狂人の面を被った小者   作:狂乱者

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第五話「狂人説明」

「シェーレの怪画が売り出された」

 

 ナイトレイドのアジト、会議室に設置された唯一の椅子に座った、ショート銀髪に眼帯をした女性「ナジェンダ」が静かに告げる。

 ナイトレイド全員に衝撃が走り、静かな殺意が渦巻き始める。

 先日のシェーレが殺された時の報告でさえ、悲しみ、怒りに震え、冷静になろうと必死になっていたのに、あまりにも過酷で残酷な現実が突き付けられた。

 

「怪画って……シェーレはセリューに……!」

 

 ピンクツインテールことマインが叫ぶが、ナジェンダは首を横に振る。

 

「殺される直前にジーダス・ノックバッカーが回収した様だ。ご丁寧に接合までして、販売したらしい」

 

 拳を力の限り握るマインだが、それは隣にいたブラードも同様である。

 彼女以上の力を誇る、彼の握り拳からは血が流れ出ており、怒りを表しているようでもあった。

 

「身内の死を愚弄されては、流石に黙っておけん。今後、ジーダス・ノックバッカーに対する情報集めを強化し、今夜にでもシェーレを救出する」

 

 最も冷静に、しかし心に秘めた殺意を浮かび上がらせながら、ナジェンダは言い放つ。

 新参者のタツミは覚悟を決め、小さく頷く。

 

「それにだ。元々、奴の暗殺以来は、市民、革命軍、共に来ている」

 

「じゃ、じゃあ何で行かないんだよ!?」

 

 タツミの言葉は誰もが思う所であるが、この場で首を縦に振る者はいない。

 ボスであるナジェンダは鋭い眼光をタツミに向ける。

 

「奴が化け物だからだ」

 

 そう言い、立ち上がったナジェンダは手元に置いてあった資料を少年に投げつける。

 慌てずに掴み受けたタツミは束ねられた紙の表紙に視線を落とす。

 

「ジーダス・ノックバッカー財務大臣についての資料……」

 

「説明してやろう。タツミ。これから討つべき敵の事を」

 

 

 

『名前:ジーダス・ノックバッカー

 性別:男性

 保有帝具:不明

 詳細:帝都財務大臣

    帝都の財務をほぼ一人で賄っている敏腕者であり、

    金に拘る異常者

    一定の収益を「怪画」と呼ばれる、

    人間標本を貴族たちに売り払うことで得ている

    残りは「視察」と呼ばれる帝都外の住民を無差別に襲撃し、

    金品を奪い、それを売り払う事で儲けている

    個人的にオネスト大臣に支援しており、強力な後ろ盾を持つ

    帝都内でもある程度の自由が約束されており、私兵の保有、

    専属医の任命、怪画売りの販売許可などが例として挙げられる

   

    吐血する場面が多々、目撃されている事から

    「死病持ち」と推測されているが、詳細は不明

    この事から専属医「イリス・アーベンハルト」が付いている

    (後述)

    また腰に下げた小樽には酒が入っており、常に酒を飲んでいる

    休日には大樽を背負い、そこから酒を摂取している

   

    元々、ノックバッカー一族は帝都に仕えて来たが、

    ジーダスが当主になる直前、彼以外の一族は、

    皆、国家反逆罪との理由で、彼自身の手で怪画とされ、

    売り飛ばされている

    これはイリス・アーベンハルトの一族も同様である

 

    尋常ではない身体能力を誇り、

    一度の跳躍で瞬間移動に匹敵する機動力を持つ

    身体も鋼鉄の様に硬く、銃弾程度では傷一つ付かない

    攻撃を受け止めた時には必ず煙が上がるため、

    機械化も推定される

    握力のみで、人の頭部を軽々と潰した、との報告もあり

    また彼に直接触れた者は、体内のあらゆる部分が消滅し、

    死に絶える

 

    私兵として「ギャオス四天王」なる

    少年少女のみで構成された人組を持っている(後述)

    個人を示す通称として

    「酒銭奴、怪画売り、額縁公、死病」がある』

 

 

「な、何だよこれ……」

 

 数枚、資料を捲ったタツミに焦燥感と呆れが襲う。

 明らかに人間ではない項目の数々に、まずは帝具の存在を疑うが、帝具の項目には「不明」の二文字しか書かれていない。

 

「奴が帝具を使う瞬間を見た者はいない。密偵チームの情報、全てを纏めてもこれだけだ。更に言えば、既に犠牲者も出ている」

 

「えっ……!?」

 

 自分が加入する前にいたメンバーが、ジーダスの手によって死んでいる、という事実にタツミは驚くが、ナジェンダは先読みしたかのように言葉を続ける。

 

「ナイトレイドではない。革命軍の一部だ」

 

 ナイトレイドのボスである彼女は事の瑣末を話し始める。

 

 

 タツミがナイトレイドに入る2年ほど前。

 帝都外に視察という名目で出掛けたジーダス、イリス、ギャオス達は帝都から西にある「サイリョウ」という名の村に向かっていた。

 実際には視察とは名ばかりの「怪画」の材料集め兼収益獲得に過ぎなかったのだが。

 この情報を事前に得た革命軍の一部は、彼らを討ち取るべく、西の異民族の一端と共に、奇襲を掛ける。

 襲撃理由は単純明快、ジーダスが死ねば、国の軍資金が大きく傾く事と、彼によって多くの人物の怪画が生み出されたためだ。

 革命軍の中にも、身内を怪画にされ、売り出された者が大勢おり、彼に対する殺意は充満しきっていた。

 早計だと止める者もいたが、怒りに駆られた彼らを止めることは不可能であり、更にジーダスは視察の際は、必ずギャオスとイリスしか連れない事から、多少の犠牲は出るものの、討ち取る事は可能だと信じていた。

 あの惨劇を目撃するまでは。

 

 

 革命軍300人。

 西の異民族200人。

 計500人はたった7人の狂人たちに、数時間の内に狩られ、その内、200人は怪画として売り出された。

 その後、200人はジーダスが直々に相手をしていた事が判明した。

 

 この敗戦は革命軍にとって、戦力増加に対する負担を大きくさせ、帝都にとって良い見せしめとなってしまった。

 それまでは帝都内でのみ有名であったジーダス・ノックバッカーの名を、帝都内外でも大きく知らしめることにもなり、彼は一躍、良い意味でも悪い意味でも有名人となる。

 

 

 

 

「相変わらずデタラメだよな……」

 

 緑髪でゴーグルを頭に掛けた少年、ラバックがタツミの持っている資料を覗き込みながら発言する。

 彼は前に一度だけ、休日に出掛けた際にジーダスを見掛けたのだが、その風体は異常としか称せないものであった。

 

 大樽を背負い、更に樽の上には笑い狂うピンク幼女を乗せ、平然とした顔で、周囲の視線など全く気にせずに闊歩する様は、さながらイカれた大道芸人でも見えた。

 ただ彼の纏う、何とも言えない狂気は素人ながらに感じ取れたものだ。

 

「前にイリスと殺りあったが……村雨が効かなかった」

 

 右手首に包帯を巻いたアカメは背中に刺した村雨の柄を眺めながら、首斬りザンクの時に対峙した、あのイカれ切ったピンク幼女を思い出す。

 

「やはりイリスもジーダスと同様の秘密があると見るべきか……セリュー・ユビキタスの様な改造が、最も可能性が高いが……」

 

 ナジェンダは左手を顎に当て、考えるものの、答えは一向に出ない。

 そもそも情報が少なすぎる状態で、答えなど出るハズがないのである。

 思案を止め、ボスである彼女は立ち上がる。

 

「タツミはその資料を頭に叩き込んでおけ。今はまだ奴を仕留めるには戦力不足だ。私情に狩られ、仲間を失う時ではない」

 

「しかし、来たるべき時、奴らには報いを受けて貰う。受けるべき、必然の報いを」

 

 決意の篭った瞳で前方を睨むナジェンダは一呼吸置き、今夜の作戦を話し始める。

 

「だがまずは、仲間の救出を優先する。シェーレを攫った者は「スカルノフ」という、皇拳寺の拳法家だ」

 

 仲間であるシェーレの事を「買った、売った」ではなく「攫った」という辺り、ナジェンダが仲間を大事に思う気持ちが汲み取れる。

 全員、その事は理解していたため、ツッコむ者などいない。

 いや、いる訳がない。

 それは仲間に対する冒涜になってしまうのだから。

 

「コイツは市民からの暗殺以来も兼ねている。しかし、帝都側も我々がシェーレを救出する事を考え、警戒を強化している可能性もある。故に、今回はマイン、アカメを除いた全員で行くぞ」

 

 ギリッと歯を食いしばるマインであったが、あえて発言はしなかった。

 暗殺家業で生きてきた彼女は餓鬼ではない。

 現状の己では皆の足手纏いでしかないため、我が侭を言う訳にもいかないのである。

 対するアカメは寂しそうな目でリーダーの言葉に頷く。

 

「場所は色町の南にあるスカルノフの自宅だ。まず、レオーネに先陣を切って貰う。そのまま囮として暴れてくれ」

 

「了解っ! 任せな!」

 

 敬礼のポーズを取った後、レオーネは両手を何度も握り直す。

 彼女の動きを見た後、ナジェンダはラバックへと視線を動かす。

 

「ラバック。お前は脱出経路の確保をした後、レオーネのサポートと逃げ出そうとする者の始末を頼む」

 

「了解。ナジェンダさん」

 

 ラバックは己の帝具である「千変万化 クローステール」の糸を指に絡ませながら、答える。

 彼の返事に頷き、最後にタツミとブラートの方に首を向ける。

 

「ブラート、そしてタツミにはスカルノフの殺害、シェーレの奪還を任せる」

 

「了解だ」

 

「あぁ。任せてくれ!」

 

 静かに、しかし熱く答えるブラートと言葉でも熱さをぶつけるタツミに、彼女は頷く。

 

「場所が帝都内だけに時間は掛けられない。短時間で行え」

 

その後、解散を行い、その場を離れる。

 レオーネが右手の握り拳を左手にぶつけながら、退室し、右腕を包帯で固定しているマインも続く。

 そうして全員が立ち去った後、タツミも資料を捲りながら、会議室を後にした。

 

 

 

またタツミが後で確認したイリスとギャオス四天王の情報を載せておく。

 

『名前:イリス・アーベンハルト

 性別:女性

 保有帝具:不明

 詳細:ジーダス・ノックバッカーの専属医

    実年齢はジーダスの2つ下であるが、体型は幼い子どものまま

    ジーダスの指名で軍医という形で帝都に従っている

    天才的な腕を持ち、

    即死以外の生命を全て救う程の技術を持っている

    常にハイテンションで笑っており、

    時折、自分を卑下する発言が見られる

    

    イリスもジーダス同様、超人的な身体能力と防御を誇る

    また爆発する針らしき物を武器として保有しており、

    主に投擲して使う

    

    アーベンハルトの一族は、

    古来よりノックバッカー一族に仕えてきた

    彼女もまたその例に漏れず、

    ジーダス・ノックバッカーに忠誠を誓っている

    アーベンハルトの一族はジーダスが

    ノックバッカーの当主になると同時に、

    彼によってイリス以外、全員怪画にされ、売られている

 

    通称「マッドドクター、キラークイーン、爆弾魔」』

 

『ギャオス四天王

 詳細:ジーダス・ノックバッカー、イリス・アーベンハルトに

    忠誠を誓う5人の少年少女

    皆、年端もいかぬ子どもばかりである

    四天王なのに5人いる

    ジーダスの私兵であり、

    保有はオネスト大臣により許可されている

    それぞれ強力な武具を仕込んでいる』

 

 

 

 

 

 

同時刻 帝都

 

「ふーむ……」

 

「にききききき。動いちゃやだよー。私みたいな価値のない屑がやるお注射だから、変なとこに刺さっちゃうよー」

 

 イリスの自室兼研究室で、ジーダスは定期薬を注入されていた。

 差し出した右腕を机の上に乗せ、そこにイリスが取り出した注射器の先端を突き刺す。

 中に入った無色透明の液体が、ゆっくりと流れ、血管を通って彼の体内を巡って行く。

 やがて液体が無くなった後、イリスは注射針を引き抜き、今度は自分の左腕に別の注射器を打ち込む。

 ジーダスはすぐに袖を伸ばし、1日3回の日課を終わらせる。

 

「この間の革命軍の拠点襲撃ではロクな金が稼げませんでやがりましたねぇ……」

 

「んひゅひゅひゅひゅ……貧乏極まれり! つー奴だね! 私はお金が無くてもクズだけどねーん!」

 

 ハイテンションながらも、注射器を持つ手は全く震えず、一切の無駄なく、薬の投与を終えるイリスからは、腐っても天才である事を知らされる。

 いつもの光景を見ながら、ジーダスは言葉を投げかける。

 

「ねぇイリス。スカルノフさんの所に護衛を置くべきでしょうか?」

 

「誰それー?」

 

「この前、オークションでナイトレイドの女を買った人ですよ。あの人、結構良い顧客なんですよねぇ」

 

「なら助ければー? 別に私はどーでもいいけどさぁー! ふひひひひひ! だって私はこの世で最も価値がないもの! そして私はジーちゃんの道具だもの! うっひょう! 仲間ではないよー!」

 

 更なるハイテンションに戻りつつあるイリスを他所に、ジーダスは脳内で1つの答えを浮かび上がらせる。

 顧客を守らせるには、やはり護衛を付けるしかない、と。

 ついでに護衛料として、膨大に吹っかけてやろうとも。

 

「まぁ、道具でしょうねぇ……分かりました。ではJとGに任せましょう」

 

 狂人は笑顔を浮かべ、イリスの部屋を後にし、2人の個室へと向かう。

 その後、2人を引き連れ、スカルノフの所に護衛派遣と称し、大金を吹っかけるのは、数十分後の出来事である。

 

 

 

 

深夜 帝都 色町 スカルノフ邸

 

 巨大な敷地内に設置された和風の豪邸では、黒服を着た男たちが所狭しと、銃を持って警備を行っていた。

 大金を叩いてまで自分たちを雇った主と、ある商品を守るためである。

 その数、実に100人に及ぶが、それでも豪邸の全てをカバーするには至らない。

 故に、持ち場を決め、索敵範囲を決めることで警備を行っているのだ。

 

 夜なのに明るい色町の、スカルノフ邸から少し離れた民家の上、ベルト型の帝具「百獣王化 ライオネル」によって獣化したレオーネが冷めた視線で、目的地を眺めていた。

 

「さてと……そろそろ行くかな」

 

 仲間との約束の時間は来た。

 民家の屋根上で脚を曲げ、勢い良く刎ねた彼女は、一種の弾丸である。

 目的はスカルノフ邸自慢の中庭。

 かなりの広さを誇る中庭ならば、目立って暴れるのに適している故に、彼女はそこを選んだ。

 そして本人の望んだ通りに、中庭の中央に存在していた池に着水する。

 衝撃で池の水は跳ね上がり、瞬間的に地面が見えてしまう。

 

「な、何だっ!?」

 

 すぐさま近くにいた男たちが銃を構えて、様子を伺う。

 水飛沫が舞う中、レオーネは大胆不敵に笑む。

 

「さぁ、お仕事の時間だ」

 

 

 

 

「な、何事だっ!?」

 

 スカルノフ邸の奥、30畳という途方もない大部屋の真ん中で騒ぎ立てるのは、この屋敷の主である「スカルノフ」である。

 側には白いワンピースのみを着せられたシェーレの怪画と全身黒ずくめの少年、緑の長髪で殺人的な肉体美を誇る少女が立っている。

 

「おっ!? 敵が来た!? ナイトレイドの殺し屋きたーーー!?」

 

「ちょっ! 待ちやがれ!」

 

 はしゃぐ緑髪のGは己の欲望のまま、部屋から飛び出し、Jの制止も聞かずに中庭へと駆けて行く。

 残されたJは右手で顔を抑えながら、溜息を吐く。

 

「あのバカが……」

 

「お、おい! 他の奴らが来たらどうするんだ!?」

 

 ボディーガードが1人消えた事に焦るスカルノフであったが、Jは見下した視線で、雇い主を見る。

 普通、雇い主であれば、多少の敬意は払うものであるが、彼は「そんなことは知らん」とばかりに言葉を吐く。

 

「黙れ屑が。テメェは俺が守ってやるから、そこで大人しくしてな」

 

「なっ、なっ、なぁー!?」

 

 自分よりも遥かに年下の餓鬼に嘗めた態度でバカにされ、スカルノフは憤慨し、何か言い返してやろうと、言葉を探す。

 そんな彼が憤る背後で、空間が僅かに揺らいだのをJは見逃さなかった。

 

「どいてろ! 屑!」

 

「のわぁ!?」

 

 スカルノフの襟首を掴み、シェーレ怪画の側に放り投げ、揺らめいた空間のあった場所に対峙するJ。

 彼の咄嗟の行動に、奇襲を掛けようとしていたブラートが姿を現す。

 

「やるじゃねぇか。流石はジーダスの私兵だけはあるな」

 

 「悪鬼纏身 インクルシオ」を纏い、眼前に立つ姿はまるで正義の仮面のヒーロー。

 されど、彼は己の信じた道のために、殺しを行う集団の一人である。

 その圧倒的な存在感に、Jは思わず唾を飲む。

 

「ボスの名を気安く喋るんじゃねぇ。屑鉄風情が」

 

「なら訂正させてみな。餓鬼」

 

 インクルシオの副武装「ノインテーター」と呼ばれる槍を持ち、構えるブラートと両手の平から白く太い棘を突き出し、血走った目で対峙するJ。

 一触即発の空気の中、ブラートが叫ぶ。

 

「タツミ!」

 

「おう!!」

 

「!?」

 

 Jとスカルノフの意識が完全にブラートに向けられている中、屋根裏から剣を構えたタツミが、スカルノフ目掛けて飛び掛る。

 

「チィッ!!」

 

 すぐさま転身し、雇い主の下に向かおうとするJだが、その隙を逃す程、ブラートは甘くない。

 

「余所見すんなよっ!」

 

「ゲハッ……!!」

 

 ノインテーターによる鋭い突きは、Jの予想速度を遥かに越え、彼の腹部を容赦なく貫く。

 白目を向き、吐血する少年だがブラートに慈悲の念はない。

 

 

「ひゃいっ」

 

 Jが醜態を晒している間に、情けない声を上げ、スカルノフの頭が胴体に別れを告げる。

 タツミの一閃が決まり、残された胴体からは血が噴水の如く溢れ、力無く横たわる。

 標的の死亡を確認すると、すぐにタツミは兄貴と慕うブラートの方に視線を向け、彼の安否を確認する。

 幸い、というより余裕で無傷な兄貴は、膝から崩れ落ちるJの腹部から槍を引き抜いている所であった。

 

「おっし! 任務完了!」

 

「お見事だったな。タツミ」

 

「兄貴の囮作戦のお陰だね!」

 

 喜びつつも、周囲の警戒を怠らない二人は暗殺者の鑑と言えるだろう。

 だが、周囲には人気は無く、あるのは二つの死体のみである。

 ブラートはあまりにも呆気ないJの最後に、何処か違和感を覚えていたが、今はシェーレを運ぶことを優先する。

 良く見れば、タツミの手にはナジェンダから借り受けた手袋を嵌めている。

 これはホルマリン液を防ぎながらシェーレを救出するためである。

 とはいえ、目論みではインクルシオを纏ったブラートが運ぶ手筈になっているのだが。

 

「よし。シェーレを救出するぞ。まずはガラスを破るか……」

 

 ブラートが拳を構える横で、タツミは水槽内に浮かぶシェーレの顔を見て、彼女との記憶を思い出していた。

 初めて会った時は天然な人だと思っていたが、彼女の部下として配属され、彼女の過去を聞いている内に、ナイトレイドという物を少しずつだが理解出来てきた事。

 死んだ仲間は生き返らないと言われ、改めて故郷の仲間に会えない事を悟り、一人で泣いていた時、優しく抱きしめてくれた事。

 今となっては、彼女の存在はタツミにとって大事な物であったと言える。

 気が付けば、タツミの両目からは一筋の涙が出てきていた。

 

「シェーレ……」

 

 だが、泣いているのは彼だけではなかった。

 

 

 

 

「刺し殺す……」

 

 

 

 

 小さい言葉であったが、喧騒が遠くで聞こえる、この部屋では十分に聞こえる音量だった。

 ブラートは構えを解き、再びノインテーターを構え直し、声の方向、ゆっくりと起き上がるJに先端を向ける。

 タツミも一瞬で意識を戻し、剣を構える。

 

「刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す……」

 

 両手をだらしなくぶら下げ、俯いたまま、身体をゆっくりと左右に揺らすJからサングラスが落ちる。

 既にブラートの一撃の余波で壊れていたサングラスは拾わず、彼は動きを止める。

 

「刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す…………」

 

 腹部に開いた穴から流れ出る大量の血液が、彼が人間である証拠だが、瀕死の状態でも立ち上がる事が、彼を化け物である事を証明していた。

 「刺し殺す」を連呼するJは、顔を上げる。

 

 

 

 

「皆殺しだ」

 

 

 

 

 眼から血涙を流し、あらゆる血管が皮膚から浮き出た、彼の顔は化け物としか言い様がなく、まだ新人であるタツミは勿論、幾つもの戦場を渡り歩いて来たブラートでさえ、一瞬、恐怖を覚える程だ。

 

「皆殺し……そう……皆殺しだよォォォォォォ!! ジャイガァァァァァァ!!」

 

 嵐の前の静けさを掻き消し、暴風雨となった感情と共に、彼の全身という全身から白く太い棘が生えてくる。

 顔に至っては、目、口、鼻、耳を除き、所狭しと棘が生え揃い、表情すら読み取れなくなる。

 ただ、声色で彼が怒り狂っている事は容易に判断出来るが。

 黒ずくめだった服は破け、形振り構わない格好となったJは己が扱う「帝愚」の名を叫ぶ。

 

「構えろタツミ! 来るぞ!」

 

 先制攻撃を仕掛けるつもりであったブラートだが、Jの狂気に押されてしまい、一歩遅れる。

 弾丸の如く速度で跳ねたJはブラート目掛けて突っ込む。

 狙いが自分だと理解したブラートはノインテーターでJを上空に弾こうと、槍を少し下げるが、彼の射程範囲に入る直前、Jは異常な速度で方向をタツミに向ける。

 

「ッ!?」

 

 驚くタツミであったが、彼も伊達にナイトレイドでやっている訳ではない。

 構えていた剣で迎撃態勢に入るが、Jはタツミの前方で飛び、少年を避ける。

 

「なっ!?」

 

 Jが狙ったのはブラートでもタツミでもない。

 では誰か?

 答えは一つのみ。

 

「シェーレ……!!」

 

 タツミが叫ぶ中、Jは水槽に突撃し、ガラスをぶち破る。

 だが幸いにも、直前でブラートのノインテーターがJに届き、僅かに軌道をずらしたことで、シェーレの身体に傷が付くことは無かったが、割られたガラスの中から、大量のホルマリン液が流れ出す。

 体に有毒な液体であるホルマリン液の事は、ナジェンダから聞いていたタツミはすぐに後方に飛ぶ。

 インクルシオを装着しているブラートは構わず進み、液体と共に流れてきたシェーレの身体を抱きかかえ、すぐさま液体の範囲から離れる。

 

「そのクズは! テメェら、クズ共の目の前でグッチャグチャにしてやんよォォォッ!」

 

 Jは怪画であった水槽を挟み、二人を睨み、狂気に駆られ、狂気の赴くままに吼える。

 しかし、暗殺者の二人を激怒されるには十分な一言であった。

 

「すまない。シェーレ。3分だけ待ってくれ」

 

 シェーレを床に優しく置き、ブラートは狂人に対峙する。

 隣には冷酷な瞳になったタツミが並び立つ。

 

「何処まで人をバカにしやがる」

 

「だったら先にテメェを」

 

「「殺す」」

 

 剣と槍の先端が、同時に狂人に向けられる。

 棘だらけの狂人は声にならない叫びを上げ、再び飛び掛る。

 シェーレを巻き込まぬよう、二人の漢は狂った獣の討伐に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっひょー! あの獣のねーちゃんやるぅー!」

 

 Jの状況など露知らず、Gは黒服を千切っては投げ、千切っては投げの活躍をしているレオーネを見て、一人はしゃいでいた。

 見世物になっている黒服たちからしたら、堪ったものではないが、金を貰っている以上、彼らには雇い主を守る義務が発生する。

 されど、レオーネの武神の如き攻撃に生存本能を優先させ、逃げる者も多い。

 

「おっと」

 

「がぐっ!?」

 

 レオーネに向かって行った者はレオーネに潰され、彼女に立ち向かわず逃げようとした者は全て、空間に張り巡らされた糸によって首を切断され、死んでいく。

 豪邸の屋根裏に侵入しているラバックが、幾つものクローステールを網目状に張っておき、逃亡者の一人をも許さない状況を作り上げていた。

 

 ラバックの存在には微塵も気付かないGは、逃げる訳でも、すぐさま闘いに行く訳でもなく、黒服が消えてなくなるのを、ただただ待っていた。

 やがて最後の黒服を殴殺したレオーネの前に、嬉々とした表情のGが降り立つ。

 

「いやー! 強いねー! おねーさん! 名前は!?」

 

「他人に名前を聞く時は、まずは自分から名乗れよ」

 

 数分とはいえ、大の大人を何人も相手にしながらも、レオーネは全くの息切れをせずに答える。

 彼女にとって、この程度は日常茶飯事であり、ウォーミングアップ程度で済んでいた。

 

「そりゃそうか! 私はオヤジに従う「ギャオス四天王」の一人!「G」って言うもんだよ! 宜しく! そして死ね!」

 

 相手の返事を聞かない内に、Gは持っていた包丁らしき刃物を構え、身体を捻りながら飛び掛る。

 不意打ちではあったが、準備運動を終えたレオーネに、しかも正面から仕掛けるには不十分であったと言わざるを得ない。

 

「甘いなー。甘い甘い」

 

「ほえ?」

 

 身体を僅かに横に動かす事で攻撃を交わしたレオーネは、そのまま地面にGを叩き付ける。

 ライオネルで強化された腕力によって放たれた肘討ちは、地面にクレーターを作る程の威力であり、Gの身体、内部に絶大なダメージを与えるには十分であった。

 

「ハッ! ジーダスの私兵もこんなもんか」

 

 一撃で潰されたGに拍子抜けしながら、レオーネは止めを一撃を放つべく、彼女の身体をクレーターから引きずり出そうとする。

 だが、地面に顔を埋めたまま、緑髪の少女は叫ぶ。

 

「だったらー……切り潰せ! ギロン!」

 

 瞬間、レオーネの獣の本能は危険を察知し、クレーターから飛び退く。

 直後、クレーターの中心にいた少女は飛び起き、巨大化した包丁を振り回す。

 虚しく空を切るだけの攻撃であったが、レオーネを退かせる事が目的だった彼女の企みは成功した。

 

「オヤジをバカにしたな……? テメェ、ぶっ殺してやらぁぁぁぁぁ!!」

 

 飛び出したGは、推定2mはある巨大包丁を力任せに振るい、レオーネの命を刈り取ろうとするが、単調な攻撃に当たる彼女ではない。

 しゃがむ事で斬撃を回避し、右手による掌底撃ちを顎に放つ。

 空中かつ、怒りで攻撃が散漫になっていたGに回避する手段はなく、顎にマトモに掌底撃ちを喰らい、無様に宙を舞い、地面に背中から着地する。

 

「ぐぐぐ……このド畜生がぁ……」

 

「おいおい。本気出してこの程度かよ……」

 

 流石に呆れてきたレオーネは、とっとと終わらせるべく、Gに近づき、殴打、蹴りの連打を放つ。

 包丁の側面を向け、最初の数発はガードするものの、すぐに防御範囲を見破ったレオーネの攻撃は、Gの身体、顔に当たっていく。

 一発一発が必殺の威力を誇るものの、決して包丁を手放さなかったのだ、彼女の頑張った点であろう。

 

「これで終わりだっ!」

 

「ッ!」

 

 反撃の隙が無いことを確認したレオーネは、一瞬、蹴りを溜める。

 確かに、反撃は出来ないがガードする事が出来たGはギロンの面を己の前に突き出し、蹴りに備えるも、すぐに無駄であったことを悟ってしまう。

 レオーネの鋭く重い蹴りは、ガードしていたGを包丁ごと吹き飛ばし、後方に存在していた縁側に押し込める。

 

「さて、ブラートとタツミの奴はやったか……?」

 

 完全にGを仕留めたレオーネは反対方向にいるであろう、ブラート達の方を眺める。

 目を凝らすが、幾重にもある障子が邪魔で奥の様子は全く見えない。

 仕方ないので、潜んでいるラバックと共に退路の確保に乗り出そうと動き出した時である。

 

 

 

「…………きひっ。オヤジ……ごめん。抑えきれないや」

 

 

 

 壊れ果てた館の一角を、剣閃の風圧のみで吹き飛ばしたGが満面の笑みで呟いていた。

 レオーネの攻撃で既に満身創痍であるが、包丁、ギロンを掴む手だけは離さず、笑みを浮かべていた顔は徐々に歪んだ笑顔へと変化する。

 

「切り晒し切り殺し切り笑い切り犯し切り並べ切り狂い切り切り切り切り切り……」

 

 爆風に反応したレオーネは口笛を吹き、まだ生き残っていたしぶといGを見る。

 対するGも自分を瀕死まで追い込んだ相手を見て、口から血を垂らしながら言う。

 

 

 

「切り殺す」

 

 

 

 

 

 

同時刻 ジーダス邸

 

「ねーねー。ジーちゃん。もう押していい?」

 

「まだダメですよ」

 

 




「帝愚」は誤字ではありません。

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