艦これ~桜吹雪の大和撫子~   作:瑞穂国

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お久しぶりです。

また三週間が経ってしまった・・・

皆さんイベントはどうでしょう?

今回は、ついに北方海域の戦いの幕開けです。一応流れとか決めてあるつもりですが、何がどう転ぶか全く未知数・・・

なにとぞ、よろしくお願いします


撤退作戦

桜一号作戦

 

鎮守府が策定した、深海棲艦の近海反攻を想定した作戦案の一つ。

 

北方海域からの侵攻に対して、積極的攻勢を持ってこれを撃退する趣旨の作戦であり、キス島については状況次第で一時放棄もやむなしとされる。想定される最前線は幌筵か大湊。

 

※“桜”は北方作戦を表す符合で、この他に南方を“菊”、西方を“橘”、東方を“葵”と呼称する。

 

 

「各艦、周辺警戒を厳に」

 

寒さと、それに伴った霧に包まれる北方海域キス島沖の海面を、吹雪を先頭にした六人の艦娘が疾走していく。何かから身を隠すように屈んだ六つの艦影は、機関の音に最大限の注意を払いながら、両舷強速で目標ポイントへと向かっていた。

 

「島風、どうだい?」

 

霧に溶け込むような銀髪の響きが、後ろに続く島風に電探の様子を尋ねる。

 

「ううん、なーんにも」

 

島風は、艦隊が安全に航行していることを知らせる。それを聞いた五人は一瞬安堵の溜め息をつくと、また周囲に目を凝らし始めた。

 

キス島撤退護衛艦隊。数日前に深海棲艦の強襲を受けたキス島に駐留する部隊の撤退を目的としたこの艦隊は、北方急派艦隊の一翼として、六人の駆逐艦娘で構成されていた。内わけは、旗艦吹雪に島風、響、陽炎、若葉、初霜。

 

吹雪と島風には、先行的に二二号電探の改良型が搭載されている。響、陽炎は航法に長けており、霧中の航行に必須と判断された。若葉と初霜はキス島に展開している部隊の護衛をはじめ何度も北方への船団護衛を担当している。

 

通常の駆逐隊編成を崩してまで選抜された六名は、キス島の湾内を目指していた。駆逐艦ばかりが選ばれたのは、少しでも敵の索敵網に見つかりにくくするためだ。さらに北の海域には、囮を兼ねた強攻偵察艦隊が展開している。こちらは、空母や戦艦を中心とした編成だ。

 

北方急派艦隊の作戦はいたってシンプルだった。強攻偵察艦隊は北方海域に突如として現れた敵性艦隊の偵察を行い、同時にキス島沖に展開する敵部隊を囮として引き付ける。その間に、反対方向から撤退護衛艦隊が湾内に突入し、統合陸軍特務師団と合流、これと共に高速母艦へと退避する。

 

―――でも、全部の敵部隊が強攻偵察艦隊に誘引されるわけじゃない。

 

それは司令官も想定していたし、吹雪自身もよくわかっている。だからこそ、両艦隊はお互いに着かず離れずの距離感を保って動かなければならなかった。

 

入れっぱなしの通信機からは、強攻偵察艦隊の状況が逐一入ってくる。うまく敵艦隊を誘引できたらしく、現在は敵艦隊への空襲を敢行中とのことだ。この濃霧の中で飛ばせるとは、流石に一航戦が所属しているだけある。もっとも、あくまで偵察と囮が主任務のため、積極的な攻撃と言うよりはむしろ目立つ攻撃というのを行っているようだ。

 

―――慌てず、急いで、正確に。

 

矛盾したモットーを唱え、霧の中からようやく姿を現した湾への入口を確認する。ここまでは、特になんともなかった。あるとしたらここからだ。

 

「複縦陣に移行!」

 

霧中でもすぐに陣形を切り替える。即席とはいえ、北方に行くに当たってそれなりに打ち合わせと訓練はしてある。これも、若葉と初霜の協力あってこそだ。

 

狭くなる湾の入口を警戒しつつ、艦隊は慎重且つ早急に侵入を試みた。吹雪と島風は前に、若葉と初霜は左右に目を配り、待ち伏せているかもしれない敵艦隊をいち早く察知しようと試みる。

 

吹雪たちの予想は当たっていた。

 

「艦影らしきもの、見ゆ」

 

若葉が島影を指差す。あの位置では、電探で捉えるのは難しい。若葉の指し示す方向を、吹雪だけが目を凝らして確認する。はっきりとしない島の輪郭の下、そこに何かがあるようにも、また無いようにも見える。岩であって欲しい、吹雪はそう願った。

 

しかし、鍛えられた吹雪の視力は、霧の中に揺らめく“何か”を確実に捉えた。それは若葉もだ。二人は同時に、相手にそのことを伝えようとして顔を合わせた。ほんの一瞬だけ視線を交差させ、

 

「敵艦隊発見!」

 

次の瞬間、島になりすまして動かなかった深海棲艦が、一斉に発砲した。おそらく六インチ級―――軽巡のものと思しき砲煙とそれよりわずかに小さい多数の五インチ砲が、吹雪たちに向けて放たれた。

 

「左砲雷撃戦用意!!」

 

言うや否や、装填された一二・七サンチ砲を構えて発砲する。それに続くようにして、駆逐艦たちは一斉に主砲を撃ち始めた。しばらく、お互いの砲弾が空を切る。

 

「取り舵!」

 

吹雪が下令し、艦隊は敵艦隊に正面を向ける。その瞬間を待っていたように、敵の魚雷が白い軌跡を引きずって、吹雪たちの横を通り過ぎた。これを見越した転針が功を奏して、全弾の回避に成功した吹雪たちは、さらに砲撃を続ける。さすがに軽巡洋艦は堅かったが、駆逐艦は割りとあっさり沈んでしまう。そして駆逐艦が沈むたびに、軽巡に向かう砲火の勢いが強まる。

 

ついに残り一隻となった軽巡の主砲が沈黙し、しばらくすると盛大に火柱を上げて爆発四散した。敵艦隊を撃破した吹雪たちは、湾内へと急ぐ。油の焦げるような匂いが立ち込めていた。

 

「各艦被害報告」

 

「島風、被弾なーし」

 

「響、至近弾二。航行に支障なし」

 

「陽炎、至近弾三。特に問題なし!」

 

「若葉、被弾一。戦闘航行に支障なし」

 

「初霜、被害ありません」

 

全艦問題なし。それだけ確認した吹雪は、霧で霞む視界の中を、目的のものを探して見渡した。ついでに電探の反応も確かめる。

 

「島風ちゃん、照明弾を上げて」

 

周囲に敵艦がいないのを確認して、島風が発砲。彼女が『連装砲ちゃん』と呼ぶ三体の自立式砲塔のうち一体が砲炎をほとばしらせ、上空に照明弾を放つ。夜戦使用時よりずっと低い位置で炸裂した弾頭は、合図の赤い光を発して空間を漂い、待ち合わせ相手が現れるのを待っていた。

 

後方の警戒を続けつつ、吹雪たちはもう一度湾内を見回す。

 

ボー、と汽笛の音が聞こえたのは、それからすぐだった。

 

「初霜より、吹雪。右手です!」

 

初霜の言う通りに右を見やると、湾を満たす霧の向こうで、赤い光がゆらゆらと左右に揺れた。間違いない、あれは合図だ。あそこに、キス島の守備隊がいる。

 

「両舷半速」

 

減速した吹雪たちが、岸へと近づく。同時に無線封鎖を解き、沖で待機する支援母艦と護衛の艦娘に合流成功の一報を入れた。やがて霧の中に見えてきたのは、黒の制服に軍帽を被ったショートヘアの少女だった。

 

 

「ほう・・・。吹雪たちが合流に成功したようだ」

 

『そうですか。全員無事なのですね?』

 

支援母艦からの通信を受けた長門の言葉に、真っ先に赤城が反応した。

 

「ああ。どの程度残っているかわからなかったが、ほとんど反撃を受けることなく湾内に入れたそうだ」

 

支援母艦に待機する軽巡“阿武隈”からの報告を簡潔にまとめて伝えると、赤城は心底ほっとしたように呟く。

 

『それはなによりです』

 

長門も同感だ。

 

正攻法で作戦を行えば相当の損害を覚悟しなければならなかったとはいえ、駆逐艦だけであの島に向かわせるのは抵抗があった。心配、という言葉は使わない。長門や赤城含め、鎮守府の誰もが彼女たちの実力は知っているし、認めているからだ。しかし、それとこれとは別だ。

 

ともかく、これで一安心だ。一度合流してしまえば、今加賀が放っている警戒用の索敵機も、その警戒範囲を絞れる。いくら霧が出ているとはいえ、今日程度の濃さであれば十分に、撤退部隊に接近する艦隊を発見できるはずだ。

 

『予定通り、九七艦攻の警戒範囲を絞ります』

 

「ああ、頼む」

 

冷静な加賀の声に、長門も短く頷く。同時に、自らが引き付けたキス島周辺の艦隊を思い描いた。

 

長門を旗艦として、伊勢、日向、五十鈴、赤城、加賀からなる強攻偵察艦隊は、キス島周辺に展開していた三つの艦隊と、二つの警戒部隊を引き付けることに成功している。本来キス島には四つの艦隊が確認されていたが、最初の奇襲で赤城と加賀が機動部隊を戦闘不能にしたためこれが後方に下がり、現在は三つの艦隊がこちらを追随するのみである。

 

「さて、ここからが正念場だな・・・」

 

一人ごちる。北方急派艦隊の目的は半分の半分達成された。しかし、長門たちはまだ、敵艦隊の全容を把握するには至っていない。

 

―――事前の報告が正しければ、機動部隊はあんな規模ではすまない。おそらくもう一つか二つ。それから戦艦部隊、か。

 

三二空の神鷹が、空襲と艦砲射撃を受けた後に報告してきたことを思い出し、敵の戦力を予想する。それはおそらく、彼女も参加した沖ノ島の戦いと同規模以上の艦隊のはずだった。

 

だが、現在確認している艦隊の中には戦艦部隊はおらず、空母もわずかに二隻だった。主力級の深海棲艦は、忽然と姿を消していたのだ。できるなら、もう少し北まで索敵範囲を広げたいが、撤退部隊の援護をしなければならない以上、現状でこれ以上の北上は危険だ。

 

『・・・これはいけませんね』

 

彼女の思考を中断したのは、加賀の険しい声だった。それまでの考えを全て頭の隅に追いやり、長門は通信機に呼びかける。

 

「どうした?」

 

『霧が濃くなっています』

 

「むしろ晴れてきたが・・・」

 

『いえ、撤退部隊の方です。流されているのでしょうか』

 

これだから北方の天気は嫌いだ。誰に文句を言っても仕方のないことだが、長門は少しずつ薄くなる頭上の霧を睨む。

 

「警戒機は?」

 

『今のところは飛べているけど、この後は難しいわね。今もよく見えてないわ』

 

「・・・わかった。もうしばらく現場海域に留めておいてくれ」

 

加賀への端的な指示の後、長門は別の艦娘を呼び出す。

 

「伊勢、聞こえるか」

 

『こちら伊勢、感度良好です』

 

艦隊の後方に位置する二隻の航空戦艦のうち、長女のほうが答える。

 

「撤退部隊の方面で霧が濃くなってきた。例の“特別な瑞雲”を出してもらいたい」

 

『あー、了解。十分待ってもらっていい?』

 

「できるだけ急いでくれ」

 

『うん、わかった』

 

航空戦艦として、水上爆撃機“瑞雲”を運用可能な彼女たちだが、航空巡洋艦の最上や三隈に比べて搭載数が大幅に多い。よって最上たちが索敵と先制用にしか“瑞雲”を運用できないのに対して、伊勢と日向にはオプションを取り付けた“瑞雲”が搭載されていた。対空、対水上電探を搭載した“瑞雲”早期警戒機。磁気探知機や対潜爆弾を搭載した“瑞雲”対潜仕様機。それぞれ六機ずつを、伊勢と日向が別々に搭載していた。

 

長門に求められた通り、伊勢は格納庫の“瑞雲”早期警戒機を準備し始める。左腕に装着された航空甲板に六機が順番に並べられ、艦載機の整備を担当する妖精さんがチョコチョコと行き交っていた。

 

「加賀」

 

『はい』

 

「今、伊勢に“瑞雲”を準備されている。それまでは何とか頼む」

 

『了解。少し、高度を下げてみるわ』

 

加賀の九七艦攻が高度を下げる。丁度、撤退部隊が動き出したところであった。

 

長門は島の方を見、次に前方へと視線を移した。零観が、接近する敵水雷戦隊を捉えたからだ。彼女の前には、前衛として軽巡洋艦の五十鈴が展開している。

 

『敵水雷戦隊、距離三○○(三万)』

 

「よし、まずはそちらを迎撃するぞ」

 

『了解』

 

五十鈴との短いやり取りがあり、長門は主砲の仰角を上げる。正面を向いている今、連装四基八門の四一サンチ砲弾を全力で送り込むことができる。

 

『敵艦隊見ゆ』

 

水平線に、特異な形状のマスクが見えてくる。金色のオーラを放つあれは、軽巡ヘ級のFlagshipで間違いない。なかなか厄介な相手ではあるが、戦艦である長門にとって敵とはなりえない。

 

「巡洋艦は私が潰す。後は五十鈴に任せるぞ」

 

『了解!』

 

五十鈴が嬉々とした声で答えた。波飛沫を上げ、一気に加速していく。その様子を、長門が苦笑と共に見送っていた。

 

高角砲の増設によって防空巡洋艦とでも言うべき姿になった五十鈴であるが、本来は水雷戦隊を率いて敵艦隊に切り込む軽巡洋艦だ。こういったことはお手の物、彼女の十八番といったところか。

 

「赤城、予定通り直掩を頼む」

 

『了解です』

 

後ろの彼女がニッコリ微笑むのがわかる。長門は全ての雑念を振り払い、水雷戦隊に向き直った。

 

「目標、敵一番艦。測敵よし」

 

上げられた各砲塔の右砲が、射撃準備に入る。セオリー通り、まずは交互撃ち方による弾着修正からだ。

 

「交互撃ち方、始めっ!!」

 

彼女の号令から一拍を置いて、耳朶を打つ雷鳴の轟きと砲口から迸る爆風が辺りの空気を震わせる。物理法則に従って等速的に全方位へ広がった衝撃波が、海面にぶつかってクレーターを作り出した。その反動に踏ん張りつつ、長門は敵艦を見つめる。放たれた四本の火矢が、敵艦の周囲に巨大な水のオブジェを作り出すのに、それほど時間は掛からなかった。

 

 

「これで全員ですか?」

 

退避を続けていく少女たちを見送って、吹雪は隣の人物に問いかけた。この部隊を預かっていた彼女は、海軍とは一風変わったしゃべり方で、丁寧に答える。

 

「はい、これで全員であります」

 

答えたあきつ丸も、既に自らの艤装を背負い、撤退の準備を整えていた。隊長としての責任感か、彼女は同じく最後まで残った吹雪と共に、ようやくキス島の岸を離れた。

 

「助かったであります。貴官たちにはなんと御礼をすればいいか・・・」

 

真剣な眼差しで謝意を表すあきつ丸に、吹雪も恐縮してしまう。

 

「いえ、そんな。わたしたちは、任務を果たしただけですから」

 

「しかし、この危険な状況で・・・」

 

「大丈夫です。わたしたちを守ってくれる人たちがいますから」

 

吹雪は、離れた海域で戦っている長門たちを思う。さすがは歴戦の主力部隊、今のところ、被害らしい被害を受けることなく、十分に囮の役目を果たしていた。

 

―――でも、いつ深海棲艦がやってくるかはわからない。

 

少なくとも吹雪たちは、先程待ち伏せていた水雷戦隊に発見されている。現状を把握しつつ、常に最悪の事態を想定するのは、艦娘としての基本事項だ。

 

「さ、急ぎましょう!母艦でおいしいご飯が待ってますよ!」

 

「―――はい。それはありがたいであります」

 

六人の艦娘は、三人ずつに分かれて陸軍艦娘たちを囲むように展開する。その列に加わったあきつ丸は、そっと懐の感触を確認した。“行方不明”の女史から預かったデータ。これを然るべきところに届けるのが、彼女の任務だ。

 

―――そういえば、結局“アレ”はどうなったのでありましょう・・・。

 

空襲の前、島の観測所で見たもの―――“北方棲姫”のことを思う。あの後、一度観測所に偵察に行ったが、廃墟と化した建物の中はがらんとして、何も見つからなかった。研究員たちの安否もわからない。

 

―――なんにせよ、まずは腹ごしらえであります。

 

一部隊長として、まずは部下たちの腹を満たすことが先決と、心持速力の上がった船団にあきつ丸も追随して行った。

 

 

 

唐突に、圧倒的な瀑布が目の前に現出した。船団右方に展開している艦娘たちの先頭にいた若葉が、その濁流の中に消え去る。吹雪は直感的に右方を見、そこに予想通りのものが見えないことに歯噛みした。霧が濃すぎる。

 

しかし、それ以上の確認の必要はなかった。見つめた先に、火災現場を思わせる朧げな炎が踊るのを見つけたからだ。

 

「右舷に敵艦隊!!」

 

通信機に叫ぶと、再び敵弾が落下した。何度も見てきたことがある。こちらを圧する迫力と、魅惑的なまでの破壊力を持った一六インチ砲弾が作り出しす白濁のオベリスクは、船団の周囲にまとまって着弾した。

 

「最大戦速!母艦に急ぎます!!」

 

吹雪はとっさに逃げることを判断して、船団の速力を上げた。母艦へ近づけば、待機しているほかの艦娘たちと十分な迎撃ができる。でも今はダメだ。戦艦を含む艦隊に、駆逐艦だけで挑んでも勝ち目はない。身を挺しての時間稼ぎは最後の手段だ。

 

速力を上げる船団。とはいえ戦闘艦である吹雪たちと違い、ほぼ非戦闘艦である陸軍艦娘たちの足は遅い。ようやく電探が捉えた敵影から、距離を算出した吹雪は愕然とした。まずい、今のままではギリギリ間に合うかどうか。もし一人でも被弾して落伍すれば・・・。

 

三度目の弾着。増速したからか、狙いは明後日の方だったが、もしあのままだったらと思うとぞっとする。

 

「こちら吹雪!敵艦隊の攻撃を受く!!」

 

母艦へ繋いだ通信に状況を短く伝える。とっさに煙幕を張るかどうか悩むが、この霧なので止めた。どうせ電探射撃を行っている相手に、煙幕など無意味だ。

 

『こちら阿武隈、状況を知らせて!』

 

事態を悟った阿武隈が、切迫した声で答える。

 

「戦艦級を含む艦隊に攻撃を受けています!現在確認できるのは、戦艦二、巡洋艦二、駆逐艦二です!」

 

『了解!迎撃準備を整えてるから、何とかこっちまで頑張って!』

 

「はい!」

 

吹雪は後ろを確認する。まだ敵艦隊は見えないが、通算五度目の砲炎が上がるのを確認した。また来る。

 

着弾。そして今度は、無傷とはいかなかった。

 

『ぐうっ・・・!!』

 

若葉のうめき声が聞こえた。至近弾の爆風をもろに受けた若葉が、吹き飛ばされるのが見えた。

 

『若葉!!』

 

吹雪のすぐ前にいる響が叫ぶ。

 

『くっ・・・!大丈夫だ、問題ない』

 

そうは言っているものの、若葉の状況はひどかった。砲弾の破片にやられたのか、着崩したブレザーがずたずたになってしまっている。衝撃を吸収するために出力を上げた艤装はところどころがひしゃげ、黒煙を噴出していた。どう見ても、中破以上と判断される損害だ。速力が落ちていないのが、不幸中の幸いだった。

 

『おうっ!?』

 

今度は反対側から声が上がる。敵弾を回避した島風が、同じように爆風に煽られ、前のめりに倒れこんだ。

 

―――このままじゃ、まずい。

 

敵弾は一射ごとに精度を増している。これでは母艦に辿り着く前に、船団が甚大な被害を受ける。

 

『まっず!こちら陽炎、機関がやられた!速力低下中!』

 

鉄槌が振り下ろされるたび、装甲の薄い彼女たちは確実にダメージを受ける。

 

―――止めなきゃ・・・!!

 

鎮守府で、最も長く“守り続けて”きた吹雪は、キッと前を見つめた。そこには、今、彼女が守るべきものがある。

 

「・・・響ちゃん、旗艦をお願い」

 

『吹雪?』

 

響の疑問符には答えない。時間は、残されていない。

 

「みんな聞いて」

 

再び弾着。吹雪のすぐ後ろに、大量の水飛沫が上がる。それに負けじと、吹雪は隊内のみに設定した無線へ叫ぶ。

 

「わたしが囮になる間に、全速力で母艦へ逃げて」

 

『吹雪、何言ってんの!?』

 

真っ先に反応したのは陽炎だ。

 

『そんなの認められない!行くんだったらあたしも一緒に』

 

「陽炎ちゃんは、機関を損傷してるでしょ」

 

『っ!』

 

陽炎は言葉に詰まってしまう。

 

「航行するには、初霜ちゃんに助けてもらうしかない。それは、若葉ちゃんも同じ」

 

『でも、それなら私は付いてっていいでしょ?』

 

次に割り込んだのは、ほぼ無傷の島風だ。しかし、吹雪は首を横に振る。

 

「島風ちゃんがいないと、この霧の中で敵艦を見つけられない」

 

対水上電探を搭載しているのは吹雪と彼女だけだ。島風は押し黙る。

 

「大丈夫だよ。少し時間を稼いだら、全速力で戻ってくるから」

 

努めて明るく、吹雪は断言した。いつだか思ったとおり、どうやら自分は頑固者らしかった。

 

『・・・わかった。旗艦を預かるよ』

 

『ちょっ、響!?』

 

『ただし、預かるだけ。必ず、受け取りに来て』

 

若葉を支えながら前を行く響が、吹雪を振り返った。澄んだ両眼が、まっすぐに吹雪を捉えている。

 

「うん、わかった。絶対に受け取りに来るから、ちゃんと返してね?」

 

『・・・私の気が変わらないうちに、受け取りに来たほうがいい』

 

そう言って、響は薄く笑った。それに大きく頷くと、吹雪は小さな旋回半径で反転し、敵艦隊に向かう。霧の中へ消えていく背中を見送った響たちは、吹雪の言葉通りに、母艦への航程を急いだ。

 

やがて弾雨は止み、代わりに乱戦を思わせる盛大な砲声と爆発音が交錯し、霧の向こうに響き渡った。

 

 

「なんだとっ!?」

 

敵水雷戦隊を跡形もなく葬り去った長門は、その直後に入電した報告に血の気が引くのをありありと感じた。

 

「撤退部隊、敵艦隊の攻撃を受く。敵艦隊は戦艦を含む。現在吹雪が“単艦で”交戦中」

 

出撃準備を急ぎつつ、早口でまくし立てる阿武隈の言葉をまとめれば、そういうことになる。

 

―――何を考えている吹雪・・・!!

 

そう思うと同時に、彼女の行動の意味も理解できる。低速の船団から戦艦部隊を引き剥がしたければ、誰かが囮になるしかない。

 

『・・・ごめんなさい、私の警戒ミスです』

 

加賀がかみ殺すようにしゃべる。

 

「索敵漏れについては後だ。伊勢!」

 

原因はわかっている。濃霧の中、飛べていること自体がすごいのだ。それは赤城や加賀を含めて、ほんの一握りの艦娘にしかできない。その極限に近い状況で、完璧な索敵を要求するのは酷というものだろう。だが真面目な加賀のことだ、そんな言い訳を並べて慰めたところで、余計に自分を責めるに決まっている。だから長門は、あえてそっけなく答えた。

 

『後一分!』

 

「電探に何か映っているか?」

 

『船団を捉えた。ええっと、ひい、ふう、み、周りに五隻いる。撤退部隊ね』

 

「・・・視認できるか?」

 

『一機だけ、高度落としてみるね』

 

「頼む。残りは吹雪の捜索をさせてくれ」

 

間に合ってくれ。長門はそう願うしかなかった。

 

『どうしますか?あちらの救援に向かうなら、すぐに攻撃隊が出せます』

 

間を見て、赤城が軽く具申してきた。

 

長門はこれ以上ないほど、強く唇をかむ。もちろん、今すぐに救援に行きたい。だが敵の全容を把握し切れていない今、うかつに動くのは危険すぎた。艦隊を預かるものとしての責任が、長門の本能に枷をかけている。

 

「・・・待機だ」

 

『はい』

 

今すぐにでも、機関をいっぱいに噴かして吹雪のもとへ向かいたい。

 

はっきり言って、生存は絶望的だ。確認されただけで、敵艦隊には戦艦が二隻いた。いくら吹雪でも、これを相手取って無事で済むはずがない。だがそれでも、祈らずにはいられないのだ。彼女こそ、艦娘たちの大黒柱なのだから。

 

『船団確認取れた!若葉と陽炎が被弾、船団内にもいくらか損傷艦がいるみたい』

 

「吹雪は!?」

 

『・・・ううん、いない』

 

「くっ・・・」

 

クソッという罵声を瞬時に飲み込んで、伊勢の報告を待つ。程なく、索敵に出ていた“瑞雲”が敵艦隊を見つけた。

 

『いた!敵艦隊見ゆ!戦艦二、重巡一!』

 

報告より少ない。吹雪が、何隻か沈めたのだろうか。

 

「吹雪は!?」

 

『・・・まだ、見当たらない。こっちも高度を落としてみる』

 

「・・・頼む」

 

出口を探して目頭をせり上ってくる水分を押し込める。まだ決まったわけじゃない。諦めないということを教えてくれたのは、彼女なのだから。

 

『っ!?戦艦一が爆発、炎上中!』

 

「なに?」

 

『あっ、いたいた、吹雪だ!吹雪を発見!損傷が激しいですが、確かに浮いてます!!健在です!!』

 

「赤城っ!!」

 

『攻撃隊、発艦始めっ!!』

 

長門の叫びに呼応して、赤城は風上に向け矢を放つ。空を切った鏃の先から光が走り、次第に分裂して艦載機に変化した。発動機の鈍い音を轟かせる艦上攻撃機“天山”は、その速力を生かして一気に加速すると、霧の向こうへと飛んで行った。

 

赤城が矢を放つたび、艦載機が発現して飛び立つ。出せる機体から次々に出て行く状態の攻撃隊は、ただひたすらに吹雪の対峙する艦隊を目指していった。

 

伊勢が放った“瑞雲”は、その真価を遺憾なく発揮する。小型電探による高い索敵能力を生かして接敵し、逐一状況を知らせる。同時に海面までの高度や周囲の岩礁等の位置を赤城の艦載機に伝える。鍛え抜かれた赤城攻撃隊にとって、航空攻撃を行うために必要な情報は、それだけで十分だった。

 

海面すれすれに高度を落とした“天山”が深海棲艦に迫る。その対空砲火は思いのほかか細い。吹雪との戦闘で、相当のダメージを受けたのだろうか。

 

赤城は、絶対に外れない距離まで艦攻隊を接近させ、じつに四百という距離で魚雷を投下、引き起こしに掛かった。雄叫びを上げる戦艦の頭上をフライパスしたとき、その身長を遥かに越える水柱が、連続して沸き起こった。ほぼ同時に、その快速を生かして艦隊上空へ辿り着いた“彗星”の群れが急降下、その腹から黒光りする隕石をばら撒く。クレーターを穿たれた深海棲艦は盛大にはじけ、その原形を留めることなく、海中に没していった。

 

『敵艦隊撃滅!』

 

『一時の方向に感多数!敵攻撃隊!』

 

二つの報告が重なった。吹雪は助けられたようだが、今度は逆に長門たちの艦隊に危機が訪れようとしているようだ。

 

「赤城、状況を“大湊”に打電して吹雪を救助してもらってくれ。伊勢はそのまま警戒を続行。艦隊、対空戦闘用意!」

 

号令一下、強攻偵察艦隊は赤城と加賀を中心として輪形陣を組む。正念場だ。

 

「加賀、攻撃が終わったら敵編隊をつけさせて、位置を特定する。二式艦偵を用意しておいてくれ」

 

『了解』

 

「次は、きっちり見つけてくれ」

 

『・・・わかったわ』

 

大丈夫、加賀の気持ちは、くじけていない。わずかに遅れた彼女の返事に、確かな決意を感じ取った長門は、小さく息を吐き出す。

 

「伊勢、吹雪の様子を確認してくれ」

 

『今は、海面に倒れてる。艤装の出力は十分みたいだから、大丈夫だと思うよ。ただ・・・』

 

「ただ?」

 

『・・・ううん、ちょっと気になったことがあっただけ。特に問題はないよ』

 

「ならいいが・・・」

 

伊勢の報告に、疑問を呈している時間はなかった。電探が捉えた機影が、距離四万を切っている。

 

『直掩隊、行きます!!』

 

赤城の号令と共に、前衛に展開していた新型艦戦“紫電”改二が急降下を開始する。瞬く間に十数機を叩き落した銀翼たちは、初期の零戦の二倍近い馬力に物を言わせて、編隊のまま再び上昇する。これが二回繰り返されたとき、深海棲艦の攻撃隊は、長門の三式弾の有効射程に入った。

 

「全主砲、撃てえええええええっ!!」

 

三式弾が炸裂したのと同時に、待機していた零戦隊が敵編隊に飛び込み、格闘戦を始める。長門は意識を、目の前に集中させた。

 

 

船団から注意を逸らすように、吹雪は一二・七サンチ砲を乱射した。そのうちの一弾が駆逐イ級を屠ると、敵艦隊の船団に対する砲撃が止んだ。邪魔な駆逐艦を排除しようと、照準を変更しているのだろう。

 

吹雪は速力を緩めず、そのままで大きく深呼吸した。背後を振り返る。白波を蹴立てる人影は、すでに霧の向こうへと消えていた。これで一安心、だろうか。

 

自らが守るべきものが無事に母艦へ辿り着くことを祈りつつ、吹雪は再び前に目を向けた。

 

息を吸い込む。はっきり言って、怖い。鎮守府の誰よりも戦闘を経験してきたし、死線を潜り抜けてきたという自負もある。それでも、戦艦二隻を要する艦隊を一人で相手取るのは、初めてだ。

 

海面を滑る足が、今にも震えだしそうだ。けど、残念ながら逃げると言う選択肢はない。

 

吸い込んだ息を、さっきよりも深く吐き出す。覚悟は、決めた。

 

―――司令官、怒るかな。

 

自分の大切な存在は、きっと彼女のやろうとしていることを止めようとする。だから、彼がいなくてよかったと思う。

 

反面、今ほど彼に会いたいと思ったこともなかった。生きて帰れば、それも叶うかもしれない。けどこればっかりはわからない。

 

何が起こるかは、未知数だ。

 

轟音と共に、目標を変更した敵弾が降り注ぎ始めた。吹雪はその豪雨の中を、微動だにせず進む。

 

目を、閉じる。一瞬、今までの思い出が瞼の裏を流れ、束の間の安らぎを覚えた。

 

 

 

吹雪は、何事かを呟いた。

 

 

 

吹雪の艤装は、その出力を下げ始める。唸りが収まり、殻の内側へこもるように。航行灯が明滅し、ついに消える。推進力を失った吹雪は、惰性で白線を引いていく。その背後から、敵弾が迫りつつあった。

 

次の瞬間、それまで息を引き取ろうとしていた艤装が、新たな息吹を宿した。それまでに倍する唸り。海面を揺るがす轟音が響き渡り、彼女の艤装に力を与える。再び灯った航行灯とは別に、甲高いアラートが響いて真っ赤な危険信号があたりに吹雪の異常を伝える。だが、本来それを認識するべき吹雪は、いまだ目をつぶったまま、艤装のなすがままに任せていた。

 

主人に無視されたことに腹を立てたのか、警告音は最後の一声を上げて沈黙し、代わりに艤装全体を、禍々しいオーラが覆いだした。時折スパークが走り、その特異さを際立たせる。

 

再び着弾。頭から水飛沫を被った吹雪の前髪から、雫が滴る。

 

右手の一二・七サンチ連装砲A型を握り締める。

 

雷鳴のように鳴り渡る艤装の音が、海面を支配する。

 

三連装魚雷発射管が、自らに獲物が与えられるときを今や遅しと待っている。

 

顔を上げた吹雪は、霧の向こうに微かな陽光を感じた。

 

それを覆う影が、吹雪の頭上に迫り、音速の壁を突破して落下してきた。

 

 

 

吹雪は、目を見開く。

 

 

 

水柱が立ち上った。密集するジャングルの木々を思わせる大水量は、そこに存在していた駆逐艦娘を跡形もなく消し去った。

 

 

 

かに見えた。

 

 

 

戦艦ル級の横にいた駆逐イ級が、盛大な炎を上げて爆発四散した。

 

霧の中、突如として飛んできた砲弾が重巡リ級を捉え、ありえない威力で後方へと吹き飛ばす。

 

吹雪は、艤装の出力を最大にして駆け抜ける。時には電探に映った影に、あるいは目視で捉えた敵艦に、自らの一二・七サンチ砲を向け、連続斉射する。究極まで高められた艤装の船魂が砲弾に定格以上の破壊力を与え、吹雪の放った砲弾は明らかに格上の装甲を食い破り、弾き飛ばした。

 

ともすればブラックアウトしそうになる意識を、懸命に繋ぎとめる。極限状態の艤装はより高い負荷を吹雪に要求し、船魂はか細い少女の体へ逆流する。本来それを止めるはずのリミッターは、すでに機能を停止していた。

 

弾薬庫の誘爆を引き起こした重巡リ級が煉獄の炎と共に海上から姿を消す。

 

戦艦ル級に命中した弾丸が、肩の砲塔を粉々に打ち砕いた。

 

滝のように降り注ぐ至近弾落下の衝撃は、もう吹雪には感じられなかった。飛び散る破片が艤装に当たって上げる異音も、ズタズタになっていくセーラー服も、どこか遠い、他人事のようでしかない。

 

気づけば吹雪は、戦艦ル級の一六インチ砲弾と互角以上に撃ち合っている。二隻がかりで揉み潰そうとするのを、一隻を牽制しつつもう一隻に向けて畳み掛ける。高角砲の類は瞬く間に失われ、中には当たり所が悪かったのか、正面防楯を撃ち抜かれた砲塔もあった。

 

が、所詮は多勢に無勢、しかも相手が戦艦だ。次第に吹雪は押され始め、被害だけが増していく。

 

それでも、怯むことはない。退くという選択肢もない。ここで、一秒でも長く足止めする、それだけのことだ。

 

不意を突いて発射した魚雷が、たった今撃ち合っていた戦艦ル級の艦底に喰らいつき、盛大に爆ぜた。バランスを崩したル級は、それでも一六インチ砲を放ち、吹雪に浴びせかける。主機が焼き切れるほどの高速運転をする吹雪は、弾道を見極めると寸でのところで回避した。

 

と、その時。彼方から迫る爆音を、研ぎ澄まされた吹雪の聴覚が捉えた。

 

彼女の上をフライパスした“天山”が、手負いのル級二隻と、航行不能のリ級に襲い掛かる。超低空を這うように進む“天山”に対して、深海棲艦は有効な弾幕を形成できていなかった。

 

やがて、轟音と共に水柱が立ち上り、三隻の深海棲艦は断末魔の声を響かせながら、静かに海中へと没して行った。

 

「・・・勝っ・・・た・・・」

 

すでにほとんどない意識の中、吹雪は“天山”の尾部に描かれた識別マークを見て微笑もうとした。

 

しかしそれが叶うことはなく、暗転した視界の中で自分が海面に倒れこむのだけが、妙にはっきりと意識された。肌に触れる海水の冷たさを感じて、吹雪はその意識を一旦体から離す。同時に彼女の艤装も、その唸りを鎮めていった。

 

静寂の訪れた海域に、上空を哨戒する航空機のエンジン音のみが木霊していた。




色々思うところはあるのですが、いいんだろうかこれで・・・

こういうの、結構ベタな設定ですよね・・・

ともかく、次回以降も鎮守府の健闘を祈りましょう!頑張れ!(他人事)

読んでいただいた方、ありがとうございます。

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