狂人の面を被った小者   作:狂乱者

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第四話「守銭正義」

 

「んー。そろそろナイトレイドの皆さんに、本格的に狙われ始める頃でありやすかねー」

 

 暖かな陽光が窓から差し込む中、自宅のリビングにある机の上で、頬杖を突きながら、溜息混じりに、Yシャツ姿のジーダスは呟く。

 手元には小樽一杯の酒が入っており、思案を中止すると同時に、一気に飲み干してしまう。

 小樽を置いた机上の上には、他にも「首斬りザンク」の怪画の値段表が、作成中のまま置かれていた。

 ちなみに彼の所有していた帝具「スペクテッド」は宮殿の人間に渡してある。

 

「ジーダス様。どうする? ナイトレイドとか言う暗殺集団、皆殺しにする?」

 

 レインコートの少女は、おやつ代わりのパンを自分の主に差し出しながら、尋ねる。

 自身の大事な主が一言命じれば、どんな相手だろうが殺すという壮絶な覚悟を、呆気なく口に出す。

 

「Bですか。まぁ、保存っつー手もありやがりますがー……やっぱり依頼があるまでは止めておきますかね。オネスト大臣も、北からエスデス将軍を呼び寄せたみたいですしー」

 

「あの女かー……」

 

 レインコート少女ことBは、昔、ジーダスと共にエスデスに会った記憶を思い出すが、不愉快極まりない事だらけのため、すぐさま封印し、ジーダスと出会うまでの記憶を引っ張り出す。

 

 

 

 かつて少女は帝都外の国に暮らす、平凡な人であった。

 野盗により家族を殺され、孤児院に入っていたが、上手く友達が出来ない少女は、常に虐められていた。

 ハーフだとか、変わった点があるとかは一切なく、ただ単に虐めの対象として選ばれただけであった。

 最初の頃は、一つ年上のピンク髪の可愛らしい少女に救われた場面もあったが、結局は変わらず。

 むしろ、その女の子まで虐められるようになってしまった。

 以降の彼女は24時間体制で虐められ続け、とうとう精神を病むまでに至る。

 苦しい現実と先の無い未来に絶望した少女が下した答えは「自殺」である。

 自ら命を絶つため、台所に忍び込み、包丁を拝借し、震える手で額に向けようとするが、涙が溢れて止まらなかった。

 何故、自分がこんな目に遭わなければならないのか。

 何故、自分が選ばれたのか。

 何故、世界はこんなにも辛いのか。

 過酷な現実から逃げるため、彼女は意を決し、包丁を握る手を強める。

 目を見開き、手を動かそうとした瞬間。

 

 

「見ぃつけた」

 

 

 粘っこく、嫌らしく、でも何処か安心出来る声が聞こえ、同時に彼女の持っていた包丁は、頭との間に入った手によって遮られる。

 包丁は掌を貫通し、血液が流れ出るものの、手の持ち主は平然と反対の手で、包丁を奪い取る。

 

「ひっさびさの痛みですねぇ。まぁ、説得にはインパクトが重要でやがりますしねぇ」

 

 包丁を放り投げ、狐目の男性は少女の前にしゃがみ込む。

 流血している手よりも、自分の顔に少女の意識を集中させるべく、笑顔のまま、顔を近づける。

 少し脅えた少女であるが、彼の出す笑顔に恐怖と驚きの表情を浮かべ、唾液を飲み込む。

 

 

「貴女。私のために死にやがって下さい」

 

 

「……へ?」

 

 これがBとジーダスの出会いである。

 後に詳しい話を聞くと、元々、ジーダスは孤児院に何度か足を運んでいたらしい。

 そこでBに出会い、彼女に目を付けていた、とのこと。

 自殺直前に現れたタイミングは、B曰く不明だが、今の彼女にとって、 そんな些細な事はどうでも良い。

 自分を救ってくれたジーダスには感謝してもしきれないのである。

 こうして同じような子どもを、他にも4人集め、用心棒として育て上げたのが「ギャオス四天王」である。

 でも、四天王なのに5人いるのは、最大の謎である。

 

 

 

「さーて、ではでは……っと。オーガさんの怪画がナイトレイドの連中にバレましたねぇ。あの麻薬組織の方々、多少は良い顧客だったんですが……仕方ねーです」

 

 Bに聞こえるような独り言を言い、ジーダスは椅子から降り、立ち上がる。

 飲み終えた小樽を腰の専用ベルトにくっ付け、伸びを行う。

 

「ちょっくら様子見を……おぉ? これは面白くなってきやがりました」

 

「どうかしたの?」

 

 Bは可愛く首を傾げるが、ジーダスは彼女の仕草など気にも留めず、スーツの上着に袖を通す。

 

「あの正義狂いがナイトレイドの2人と闘い始めました。これは上手くいくと……良い金儲けになりやすよ」

 

「おぉ! ボクもお供します!」

 

 すぐさまレインコートのフードを被り、Bは支度を開始する。

 そこへ丁度、自室から出てきたGと出会ったため、ジーダスは準備をしながらGに伝言を頼む。

 

「G。すみませんが、宮殿に連絡をお願いします」

 

「ほぇ? 何て言えばいいの?」

 

「ナイトレイドの怪画を売ります……と」

 

 レインコートとスーツの二人は家を飛び出し、常人を軽く越えた速度の跳躍力で、目的地へと爆進する。

 

 

 

 

 

 

数分後 帝都内

 

「間に合いました!」

 

 正義狂い美少女こと、「セリュー・ユビキタス」の操る生物型帝具「ヘカトンケイル」の右腕を切断し、囚われていたピンクツインテールの銃使い「マイン」を救った、帝具「エクスタス」の使い手、「シェーレ」は安堵の息を吐く。

 もう少し遅れていれば、可愛らしい美少女の肉塊が1つ、出来上がってしまうところだったからだ。

 己の操るエクスタスは、あらゆる物を切断する大鋏型の帝具である。

 相手が生物型帝具のヘカトンケイルだろうが、関係ない。

 

 マインは相方である銃型帝具「パンプキン」と共に、切断されたヘカトンケイルの右腕の下敷きになっているが、彼女の身体能力があれば、1秒と掛からず脱出は出来る。

 セリューは先程の攻防で、両腕を切断され、隠し武器と思われた両腕の機関銃すら破壊されている。

 後は、彼女が呼んだ助けが駆けつける前にマインと共に逃げるだけ。

 

「さぁ。マイン。逃げ――――」

 

 完全にナイトレイドが優勢と思われた現状に、起死回生の銃声が響く。

 マインに手を差し伸べていたシェーレの動きが止まり、目を大きく見開く。

 マインは目の前にいるシェーレの左胸に、突如として出来た穴を眺めることしか出来なかった。

 

「身体が……動かな……」

 

 態勢を立て直したヘカトンケイルの幾重にも並んだ口がシェーレに迫る。

 呆然とするマインとシェーレを見て、口から銃口を覗かせた狂人は、畜生の笑みを浮かべる。

 

 

 

              正 義 執 行

 

 

 

シェーレの上半身に噛み付いたヘカトンケイルは、そのまま顎を振り上げる。

自然と胴体が真っ二つに分かれたシェーレは痛みを感じるより先に、己の相棒が手の内にあることを確認した。

 

「シェ……シェェェェレェェェェェェェェェェッ!!」

 

 絶叫しながら立ち上がり、復讐と殺意に飲み込まれた少女は、涙が流れる瞳で眼前の敵を睨む。

 悪鬼羅刹すら霞む勢いであったが、それでも己が正義を信じて止まない狂人を怯ませるには足りなかった。

 蟲を見下すような目で、悪が死んだことが嬉しくて仕方ない目で、セリューは笑う。

 

「くはっ」

 

「よくも……よくもシェーレを……!!」

 

 ヘカトンケイルに掴まれた際に折られた右腕が痛むが、マインの憎悪はその程度では止まらない。

 

「折られたぐらいでぇ……ッ!!」

 

 パンプキンを持ち上げようとするが、その前に十数人の男たちの声が、後方から聞こえてきた。

 

「おい! こっちだ! 交戦しているぞ! もっと応援を呼べぇ!!」

 

 それはマインにとっては聞きなれない声であり、セリューにとっては聞きなれた声である。

 帝都警備隊員たちが駆けつけ始めたのだ。

 狙撃手であるマインは右腕を折られており、満足に帝具を扱えない状態である。

 絶体絶命が彼女を襲う。

 

 その時―――――――

 

「エクス……タス……」

 

 ヘカトンケイルから放たれる強烈な光が、周囲を包み込む。

 それはシェーレがエクスタスの奥の手である、閃光を放った結果である。

 事情を知らない警備隊員たちには、何かの作戦と警戒させ、セリューには、まだ力が残されていたことを驚かれ、マインにとっては、仲間であるシェーレが最後の力で自分を逃がそうとすることを知らせる光であった。

 マインにとって何よりも優しく感じた光は、シェーレの最後の表情をマインの脳に焼き付けるには十分だった。

 

「今のうちに逃げて下さい……マイン……!」

 

「でもっ……ぐぅっ!!」

 

 シェーレの覚悟を無駄にする訳にはいかない。

 殺し屋家業の彼女らにとって、仲間の死は来るべき必然。

 でも、それでも、出来ることなら巡り合いたくなかった必然でもある。

 声を押し殺し、マインは逃走する。

 

「コロ!! 早くソイツに止めを!!」

 

 セリューが叫んだ事で、ヘカトンケイルはシェーレを再生した右腕に持ち替え、大口を開ける。

 

 

「(ナイトレイド……私の居場所……楽しかったなぁ……)」

 

 目を閉じ、穏やかな表情のまま、シェーレは仲間たちと過ごした日々を思い出す。

 走馬灯は、彼女の全てを思い出させるのではなく、幸せな毎日を思い出させるだけに留まった。

 

「(すいません……タツミ……もう抱きしめてあげられません……)」

 

 一筋の涙を流しながらも、美しい顔を保ったまま、シェーレの人生は終わりを告げる。

 

 

 

 

 

 

「申し訳ない。ちょっと待ちやがって下さい」

 

 

 

 

 

 瞬間、ヘカトンケイルの身体が真横に吹っ飛ぶ。

 巨大な犬が邪魔だった青年の蹴りは、一発で生物型帝具を数十メートルも蹴り飛ばしたのだ。

 吹き飛んだヘカトンケイルの蹴られた部分は抉れ、致命傷を負わされた狂犬は無様に民家の壁に叩きつけられ、手放されたシェーレの上半身は、1人の青年によって抱きかかえられる。

 女性の持っていたエクスタスは地面に突き刺さるが、青年ことジーダスは気にも留めない。

 

 

「は……はぁぁぁぁぁ!?」

 

 絶叫に似た声を上げたのはセリュー・ユビキタス、その人である。

 両腕を失いながらも、痛みによる絶叫などなく、目の前で起きた出来事に叫ぶばかり。

 

「え……?」

 

 既に大量の血液を流しながらも、シェーレは目の前の男性を視界に収めた。

 狐目に黒いスーツ姿の男性は、右手でシェーレを抱きかかえると、地面に落ちていた下半身を見つけ、左手で拾う。

 

「良かった。この程度ならば接合できやすねぇ。B。彼女を運んで下さい」

 

「あいあいさー!」

 

 Bはシェーレの切断面に触れないように、上半身と下半身を両脇に抱きかかえると、地面を蹴って移動しようとする。

 

「待てよ!!」

 

 言葉よりも先に、口内の銃弾を飛ばしてきたセリューが叫ぶ。

 発射された銃弾は全て、ジーダスの頭部に当たるものの、煙が発生するだけで、彼は意にも介さず、Bに運ぶことを命じる。

 驚いたBはセリューを一睨みすると、そのままシェーレを回収し、消え去ってしまう。

 

「待てっつってんだろぉ!? お前も悪の仲間だったのかぁ!? ジーダス・ノックバッカー!!」

 

 殺意に満ちた表情で叫ぶセリューに、周囲にいた警備隊員は及び腰になるが、殺意をぶつけられた本人であるジーダスは欠伸をする程度に落ち着いていた。

 

 

「セリュー・ユビキタスさん。ご安心を。ナイトレイドのシェーレは怪画にして、売り飛ばすだけです。美女は無条件かつ高値で売れますからねぇ。更に、巷で有名なナイトレイドの一人とあっては、どれだけの値が付くか。儲けはしっかりと帝都の軍資金にしますし」

 

「そんな御託はどうでもいい! 悪は滅しなければダメなんだ! 売り飛ばす等、言語道断!! 悪は滅びてこそ悪! その売れた金を帝都に献上したとしても! 悪によって儲けた金など使いたくない! 私の正義が汚されてしまう!!」

 

 切断面から血液を流しながらも、立ち上がり、ジーダスの元へと歩いていくセリュー。

 彼女の正義論はその間も延々と続けられ、警備隊員たちはセリューの怪我の心配より、一刻も早く、この狂った空間の脱出を願った。

 

「悪を滅する事こそ、私の正義だ! お前如きに邪魔されてなるものか!」

 

 とうとうジーダスの目の前まで来たセリューは、再び口内の銃口を顔面に向ける。

 正義に狂った少女の演説、ここに極まれり。

 避けようとしないジーダスの言葉など待たずに、至近距離での発砲を開始する。

 何発もの銃弾が青年の顔にぶつけられ、その度に強い煙が周囲を埋め尽くしていく。

 

「お、おい。流石にマズいんじゃないか?」

 

 ジーダスの発言が本当ならば、セリューは貴重な人材を攻撃していることになる。

 何より、オネストに個人的に支援しているジーダスを殺すことは、大臣を敵に回すことと同意だ。

 流石にマズいと判断した、セリューの仲間たちは彼女を止めるために走り出す。

 

 やがて弾丸を撃ち尽し、銃口を体内に仕舞ったセリューが息を荒くして笑い始める。

 

「あは……あはは……ほら。やっぱり悪は滅びる定めなんだぁ……! あははは……!」

 

 あどけない少女本来の笑顔で笑い続けるセリュー。

 辺りを包んでいた煙が晴れ始め、そこには死体になったジーダスの姿が――――

 

 

 

 

「満足しやしたか? お嬢さん」

 

 

 

 

 開眼し、汚物を見るような見下した視線を向けるジーダスの顔が、そこにあった。

 

「ッ……!!」

 

 今まで感じたことのない恐怖と悪寒が、セリューの全身を駆け巡る。

 様々な悪と会って来た彼女だが、これ程の恐怖を覚えるのは初めてだった。

オーガ隊長との初邂逅、Dr.スタイリッシュに改造される前でも、恐怖など微塵も感じなかった少女に、見るだけでジーダスは恐怖を与える。

 あれだけの銃弾を喰らっても、皮膚が少し焦げているだけの存在は、本当に人間なのだろうかと疑いたくなる。

 

 恐怖に一歩引いたセリューの首を掴み、持ち上げる。

 

「ぐっ……あっ……!」

 

「お前さんの悪に対する殺意は賞賛に値しやす。ですがねぇ。まだまだ足んねぇんですわ。殺意が。圧倒的な殺意が。もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと必要なんですよ。仲間すら食い殺し、あらゆる全てを喰らい、それでも笑い、殺し続けられる程の殺意がねぇ」

 

 言葉を言い終わると同時に、ジーダスはセリューを地面に投げ捨てる。

 ポケットに手を突っ込み、少し思案した後、手を出し、丁寧に一礼する。

 

「いやはや。これはこれは失礼しました。セリュー・ユビキタスさん。私としたことが熱くなり過ぎやした。お詫びにお金を少々どうぞ。貴女には必要ないと思いますが」

 

 両手に持った袋を足元に置き、下を向いていた顔が元の位置に戻った時、彼はいつもの狐目で微笑むばかり。

 彼の豹変に、またも恐怖を覚えたセリューであったが、ジーダスが去ろうとする直前に声を掛ける。

 

「わ、私は正義を諦めません。この世の悪を全て、私の手で抹消します」

 

「……あぁ。見事な心意気ですね。尊敬に値します」

 

 この言葉の金貨入り袋を残し、ジーダスは消え去る。

 同時に煙が晴れ、セリューの元に隊員たちが駆け寄ってくる。

 ようやく終わった事に、セリューは安心しながら、意識を無くした。

 

 

 後に、警備隊員が宮殿に連絡を取り、ジーダスの証言は本当であることを確認し、この件は、とりあえずの終結を迎える。

 尚、エクスタスは警備隊が宮殿に持ち帰った。

 

 


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