶴にはすでに艦載機を着艦させることはできず、以後の戦闘には加われない。

 

無傷で稼働可能な空母はお互いに二隻。ただし、飛龍は搭載数が控えめであり、対するヲ級は瑞鶴を超える搭載数を誇る。形勢は不利と言わざるを得ない。

 

現在は、帰還した第一次攻撃隊の収容作業中だ。腕に装着された甲板には次々に“天山”や“彗星”が降り立ち、矢の形に戻って矢筒に収まる。

 

損害は馬鹿にならない。攻撃に成功したとはいえ、厚い輪形陣の洗礼を受けた機体には、各所に弾痕が目立つ。中にはふらふらと、怪しい飛び方で着艦を試みる機体もあった。

 

「あんまりよくないわね・・・」

 

『やっぱりか・・・』

 

瑞鶴のつぶやきが聞こえたのか、現在三艦隊攻撃隊の指揮を預かる飛龍が悩むような声音で答えた。

 

「翔鶴姉の機体も併せて収容してるけど・・・稼働機が七割切りそう」

 

『七割・・・ぎりぎりだなあ』

 

空母艦娘同士では、航空機の指揮権を譲り合うことができる。ただ、艤装形式によっては艦載機の展開方法が大きく異なるため、そうした艦娘同士では、機体の回収までは行えない。今回、三艦隊に加わっている空母艦娘は、その全てが弓術で艦載機を繰り出す、弓道艦娘だ。この形式が、現在の鎮守府では最大勢力を誇る。そこには少なからず、この指揮権の委譲のしやすさが理由に含まれていた。

 

もっとも、それなりのペナルティはある。制御できる機体の数が増えれば増えるほど艦娘自身に掛かる負荷は大きくなる。だからどんなに頑張っても、本来の搭載数の二倍程度しか制御できない。

 

瑞鶴と翔鶴の搭載数は同型艦だから同じだ。つまり、瑞鶴は中破した翔鶴に代わってその航空隊を率いることができる。ただ、艦娘にも格納できる機数には限界があるし、整備の妖精の能力も限りがある。よって翔鶴航空隊の四割ほどは、飛龍に着艦していた。

 

集計したところ、瑞鶴と飛龍、これにそれぞれが回収した翔鶴航空隊を合わせると、稼働可能機は百四十数機となった。

 

『赤城さん、そちらは?』

 

集計結果を聞いた飛龍が、黒煙の鎮火を図りつつ戦闘で防空指揮を執り続ける赤城に尋ねる。

 

『五十機ってところね。後二回ぐらいは何とかなるけど、その後は厳しいです』

 

―――実質、チャンスは一回か・・・。

 

瑞鶴は、ことの難しさに目眩がしそうになった。

 

相手は、過去例を見ない強力な機動部隊。対するこちらは、空母艦娘二人分の攻撃隊。猶予は全力攻撃一回分。

 

『・・・瑞鶴、準備はいい?』

 

「は、はい」

 

緊張で声が上ずった。

 

『・・・それなりに期待しているわ』

 

その時、今この場に聞こえるはずのない声が、通信機から流れてきた。衝撃が背中を走り、瑞鶴は目を見開いて辺りを見渡してしまった。

 

『・・・ふふっ、どうですか?加賀さんにそっくりだったでしょ?』

 

彼女の疑問に答えるように響いた笑い声は、先頭に立つ赤城のものだった。

 

「び、びっくりさせないでください」

 

『あら、それはごめんなさい。でも、そっくりでしょ?』

 

「本物かと思いましたよ」

 

『それはよかった』

 

そうして小さな笑い声の後、普段と変わらない穏やかな声音で赤城は言った。

 

『飛龍、瑞鶴。二人にお任せしますね』

 

沈黙。自分よりも少し前を進む先輩艦娘と目を合わせた瑞鶴は、力強く頷いた。

 

「はい!」

 

 

 

風上へと驀進する三艦隊から、第二次攻撃隊が放たれる。“紫電”改二、“天山”、“彗星”、宙空へと飛び出した矢が燐光に包まれるたびに、それらが分裂して艦載機に変わった。飛び交うプロペラの音が次第に集まり、数分後には敵艦隊へ向けて進撃を始めた。

 

瑞鶴には、海面を見つめて進む海鷹たちの姿が見えていた。綺麗に編隊を組み、まるで一つの生き物のように進む機影が、どこか現実離れしたものとして感じられる。

 

『・・・敵編隊視認』

 

飛龍が呟く。瑞鶴の艦載機隊からも確認した。ゴマ粒ほどの小さな点が、三艦隊攻撃隊よりもわずかに下と思われる高度を飛んできている。ほとんど同じ時間に放たれた、深海棲艦の第二次攻撃隊だ。数はざっと見ただけで二百近い。今の速度を維持したとして、こちらの上空に到達するのは二十分後だろうか。

 

お互いの編隊の距離は、ぐんぐん縮まっていく。早い。すぐに、すれ違ってしまうはずだ。

 

瑞鶴も飛龍も、緊張の面持ちで、敵編隊の動きに注意を払う。進撃中の艦載機隊がお互いに干渉することはまずないが、万が一ということがあるかもしれない。

 

「どうする・・・?」

 

『・・・このまま、編隊を崩さないで』

 

「・・・わかった」

 

飛龍は動かないつもりだ。幸い、高度はこちらの方が高い。襲撃されても、高さの優位が生かせる。

 

『・・・三○(三千)』

 

すでに、敵の先頭集団が見える。特異な形状の深海棲艦艦載機が、やはり一糸乱れずに突き進んでくる。

 

ピンと張り詰めた緊張感が漂う。お互いに動きはない。気づいているはずなのに、相手を攻撃することがないという、不思議な時間が続いた。

 

「敵編隊・・・通過」

 

二つの航空機の集団がすれ違う。濃緑色の三艦隊攻撃隊と黒光りする深海棲艦攻撃隊の影が重なり、それぞれの後方へと流れていった。

 

やがて、最後尾の一機がすれ違い、お互いの機影が離れていく。

 

『敵編隊、到達まで後十五分』

 

『了解。直掩隊準備。翔鶴さん、半分の指揮、お願いします』

 

『翔鶴了解。直掩隊の指揮権を、半分もらいます』

 

赤城に回収されていた戦闘機隊が和弓から放たれ、展開する。力強い発動機の音を響かせる“紫電”改二は上空へ舞い上がると、六人の三艦隊を死守せんと、その目を光らせる。うち半数の指揮権が、赤城から翔鶴へと委譲された。

 

―――先手は向こうか・・・。

 

こればかりはいかんともしがたい。瑞鶴たちは僚艦の援護を信頼して、自らの役目を果たさなければならない。

 

―――大丈夫、やれる。

 

舐めるな。先に鎮守府に帰って待ってる正規空母に、あれだけ言い切ったのだ。負けはしない。それだけの力があると信じている。

 

『敵編隊発見!数概算で百八十!』

 

ついに、三艦隊の監視網が敵編隊を捉えた。

 

『対空戦闘用意!各艦は、飛龍と瑞鶴の戦力維持を最優先!』

 

赤城の指示が飛ぶ。

 

三艦隊は、敵編隊に対して正面に伊勢、日向の二人が展開、そのすぐ後ろに飛龍と瑞鶴が続くという形に、陣形を入れ替えた。後方には、損傷した赤城と翔鶴が控えていた。二人とも、飛行甲板はやられたが、高角砲の類はまだ生きている。

 

『敵編隊、距離四○○。主砲、三式弾装填!』

 

最前列に展開する伊勢が、主砲用の対空砲弾使用を命じる。敵の第一次攻撃に対して、二人が用いた三式砲弾の射撃は効果的だった。

 

上空で控えていた“紫電”改二が、次々に急降下をかける。それに気づいたのか、先頭に控えていた敵戦闘機がこれに応戦しようと機首を上げた。が、“紫電”隊はそれを無視して、速度にモノを言わせて強行突破する。きらめいた二〇ミリ機銃が、七、八機の敵機を屠り、ほぼ同数が白や黒の煙を引いてガクリと速度を落とした。

 

これに追いすがろうと、戦闘機が迫る。すぐに、上空は数多の機銃弾が入り乱れる空戦場と化した。その中を、攻撃機と爆撃機が進撃してくる。

 

『そうは・・・行かないって!!』

 

伊勢と日向の三六サンチ主砲が、一斉に火を噴いた。二人で、合わせて十六門。放たれた三式弾は音速の二倍の速度で飛翔すると、敵編隊を包み込むように炸裂した。落下する機体はいない。外側の数機が傾ぎ、あるいは速度を落とした程度だ。

 

四十秒ほどがして、第二射が放たれる。すでに一万に迫ろうという敵編隊は、三式弾おそるるに足らずとでもいうかのように、悠々と飛行を続けていた。

 

が、伊勢と日向の第二射は、その出鼻をくじく形になった。

 

今度は、十六発全てがまとまって炸裂した。敵編隊の正面、まさに頭をガツンと叩くように、十六発の花火が開く。正面方向に対しては十分な威力を持つ三式弾は、この一射で九機を撃墜、十数機を落伍させた。

 

「よしっ、その調子!!」

 

瑞鶴も声を挙げて応援した。その後さらに一射を放って、伊勢と日向の主砲は沈黙する。変わって火を噴いたのは、彼女たちに据えられた一二・七サンチ高角砲だ。主砲よりも小さいが、連続して鳴り響く砲声のたびに、高角砲弾が飛び出し、時限信管を作動させて真黒な花を咲かせる。

 

敵編隊が二手に分かれる。爆撃機と雷撃機の二組が、それぞれの攻撃高度へと位置取りを始めたのだ。その間に、二機が撃墜される。

 

―――まずいかも。

 

瑞鶴は上空を見上げる。伊勢と日向は雷撃機に射撃を集中しており、爆撃機は野放し状態だ。いくらか数が減っているとはいえ、五十機近い数の“飛びエイ”が一斉に投弾すれば、甚大な被害を被ることは目に見えていた。

 

雷撃機の方はといえば、降下後に左舷側へと回り込み、三艦隊を目指している。これに対して、伊勢と日向、そして飛龍と翔鶴の容赦ない対空射撃が浴びせられていた。いかんせん、翔鶴の弾幕は薄いが、それを補って余りあるほどの射弾を、まるで横殴りの猛吹雪のように、伊勢と日向が叩きつけていた。

 

どのタイミングで回避するか。瑞鶴がそんなことに考えを巡らせていた時だ。

 

上空の敵爆撃機数機が、突如として火を噴いた。

 

「あれは・・・!」

 

瑞鶴の目に映ったのは、陽光を背に急降下してくる十数機の単葉双フロート機だった。

 

 

ほぼ同時刻、神通率いる四艦隊は、ついに敵艦隊を捉えていた。

 

報告にあった通り、輪形陣を構成して、キス島のある方角へと進む機動部隊。遠目では、特徴的な頭部艤装とマントを身に着けた空母ヲ級が三隻確認できる。その容姿から“白い魔女”とも呼ばれる人型の深海棲艦は、その周囲に巡洋艦と駆逐艦を侍らせ、さながら洋上が自らの宮殿であるかのように振る舞っていた。

 

神通は目を細める。陣形が乱れていない。第一次攻撃は敵艦隊に損害を与えたと報告があったが、深海棲艦はすでに損傷から立ち直り、再び強固な輪形陣を構成したのかもしれない。

 

なんにせよ。神通たちのやることは変わらない。もう一度、背後の駆逐艦娘たちの気配を感じる。霞、霰、陽炎、不知火、黒潮。五人とも問題なく、最大戦速で付いてきていた。

 

「・・・行きます!」

 

確かに宣言する。

 

「四艦隊突撃!私に続いてください!」

 

隙を窺う素振りを見せていた四艦隊は、一気に転舵、敵機動部隊へと突撃を敢行した。

 

六人の艦娘が一直線になったことで、四艦隊はさながら槍のように驀進していた。白波を蹴飛ばし、波を乗り越え、水滴を振り払って前進する。前髪が風に揺れるたびに、きらきらと宝石のように輝いた。

 

彼女たちに気づいたのは、どうやら敵直掩機だったようだ。神通が視認するのと、敵機が慌てたように旋回したのがほぼ同時だった。そして敵の輪形陣がにわかに慌ただしくなる。

 

それでも、さすがは北方海域を司っていた艦隊だ。短時間のうちに混乱が収まると、輪形陣を崩すことなく、迎撃態勢に入っていた。機動部隊同士で戦っている今、輪形陣が崩壊することがどれだけ危険かわかっているのだ。

 

何はともかく、深海棲艦の方が数も火力も勝っている。このままでも、十分に牽制できるとふんだのだろう。

 

―――今は、突撃あるのみです。

 

幸い、敵艦隊の目はこちらに向いている。まあ、いつ飛んでくるかわからない攻撃隊と、目前の水雷戦隊。掻き乱された状況に対処するには、これが限界だろう。

 

最後の長槍が、今まさに迫っているというのに。

 

『大和、砲戦始めます!』

 

唯一、直接通信のできる相手。一艦隊第二分隊―――大和、吹雪の二隻もまた、敵機動部隊を捉えんと邁進していたのだ。敵艦隊から見れば、三、四艦隊それぞれの方位の中間あたりに位置しているこの艦隊は、鎮守府最強の砲撃火力と、鎮守府最強の雷撃能力を持った、“絶対に敵に回してはいけない相手”だった。

 

―――援護、頼みます。

 

それだけ密かに願って、神通たちは突撃を続ける。数十秒後、敵艦隊をさらなる混乱に陥れる水のオベリスクが、天を突かんと立ち上った。

 

 

瑞鶴は、正念場に立たされていた。

 

全艦を上げての防空戦闘を行っていた三艦隊だったが、その能力もそろそろ限界に達しようとしていた。伊勢、日向の隠し玉、“瑞雲”強攻型―――翼下に二○ミリ機銃のポッドを吊り下げた迎撃機使用の水上爆撃隊は、敵艦爆隊十三機撃墜という戦果を挙げたものの、そこが限界だった。現在は駆け付けた敵艦戦隊に牽制され、逃げるのがやっとだ。

 

そして三艦隊上空に辿り着いた敵攻撃隊は、投弾を始める。ほぼ同時に、被害を出しながらも接近していた雷撃隊も、各々で投雷を始めた。伊勢、日向の飛行甲板に増設された機銃群から妨害の火箭が伸びるものの、それらは虚しく空を切るだけだった。

 

「これで五発!」

 

次々に投弾される爆弾を躱しながら、瑞鶴はなおも上空を睨む。敵も馬鹿ではない。数の力を最大限に生かそうと、あらゆる方向、あらゆるタイミングで投雷、あるいは急降下に入る。実にたちが悪かった。

 

―――これじゃあ、攻撃隊の誘導が・・・!

 

計算では、後数分で攻撃隊が敵艦隊へたどり着く。四艦隊や一艦隊の残存も向かっているのだ。ここで私たちが削らなければ、次に標的になるのは彼女たちだ。

 

―――「余計なものは持ち込まない」

 

そんな、いつぞやの先輩の声が聞こえた気がした。

 

『ぐっ・・・!』

 

瑞鶴をかばうようにして、日向が魚雷を受ける。予め備えていたからか、展開したバルジがうまく衝撃を吸収したらしく、速力は衰えていない。が、艤装は被害を受けた。

 

―――「真っ直ぐ、前を見て」

 

『瑞鶴!』

 

同じように回避運動を続ける飛龍が、鬼気迫る声で瑞鶴を促した。

 

『このまま攻撃隊を誘導する!一点突破をかけるよ!』

 

―――「あなたたちは、やればできる」

 

二度目の艦爆隊降下を避けながら、瑞鶴は信じられないほど冷静に、飛龍に頷いていた。

 

目の前の光景。そこに重なるように、攻撃隊からの映像が見える。敵艦隊に対して、右舷から接近を試みる攻撃隊。よく見れば、敵機動部隊の右舷側には、水飛沫を散らして突撃してくる水雷戦隊が、正面には、火球を噴き上げる戦艦と、その前方で輪形陣に切り込む駆逐艦が確認できた。

 

―――ナイスタイミング!

 

と、同時に。

 

―――負けてられない!

 

負けず嫌いは自覚している。同じように負けず嫌いで―――他人にも、自分にも負けるのが嫌な先輩を尊敬もしている。厳しくて、時に愚痴ったり、衝突もする。でも。

 

―――「それなりに、期待しているわ」

 

―――『加賀さんにそっくりだったでしょ?』

 

自分にとって、大きな存在。いつかは、越えてみたい。いや、すぐにでも並んで、越えてみせる。そうでなければ、彼女は答えてくれない。

 

―――見てなさいよ!

 

制空隊と敵直掩隊の戦闘が始まった。“紫電”改二と“飛びエイ”、互いに一歩も譲らずにしのぎを削る。その中を、攻撃隊は突き進む。

 

『艦攻隊の狙いは空母に限定!周りは気にしないで!』

 

「了解!」

 

元より、そのつもりだった。

 

輪形陣中央、敵空母は三隻。先の第一次攻撃で一隻は大破させたはずだが、どうやら消火に成功しているらしい。これをすべて叩く。

 

残った敵直掩機が、攻撃隊に襲い掛かってきた。隊列を構成する機体が、一機、また一機と落とされる。

 

エンジンカウルに被弾した“天山”が、ゆっくりと海面に激突する。

 

翼のもげた“彗星”がくるくると回転して水柱を上げた。

 

互いに機銃を撃ちあった“紫電”改二と敵機が白煙を引いて落ちていく。

 

それでも、攻撃隊は進撃をやめない。一歩一歩、着実に輪形陣へ近づこうとする。

 

敵機が散開したかと思うと、今度は対空砲火の応酬が始まった。敵艦隊の弾幕は猛烈だ。それこそ、横殴りのスコールの如く、攻撃隊に迫りくる。

 

が、その弾幕は第一次攻撃隊の時よりも薄い。それもそのはず、大和の射弾が、輪形陣の合間に立ち上り、その連携を妨害しているのだ。これが実に効果的だった。三万という距離の、十分に弾着観測のできない条件下で始めた射撃は、お世辞にも精度が高いとは言えない。現に、攻撃隊から視認できるようになってから五度の砲撃がなされているが、命中弾炸裂の火柱は上がっていなかった。

 

それでも、大和の主砲は―――鎮守府最大、四五口径四六サンチ砲が巻き上げる海水の嵐は、深海棲艦の恐怖を煽るのに十分すぎた。

 

加えて、大和に先行する形で輪形陣に突っ込んだ吹雪が、絶妙なフォローを入れていた。動いて欲しくない敵艦を狙い撃ち、その自由を奪う。それだけで、攻撃隊の負担はぐっと減った。

 

とはいえ、敵の対空砲火が猛烈なことに変わりはない。活火山という形容が似合う高角砲弾の台風は、攻撃隊の全方位―――右で、左で、上で、正面で、その機体を絡め取らんと魔の触手を伸ばしてきた。

 

“天山”がつんのめって、海面に突っ込む。

 

バランスを崩した“彗星”が高角砲弾の直撃を受けて爆発四散する。

 

弾片をまともに浴びたのか、“天山”が白煙を引いて落伍していく。

 

一機また一機と、攻撃隊の機体が削られていく。編隊に穴が開くものの、それを詰めるように編隊を緊密にし、まるで一頭の生き物のように機動部隊へと突き進んでいた。

 

『艦爆隊上昇!雷撃隊は雷撃進路へ!』

 

飛龍の指示と共に、編隊が二つに分かれた。敵直掩機をやり過ごすためにギリギリまでまとまっていた“彗星”と“天山”がそれぞれの投弾位置へ取り付こうと、弾雨の中を潜り抜ける。それを追うようにして、高角砲弾の黒い花と敵戦闘機の機銃弾が覆いかぶさった。

 

「艦爆隊、目標敵輪形陣中央、空母及び重巡!」

 

強襲のセオリー―――艦爆隊による高角砲と目つぶし、そこから輪形陣を強行突破した雷撃隊による雷撃。お互いの連携が特に重視される。

 

『!まずい、瑞鶴そっち行った!』

 

その時、瑞鶴の通信機から伊勢の切迫した声が届いた。反射的に上空を見上げると、敵降爆数機が、まさに瑞鶴への投弾コースへと入っていた。

 

―――こんな時に!!

 

内心で毒づきながらも、瑞鶴は攻撃隊の誘導をやめなかった。やめてなるものか。ここまで来て、取り逃すつもりはない。

 

ナポレオン式の超絶アクロバティックな戦術?知ったことか。あたしはやる。そう決めただけだ。

 

“彗星”たちが、先頭のヲ級とその横のリ級に狙いを定めて急降下に入る。それに合わせるように、敵降爆も瑞鶴へと降ってきた。甲高いダイブブレーキの音と高角砲弾炸裂の衝撃音が連続し、頭の中で木霊する。

 

「いっけえええええっ!!」

 

炸裂する高角砲弾に包まれながら、“彗星”は急降下していく。瑞鶴の号令と共に先頭機が投弾、誘導索に導かれてプロペラ径外へ出た爆弾が風切り音を伴って落下しだした。それに続くように、二番機、三番機も投弾を始める。

 

それから数瞬、瑞鶴上空の敵機も投弾する。それを見て、ぎりぎりのタイミングで回避運動に入る。その上を、敵降爆がフライパスしていった。

 

視界の端に、水柱が立ち上っていく。一発、二発。弾着位置は遠い。回避運動は、正解だったようだ。五発目、八発目が至近弾となり、爆圧が脚部艤装を揺さぶるものの、瑞鶴は損傷なしで何とか切り抜けた。そこになって初めて、瑞鶴は自らの投弾した爆弾の行方を確認する。

 

“彗星”からの映像は、残念ながら“天山”ほど鮮明ではなかった。それでも、輪形陣の中央付近に三本の黒煙が見えた。

 

突撃中の“天山”から見えるものも同じだ。煙の場所から見て、瑞鶴の“彗星”隊は、重巡洋艦を撃破したものの、空母に対しては有効な打撃を与えられなかったようだ。対して飛龍は、狙っていた軽巡と空母、どちらにも有効打を与えている。

 

―――やっぱり、すごいなあ。

 

同じ空襲下でも、飛龍はきっちりと、目標を捉えている。赤城から攻撃隊を一任されるだけのことはある。瑞鶴は、今も“天山”に指示を送り続ける飛龍に目を向けた。

 

まったく唐突に、飛龍の艤装から火の手が上がった。




思えば一年、遠くまで来たもんだ・・・(遠い目)

今度こそ、本当に北方海域編を終わらせますから!どうか着いて来てください!

次回もできるだけ早く投稿できるよう頑張ります

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