艦これ~桜吹雪の大和撫子~   作:瑞穂国

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どうもです。

半年以上書き続けてようやく大幅に動き出しそうです。

キス島の戦略的価値ってなんなのだろうか・・・

そういえば、キス島軽巡行けるようになったけど・・・

と、とりあえず今回もよろしくお願いします


嵐来りて

「難しいねえ」

 

曇り空が広がる窓の前で、海軍の制服に身を包んだ初老の男はそう呟くしかなかった。

 

日本、統合海軍省。現在、対深海棲艦の最高指揮権を持つに至った、自衛隊と鯖世界の鎮守府を統合した組織が入っている庁舎の一室、『鎮守府長官室』と書かれた札の掛かる部屋で、金糸の徽章をきらめかせるイソロク中将は、先程の会議を思い返してまたため息が出そうになるが、それを堪えて、窓の外の光景に目を細めた。

 

産業大国と言われたかつての日本の面影はほぼない。資源不足のために車は軒並みほこりをかぶるようになり、庁舎前の大通りにもそれらの影はほとんど見えない。かくいう彼も、庁舎から離れた宿舎からは歩きだ。

 

「・・・また何か言われたのですか?」

 

イソロクの後ろで微動だにせず直立する、彼より少し若い将校が、鉄仮面のようにピクリとも動かない表情のまま、会議の内容を質した。常にイソロクの陰となって働く彼に、イソロクは柔らかい笑みを浮かべる。

 

「いや。ただまあ、連中も色々あるからね」

 

「今は丁度、対深海棲艦用護衛艦の建造中ですから、資源はいくらでも欲しいのでしょう」

 

「その通り。君には敵わないねえ」

 

対深海棲艦用護衛艦―――イソロクが直轄する艦娘たちの鎮守府で得られたデータを基に、彼女たちの活動の及ばないこの地球において新たな対深海棲艦戦略を担う新種の艦船たちは、現在急ピッチで建造が進められている。

 

鯖世界と地球における深海棲艦の活動には、不思議な関連性が存在した。つまり、鯖世界側で制海権を奪還した海域に該当する地球側の海域もまた、深海棲艦の活動が下火になるのだ。とはいえこれまでの戦闘で疲弊しきっている日本に、すぐさま大量の資材を入手できる実力も、財力もなかった。まずは失われた戦力の建て直しが急務で、交易は大陸と細々続けている程度だ。

 

こういうわけで、現在の統合海軍日本支部―――含めた日本は、艦娘たちが遠征によって手に入れてくる資材を、各種技術を見返りにしてできるだけ安く、鯖日本から買っていた。その量もお世辞にも多いとは言えず、その振り分けを巡っては各組織で議論が絶えなかった。

 

「まさか、鎮守府への供給をカットするなどと言い出したのでは?」

 

「・・・まあ、ね。もちろん、止めたよ。今でさえギリギリで遣り繰りしているのに、これ以上減らされたら動けなくなってしまう。それでは本末転倒、元も子もないからねえ」

 

連中もわかっているはずなんだが。イソロクはまた窓の外を覗いてぼやく。

 

夏だと言うのに、空を厚く覆う雲の間からは太陽の光一筋すら漏れてこない。垂れ込める重い空気が、湿気によるものか、あるいは精神的なものか。

 

「いずれにせよ、彼にも、艦娘たちにも頑張ってもらうしかない。そしてそれを支え、守るのが私たちの仕事だ」

 

やがてぽつり、ぽつりと小さな雨粒が落ち始める。それは次第に強く、激しくなり、長官室の窓を打ち鳴らすほどになった。ガラスを伝う一粒一粒をしげしげと見つめ、イソロクはもう一度、

 

「難しいねえ」

 

呟くのだった。

 

 

「・・・一安心、だな」

 

数日分をまとめれた報告書を読み終わって、提督は安堵の息を吐いた。そうして目の前に立つ今日の秘書艦を見やる。細くも逞しい身体つきをした長門はその目線に小さく頷き、その柔らかな口を開いた。

 

「ああ。まだ本調子とはいえないが、以前のような迷いは感じられない。もう少しで十分実戦に出られるレベルになるだろう」

 

「そうか。ありがとう長門、君のおかげだ」

 

「ふっ、なに、礼を言われるようなことでもないさ」

 

律儀に謝辞を述べる提督に不敵に笑って、どこか誇らしげに、長門は胸をそらす。こういうところ、本当に素直に感情を表す性格なのだ。

 

彼らの話はもちろん、期待の新鋭戦艦娘“大和”についてだった。演習期間にかこつけて集中的に練成をしている彼女の教導は、他でもない長門が担当している。喜びもひとしお、といったところだろうか。

 

「実戦、か・・・」

 

長門が言った言葉を、静かに反芻する。

 

今でこそ、深海棲艦は大きな動きを見せていない。であるから鎮守府は、資源の備蓄と艦隊の錬度向上に全力を上げていることができる。しかし、一ヶ月ほど前の反攻部隊然り、西方海域の艦隊然り、また時が来れば、新たな戦いの火蓋が切られるのは目に見えていた。残念ながらそれが、彼の―――いや、彼女たちの前に横たわる戦争というものだった。

 

再び戦端が開かれれば、彼はまた艦娘たちに出撃を命じることになる。今正に訓練を積んでいる段階である彼女たちにも、だ。

 

―――いかんな。

 

眉間に皺が寄ってくるのを感じて、慌ててそれを揉み解す。

 

「そう難しい顔をするな提督よ」

 

「む、すまないな」

 

覗き込むような長門の一言に苦笑する。ひとまず見終わった書類を取り繕うように片付けて、新たな書類に手をつける。

 

「そういえば、今日は舞鶴の警備隊が帰ってくるのではなかったか?」

 

「ああ、そうだ。多分午後になるって言ってたよ」

 

「ふむ。ではまだ時間があると言うことか?」

 

長門が壁に掛けられた時計を確認する。時刻は十一時を少し回ったところだ。

 

艦娘はもちろん鎮守府で運用されているわけだが、それだけでは鯖日本全土をカバーすることなど到底不可能だ。かといって、鎮守府を増やすわけにはいかない。鎮守府の開設には多大な資材とお金が掛かるため、そうそう簡単に増やせないのだ。現在の鎮守府だって、開設には相当な苦労があったし、提督が着任したときには予定されていた設備の半分もできていなかった。遠征を通して細々資材を集め、計画通りに完成したのはそれから半年経ってからだ。

 

それに用兵の観点からしても、鎮守府の増設は決してメリットばかりとはいかない。現状深海棲艦の勢力がどの程度かわからない以上、戦力の分散は対応能力の低下と各個撃破という最悪の事態を招きかねない。これを避けるため、鎮守府には全戦力が集められている。だがしかし、鯖日本全土の警戒を鎮守府だけで行うのもナンセンスだ。

 

そこで考えられたのが、警備隊だ。鎮守府から選抜した一個艦隊―――重巡と軽巡、一個駆逐隊で編成される部隊が、二週間交代ごとで重要拠点の哨戒任務を負う。活動拠点には徴用した客船や戦時急造輸送艦が選ばれた。

 

舞鶴警備隊もそのうちの一つだ。日本海側の哨戒任務を担当するこの警備隊は、艦娘母艦“舞鶴”を拠点としている。新たな艦娘に交代した先週、先々週担当の艦隊は、今日鎮守府に帰還予定だった。

 

「そうだ。皆には間宮さんとこで奢って上げなくちゃな」

 

提督は頭を掻く。帰還した彼女たちの労いの意味も込めて、提督が間宮で特製パフェや最中アイスを振舞うのはすでに恒例となっていた。

 

「今日から夏の特別メニューだったな。六駆には嬉しい知らせか。ああだが、那智は鳳翔の方がいいかもな」

 

「それもそうだな・・・。うん、考えておくか」

 

妙高型重巡二番艦“那智”は、辛党で知られる。武人然としてどこか長門に近い雰囲気を漂わせる彼女は、姉妹艦の足柄や他の重巡、空母、戦艦勢のやり取りを静かに聞きながらちびちびやるのが好きだった。

 

「・・・それで、すでに執務は終わっているのか?」

 

「ああ、長門に頼むのはもうないな。先に上がっていいぞ、また演習見に来てって駆逐艦たちにせがまれてるんだろ?」

 

「う、む。まあ、な」

 

恥ずかしげに頬を掻く。あいも変わらず、駆逐艦娘たちに人気なビッグセブンであった。

 

「そういうことなら、お先に失礼しよう」

 

「ああ、ありがとう」

 

提督のお礼に軽く口元を吊り上げてドアノブに手を掛けるが、そこでふと、長門の動きが止まった。

 

「那智といえば・・・」

 

「うん?どうかしたか?」

 

「いや、摩耶のやつがまた騒がしくなるな、と」

 

「あー、そういえば。今のうちに演習海域を押さえとくか」

 

「それが賢明かもしれないな」

 

 

「よう、やっと帰ってきたか」

 

舞鶴方面への警備任務を終え、艤装を工廠部へと預けたばかりの重巡洋艦娘“那智”に、ドックのドアの脇から声を掛ける者がいた。人物について、なんとなくの予想がつく彼女は、嵌めたままだった手袋を取り外してポケットにねじ込みつつ、溜め息交じりの返事を返す。

 

「なんだ、摩耶か」

 

「なんだとはなんだよ、折角迎えに来てやったってのに」

 

よいせと勢いをつけて、寄りかかっていた壁から体を離した摩耶は、挑戦的な笑みを浮かべて那智に歩み寄ってきた。

 

「おかえり」

 

「・・・ああ、ただいま」

 

珍しく素直に出迎えた自称ライバルに拍子抜けしながら、辛うじて冷静なままありきたりな返答をする。暑さとは違う意味での冷や汗が背中を伝う感覚がした。

 

「どうだ、調子は?」

 

「調子も何も、やっと帰ってきたんだ。間宮のご飯が楽しみで仕方がない」

 

“舞鶴”では基本的に自炊だった。那智本人は差し支えない程度には料理ができるのだが、その味はまさに『無難』の一言に尽きた。可もなく不可もない。自分でも自覚しているが、どうにもオリジナルアレンジと言うやつは難しい。これが足柄あたりだと、毎日が変化に富んだものになるのだろうが。

 

「なんだ那智、飯まだなのか?」

 

「そうだが、なぜわかった」

 

「へへーん、気づいてねえんだろうけど、那智は腹がすくと眉間にしわが寄りはじめるんだよ」

 

ギクリ。同じ様なことを姉妹からも言われたことがある。そんなに表情に出やすいのだろうか・・・。

 

「・・・それで、何の用だ?そんなことを言いに、わざわざ来たわけではないだろう」

 

「さっすが那智、わかってんじゃねえか」

 

表情を誤魔化すように本題を引き出そうとすると、摩耶は挑戦的な笑みを浮かべて那智に指を突きつけた。腕を組んでその視線を正面から受ける。

 

「久しぶりに、演習やろうぜ」

 

「やはりそれか・・・」

 

相変わらずの大げさな物言いに、さらに溜め息をつく。正直頭を抱えたいレベルだが、これがライバルの宿命と言うものなのだろうか。

 

「いいじゃねえか、あたしもようやく艤装の調整が終わって、調子を見ておきたいんだよ」

 

「貴様、私を実験台にするつもりか」

 

そうは言っても、那智も二週間の警備任務でなまってしまっている。基礎訓練は欠かさないが、艤装を振り回してやる演習を警備任務中にやるわけにはいかない。

 

「いいだろう。で、今回はどうする」

 

摩耶とは何度も演習をやってきた。最初は、新任だった摩耶が那智に突っかかってきたのがきっかけだったか。それ以来、砲撃演習、雷撃演習、最近は他の艦娘まで巻き込んでの艦隊演習になって行った。

 

「もちろん艦隊演習だ。編成は重巡二隻と一個駆逐隊、でどうだ」

 

また駆逐隊が二つ犠牲になったか。誰とはなしに心の中で詫びて、那智は了承の意を示す。摩耶は鳥海に頼むだろうから、那智としても足柄辺りにお願いする必要がありそうだ。鳳翔のところでおごってやるとするか。

 

「んじゃ、そういうことで決まりな」

 

「待て。何を賭ける?」

 

これも恒例だ。お互いに定食だとか休暇だとか掃除当番だとかを賭けて勝負する。これぐらいやらないと、駆逐艦は快く参加してくれない。まあ、中には物好きもいるが。

 

「ふっふっふ、安心しろ。今回は奮発したぜ」

 

「・・・勿体つけずに早く言え」

 

ちなみに那智は、負けたら鳳翔のところで飯でも奢ろうと決めていた。

 

「こんなこともあろうかと、間宮券を六枚入手しておいたぜ。勝った艦隊がこいつをもらうってのでどうだ?」

 

「・・・つまり、私が勝てば私の艦隊が、貴様が勝てば貴様の艦隊が、間宮の特製パフェにありつけるということか」

 

なるほど、悪くない。いずれにせよ、那智側は何か失うものがあるわけではない。それに間宮のスイーツが掛かるとなれば、必然的に駆逐艦のやる気も出る。

 

しかしながら、こいつはどこで、そんなものを手に入れたんだ・・・?

 

「いいだろう、その勝負、のった」

 

「そうこなくっちゃな」

 

「・・・ちなみにだが、どこで手に入れたんだ?」

 

「あ?いや、こないだの出撃で特別手当が出たから、それで」

 

「貴様、こんなことのために特別手当を使うんじゃない・・・」

 

頭痛が痛い、などと少々混乱気味に額を押さえた那智に、なぜだか誇らしげに笑っている摩耶。鎮守府のでこぼこコンビの演習は、今回も一悶着ありそうだ。

 

後日、なんだかんだで仲良く間宮の特製パフェをつつく妙高型二、三番艦と高雄型三、四番艦、そして十八駆と十九駆の姿が食堂で見られたのは、また別の話である。

 

 

「うむ、今日も冷えるでありますな・・・」

 

本土の暦ではすでに夏だと言うのに、ここ北方海域の空気は未だに肌を突き刺す冷気そのものだった。仮設された庁舎を出たあきつ丸は、霧交じりの朝にいつも通りの感想を述べて、ドラム缶にくべられた薪の火に手をかざす。確かな暖かさが、手のひらを通して全身に伝わって行った。

 

「冷えますね、隊長・・・」

 

同じように手をかざしているしまね丸が、あきつ丸に苦笑する。あきつ丸も力なく笑って、しばらくの間そのままでいた。

 

「あ、そうだ隊長。観測所のほうから、後で来て欲しいって」

 

「うむ?そうでありますか」

 

「“例の件”で話があるそうで・・・」

 

「なるほど。そういうことでありますか・・・」

 

表向き、ここキス島への進出は北米大陸との連絡路の確保が目的とされ、あきつ丸たちもその警備のために配備されていることになっていた。

 

実態は違う。第一、キス島の警備が目的なら、彼女たちよりこの地までの護衛を担当してくれた艦娘たちの方が適任だ。いくら北方海域が深海棲艦の活動が少ないとはいえ、たとえ駆逐艦相手でもあきつ丸たちには荷が重すぎる。

 

本当のことを知っているのは、あきつ丸含めて部隊の中に数人、そして“観測所”に詰めている数人の研究者だけだった。

 

そうはいっても、あきつ丸とて全てを知っているわけではない。ただこの地に眠る秘密が、深海棲艦や空間の穴―――アマノイワトの正体解明に繋がる、とだけ知らされていた。観測所でなにが行われているのか、具体的なことは何も知らない。

 

「わかったであります。後で、顔でも出すとしましょう」

 

あきつ丸は、とりあえず用事を終わらせてからそちらに向かうことにした。三二空の神鷹に近海の状況を聞かなくては。もっとも、この天候で航空機による哨戒ができたのかは怪しいが。

 

 

 

「失礼するであります」

 

観測所、その中にある一室に足を踏み入れて、あきつ丸は室内の人物に声を掛けた。いかにも研究者風の白衣に身を包み、細身のフレームの眼鏡を掛けた若い女性が、あきつ丸を振り向いて微笑んだ。

 

「いらっしゃい。待ってたわ」

 

「やはり、ヒカリ殿でありましたか」

 

帽子を取って、仮設とは思えないぴかぴかの床を女史の方へ歩いていく。彼女は地球側から派遣された技術者で、軍お抱えの深海棲艦研究の第一人者だった。

 

彼女が所長を務めるこの観測所は、当然深海棲艦の生態について極秘で研究を進める施設だった。

 

「しかし、今更ながらこれは、自分などが見てもよいものなのでありましょうか・・・」

 

「何言ってるの、あなただから見せるのよ」

 

大きなガラス張りの壁から、階下を見つめる。この部屋より一層下にある殺風景な研究室には、何らかの物体が置かれていた。

 

「と、言いますと?」

 

「バックアップよ、バックアップ。私が死んでも、誰かが研究内容を知っていれば、せっかくの苦労が水の泡になることはないでしょ?ま、私を欠いた時点で、研究は年単位で遅れるだろうけど」

 

彼女はこともなげにそう言って、豪快に笑った。

 

『所長、始めてもよろしいですか?』

 

「いいわよ、始めて頂戴」

 

スピーカーを通して階下から届いた声に、彼女も簡潔に応える。研究室では、防護服に身を包んだ研究員が、不思議な波動を放つ物体に向かい合っていた。

 

「・・・ですがヒカリ殿、バックアップであるならば、自分よりも適任な人物がいるのでは。第一自分は、こういったことは全くの専門外でありますよ?」

 

「いいのよ、それで。専門外だからこそ、情報が漏洩するなんてことはないし。それに、今この島で一番生き残る確率が高いのはあなたでしょ?」

 

さばさばした物言いで、研究室を見下ろしながら彼女はあきつ丸に言った。そういうものでありますか、と一応納得して、あきつ丸も研究室を見やる。物体は何らかの機材に繋がれており、数人の研究員がモニターを確認しながら機材を弄っていた。なにをやっているのかは見当もつかないが、少しずつ、物体の明滅パターンが変化していくのが傍目にもわかる。

 

「・・・予想通りね」

 

「・・・あれは、アマノイワトでありますか?」

 

見覚えがある。青白く、生命が息づくように脈打つ光は、いつだか資料で見せられた並行世界への門、アマノイワトのそれによく似ていた。

 

「少し違うわね。残念ながら、今の人間の理論では、あれを空間の裂け目にすることは不可能よ」

 

「では、いったい・・・」

 

続きは、あきつ丸の口から出てはこなかった。発光の波が突然に変わり、唸るような低い音と毒々しい赤の光が研究室を照らす。恐怖、嫌悪、敵意、怨念、あらゆる負の要素を空間に解き放ち、それは紛れもない生命の息吹をそのうちに宿した。

 

「まさか・・・深海棲艦・・・?」

 

「ご明察。でもびっくり。あれだけで、ここまで成長するなんて」

 

仮説に修正が必要ね。のんきに呟いている彼女を軽く睨んで、あきつ丸はまくし立てる。

 

「今すぐに処分するべきであります!」

 

「落ち着いて、あきちゃん。大丈夫、あれ以上には成長しないように機材で抑えてるから。直に死ぬわ」

 

「なぜ、わかるのでありますか?」

 

「私の計算は完璧だからよ。それに万が一の時は、ここごと爆破するから」

 

自信満々に断言する彼女にそれ以上言い返す根拠もなく、あきつ丸は研究室の様子を静観するしかなかった。物体の状態を窺うようにしながらモニターに目を走らせる研究員の一人が親指をこちらにつきたて、事態が良好に推移していることを知らせた。直後から、あきつ丸の目の前に据えられたパソコンに研究のデータが送られてくる。その一つ一つに目を通しながら、ヒカリはデータを挿さったままのUSBにも保存して行った。

 

『・・・所長、もしかしたらこれ・・・』

 

「ええ、そうかもね。また一つ、仮説が立証されたわ」

 

「なんのことでありますか?」

 

全てのファイルを保存して研究員に実験の終了を告げたヒカリは、くるりと振り返っていたずらっぽく笑った。

 

「鬼姫と、深海棲艦の関係よ」

 

「鬼、姫クラス・・・でありますか?」

 

「まさかとは思っていたけど、あれでも姫様よ、あれ」

 

後方で発光を続ける物体を指差して、ヒカリはさも可笑しいように口の端を吊り上げる。

 

「あれが、姫・・・」

 

「差し詰め“北方棲姫”ってとこかしらね」

 

あきつ丸は、もう一度研究室を覗き込む。赤いオーラを纏った、白と黒の交じり合ったような物体は、心を凍てつかせる光だけ放って、そこに鎮座していた。

 

「はい、これ。あきちゃんが持ってて」

 

背後から差し出されたUSBを受け取る。彼女の顔に浮かんでいるのは、純真無垢な少女のみに許される、無邪気そのものの笑顔だった。

 

―――どうして、そのように笑えるのでありますか。

 

戸惑いながらもそれを受け取るのと、風雲急を告げるアラートが鳴り始めるのは同時だった。

 

「空襲警報!?」

 

思わず頭上を見上げるが、そこにあるのは白い蛍光灯と天井だけだった。

 

「なるほどね、姫様を迎えに来たってことか。でも、近海には深海棲艦、まして空母なんて展開してなかったわよね?」

 

ほんと、やっぱりよくわからないわ。場違いなほどのん気な言葉に惑わされず、あきつ丸はすぐに自らの職務を思い出して帽子を被りなおし、ヒカリに端的に告げた。

 

「観測所の皆さんに、すぐに退避の準備をお願いするであります。自分は状況を確認して参りますので、指示があるまでは待避所で待っていていただきたいであります」

 

「了解。すぐにまとめて向かうわ」

 

それだけ言い残して、お互いに逆方向へと走り出す。

 

玄関から飛び出すと、先程までの悪天候が嘘みたいに、綺麗な晴天が広がっていた。これだから北方の天気は嫌いなのだ。

 

雲間に、小さな影が見える。あきつ丸たちが“飛びエイ”などと揶揄している深海棲艦の航空機が、空を覆わんばかりに編隊を組んでいた。

 

―――なぜ空母が!?深海棲艦の大規模艦隊など、この辺りには展開していないはずであります!

 

深海棲艦も生物なのだろうか、寒さの激しい北方海域には、ほとんど展開していなかった。

 

これまでは。

 

間違いない、今このキス島は、深海棲艦の大規模艦隊、それも主力級の艦隊に空襲されている。

 

―――まずは、三二空に!

 

状況を確認しようと、神鷹の詰める三二航艦の司令部へと全力ダッシュを始めたときだった。

 

耳を劈く大気の音が後方に迫り、しだいに大きくなっていく。はっと気づいて振り向いた瞬間、敵艦載機隊が観測所に向けて急降下していくのがはっきりと見えた。

 

「ダメであります!!」

 

届くはずもないと知りながら、声の限りの叫びを観測所に向ける。しかしその悲鳴じみた願いを粉々に砕く漆黒の塊が、非情にも観測所に降り注いだ。

 

吹き上がる火柱。轟音と共に外壁がはじけ、思わず目を防ぐ。光に包まれた視界の中で、ついさっきヒカリから受け取ったばかりのUSBを握り締める。

 

全ての衝撃が収まったとき、跡形もなく消え去った観測所を呆然と見つめ、それでも竦みそうになる足に鞭を打って、あきつ丸は走り出した。

 

突然に活火山と化したキス島に、小さな少女の足音が響く。しかしその小さな響きすらかき消そうとする鋼鉄製の暴風雨が、この小さな島に刻々と近づいていた。




てことで、次回からは北方海域での戦いになります!多分!

ビスm・・・協力勢力の回収はもう少し先かも

まずはキス島撤退作戦ですね、できるだけ早く書けるといいんですが・・・

読んでいただいた方、ありがとうございます

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