狂人の面を被った小者   作:狂乱者

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第六話「蘇生爆破」

「惨めに死に晒せやァァァァァァッ!!」

 

 全身棘棘だらけのJは両手を大きく振り被りながら、タツミ目掛けて飛ぶ。

 単純な飛び掛りであるが、生えきった棘が一層、殺傷能力を上げているため、直撃は避けなければならない。

 ただ、構えるタツミより前に、インクルシオによる鎧を纏った漢が立ちはだかる。

 

「タツミ! お前はシェーレを連れて先に退け!」

 

「りょ、了解! 兄貴!」

 

 暴走しているとはいえ、先程までブラートに手も足も出なかった相手に、自分の信じる兄貴が簡単に負ける訳ないと判断したタツミは、シェーレの身体を引っ張る。

 本当は背負いたい所だが、生憎、防護服は持っていないため、申し訳ないが引っ張ることしか出来ないのである。

 心の中で謝罪しながら、タツミは部屋から出るために移動を開始する。

 

「ぶっ殺すぶっ殺すブッコロォォォォォス!!」

 

「そう言う言葉は、行動し終えた後に言うもんだぜ!」

 

 やたらめったら腕による攻撃を繰り出すJであるが、それら全てはブラートの槍捌きによって防がれてしまう。

 怒りが全身を支配するも、相手に傷一つ付けられない事実に、Jの血液は沸き立ち、彼を更なる怒りの中へと導く。

 

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねェェェェェェェェッ!!」

 

「おっと! 隙だらけだ!」

 

 今までは苛烈な攻撃の暴風だったために防御に回っていたブラートであったが、疲労と怒りで動きが散漫になったJの隙を縫って、両腕を付け根から切断することに成功する。

 

「だからどうしたァァァァァッ!!」

 

 ただ誤算だったのは、Jが一切怯まずに突撃してきた事だった。

 流石に全く隙も晒さずに突撃してきた相手には、攻撃態勢中のブラートも回避の手段がなく、棘による攻撃を受けざるを得なかった。

 

「兄貴っ!」

 

 遠目でブラート達の闘いを見ていたタツミが叫ぶも、彼の声は別の人物の絶叫で掻き消される。

 

「アァァァァァァァアァァァァァッ!? ふっざけんなよォォォォッ! テメェェェェェッ!!」

 

「フザけてなんかねぇさ。俺の方が強かった。それだけだ」

 

 インクルシオ、進化し続ける鎧を装着した彼に対し、Jの棘は余りも非力であった。

 棘の先端は鎧を破るには至らず、飛び込んできた衝撃もブラートが踏ん張ることで、二人を数cm後ろに移動させただけで済んでしまう。

 両腕を失った結果がこれではJが絶叫するのも頷ける。

 

「そらよっ!」

 

 槍を左手に持ち、右手でキツい一発を顔面にお見舞いしたブラートと無様に空中を舞うJ。

 勝者と敗者の差は歴然であった。

 

 

「(ギギギギギ……!! 畜生が畜生が畜生がァァァァ……アァ?)」

 

 吹き飛ばされ、全てがスローモーションに感じたJは、ふとタツミの側のシェーレの死体に視線を移す。

 タツミはこちらを見ているために全く気付かないが、よく見れば、彼女の口元付近にある、小さな血溜りが自分に向かって手を振っているような動作をしていた。

 直後にシェーレの口から体内に入った血溜りであったが、Jにはそれだけで全てが理解出来た。

 

「(あぁ……成程ね。姉御)」

 

 畳の上にダイナミックに不時着したJは全身の棘を収め、まるで芋虫が這うような形で立ち上がる。

 距離が離れていたためか、ブラートも追撃はせず、Jの様子を眺めているだけであった。

 

「……キヒッ。ハーッハッハッハッハッハッ!」

 

「……? どうした。気でも触れたか?」

 

 突如として笑い出したJに首を傾げるブラートとタツミ。

 それでも構えは解かず、Jの一挙一動に注目する。

 

「俺の完敗だよ。ゴミクズども。という訳で……逃げさせて貰う」

 

 言い終わると同時に、二人に背を向け逃走を始めるJに、呆気に取られるブラート。

 先程まで「殺す」だの何だのと勢いづいていた少年が一転、負けを認めて逃げ去ってしまう事態が怪しくて仕方が無いのだ。

 追うべきか迷ったが、長居は無用と、すぐにタツミの側に駆け寄る。

 

「怪我は無かったか?」

 

「俺は大丈夫だけど……兄貴は?」

 

「俺を心配しれくれるのか……照れちまうぜ」

 

「インクルシオの上からでも分かる程、頬を染めないでよ!」

 

「まぁ、それは置いておき……シェーレは俺が担ごう。レオーネとラバックと合流し、さっさとズラかるぞ。モタモタしてると、帝都警備隊の奴らが来ちまう」

 

「あぁ」

 

 ブラートがしゃがみ、シェーレを担ごうとした瞬間、シェーレの瞼が動く。

 

 

 

「……え?」

 

「なっ……!」

 

 

「……ブラート……タツミ……?」

 

 目を開いたシェーレが口を聞き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「困りましたねぇ」

 

「どったのー?」

 

「Jのせいで、予定より早く、女が目覚めました」

 

「アレを使うからだよー。悪趣味ー。んひゃひゃひゃひゃ!」

 

「それはさておき……そうですねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「切らせてよ! ねぇ! 貴女の内臓の一片残らず!」

 

 一方的に叩きのめされていただけのGは其処におらず、いたのは己の狂気の赴くままに、ギロンを振るう少女だけだった。

 速度、的確さが段違いに上がったGの攻撃であるが、それでもレオーネを仕留めるには程遠く、紙一重の所で交わされている。

 ただ無様に反撃を食らわない所は、彼女の技量が上がった点だろう。

 

「私の身体は高いぜ? お前如きにはやれねぇ……な!」

 

 語尾と同時に拳を繰り出し、Gの腹部に小さな風穴を空ける。

 しかし、身体を前に押し出すことで拳を貫通させることに成功したGは、そのままレオーネの右腕を掴む。

 

「コイツ……!?」

 

「ンヒィッ!」

 

 興奮した顔でギロンを振り被るGだが、レオーネの左手が力のまま、少女の右腕を破壊させる。

 腕に穴が開いた事で、ギロンは支えられる物がいなくなり、重力という一番大きな力に従い落下する。

 下方にいたGの身体を突き刺し、大地に突き刺さる姿は、さながら自爆である。

 レオーネは間一髪で右腕を引き抜き、二、三歩、後ろに下がっていた。

 

「なんつーか……強いんだか、弱いんだか、分からない奴だったな……」

 

 Gの右肩から入った巨大包丁は股から突き抜け、不気味過ぎるオブジェをその場に生成している。

 未だにピクピクと全身が動くGの壊された腕や傷口から血液が流れ始める。

 側に落ちている右手は全く動かず、主から離れた事を明確に示していた。

 死体は見慣れているとはいえ、流石に自爆かつオブジェ風に出来たのは初めてだったため、レオーネは奇妙な気持ち悪さを覚える。

 だが、すぐに気持ちを切り替え、Gに警戒しながらもラバックが居るであろう、縁側へと足を運ぶ。

 

 

「……私自身でも良いけど。まだまだ切り足りない」

 

 

 静かに呟く死体は死体にあらず。

 首を左右に細かく揺らし、吐血しながら静かに呟く様は、壊れた機械人形そのもの。

 やがて彼女自身の身体が揺れ始める。

 

「まだ生きてんのか……!?」

 

 驚くレオーネを他所に、彼女自身に起きていたと思われる揺れは徐々に大きくなり、レオーネは自分の足元が揺れていることに気付く。

 

「これは……っ!?」

 

 獣の本能に従い、その場から跳ね退ける。

 瞬間、Gを中心に半径10mの地面が地割れを起こし、地下へと落下していった。

 ぽっかりと出来た穴の淵に立ち、レオーネは肝を冷やす。

 

「あっぶねー……アイツの仕業……だよな?」

 

 流石に地下まで行って、死体を確認することは出来ないため、彼女は今度こそラバックとの合流を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

「グギギギギ……絶対に刺し殺してやる……あのクズどもォ……!!」

 

 両手欠損の状態でも、高速で屋敷内を移動するJ。

 既に人の気配が無くなった事から、他のボディガード達が全滅した事を悟るも、どうでも良いと言わんばかりに廊下を走り抜ける。

 無駄に広い廊下であるが、目の前の角を曲がれば縁側がある事を知っていたJは、そこまで駆けつけ、体当たりで仕切りの役割を果たしていた障子を突き破る。

 

「おっと……逃がさねぇよ?」

 

「ガガッ……!?」

 

 障子を破り、外に出た瞬間、Jの首には細い糸が絡められていた。

 元々、張り巡らされていた糸に気付かず触れたJの首には、どんどん糸が絡まっていく。

 何処かで少年の声が聞こえた気がしたが、今はそれどころではないJは、身体を反らしたり、滅茶苦茶に動き回ったりする事で糸を外そうとするが、糸は絡まっていくばかり。

 幾重にも重なった糸は、今まであった余裕を無くし、キツく締まって行く。

 呼吸が出来なくなり、口から泡を吹きながらも抵抗を続けるJであったが、その動きはやがて止まる。

 

「一人たりとも、逃がしはしねぇよ……っと」

 

 糸の持ち主、ラバックは天井裏から顔を覗かし、Jが動かなくなった事を確認すると、再び天井裏に隠れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シェーレ……シェーレだよな!?」

 

「タツミ……そうですが……私は……」

 

 右手を顔に当て、自身の記憶を手探るシェーレと感動で涙腺が潤んでいるタツミ、そしてシェーレの生存に嬉しさと怪しさを感じるブラートの三人が、今は亡きスカルノフの部屋にいるメンバーだ。

 

「しかし……マインも最後を見た訳ではないが……改造……? いや、なら怪画にする必要が……」

 

 どうもご都合過ぎる展開に俯くブラートであるが、横にタツミはシェーレに手を差し出していた。

 

「まずは此処から脱出することが優先だよ! ほら、シェーレ!」

 

「あ……えぇ。すいません……」

 

 手を掴み、ゆっくりと立ち上がるシェーレ。

 白いワンピースはずぶ濡れになり、彼女の豊満な肉体に張り付くが、仲間との再会に感動するタツミはその事に気付かない。

 逆に言えば、それ程、喜んでいるのだ。

 

「マインの奴も喜ぶぜ? 行こう!」

 

「あっ。おい! タツミ!」

 

 シェーレの手を引っ張って走るタツミに、よろけながらも走り出すシェーレ。

 二人を追いかけるブラートが続き、ラバック達との合流地点に向かう。

 

「マイン……ぐっ!」

 

 しかし、マインという言葉を聞いたシェーレは、途端に頭を抑え、しゃがむ。

 

「シェーレ!?」

 

 すぐにタツミが駆け寄るが、シェーレは脳内の頭痛に耐えることで精一杯で、タツミに返事をすることも、ままならなかった。

 

 シェーレの脳内は駆け巡る記憶の数々。

 セリュー・ユビキタスとの死闘の中、マインを逃がすため、自らの最後の力を振り絞った事。

 ヘカトンケイルによって捕食される直前、狐目の青年に助けられた事。

 青年の側にいたレインコートを来た少女によって回収され、民家に入った事。

 民家内にいたピンク髪の幼女体型によって、身体を接合された事。

 そして青年が帰って来た後、狂った笑みを浮かべた幼女に何か薬を投与された事。

 更に―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ。ヤバイ」

 

「ジーちゃん。どうする?」

 

「押して下さい」

 

「いいや! 限界だ! 押すね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――離れて下さい」

 

 目を見開き、立ち上がったシェーレはタツミを突き飛ばす。

 彼女の行動に、タツミは尻餅を着くが、すぐにシェーレの様子が変わった事に異変を感じ取る。

 

「ブラート。ジーダスの自宅には4階層の地下室が存在します。1階には大量の酒と薬品。2階には実験室と怪画制作室です」

 

「お、おう……?」

 

 冷たい視線で、端的に話し始めたシェーレにブラートは気の抜けた返事しか出来なかった。

 

「それから、彼は『死者蘇生』の薬を研究している模様です」

 

「本当か!?」

 

 死者蘇生、その言葉に喰い付いたタツミに、シェーレは頷く。

 

「詳細は不明ですが、気を付けて下さい。彼は本当の意味で『狂人』です」

 

「あとマインへ伝えて下さい。『ありがとう。すいません』って」

 

 次々と訳の分からない言葉を残すシェーレであったが、彼女は最後にタツミの方を向き、前に彼に見せた笑顔を作る。

 

 

 

 

「それから……タツミ……最後に貴方に会えて良かった……さようなら」

 

 

 

 

「シェーレ……?」

 

 彼女の微笑みを見たタツミの脳内で、何故か、事前に渡されたジーダスについての資料が思い浮かべられた。

 ジーダスの次に書かれていた「イリス・アーベンハルト」についてのページ。

 最後の一文を。

 

『イリス・アーベンハルト 通称:マッドドクター、キラークイーン、爆弾魔』

 

 

 爆弾魔。

 爆弾魔。

 爆弾魔。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、シェーレの身体は爆散した。

 辺りに肉片、内臓、血が飛び散り、タツミとブラートにも大量の血液が付着する。

 突き飛ばされたタツミは幸いにも傷は負わなかったが、彼の受けた傷は外面ではなく、内面だ。

 

 

「え……?」

 

 それはタツミの言葉であったか、ブラートの言葉であったか。

 死んでいたと思われた仲間は実は生きており、直後に爆破された。

 彼女の境遇は僅か一行で表現されてしまう事だが、仲間である二人にとっては、言い表せない程の感情が駆け巡った。

 

 

「―――――――――――!!」

 

 

 声にならない絶叫、表現のしようがない声が館に響き渡る。

 死者の冒涜、仲間への愚弄、狂人畜生、此処に極まれり。

 男二人の咆哮は静まることを知らなかった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

 

 

 

 帝都 ジーダス宅にて、狂いきった幼女の笑い声が、男たちの絶叫を覆い隠す程、夜の闇に響く。

 


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