艦これ~桜吹雪の大和撫子~   作:瑞穂国

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どうもです

いよいよ、北方海域の決戦が始まりました

今回は、陸奥お姉さんが大活躍です!そして、ようやくまともに戦艦同士の砲戦が書けた・・・

なんだかんだ、今まで巡洋艦クラスの戦闘がメインでしたしね。戦艦の戦闘はほとんど弾いてたし

どうぞ、よろしくお願いします


北方の嵐

空中に爆発光がきらめく。

 

北方海域、キス島沖空域。

 

入り乱れる曳光弾が、冷め切った空気を切り裂き、敵味方双方の機体に突き刺さる。

 

零戦の射弾が、エイを思わせる深海棲艦載機を捉えて火の玉に変える。

 

敵機の機銃を受けた零戦は主翼を叩き折られ、錐揉みになって墜落していく。

 

“紫電”が二機で敵機を追い詰め、二○ミリの太い火線が地獄への引導を渡す。

 

発動機に被弾した“紫電”が、別の敵機に背後を取られ、なす術なく落とされる。

 

戦況は拮抗していた。いや、手数が少ない分、艦娘側が不利だった。

 

「右舷に雷撃機!!」

 

機動部隊直衛を担当する比叡が叫ぶ。自身もいくらか被弾し、各所から煙を上げているものの、陣形は辛うじて維持している。

 

機動部隊を率いる赤城は、その報告に歯噛みした。すでに損耗が限界に近い艦載機隊―――特に戦闘機は、すでに敵戦闘機に牽制されてしまっている。そう簡単に動けそうにはない。かといって、対空砲火で全てを迎撃できるかどうか・・・。

 

「右舷へ弾幕!!」

 

回避運動は取れない。今とれば、弾幕は薄くなってしまう。それだけは避けたかった。

 

赤城は、自らに肩を預ける僚艦を見る。

 

午前からの戦闘で、加賀は再三の爆雷撃に曝された。敵艦載機は、そのことごとくが加賀を狙ってきた。

 

第一次、第二次の攻撃隊は、直掩隊の奮闘もあってほぼ無傷でしのげた。しかし、第三次はそうもいかなかった。それまで相手取っていた機動部隊に加え、さらにもう一つ、機動部隊が出てきたのだ。時間差を付けられた第三次攻撃は、全てを防ぐことはできなかった。

 

この戦闘で、加賀は中破、以後の艦載機発艦能力を失うこととなる。

 

後は防戦一方だ。こちらの攻撃隊にまわす戦闘機の余裕はなく、最初に現れた機動部隊を葬った時点で、赤城は以後の攻撃隊を諦めていた。

 

現在、赤城たち機動部隊―――第三艦隊は、加賀、蒼龍中破、比叡小破の損害を受けながらも、味方の勢力圏内へ退避中だった。

 

接近する雷撃機に、比叡が砲門を向ける。第二次改装により速射性能の向上した長砲身三六サンチ砲が火を噴き、対空砲弾である三式弾を撃ち出す。予め設定された時間空中を飛び続けた砲弾は、散弾の要領で多数の子弾を撒き散らす。それはさながら、夜空に花開く花火のようだ。

 

しかし、火を噴く敵機はいない。そもそも三式弾は、ある程度まとまった敵機の正面で炸裂しなければ、大して威力を発揮しない。今回のような十数機の編隊に対しては、あまり効果的とはいえなかった。敵機はさっと散開して三式弾をやり過ごし、元のように編隊を整える。

 

だが、もちろん比叡も無策ではない。

 

わずか十七秒で再装填を終えた主砲が再び火を噴く。今度は敵編隊を包み込むように、ばらばらに砲弾を撒き散らす。

 

敵機は再び散開する。三式弾はまた空振りに終わった。

 

わけではない。

 

散開した敵編隊の周囲で真っ黒い花が咲く。鋭い金属の花びらを散らす零式通常弾は、その断片を持って敵機を切り刻み、爆風で押しつぶす。

 

次の瞬間、有効射程に達した敵機を待ち構えていた高角砲が一斉に発砲した。一二・七サンチの連装砲は、主砲よりもずっと早い間隔で弾丸を吐き出し、死の花を咲かせる。

 

一機が砲弾の直撃を受け、跡形もなく消え去った。

 

海面ギリギリを飛行していた敵機は爆風に煽られ、海面に激突する。

 

が、結局そこまでだった。残った敵機は編隊を崩すことなく、三艦隊へ突っ込んでくる。

 

最後の砦、機銃群が高角砲の後を継いだ。六隻のうち右舷へ指向可能な全ての機銃が、あわよくば敵機を絡め取ろうと伸びていく。もちろん、最初から当たることなど期待していない。機銃の目的は、敵機の照準を狂わせることにある。

 

それでも、一機が黒煙を噴き上げ、落ちていった。各艦に装備された二五ミリ機銃は、零戦や“紫電”のそれより強力なのだ。まぐれでも、当たればひとたまりもない。

 

「距離五○(五千)!」

 

「各艦回避運動!」

 

これ以上の迎撃は困難と判断し、赤城は回避運動を命じる。一時的に輪形陣が解かれ、転舵のタイミングを図っていた。赤城も敵機を見つめ、肩に抱えた加賀と共に回避を始める。

 

「三○!」

 

六隻の艦娘たちが、敵機に向かっていく形で舵を切る。生物のようにも見える深海棲艦載機の姿がものすごい勢いで迫っていた。

 

敵機の腹から、黒光りする魚雷が落とされる。やがて海面に浮き上がってきた魚雷の白い航跡が、三艦隊に向かって伸びてきた。

 

後は祈ることしかできない。正対面積を最小にした格好で、魚雷が通過していくことを願う。

 

『魚雷通過!』

 

転舵によって最後尾に回った金剛から、一難が去ったことを告げられてほっと肩を降ろす。

 

その時。

 

赤城は唐突に、猛烈な勢いで横に吹き飛ばされた。いや、投げ飛ばされた。

 

海面に倒れこむ視界の中、赤城は自らを突き飛ばした僚艦―――加賀の姿をしかと捉えた。上空を睨み、海上で身構える彼女は、ちらりとも赤城を振り返らなかった。その頭上に、黒い影が迫る。

 

「敵機直上!」

 

比叡の叫びと同時に、加賀が多数の水中で囲まれ、見えなくなった。沸騰する海水の中に、ほんのわずかな赤さが見て取れた。それは見紛う事なき、被弾の炎だった。

 

―――加賀さん!

 

叫びたい気持ちを、寸でのところで堪える。今、彼女はこの艦隊の旗艦なのだ。取り乱してはいけない。まして、自らの私情でなど。そんなことを、彼女の最も信頼する僚艦は、微塵も望んでいないはずだ。それだけの覚悟を持って、彼女は赤城を突き飛ばしたはずなのだから。

 

海面に倒れこみ、ほとんど動かない加賀を抱え上げる。他に、比叡の被害もひどいものだった。

 

「・・・撤退を急ぎましょう」

 

去っていく敵編隊を睨み、赤城は艦隊へ呼びかける。速力を大きく落とした三艦隊は、それから数十分後、味方勢力圏内へ脱出した。

 

 

同じ頃―――。

 

第一艦隊―――戦艦を中心とした艦隊もまた、撤退に移っていた。三艦隊よりもいくらか前に展開する彼女らは、本来敵の砲戦部隊と撃ちあうのが役目だ。しかし今回、彼女たちはお目当ての敵と会敵することは敵わなかった。

 

戦艦娘“陸奥”は、自らの姉で一艦隊を率いる長門に追随し、撤退を始めていた。

 

今、彼女たちがするべきことは、被弾し撤退中の三艦隊と、最前衛―――今は殿の第四艦隊を支援することだ。

 

北方派遣艦隊は、四個艦隊から構成されている。

 

砲戦部隊の第一艦隊。

 

前衛支援の第二艦隊。

 

機動部隊の第三艦隊。

 

水雷戦隊の第四艦隊。

 

この四つだ。と、言うのも、艦娘支援母艦では、同時に指揮できる艦隊に限りがあるからだ。

 

現在、鯖世界は原因不明の通信障害に見舞われており、あらゆる通信手段が奪われている。艦娘同士、あるいは艦娘と鎮守府との通信は、妖精の協力を得た地球側の技術者の努力によって、一年ほど前にようやく可能になった技術だった。この方法は、今日本全国へと広められている。

 

ただ、やっつけの技術であるために、色々と不具合があった。突然ノイズが入ったり、効果範囲が狭かったり、使用に多大な電力と設備が必要だったりだ。

 

つまり、鎮守府から直接指揮できる範囲は限られてくる。結果、艦娘支援母艦という艦種が生まれることとなった。が、どうしても通信設備で鎮守府に劣る支援母艦では、指揮できる限界が存在した。

 

今回、最前線に展開している“幌筵”の通信設備は、最大で四艦隊―――二四隻を指揮する能力を有する。そこで、北方派遣艦隊はその任務にあわせて四つの艦隊に分けられたのだった。

 

そんなわけで、砲戦部隊の一艦隊には、過去最多となる四人の戦艦娘が配属されていた。

 

長門、陸奥に続くのは、航空戦艦娘の扶桑、山城。これに護衛として、二艦隊から駆逐艦娘の綾波と敷波が参加している。六人は、周囲に気を配りつつ、ゆっくりと後退していった。

 

―――でも、なんだか嫌な予感がするのよね。

 

陸奥は、この手の予感を信じることにしている。長門ならあっけらかんと振り払ってしまうのだろうが、彼女ほど豪胆になれない陸奥は、それまでの生活で磨かれた自らの“勘”が、ある程度当たってしまうことを知っていた。

 

今回もまた、その予感は本物となる。

 

『川内より、一艦隊!』

 

殿の四艦隊を指揮する軽巡洋艦娘から、風雲急を告げる通信が入った。

 

「こちら長門。何があった?」

 

戦闘を進む長門が、落ち着いた声で答える。どこか息せき切った様子の川内は、通信機に機関の唸りを混じらせて、続きを口にする。

 

『敵戦艦部隊を確認!そっちに向かってる!』

 

「・・・出てきたか」

 

最悪のタイミングだ。戦艦部隊の目的は、三艦隊の追撃で間違いない。艦隊が固唾を呑む中、長門は詳しい説明を川内に求めた。

 

『数は全部で六。戦艦が四、駆逐が二。タ級とル級が二隻ずつ、駆逐はハ級』

 

「強化型の有無はわかるか?」

 

『一航過で確認したから、確かなことは言えないけど。ル級はどっちも金、タ級は赤と緑、ハ級は金と赤』

 

金はFlagship、赤はElite、緑は通常型の深海棲艦を示している。つまり、今迫っている敵艦隊は、鎮守府がそれまで戦ってきたどの艦隊よりも強力な水上砲戦部隊であるということだ。

 

長門はしばし沈思する。数では互角だが、一艦隊の扶桑型二人は航空戦艦であり、こと水上砲戦能力では戦艦に劣ってしまう。それを補って余りある錬度を誇るが、それでも性能の違いはいかんともしがたかった。

 

が、やることは決まっている。陸奥は、姉の表情が次第に変わっていくのをしかと見た。覚悟が必要だ。今、一艦隊は、撤退部隊最後の砦なのだから。

 

「打って出る」

 

長門が、戦艦部隊を邀撃することを決断した。陸奥はこくりと頷く。それはきっと、背後の先輩戦艦娘も同じだったはずだ。

 

「すまん川内。援護を頼みたい」

 

『了解。任せて。実は、駆逐艦ちゃんたちもやる気満々だったんだよね』

 

川内配下の五人の駆逐艦娘、叢雲、霰、霞、陽炎、不知火が返事をする。川内の言葉は、事実のようだった。

 

「一艦隊転針。針路○八五」

 

それまでの針路からほぼ反対に舵を切り、一艦隊は進む。この時点で、長門は陣形の変更を指示した。それまでの複縦陣を改め、四人の戦艦娘が横一列に並ぶ単横陣を敷いたのだ。

 

艦娘の艤装は、構造上反航戦において最大火力を発揮できる。特に戦艦級はその傾向が強かった。艤装が大きく頑丈な分、取り回しがお世辞にもいいとは言えないからだ。こうしたことを考慮すると、多数の戦艦を運用するとき、最も大きな火力が期待できるのは、実は単横陣なのだ。ただ、これは完全に反航戦を想定した陣形で、対応能力が低い。さらに命中の低下も免れなかった。

 

が、面の制圧力はある。今回一艦隊に求められているのは、敵艦隊の進撃を遅らせることだから、この陣形が最適と言えた。

 

四人の戦艦娘が整然と並んで進む様は、壮麗の一言に尽きた。その前を、駆逐艦娘が前路哨戒する。六本のウェーキが、海上に長く伸びていった。

 

『観測機、発艦始め』

 

陸奥から見て左隣の長門が、各艦に弾着観測機の発艦を命じる。制空権を奪ったとは言い難いが、当分敵機は現れないはずだ。どっちにしろ、回収は不可能とわかっている。

 

艤装後部から火薬の炸裂音が響き、双葉単フロートの零式観測機―――零観が飛び出す。扶桑と山城は腕に装着された航空甲板を水平に掲げ、同様に発艦させる。四機の水上機は北方の冷たい空気をうまく捉え、艦隊の上空へと布陣した。ここから、弾着の水中を確認するのだ。

 

『・・・いたな』

 

長門が、静かに呟く。観測機によって視点が上がったことで、一艦隊は複縦陣で接近する敵艦隊を捉えた。

 

二つの異形の獣を前衛に押し立て、すべてを睥睨するような立ち姿の四つの人型の影が、海上を驀進している。艶めかしいほどの黒髪を、あるいは吸い込まれそうな白髪を麗しくなびかせ、ごつごつと怪しげに黒光りする艤装が他を威圧する。息を呑むほどの存在感。紛れもなく、それは人々の畏怖の象徴となる海洋の絶対君主、戦艦に違いなかった。

 

『砲戦用意!!』

 

スピーカーが割れんばかりに、長門が声を張り上げる。徹甲弾の装填された各砲が仰角を上げていき、最大の位置で固定される。

 

『時間を稼ぐ!最初から斉射で行け!』

 

三つの了解の声。二隻の駆逐艦娘は、砲撃の影響圏を離れ、敵駆逐艦の接近を警戒する。

 

『四艦隊突撃せよ』

 

『了解!四艦隊突撃!!』

 

川内の号令で、一度は合流しかけていた四艦隊が反転し、再び敵艦隊へと、必殺の魚雷の餌食を求めて加速する。彼我の距離はすでに四万を切っていた。そろそろ、敵艦隊が水平線に現れるはずだ。

 

『目標は指定しない。先頭艦から順に叩くぞ』

 

長門の指示はそれだけだ。戦艦の数は、四対四。数が同じなら、焦ることなく、一隻ずつ順番に撃破していけばいい。

 

緊張の数分間が過ぎていった。

 

―――来た・・・!

 

陸奥の測距儀が、水平線に敵艦を捉える。すらりと均整の取れたプロポーション。しかしその両腕には、盾に極太の砲身を埋め込んだ艤装が異彩を放っている。

 

『二五○(二万五千)より砲戦開始』

 

いわゆる決戦距離だ。この間隔が、主砲の威力と装甲の防御力が最もバランスよくなる。

 

測敵を終えた陸奥は、固唾を呑んでその瞬間を待つ。後は指定された距離まで、敵艦が接近するのを待つばかりだ。陸奥の号令ひとつで、全門が前を向いた四一サンチ砲が火を噴く。

 

―――二八○・・・二七○・・・。

 

じりじりと迫る敵艦隊を、言葉もなく睨む。その時を、今か今かと待ち続ける。

 

敵艦隊に、転針する素振りはなかった。よほど自信があるのか、一切動じることなく、まっすぐにこちらへ突っ込んでくる。

 

『二五○!』

 

『砲戦始めっ!!』

 

「撃てーーーっ!!」

 

長門が発砲する。続いて陸奥の各砲塔が砲炎を上げ、八発の四一サンチ砲弾を曇天へ撃ち上げた。砲口から生じた火球が衝撃波とともに空気を揺るがし、それに釣り合うだけの反動を陸奥に伝える。彼女は脚部艤装が沈み込むほど踏ん張り、砲撃の余韻が収まるのを待った。

 

陸奥から一拍遅れて、扶桑と山城も発砲する。巨大な背部の砲塔が咆哮し、陸奥のそれに僅かに劣る三六サンチの砲弾を天空めがけて吐き出した。

 

十数秒が経ち、白濁の瀑布を噴き上げる。全弾が敵艦隊の手前に落ち、その姿を覆い隠した。命中弾はない。無傷の敵艦隊は、まるで何もなかったように、全身を続ける。

 

第二射、第三射、続けて放たれた砲撃はそのことごとくが敵艦隊の前に落ちる。やはり、単横陣の反航戦では、命中の低下が否めなかった。

 

彼我の距離が二万を切ろうとしたとき、それまで海上を突き進むだけだった敵艦隊が、初めて動きを見せた。複縦陣を解くと、三隻ずつに分かれて、それぞれ逆方向へ舵を切ったのだ。

 

陸奥は歯噛みする。頭のいい敵だ。二手に分かれることで、面としての制圧力が損なわれることをわかっているのだ。

 

―――どうするの、長門。

 

言葉には出さないが、陸奥はちらと、隣の姉を伺う。

 

『こちらも二手に分かれる。扶桑、山城は右方の敵を、私と陸奥は左方の敵をたたく。四艦隊は右方の援護を!』

 

長門は決断する。たとえ一隻たりとも、ここを通すわけにはいかない。それが、撤退する味方の背中を預かる自分たちの責任だ。

 

『扶桑、そちらは任せた』

 

『了解』

 

やり取りは短い。お互いのやることはわかりきっている。今更確認することは、何もない。

 

『陸奥、転針終わり次第、砲撃を再開する』

 

『了解』

 

それまで正面を向いていた主砲が、重厚な音を立てて旋回する。舵を切ったことによって、長門と陸奥、扶桑と山城がそれぞれ二隻の敵戦艦と同航戦に突入した。そのため、主砲配置の関係から、長門型の二人は片舷に六門の主砲しか向けられない。代わりに、命中は格段に上がるはずだ。

 

方向を切り替え、陸奥は再び長門の後ろにつく。さらに、護衛の綾波が続いていた。

 

『陸奥は二番艦を頼む』

 

「了解。任せて」

 

長門の背中に微笑む。次の瞬間、測敵を終えた主砲が火を噴いた。

 

今度はセオリー通りの交互撃ち方からだ。右舷の二基と左舷前部の一基がそれぞれの一番砲をもたげ、距離二万の敵艦に弾着修正用の射弾を送り込む。妖精の力が艤装を通して彼女を守るが、それでも吹き付ける砲炎の熱が、体を芯から熱くさせた。

 

先に発砲した長門の砲弾が、弾着の水柱を上げる。一拍遅れて、陸奥の砲撃も敵二番艦に届いた。観測機からは、全弾近の報告が入る。

 

装填済みの二番砲が、先程の一番砲よりも僅かに高い位置へ持ち上がる。修正の入った緒元をもとに、陸奥は第二射を放った。

 

ほぼ同じタイミングで、敵一、二番艦も砲撃を始めた。左手の盾のような艤装から爆炎が迸り、陸奥とほぼ同等の威力を誇る一六インチ砲弾が、風切り音を従えて飛翔する。

 

計十数発の弾丸は放物線の頂上付近で交差すると、それぞれの目標へと落下していった。最初に敵一番艦、続いて二番艦の周囲に弾着の水柱が噴き上がり、対抗するように、今度は敵弾が長門と陸奥の視界に飛び込む。お互いに命中弾や夾叉弾はないが、長門はすでに、一番艦に対して至近弾を与えていた。後一、二回の射撃で、命中弾を得られるはずだ。

 

―――負けてられないわね。

 

第三射を放つ。観測機を用いた射撃を行っているのだ。そろそろ、夾叉があってもおかしくない。今度こそ。その思いを込めて、たった今送り出した砲弾の行く先を見つめる。十数秒後、到達した砲弾が、海水のオベリスクを産み出した。

 

「よしっ」

 

思わず、ガッツポーズをする。弾着の水柱の中、一番艦に明らかな爆発光がきらめいたからだ。そして同時に、陸奥も敵二番艦を夾叉していた。次からは、右舷へ指向可能な全六門の主砲が、一斉に砲撃をすることになる。

 

が、楽観してもいられなかった。敵艦の射弾もまた、その精度を確実に上げてきているからだ。至近弾や夾叉弾が出るのも、時間の問題だった。その前に、可能な限り損害を与えて、砲戦を有利に進めたい。

 

陸奥たちが相手取っているのは、ル級Flagshipとタ級の通常型の二隻。タ級はともかく、ル級は強敵だ。砲撃能力は、大和を除いて鎮守府最強の長門型と互角以上、何より、信じられないほど固い。四一サンチ砲弾を何発も命中させなければ、戦闘能力を奪うことさえままならなかった。

 

タ級とて侮れない。ただ、通常型は陸奥の敵ではなかった。ル級に比べて装甲が薄く、うまくいけばたった三斉射で戦闘不能にできる。

 

現実はそううまくいかないものだが、ともかく陸奥は、斉射を放つために各砲の装填を待つ。砲塔の中で機械の駆動音がし、一式徹甲弾が尾栓の開かれた砲身に装填される。尾栓が閉められ、装填の終わった各砲が、すでに算出済みの諸元に従って砲身をもたげ、固定された。

 

射撃準備は、完了した。

 

危険を知らせるブザー音の後、右舷を向いた六門の主砲が、その砲口から砲炎を吐き出し、収束した爆風によって押し出された砲弾を空高く舞い上がらせる。超音速まで加速された砲弾は美しい弧を描き、衝撃波と風切り音を振りまきながら、二番艦の頭上に降り注いだ。

 

上がった水柱は四本。残りの二発は命中弾となって敵艦の艤装に突き刺さり、律儀に信管を作動させると、熱風と破壊をもたらした。命中箇所から煙が上がり、細かな破片が宙を舞って海に吸い込まれる。

 

「まだまだっ」

 

下げられた砲身に、再び砲弾の装填作業が行われる。長門型は、斉射を放ってから次の斉射まで、だいたい四十秒かかる。

 

その間に、敵弾が飛来する。かなり近い。至近弾の爆圧が脚部艤装越しに伝わり、陸奥を下から揺すぶる。が、さすがは戦艦、この程度ではびくともしない。

 

ただ、彼女の僚艦はそうもいかなかった。長門の周囲には、計三発の砲弾が落下している。一発が右舷に、もう二発は左舷だ。

 

―――夾叉された・・・!

 

ある程度覚悟はしていたことだ。ル級は、Flagshipだけあって、優秀なレーダーを搭載しているようだった。その精度の良さが、時たま霧が支配するこの北方海域の厳しい条件下でも、十分に威力を発揮している。

 

長門と陸奥が、同時に第二斉射を放つ。タ級が射撃を続けるのに対して、敵一番艦は斉射の準備をしているのか、不気味な沈黙を守っていた。

 

第二射の戦果は、敵一番艦に二発、二番艦に一発。タ級は多少よろめいたが、ル級にどこか被害があるようには見えない。噴き上がる煙も、風に流されて今にも消えそうだ。

 

報復はすぐに来た。これまでに倍する火炎が、ル級の艤装から沸き起こる。命中弾のそれとは明らかに違う砲炎のあと、轟音が頭上を圧して、再装填中の長門に襲い掛かった。

 

『ぐっ・・・!』

 

被弾の瞬間、長門は堪えるように呻き声を上げる。命中弾は一発。深海棲艦全体に言える散布界の広さに救われた形だ。

 

負けじと、第三射を放つ。先ほどと何ら変わらない砲撃が敵艦隊に襲い掛かり、それぞれ二発ずつの命中弾を与えた。

 

―――今度は・・・?

 

陸奥は、水柱が崩れるのを待つ。爆圧によって吹き飛んだ大量の海水が、重力に従って海面に戻ると、敵艦隊の被害が露わになった。タ級は大量の煙を吐き出しており、相当の打撃を与えたことが窺える。しかし、ル級には、やはり目立った損傷は見られなかった。それを示すように、ル級が新たな砲炎を上げる。先の斉射から約三十秒。飛んできた一六インチ砲弾は、長門の周囲にまとまって落ちてきた。今度は二発の命中弾が生じる。今のところは、何とかバイタルパートが堪えており、ひどい被害は出ていないようだが、このままではいずれ押し切られてしまう。

 

焦りが、陸奥の背中を伝った。そしてその焦りは、図らずも現実のこととなってしまう。

 

長門の速力が、がくりと落ちたのだ。陸奥は、目を見開いた。

 

確かに、長門は敵弾を三発被弾した。しかしそのどれも、致命的な被害を与えるには至っていないはずだ。長門型が、その程度の被弾で音を上げるわけがない。

 

それなのに、どういうわけか長門の速力は、みるみる衰えていく。彼女の背中が、陸奥に迫ってきた。

 

『・・・すまん陸奥。右脚部艤装をやられた』

 

陸奥は、長門の速力を奪った原因に思い至って、あまりの間の悪さに天を仰いだ。運命の神様というのは、時に考え付かないほど残酷なことをする、と。

 

海面に突っ込んだ砲弾は、ほんのたまにその威力を損なわず水中を直進することがある。俗に水中弾効果と呼ばれるこの現象は、何を隠そう、九一式や一式徹甲弾にもその発生を考慮されている。言ってしまえば、鎮守府戦艦部隊の隠し技みたいなものだった。

 

ただ、九一式や一式といった徹甲弾は、ある一定条件下においてそれが発生する確率を高めるだけで、それ以上でもそれ以下でもない。そう、条件さえそろえば、普通の砲弾でも発生するのだ。発生確率が低いだけで。

 

今回、長門を襲ったのは、たまたま発生した水中弾だったようだ。喫水線下に命中した砲弾は長門の右脚部艤装に食い込み、その推進力を奪った。艦隊戦を行うには、致命的な損害だ。

 

陸奥が再び斉射を放つ。長門を相手取っていた一番艦はすでに砲撃をやめていた。目標を陸奥に変更しているのは明らかだ。

 

速力を落とした長門に並ぶ。ちらっと一瞬だけ目をやれば、その双眸と視線がぶつかった。「後を任せた」その意味を込められた表情にこくりと頷くと、振り返ることなく追い抜く。

 

「陸奥より全艦。以後の指揮を執る!」

 

高らかに宣言する。直後、測敵を終えた一番艦が、その艤装に砲撃の火焔を踊らせた。

 

 

「第七斉射、撃てっ!」

 

扶桑の号令から一拍おいて、全六門の三六サンチ主砲が砲口に圧倒的な爆音と閃光を迸らせた。海面のさざ波を打ち消してクレーターを作り出すほどの衝撃波が、空気を鳴動させる。

 

二隻の一六インチ砲艦に対して砲火力で劣る扶桑と山城だったが、四艦隊の支援もあって、互角以上に戦っていた。タ級を仕留めた彼女たちは、現在二隻がかりで、ル級Flagshipと相対していた。扶桑は通算で七度目、山城は二度目の斉射を放っている。

 

一方の敵戦艦も、負けてはいない。すでに五度の斉射を行い、扶桑に対して六発の命中弾を与えていた。致命傷こそ受けていないものの、飛行甲板はすでに使い物にならず、制服もズタズタだ。真紅のスカートは裂け、上着の巫女服がはだけてしまっている。扶桑の豊満なそれに、北方の冷気が染みた。

 

『四艦隊、突撃!』

 

通信機から、威勢のいい軽巡洋艦の声が聞こえる。川内率いる四艦隊は今、扶桑たちの支援から離れ、たった一人で強敵を相手取る陸奥の支援に向かっていた。終始敵戦艦の牽制に徹していた四艦隊は、全艦が必殺の魚雷を残しており、隙あれば陸奥の相手取る戦艦に果敢な突撃を敢行するだろう。

 

―――ここを食い止めて、全員無事に戻るわよ。

 

扶桑の想いはそれだけだ。そのために、できることは全てやる。

 

犠牲になるなんていう考えは、自分勝手だ。残された仲間に、それでは申し訳が立たない。だから、扶桑は全てを、この艤装に込める。

 

敵艦の六度目の斉射が、扶桑を正確にとらえた。それまでにない、金属的な異音が響き、艤装のひしゃげる不協和音を奏でた。

 

命中した一六インチ砲弾は、頑丈な主砲塔の中でも比較的装甲の薄い天蓋部分を突き破って内部で炸裂した。まるで薄い紙か何かのようにめくれた天蓋から細かな破片が飛び散り、長大な主砲身が小枝のように吹き飛ぶ。

 

これで、扶桑は全火力の三分の一を失ったことになる。

 

それでも。痛みをこらえ、立ち続ける。この背に、仲間を負っているのだ。必ず、“あの場所”に帰るのだから。

 

残った四門の主砲を奮い立たせ、扶桑は絶叫する。

 

八度目の斉射が、おどろおどろしい轟音を上げた。

 

 

陸奥と敵一番艦の砲撃戦は、これ以上ない熱狂を迎えていた。

 

お互いにほぼ同時のタイミングで命中弾を得た後は、ひたすら斉射の応酬だ。

 

発砲遅延装置の効果もあって、散布界が非常にコンパクトにまとめられた陸奥の砲撃は、毎斉射ごとに大体二発の命中弾を与えている。それが五度。すでに十一発の命中弾を確認している。

 

一方のル級は、毎斉射に一発か多くて二発の命中弾しか与えられていない。代わりに、陸奥よりも斉射の間隔が短く、六度の砲撃で八発の命中弾が生じていた。

 

劣勢なのは陸奥だ。長門と合わせて二十発近い命中弾を与えているのに、敵戦艦の放火はほとんど衰えていない。三十秒ごとに正確な砲撃を行ってくる。対照的に、陸奥はそろそろ限界が近かった。主砲塔は左舷側の一基がつぶされ、現在は右舷へ指向可能な四門で砲撃を行っている。

 

―――あと少し・・・!

 

あと少し、もってくれればいい。敵の空襲をしのいだ三艦隊からは、まもなく味方の勢力圏内に入る旨が知らされていた。

 

待望の知らせは、すぐにやってきた。

 

『三艦隊退避完了!』

 

「一艦隊全艦へ。撤退に移るわよ!四艦隊は敵戦艦を牽制!」

 

陸奥は即断する。劣勢とはいえ、すでに敵戦艦には十分な損害を与えた。これ以上、追撃してくる余力はないはずだ。

 

が、敵前で撤退するというのは、困難極まりないことだ。それに長門を後方退避させた今、一艦隊は護衛の駆逐艦を一隻欠いている。

 

―――結局、私は居残りみたいね。

 

損害激しい一艦隊において、一番踏ん張れるのは陸奥だ。扶桑と山城が退避するまでは、ここで敵戦艦を相手取らなくてはいけないかもしれない。

 

『ごめんむっちゃん。あと少しだけ、踏ん張ってくれる?』

 

「わかったわ。後、戦闘中だから、むっちゃんはやめて」

 

『はーい。いくよ、駆逐艦ちゃん!』

 

川内のリクエストにお応えして、陸奥は砲撃を続行する。敵戦艦は迷う素振りを見せた後、その砲口を四艦隊に向けた。これまでの砲撃戦で、両用砲はあらかた破壊できていたようだ。

 

―――そうはさせない!

 

弾着の瞬間、それまでと違う火焔が上がった。破片に交じって、細長いものが飛んでいる。陸奥の砲撃は、敵戦艦の主砲塔を一基つぶすことに成功した。

 

『はい、投雷完了!陸奥の撤退を援護します』

 

川内の報告は早かった。距離一万で放たれた魚雷が、命中する道理はない。しかし、航跡の見えない魚雷を放った素振りさえ見せれば、自ずと敵戦艦は、回避せざるを得なくなる。あいかわらず、うまいことを考える夜戦バカだった。

 

慌てて回避を始めた敵戦艦をちらりと見やり、陸奥は転針する。やがてその姿は、四艦隊の煙幕によって見えなくなった。

 

前に向き直る。まずは安全圏まで、退避することが先決だ。

 

 

この日の戦闘で、北方派遣艦隊が挙げた戦果は、以下の通りだった。

 

撃沈:戦艦二、空母三、重巡二、軽巡四、駆逐艦五

 

撃破:戦艦二、軽母一、重巡三、軽巡三、駆逐艦六

 

これに対し、損害は以下の通りだ。

 

大破:加賀、比叡、陸奥、扶桑

 

中破:蒼龍、山城、長門、妙高、筑摩、那珂、球磨、朝潮、大潮、霰、初春、子日

 

小破:金剛、利根、川内、由良、満潮、初霜

 

損傷:赤城、陽炎、叢雲、綾波、若葉

 

第二次キス島沖海戦と名付けられたこの戦闘は、両者一歩も引かず、相討ちと言っていい結果となった。ただし、損害をすぐには復旧できない北方派遣艦隊の方が、ダメージは大きい。この結果、早くとも向こう一週間、北方派遣艦隊は、まともな戦闘はできないと判断された。

 

これを受け鎮守府は、増援部隊の派遣を急遽前倒しし、戦力の増強を図ることとなる。

 

北方の嵐は、当分吹き荒れそうだった。




次回、短いのを一話挟んで、クライマックスへと向かっていきます!多分

いい加減、大和さんにも出てきてもらわないといけませんしね

できるだけ早くを心がけていきますので、次回もお願いします

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