艦これ~桜吹雪の大和撫子~   作:瑞穂国

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結局二週間かかってるし・・・

今回は戦艦編!ついに大和の初陣です!

さて、どんな苦難が待っているのか・・・


砲戦始メ

DB機関

 

ディープ・ブルーの略称。日米を中心に設立された、深海棲艦の研究機関である。

 

環太平洋海運防衛機構の創設と同時期に非公式で活動を始め、深海棲艦の生態、特に行動原理の解析を行っていく。同時に過去の文献―――未確認海洋生物の類いなどを再検証し、深海棲艦、あるいはその祖となる存在を探す。

 

しかし、ハワイ沖海戦後は、海上及び通信網による各国間のやり取りが不可能となり、現在は自然消滅状態となっている。

 

 

北方海域独特の涼しい風が、六人の艦娘の周りを流れていく。夏とはいえ、この辺りの気温は低い。航行すれば、前から容赦なく冷たさが襲ってきた。艤装の保護効果がなければ、今頃凍えていただろう。

 

先頭を進む長門は、辺りに気を配ったまま、ちらと自らの後ろを振り返って見た。

 

そこには、五人の艦娘が続いている。ただし、同型艦と呼べる艦娘はほとんどいない。吹雪と叢雲ぐらいだ。直衛の千歳を除いた三人の戦艦娘は、型式どころか、速力も砲口径も全く違う。

 

残念ながら、これが北方派遣艦隊戦艦部隊の現状だった。第一次攻勢で大きく損耗した彼女たちは、決して万全とは言えない部隊状況で戦っている。

 

長門は、鎮守府へと引き上げた姉妹艦を想う。三艦隊の無事な撤退と引き換えに、凄まじい砲撃戦を行った彼女は、艤装が半壊するほどの損害を受けていた。しばらくは、まともな戦闘はできまい。

 

『・・・静かなものデス』

 

二番艦の位置につける金剛が、波の音に混じってポツリと呟いた。

 

「ああ・・・そうだな」

 

同意を示した長門は、不気味なほど押し黙った空を見上げる。二個機動部隊―――敵味方合わせて四個機動部隊が展開しているとは思えない静けさだ。聞こえるのは、彼女たちが上げる波と艤装の音、吹き抜ける風、千歳の艦載機隊の羽音ぐらいだ。

 

三艦隊からは、敵軽空母部隊を捕捉した旨、通信があった。今頃第一次攻撃隊を放っているころだが、果たして・・・。

 

『っ!!千歳より全艦!敵艦隊見ゆ!』

 

「位置、構成知らせ!」

 

突然の報告に、長門はさらなる情報を求める。二式艦偵から送られてくる映像に神経を集中する千歳が、ゆっくりと続けた。

 

『戦艦四、駆逐二。ル級の金が二にタ級の赤二。駆逐はハ級と思われます。本艦隊前方、五○○(五万)』

 

―――またやつらか・・・!!

 

長門は奥歯を噛みしめる。北方海域に確認された敵戦艦は六隻。うち二隻は、前回の戦いで陸奥と扶桑たちが屠っている。今前にいるのは、残存の全艦ということになるはずだ。であるならば、二隻のル級は、前回長門が苦杯を舐めさせられた相手に違いない。

 

『上空、敵偵察機!』

 

吹雪が叫んだ。艦隊直上に展開する零戦より前、ゴマ粒ほどの大きさにしか見えないが、黒い飛行物体が見えた。

 

『水上機、ですね』

 

上空の千歳艦載機隊が確認する。機動部隊の艦上機ではなく、戦艦部隊搭載の水上機だったようだ。つまりこちらの様子は、相手に気づかれたことになる。

 

―――さて、どう出るか・・・?

 

こちらのやることは決まっている。四隻だろうと何だろうと、目の前の戦艦部隊を止めるだけだ。問題は、敵の出方。

 

『それで、どうするノー?』

 

金剛が声をかける。戦場に似合わない、いつも通りの能天気な声に、少しだけ緊張が和らいだ。こういうところ、金剛だけの才能であろう。

 

―――ああ。何を悩む必要がある。

 

肺一杯に空気を吸い込む。なんということはない。目を閉じれば、あらゆるしがらみが薄れ、目の前の戦闘にだけ神経が集中される。艤装と一体になったような感覚に包まれ、長門は不敵に笑った。

 

「当然、ここで止める」

 

『面白そうデスネー。でも、敵の方が一隻多いデスヨー?』

 

「何の問題がある」

 

長門の切り返しに、金剛はアハハと大きな声で笑った。

 

『それでこそ長門デス!ワタシも腕が鳴るネー!』

 

フンス、腕を組んで悪戯っぽい笑みの金剛に続いて、大和が上品に微笑んだ。

 

『長門さんが言われると、不思議な説得力がありますね』

 

シャランと日傘が揺れる。わずかな緊張と、確かな決意、そしてなにより、大きな希望の込められた所作が、海上にはよく映えた。

 

『何とかなる、そんな気がします』

 

実際、今の状況は大変厳しい。制空権は取れても、航空戦力による支援はまず望めない。その中で、深海棲艦の中でもずば抜けた能力を持つ戦艦群を相手取らなければならないのだから。しかしそれでも、長門は―――全てわかっていてもなお、力強く言い切った。

 

「やれるさ。私たちなら、な」

 

金剛が大げさにうんうんと頷く。大和は傘を握りしめ、決意も新たに微笑んだ。吹雪と叢雲が互いに顔を見合わせ、その様子を千歳が微笑ましげに見つめていた。

 

大丈夫だ。やれる。長門は確信した。

 

『敵艦隊増速。二手に分かれました』

 

千歳から新たな報告が入る。

 

―――挟み込むつもりか。

 

奴らは知っているのだ。こちらの戦力が、劣っていることを。左右から挟み込んで撃ちあうのが、最も効率的だと。

 

今、長門たちが取れる方法は二つ。このまま一塊となり一方の敵と交戦、しかる後に、もう片方を叩く。あるいは二手に分かれ、それぞれと独自に戦う。前者は各個撃破を狙えるが、その間にもう片方が突破される可能性があり、後者は数の不利を補えるとは言えない。どちらも一長一短だ。一概にどちらがいいなどと言えないし、どちらがよかったかは、終わってみなければわからない。

 

「・・・千歳、敵艦隊の構成は?」

 

『左方艦隊、ル級二。右方艦隊、タ級二です。いずれも駆逐一が随伴』

 

千歳の回答は早かった。だから長門も、頭の回転スピードを損なうことなく、最終的な判断を下せる。

 

「左方の敵を“甲”、右方の敵を“乙”と呼称。艦隊を二手に分け、各個に叩く。長門、金剛、叢雲、目標“甲”。大和、吹雪、目標“乙”。千歳は後方で待機」

 

方針は、決まった。

 

「かかるぞ!全艦合戦準備!!」

 

各艦の艤装が戦闘出力へと移行する。戦艦三隻から上がる艤装の駆動音は圧倒的で、大気を揺るがすほどだ。こと、大和の響かせる轟音はその大きさに見合う覇気があり、彼女の背負った巨大な構造物の存在感をより一層高めていた。

 

「第三戦速!」

 

『大和、前に出ます』

 

散る飛沫が大きくなり、大和と吹雪が長門に並ぶ。横を進むその姿を、ちらと見やった。

 

『大和以下二隻、敵“乙”部隊へ向かいます』

 

宣言した大和は、面舵を切ろうとする。

 

「大和」

 

『はい?』

 

「“貴艦の健闘を祈る”、だ」

 

長門の言葉に、大和はわずかに目を見開いた。それから頬を弛緩させて、

 

『“我、期待に背かざるべし”、です』

 

朗らかに答えた。

 

 

 

二隊に分かれて進む一艦隊。左方の三隻の先頭に立ち、長門は周囲を見回す。

 

まだ敵の姿は見えない。長門は千歳だけに聞こえるよう、回線を繋いだ。

 

「千歳」

 

『はい。退避、完了しました』

 

ニコニコという擬音が聞こえそうなほど、柔らかく気負うところのない答えだった。

 

「すまない。護衛は、付けられない」

 

空母には、個艦戦闘能力などというものは備わっていない。空母の戦闘能力というのは、そこに搭載されている航空機そのもので、母艦自体には高角砲ぐらいしか固有武装はない。当然まともに対艦戦闘などできるはずもなく、一度捕捉されれば最後、たとえ駆逐艦でも撃沈されてしまう。単艦の空母ほど、危険なものはないのだ。

 

千歳を下げると決めた時からわかっていたことだ。砲撃戦に集中する戦艦を守るには、どうしても駆逐艦が必要だった。そして砲火の最中に、空母は足手まといにしかならない。砲戦の間、千歳を守る術はない。そしてもし仮に長門たちが敗れ、敵艦隊に突破されれば、千歳の運命は決したも同然だ。

 

『そんな顔をしないでください』

 

長門の表情を読んだように、千歳が続ける。

 

『私は信じてますよ。長門さんのこと』

 

一点の曇りもない言葉。気恥ずかしさすら覚えるほどの、清々しい笑顔が見えた気がした。

 

『でも・・・そうですね。―――では、約束してください』

 

「約束?」

 

『必ず、私のことを迎えに来る、と』

 

約束、か。

 

そう、約束だ。

 

約束は、守らなくては。

 

「わかった、約束しよう。必ず迎えに行く」

 

『はい。待っていますね』

 

―――ありがとう。

 

その言葉は、辛うじて飲み込んだ。通信を切り、再び前を見据える。大きく息を吸い込んだ。

 

「観測機、発艦準備!」

 

 

火薬の炸裂音の後、急加速した機体が空中に放り出され、一瞬沈み込んだのちに上空へと舞い上っていった。零式水上観測機―――零観は、現在戦艦に優先的に配備されている、弾着観測用の双葉単フロート機だ。搭載された三機のうちの一機が、今任務に就いていた。

 

観測機を眩しげに見上げた大和は、零観目線で送られてくる映像を確認する。鳥の目、とよく言うが、正に天空の高みから海上を見つめている気分だった。

 

「・・・敵“乙”部隊発見!」

 

眼下の海面を驀進する艦影がある。数は三つ。魚類を思わせるフォルムの駆逐艦を先頭に、白銀の髪をなびかせる戦艦が二隻、艤装を唸らせてこちらへ迫っていた。

 

分が悪い、とは思っていない。長門が言っていた通り、私たちはやれる。それだけの力が己の艤装にあることは、他でもない大和自身が一番よく知っている。だから今は、自分のやれることを全力でやるだけだ。

 

「距離四○○、速力一八ノット」

 

大和と吹雪の速力は、現在二四ノット。お互いに向き合うようにして正面反航戦の状態の二つの艦隊は、相対速力四○ノットで接近していることになる。その姿を水平線に捉えるまで、十分とかからないはずだ。

 

「敵艦を捉え次第、砲戦始めます」

 

そう言って大和は、後ろについてくる駆逐艦娘を振り向いた。

 

「その間、よろしくね」

 

「はい!任せてください!」

 

吹雪は右手の一二・七サンチ連装砲掲げて元気よく答えた。大和が正式に配備される前―――公試を行っていた時から、一緒だったのだ。誰よりも、彼女を信頼している。彼女なら、安心して背中を預けられる。

 

不安がないと言えば嘘になる。いつまた、あの演習の時のようになるかわからない。けれどもそれは、大和自身―――戦艦“大和”の記憶と想いを受け継いだ艤装と、それを背負う彼女が乗り越えなければならないことだ。あの時なしえなかったことを、今度こそやり遂げる。その決意を強く、持たなければ。

 

風が髪を撫でる。少し寒いかもしれない。

 

大和はあらゆるしがらみを捨て、目の前を見つめた。

 

零観の送ってくる映像からは、刻々と接近する敵艦隊が確認できる。あと少しで、視界に入ってくる。その時が、戦いの始まりだ。

 

「三五○より砲戦開始」

 

戦艦の砲戦距離は、主砲の射程距離とイコールではない。最大射程では発射間隔が長すぎるし、第一当たらない。普通は射程距離の八、九割程度の距離からが砲戦可能範囲とされ、実質的な決戦距離は二万ほどだ。

 

が、大和に限って言えば、それは必ずしも当てはまらない。最大仰角で四万二千超という破格の射程距離と、長門型の四割強増しの攻撃火力は、三万を超える砲戦を可能にしていた。もちろん、これには弾着観測機と良好な視界という前提条件が付くわけだが。

 

射撃を早く始められるということは、そのまま弾着観測の数を増やす結果に繋がる。敵艦が砲戦距離に入る前に精度を詰め、先手を取れるということだ。大和はそれを狙っていた。現在、大和だけに使用が許される戦術だ。

 

そして、時は来た。

 

水平線、今まで何もなかったそこに、ゆっくりと影が出現する。次第にはっきりとしていく輪郭を、測距儀を通してはっきりと見た。

 

人間に限りなく近い、ほっそりとしたプロポーション。陽光を浴びて輝くは、雪のような長髪。向こう側が透けて見えそうな、死んだサンゴのように真っ白な肌。腰回りに展開する、ごつごつとした艤装。そしてあらゆるものを睥睨し、北海の王者たらんとする二つの瞳。

 

戦艦タ級。大和が初めて遭遇する、人型の深海棲艦だった。

 

先ほどと変わらず、駆逐ロ級を前に押し立てて、二隻の戦艦は迫ってくる。その美しいとさえ思える存在感に、大和はしばし圧倒されていた。

 

しかし、すぐに我に返る。彼女とて、鎮守府の、人類の守護者たる戦艦娘なのだから。

 

「正面砲戦用意!目標敵戦艦一番艦、測敵始め!」

 

大和の測距儀が、手前側のタ級を捉えて、距離の算出を始める。相対速度や進行方向、今日の天気、温度、湿度、風向、緯度経度、あらゆる情報が脳内を駆け巡り、諸元として算出されていく。

 

「諸元入力、完了」

 

算出された諸元はすぐに各砲塔へと伝わり、大和の艤装の両舷に据えられた、巨大な三連装砲塔が駆動する。そこに収められているのは、四五口径四六サンチ砲。現在、最大最強の戦艦主砲。圧倒的な破壊力を秘めた、切り札の中の切り札だ。

 

前方へ指向可能な一、二番主砲が正面を向き、各砲塔の右砲と中砲が極太の鎌首をもたげる。低い駆動音が収まったとき、全ての準備は整った。

 

「吹雪ちゃん、耳を塞いで!」

 

一度目のブザーに続いて、大和は大声で警告する。護衛の吹雪が耐衝撃体制に入ったのを確認してから、撃ち方用意の二度目のブザーを鳴らした。

 

やがてブザーが鳴り止み、海上に緊張に似た静けさが立ち込めた。

 

「撃ち方、始め!」

 

大和の号令が、その静寂を破る。

 

一拍の間。次の瞬間。

 

稲光をいくつも集めたような閃光が走った。中天の太陽が暗く見えるほどの爆発的な光の渦が沸き起こり、周囲を真っ白に染める。

 

百雷にも勝る爆轟音が洋上を駆け抜け、等速度的に拡がった衝撃波が大気を震わせた。鼓膜を強かに打つなどというものではない。耐衝撃姿勢―――両耳を塞ぎ、口を開けた格好でなければ、吹雪の脳天が痺れるところだった。

 

天地鳴動。

 

その言葉に違わぬ衝撃と共に、四つの火矢が高空へと放たれ、音速を超えて巨大なアーチを描く。

 

弾着の瞬間は、十数秒後に訪れた。

 

前進をしていた“乙”部隊の前方に、天を衝くほどの海水の塊が現出した。観測射撃として四発撃ち出した四六サンチ砲弾は全弾が近弾となる。至近弾はないが、この距離の第一射としては悪くない精度だ。

 

「全弾近!諸元修正!」

 

観測機から、射撃のずれが送られる。それらを元に、大和は諸元に修正を加えた。

 

先の射撃から約一分、大和はもう一度ブザーを鳴らす。

 

「第二射、撃てっ!!」

 

今度は、左砲と中砲が炎の塊を吐き出した。衝撃波が海面にクレーターを作り出し、四発の四六サンチ砲弾が敵艦へと飛んでいく。

 

弾着。今度はその中に、火柱が混じった気がした。

 

―――やった・・・っ!?

 

思わず身を乗り出す。が、水柱が崩れたとき、敵戦艦はその健在な姿を現した。その代わり、それまで先頭を進んでいたロ級の姿が跡形もなく消え去っている。どうやら手前に落下した砲弾が直撃して、轟沈したらしい。

 

戦艦―――まして四六サンチ砲ともなれば、駆逐艦など一たまりもなかったことだろう。

 

第三射も空振りに終わる。着実に弾着位置は近づいているが、さすがに大和は焦りを感じ始めた。もう間もなく、深海棲艦側も射撃可能な距離に入る。そうなった場合、手数の少ない大和側は不利だ。

 

その心配は現実となる。第五射でようやく至近弾が得られたころ、敵一番艦が発砲した。それから数拍を置いて、二番艦も発砲する。飛翔音が迫り、やがて巨大な瀑布となって大和の前に姿を現した。

 

精度はさほど高くない。タ級にとっては、この距離は砲戦を行うのにギリギリなはずだ。

 

とはいえ、射撃を繰り返せば、いずれ命中弾が出る。その前に、せめて一隻は行動不能にしたいが・・・。

 

待望の知らせは、第六射の弾着と共にやってきた。

 

手ごたえはあった。放った四発の弾道を見送る。立ち上った水柱は三本。そして残った一本は―――

 

「命中弾確認!次より斉射!」

 

敵一番艦の艦上に火炎が踊っている。轟々と燃える炎、噴き出る黒煙の量もすごい。大和の放った四六サンチ砲弾は、たった一発の命中弾だけで、タ級の艤装の半分をごっそりと海中へ引き込んでしまった。恐るべき威力だった。

 

大和の艤装が、しばし沈黙する。斉射の準備をするために、六門の砲身が下がり、それぞれの尾栓から砲弾を込めているのだ。

 

それが終わったとき、各砲身が所定の位置まで持ち上げられ、固定された。

 

また、ブザーが鳴る。

 

「第一斉射、撃てっ!!」

 

先の観測射が小鳥のさえずりに聞こえるほどの、それまでに倍する咆哮と光源が六門の四六サンチ砲の砲口から生じた。反動もまたすさまじい。水圧機で軽減しているとはいえ、しっかり踏み込んだ脚部艤装が波間に沈み込む威力だ。

 

飛翔した六発の砲弾が、敵艦に襲いかかる。直撃弾の炸裂光が見えたが、すぐに立ち上った水柱が覆い隠してしまった。観測機からも状況を確認しながら、水が引くのを待つ。

 

姿を現した一番艦は、すでに沈みかかっていた。当たり所がよかったのか、とにかく次でとどめが刺せそうだ。

 

―――命中弾は出てる。慌てず、落ち着いて。

 

念じるように呼吸を整える。主砲が再び射撃位置につくまでの四十秒、敵弾が吹き上げる弾着の水柱を気にも留めない。

 

「第二斉射、撃てっ!」

 

大和の艤装が、二度目の斉射を撃ち出す。沸き起こる褐色の炎の中から、六発の四六サンチ砲弾が放たれた。

 

結果はわかりきっていた。敵一番艦に到達した砲弾は、四本の水柱と二本の火柱を噴き上げた。そしてそれとは別に、命中弾とは明らかに異なる巨大な炎が、敵一番艦から生じた。

 

一六インチ三連装砲塔の天蓋に突き刺さった砲弾は、その装甲を易々と食い破り、各種機構を破壊しながら弾薬庫で信管を作動させた。内部で生じた熱は、本来タ級を守るはずだった装甲に阻まれて行き場を失い、結果それ以外の弾薬を巻き込んだ。

 

内側から弾け飛んだタ級は、その堅牢な立ち姿が嘘であったように、あっという間に波間へと消えていった。ずぶずぶと沈みゆくその表情が、わずかに歪んでいたような気がした。

 

「目標を二番艦へ変更!測敵始め!」

 

悠長にしている暇はない。内心から一番艦のことを振り払い、大和は新たな目標へと砲口を向けた。

 

 

「第一射、撃てっ!!」

 

長門は、黒煙を噴き上げる艤装のことなどお構いなしに、第二の目標へ砲火を放った。

 

敵“甲”部隊と交戦した長門と金剛は、当初状況を有利に進めていた。ル級にはレーダーがあったが、今回は視界も良好なうえに制空権を取っていたため、満足のいく弾着観測を行えたことが大きかった。お互いにほぼ同じタイミングで撃ち始め両艦隊は、金剛が第二射、長門が第三射で命中弾を得、以後は連続斉射を放ち続けていた。

 

ことに、金剛はすごかった。長門やル級に比べれば一回り劣る三六サンチ砲ながら、長砲身ゆえの高初速と新装填機構による速射によって、多数の命中弾をル級に与えていた。と同時に、射撃諸元にほとんど影響が出ないよう絶妙に位置をずらして、敵弾の夾叉をかわしていた。

 

長門はと言えば、大和に次ぐ装甲を生かして、斉射に次ぐ斉射で敵艦と渡り合っていた。

 

が、ル級はその上を行った。金剛の相対した一番艦は十数発、長門の相対した二番艦は八発の命中弾を受けていたにも関わらず、平然と砲撃を続けていた。そしてその一弾が、最悪の結果をもたらすことになった。

 

金剛に命中した敵弾は、その艤装に深く食い込み、盛大に弾けてごっそりと抉り取った。さらに悪いことに、三番砲塔の砲塔内冷却装置が破損し、強制注水の必要が生じた。そこへさらに命中弾が生じ、出力の低下した金剛は落伍を余儀なくされた。

 

それから長門は、二対一という戦いを続けていた。その第十斉射でついに二番艦を沈黙させた長門は、今目標を一番艦へと変更し、再び交互撃ち方を行い始めたところだ。

 

が、その射弾が落下するよりも早く、敵一番艦の一六インチ砲弾が盛大に水飛沫を上げた。これで三度目、精度はかなり高くなってきている。命中弾が生じるのも時間の問題だ。

 

一抹の望みをかけて、第一射の行方を追う。しかしそう簡単にいくはずもなく、四発の四一サンチ砲弾は空しく水柱を上げただけだった。そして諸元修正を加えている間に、恐れていたことは起きた。

 

敵艦の放った第四射は、一発が長門の手前に、もう二発が後方に弾着した。夾叉だ。次から、三十秒おきに一六インチ砲弾の斉射が降ってくる。

 

長門も第二射を放つ。各砲塔の二番砲に閃光が走り、四発の四一サンチ砲弾が飛翔する。放物線を描いて空気を切り裂き、轟音と共に落下していった。命中弾はない。今度も、水柱は敵艦の手前に立ち上るだけだった。

 

お返しはすぐに来た。盾のようなル級の艤装からめくるめく火球が生じた。観測射撃を終えたル級は、ついに斉射へと移ったのだ。

 

長門の上空を、一六インチ砲弾の風切り音が圧していく。音速を越えて迫る黒い弾頭が、ありありと見えた。

 

長門の周囲に連続して水柱が上がった。ほぼ同時に二度の衝撃が長門を襲った。肩の辺りに弾着した砲弾を艤装から生じたエネルギー装甲が弾く。長門は歯を食い縛って耐えた。

 

先の二番艦との撃ち合いを含めて、通算八発目の被弾だ。いかに堅牢な長門型といえども、装甲には限界がある。たまたま、バイタルパートの装甲が厚い部分に当たっているおかげで耐えているが、それもいつまで続くか・・・。

 

第三射が放たれた。それまでと同じ、四発だ。入れ替わるようにして、敵弾が落下して火花が散った。今回は一発が命中弾となって、長門の装甲にダメージを与える。

 

長門の射弾は、またも敵艦の手前に落ちる。観測機からは至近弾の報告が来ている。あと一息だ。

 

―――足止めさえできれば・・・!

 

再びの被弾の衝撃に耐えながら、長門は敵一番艦を睨む。ここでこの戦艦部隊を食い止めれば、三、四艦隊は存分にAL深部の主力艦隊と戦える。三艦隊からは、すでに敵侵攻中枢艦隊の機動部隊を捉えたと通信があった。四艦隊はその快速を生かして、AL深部を目指している。

 

北方海域決戦の成否は、一艦隊が一分一秒でも長く踏ん張ることにかかっていた。

 

「命中!次より斉射!」

 

待望の命中弾を得た長門は、すぐさま斉射に切り替える。下げられた砲身に八発の砲弾が籠められ、その尾栓が閉じられた。

 

敵艦の斉射が落下する。側面の副砲群に突き刺さった一発が、二門の一四サンチ砲を海中へと葬り去った。火薬玉の弾けるような音は、副砲弾薬庫の砲弾が誘爆した音だろうか。しかし長門は、そんなものは気にも止めなかった。

 

「・・・長門型を、侮るなよ!!」

 

叫び声と同時に、第一斉射を放った。健在な八門の四一サンチ砲が反撃の咆哮を上げ、褐色の砲炎が辺りを覆う。往き足が一瞬止まりそうになる反動に、長門は両足を踏ん張った。

 

彼我の砲弾が落下する。命中弾はそれぞれ二発。長門の四一サンチ砲弾はル級の肩の砲塔をもぎ取り、右手の盾に弾かれた。ル級の一六インチ砲弾は長門の一番砲塔正面防盾で火花を散らし、副砲を三門ズタズタに引き裂いた。

 

壮絶な殴り合いだ。長門が四十秒に一度、ル級は三十秒に一度、お互いの全力斉射を放つ。砲弾が空中で交差し、持ち上げられた海水の塊が林立しては、命中弾炸裂の閃光が走った。

 

とはいえ、結果は誰の目にも明らかだった。すでに数発を被弾していた長門が、単位時間当たりの弾薬投射量で圧倒するル級と撃ち合って勝てる道理がなかった。

 

度重なる被弾で、長門は満身創痍の状態だ。最後の力を振り絞って放った斉射はル級の砲塔を一基潰したものの、すでに自身も二基の砲塔を粉々にされている。機関出力も限界に近い。脚部艤装は半分以上が沈み込んで、速力も衰えていた。

 

が、長門は退かない。彼女は背負っている。千歳の運命を、三艦隊の奮闘を、四艦隊の魂を、鎮守府の希望を、姉妹艦の想いを、戦艦娘の誇りを。一発でも砲弾がある限り、この体が動く限り、殴り倒してでも止める。それだけの気概と覚悟を持っていた。

 

衝撃が走った。通算十八発目の被弾。ついに艤装が悲鳴を上げた。金属のひしゃげる音がして、艤装左舷側の二つの砲塔が脱落する。バランスを失った長門は、右へと倒れこんだ。

 

―――万事休す、か。

 

艤装に取り付いている妖精たちが応急処置を始めるが、すでに長門には、満足に戦える装備は残っていなかった。対するル級は、まだ主砲の半分以上が健在だ。その砲口が火を噴けばどうなるか。

 

長門は水平線のル級を睨む。距離は約二万。決戦距離と呼ばれるこの距離から放たれた砲弾は、長門の装甲を撃ち破るには十分すぎる威力を誇っていた。

 

が、予期していた事態は起こらなかった。

 

ル級の周囲に、四本の水柱が出現した。長門やル級のそれよりも高く、太く、逞しい。新たな敵の接近を知って、ル級は憎々しげに髪を揺らした。

 

『長門さん!』

 

なんとか生きていた通信機から聞こえてきたのは、最近よく聞くようになった、鎮守府最新鋭の長門の教え子の声だった。

 

「大和・・・!?」

 

長門は驚きに声を詰まらせた。大和は先程まで、長門の指示で二隻のタ級と砲撃戦を繰り広げていたはずだ。二対一とはいえ、長門型を遥かに凌駕する性能を持った大和なら、十二分に戦えるはずだと判断したからだ。しかし、それはあくまで互角以上に戦って、持ち堪えることができるという意味だった。

 

―――まさか、この短時間で二隻の戦艦を撃破したと言うのか・・・!?

 

大和と長門は、互いに三万五千の距離を取って、敵艦隊と相対していた。とすれば、大和は数分前にはタ級を倒し、こちらへと転針して、今ル級に砲撃を始めたことになる。

 

『吹雪ちゃんは長門さんの護衛を、ル級は私が!』

 

二度目の砲撃音。その火球の下から、一人の駆逐艦娘が長門へと接近してきた。自らの応急修理の妖精を抱えた吹雪は、長門に横付けする。吹雪の妖精も加わったことで、長門の艤装修復はなんとかなりそうだった。

 

「大丈夫ですか?」

 

背負った艤装から応急処置―――長門本人のための包帯を取り出して、吹雪は尋ねた。

 

「ああ。出力は落ちたが、航行に支障はないはずだ」

 

断片がかすったのか、血の流れる左腕に包帯を巻かれながら、長門はどこか清々しく答えた。存分に戦った上での結果だ。今は、自らが生き残ることを考えてもいいだろうか。

 

「・・・大和は、よくやってくれたな」

 

目の前で砲撃戦を繰り広げる新鋭戦艦娘を見つめて、長門は呟いた。大和はすでに斉射に移っている。もうしばらくで、決着がつくはずだ。

 

「はい」

 

吹雪の返答は短かった。

 

―――そういえば、吹雪は公試の時から一緒だったか。

 

鎮守府の艦娘の中では、最も大和との付き合いが長いはずだ。彼女の実力を知っていて、信頼している。端から、微塵も心配はしていないのか。

 

―――少し、悔しいな。

 

自分の中にあった、子供じみた妬心に苦笑が漏れそうだ。長門とて、吹雪との付き合いは長い。ただ、同じ艦隊として行動を取るのは、これが初めてだ。

 

「はい、終わりました」

 

「ありがとう」

 

包帯の巻かれた腕を動かす。艤装の方も応急修理が終わったようで、なんとか航行はできると、妖精が知らせてきた。戦闘はもう無理だろう。だが長門には、この艦隊の旗艦としてやるべきことがまだあった。

 

「叢雲、聞こえるか?」

 

『感度良好、聞こえるわ』

 

金剛を護衛して千歳の位置まで後退した吹雪の同型艦が、勝気な声音で答えた。

 

「金剛の状態は?」

 

『応急修理は完了。ただ、自力航行は無理ね。今は海面に寝てる』

 

「・・・何やってるんだ、金剛は」

 

こんな状況にもかかわらず、頭痛で頭を抱えそうになった。強制冷却の必要があったのはわかるが、なぜ直接海水に漬け込むという選択肢になったのか。

 

『帰還時には千歳の艤装に乗せていくつもり』

 

千歳型の航空母艦艤装は、からくり箱を思わせる箱型だ。艦載機展開時にはこれを立てて、発艦作業を行うが、航行時には不便なので、海面に倒して、サーフィンの要領で操艦することも可能だ。この上に金剛を乗せることで、曳航していこうというつもりのようだった。

 

「わかった。一制艦からは、すでに展開を終えたと連絡があった。それと合流して撤退する」

 

那智率いる一制艦は、三艦隊の軽空母部隊撃破に伴って、再びキス島沖まで前進してきていた。損傷した艦娘は、彼女たちの護衛を受けながら撤退する手はずになっている。

 

「吹雪、大和は別行動だ。突撃する四艦隊の支援に回ってほしい。二制艦と合流してくれ」

 

叢雲との通信を切った長門は、目の前の吹雪と、今まさにとどめを刺そうとしている大和に下令する。この戦いは総力戦だ。今ある戦力は、可能な限り前線に投入する。深部に展開する深海棲艦を叩くのに、大和は大きな戦力になるはずだ。

 

本来摩耶たちは、撤退する三、四艦隊の後退に護衛として付けるつもりだったが、この際仕方ない。それに、鳥海に装備されている特殊艤装は、四艦隊の支援にも威力を発揮するはずだ。

 

吹雪はまじまじと長門を見つめた。それから力強く頷く。その仕種を確認した長門は、不敵に口の端を釣り上げた。

 

『大和、承りました』

 

砲撃音の合間に、大和も了承の意を示す。

 

応急修理を手伝ってくれた妖精たちが吹雪に戻ったのを確かめて、長門は立ち上がる。試しに動かしてみた主機からは、確かな手ごたえが伝わってきた。

 

「吹雪、後は頼んだ」

 

今、長門が言える精一杯だ。精一杯の、信頼の言葉だ。

 

「はい!任せてください!」

 

その顔に浮かんでいたのは、提督が絶大の信頼を寄せ、駆逐艦娘たちが先輩と慕う、明るく気力に満ちた笑顔だった。長門が惚れ惚れするほどの、いい表情だ。

 

最後のル級が沈黙し、大和の砲声が収まったのは、それからすぐだった。




よく見たら二十話超えてたっていう・・・

次回(か、その次)で一度一区切りをつけるつもりです

放置してた誤字とか修正しないと・・・

というわけで、北方海域決戦、いよいよクライマックスです!

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